日本の若者の間で「中国発」漫画・ゲームの人気が上昇中、次世代の中国観とは
近年、日本では、中国発のコミックやゲームのファンが増えている。 海外における日本アニメの人気は周知のとおりで、それぞれのコンテンツが、国と国の政治や社会問題を乗り越えていく "国境破壊力" はとどまるところを知らない。 日中国交正常化 50 周年を迎えた今年、「日中友好」の言葉の意義が問われているが、若い世代はこの四文字にとらわれず "自分なりの中国観" を掘り下げている。(ジャーナリスト 姫田小夏)
アニメが持つ異国での浸透力
日本の漫画『NARUTO - ナルト -』には、日本のラーメン文化や、「九尾の狐」の昔話、ヘビ・カエル・ナメクジの三すくみや呪文に使う "手印" の結び方など、日本の "エキゾチズム" (異国の文物に憧れを抱く心境)が凝縮されている。 筆者は 9 月末、ベルギーの首都ブリュッセルのベルギー漫画センターで開催されていた『NARUTO - ナルト -』の特別展示を訪れた。 平日午前にもかかわらず、子ども連れのファミリーや、孫と一緒に訪館する祖父母の姿が散見された。 小学生の男の子が、おばあちゃんに NARUTO の良さを懸命に説明しているのが印象的だった。
ミュージアムショップで売られていた書籍を手に取ると、主人公の好物であるラーメンの紹介や、物語のキーワードとなる漢字の書き方が紹介されていた。 さらに日本流の漫画の描き方を伝授する書籍もあった。 日本のサブカルチャーが、ベルギーの若い世代に自然な形で浸透しているのがわかった。 実は、同じようなことが日本でも起こっている。 中国のサブカルチャーが若い世代に評価され始めているのだ。
「日中友好は死語」と言われる時代になった
一方で今年、中国との国交正常化 50 周年を迎えた日本では、「日中友好」の言葉の意義が改めて問われた。 日本人でもこの言葉を意識する人は少なくなったが、中国人も同じで、「50 周年を話題にしたら、中国人が白けた」と、ろうばいする日本人もいる。 筆者も、東京生活が長い中国人から出た「『日中友好』など死語だ」と言う衝撃の発言に面食らった。 そもそも日中友好運動は、日中戦争を経て、戦後の日本で発展したものだ。 当時の目指すところは日中関係の修復だった。
1980 年代まで自民党議員の秘書をしていた小川和幸さん(仮名)は、「『戦争を直視し中国と仲良くしていこう』という純粋な気持ちは、正常化前後の自民党議員の中にもありました」と語る。 他方、中国としては、台湾との外交関係を樹立した日本(1952 年に日華平和条約を締結)に対し、経済や文化などから着手して民間交流を促し、最終的には政治面での交流を回復させようという狙いがあった。 政治的な深謀遠慮もあっただろうが、戦争の痛みを感じた人々が、純粋な志で「日中友好」の井戸を掘ってきたことを疑う余地はない。
その後「日中友好」は日中双方を結び付ける重要なキーワードにもなったが、時代とともに変化を遂げた。 「日中友好」を掲げた活動は中国側の宣伝のために利用される側面もあり、また日本側の金もうけ的野心で利用される側面もあった。 「時代とともにうさんくさいものになっていった一面も否定できない」と小川さんは話す。 今では関係回復に奔走した先達の多くは鬼籍に入り、国際情勢の風向きも変わった。 正常化 50 年を経て中国そのものが変貌するなか、「日中友好」は、「時代遅れ」の感すらある言葉になってしまった。 本来なら継承者となる若い世代も、言葉そのものに大きな魅力を感じてはいない。
一方で、小川さんは「『日中友好』には、『戦争を二度と起こさない』という重要なメッセージが含まれていますが、これが次世代にうまく引き継がれていません」と嘆く。 案の定、今では各国が軍事費を積み増し、第 3 次世界大戦さえ起こりかねない状況だ。
「友好」と「対立」の二極化でいいのか
「友好」は、目指すべき最も望ましい状態であることは言うまでもない。 しかし、「日中友好」ほど "お題目化" している言葉はない。 「友好ではない状態だから、繰り返すしかない」という考えもある一方で、「仲良くしなければならない」という義務感が、結果的に「友好」を "形式的なもの" にとどめてしまった可能性もある。 こうした現状に対し、1970 年代生まれの内山書店店主の内山さんは「むしろ大げさに『日中友好』を唱える必要はなくなったのではないでしょうか」と語る。 「唱えすぎるあまりに、結果として『友好』か『対立』かという二極化を招いてしまう」というのがその理由だ。
