通学の路線バス、運転手足りず今月で廃止 「高校選んだ決め手」が …
午前 6 時 35 分。 夜明け前の暗闇をついて、乗客が誰も乗っていない丹後海陸交通バス(丹海バス)が、ゆっくりと与謝野駅(京都府与謝野町)前に入って来た。 「天橋立ケーブル下」発「共栄高校前」行き。 バスは、かつて丹後ちりめんで栄えた古い町並みを走る。 乗客の大半は高校生。 終点にある福知山市の京都共栄学園高校などに通う生徒だ。 途中のバス停で 1 人、また 1 人と乗ってくる。 ゆるい坂を上り切った「与謝」バス停までに、1 月末のこの日は 9 人が乗車。 乗客は無言で、いつもの「指定席」に座る。 ここから、与謝峠のトンネルを抜けて福知山市まで行くバスは、朝夕の 1 本ずつだけだ。
「峠を越えるだけのためにチェーンを巻かんといかんこともある。 でも、乗る人は片手もいればいいぐらい。」
そう言って、運転手がバスを峠に向け右折させた。 上り坂が急になり、雪はだんだん激しくなる。 結局、峠を越えた先から乗った人は 2 人だけ。 与謝野駅を発車してから約 1 時間 25 分後、バスは京都共栄学園高校に到着した。 同高 2 年の小林達樹さんは、3 歳上の姉と同じようにこのバスで通学している。 「駅までの送迎もいらないし、乗り換えがなくてめちゃくちゃ良かった。 高校を選ぶときの決め手になりました。」 この路線は、2019 年には平日に 1 日 5 往復から 3 往復に減り、昨年 6 月には朝夕の 2 往復になった。 そして、この路線は 3 月末で廃止される。
統廃合で遠のく学校、そのとき通学手段は … バス運転手は 2 万人不足
福知山市にある学校に通う生徒は、いったん正反対の方向にある与謝野駅に向かい、京都丹後鉄道に乗って途中の宮津駅で乗り換える、大回りをしなければならなくなる。 朝、通学にかかる時間は 30 分ほど長くなりそうだ。 「生徒募集にとっても大打撃だ。」 京都共栄学園高の柿原功二教頭は、そうつぶやいた。 同高は、京都府北部で数少ない私立校の一つ。 進学コースに通う今井心美さん(1 年)の母裕子さんは、自分の出勤時間が早く車で送れないときに、バスで通ってもらっている。
「乗っている人が少ないので仕方ない面もあるけど、学校の前まで行ってくれる安心感があった。 もし入学当初からバスがなかったら、通学させるか考えていたかも。」
実は、丹海バスがこの路線を廃止したのは、赤字よりも運転手を充てられないことが理由だという。 運転手の数は昨年末時点で 59 人。 10 年前から 2 割減り、過半数が 55 歳以上だ。 運転手が足りず路線バスの撤退が各地で相次いでいます。 記事の後半では、150 万人の人口を抱える大都市郊で、小学生が通学に使う路線バスがなくなる事例を紹介します。 2040 年には現役世代が 20 年の 8 割になる「8 がけ社会」になり、都市部でも通学への影響が広がるかもしれません。 丹後半島内の幹線道路を中心に走る同社線にとって、福知山市まで足を延ばす唯一の路線で、距離も長い。 やむなく、通学以外の利用を見込める、途中の「与謝」までの路線だけを残すことにした。
同社は路線バスだけでなく貸し切りバスや高速バスも運行しているが、路線バスの運転手を確保してできるだけ存続させようと、受注を抑えている。 大阪・関西万博で会場と周辺の駅を結ぶピストン輸送などの話もあったが、断った。 同社幹部は「運転手不足が経営の方向性を左右している状況。 貸し切りバスを導入しても走らせる運転手がいない。 怖くて投資できない」と危機感を語る。 2023 年に金剛自動車(大阪府)が、路線バスの全路線の廃止を沿線自治体に伝えたことは、業界に衝撃を与えた。 丹海バスも、19 年の時点で「運転手数の減少をシミュレーションすると、すでに危機的な状況」だったという。 時間外労働の上限規制が適用される「2024 年問題」を前に、路線の再編を強いられた。
神戸市でもバス休止 小学生 50 人以上利用
