iPS で膵島細胞、1 型糖尿病患者に移植、経過良好で安全確認 京大

血糖値を一定に保つインスリンを出す膵臓(すいぞう)の細胞が破壊される 1 型糖尿病について、京都大病院は 14 日、重症患者 1 人に iPS 細胞からつくった膵島(すいとう)細胞を移植する臨床試験を 2 月に実施し、経過は良好で安全性に問題ないことを確認したと発表した。 この成果を受け、移植する細胞数を増やして 2 例目を近く行う。 今後、治療効果を確認し、2030 年代の実用化をめざす。

 

1 型糖尿病は免疫異常などで膵島細胞が壊される病気。 国内の推計患者数は 10 万 - 14 万人。 食事や運動など生活習慣の見直しで改善できることの多い 2 型糖尿病とは異なる。 毎日数回のインスリン注射が主流の治療法だが、負担が大きい。 亡くなった人からの膵島移植もあるが、日本では年数例程度しかなく、慢性的なドナー不足が課題となっている。

京大 iPS 細胞研究所は、iPS 細胞から膵島細胞をつくってシート状にする技術を開発。 マウスやブタで効果が確認できたことから、研究チームは 2 月、名刺の半分ほどのシート複数枚を 40 代の女性患者の腹部 2 カ所に移植した。 他人の細胞由来だが、現時点では移植細胞への拒絶反応や、腫瘍(しゅよう)化するなどの症状はみられないという。 術後 1 カ月で退院し、現在は通院で状態を確認している。 研究チームはさらに今後 20 歳以上 65 歳未満の成人 2 人に移植する予定で、術後 1 年にわたり安全性を確認。 安全が確認できれば、治療効果を海外も含めた多施設で確認する。

京大病院の矢部大介教授(糖尿病・内分泌・栄養内科)は、「インスリン注射がいらなくなることをめざしたい。 今後は 1 型糖尿病の小児に対象を広げ、将来的には患者が圧倒的に多い 2 型糖尿病の治療にも応用できたらいい」と述べた。 (坪谷英紀、asahi = 4-14-25)


iPS細胞から作った心筋シート、承認申請 世界初の治療に一歩

重い心不全患者の治療で移植する様々な組織になれる iPS 細胞からつくった心臓の筋肉のシートについて、大阪大学発のベンチャー「クオリプス」が、再生医療製品としての製造販売承認の申請をした、と 8 日発表した。 承認されれば、iPS 細胞を使った世界初の治療法となる。 阪大などの研究チームは、心臓の太い血管が詰まり、心筋がはたらかない「虚血性心疾患」による重い心不全の患者に対し、他人の iPS 細胞からつくった心筋シートを移植する治療を開発してきた。 心筋シートから分泌される物質により、心臓の血管を再生させることなどをねらう。

2020 年から大阪大病院や九州大病院などで計 8 人の患者に移植する医師主導治験を実施してきた。 少数例でも効果があることが推定できれば、「仮免許」のような形で製造販売を承認する「条件・期限付き早期承認制度」を利用する。 研究を主導する大阪大の澤芳樹特任教授は「治験で移植した細胞の安全性を確認することができた」としたうえで、「iPS 細胞ができて約 20 年が経ち、患者に届けるための大きなステップだ。 新しい治療を世界に普及させ、多くの人の命を救いたい。」と話した。 (asahi = 4-8-25)


脊髄損傷の患者に iPS 由来の細胞移植、4 人中 2 人で一部回復 慶大

脊髄損傷による体のまひを治すために、iPS 細胞からつくった未熟な神経細胞を患者に移植する臨床研究に取り組む慶応大などの研究チームが 21 日、移植を受けた 4 人のうち 2 人で一部の運動機能が回復したとする結果を発表した。 チームは「有効性を持つ可能性が示唆された」とし、慶応大発ベンチャー「ケイファーマ」が、より多くの患者を対象に安全性や有効性を検証する治験を実施する予定だという。 脊髄は脳と体の各部をつなぐ神経の束。 交通事故などで圧迫され損傷すると、脳からの信号が体に届かなくなり、運動や感覚の機能がまひする障害が出る。 毎年 6 千人が新たに診断され、国内には 10 万人以上の患者がいるとされる。 リハビリ以外に確立した治療はない。

研究チームの岡野栄之・慶応大教授(生理学)らは、京都大の山中伸弥教授が 2006 年にマウスで iPS 細胞の作製を初めて発表した直後から、iPS 細胞を使って脊髄損傷を治す研究を本格化させた。 脊髄損傷では iPS 細胞を神経のもとになる細胞に変えて移植する手法は世界初の試みで、21 年 12 月に 1 人目の患者に移植し、注目を集めてきた。 今回の臨床研究は、脊髄が損傷してから 14 - 28 日経ち、体の一部の運動機能が完全に失われている患者が対象。 5 段階ある脊髄損傷の重症度のうち最も重い。

計 4 人に移植し、免疫抑制剤を使い、リハビリもしながら、24 年 11 月までに 1 年間の経過観察をした。 その結果、2 人は一部の運動機能が戻るまで回復し、うち 1 人は補助を受けながら立つ姿勢をとることができ、歩行に向けた訓練もしているという。 移植した細胞ががん化するなどの安全上の懸念はみられなかった。 専門医療機関である総合せき損センターのデータによると、「完全まひ」から運動機能が一部でも回復する人は約 10 - 12%。 今回移植を受けた人数は 4 人と少ないため、統計的に有効性があるのかどうかは判断できないという。

