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一党支配揺るがすか? 「武漢市長の会見」に中国庶民の怒り沸騰

1 月 26 日に湖北省と武漢市のトップが開いた記者会見に「低レベル!」、「無能!」、「無責任!」と中国庶民の怒りが沸騰。 中央政府も同意なのか罵倒の嵐を削除していない。 地方と中央が責任転嫁をしているようだ。

露呈した湖北省と武漢市の「愚かさ」

1 月 26 日、湖北省省長と、その省都である武漢市市長などが記者会見を行った。 新型コロナウイルス肺炎発生後、初めての記者会見だ。 新型肺炎は野生動物を売っていた武漢市の生鮮市場から始まっている。 だから謝罪でもするのかと思ったら、その会見は中国庶民を落ち着かせるどころか、「火山口」に向けて庶民を追いやったと中国のネットは炎上している。

下の図は、記者会見の場面をネットユーザーがスマホで撮影し、手書きなどで湖北省と武漢市を批判する文言を書き込んだ画面の一つだ。 赤文字は投稿者が書いたもの。

  • 向かって左側にいるのが中国共産党湖北省委員会秘書長の別必雄。 彼は鼻にマスクが掛かってない形でマスクを付けている。 「このようなマスクのつけ方をしてはなりません」と、分刻みと言っていいほど、中共中央管轄の中央テレビ局 CCTV を始め全ての政府機関が報道し続けているのに、「このマスクのつけ方はなんだ!」と、大陸のネットユーザーは先ず噛みついた。
  • 真ん中に座っているのは湖北省の省長である王暁東。 彼はなんとマスクをつけていない。 そこでこの落書きには「全会場でただ一人、マスクをつけていない」と書いてある。 湖北省だけでなく、中国全土で今やマスク、マスクと、どこでもマスクをつけ、特に湖北省では新型肺炎のこれ以上の伝染を増やさないようにするために、厳しくマスクをするように言いまくっているというのに、その省長がマスクをせずに大勢が集まる記者会見場に現れるとは「何ごとか!」と、これもネットユーザーを「火山口」に近づけている。
  • 一番右側に座っているのが、武漢市市長の周先旺だ。 彼はマスクの上下をさかさまにし、裏を表にして掛けていると、批判が集中している。

武漢市市長に批判が集中しているのは、1 月 24 日のコラム <新型コロナウイルス肺炎、習近平の指示はなぜ遅れたのか?> に書いたように、そもそも今般の最大の責任は武漢市にあるからだが、武漢市市長に関しては会見で以下のような展開があったからだ。

武漢市市長はまず、「(湖北省)仙桃市の防護服や医療用マスクの生産能力は素晴らしく、各種マスクの年生産能力は 108 億個で、そのうち民間用が 8.8 億、医療用が 9.7 億だ」と言った。 「8.8 + 9.7 = 18.5」で、合計個数と内訳が合わない。 すると脇(にいる事務方?)からメモが指し出されて、市長は「あ、言い間違えました。 108 億ではなく、18 億でした」と訂正したのだが、すると又もやメモが指し出され、今度は「あ、間違えました。 我が省のマスクの生産量は 108 万個でした。 いやはや、億ではなく万でした。 単位を間違えて …。」と、修正を繰り返したのだ。

ネットユーザーたちは「おいおい、足し算もできないのか!」と荒れ始めた。 さらに荒れたのは、湖北省の省長が「医療用防護服やマスクなど、防護物質が特に足りなくて困っている」と言ったのに対して、武漢市の市長は「湖北省は防護物資に関する生産が素晴らしく、その問題は解決している」と真逆のことを言ってからのことだった。

武漢市長に対する怒りで炎上するネット

その時間帯あたりからネットは炎上し始めたのだが、もっとお粗末なことが起きた。 記者会見を終えてエレベーターに乗ろうとしていた武漢市市長が CCTV の記者にテレビカメラとマイクを向けられた。 すると市長は「武漢がすぐに情報を発信できなかったのは、上層部が私に発表する権限を与えてくれなかったからだよ」、「もっとも、武漢市封鎖の決定は、この私が下したんだけどね」という、全く逆のことを言ってしまったのである。 巨大なウソをついたわけだ。 このあとさらに、テレビの撮影が続いていると思わなかったらしく、「どう? さっきの俺の回答、良かったでしょ? 80 点は取れたかな?」と言ったのだ。

この声と顔をテレビカメラはキッチリ収録し、かつ、そのまま得意げにエレベーターに乗る市長の後ろ姿まで収めていた。 こちらの動画をご覧いただきたい。 「80 分」というのは「80 点」のことだ。 中国語で「バースーフェン」と言っている声を聴き分けることができるだろうか? 「俺、すごいだろ?」と言っているのである。