大都市圏でも郊外を中心に路線バス網の縮小が加速し、通学のあり方を変え始めている。 人口約 150 万人の神戸市の西端にある市立平野小学校。 同校の 50 人以上の児童が通学で利用する複数の路線バスが、3 月で運行を休止する。 再開の見込みはないという。 バスが走らなくなる区間は 7.4 キロに及ぶ。 この路線を含め、兵庫県で広くバス事業を営む神姫バス(兵庫県姫路市)の担当者は、苦渋の色を浮かべ、記者にこう話した。
「地域の交通を担う会社として、児童を苦しめたくはない。だが、利益も出していかなければならず、てんびんにかけざるを得なかった。」
かつて、同社は、路線を統合して運行台数を減らそうとした。 だが、車内が混み合ったり、遅延が発生したりしたため、断念。 近くのニュータウンを経由させ、児童以外の利用も促したが、結果は芳しくなかった。 そこに「2024 年問題」が追い打ちをかけ、運転手不足が深刻化した。 実際の運転手を起用した映画ポスターのような宣伝戦略や、TikTok での「バス乗務員あるある」の発信など、独自の採用努力も重ねてきた。 しかし、定年退職者が多く、慢性的な運転手不足は解消していない。 同社は 24 年 3 月にも、平野小と同じ西区にある神出(かんで)小学校と櫨谷(はせたに)小学校の児童が利用していた路線バスを休止している。 保護者による送迎や、コミュニティーバスによる通学に代わったという。
休止路線の利用者が多い平野小では、神戸市教育委員会が観光バス会社に委託し、初めてスクールバスを運行させることに決めた。 1 台のバスでピストン輸送するため、バスが来る時間が 30 分ほど早くなるバス停もあるという。 保護者の一人は「何とか代替の手段ができて良かった。 これから入学してくる子どもたちも安心して通えるよう、継続的に走らせてほしい。」と話す。
40 年には現役世代が 20 年の 8 割となる「8 がけ社会」を迎える。 運転手の確保はより難しくなり、路線バス網は縮小を続け、スクールバスの運行もままならなくなる恐れがある。 一方で、少子化で学校数も減り続けている。 通学区域が広がったのに、交通手段がない - -。 そんな事態が都市部でも差し迫っている。 (河原田慎一、鈴木智之、asahi = 3-21-25)
黒字の路線バス、あえての小型化 地方企業が模索する「賢い縮み方」
今から 20 年ほど前、私の出身地である福岡県のとある町で、1 軒の中規模スーパーが閉店した。 上の階には衣料品売り場もあったと思う。 この地のランドマークと言ってもいい存在だった。 跡地は今、広い駐車場を備えたコンビニになっている。 同じころ、隣街にショッピングモールが進出。 閉店はそのあおりも受けたのだろう。 市場競争の中、こうした企業の淘汰は珍しいことではない。 ただ、昨今目につくのが、競争の中でもとりわけ人材獲得競争、つまり企業に重くのしかかる人手不足による負担だ。 東京商工リサーチによると、「人手不足倒産」は 2024 年 7 月時点で年間過去最多を更新し、累計 300 件ペースで進む。
2024 年春に福岡に異動し、九州を中心に企業の取材をしている。 地方では利用者の減少や働き手不足が都市部より顕著だ。 一部の企業ではサービスの維持が難しくなっている。 ただ、そこでの「撤退戦」は、想像とは少し違うものだった。
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12 月上旬。 宮崎市の商業施設の車寄せに、白地に水色のラインのハイエースが滑り込んだ。 宮崎交通(宮交)の AI (人工知能)オンデマンドバス「宮交のるーと」だ。 予約に応じて、決められた乗降地点に迎えに来てくれる。 料金は 1 回 300 円。 路線バスより少し高い。 AI が最適な経路などを割り出す。 同市の会社員金村薫さん (42) は、以前は自分で車を運転したが、右腕を手術し、通院はこのバスが頼りだ。 乗降地点は自宅のそば。 「タクシーみたいで便利。 治っても使う。」
全国の乗り合いバスの輸送人員