研究チームによると、患者に移植された細胞数は 200 万個で、事前の動物実験などから初めての臨床研究として認められた「最大限」の量だったという。 ただ、患者によって、脊髄の損傷部位の大きさには差もあったため、より移植する細胞数を増やすなどの改善点が考えられるという。 慶応大整形外科学教室の中村雅也教授は「4 例(という少ない数)であり、本当にすごいものができたと言うつもりはないが、(一定の改善がみられたことで)次につなげられる光が見えた」と語った。 (野口憲太、asahi = 3-21-25)


目が濁る「水疱性角膜症」、iPS で角膜細胞移植 慶応大が結果公表

慶応大と藤田医科大の研究グループが、目の角膜が濁る「水疱(すいほう)性角膜症」の患者に、iPS 細胞からつくった細胞を移植する臨床研究の結果を公表した。 移植後 1 年の観察でも安全上の問題はみられず、視力の改善もみられたとしている。 1 月 13 日付で米医学誌「セル・リポーツ・メディシン」に論文が掲載された。 水疱性角膜症は、目の「角膜内皮細胞」が傷ついて減ることで発症する。 この細胞には角膜を透明に保つ役割があり、体内で再生しない。 そのため、進行すると角膜が白濁して失明につながる。

治療法として、亡くなった人の角膜を移植する角膜移植が以前から行われてきた。 しかし、ドナー(臓器提供者)が少ない。 世界的にも角膜移植の待機者は水疱性角膜症の人を含めて 1,200 万人以上いるが、移植の実施数は年間 18 万人程度とされている。 日本では新しい治療法として 2023 年、ドナーの角膜から細胞を培養して増やし、患者に移植する再生医療製品「ビズノバ」が承認された。 ただ、1 人のドナーの角膜から増やせる細胞数に限界があることが課題だった。

慶応大などの研究グループは、さまざまな細胞に変化でき、ほぼ無限に増える iPS 細胞を使って、ヒトの角膜内皮細胞をつくる手法を確立。 この細胞をつかった移植法の安全性と有効性を検証するため、22 年 10 月、慶応大病院での臨床研究として、水疱性角膜症の 73 歳の男性患者への移植を行った。 この男性は 48 年前、別の角膜の病気のために左目の角膜移植を受けていた。 3 年前から拒絶反応によって水疱性角膜症になり、今回の細胞移植前の視力は0.02で、眼鏡やコンタクトレンズで矯正もできない状態だった。

研究グループによると、移植後 1 年の時点で視力は 0.07。 コンタクトレンズをつけた矯正視力は 0.5 まで改善した。 拒絶反応などもみられなかった。 一方で、移植する細胞の全遺伝情報(ゲノム)を調べたところ、がん化を抑制する働きがある遺伝子の一部に変異がみつかった。 働きが損なわれていた場合、移植した細胞ががん化するリスクがある。 結果の判明が移植後だったため、患者の経過観察の頻度を 3 カ月に 1 回から月 1 回に増やしたが、がん化などの問題はみられていないという。 同じ細胞を動物に移植して、がん化しないことも改めて確認したという。

臨床研究の過程では、iPS 細胞が提供されてから移植されるまでの間に計 4 回、細胞のゲノム検査が行われた。 ただ、検査には限界もあって、最初の 3 回では変異を見つけられなかった。 臨床研究で使われた iPS 細胞を提供する京都大学 iPS 細胞研究財団 (CiRAF) によると、遺伝子変異だけでがん化のリスクが決まるわけではないため、変異の有無よりも、変異のある細胞が異常に増えてしまう場合が問題だと考えているという。 またそのような異常は、出荷前の検査で見つけることが可能だとしている。 今回についても、患者に影響は出ていないことから、財団は同じ iPS 細胞の出荷を継続するとしている。

慶応大特任教授としてこの研究を率い、現在は藤田医科大の榛村(しんむら)重人教授は、「変異が検出された場合の対応もあらかじめ研究計画で決めており、その通りに、患者さんへの説明や経過観察、動物実験もして、安全性を確認してきた。 別の臨床研究などでも今後、ほかの変異が検出される可能性はあるので、どのタイミングでどこまで調べるべきかなど、一定の指針のようなものの整備が必要になるかもしれない。」と話した。 (野口憲太、asahi = 2-24-25)



iPS 細胞、液に浮かせて大量培養成功 「コスト数分の 1」 理研

iPS 細胞(人工多能性幹細胞)を、大量に高い品質でつくる方法を確立したと、理化学研究所などのチームが発表した。 培養のコストを従来の方法の数分の 1 にできるといい、再生医療の産業化につながるという。 iPS 細胞は現在、培養皿の底にくっつけて培養する方法が主流だが、平面的にしか増やせないので、場所をとる割に得られる細胞の数が限られ、自動化も難しい。 液の中に浮かせるようにして増やすと、こうした問題を解決できるが、一部が勝手に筋肉や神経などの元になる細胞に変化してしまうという欠点があった。

チームは、細胞にこうした変化を起こすことが知られているたんぱく質の働きを邪魔する化合物を探し、培養液に加えた。 2 種類の化合物を入れると、細胞を浮かせたままでもほぼ変化することなく増やすことができた。 化合物を取り除いてから神経など様々な細胞に誘導すると、問題なく変化させることができた。 最終的に、1 回で約 3 億個の細胞をつくることができたという。 理研バイオリソース研究センターの林洋平チームリーダーは「大量培養により、産業化への道が開けたと考えている」と話した。 論文は 12 日付で科学誌「eLife」に掲載された。 (杉浦奈実、asahi = 11-21-24)


iPS 細胞から角膜シート移植 安全性確認し視力も改善 阪大が論文

大阪大のグループがヒトの iPS 細胞からつくった目の角膜細胞を移植する臨床研究の評価をまとめ、英医学誌ランセットに発表した。 がん化や拒絶反応など重大な安全性の問題はなく、4 人の患者で矯正視力の改善などが確認できたという。 対象は、角膜の幹細胞がなくなり、角膜が濁り、視力が落ち失明することもある「角膜上皮幹細胞疲弊症」の患者。 グループは 2019 - 22 年、他人の iPS 細胞を角膜の細胞に分化させシート上にして 4 人の患者に移植し、経過を観察した。 角膜の濁りなどが減り、矯正視力は術前と 1 年後で、0.03 → 0.3、0.01 → 0.15、0.15 → 0.7、0.02 → 0.04 と改善した。