このページの下の方にある「湖北 F4」というのは「湖北の 4 大悪人」という意味だ。 中国ではよくこの「F4」を使うが、これは「花より男子」という日本の漫画を台湾で実写ドラマ化した Flower4 がかつて中国大陸で大ヒットし、それから何にでも「F4」を付けて若者が表現する。 「湖北 4 大悪人」を「湖北 F4」と名付けているということは、若者が反抗していることを意味している。

ネットは炎上し、中国版ツイッターのウェイボー(weibo)では、

「おぞましいばかりの無能ぶり!」
「なんという厚顔無恥な無責任ぶり!」
「早く辞めろ!」
「もう正常ではない領域に入っている」

などと、激しいバッシングが飛び交っている。

若者だけでなく、民衆の憤怒は「北京連盟」でも報道されるなど、大陸内の多くのサイトで報道されている。 おまけに削除されていないのである。 地方政府の「愚かさ」を中国人民に知らせることは、北京の中央政府にとっても悪いことではないと考えているように思われてならない。

500 万人の武漢市民がすでに逃げ出している

最も庶民の怒りを招いたのは、武漢市市長が「新型肺炎が始まってから、もう 500 万人が武漢を離れてるさ」と言ってのけたことだ。 武漢市民が全員コロナウイルスを持っているわけではないにしろ、感染している可能性は他の地域より高い。 そういう人たちが全国のどこに動いていったかは全く掌握していないまま、この数値を突然明らかにしたのだ。 武漢の人口は 2018 年末統計で 11,081,000 人だが、武漢に戸籍を置いている人口は 8,837,300 人で、残りは流動人口なので、まさにこの 500 万人に近い。

上が情報公開の権限を与えなかったなどと言っているが、1 月 19 日に武漢の百歩亭で「万家宴」などという大宴会を開催したのは誰なのか。 武漢市長その人ではないか。 こちらのページにある左二つの写真が大宴会の時の模様だ。 動画の一部分はこのサイトでも見ることができる。

昨年 12 月 8 日に患者の第一例が出て、次から次へと新たな患者が出たことは武漢市の市長であるなら熟知していたはず。 12 月 26 日には上海からウイルスのサンプル検査をするチームが武漢入りしている。 その結果、新型コロナウイルスであることは今年 1 月 5 日には判明している。 ネットには次から次へと恐怖が訴えられ、12 月 31 日には大きく報じられていた。

それでも両会を知らぬ顔をして武漢で開催したのは湖北省だが、その間、「何も起きていません。 問題は解決しています。」と「上に」報告してきたのは武漢市長、あなただろう。 そしてこの盛大な「万家宴」を催して偽装工作をしていたこの日に、中国工程院の院士である鐘南山が武漢を視察し、その足で北京に引き返して習近平国家主席に報告した。 その経緯は 1 月 24 日のコラム <新型コロナウイルス肺炎、習近平の指示はなぜ遅れたのか?> に書いた通りだ。 その間、武漢市は偽装工作以外、何もしようとしなかった。

上述の動画にあるように、CCTV は 1 月 21 日に武漢市市長を取材し、新京報がその様子を報道している。 それでもなお、このような大ウソをつく神経はどこから来るのか。 この人のせいで、われわれ日本人も新型肺炎の恐怖に巻き込まれている。 なぜこんな人を市長にしたのか。 任命責任は最終的には一党支配のトップに立っている習近平国家主席にある。 このような人が地方都市の市長の座におり、あの巨大な一党支配の国家の一角を形成していることに唖然とするばかりだ。

だとすれば、一党支配体制のなんともろいことよ! 庶民の不満が一党支配体制を揺るがさないとも限らない。 ネットユーザーが書いている通り「火山口」に近づいているのだ。 それにしても、最近の中国の地方政府と中央政府の関係はどうもおかしい。 脆弱性があるだけでなく、責任のなすり合いをしている。 考察を続けたい。 (遠藤誉、NewsWeek = 1-29-20)


中国政府は外国企業を「弾圧」に利用か ユニクロや無印良品も?