宮交は、日本にハネムーンブームを生んだとされる「宮崎観光の父」岩切章太郎氏が、1926 年に前身の会社をつくった。 県内最大手の路線バス事業者で、白地に青のラインの路線バスは街の風景の一つ。 ただ、系統の 6 割は赤字だ。 のるーとのようなオンデマンドバスは、赤字路線の撤退の末、導入されることが多い。 だが同社は 24 年 3 月、黒字路線である JR 宮崎駅の隣駅周辺の路線バスの一部をのるーとに切り替えた。
大型ショッピングセンターがあり、住宅の密度も比較的高く、朝は通勤・通学で座席がほぼ埋まる優良路線だったにもかかわらずだ。 朝夕を除いて減便に踏み切り、30 分間隔で来た路線バスは、1 時間半ごとになった。 なぜ、稼げる路線でわざわざ転換したのか。 背景には人手不足がある。 運転手は 24 年 11 月時点で 322 人で、約 50 人足りない。 離職数が採用数を上回る状況が続いている。
コロナで「振り出しに戻された」
田代景三取締役 (58) は「路線バス事業の赤字は、高速や貸し切りバスの収入で穴埋めしている。 高速バスの運転手を増やしたいが、運転手の減少傾向に歯止めがかからない。」という。 休日出勤を頼んだり、内勤の運行管理者を現場に回したりしてしのいでいる。 切り替えによって、乗車できる客数は路線バスの 52 人から 9 人に減った。 だが、大型 2 種免許ではなくタクシーと同じ普通 2 種で運転ができる。 採用のハードルは下がるのではと期待する。 さらに注目なのは、単なる「撤退戦」ではなく、新しい乗客の掘り起こしを狙っている点だ。
乗降地点は、従来のバス停の倍の 46 カ所。 細かく乗降地点をつくったことで、どの地点からでも自宅・目的地まで徒歩 5 分程度でたどり着ける。 予約するため、待ち時間も少ない。 田代さんは「街中の交通空白地帯を走らせれば、移動の需要は底上げ出来る。 他社の例では予約で使うスマホの需要が高まり、エリア内の販売代理店の売り上げが上がったなんて話も聞いた。」と期待する。
問題は赤字路線だ。 祖業であるバス事業は、空気を運ぶような路線もある。 のるーとに代替しようにも、システム料が高く、利用者の少ない過疎地ではやはり採算がとれない。 自治体などの「宮交ならバスを走らせてくれる」との期待は強いが、路線の維持は難しさを増している。 同社は 05 年、経営難から産業再生機構の支援を受けた。 支援の終了時には、機構などへの債務の弁済のため、グループで地元の金融機関などから 175 億円の融資を受けた。
以来、賃金カットなどでコスト削減を続け、借金を圧縮。 大幅な減便はせずにきた。 ただ、コロナ禍で「コツコツと借金を減らしてきたのが、振り出しに戻された。(田代さん)」 バス事業の 21 年 3 月期決算は、売上高が前年比 7 割減の 35 億円、営業損益が 8 億円の赤字に沈んだ。 親会社が運営する観光ホテルや商業施設も軒並み打撃を受け、グループで新たに数十億円を借り入れた。
同社は 21 年、県に対し、市町村をまたいで運行する「地域間幹線」で赤字の全額補填を要求。 県は反発したが、26 年度まで基金による補?が決まった。 田代さんは運転手として入社し、事業への思い入れもある。 ただ、「路線バスは縮小していく。 選択と集中は迫られる。 圧倒的に便利な都市圏をつくり、ほかのエリアのネットワークも発展的に維持したい。」 自治体とも議論し、路線の再構築を進める考えだ。
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支店の営業は平日 1 日おき
地場経済の屋台骨である地方銀行も「縮み方」を模索している。 日本海に浮かぶ島根県・隠岐諸島。 西ノ島、中ノ島、知夫里島の有人島 3 島からなる「島前(どうぜん)」と呼ばれるエリアは、松江市の港からフェリーで 2 - 3 時間かかる。 島前の主要産業である漁業は、アジなどの巻き網漁が盛んで、かつては約 10 の船団があった。 西ノ島の浦郷地区には、地元商店の店主が「浦郷の銀座だった」と話す通りがあり、山陰合同銀行の浦郷支店はここにある。