2 人は免疫抑制剤を使用、2 人は使用しなかった。 使用しなかった人に検査ではとらえられないレベルの慢性的な拒絶反応が起こっていた可能性があるという。 まだ移植した患者の数が少ないため、西田幸二教授が科学技術顧問をつとめる企業「レイメイ」が実用化に向けた治験の準備をしている。 西田さんは「論文として発表でき、実用化に向けた一歩になった。 iPS 細胞を使った再生医療全体にも波及効果があると思う」と話している。 論文は 英医学誌ランセット に掲載した。 (瀬川茂子、asahi = 11-8-24)


iPS 再生医療、初移植から 10 年 近づく「実用化」と残された関門

iPS 細胞を使った主な臨床研究や治験

失われた臓器や組織の機能を取り戻す「再生医療」への期待がかかる iPS 細胞。 ちょうど10年前、日本の理化学研究所(理研)が主導する臨床研究で、iPS 細胞を使った治療法が初めて患者に試された。 その後、脳や脊髄(せきずい)、心臓など、さまざまな病気への応用が模索され「実用化」が近づく。 一方で、課題も残されている。 最初の患者は「加齢黄斑変性」という失明のおそれのある病気の 70 代女性だった。 網膜の下にある網膜色素上皮の細胞シートが iPS 細胞からつくられ、2014 年 9 月、女性の目に移植された。

初の移植手術後の記者会見で、京都大の山中伸弥教授は、「iPS 細胞ができて 7 年という非常に短い期間で、臨床研究という非常に大きな一歩を踏み出した」と語った。 山中さんがヒトの iPS 細胞の作製を報告したのは 07 年。 12 年にはノーベル生理学・医学賞を受賞した。 文部科学省は 13 年から、iPS 細胞の応用にむけた研究などに「10 年で 1,100 億円」の支援を開始。 厚生労働省や経済産業省も支援した。 iPS 細胞には、あらゆる細胞に変化する能力がある。 病気などで失われた臓器や組織の細胞をつくり、移植することで患者を治す「再生医療」への応用は、当初から期待されてきた。

初移植から 10 年 広がる治験

一方、大きなハードルの一つは安全性だった。 iPS 細胞には、ほぼ無限に増える特徴もある。 移植した細胞が増え続けて腫瘍(しゅよう)化するようであれば、治療法としては使えない。 14 年の初の手術は、安全性の確認が主な目的だった。 理研による臨床研究として実施され、腫瘍化のリスクを最小にするため、移植する細胞を使った動物実験や遺伝子の解析などの対策もとられた。 移植から 1 年後でも安全性の懸念はみられず、理研チームリーダーだった高橋政代さん(現ビジョンケア代表)は 15 年の会見で、「絶対に失敗できないのであらゆるリスクを排除した。 すべて予定通りだった。」と話した。

移植から 7 年の時点でも、移植した細胞シートは移植された場所にとどまり、腫瘍化などの異常な細胞増殖もみられなかったと報告されている。 この 10 年、国内では心臓や血液の病気、脊髄損傷やがんなどで、iPS 細胞からつくった細胞を患者に移植する臨床研究や臨床試験(治験)が行われてきた。 いずれも、安全性の確認が主目的で、いまのところ問題は確認されていない。

治験を終え、次の段階に進もうとしているものもある。 一つは、神経難病のパーキンソン病の患者に、iPS 細胞からつくった神経前駆細胞を移植する治療法。 もう一つは、心不全につながる虚血性心疾患の患者の心臓に、心筋シートを移植する治療法だ。 ただ、有効な治療のための製品になるという意味での実用化には、まだ時間がかかりそうだ。 二つの治療法では、開発企業が最初の目標を「条件・期限付き承認」だと表明しているからだ。

再生医療のための「仮免許」

国の承認は、医薬品などの製造販売には欠かせない。 審査では、治験データなどから、安全性と有効性の両方を確認することが必要とされる。 一方、条件・期限付き承認は再生医療製品で認められている特殊な制度だ。 有効性は「推定」できればよい。 最大 7 年の期限が設定され、企業は製品を販売しながら成績調査を続け、改めて審査を受ける。 再審査で有効性も確認できれば正式な承認につながる。 新しい治療法をできるだけ早く患者に届けることが目的の制度で、有効性の検証に必要な大規模な治験はしていないため「仮免許」のようなものだ。

効果見極めには「さらに数年」

iPS 細胞関連ではないが、昨年度までに 4 製品が条件・期限付き承認を得た。 このうち、期限を満了した 2 製品は今年、いずれも正式承認を得ることなく販売を終了することになった。 「仮免許」で販売しながら有効性を示すことができなかった。