中国の動画共有サイトの日本支社に在籍する范博文さん(20 代)も、先細る "日中友好のスローガン" とはいえ、「次世代は正面からの押しつけを好みません」と語る。 范さんによれば、日本では中国が開発したゲームが人気で、「ゲームに中国の京劇や水墨画、月餅や火鍋などが登場することから、日本の若い人たちが中国の伝統文化に興味を持ち始めています」と言う。
友好活動に携わってきた日本の "長老派" の中からは「若者の中国離れを座視することはできない」という声も上がるが、極度な悲観論に走る必要もないのかもしれない。 水面下ではコンテンツが持つ "国境破壊力" で、ごく自然な交流現象が見られるからだ。
「ドコミ」が示した「ゲームに国籍はない」の実態
こんなエピソードもある。 2021 年 8 月、ドイツのデュッセルドルフ市で日本のアニメ・ジャパンエキスポ「ドコミ(ドイツ・コミック・マーケット)」が開催され、欧州全域から若い日本ファンを集めた。 ところがその年、思いがけないことが起こった。 参加者の多くが中国の "原神キャラ" のコスプレを身にまとっていたのだ。 原神とは、中国企業が開発して世界的にヒットしたオンラインゲームである。
これを目撃したドイツ在住の日本人女性(20 代)は、「ドイツで開催されているジャパンアニメのエキスポ会場を、中国のゲームコンテンツの "原神キャラ" が歩いている」とショックを隠さなかった。 この女性が会場にいたベルギー国籍の男性(20 代)に意見を求めたところ、返ってきたのは「プレーヤーからすれば、中国かどうかではなく、面白いかどうかだ」という感想だった。 「原神コスプレ現象」は、若い世代にとって「コンテンツの国籍はあまり問われない」ということを教えてくれている。
このような現象は小説にも言える。 中国の劉慈欣氏による SF 小説「三体」は、オバマ元大統領も夢中になり、世界累計 2,900 万部を売ったヒット作だが、神奈川県で塾講師をする谷美里さん(30 代)は「私のように、この小説をきっかけにして中国の SF 小説や中国人作家に関心を持ち始めた人は少なくないと思います」と話している。 前出の内山さんも「中国コミックも、日本の購入者は最初から『中国』という国を意識して読んでいません。 最初は作品に関心を持ち、後から『どこの国の作品か』に気付くわけです。」と指摘する。
世界の若い世代の間では、アニメ、コミック、ゲームなどのコンテンツを楽しむことがほぼ常識化している。 彼らはごく自然な形で他国の文化を受け入れる素地を持っていて、エンタテインメントの領域における交流はますますボーダーレスになっている。 作品が「どこの国のものか」などは "おかまいなし" なのだ。 「日中友好」という言葉自体が色あせていくのは止められないとはいえ、日本と中国の関係が終わったわけではない。 若い世代は "昔のスローガン" の縛りがないところで、無意識に互いの文化を吸収し合い、深掘りし、自分なりの「中国観」を養っているといえるだろう。 (姫田小夏、Diamond = 10-14-22)
「中国の寒村」生まれのポケ GO 開発者、日本では当然すぎた「特権」に気づく
ゲームアプリ「ポケモン GO」と「ピクミンブルーム」の開発責任者を務めた野村達雄さん (36) は、9 歳のときに家族で中国から東京に移住した。 日本語が一つもわからず、英語も苦手だった少年が、東京工業大の大学院を経て、米 Google で働くまでになった道のりとは - -。
「ポケモン GO」開発者、9 歳で来日した時は日本語がまったく話せなかった
パソコンを買うために新聞配達
野村さんの祖母・志津さん(1973 年に死去)は第 2 次世界大戦後、中国東北部(旧満州)に残らざるをえなかった「中国残留婦人」だった。 野村さんは、1995 年に家族そろって東京都練馬区に移住した直後から中学時代にかけ、ゲームで友だちを増やし、学びも得た。 やがてゲームの裏ワザを研究するうち、「ゲームの中身はパソコンで作っている」と知り、関心の比重は次第にそちらへ移っていった。 小5 で長野市に引っ越した後、野村さんは中学生になり、パソコンを買うために新聞配達に励んだ。