だが、船団の数はいまは半分以下だ。 人口は 23 年 10 月時点で約 5,500 人と、20 年ちょっとで 4 分の 3 の規模になった。 「浦郷の銀座」には移住者が開業したカフェも並ぶが、人通りはまばらだ。 支店は 23 年から、月・水・金曜日の隔日営業にした。 あわせて、島前にあるもう一つの同行の支店、中ノ島の海士(あま)支店は、火・木曜日のみの営業にした。 両支店の行員計約 10 人のうち、半分が両支店を行き来する。
「採用のチャンスは年 1 回あるかどうか」
「今の来店客は 1 日 30 人ほど。 25 年前は倍のお客さんに、倍の行員がいたようだ。」 両支店で支店長を務める地頭直紀支店長 (55) はこう話す。 同行は 20 年、本州などにある拠点約 30 店を統廃合した。 島の 2 支店も対象になり得た。 だが、船で行き来するしかない島前の 2 支店のどちらかを閉じることは「著しく利便性を損なう(同行担当者)」とし、島前ではその道を選ばなかった。 別の地銀の担当者は「隔日営業は店そのものを残すので、コスト削減効果は薄い」と、特別な対応だと打ち明ける。
さらには要員の問題もあった。 両支店の行員は、支店長らを除き島内での採用だ。 進学などで島外に出る若者も少なくないため、採用の対象は主に「たまたま島に戻ってくるか、仕事を辞めた人。 チャンスは年 1 回あるかどうか。」と、簡単ではない。 採用は今後も厳しさを増し、支店を支える 50 代の行員 2 人の定年退職も意識せざるをえない。 隔日営業にすることで、窓口業務などに必要な人員は減り、将来の行員減少にも備えられる。
地頭さんは営業が 2 日の中ノ島の支店そばに住む。 中ノ島に暮らす行員は少数派で、悪天候で船がとまり、行員が通勤できないリスクに備える。 「会社全体の売り上げへの貢献は大きくはない。 ただ、ここで店を開けるのが我々のミッションで、この先もどんな形でも島に残り続けるだろう。」 島の人は隔日営業についてどう受け止めているのか。 西ノ島町の坂栄一秀町長 (66) は、「困るという声はほとんど聞いていない。 行政としても公金の取り扱いには問題ない。」と話す。
役場の一角には、1 台のタブレット端末が置かれている。 島前唯一のドコモショップが撤退し、24 年に代わりに「オンライン窓口」として置かれたものだ。 「島内の小売店は以前と比べ棚の品数が少ない。 建物も古いが改修の話も聞かないと住民も心配している。」 民間サービスはじりじりとしぼんでいる。 将来への不安はつきないが、こうも思う。 「島では事業を親から子へ引き継ぐことが多い。 でも、親のようにできるわけではない。 親のこだわりが強かったりしてね。 伝統行事もそう。 大事なものは引き継いでいかないといけないけれど、同じように守ることにこだわるのは違うのかもしれない。」 (松本真弥、asahi = 12-29-24)
日本全体で人口が増える要素は見当たらず、こうした流れは今後も続くだろう。 さらなる利用者の減少を招くような単なるサービスの劣化ではなく、形を変えながらも、付加価値の創出やサービスの維持をどうしていくのか。 利用者・自治体にいたずらに負担を押しつけるような企業の動きには注意しつつ、「賢く縮む」道を考えたい。
若年女性の減少率が 10 年で大幅改善 地震で気づいた町の「強み」
有識者でつくる「人口戦略会議」が今春、2050 年までの 30 年間で全国 1,729 自治体の 4 割にあたる 744 自治体で 20 - 39 歳の女性人口が 50% 以上減少し、いずれ消滅する可能性があるとする分析結果を公表した。 一方で、若年女性の減少率が 20% 未満とされた自治体は「自立持続可能性」と分類され、明暗がわかれる格好となっている。
「消滅」リスクと向き合う自治体 わかれた明暗、対策打っても人口減
熊本県の中央部に位置する益城町も、「自立持続可能性」と分類された自治体の一つだ。 10 年前に公表された同様のリポートでは、30 年後に若年女性の人口が 30.9% 減ると予測されたが、今回のリポートでは減少幅が 8.0% まで改善していた。 なぜなのか。きっかけは、災害で芽生えた危機感だった。 2016 年 4 月に発生した熊本地震で、町を 2 度の震度 7 の揺れが襲った。 町内の 9 割の家屋が被害を受けるなど、壊滅状態となった。 それまでは隣接する熊本市のベッドタウンとして、町の人口は増加傾向にあったが、地震の発生後に一気に 1,500 人ほど減少した。
