東京が負う「氷河期」のツケ 人口増でも少子化「結婚どころでは …」
「結婚どころではなかった」と配達員の男性 (48) は口を開いた。 東北地方の地元から、大学は東京都内に。 社会に出た 2000 年前後は、まだ就職氷河期のただ中だった。 卒業時に「内定」は一つもなく、飲食店のアルバイトなど職を転々とした。 たびたび体調を崩し、満足に働けないときもあった。 20 - 30 代の収入は、手取りで平均 14 万 - 15 万円ほど。 埼玉県境に近い、駅から徒歩 20 分のアパートに住み、月 5 万円の家賃と、光熱費、交通費、持病の医療費を払い、さらに実家に仕送りをすると、いつも財布は「カツカツだった。」 食事はカップ麺や菓子パンばかり。 給料日前に断食したこともあったという。
やっと生活が安定してきたのは、2 年前、現在の配送会社にパート社員として勤めるようになってからだ。 少しずつ増える貯金とともに、膨らみ始めた思いがあった。 「結婚して子どもがほしいという希望を、まだ捨てていない。」 男性は、自治体主催の婚活イベントに参加するなどしている。
少子化の背景にある「未婚化」と「晩婚化」
未婚の人が増えている。 50歳時点で未婚の人の割合を示す「生涯未婚率」は、男性 28.3%、女性 17.8% (20 年)。 計算方法は当時と異なるが、1990 年より、男性は 22 ポイント、女性も 13 ポイント増えた。 東京は全国で最も高く、男性 32.2%、女性 23.8% (同)。 ともに全国一高い平均初婚年齢(男性 32.3 歳、女性 30.7 7歳 = 22 年)に、その特徴が表れている。 比較的家賃の安いワンルームマンションを見つけやすく、職や娯楽も多い東京。 「単独世帯に適した生活環境がある。 周りに未婚者が多い影響もあるのでは」と明治大の鎌田健司准教授(人口学)はみる。
未婚や晩婚の増加が少子化の一因と位置づけられ、「婚活」促進は今や、各地で自治体の主要な施策にもなっている。 しかし、問題は、はるか以前に生じていたという指摘もある。 「結婚滅亡」などの著書があるコラムニストの荒川和久さんは「70 年代の第 2 次ベビーブームで生まれた人たちが結婚・出産の時期を迎えた 90 - 00 年代に第 3 次ブームが起きなかったことが、今の少子化につながっている」と話す。 就職氷河期に、多くの 20 - 30 代が主に経済的な理由で結婚や出産をしなかった。 「社会も効果的な対策を打ち出せなかった。 今はそのツケが回ってきている。」と分析する。
歯止めきかぬ少子化 都は対策に躍起
6 月 5 日、23 年の合計特殊出生率(1 人の女性が生涯に産む見込みの子どもの数)が発表され、東京は史上初めて「1.0」を切り、「0.99」となった。 出生数 8 万 6,347 人も戦後最少。 膨張する「ツケ」を返そうと、東京都は躍起になっている。 5 月の週末、東京・銀座近くで、都主催の「TOKYO 結婚おうえんイベント」が催された。 マッチングアプリや結婚相談所で用いる顔写真の撮影、似合う衣服が分かる「骨格診断」、アプリで好印象を与えるプロフィルの書き方講座 - -。 参加した女性 (29) は「婚活の取っかかりには良いイベントだと思う。 動き出すきっかけになる。」と話した。 延べ約 400 人が参加した。
今年度、都はこうした結婚支援事業に計 3 億円を予算計上した。 昨年度からは独自にマッチングアプリ開発も始めており、今夏にも実用化される見込みだ。 行政が「アプリ」まで始めることに対し、「『結婚するべきだ』という圧力を高めることになる」という批判もあるが、都の担当者は「結婚したいのに、婚活をしたことがない人が多い。 一歩を踏み出す支援が狙い」だと説明する。