研究開発の動向に詳しい科学技術振興機構研究開発戦略センターの辻真博さんは、「再生医療が対象とするのは患者数が少ない疾患も多く、従来のプロセスにあてはめると非常に時間がかかってしまう。 そのため、このような仕組みがあることは重要だ。」としたうえで、「iPS 細胞を使って条件・期限付き承認を取得する事例は、安全性は確認されたが、有効性は『あると思われる』段階。 それが国内の多くの患者さんに対する画期的な治療法となるかどうかは、さらに数年間の結果をきちんと見ていく必要がある」と指摘している。 (野口憲太、後藤一也、asahi = 9-24-24)


iPS で卵子・精子つくる研究、8 割の人が「期待」 内閣府意識調査

iPS 細胞などの幹細胞から、受精卵に似た細胞のかたまりや卵子、精子をつくる研究に対し、一般の人の 8 割近くが期待をしていることが内閣府の意識調査でわかった。 その一方で、過半数の人が、研究に関して国がある程度厳しく規制することが望ましいという意見だった。 皮膚や血液などの細胞からつくれる iPS 細胞や、受精卵からつくる ES 細胞(胚(はい)性幹細胞)は、体の様々な細胞に変化する能力がある。 これらの幹細胞から、ヒトではまだ卵子や精子をつくることはできていないが、受精卵を模した細胞のかたまり(胚モデル)とともに、この分野の研究は急速に進展している。

ヒトの受精卵は研究で使うことが厳しく規制されているため、人為的につくった生殖細胞や胚モデルが得られれば、ごく初期の発生を調べる有力な手段になる。 一方で、命の始まり方に関わる研究で倫理的な課題もあり、内閣府の生命倫理専門調査会では研究ルールに関して議論を進めており、民間の調査会社に委託して意識調査を実施した。 調査は 1 月にインターネットを通じて行われ、医薬品産業や医療などには携わっていない 20 歳以上の計 3,095 人が答えた。 回答者には、研究についての簡潔な説明文を事前に読んでもらった。

研究が進むことについて、18.6% が「強く期待する」、58.6% が「どちらかというと期待する」と回答し、合わせて 77% に上った。 「全く期待しない」は 5.1%、「どちらかというと期待しない」は 1.7% だった。 期待する理由として、6 割前後が、不妊症や生まれつきの病気の原因の解明と治療法の開発を挙げた。 「発生や遺伝のメカニズムの解明」は 4 割、「子どもの欲しい人は誰でも遺伝的つながりのある子どもを持てる」は 3 割。 「デザイナー・ベビー(親の望み通りの子ども)の誕生につながる」は 4% だった。 期待しない理由は「不自然で抵抗感がある」が 6 割で最多だった。

一方、研究のあり方について尋ねると、「研究の実施要件などに、ある程度国が厳しく規制を行う」が 55.2%、「そもそも研究は認めるべきではない」が 15.2% で、国の関与を望む意見が大勢を占めた。 「研究者に大きな裁量が与えられ、世界の最先端の研究を自由に行える」は 29.6% だった。 調査では、説明文の理解度が高いほど、期待が強い傾向があった。 ただ、説明文が「よく理解できなかった」という人でも、「どちらかというと」も含めて「期待する」が 7 割に上った。

このため、調査結果が報告された 15 日の会合では、委員からは「どの程度、理解して好意的な意見を出しているのかは慎重に見る必要がある。 『8 割の国民が支持』という表面的なところだけがメディアで流れるのは危険だ」とも指摘された。 iPS 細胞などから生殖細胞や胚モデルをつくる研究は発展途上だが、日本の研究者が世界をリードしてきた。 ただ、卵子や精子が再現できても、日本では受精させることが国の指針で禁じられている。 解禁するかどうか内閣府の専門調査会で検討課題になっている。 また、胚モデルについても、調査会は 6 月から具体的な規制のあり方について検討を本格化させる。 (野口憲太、asahi = 5-21-24)


iPS で心臓再生 治験進む「シート」と「球」 二つの手法の特徴は

iPS 細胞を使って心臓の機能が弱まっていく心不全を治療する。  そんな研究開発が佳境をむかえている。 国内では「心筋シート」と「心筋球」という二つの手法で臨床試験(治験)が行われている。 それぞれどんな特徴があり、何が期待されているのか。 心不全は、全身に血液を送る心臓のポンプ機能が弱まった状態だ。 「心筋」と呼ばれる心臓の筋肉に血液を送る血管がつまり、心筋がダメージを受ける心筋梗塞などが原因になる。

心筋シート治験 年内にも申請めざす

山口県の 50 代男性も心筋梗塞になり、15 年ほど前、心筋への血流を回復させる手術を受けた。 しかし、心機能の低下は止まらず、主治医から、いずれ心臓移植が必要になると言われてきた。 2022 年に福岡市の九州大病院で診察を受け、iPS 細胞から作った「心筋シート」の治験に参加してみないかと打診された。 大阪大などのチームが 20 年から、患者への移植を始めていた。

23 年 1 月、九州大病院に入院し、胸に 7 センチほどの切れ込みを入れて、心臓の表面に心筋シートを 3 枚貼る手術を受けた。 心筋シートは、iPS 細胞から作った心筋細胞をシート状に加工したものだ。 シートは心臓と同じように拍動するが、移植後、数カ月で免疫抑制剤の服用を止めると、その後は消えてなくなってしまう。 それまでの間に、シートから出るたんぱく質で、心臓の血管の再生などを促す効果をねらう。

心筋シートの開発をてがける大阪大発ベンチャーのクオリプス社によると、大阪にある製造施設で、保存してある iPS 細胞からシートを作製。 男性の手術の前日に、新幹線で福岡市の九州大まで運ばれた。 専用の低温容器に入れれば、72 時間まで保つことができ、日本全国に供給することも可能だ。 治験は、心筋梗塞で心筋がダメージを負う「虚血性心疾患」による心不全の患者を対象にした。 予定していた 8 人に移植し、これまでにそれぞれ 1 年の経過観察を終えた。 クオリプス社によると治験のデータをまとめ、24 年中の国への承認申請をめざすという。