中国の新疆ウイグル自治区にある少数民族の収容施設に関する内部文書が今年 11 月、また新たにリークされた。 これにより、同自治区で事業を行う外国企業を取り巻く状況は大きく変化した。 ジャーナリストや人権団体はかなり以前から、収容施設から解放された人たちの証言や政府の調達関連の文書などに基づき、施設の存在を指摘してきた。 施設が急速に拡張されていることを示す衛星画像も確認されている。

中国政府は当初、施設に関する報道の内容を否定。 だが、反論しきれない証拠が示されるようになると、それらの施設を「職業教育研修センター」と呼び始めた。 テロリズムや分離主義を根絶するためには、必要なものだと主張している。 研究者や外国政府などによれば、これらの施設には過去 2 年の間に、ウイグル人、カザフ人、キルギス人、回族などの少数民族およそ 150 万人が収容された。 解放された人たちの話では、収容所では拷問や虐待が横行し、それぞれの母語の使用や伝統に従った行動を取ることが禁止されたりしている。

さらに、収容者は施設から解放されても、月給わずか 100 ドル(約 1 万 1,000 円)ほどでの労働を強いられ、監視され、"洗脳" される。 家族の元に戻ることも許されないという。 そうしたなかで今年 5 月、中国政府の同化政策や強制労働にアディダスや H & M、クラフト・ハインツ、コカ・コーラなどの外国企業が巻き込まれていたことが明らかにされた。 米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、各社はこれを受け、自社のサプライチェーンについて調査を行い、特定のサプライヤーからの調達を一時停止するなどしている。

だが、11 月になるといわゆる「職業訓練センター」が最初から、(アディダスなどの工場に)少数民族を送り込むプログラムを作成していたことを示す証拠が米紙ニューヨーク・タイムズや国際調査報道ジャーナリスト連合 (ICIJ) などにリークされた。 これにより、同自治区で外国企業が事業を行うリスクはより一層高まったといえる。 外国企業にとっての状況をさらに困難にするのは、高まる世論の圧力だ。 例えば、外国に住むウイグル人たちは上海汽車集団 (SAIC) との合弁で 2013 年にウイグル自治区のウルムチに工場を開設したフォルクスワーゲン (VW) について、「#ShameOnVW (恥を知れ VW)」「#BoycottVW (VW をボイコットせよ)」などのハッシュタグを使い、ソーシャルメディア上での批判を強めてきた。

VW は声明で、同工場での強制労働や人権侵害はないとの見解を表明。 同自治区の状況は理解しているが、「地元の発展」に向けて貢献していきたいと述べている。 ユニクロや無印良品なども批判を受けている。 米シンクタンク戦略国際問題研究所によれば、「新疆綿」は中国が生産する綿花の約 84% を占める。 両社はその新疆綿を使用しているだけでなく、「宣伝に利用している」ことが特に問題視されているのだ。

「倫理的」ビジネスは可能か?

外国企業は当然ながら、自社のサプライチェーンを調査し、業務が国際的な行動規範に従ったものであることを確認する必要がある。 だが、各社にとってそれ以上に考慮すべき重大な問題は、同自治区でビジネスを倫理的に行うことは可能なのかどうかということだ。 この地域に関する研究で知られるアドリアン・ゼンツは発表した論文や最近のフォーリン・ポリシー誌への寄稿のなかで、次のように指摘している。

「ウイグル自治区は現在、困難な政治環境下にあるその他のほぼすべての国と異なる状況にある。 あらゆる力関係が、政府に有利に働いている。」

つまり、外国企業が同自治区に進出し、そこで倫理的な事業を行うことは不可能であるということだ。 (Simina Mistreanu、Forbes = 1-1-20)


それでも中国が香港を必要とするワケ
深センでは「国際金融センター」の代わりにはならない

香港で続くデモの最中に、警官が男子高校生の胸を実弾で撃った事件は、中国建国 70 周年(10 月 1 日)の祝賀ムードを吹き飛ばした。 銃撃への香港市民の反発は一層強まり、米中対立も巻き込みながら出口の見えない混乱が続く。 「中華民族の偉大な復興」の足を引っ張りかねない香港は、北京にとって「厄介者」に映るかもしれないがそれは違う。 中国にとって香港の地位の重要性に変化はない。

議会突入から一変したデモ

ここ 2、3 年、中国各地で目に見える変化がでてきた。 社会を覆っていたどこかギスギスした空気が薄れ、カドがとれて落ち着きが出てきた。 北京や上海はもちろん、内陸部や地方都市でもそうだ。 入国管理官や税関職員も「ニーハオ」と向こうから声をかけ、対応はずいぶん丁寧になった。 豊かになり、社会が安定し、「ゆとり」がでてきたのだろう。