しかし、出会いの機会があっても、「今や結婚・出産をコストと考える若者が増えている(荒川さん)」という声もある。 文部科学省の調査によると、子どもの教育費が年々上昇している。 たとえば公立中学生では、02 年から 21 年に、年間 43.7 万円が 53.9 万円に増えた。 私立中学生だと 123.1 万円が 143.6 万円になった。
さらに都内は、中学受験熱の上昇もあって子育て費用が都外よりかさむといわれ、「子ども 1 人あたり月 5 千円多くかかる」とみた都は、23 年度から「0 - 18 歳全員向けに月 5 千円支給」という子育て支援策を始めた。 事業費は 23 年度だけで約 1,200 億円。 さらに、「私立中学生向けの年 10 万円助成」や「高校授業料実質無償化の所得制限撤廃」などを少子化対策として次々と打ち出した。 ただ、こうした給付型の施策について、明治大の鎌田准教授は「新たに子を産む動機につながるより、すでに生まれた子への投資に回されやすい。 少子化対策としての効果は見えにくい」と指摘する。
「働きながら子育て」が持続可能な環境を
東京では別のアプローチが必要という指摘もある。 民間シンクタンク・大和総研(東京)による、総務省の「就業構造基本調査」をもとにした調査によると、23 区内の 30 代子育て世帯(妻が 30 代で、夫婦と子どもから成る世帯)の年収は、中央値でみても 22 年は 986 万円に達し、17 年より約 23% も上昇していた。 この間、都内の保育所の待機児童は 8466 人(16 年)から 286 人(23 年)に激減しており、子育てをしながら働く女性が増えたことを要因として挙げている。
にもかかわらず出生率の低下に歯止めがかからない状況を、同総研の是枝俊悟主任研究員は「共働きのまま子育てに入ることができても、それが持続可能でなければ『もう 1 人子どもを持ちたい』と考えにくい」と分析する。 「小 1 の壁」といわれる学童保育の待機児童解消、都が「育業」と命名した育児休業の男性による取得、テレワークの普及 ――。 東京で必要な対策は多いと、是枝さんは指摘した。 (松田果穂、asahi = 6-30-24)
山口県縦断の美祢線、全線運休 1 年 … JR 西日本「単独での復旧とその後の運行は難しい」
山口県内を南北に走る JR 美祢(みね) 線が、昨年 6 月 30 日から 7 月 1 日にかけての大雨で被災し、全線運休となって 1 年になる。 地元は復旧を求めているが、運営する JR 西日本(本社・大阪市)は今年 5 月、「単独での復旧とその後の運行は難しい」と主張し、代替案を協議する検討部会を設置するよう沿線自治体などに要請した。 地元では反発や戸惑いが広がっており、先行きは不透明になっている。
今月 21 日、美祢市を訪れると、土台が流された状態の美祢線の線路は、1 年前とほとんど同じ姿のままだった。 近くを流れる厚狭川には橋脚の残骸があり、線路は撤去されていた。 「姿が変わった線路を見ていると悲しい。 早く復旧してほしい。」 移動を美祢線に頼っていたという 厚保(あつ) 駅(美祢市)の近くに住む女性 (85) はため息をついた。 現在は代行バスが運行されている。
利用促進試算
被災を受け、沿線自治体や山口県、JR 西などでつくる美祢線の利用促進協議会の作業部会は、昨年 10 月から復旧後の利用促進策について協議してきた。 5 月の総会では事務局が、通学定期券の購入費助成や観光客向けの快速列車の運行、居住誘導施策などの利用促進策と、それらを実行した際の効果の試算を報告。 最大で輸送密度(1 キロ当たりの 1 日の平均利用者数)が 2019 年度の「478 人」の 2.7 倍となる「1,292 人」に増えるとした。