大阪大では、同時並行でもう一つの治験が始まっている。 宮川繁教授(心臓血管外科)らのグループが主導する、心筋の収縮する力が弱まって心臓がふくらむ「拡張型心筋症」の患者を対象にしたものだ。 4 人の患者数を目標に、今年から移植していく計画だという。

心筋の「球」を使った治験も

細胞シートとは別のアプローチで治験に取り組むのが、慶応大発のハートシード社だ。 iPS 細胞から変化させた心筋細胞を約 1 千個かたまりにした「心筋球」を使う。 特殊な注射器具で、患者の心臓の動きが悪くなった部分に移植する。 対象は虚血性心疾患による心不全の患者で、22 年末から移植を開始した。 手術で胸を開く必要があるため、「冠動脈バイパス手術」とあわせて行われる。 心筋球が移植した部分にとどまって成長し、心機能の改善につながることを期待している。

バイパス手術は、心筋梗塞などで血流が悪くなった部分に、体の別のところから血管を持ってきて迂回路を作る。 それ自体にも治療効果が期待でき、心筋球の移植との相乗的な効果をねらっている。 10 人の患者への移植が目標で、5 人目までには 5 千万個、その後の 5 人には 1 億 5 千万個の細胞に相当する数の心筋球を移植する計画だ。 今年 3 月までに 4 人へ移植した。 年内にも残り 6 人への移植を終えたいという。

社長の福田恵一・慶応大名誉教授によると、移植から半年以上たった 3 人については、心筋球を移植した部位で心臓の動きの改善がみられた。 心臓の収縮力を測る指標でみると、うち 1 人は横ばいで、2 人は改善したという。

焦点は有効性

心不全の患者は 2005 年に 98 万人。 高齢化とともに患者は増えており、2030 年には 130 万人を超えるという推計もある。 手術や内服薬での治療が進んだが、失われた心臓の細胞は元に戻らず、根治には心臓移植しかない。 このため、細胞を移植して心機能を回復させる「再生医療」に期待が集まった。 2007 年にヒトの iPS 細胞が報告されて以降、実際の治療への応用をめざした研究開発が進んだ。

iPS 細胞は、目的の細胞に変化しきらずに体内に入ると、異常な細胞のかたまりになる腫瘍化のリスクがある。 心筋シートや心筋球の治験では、現在まで腫瘍化などの大きな安全性の問題は起きていないという。 一方で、今後焦点になるのは有効性の検証だ。 いま行われている治験は、参加者が 10 人以下と少ない。 また、新しい治療法を受けていない人と比べるやり方ではないため、実際の効果の検証には難しさを伴う。 このような条件のもと、効果の有無やその大きさを適切に示すための工夫が、問われることになる。 (asahi = 4-26-24)


iPS からつくった心筋細胞、心室か心房かを区別 医療応用に期待

ヒト iPS 細胞から心筋細胞をつくる際に、心房向けと心室向け細胞を区別するために重要な目印を、京都大や米ハーバード大、武田薬品工業などの研究チームが見つけた。 生体に近い細胞を純度高くつくることができ、再生医療のほか、心房と心室のそれぞれで特徴的な病気の研究や創薬への応用が期待される。

心臓には、血液を送り出す心室と血液を受け取る心房が二つずつある。 心臓を構成する心筋細胞は大きく、心房筋細胞と心室筋細胞、拍動をつかさどるペースメーカー細胞に分けられ、電気生理学的な特性が異なる。 だが、iPS 細胞から心房筋細胞と心室筋細胞のかたまりを別々につくろうとしても、ほかの細胞が一定程度、混じってしまうのが課題だった。

研究チームは、iPS 細胞からつくった心筋細胞の表面にある 212 種類の膜たんぱく質から「CD 151」と呼ばれるものに注目。 iPS 細胞からつくった心室筋細胞のかたまりのうち CD151の量が多い部分を取り出すと、生体に近い心室筋細胞が 93% を占めることを見いだした。

iPS 細胞からつくった心房筋細胞のかたまりでは、CD151 の量が少ない部分で、生体に近い心房筋細胞を 35% まで高められた。 遺伝子解析で Notch と呼ばれる遺伝子の働きが抑えられていることがわかり、心房筋細胞をつくる際にこの遺伝子の働きを低下させる化学物質を加えると、純度を 80% まで高めることができた。 薬剤への反応で、生体の心房筋細胞を再現していることも確認できた。

心室に特徴的な病気として心不全や肥大型心筋症、心房に特徴的な病気としては心房細動などがあるが、生体に近い細胞を効率よくつくることができれば、病気そのものの研究や薬剤の毒性検査に役立てられる。 研究チームの京大 iPS 細胞研究所の吉田善紀准教授(循環器内科学)は「心臓の再生医療や病気の研究では、心臓の中の必要な領域の心筋細胞を純度高く使えるようになることが重要で、その実現に近づく一歩になる」と話している。 研究成果が科学誌 コミュニケーションズ・バイオロジー に掲載される。 (桜井林太郎、asahi = 2-27-24)