それとは対照的なのが香港である。 不満や怒りが充満している。 「逃亡犯条例」改正案に反対する 6 月 9 日の 100 万人デモ(主催者発表)に始まった大規模行動は、4 カ月目に入った。 最初は平和的だったデモは 7 月 1 日の「香港返還 22 周年」で、一部が香港立法会(議会)に突入し、様相は一変した。 警察による暴力的取り締まりへの反発も手伝い、空港占拠から地下鉄の運行妨害、道路のバリケード封鎖、投石に火炎瓶など暴力化している。 行政長官は 9 月 4 日、「逃亡犯条例」改正案撤回という譲歩をみせたが、デモは収まらない。

政治に目覚めた香港人

経済都市・香港の人々が政治に目覚めたのは、中国へ返還された後だ。 それが 2014 年の雨傘運動と今回のデモにつながっている。 1980 年代に香港特派員をしていたころ、私は香港人を典型的な「経済動物」ではないかと見ていた。 99 年に及ぶイギリス植民地時代、香港には民主はもちろん政治のない世界だった。 その代わり自由放任主義(レッセフェール政策)の下で自由な経済活動が保証され、国際金融センターに成長した。 戦乱と革命の歴史を繰り返す中国では、「国家」や「政治」と距離を置く人が多い。 経済利益と合理性によってのみ動く「経済動物」の典型を、香港人の姿に見たのだった。

しかし、そんな見立ては見事に外れた。 香港返還(1997 年)から 22 年。 かつて政治のなかった世界に、次々と政治が入ってきた。 2003 年、国家分裂行為を禁じる「国家安全条例」に反対する 50 万人デモが起き、香港政府は白紙撤回。 2011 年には「愛国教育」に反対する生徒の大規模デモで、香港政府はまた撤回に追い込まれた。 それが 2014 年の「雨傘運動」と今回のデモにつながる。 香港人は政治に目覚めた「政治動物」へと変身した。 「経済合理性」というモノサシだけからデモを判断し展望すると誤ることに気付いた。

「死なばもろとも」の捨て身作戦

香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官はデモのきっかけになった逃亡犯条例を撤回したが、市民や学生から突きつけられているそのほかの要求に対しては応じていない。 北京と香港政府にとって頭が痛いのは、デモが経済要求など条件闘争ではなく、「体制選択」を迫っていることだ。 今回のデモの最終的な要求は「行政長官の普通選挙」。 選挙システムを変えるには、中国の全国人民代表大会(全人代 = 国会)が承認しなければならない。 その可能性はゼロに等しい。

香港問題が専門の倉田徹・立教大教授は「実現困難な要求を政府に呑ませるには行動をエスカレートさせ、強い圧力を政府に与えるしかない」ことが、暴力化の背景と分析している。 デモ側は「国際金融センター」としての香港の地位を破壊することで、香港の親中派既得層や北京政府へ打撃を与えることを狙っており、同氏はそれを「死なばもろとも」の捨て身作戦とみる。 「自傷行為」とすらいえる戦術。 香港の景気が後退しようが、不動産価格を暴落させても構わない。 むしろアメリカをはじめとする国際世論を巻き込んで、米中貿易戦によって景気減速が目立ち始めた中国経済に打撃を与えるのも厭わない。

無謀のように見えるが、1960 年代末の日本の「新左翼運動」にも同様の論理から運動を突き動かした例はある。 民衆が飢えれば、革命に立ち上がるという「窮乏革命論」や、当局側に暴力的対応を誘発させれば、民衆が覚醒するとの論理に通じるものがある。 デモ制圧のため「天安門事件」と同様、武力行使するのを半ば期待する SNS の書き込みもあった。 もちろん主流民意ではない。 しかしデモの暴力を非難する声が多くないもの事実である。

中国の武力制圧はない

中国政府は深センに武装警察を集結させた映像を拡散させ、香港に対する武力介入の可能性をちらつかせた。 高校生銃撃で新ステージに入った香港問題で、中国はどう対応するのか。 新華社通信は 10 月 1 日、「黒服の暴徒」は香港にとって「最大のテロの脅威」と断じ、「いまや狂乱に近づいた。 このまま暴力を容認するなら、香港を必然的に零落に陥れる」とし、警察の厳正な法執行を支持すると強調した。

香港紙「星島日報」は、デモがさらに過激化すれば香港政府は「夜間外出禁止令」の発動を検討すると伝えている。 場合によっては、戒厳令に近い「緊急状況規則条例」を発動し、抗議活動の参加者がマスクなどで顔を覆うのを禁じる措置に出ると伝える地元メディアもある。 しかし、北京が武力制圧に出る可能性は極めて低い。 傷ついたとはいえ「一国二制度」の基本は維持しなければならない。 「港人治港(香港人による香港統治)」を守る上でも、香港当局による取り締まりにまかせるはずだ。 その視線の先には台湾統一もある。