最初に買ったパソコンは 10 万円
「毎朝 5 時から自転車に乗り、毎日 80 - 130 軒を回りました。 土曜、連休、元旦はチラシが多くて特に大変だし、冬は雪や道路の凍結で盛大に転ぶこともありました。 今の僕にそんな根性ないです(笑)。 毎月 2 万 - 3 万円の給料をもらうと即ゲームを買っていましたが、パソコンが欲しくなって貯金を始め、10 万円の格安パソコンを買いました。 父に代わってインターネットの契約も済ませ、知識を深めていきました。 新聞配達は中 3の 2 学期まで。 その後もファストフード店、宅配ピザ店、豆腐工場、家庭教師など、大学 2 年までいろんなアルバイトをしました。」
パソコンを「自作」 30 台近く組み立てた
愛機を手に入れると、参考書を読んでプログラミングを覚え、テレビゲームを改造してみたり、携帯電話アプリの開発に挑んだり。 さらには将棋の藤井聡太竜王 (19、王位、叡王、王将、棋聖)と同じように …。 「パソコンを自作するようになりました。 同じスペック(性能)なら、お店で買うより 3 割くらい安くなります。 すると、『材料費だけで作ってくれる高校生がいる』と長野県内の中国人コミュニティーで口コミで知られるようになり、中学・高校を通じて全部で 30 台近く組み立てました。」
そんな「パソコン博士」が迎えた大学受験。 本格的にコンピューターのことを学べる進学先を探し、前期日程の横浜国立大学は不合格だったが、後期で信州大学工学部の情報工学科に合格し、進学した。
大学の授業で「天狗」に、バイトで荒稼ぎ
「実は、大学 1 年でコンピューターサイエンス(計算機科学)の講義を受けたとき、失望しました。 中高生時代に独学で習得した話がほとんどだったからです。 僕は少し "天狗" になり、大学の外でのアルバイトに拍車がかかりました。 家電量販店の修理や販売の派遣社員として、時給 1,200 円。 月に 15 万 - 20 万円を稼ぎました。 でも『簡単』に感じたのは、1 年目の一般教養的な講義だったからでした。 2 年になり、工学部の専門教育が始まると、自分は全然わかっていなかった … と思い知りました。 まさしく『学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知か思い知らされる』という日々で、もっともっと知りたいと思うようになりました。」
専門講義で目覚め、すべての時間を勉強に
ここで、野村さんは決断を下した。 アルバイトをすべて辞め、必要なお金は奨学金を借りることにした。 「2 年からの専門講義が面白くて、いつからか、アルバイトの休み時間も教科書を読み込んでいました。 『バイトの時間も勉強に充てたいな …』という思いが募り、やがて当たり前のことに気づきました。 自分が年を取ったら、『20 歳の 1 時間』は 1,200 円では絶対に買い戻せない、と。 もちろん、生活のためにバイトが必要なときもあるでしょう。 でも、僕の大学 1 年の過ごし方は本当にもったいなかったと、いまでも思っています。 熱中できるものにこそ、時間を使うべきでした。」
高校の英語の試験は 17 点
気になるのは、言葉のことだ。 アメリカの Google 本社で働いたこともある野村さんだが、高 3 最後の定期テストの英語は、なんと 17 点だったという(100 点満点で)。 その前に、小3 で中国から来日した当初、日本語に困らなかったのか。 「日本語は、初めは不安でしたが、3 か月で日常会話をほぼ理解し、半年で日本の子と同じように話せていました。 友だちとの会話で吸収できましたし、中国語を話せる日本語の先生が小学校に来てくれましたから。
他にも中国残留日本人 3 世の子が数人いて、その年頃の子ども特有の能力なのか、みんな僕と同様でした。 ただ、両親はずっと苦労し、役所の手続きには僕らきょうだいが "通訳" しに行きました。」 英語はどうだろう。 野村さんは高 3 で 17 点だったのに、信州大学に現役合格し、4 年次で TOEIC 800 点を超え、東京工業大の大学院を出た頃には 970 点前後に達したのだった。
英語学習法は映画を繰り返し