国土交通省がローカル線の存廃検討の目安とする「1,000 人未満」は上回る試算だったが、JR 西の広岡研二・広島支社長は総会で、「大量輸送という鉄道の強みを生かせるレベルに達していない」と指摘。 さらに、高額とする復旧費や利用者低迷を理由に「(JR 単独での)復旧とその後の運行は難しい」とし、協議会に新たな検討部会を設置するよう要請した。 同社によると、美祢線の収支(19 - 21 年度平均)は、全区間で年間 4 億 6,000 万円の赤字となっている。 広岡支社長の発言について、村岡嗣政・山口県知事は今月の記者会見で「事業者の責任でまずしっかり復旧してほしい」と強調した。
バス転換警戒
美祢線は 10 年夏の豪雨でも被災し全線不通となったが、翌年 9 月に復旧した。 事業費約 14 億円のうち約 5 億円は県が負担した。 一方、JR 西は、山口県内で昨年起きた大雨による鉄道への被害について、山陰線は 25 年度に全線復旧を目指しているものの、美祢線については現段階で復旧費用も明らかにしていない。 効率的な経営や株主への利益還元を重視する JR 西は、鉄道のあり方の見直しを各地で進めている。 岡山、広島両県を走る芸備線の一部については、改正地域交通法に基づき、再構築協議会の設置を申請。 今年、設けられており、今後、国交省、地元自治体、JR 西などで鉄道存続かバスへの転換などの結論を出す。
こうした中、美祢線の地元では、JR 西からの要請を受け、協議会に公共交通のあり方を議論する検討部会が設置される見通しという。 7 月に臨時総会を開き、部会設置を決める可能性もある。 JR 西の広岡支社長は美祢線についても、「できるだけ早く議論し地域にふさわしい公共交通を実現したい」と語っており、沿線自治体の関係者からは「新たな検討部会では、JR 西がバスへの転換などを提起してくる可能性がある」と警戒する声も出ている。 (本岡辰章、池田寛樹、yomiuri = 6-30-24)
◆ JR 美祢線 = JR 山陽線・ 厚狭(あさ) 駅(山口県山陽小野田市)と山陰線・長門市駅(同県長門市)を結ぶ全長 46 キロの路線。 今年 3 月に全線開業から 100 周年を迎えた。 沿線には観光地として知られる長門湯本温泉があるほか、厚狭駅には山陽新幹線の駅もあり「こだま」が停車する。
東京都がマッチングアプリ、夏にも実用化 「独身」、「年収」証明必須
東京都が独自のマッチングアプリ開発を進めている。 少子化を背景に、「婚活」促進に取り組む自治体は多いが、都によると、自治体によるマッチングアプリ開発は珍しいという。 信頼性を高めるため、都は身元証明書にとどまらず、独身であることや収入の証明まで義務づける。 ハードルの高い「官製マッチングアプリ」は必要か。 マッチングアプリは、オンライン上で異性らと知り合えるサービス。 登録者同士がプロフィルや写真を見て、互いに高評価ならカップル成立 - - というのが一般的な仕組みだ。 成立後、メッセージをやり取りし、気が合えばデートなどに進む。
登録審査厳格化、「トラブル防止」が理由
都は昨年 12 月、ウェブ上でのマッチングシステムのテスト運用を開始した。 さらにスマートフォン向けアプリを、民間業者に運営委託して今夏ごろまでに実用化する予定だ。 特徴は、登録審査の厳しさにある。 都によると、運転免許証などの顔写真付き本人確認書に加えて、本籍地で取得できる独身証明書か戸籍謄(抄)本の提出が必要。 運営担当者との事前面談も課す。 また、身長、最終学歴、仕事内容、所得など 15 項目の個人情報も、事前入力して相手が見られるようにする。 「婚活が前提」と記された誓約書への署名も必要だ。 有料を視野に検討中という。 マッチングアプリ大手「タップル」によると、民間サービスでは、こうした情報は「自己申告」が大半。