深センでは代替できず

最先端のテクノロジー企業が集積する深セン市でも、香港の代わりを務めることはできないという。 最大の理由は、「国際金融センター」としての香港の地位維持にある。 香港の経済規模は 2018 年、中国大陸の 2.7% 程度と 1997 年の 18.4% から低下している。 しかし、「表現の自由」や「独立した司法」が保証する「国際金融センター」としての地位は、中国の発展にとって「代替は効かない。」

それを示す数字を挙げる。 アメリカの「香港政策法(1992 年成立)」は、中国製品に課している関税を香港には適用しない優遇措置。 これを見直されると中国経済に打撃。 中国は香港の通貨、株式、債券市場を利用して外国資金を呼び込んでいる。 外国企業も香港を中国大陸に進出する足掛かりにしている。 外国から中国への直接投資の大半は香港経由。 中国の資金調達も香港を通じている。 新規株式公開による資金調達の半分は、香港市場に上場した企業を通じている。

大陸の学者・研究者の論文や文学・小説は香港と台湾で出版するケースが多い。 大陸で出版するには政治的検閲のハードルが高いからである。 「ハイテクセンター」として急成長する隣の深センの重要度は増しているが、金融自由化は遅れ、香港の代替はできない。

米中関係にシンクロ

一党独裁の正当性は、経済成長による国民生活向上と富裕化によって保証されている。 経済落ち込みから、国民生活にしわ寄せが及べば、経済・社会の安定は失われ、政治の不安定に連動していく。 アメリカ議会の上下両院外交委員会は、中国が香港に保証する高度の自治を守っているかどうかを国務省に毎年検証するよう求める「香港人権民主法案」を可決、早ければ 10 月中に成立の見通し。

香港問題は、まさに米中関係とシンクロしている。 習近平・国家主席は建国 70 周年の演説で「いかなる勢力も偉大な祖国の地位を揺るがし、中国人民の前進を妨げることはできない」と述べた。 アメリカに向けた発言だ。 香港問題という中国内政へのアメリカ介入は容認できないが、米中関係を安定させなければ、経済発展に悪影響が出る。 「経済動物」の「政治動物」への変身。 それは香港人だけの話ではない。 デモが北京に与える「啓示」である。 (岡田充、BusinessInsider = 10-4-19)


社会信用システムで壮大な実験進める中国、暗黒社会到来の前触れか

世界中の独裁国家が採用する可能性もある「社会信用システム」
良い行いなら加点、悪ければ減点 - 悪い行いの定義示さず

中国江蘇省の蘇州市は入り組んだ水路で知られ「東洋のベネチア」とも呼ばれる。 700 年以上前にマルコ・ポーロも訪れたとされるこの都市は今、国民の行動を追跡するネットワークという壮大なプロジェクトで注目を集める。 市民の振る舞いに対して賞罰を与える社会信用システムの実験で、習近平政権が 2018 年に選んだ 12 カ所の 1 つが蘇州だ。

市の花「桂花」がこのシステムの名称だ。 配偶者の有無や学歴、社会保障給付などの約 20 の指標に関するデータが収集される仕組みだが、ペンス米副大統領ら欧米の政治家は英国の作家ジョージ・オーウェルが描いた暗黒社会につながる制度だとこのシステムを激しく批判している。 世界中の独裁国家のモデルとなり得るかもしれないからだ。

起業家やボランティア、公務員、それ以外の蘇州市民数十人が桂花についてインタビューに応じてくれたが、このシステムの名称を耳にした人はほとんどいなかった。 それでもこの社会信用システムは 2020 年までに中国全土で法律や規制、基準の策定に使われる予定だ。 エール大学法学院蔡中曾中国センターのジェレミー・ダウム上級研究員は「監視カメラや顔認証によるモニター能力を大げさに言うのが中国で、同じようにデータ収集・分析能力を誇張して伝えることに関心がある」と指摘し、「不正は把握されると国民に信じこませたいのだ」との見方を示した。

市中心部に近い茶色と白の 3 階建ての建物「蘇州市公共信用情報サービス大庁」が桂花というシステムの窓口だ。 市民はここを訪れ、自分のスコアについて質問することができる。 ある月曜午後に訪れてみると、建物内にほとんど人はいなかった。 ジーンズに T シャツを着た女性職員によれば、1 日に 10 人程度が訪れるという。 大半が借金返済を終えた中小企業のオーナーで、金融信用のブラックリストから外れたかどうかを確かめに来るのだそうだ。 自分の社会信用スコアをチェックするため来る人はほとんど見たことがないと職員は語った。