「この町はどうなるのか。」 町職員だけでなく、町民からも不安の声があがった。 復興に向けた町づくりを考えるなかで、改めて目を向けたのが「町の強み」だった。 町は九州全体の「真ん中」付近に位置し、空港のほか、高速道路のインターチェンジが 2 カ所ある。 自然と水も豊かだ。 利便性と豊富な資源は企業が拠点を置く場所としても魅力があるのではないか、と気づいた。
町は 18 年、若手職員を中心としたワーキンググループを立ち上げ、企業誘致に狙いを絞った施策の検討を開始。 そこで出たアイデアをもとに、地震前まで目を向けてこなかった県外の企業に町の魅力をアピールする HP を開設したほか、町内に支店や工場を立地してくれた企業に最大 4 億円の奨励金を給付する施策を始めた。 それから 6 年。 ポテトチップスなどを製造する湖池屋や、全国に配送網を持つ日本通運など 15 の企業が町内に工場や倉庫を建設し、IT 企業 5 社がオフィスを新たに設置した。 隣接する菊陽町に世界的な半導体メーカー・台湾積体電路製造 (TSMC) が工場の設置を決めたことも追い風となり、町の人口は地震前の 3 万 3,500 人を超えた。
企業誘致を担当する産業振興課商工観光係で働く原田将吾さん (34) は、地震直前に入庁し、若手職員としてワーキンググループに参加してきた。 「地震という明確な危機に面したことで、役場だけでなく住んでいる人も町の未来を考えるきっかけになった。 そのなかで、普段はなかなか目を向けていなかった町の強みに気づくことができた」と振り返る。 全国の自治体が、人口減少にどう立ち向かうか模索を続ける。 原田さんは「立地や状況が違うので企業誘致が必ずしも有効な手段だとは思わない」としつつ、「自分たちの町をもう一度見つめ直すことで、ヒントは見えてくると思う」と話している。 (中山直樹、asahi = 6-23-24)
「消滅」リスクと向き合う自治体 わかれた明暗、対策打っても人口減
地方の自治体は「消滅」してしまうのか - -。 有識者でつくる「人口戦略会議」は今春、全国 1,729 自治体の 4 割にあたる 744 自治体で人口が減少し、消滅する可能性があるという分析レポートを公表した。全国に改めて衝撃が広がるなか、どのように存続の道をみつけていくのか、各地で模索が続いている。
「月の引力が見える町」
最大 6 メートルの干満差がある有明海。 そこに面する佐賀県太良町は、キャッチフレーズとしてそうアピールする。 町内にはカキ小屋が並び、名産の「竹崎カニ」を目当てに海外からも観光客が訪れる。 今回のレポートで、町は「消滅可能性自治体」に名を連ねた。 人口戦略会議は国立社会保障・人口問題研究所の「地域別将来推計人口」をもとにした分析で、2050 年までの 30 年間で 20 - 39 歳の女性人口が 50% 以上減少する自治体について、「消滅可能性」と分類。 若年女性が大幅に減れば次世代の人口減少がより加速するという考え方に基づいており、太良町の減少率は 62.4% だった。
町の人口は 1955 年の 1 万 5 千人をピークに減り続け、2020 年時点で約半数の 8,121 人となった。 会議の分析で、2050 年にはさらにその半数となる 4,035 人まで減少するとされた。 「『消滅』という言葉は嫌い。 いや、大嫌いです。」 分析データを眺めながら、永淵孝幸町長 (75) は言葉を強めた。
積み重なる人口減の要因 「一自治体では解消できない …。」
実は 20 年前、町は「消滅」する可能性があった。 人口 3 万人を超える鹿島市との合併案が持ち上がり、可否を決める住民投票を実施した。 結果は「合併反対」。 437 票差で、単独での存続を選んだ。 永淵町長は当時、町役場の課長だった。 「町民が自分たちの町を守りたいという意思を示した。 その決断は重かった。」と振り返る。 その 10 年後。 民間の有識者会議が初めて、「消滅可能性都市」というフレーズとともに全国の自治体の人口動態を分析した。 太良町はそこで消滅の可能性があるとされた。 町民の手で守った町が「消える」という指摘に、ショックを受けた。