「中高生時代、本当に英語が苦手で悲惨な点も取りました。 大学選びの条件は、コンピューターサイエンスを学べて入試科目に英語がないこと。 センター試験(現・大学入学共通テスト)の外国語は中国語を選び、ほぼ満点です(笑)。 英語学習の方法論はさまざまですが、僕の経験を振り返ると、『いかに英語を使う環境に身を置けるか』が一番大事でした。 大学では、まったく話せないうちから、留学生や外国出身の先生に話しかけました。
コンピューター関連の文献は英語で書かれたものが多く、それを読みこなすためにも『英語をちゃんと使えるように』という熱意に支えられていました。 大学院のときにやったのは、一度普通に見た映画を音声・字幕とも英語にして、わからない単語が出るたび一時停止してメモし、また進む。 同じ映画でセリフを覚えるほど繰り返しました。 シドニー・シェルダンらの小説も読みました。 こちらは知らない単語をなるべく飛ばし、ストーリーを推測するよう心がけました。」
現在は建築デザインを学ぶ学生
そして今、野村さんは京都芸術大の学生として建築デザインを学んでいる。 ポケモン GO、ピクミンブルームの次は、もしかして、家の設計? 「いえいえ(笑)。 コロナ禍の影響で在宅勤務が続き、住環境や家屋に思いをはせることが増えました。 そのうち、『本格的に学んでみたいな』と。 昨年 4 月、3 年次に編入しました。 通信教育でリポート作成などの課題に追われてますが、たとえば建築史を少し学んだだけで、立ち並ぶ建物への着眼点が増え、街の "解像度" が上がったように感じられるのが本当に面白いです。
このように、現代の日本では、多くの人は学ぶ気があればいつでも学べます。 挑戦の機会にも恵まれた人が大半です。 日本では当然すぎて、気づきにくいことかもしれません。 でも、時代と国が少し違えば、決してそうはいきません。 せっかくの環境にいる人は、中国の寒村に生まれた僕なのであえてこう表現しますが、持てる『特権』を最大限に生かしてはいかがでしょうか」(聞き手・森田啓文、読売中高生新聞 = 5-4-22)
【プロフィル】 のむら・たつお = ゲームディレクター。 1986 年 4 月 16 日生まれ、中国・黒竜江省出身。 長野県長野吉田高、信州大工学部を卒業後、東京工業大大学院修了。 米 Google などを経て、Niantic Tokyo Studio 代表。 大学 4 年の時に日本国籍に帰化し、中国名の石磊(シーレイ)から、正式に野村達雄を本名とした。
中国で大人気の日本人ドキュメンタリー監督がぎりぎりまで踏み込んで感じた「本当の中国」とは?
定年後に中国の農村に渡り、有機農法を指導するインフルエンサーとなった日本人、歌舞伎町の案内人から身を起こし、統一地方選挙に出馬した「元」中国人など、本書には中国と日本の架け橋となるような人々が何人も登場する。彼ら彼女らに密着取材し、現代中国の姿を生き生きと見せてくれる著者自身が、こうした"架僑(かきょう)"のひとりだ。
著者の竹内亮(りょう)氏はドキュメンタリー監督。 日本で『ガイアの夜明け(テレビ東京)』などの番組を手がけた後、中国へ移住し、映像制作会社「和之夢」を設立。 2020 年には、ロックダウン解除直後の武漢を取材し、『好久不見、武漢(お久しぶりです、武漢)』を配信して大ヒットを記録した。 『架僑 中国を第二の故郷にした日本人』は彼の看板シリーズ『我住在這里的理由(私がここに住む理由)』の取材体験を基にした、初の日本語書き下ろし作品だ。 早くも中国語訳発刊のオファーが殺到しているという、 南京在住の竹内氏に話を聞いた。
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- - 竹内さんは現在、ウェイボー(微博/中国版のツイッター)のフォロワーが 470 万人を超える人気監督です。 中国ではすでに語り下ろしの著作が複数あるとのことですが、今回日本語での書き下ろしを出された動機をお聞かせください。
「日本の人たちにもっと中国のことを知ってもらいたい。 それが一番の動機です。 日本の方は本当の中国をわかっていない人が多いので。 メディアがネガティブに報じるから、それに毒されている印象です。」
- - 私も読んでイメージが変わり、中国へ行きたくなりました。
「それはうれしいです。」
- - 南京に設立された「和之夢」の社名にはどんな思いが込められているのでしょうか?