厳格化の理由に、都は「トラブル防止」を挙げる。 都は独身証明だけでなく、年収の証明も義務づけます。 識者は「結婚相手の像」の定型化につながらないかと指摘します。 「年収の証明」をめぐる対応は各自治体で判断が分かれています。
大手シンクタンク・三菱 UFJ リサーチ & コンサルティングのアプリ利用者 516 人への調査(21 年)では、アプリ利用者の約 6 割が「トラブルや困ったことがあった」と回答。 内容は「見た目が写真と違った」、「プロフィルや婚姻状況の詐称」などだ。 各地で性犯罪や窃盗などの事件のきっかけにもなっている。 一方、保険大手・明治安田生命が昨秋行ったインターネット調査(1,620 人対象)によると、1 年以内に結婚した夫婦の出会いのきっかけは、「マッチングアプリ」が「職場での出会い」と同率の 25% に上り、2 年連続のトップだった。
都内の未婚率(50 歳時点)は、国立社会保障・人口問題研究所の統計によると、男性 32%、女性 24% でともに全国最高(平均は男性 28%、女性 18%)だが、結婚を望む都民の 67.4% が「特に婚活はしていない」と答えたという都の調査結果(21 年)もある。 担当者は「あくまで結婚は個人の自由」としつつ、「関心があるのに結婚できていない人が多いなら支援したい。 従来のアプリに不安があった人に、行政への安心感で、婚活の一歩目を踏み出してほしい」とアプリ開発の理由を説明する。
所得証明の提出も義務づけ、無収入の場合は?
都は、収入額の裏付けとして源泉徴収票などの所得証明書の提出も義務づける。 無収入の場合、年収欄に「0 円」と入力する。 「収入の多寡で障壁を設けるつもりはない。 無収入の人でもカップル成立の可能性はあると考えている」と担当者は説明するが、マッチングアプリ情報を発信するウェブサイト「マッチアップ」の伊藤早紀編集長は「一般的に無収入や低所得の男性はマッチング(カップル成立)されない」と話す。 アプリでは収入を男性側に求める傾向が強いという。
都内は人口増加の一方、22 年の出生数は約 9 万人で、12 年の 84.8% にとどまった。 「少子化は未婚が大きな要因」と話す小池百合子知事は、所得証明書の提出について「(収入は)一つの指標。 将来の生活設計などを描く際の一つの考え方になるのではないか。」と答え、必要という認識を示した(5 月 10 日の定例会見)。 都は、アプリ開発を含む結婚促進事業に 23 年度は約 2 億円、24 年度は約 3 億円を予算計上した。
都のアプリについて、伊藤編集長は「独身証明書が必須のアプリはないはず。 安心して使いたい、『怖い』と考えていた人たちが一定数、登録する可能性はある。 利用者の本気度は高いはず」と分析する一方、行政としては「所得水準を上げたり、結婚が収入増につながったりする施策が必要ではないか」と指摘した。
各自治体で広がるオンラインのマッチングサービス、収入証明は割れる対応
スマホで使えるアプリではないが、オンラインのマッチングサービスは他の自治体でも広がっている。 2018 年に始めた埼玉県は、今年 3 月までに累計約 2 万人が登録し、458 組が成婚した。 合計特殊出生率(22 年)が東京都の次に低い 1.09 の宮城県は 21 年にウェブサイト「みやマリ!」を開設。 約 1,700 人が登録した。 両県とも、登録者に所得の入力と、その証明書類の提出を求めている。
一方、京都府は所得の入力は不要。 担当者は「登録時にフィルターをかけると、選択肢を狭めることになる。 できるだけ多くの方に出会いを提供するのが行政の役割」と説明。 「希望条件で検索し、タイパ(タイムパフォーマンス)やコスパ(コストパフォーマンス)の高い出会いを求めるなら、民間のアプリを使えばいいのでは」とも話した。 開設から 1 年で 2 千人超が登録したという。 3 府県とも独身を証明する書類の提出は必須としている。 愛知県や沖縄県も今年度からオンラインのマッチングサービスを開始予定。 沖縄県は出生率全国 1 位 (1.7) だが、担当者は「初婚の平均年齢が上昇してきた。 未婚率も上がっている。」と危機感を口にした。