それからの 10 年間、副町長や町長を歴任し、できる限りの取り組みを続けてきたつもりだ。 結婚や子育て、高校進学に対して支援金を給付するなど、近隣の自治体にひけをとらない施策を打ってきた自負はある。 それでも、人口は減り続けた。 高速道路がなく、列車の本数も限られるなど交通の便が悪いうえ、就職先となりそうな企業は少ない。 漁業が基幹産業の一つだが、ノリや二枚貝の不漁が続く。 人口減の要因はいくつも考えられるが、「どれも一自治体で解消できるレベルを超えている。」 20 歳で町役場に就職し、ずっと町の未来を考え続けてきた。
あの集落には高齢夫婦がぽつんと住んでいる、あの地域には最近、若者が戻ってきて畜産を始めた - -。 町民のことは誰よりも知っているつもりだ。 「『消滅』と言うのは簡単だが、太良で暮らしている人を切り捨ててもいいと言っているように感じる。 町の規模が縮小しても、かゆいところに手が届くような施策を、やり続けるしかない。」 今回のレポートをみると、山間部や離島に位置する小規模自治体を中心に、人口減少が加速度的に進んでいる。
「人が減ることを受け入れ、暮らす人の幸せを」
大隅半島の西部に位置する鹿児島県垂水市も、その一つだ。 10 年前の分析でも消滅可能性のリストに入り、市は人口増を目指して移住や U ターンを促進するための施策を打ち出してきた。 しかし、人口減少に歯止めはかからない。 なにより「少なくなるパイを各地で奪い合っているだけなのではないか」という指摘が役所内でもあがるようになった。 人が減ることを受け入れ、それでも活力がある市を目指す。 市の施策は、暮らしている人に対して選択肢を増やす方針に変わっていった。
その一環として今年 5 月、妊婦健診や産後ケアといった産婦人科に関する診療が可能な「サテライトクリニック」が開設された。 市内に産婦人科はない。 このクリニックでも出産はできないが、子どもがほしいと思っている住民に対して、できるだけ寄り添うことが狙いだ。 民間の医療法人が運営し、市が補助金を出しており、すでに妊婦など 30 人が利用しているという。 今回のレポートで、垂水市は若年女性が 62.2% 減ると指摘された。 市企画政策課の羽生文彦課長補佐は「数字は数字として受け止めるが、目指すところは変わらない。 人口減少を止めるためではなく、できるだけ多くの市民に幸せになってもらうために、できることをやっていく。」と話す。
専門家「自治体だけでなく企業も意識を変えて」
ただし、実際は大半の自治体で人口流出を止められない状況が続く。 こうした状況をどうみればいいのか。 九州の人口動態に詳しい北九州市立大学大学院の平田エマ教授は「とくに若い女性の東京一極集中が加速している」と指摘する。 九州各県の若者が進学や就職を機に福岡に集まる傾向は強まっているが、その福岡から東京圏への移動も依然として続いている。 平田氏は背景として「女性が働きやすい企業が東京に集まっている」と指摘する。 内閣府が 19 年に実施した意識調査では、多くの女性が「女性が活躍できる仕事は東京圏に多い」と感じていることがわかった。
東京では企業による働き手の奪い合いが加速し、有給や育休といった福利厚生の充実や給与水準の引き上げが進む。 平田氏は「地方の企業は、まだ男性が働き女性が家庭を守るという意識が残っており、それを女性が忌避しているのではないか」と推察する。 各地の自治体は人口減対策として子育て支援策に力を入れているが、「それを企業に波及させ、地域全体の意識を変えることが必要だ」と話す。
人口戦略会議が若い女性の人口に限定して分析したことについては、「データとして一定の理解はできる」としたうえで、「子どもを産み育てるのは女性だけではない。 産みたいけれど産めない人の障壁をなくすためには、男性を含めた周囲の理解、協力が不可欠であることを忘れてはいけない」と訴える。 (中山直樹、asahi = 6-23-24)