社会信用システムの支持者は、米国で多くの個人向け融資の審査に使われる信用スコア「FICO」に近いものだと主張するが、中国の制度は国民を監視するため公共の場所での監視カメラや決済システムなど広範な監視ネットワークを用いており、はるかに厳しいものであることは間違いない。 ボランティア活動や期限通りの支払い、ごみの投げ捨てがないなどの良い行いに対しては特典が付与される一方、悪い行いをすれば金融・公共サービスが突然受けられなくなることもあり得る。

蘇州市によれば、桂花は社会保障や民事など 20 程度の公的部門から個人情報を収集している。 スコアは基準の 100 点から始まり、良い行いをすれば最高 200 点までポイントが増える。 ただ社会信用システムを利用する他の地方当局同様、蘇州市は悪い行いを定義付けてどれだけポイントが減らされるかについてのルールをまだ導入していない。 地元メディアの報道によると、蘇州で監視対象となっている 1,300 万人のうち約 8 人に 1 人が昨年 8 月時点で 100 点を超えるスコアだった。 100 点に満たなかったのは 4,731 人だけで、その全員が融資返済を怠ったか、裁判所の判決に従わなかった「不履行者」だった。 残る 1,100 万人余りは基準の 100 点だ。

それでも罰則という考えは、すでに懸念を広げつつある。 隣接する浙江省の義烏市では、歩行者に道を譲らなかったとして交通警官から 3 点を差し引かれた市民が銀行融資を断られたと語った。 システムの乱用・悪用を防ぐチェック・アンド・バランスの機能を確保しながら、どう現行の法制度に組み入れていくかが問題だ。

新疆ウイグル自治区でイスラム教徒の少数民族ウイグル族を弾圧していると非難されているのが中国だ。 同自治区におけるテクノロジーと密告者の使い方は、社会信用システムの展開が進むにつれ、一段と圧政的になり得ることを示唆している。 蘇州に住む保険販売員の女性は 「いつも見張られているのではないかと心配し、恐怖の中で生活することになりかねない」と話した。

上海市と浙江省、河北省、湖北省、陝西省は地元の信用規定を設けたが、全国的なルールはない。 浙江省と上海市はデータ収集に関して、宗教的信条と遺伝、指紋、血液型、病歴を除外する明確な制約を課している。 中国商務省傘下にある国際貿易経済合作研究院信用研究所の韓家平所長は、「社会信用システムの実験は主に国民に利便性と特典を与えるものであり、地方当局は罰則については慎重になる必要がある」と説明。 「どのレベルの政府であっても、過度の罰則や国民のプライバシーや正当な権利を侵害してはならない」と語った。 (Dandan Li & Sharon Chen、Bloomberg = 6-20-19)

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アリババ、テンセントも集約 中国の信用スコア国家管理に若者たちの本音

信用意識が低いことが社会問題にもなっている中国。 個人信用スコアを利用した信用システムの構築を急いでいる。 「害人之心不可有,防人之心不可無(人を害する心があってはならないが、悪人を防ぐ心はなくてはならない)」 このことわざが示す通り、中国社会は基本的に性善説で成り立っていない。 これは中国政府も、「社会の信用意識とレベルが低く、誠実で信義を重んじる社会的気風が醸成されていない(「社会信用体系建設計画要綱(2014 - 2020 年)」)」と率直に認めている。

毎日の買い物や外食などでだまされたり、不利益を被ったりしないよう、つねに注意を払わなければいけない社会では、とても安心して暮らすことはできない。 日本でよく言われる「安心・安全」な社会は、中国人も望んでいるのだ。 中国政府も、信用に関する意識が低い状況を看過しているわけではなく、信用社会の実現に向け「社会信用システム」の構築に取り組んでいる。 そして今、この国家主導の社会信用システムに、「新経済」の中核を担うプラットフォーマーを取り込もうという動きが始まっている。

個人情報全て集約するバイハン・クレジット

中国における「社会信用システム」の構築は、中央銀行である中国人民銀行が中心となって進められてきた。 しかし、国家レベルの信用情報データベース「中国人民銀行征信センター」に集まる信用情報は、ローンを組んだり、クレジットカードを申請したりと、金融機関の信用サービスを利用できる一部の層に限られていた。 他方で、アリペイやウィーチャットペイなどのキャッシュレス決済アプリや、「新経済」エコシステムを形成するサービスの多くは、学生やフリーター、「農民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者など、幅広い層に利用されている。 つまり、これまで政府がアクセスできなかった層の信用情報が、アリババやテンセントなどの民間 IT 企業に集まっているのだ。