識者「行政が踏み込むと、結婚の圧力にならないか懸念」
慶応大の阪井裕一郎准教授(家族社会学)の話 婚活促進にマッチングアプリの活用は今や必然といえるが、行政がそこまで踏み込んだ場合、「結婚しないと不幸」という価値観を広める一種の圧力にならないか懸念する。 年収などの情報も、利用者の需要には合うかもしれないが、行政サービスの中で入力必須とした場合、それらを満たすことが「結婚相手の像」として定型化されることにつながらないか。 定型を作るのではなく、「定型外」でも受容される社会を作る視点を忘れてはいけない。 (中村英一郎、asahi = 6-4-24)
豪雨被災の JR 肥薩線、鉄道で復旧へ 熊本県「日常の利用増やす」
2020 年 7 月の豪雨で被災した JR 肥薩線の不通区間のうち、熊本県の八代 - 人吉間を鉄道で復旧させる基本方針について 3 日、県と JR 九州、国の 3 者が検討会議で合意した。 大規模に被災した鉄道の路線が復旧するのは、JR では東日本の只見線以来。 33 年度の運行再開を目指すという。 肥薩線は八代(熊本県) - 隼人(鹿児島県)の総延長 124.2 キロのうち、八代 - 吉松(鹿児島県)間の 86.8 キロで運休が続くが、このうち八代 - 人吉(51.8 キロ)が復旧する。
JR 九州は不通区間全体の復旧費を約 235 億円と見込む。 橋桁が複数流失していることから、河川整備事業などと連携させる形で国が 200 億円近くを負担。 熊本県内の沿線 12 市町村の負担は県が担い、JR 九州の負担は約 25 億円の見通し。自治体が駅や線路などの鉄道施設を所有・管理し、JRが運行を担う上下分離方式を採用する。
熊本県は昨年 12 月、人口減少の加速も踏まえつつ日常利用の促進を図り、観光資源の魅力を最大限に生かす、などとした復興方針案を提示。 JR 側は「持続可能性を担保できない」と慎重だったが、地元の強い要望を最終的に受け入れた形だ。 JR 九州によると、19 年度の 1 キロあたりの 1 日平均利用者は八代 - 人吉間で 414 人。 被災前は毎年約 6.2 億円の赤字が発生し、路線の存廃を議論する制度適用を考える目安の平均 1 千人を大きく割り込んでいる。
「日常の足に」実現するのか
県側は、バス転換のほうが収支が改善するという予測をしたうえでも、鉄路の復活を切望。 「日常利用の促進を」と求める JR 側に対しては、県や市町村職員の積極的な利用や、地域住民が生活の移動手段として使い「マイレール意識を持つ」などの具体策を掲げた。 サポーター制度の創設や、ふるさと納税を活用した寄付募集なども振興案にあがる。 これらで利用者の日常利用割合(通学約 13%、通勤約 3%)のアップをめざす。
検討会議後に報道陣の取材に応じた JR 九州の松下琢磨常務は「地元のみなさまの決意に感謝します。 日常利用の施策や持続可能性について一定のめどが立った」と述べた。 熊本県の蒲島郁夫知事は「肥薩線の復旧は創造的復興として大事になる。 県民や球磨川流域の皆さまとの約束を果たすことができてとても安堵している。」と語った。
鉄路の復活 先行例の「秘境路線」は…