過疎地域、全国自治体の半分超に 政府の地方創生策、実効性薄く
総務省が人口減少率などから「過疎地域」に指定する自治体が、全国の市町村の半分を超えることがわかった。 過疎自治体が 5 割を超えるのは 1970 年の指定制度開始以降初めて。 政府は地方創生策を進めているが、地方の衰退に歯止めがかかっていない。 2020 年の国勢調査を受け、総務省は 1 月中旬、過疎地域持続的発展支援特別措置法(過疎法)に基づいて、「過疎地域」に指定される自治体への通知を行った。 4 月 1 日付の官報で公示する。
22 年度から自治体の全域または一部が過疎地域に指定されるのは、全国 1,718 市町村(東京 23 区を除く)の 51.5% にあたる 885 市町村。 21 年 4 月時点では 820 市町村だったが、新たに 27 道府県の計 65 市町村が指定されることになる。 新規指定のうち、全域が過疎地域となる「全部過疎」は北海道富良野市、新潟県加茂市、熊本県人吉市など 36 市町村。 また、平成の大合併(1999 - 2010 年)前の旧市町村を過疎地域とみなす「一部過疎」は、福島県白河市や千葉県香取市、徳島県阿波市など 29 市町となる。 今回、過疎指定から外れる市町村はない。
過疎に対応するための財政負担は増している。 政府が返済の 7 割を負担して自治体を支援する過疎対策事業債(過疎債)の費用として、総務省は 22 年度当初予算案に前年度比 200 億円増の 5,200 億円を計上。 12 年度の 2,900 億円から約 1.8 倍に増えている。 今後も人口減少や都市部への集中が続けば増額が避けられない見通しだ。 また、財務省によると、地方の債務残高は 21 年度末時点で約 193 兆円に上る見込みで、過疎化が財政悪化の要因ともなっている。
歴代政権は、地方活性化を重要課題に挙げて対策に取り組んできたが、成果が上がっているとは言いがたい。 安倍政権は 14 年に「東京一極集中の是正」を掲げて、地方創生担当相を新設。 「2020 年に東京圏の転出入を均衡させる」ことをめざしたが、実際には転入超過が続いた。 岸田政権も同担当相を置くほか、活性化策として「デジタル田園都市国家構想」を掲げるが、実効性は不透明だ。 過疎法は、人口減少率や高齢者比率、財政力指数などに基づき、過疎地域を指定し、過疎債などで支援する。 1970 年の制定以降に繰り返し改正・延長されており、現行法は 2021 年 4 月に施行された。 (小泉浩樹、asahi = 1-21-22)
新たに過疎地域に指定される 65 市町村
全部過疎
(北海道)富良野市、新篠津村、鹿部町、別海町 / (青森県)田舎館村、鶴田町 / (宮城県)川崎町、松島町、大郷町、涌谷町 / (山形県)上山市 / (福島県)国見町、天栄村、会津坂下町 / (茨城県)桜川市、河内町 / (群馬県)高山村 / (埼玉県)ときがわ町、皆野町、長瀞町 / (千葉県)九十九里町 / (新潟県)加茂市 / (福井県)勝山市 / (長野県)立科町 / (滋賀県)甲良町 / (京都府)綾部市 / (大阪府)豊能町、能勢町 / (兵庫県)市川町 / (奈良県)高取町 / (和歌山県)広川町、美浜町 / (高知県)宿毛市 / (福岡県)糸田町 / (長崎県)東彼杵町 / (熊本県)人吉市
一部過疎
(福島県)白河市、須賀川市 / (茨城県)潮来市、かすみがうら市 / (千葉県)匝瑳市、香取市、山武市、いすみ市 / (新潟県)新発田市、胎内市 / (富山県)砺波市 / (福井県)あわら市、永平寺町、若狭町 / (長野県)上田市、塩尻市、安曇野市 / (岐阜県)海津市 / (滋賀県)東近江市 / (京都府)木津川市 / (兵庫県)丹波篠山市、たつの市 / (和歌山県)みなべ町 / (徳島県)阿波市 / (熊本県)玉名市、菊池市、氷川町 / (鹿児島県)出水市 / (沖縄県)南城市
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