「存在感が低下」日本の iPS 細胞研究 治療法実現へ問われる真価

日本で世界に先駆けてつくられた iPS 細胞の研究開発の優位性が揺らいでいる。 論文数や特許数は海外にリードを許していて、製薬企業が患者に試している段階の治療法の件数は、近年、海外の製薬企業の追い上げもある。 iPS 細胞研究に力点をおいてきた日本の真価が問われている。

iPS で病気治せるか? 主役は企業に 日本の「逆転負け」避けるには

iPS 細胞を実際の患者に試す研究は、2014 年に日本の理化学研究所などが、世界で初めて目の病気で実施した。 2022 年度の特許庁の報告書によると、22 年 4 月時点で企業が関わる開発段階の治療法の件数は、日本が 7 件に対し、米国 10 件、中国 3 件、豪州 4 件だった。 日本は、iPS 細胞からつくった細胞で失われた臓器の機能を回復させる「再生医療」の件数が多い。 海外には日本よりも進んだ開発段階のものもあり、正式な承認を受ける「一番乗り」は、海外の方が早くなるかもしれない。

一方、米国ではがん治療への応用に力点がある。 今年に入って撤退があり、米国立保健研究所 (NIH) のサイトで調べると 8 月時点で 4 件に減った。 ただ、がんの治療法は分野全体の知見も多く、実用化への道筋は見えやすい。 研究開発の基盤となる iPS 細胞関連の論文数は、18 - 21 年の推移をみると、日本は年 100 本ほどで横ばいだったのに対し、中国は約 90 件から 200 件近くまで増え、20 年に日本を抜いて 4 位になった。 21 年は 1 位の米国、2 位の欧州がそれぞれ 300 件超。 報告書は「日本の研究開発における存在感が相対的に低下した」と指摘する。

実用化に重要な関連の特許出願数(16 - 20 年)の総数は米国、中国に次いで 3 位。 ただし、「再生医療」のための特許に限ると、中国を上回り米国に次ぐ 22位だった。 日本では 13 年から「10 年で 1,100 億円」の大型予算が投じられ、iPS 細胞に支援の力点が置かれてきた。 ただ、iPS 細胞のようにさまざまな細胞に変化できて、より長い研究の歴史がある ES 細胞(胚性幹細胞)など、新しい治療法への応用が試されている細胞はほかにもある。 こういった細胞を使った治療法開発の状況を全体でみると、米国企業が圧倒している。 22 年 4 月時点で 154 件が進められており、欧州や日本の 3 倍以上になっている。

報告書のまとめにかかわった大阪大の紀ノ岡正博教授(生物化学工学)は、ほかの細胞を使った研究開発についても世界市場に展開するための環境整備が必要だとしたうえで、「全体としては米国が圧倒的ななか、大型予算もあって、iPS 細胞の治療への応用では日本は食らいつけている。 ただ、多くの患者さんに使われる治療として実用化されるには、まだ時間がかかる。 iPS 細胞を大量に増やす方法や、安定して供給できる体制などが確立していない。 まだ、企業が事業とするには難しい面があり、新しい産業として育てていく段階にある」と指摘している。 (野口憲太、瀬川茂子。asahi = 8-27-23)


腎臓や肝臓などの機能、チップで再現 … 動物実験せず病気の原因解明や創薬に期待

腎臓や肝臓などの臓器で起きている複雑な現象を、手のひらサイズのキットで再現する「臓器チップ」が注目を集めている。 樹脂製の板の内部に複数の種類の細胞を流し込む実験装置で、病気の原因解明や創薬などへの応用が可能という。 医学研究に不可欠な動物実験の削減につながることも期待されている。(松田祐哉)

京大の横川教授や理化学研究所のチームは 5 月、腎機能の一部を臓器チップで再現することに成功したと、国際科学誌に論文を発表した。 チームは、筒状の 2 本の流路が隣り合う内部構造を持つチップ(縦 3 センチ、横 2 センチ、厚さ 0.5 センチ)を開発。 iPS 細胞(人工多能性幹細胞)から作った腎臓の細胞と、血管の細胞をそれぞれの流路に入れたところ、実際の腎臓と同様に、細胞間でたんぱく質や糖などがやり取りできていた。

腎臓は、薬の吸収・排出にもかかわる重要な臓器で、筑波大の伊藤弓弦教授(幹細胞生物学)は「人の腎臓の機能をどこまで再現できているか精査する必要があるが、薬の開発に使える可能性がある」と評価する。 臓器チップは、新型コロナウイルス感染症が重症化する仕組みの解明に向けた研究にも貢献している。 京大や大阪大などのチームは昨年 9 月、同様のチップ(縦 4.5 センチ、横 3 センチ、厚さ 0.8 センチ)を使って気道の様子を再現した成果を発表。 気道の細胞に新型コロナウイルスを感染させた実験で、血管の細胞の間にウイルスが入り込む現象が確認できたという。 チームの高山和雄・京大講師は「細胞間の相互作用を見られるのが強み。 感染症研究にとっても優れたツールだ。」と話す。

病気の解明や創薬には動物実験が欠かせないが、欧州連合 (EU) で 2013 年、動物実験を行った化粧品の販売が全面禁止されるなど、規制に向けた動きが世界的な流れとなりつつある。 臓器チップに詳しいニューヨーク大アブダビ校の亀井謙一郎准教授は「動物を使わず、薬の効果や副作用を再現できるシステムが必要とされている。 iPS 細胞と組み合わせれば、より人に近い環境を再現でき、動物保全にも役立てられる」と意義を強調する。 (yomiuri = 6-25-23)


iPS 心筋シート治験、3 年 8 例で移植計画完了 「承認申請めざす」

大阪大は 5 月 19 日、心不全の患者に、iPS 細胞からつくった心筋シートを移植する臨床試験(治験)で、予定していた 8 人の患者への移植が完了したと発表した。 東京女子医大病院で 3 月、8 人目の患者に移植した。 半年後までの安全性や有効性のデータをまとめ、厚生労働省への承認申請をめざすという。 治験は医師主導で、2020 年に始まった。 心臓の血管が詰まり、心筋がはたらかない「虚血性心疾患」の患者が対象で、術後 3 カ月は、免疫抑制剤を飲んで拒絶反応を抑える。