近年、被災で長期にわたって運休が続く鉄路が相次いでいる。 そのなかで、上下分離方式で JR の路線を復旧させた先例といえるのが、「秘境路線」として人気の JR 東日本の只見線(福島・新潟県)だ。 2011 年の豪雨で一部区間(27・6 キロ)が不通となり、11 年後の 22 年 10 月に復旧。 約 90 億円の復旧費は福島県と会津地域の 17 市町村、国、JR 東が負担し、県が線路や駅の施設を所有、管理する。 ただ、収支は厳しい。 年約 3 億円の運行経費は自治体が担うが、22 年度の只見線の三つの線区別収支はいずれも赤字。 100 円の運輸収入を得るのに 3,836 円かかる区間もある。
一方、線路の敷地だったところにバスを走らせる BRT (バス高速輸送システム)に転換したり、廃線になったりした路線もある。 17 年の九州北部豪雨で被災した JR 九州の日田彦山線(福岡・大分県)の一部は、JRが復旧や運行にかかる費用が比較的安いBRTで運行を再開した。 肥薩線の復旧方針について、公共交通政策に詳しい名古屋大学の加藤博和教授は「地域が生き残る手段として鉄道を選んだのだから、地元自治体は覚悟をもって鉄道を軸とした将来のまちづくりを設計してほしい」とし、「沿線住民が鉄道をより多く利用することが必要だ」と指摘する。 (池田良、江口悟、渡辺淳基、asahi = 4-4-24)
被災した JR などの主な路線
JR 日高線(北海道) | 15 年高波 | 21 年廃線 |
JR 津軽線(青森県) | 22 年豪雨 | 運休 |
JR 岩泉線(岩手県) | 10 年土砂崩れ | 14 年廃線 |
JR 大船渡線(岩手、宮城県) | 11 年東日本大震災 | 13 年 BRT 転換 |
JR 気仙沼線(宮城県) | 11 年東日本大震災 | 12 年 BRT 転換 |
JR 只見線(福島、新潟県) | 11 年豪雨 | 22 年復旧 |
JR 米坂線(新潟、山形県) | 22 年豪雨 | 14 年運休 |
のと鉄道七尾線(石川県) | 24 年能登半島地震 | 6 日全線再開予定 |
大井川鉄道(静岡県) | 22 年台風 | 運休 |
JR 山陰線(山口県) | 23 年豪雨 | 運休 |
JR 美祢線(山口県) | 23 年豪雨 | 運休 |
JR 日田彦山線(大分、福岡県) | 17 年豪雨 | 23 年 BRT 転換 |
高千穂鉄道(宮崎県) | 05 年台風 | 08 年廃線 |
JR 肥薩線(熊本県など) | 20 年豪雨 | 33 年度ごろ復旧方針 |
くま川鉄道(熊本県) | 20 年豪雨 | 運休 |
南阿蘇鉄道(熊本県) | 16 年熊本地震 | 23 年復旧 |
JR 西も 150 億円を出すローカル線 国が創設した新たな枠組みとは
岡山、広島両県を走る JR 芸備線の一部再編方針を議論する「再構築協議会」が 26 日に始まった。 昨年改正された地域交通法で創設された制度で、開催は全国で初めてだ。 改正法では再構築協議会のほかに、鉄道やバスといった公共交通も「地域のインフラ」と位置づけ、国が交付金を出す新制度もできた。 地域の公共交通機関のあり方についての計画を出してもらうことが条件で、手遅れになる前に自治体も含めた話し合いを促すのが狙い。
それまでは、赤字の鉄道会社のみが経営改善のために受けられる仕組みだったが、黒字会社でも、赤字路線の利便性を高めるために使えるようになった。 第 1 号となったのは、富山県を走る JR 城端線・氷見線。 JR 西日本と富山県などが昨年 9 月、第三セクター「あいの風とやま鉄道」に移管する方針で合意した。 計画では、新型車両の導入やレールの更新、駅の改良などにかかる 341 億円の 3 分の 1 を国の交付金でまかなう。 周辺自治体だけでなく、JR 西も約 150 億円を出す。 2033 年までの 10 年間で、1 日の利用者数を 2,400 人増やす青写真を描く。 この枠組みを使えるように、城端線・氷見線のほか、5 件の計画が今年 2 月に国交省から認定された。