「日中の相互理解につながる作品を撮るつもりでこの会社を立ち上げたので、平和の和。 プラス、日本という意味での和。 和の心ですね。 それを中国人に伝えたい思いとか、いろいろあります。」
- - 本書のタイトルにもなった "架僑" という造語もそうですが、漢字文化圏のよしみを感じさせるすてきなネーミングです。
「日本人はもちろん、中国人のファンの方にも「いいね」と言われます。 『ひと目で意味が伝わります』と。」
- - ご自身を含めた "架僑" の活躍を追う本書には、随所に現代中国人の価値観や人情に関する説明が盛り込まれています。 「中国人をこんなふうに書いて大丈夫かな」と気兼ねすることはありませんでしたか?
「そこは大丈夫です。 中国でメディア活動してもう 7 年になるので、『このラインを越えたら大バッシングを食らい、活動できなくなる』という境界線はわかっているので。 そこがわかっていないと地雷を踏んでしまい、明日から中国にいられなくなるでしょう。 だけど、ぎりぎりのところまでは踏み込まないと、いい作品は撮れません。 そこは見極めが大事で、今は僕ひとりではなく、「この話題はちょっと敏感だな」と思ったら社員全員に見せて、「ここまでなら OK、これ以上言うと NG」と確認しています。」
- - "お久しぶりです、武漢" を拝見しましたが、制作時、武漢現地取材の案には社員の方々が皆反対したそうですね。
「ロックダウン解除直後で、メディアにも取り上げられず、安全なのかどうかわからない状況だったので無理もありません。 でも単純にひとりのドキュメンタリストとしての好奇心が勝り、行くことにしました。 事前に SNS で取材に応じてくれる人を募集すると、多すぎるくらいの応募が来て「今の武漢を知ってほしい」という強い思いを感じましたね。 それが作品に生きていると思います。」
- - 感動しました。 取材の相手は監督とは初対面の方々ばかりなのに、一気に距離が近くなっているのが印象的でした。
「もともと僕のフォロワーですからね。 どんな作品を作ってきたかわかっているので、信頼関係ができているのです。 この本で紹介した人たちもそうで、だいたい取材相手とは仲良くなるので、今では中国全土に友達がいます。 日本のテレビでドキュメンタリーを撮っていたときは、取材相手は僕を、例えば「『ガイアの夜明け』のディレクターさん」として見るんですね。 親しくなることもありますが、関係性が違います。 また、相手が企業さんだと「宣伝になるぞ」みたいな打算も働くでしょう。 でも今はフォロワーを取材しているわけで、ファンと一緒に作っている感じです。 SNS 時代のドキュメンタリーの作り方といえるでしょう。」
- - なかには竹内監督の作品に登場したことで有名になった方もいるのではないでしょうか?
「いっぱいいますよ。 人生を変えてしまったパターンもけっこうあります(笑)。 例えばこの本にも書いた、深センで起業した青年のひとりは、取材当時まだサラリーマンでした。 ところがその回がバズって、中国で知られるようになり、やがて独立して起業しました。」
- - 背中を押した形ですね。 変化と競争が激しい現代中国のノリも影響してそうです。
「そのとおりです。 こっちは、波に乗った者勝ちみたいなところがありますから。」
- - 現代の中国に社会主義らしさを感じる場面はありますか?
「生活している分には特になく、日本と同じです。 ただ、非常事態になるとやはり社会主義の顔が出てきますね。 コロナ禍でそれを強く感じました。 全市民の PCR 検査とか。」
- - 南京の現在の状況は?