京都大 iPS 細胞研究所がつくった iPS 細胞から心筋細胞をシート状にしたものを作製し、手術で患者の心臓に 3 枚ずつ貼りつける。 シートから出る物質が心臓の血管の再生をうながし、心機能が回復することが期待される。 阪大病院で 3 例目までを実施。その後、遠隔地に運べる体制も整え、順天堂大や九州大でも移植した。 今回は、東京女子医大で 60 代女性に移植された。 女性は、数年前に心筋梗塞を発症してカテーテル治療を受け、心不全の治療薬やペースメーカーなどでも治療したが、心機能は低下した状態が続いていたという。 シートの移植後、4 月に退院し、現在まで安全性の問題はみられていないという。

阪大の澤芳樹・特任教授によると、これまでの 7 例の経過も順調だという。 今回の事例について、退院から 6 カ月時点の検査をすることで、すべてのデータがそろうため、その後、承認申請につなげるという。 澤さんによると、iPS 細胞由来の心筋シートの治療法開発の過程では、作製した細胞が 18 年の大阪北部地震で廃棄処分となったり、20 年以降の新型コロナウイルスの流行で患者を集めにくくなったりと苦労があったという。 澤さんは「虚血性心疾患の最良の治療をして、それでも治らないところを、iPS 細胞シートでさらに元気になってもらえるような治療法になることを期待している」と話した。 (野口憲太、asahi = 5-19-23)


ダウン症も治療可能に? iPS 細胞にゲノム編集、国内外で進む研究

3 月 21 日は世界ダウン症の日。 ダウン症候群のある人は、日本に約 8 万人いると推定されている。 この 50 年間で寿命が 50 歳延び、日々の生活や合併症への理解が深まってきた。 さまざまなデータが集まり、治療につながる研究も進んでいる。 ダウン症は、21 番染色体が 1 本多い 3 本あることで発症する。 大阪大学の北畠康司准教授(小児科学)によると、21 番染色体には約 300 の遺伝子があり、遺伝子の働きが 1.5 倍になることで、様々な症状が表れるという。

たとえば 21 番染色体には、血液の増殖にかかわる重要な遺伝子があると考えられている。 そのためダウン症の赤ちゃんのおよそ 10% には、「一過性骨髄異常増殖症」という白血病のような合併症がみられる。 40 代以降にアルツハイマー病を発症する人も少なくない。 21 番染色体にある「APP」という遺伝子によって、アルツハイマー病の発症にかかわるアミロイドβが、脳内にたまりやすいためと考えられている。

また、脳内の神経細胞が少ない一方で、神経細胞の働きを支える「アストロサイト」という細胞は多い。 21 番染色体にある「DYRK1A」という遺伝子の働きが強まっていることが原因とされる。 こうしたデータが集まってきたことで、ダウン症の根本的な治療や、さまざまな合併症に対する治療の研究が進んでいる。 北畠さんらの研究チームは、ゲノム編集により神経症状を改善することをめざしている。 難しいのは、ダウン症の人では神経の発達に関するDYRK1A 遺伝子が過剰に働いているが、逆に遺伝子の働きを抑えすぎると、自閉症のリスクにつながることだ。 北畠さんらは、ダウン症のある人から作った iPS 細胞を使って、遺伝子の数を正確に減らす技術の開発に挑戦している。

海外でも研究が進む。 2016 年には、茶のカテキン成分で認知機能が上がったという研究結果が報告された (https://doi.org/10.1016/S1474-4422(16)30034-5)。 3 本ある 21 番染色体のうち、1 本の働きを丸ごと抑える技術の開発も進む。 ただ、いずれも、まだ十分に確立されている治療法ではない。 ダウン症のある人は、およそ 15 - 30 歳の頃に、話さなくなる、動かなくなる、好きだったものに興味がなくなるといった「退行様症状」が出ることがある。 米国の研究チームは、「免疫グロブリン」を投与することで、こうした症状が改善するという結果を発表した (https://doi.org/10.1186/s11689-022-09446-w)。 今年から臨床試験を始める。

北畠さんは「自分の子がダウン症だと知ると、治療法がないことや将来に対する情報が少ないことから、ほとんどの親は漠然とした不安を抱える。 医療者もダウン症のことを知らない人が多く、これまでは研究が進まなかった」と話す。 近年、ダウン症のある人の成人期特有の症状なども理解が進み、様々な診療ガイドラインの整備も進んでいる。 米グローバルダウン症財団と日本ダウン症学会は昨年 12 月末、成人期のダウン症候群診療ガイドラインの日本語版 (https://japandownsyndromeassociation.org/adult-ds-guideline/) を公開した。 (後藤一也、asahi = 3-21-23)


iPS から「心筋球」移植を実施 慶大発ベンチャー「安全性確認」

慶応大発の医療ベンチャー「ハートシード(東京都新宿区)」は 10 日、iPS 細胞からつくった心臓の筋肉の細胞を、重症心不全の患者に移植する治験の 1 例目を実施したと発表した。 移植後 1 カ月の時点で合併症などの問題はみられなかったという。 安全性が認められたとして、同社は 2 例目以降の参加者を募る。 東京女子医大で昨年 12 月、患者に移植した。 治験の対象は、心筋梗塞などによって心臓の機能が衰えた「虚血性心疾患」をわずらい、冠動脈バイパス手術を受ける 20 - 80 歳の患者で、計 10 人を目標にする。 約 2 年間の計画で、慶応大など約 10 施設が参加を予定している。