ほかにも単なる存廃の議論を超えたローカル線の姿が各地にある。 福島と新潟を走る JR 東日本の只見線が福島県や周辺自治体が毎年 3 億円と言われる維持管理費を負担することで、運行のみを JR が担う「上下分離方式」で 22 年に 11 年ぶりに復活した。 福岡と大分を走る JR 九州の日田彦山線は一部を BRT (バス輸送システム)に替えて昨年に 6 年越しに復活した。 駅を約 3 倍に増やし、ルートも学校の近くを通ることなどで利用者は列車時代より 2 倍以上に増えているという。
ローカル線問題に詳しい野村総合研究所の新谷幸太郎氏は「それぞれの当事者が意見を出し合うことが重要だ。 過去よりも、今後住み続けていく人たちのために、どのように地域公共交通を維持していくべきか考える必要がある。」と話している。 (角詠之、高橋豪、asahi = 3-26-24)
JR 「バス下回る利用」 自治体「重要交通」 ローカル線存廃、協議始動
赤字に陥るローカル鉄道の存廃などを話し合う全国初の「再構築協議会」が 26 日、広島市で始まった。 国や JR 西日本、自治体が参加し、広島・岡山両県の JR 芸備線の一部区間について、利用状況の実証実験などをして 3 年以内をめどに将来の方針を決める。 再構築協は、昨年 10 月に施行された改正地域公共交通活性化再生法で制度が設けられた。 各地で赤字路線の廃線を視野に入れる鉄道事業者と存続を望む自治体が対立するなか、国が話し合いを促し、解決策の実現のための費用を補助する。
今回の協議は芸備線の備後庄原(広島県庄原市) - 備中神代(岡山県新見市)間の 68.5 キロが対象で、芸備線全線(159.1 キロ)の約 4 割にあたる。
シリーズ 線路は続くか
ローカル鉄道が廃線の危機にあります。 線路は続くよ どこまでも - -。 希望を込めて歌うことはできないのか。 現場からの報告です。
初会合では JR 西と自治体の間の溝が改めて浮き彫りとなった。 JR 西は 30 ページを超す資料を用意し、人口減少や高規格道路の整備で利用者が落ち込んでいると説明。 「大量輸送という観点で鉄道の特性を発揮できていない」とし、バスへの転換などを視野に「今より便利で、持続可能性の高い交通体系を(広岡研二・広島支社長)」と訴えた。
一方、自治体側は「地域住民の大切な移動手段。 引き続き JR 西の運行がベスト(上坊勝則・岡山県副知事)」、「JR 西の今年度の業績予想は伸びている。 なぜ維持できないのか説明してもらいたい。(玉井優子・広島県副知事)」などと牽制した。 事務局となる国交省中国運輸局は、廃止か存続かの前提を置かずに「ファクト(事実)とデータに基づき議論する」と中立の立場を強調。 鉄道の利用促進策やバスの運行などの実証実験をする見通しという。(柳川迅、上山ア雅泰、西本秀)
「JR 西の業績は伸びている」
鉄道ネットワークはどうあるべきか - -。 JR 芸備線の一部区間の存廃などを議論する全国初の「再構築協議会」の第 1 回会合が 26 日、広島市内であった。 JR 西日本が、利用の低迷で持続が難しいとして、交通手段の再構築のための協議を要請。 自治体側は会合で、住民生活を支える鉄道ネットワークの重要性を訴えた。 再構築協の対象区間は芸備線の備後庄原(広島県庄原市) - 備中神代(岡山県新見市)間の 68.5 キロ。 国や JR 西、沿線自治体などが、路線の存廃やバス輸送への転換などを協議する場として設けられた。
会合では、JR 西の広岡研二・広島支社長が様々なデータを示して、厳しい状況にあることを説明した。 沿線の庄原、新見両市の人口がこの 30 年間で 33% 減った一方、輸送密度(1 キロあたりの 1 日平均利用者数)はそれを大きく上回る 88% 減だったといい、「芸備線の他の区間と比較して、大量輸送という鉄道の特性を発揮できていない」と述べた。