「こっちは通常ですよ。 マスクもしていません。 南京は感染者数ゼロが続いているので(3 月 7 日時点)。 今は深センで警戒が厳しくなっています。 隣り合わせの香港で感染が拡大しているから。 そこら中に臨時の PCR 検査場があり、毎朝検査してるそうです。 また、深センではドローンで PCR 検査の検体を運んでいます。 先日取材してきましたよ。 検査場から病院まで、少しでも早く確実に運べるから、もうバンバン飛ばしてました。
- - 最後に、次回作の展望をお聞かせください。
「次は旅モノのドキュメンタリーを撮っています。 長江の源流から河口まで 6,300km を走破しようと思って。 前に NHK の番組で旅したことがあるのですが、それから 10 年たち、どのように変化したのかを、一本の大河を通じて見ていきたいです。 よかったらご覧ください。」 (前川仁之、週プレ = 4-5-22)
● 竹内亮(たけうち・りょう) 1978 年生まれ、千葉県出身。 中国・南京在住。 ドキュメンタリー監督として、テレビ番組の企画・演出を手がける。 テレビ東京『ガイアの夜明け』、『未来世紀ジパング』、NHK 『世界遺産』、『長江 天と地の大紀行』などを制作。 2007 年にギャラクシー作品賞を受賞。 2013 年に中国に移住し、翌年南京市で映像制作会社「和之夢文化伝播有限公司」を設立。 15 年『我住在這里的理由(私がここに住む理由)』の制作を開始。 日本に住む中国人、中国に住む日本人の視点から、それぞれの国の社会を伝える番組で、200 人近くを取り上げてきた。
■ 『架僑 中国を第二の故郷にした日本人』 KADOKAWA 1,870 円(税込)、中国在住の竹内亮監督による、累計再生回数 6 億回超えのドキュメンタリー番組『我住在這里的理由(私がここに住む理由)』。この番組では、2015 年より日本に住む中国人と中国に住む日本人、約 200 人が登場。 本書は特に濃い人を厳選し、竹内氏がカメラをペンに持ち替えて描いたルポである。 中国式漫画ビジネスに挑む漫画家、定年退職後に語学力ゼロでカレー屋を興した男など、中国で奮闘する日本人が見た現実、彼らから見える実態とは - -。
差別的な「ヤフコメ」が中国で笑いものに … "頭の悪い言説" を積極的に海外へ拡散する行為の激烈な攻撃力
■ ネット右翼を嘲笑する「おバカな日本」というアカウント
「日本●事(おバカな日本)」という微博(中国の SNS)アカウントをご存じだろうか。 これは日本語ができる「愛国的」な中国人が運営しているアカウントで、フォロワー数は 22 万 1,000 人。 内容は中国にとって好ましくない日本国内の言説(台湾との連帯の主張など)や、日本の B 級ニュースなどを批判的な姿勢で紹介するものだ。
この「日本●事」や、類似の「日本 tui 一生(フォロワー 1 万 7,000 人)」などのアカウントが興味深いのは、日本語のツイッター、ヤフーニュースや YouTube のコメント欄などで見られるネット右翼系の「おバカ」な投稿を積極的に翻訳し、嘲笑のネタにしていることだろう。 ツイッターや「ヤフコメ」は、ヒマ人が匿名でめちゃくちゃなことを投稿して憂さ晴らしができる便所の落書き … であるかに思えて、実はそうした低劣な書き込みが 22 万 1,000 人の中国人から「おバカ」として笑いものにされている場合がある。 これが 2022 年のインターネット空間なのだ。(● は再表示できませんでした。)
■ 「ウクライナ女性を美人限定で保護します」
もっとも、国内の閉じたネット空間で横行する恥ずかしい言動を海外に晒されて大恥をかく現象は、実は中国も同様だ。 ロシアによるウクライナ侵攻の勃発前夜である 2 月 22 日ごろから、中国国内の SNS の「戦争になればウクライナの美女がたくさん中国に来るぞ」、「18 歳から 30 歳までの美人限定で保護します」といった差別的な内容の投稿文が英語に翻訳され、スクリーンショット画像の証拠付きで世界中のネット空間にばらまかれたのだ。
この情報は中国の国内外でかなり広がり、物議をかもした。 結果、中国のネット上では 2 月 25 - 26 日ごろから類似の投稿が多数削除され、中国国内のメディアが盛んに批判記事を掲載しはじめた - -。 つまり、当局からお叱りの姿勢が示された。 当時、中国はロシアの全面侵攻を予測しておらず、在ウクライナ中国人の保護方針は混乱していた。 たとえば、最初は「退避の時は車両に中国国旗を掲げるように」と呼びかけられていたのが、数日後に「中国人だと身元を明かさないように」と真逆のメッセージが出されている。