iPS 細胞から変化させた心筋細胞を 1 千個ずつのかたまりにした「心筋球」を、バイパス手術と同時に心臓に注射する。 移植後、1 年ほどかけて安全性や有効性をみる。 iPS 細胞は、患者本人とは別の健常な提供者から血液を採取してつくったもので、患者は移植を受けた後、免疫抑制剤を飲む必要がある。 iPS 細胞には、体のさまざまな細胞になる能力と、ほぼ無限に増殖する能力がある。 そのため、病気や事故で失われた組織や臓器の機能を回復する再生医療への応用が期待されている。 一方、移植した細胞が腫瘍化してしまう懸念がある。 移植には、腫瘍化しないように可能な限り確かめたものが使われるが、その後の経過は慎重にみていく必要がある。

心臓にとどまって改善を期待

iPS 細胞を使って心不全の治療法開発をめざす試みとしては、大阪大が 20 年に 1 例目を実施した、心筋シートを移植する方法がある。 移植したシートは心臓にずっと貼り付いているわけではない。 これに対し、今回の「心筋球」を移植する方法は、心臓の筋肉の壁にとどまって拍動することで、血液を送りだすポンプ機能を助けることが期待される。腫瘍化だけでなく、拍動が心臓本体とずれて重篤な不整脈をおこさないかなどについても、慎重な検証が求められる。

また、移植と同時に行われる冠動脈バイパスは、詰まった心臓の血管の先に迂回路をつくるもので、それ自体が心筋の血流不足を改善させるための手術だ。 手術を担当した東京女子医大の市原有紀・心臓血管外科講師によると、心筋球を注射する心臓の部位はバイパス手術だけでは回復しない部分だという。 手術と心筋球の移植を組み合わせることによる追加の効果をどう検証するかも、今後の重要な課題になる。

治験をすすめる同社社長の福田恵一・慶応大教授は、10 日の会見で、「(動物実験などで)心筋球の生着は起こっていて、心機能が改善していることも確かめている。 臨床試験でも、同じことが期待できるのではないかと思っている。」と語った。 (野口憲太、asahi = 2-10-23)



ライチョウやニホンイヌワシから iPS 研究者「驚きに値する」成果

様々な細胞に分化できる iPS 細胞を、ライチョウやニホンイヌワシなど国内の絶滅の恐れのある野鳥 4 種から作り出すことに、国立環境研究所などのチームが成功した。 絶滅危惧の鳥での作製は世界初で、生息を脅かしかねない感染症への備えや、保全対策に生かせる成果という。 他に作製されたのは、沖縄本島北部にのみすむヤンバルクイナと、北海道道東に生息するシマフクロウ。 推定される個体数は、4 種で最少のシマフクロウが約 165 羽、最多のライチョウでも約 2 千羽。 環境省のレッドリストで、いずれも野生での絶滅の恐れが懸念される絶滅危惧 IA 類や IB 類に分類されている。

こうした野鳥に、脳炎による死を引き起こす高病原性鳥インフルエンザなどが広がれば、個体数の激減につながりかねない。 対策には、脳の神経細胞に対するウイルスの毒性などを調べる必要があるが、貴重な個体を使ったり、細胞を採取したりすることは難しい。 そこで期待が集まるのが、体の多様な細胞に分化できる iPS 細胞だ。 ただ、ノーベル賞を受賞した山中伸弥・京都大 iPS 細胞研究所名誉所長らが開発した、特定の遺伝子を働かせる手法は、もともとマウスが始まりだ。 ヒトなども含めた哺乳類での手法は、鳥類にそのまま応用はできないという課題があった。

そこで環境研や岩手大などのチームは、これまでにニワトリの iPS 細胞作製のために見つけ出していた、6 つの遺伝子を応用。 ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウの死骸の皮膚や、抜けた羽根から採取した体細胞に七つの遺伝子を働かせたところ、神経細胞と同様の細胞にも分化できる、iPS 細胞になったことが確認できた。 イヌワシでは、この 7 遺伝子だけでは iPS 細胞にすることができなかったため、さらに増やした 8 遺伝子で成功したという。

イヌワシなどの猛禽(もうきん)類では、鉛中毒も課題となっている。 特に北海道のオオワシやオジロワシが、鉛の銃弾で狩猟されたあとのシカの肉などを食べることによるものは深刻だ。 イヌワシの肝臓のような細胞を体外で作ることで、毒性や対処を調べやすくなるという。 チームの片山雅史・環境研研究員(野生動物医学)は「新しい技術を生かして絶滅危惧種の安定した生息に貢献したい」と話す。

哺乳類では、iPS 細胞を、野生動物の保全や研究に活用する試みがすでに進んでいる。 国内では、通常は哺乳類のオスが持つ Y 染色体を持たないことで知られる絶滅危惧種のアマミトゲネズミについて、宮崎大などのチームが 2017 年、iPS 細胞から卵子と精子を作製することに成功した。 性決定様式の進化の解明につながると期待されている。 アフリカに生息していたが、乱獲で、世界でメス計 2 頭にまで減ってしまったキタシロサイは、ドイツやイタリアなどのチームが iPS 細胞を作り、卵子を得る研究に取り組んでいる。

キタシロサイのプロジェクトに参加する九州大の林克彦教授(生殖生物学)は、「これだけ多くの鳥類から iPS 細胞が樹立されたことは、驚きに値する。 発生や病気のメカニズムが解き明かされ、種の保全に貢献できるのではないか。」と話している。 (竹野内崇宏、asahi = 11-1-22)