対象区間の 19 年度の輸送密度が 48 人だったことにも言及。 同区間で 18 年 4 月に調べた列車別利用者数は最大 45 人だったとして、「大型バスでも輸送可能な 50 人を下回っている」とした。 17 - 19 年度の収支率の平均も 1.7% と低水準だったという。 一方、全区間で国道が並行しており、道路交通の利便性は大きく向上していると主張。 「今よりも便利で、持続性の高い交通体系の実現に向けた議論をお願いしたい」と要請した。
沿線自治体からは路線存続を求める声が相次いだ。 岡山県の上坊(かみぼう)勝則副知事は「高校生が通学に利用しており、なくてはならない重要な交通手段だ」と運行継続を要望。 協議会自体についても、「さも(廃線ありきの)前提があるような話をいただいた」と牽制した。 新型コロナ禍が落ち着き、鉄道利用が回復しているとし、「透明性ある議論をするためにも、JR 西に詳細なデータを公開してほしい」と述べた。
広島県の玉井優子副知事も JR 西に対し、「民営化当初から比べると(業績が)大きく伸びている。 なぜ維持できないのか説明してもらいたい。」と要望。 利用者を増やす取り組みとして、乗客が使いやすいダイヤ調整や山間部の速達性向上、駅舎の活用などを求めた。 さらに「持続可能な地域社会の実現という観点を踏まえた、JR 西日本の具体的役割について議論したい」と踏み込んだ。
鉄道の「新たな価値を」
沿線の 2 市からは、切実な声が上がった。 岡山県新見市の野間哲人副市長は、芸備線は高校生や高齢者の移動に不可欠と訴えた。 同市は芸備線と姫新線、伯備線が結節する鉄道交通の要衝として発展した歴史があると説明。 再構築協は全国的に注目されているとして、会議の公開方法を検討するよう求めた。 広島県庄原市の大原直樹副市長は芸備線について、「他に交通手段を持たない市民の移動を支える、欠くことのできない輸送資源」と述べた。 「過疎地域で、飛躍的な利用者の増加を見込むことは難しい」としつつ、「鉄道の新たな役割や価値を見いだし、評価するための取り組みが必要だ」と提言した。
学識経験者として参加した呉高専の神田佑亮(ゆうすけ)教授は、「交通の問題は交通だけで考えてはだめ。 地域はどうあるべきか、駅周辺のまちづくりはどうあるべきか、を考える必要がある」と指摘した。 会合冒頭、協議会の議長を務めた国土交通省中国運輸局の益田浩局長は「廃止ありき、存続ありきという前提を置かず、ファクトとデータに基づき議論する」と、中立の立場を強調。 自治体側の警戒感に配慮する姿勢を見せた。
再構築協は今後、3 年をめどに方針をまとめる。 約 2 カ月に一度のペースで実務者レベルの幹事会などを開き、利用者をどう増やすか、どのような交通手段への転換が有効かなど実証実験をするという。(西本秀、上山崎雅泰、柳川迅)
広島県知事、他線への波及を警戒
広島県の湯崎英彦知事は同日の定例会見で、黒字路線が赤字路線を支える内部補助の構造に触れ、「なぜ JR で維持できないのか、赤字部分を切り捨てるのが本当に許されるのか、国も説明を求めてほしい」と訴えた。 「JR がある意味、恣意的に切り出して一部区間のみを対象としていることになるが、JR が対象にしたければするということでいいのか」とも述べた。
また、過去の可部線の一部廃止や三江線廃線を取り上げ、「芸備線も厳しくなったので廃止します。 福塩線も厳しくなるから廃止します。 そんなことをどんどんしていくのか。」と疑問を投げ、他線への波及に警戒感を示した。 (黒田陸離、asahi = 3-26-24)
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