一連の迷走は、中国の予想以上にウクライナ国内での対中感情が悪化したことが理由だった。 中国国内で「ウクライナ美女」の投稿文を強く批判する報道が続出したのも、同国内の対中感情がこれ以上高まるのが懸念されたためかと思える。
■ 中国国内の過激言説を拡散させる「大翻訳運動」
今回、この翻訳を仕掛けたのは「浪人」と呼ばれる反体制的なオタク系中国人たちのグループだ。 彼らに明確なリーダーはおらず、組織化もされていないため、イメージとしては「5 ちゃんねらー」や「アノニマス」などと近いが、指す範囲はもう少し狭い。 日本でいえば「なん J 民」や「嫌儲民」(いずれも 5 ちゃんねらー内部のグループ)くらいの肌感覚の人たちだ。
「浪人」の一部は、上記の「ウクライナ美女」の事件を契機に、中国国内のネット上にあふれている過剰な愛国主義的・排外主義的な言説や、ロシアの軍事行動を支持する言説を積極的に英語や日本語に翻訳して暴露するようになった。 現在はツイッターで「#TheGreatTranslationMovement」や「#偉大な翻訳運動」などのハッシュタグを使用し、世界に向けて晒しあげ行為を続けている。 ひとまず、私の今回の記事では「大翻訳運動」と呼んでおこう。 翻訳のターゲットは中国の SNS である微博のほか、質問サイト知乎の投稿、bilibili(ニコニコ動画に似た動画サイト)の弾幕、TikTok の動画など多岐に及んでいる。
■ 中国共産党はネットの「祭り」に本気で激怒している
今回、私は大翻訳運動の公式ツイッターの運営者に接触し、匿名を条件に話を聞いた。 こちらによると、運動の目的は「党の対外プロパガンダが覆い隠している中国のリアルな姿を海外の自由世界に向けて公開し、中国版のファシスト勢力の台頭を阻止する」ことだ。 立ち上がった動機は近年の中国の体制に対する不満と、ロシアによる「侵略戦争を支持する言説」や「愚かしいヘイト言説」の粉砕にあるという。 翻訳の元ネタに選ぶのは、中国国内のネット上の反民主主義的・好戦的・排外主義的な言説のなかでも、多くの「いいね」を集めてバズっている投稿だ。
大翻訳運動の参加人数は、公称では「数百人から 1,000 人」。英語のほかに日本語、韓国語、ドイツ語、フランス語、アラビア語で情報発信をおこなっている。 そのうち日本語の翻訳担当者は「5 人から 10 人」程度とされる。 もっとも、彼らの日本語翻訳のクオリティはあまり高くない(これは「#偉大な翻訳運動」という、日本人には違和感のあるハッシュタグからも明らかだ)。 さらに英語の発信も含めて、翻訳の対象とする原文の選定方法についても、個人的にはそれほど秀逸なセンスは感じない。
リーダーが存在しない自発的活動であることから、翻訳のチェック体制は甘く、デマや扇動的すぎる情報を不用意に流しがちな構造的欠陥を抱えているようにも思える。 良くも悪くもネット民の「祭り」を発端として生まれた動きなのだ。 ところが、中国当局はこの活動に本気で激怒している。 なんと 3 月に入ってから、党中央機関紙『人民日報』系列の最大手紙『環球時報』が、批判記事を 2 回も掲載しているのだ。
■ いつの間にか本物の国際問題に昇華しそうな気配
過剰にも思える反応の理由は、おそらく大翻訳運動の内容が、習近平政権のキャンペーン「講好中国故事(しっかりと中国の話をしよう)」に抵触するためだ。 これは中国の体制や文化の優秀性、経済発展の素晴らしさなどを海外に向けて積極的に発信せよという方針で、最近では 2021 年 5 月にも習近平自身の講話で強調された。 政権の肝煎りで中国の素晴らしさを世界に宣伝しているときに、「戦争でウクライナ美女が中国に来る」だの「プーチンの覇気を称賛する」、「日本に原爆を落としてやれ」だのといった正真正銘の「中国の声」が、各国語に翻訳されて全世界に流れたのではたまらない。 当局の怒りの理由はこのあたりにあるのだろう。
いっぽう、中国の体制に批判的な『ヴォイス・オブ・アメリカ』、『ラジオ・フランス・アンテルナショナル』など西側メディアの中国語版や、香港や台湾のメディアは、大翻訳運動についてかなり大きく報じている。 たとえば 3 月 27 日付けのドイツの国際放送『ドイチェ・ヴェレ』中国語版は「大翻訳運動という一種の低コストな反抗」なる記事を掲載した。