こうした民間企業のデータを取り込む具体的な動きとして、政府系業界団体が筆頭株主の「百行征信有限公司(バイハン・クレジット)」が 2018 年 2 月、中国人民銀行から個人信用調査許可証を公布され、10 月から運用を開始している。 バイハン・クレジットの株式構造は、中国政府系の中国インターネット金融協会が 36%、残りの 64% は 8 社の信用調査会社がそれぞれ 8% ずつ保有しており、その中にはアリババ、テンセントの関連会社も含まれている。

バイハン・クレジットは試運転を開始したばかりで、具体的な業務などの全容は不明なままだが、今後の先行きについて、監督を担う人民銀行の高官が気になる発言をしている。 「事前に個人調査業務を準備してきた 8 社は、今後、単独で信用調査業務に従事することはなく、それらの信用調査機能の一部は切り離されバイハン・クレジットに整理統合される。 その他の業務はデータサービス業として存続していくこととなる。(万存知・中国人民銀行征信管理局長)」

現時点でこの発言の実現性は判断できないが、もしこれが現実のものとなれば、8 社の民間企業が積み上げてきた信用調査業務のノウハウや個人情報、今後アリババやテンセントなどのサービスを利用した際に残る個人情報などもすべてバイハン・クレジットに集約されることとなる。 一方で、中国政府は「監督管理体制、信用サービス市場の健全化をはかり、違約時の懲罰や遵守時の奨励策を全面的に機能させる」という信賞必罰の社会を作ろうとしているが、問題は個人の信用度をどのように判断するかである。

その実現に向け、地方政府主導による個人信用スコアを導入しようという動きがみられるようになっている。 例えば、北京市は実際に住んでいる住民全員をカバーする「個人誠信分(個人信用スコア)」を 2020 年末までに導入すると明らかにしている。 どのように運営するのか現段階では不明だが、この個人信用スコアを最新テクノロジーと組み合わせれば、将来的にはさまざまな可能性が考えられる。 例えば、中国の監視カメラネットワーク「天網」の利用がある。

「天網」には人工知能 (AI) による顔認証技術などの最先端テクノロジーが駆使されている。 中国メディアによると、その性能は、「毎秒 30 億回の照合が可能」、「一対一での識別精度は 99.8%」と驚異的なレベルに達しており、身分証番号と紐づければほとんどの国民を、監視カメラを使って特定できるようになるだろう。 そう遠くない未来において、最新テクノロジーを駆使して個人の信用スコアを計算する、信賞必罰の時代が現実のものとなるのかもしれない。

「困るのはルールを守らない人間だ」

天安門広場に設置された監視カメラ。 プライバシーは大事だという声の一方で、中国の若者の間では国家主導で信用システムを構築すべきという意見もある。 「信用スコア」、「監視カメラ」という話題になると、日本では、ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』で描かれたような監視社会が中国に到来しようとしているといった論調がよくみられる。 しかし、実際に中国の友人や学生らの比較的若い世代に話を聞くと、当然プライバシーは大事だという声がある一方で、犯罪の少ない安心した生活ができるのであれば国家主導で信用システムを構築すべきという意見もある。 両論あるのだ。

日本ではあまり想像できないかもしれないが、中国ではいまだに、児童誘拐や人身売買が大きな社会問題となっており、年間約 20 万人の子どもが行方不明になっているとの報道もある。 実際、私が住む北京の集合住宅地の中には幼稚園と小学校があるが、登下校の時間帯には正門周辺が黒山の人だかりとなる。 誘拐を心配して両親や祖父母が送り迎えしているからだ。 また、ネットショッピングやフードデリバリーの普及に伴い、交通ルールを守らない配達員による電動バイクの事故も多発。 無断駐車や暴走運転などで渋滞を引き起こしているドライバーも少なくない。

このように、実際に現地に住んでみないとわからないような社会問題が中国には依然として山積しており、監視カメラについても「誰が一番困るかといえば、犯罪者やルールを守らない人間だ。 真っ当な生活をしていれば何の影響もない。」という声が多いのも事実である。 民間主導の「新経済」をも巻き込み、国家を挙げて構築を推進している「社会信用システム」。 中国社会に存在する様々な信用問題を解決することにより、経済活動がスムーズに行われ、犯罪の少ない安定した社会の実現を国民は望んでいる。 (西村友作、Business Insider = 5-27-19)

西村友作 : 1974 年、熊本県生まれ。 対外経済貿易大学国際経済研究院教授。 専門は中国経済・金融。 2002 年より北京在住。 2010 年に中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士号を取得、同大学で日本人初の専任講師。 同大副教授を経て、2018 年より現職。 日本銀行北京事務所の客員研究員も務める。


1 億人が熱中する中国 「共産党アプリ」の正体

開発したのは、あの巨大 IT 企業?

「学習強国(シュエシーチアングオ)」という中国アプリをご存じだろうか。 中国共産党のプロパガンダ機関である中央宣伝部が今年はじめにリリースした政治教育アプリで、習近平国家主席の発言や思想、政策情報などの政治ニュースが毎日配信される。 ユーザーが頻繁にログインしたり、政治に関するクイズに正解したりするとポイントがたまるほか、ニュースをシェア・コメントする SNS 機能も持つ。 コンテンツは政治だけでなく、経済や地方に関するニュースからサイエンス分野や新作映画のレビューなど、多種多様だ。 一見すると日本のスマートニュースやグノシーといったニュースアプリのようだが、コンテンツの総合プラットフォームを目指しているといえる。

アプリのダウンロード回数で中国トップに

今年 1 月 1 日のリリースからしばらくの間、中国アプリのダウンロード回数ランキングで 1 位をキープ。 登録ユーザーは 4 月に早くも 1 億人を突破した。 2017 年末時点の中国共産党員は約 9,000 万人であり、党員以外のユーザーも多いと見られる。

「学習強国」という名称は、昨年末に習主席が「学習の姿勢を尊重し、学習を強化すべき」と発言したことに由来するという。 1 月中旬には、党機関紙である『人民日報』がコラムの中で、「『学習強国』は習近平新時代における中国独自の社会主義思想に関する最も権威があり、全面的な情報プラットフォームになった」と評論。 習近平政権の、国民からの求心力を高めたいという思惑は一目瞭然だ。 「学習」の 2 文字には、「"習" 主席に "学" ぶ」という意味も隠されている。

世界第 2 位の経済大国となった中国は、国民の生活や嗜好が多様化する中でも共産党による支配体制を維持すべく、政治教育に注力し続けている。 従来は大型書店に政治教育の専用コーナーを設置し、国家主席の思想に関する書籍をずらりと並べるなど、オフラインでの政治教育が中心だった。 だが、習近平政権の成立後、国家主席の発言や政策などに関してオンラインで情報発信する新メディアである「学習小組(シュエシーシャオズ)」が誕生。 『人民日報』が SNS の公式アカウントを開設し、国民がスマートフォンから簡単にアクセスできるようにしている。 一般人から国内外のマスコミ関係者や政策研究者に至るまで、多くのユーザーを囲い込む。

中国国内のスマホユーザーは約 8 億人。 決済アプリや出前注文アプリをはじめ、多様なスマホアプリが人びとのライフスタイルに劇的な変化をもたらしてきた。 とくにインターネット環境の整った都市部に住む中国人にとっては、スマホが欠かせない存在になっている。 こうしたスマホの急速な普及と、従来のオフラインでのプロパガンダに対して抵抗感を持つ国民が増えたことを受け、習近平政権はオンラインでのプロパガンダを強化しているというわけだ。

「政府と恋愛関係をつくっても、結婚はしない」

一方、公式発表はなされていないようだが、「学習強国」を開発したのは、中国の EC (電子商取引)最大手であるアリババグループだ。 なぜアリババなのかについてはさまざまな憶測がある。 単純に技術力が優れているからだという説もあるが、アリババの創業者であるジャック・マー会長が共産党員だからではないかという指摘も多い。 同氏はかつて、「政府と恋愛関係をつくってもいいが、結婚はしない」という興味深い発言を残している。 だが、アリババの狙いは、政府との良好な関係の維持にとどまらないだろう。

同社は今、2014 年にリリースした、中小企業向けの SNS 「釘釘 (DingTalk)」のユーザー拡大に腐心している。 これまで SNS の分野では、「微信(ウィーチャット)」を手がけるライバルのテンセントの後塵を拝してきたが、企業向け SNS は例外的に急成長を続けている。 アリババはこの「釘釘」で、行政サービスへの参入を目指しており、「学習強国」アプリを通して政府職員ユーザーの確保を狙っていると見られる。

もちろん課題もある。 政府関係の一部ユーザーからは、同アプリの使用が義務化され、獲得ポイントのノルマまで課されることに対する不満の声も上がっている。 ユーザー数も 11億人を超えたとはいえ、中国の人口はその 10 倍以上だ。 ただ、共産党と巨大 IT 企業の手がける「学習強国」が、政治教育の常識と中国アプリの業界地図を塗り替える可能性は決して否定できない。 (趙●(= 偉の人偏の代わりに王偏)琳 : 富士通総研経済研究所上級研究員、東洋経済 = 5-25-19)

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