この記事では、大翻訳運動のターゲットにされるような過激な言説について、中国当局の言論統制のもとでなおもバズっている点からしても、中国のウクライナ戦争に対する国内向けの立場やプロパガンダの方向性を示すものだろうと指摘している。 それらを翻訳し、世界に向けて晒す行為の意義は大きいという評価だ。 本来は取るに足らないようなネットの「祭り」が、いつの間にか本物の国際問題に昇華しそうな気配である。
■ 中国の「神奈川沖浪人」コミュニティが発祥
大翻訳運動をはじめた「浪人」たちの巣は、アメリカの BBS 型 SNS 「Reddit」内に設けられていた、メンバー数 5 万 3,000 人の反体制的な中国人政治オタクのコミュニティ「ChonglangTV」だ。 「Chonglang」は漢字で「沖浪」と書き、もとは「5 ちゃんねる」に似た中国の大規模掲示板「百度」の「神奈川沖浪裏」というコミュニティが発祥だという。 この名称の元ネタは、明らかに葛飾北斎の浮世絵「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」だ。 なぜ葛飾北斎なのかは不明だが、一昔前までの中国のオタクが日本のアニメやゲームの影響を強く受けていたことも関係しているのだろう。 さておき、この「神奈川沖浪裏」コミュに出自を持つネットユーザーたちが「浪人」を称している。
今年 2 月中旬、この「浪人」たちの間で、「ウクライナ美女」に関連した中国国内の恥ずかしい投稿を外国語に翻訳するプチブームがあった。 その後、「ChonglangTV」のメンバーがウクライナを支援するために募金を集めている行為を嘲笑する人物がいたため、一部の「浪人」たちがこの人物の個人情報を突き止めてネット上に暴露。 結果、これがマナー違反とされて「ChonglangTV」は閉鎖されるのだが、メンバーの一部が大翻訳運動に流れることになった。
■ サイバー空間で戦う「名無し」のオタクたち
事情に詳しい知人(中国人)によると、おそらく「浪人」の大部分は 20 代の中国人男性で、多くが中国国内に住んでおり、ネット規制を回避できる VPN を用いて Reddit やツイッターに接続している模様である。 近年、中国ではリアルとオンラインとを問わず反体制的な言論に対する規制が強化され、たとえば胡錦濤時代(2003 年 - 2013 年)のようなデモ・集会を伴う体制抗議運動や、IP アドレスを隠さない一般人によるネット上での体制批判議論などはほとんどおこなわれなくなった。
代わりに増えたのが、VPN で海外サイトに接続する反体制的なオタク層が、匿名性を確保した「名無し」の集団となってサイバー空間で戦うパターンだ。 彼らは従来の中国民主化勢力とはほとんど接点がなく、Telegram や Signal、Discord (いずれも機密性が高いとされるコミュニケーションソフト)、Reddit などを駆使し、悪ふざけ的な雰囲気も漂わせつつ反体制的な行動をおこなう。
■ 共通の目的は、中国共産党にダメージをあたえること
中華圏のオタクのサイバー反共活動は、今回の「大翻訳運動」だけではない。 たとえば、習近平をはじめとした党高官の個人情報の暴露をおこなっている「悪俗圏」や、さらに 2019 年の香港デモの舞台裏で香港警察の個人情報暴露を続けていた過激派グループなどとも、全体的にかなり近いノリを感じる(悪俗圏については、私が過去に「文春オンライン」に執筆した記事を参照いただきたい)。
個人情報の公開は違法行為だが、中国のネット上の言説を外国語に翻訳して晒す行為は合法だという違いはある。 また、当事者たちの話では、どうやら大翻訳運動と、悪俗圏などのメンバー同士に直接的な関係は薄いらしい。 だが、彼らに共通するのは、インターネットを使って中国の体制に不都合な情報を外部に暴露し、中国共産党にダメージをあたえるというサイバーゲリラ的な手法だ。
中国国内でごく当然のように流布されている差別的な言説やショービニズム的な言説は、それを外国語に翻訳して国際社会のスタンダードな社会通念の前に引っ張り出すだけで、中国国家の対外的イメージに強烈な圧迫を加えることができる。 もっとも、大翻訳運動の一件からは、閉鎖的な言論空間で横行する「頭の悪い言説」が、国益を毀損する潜在的なリスク要因になるという教訓も読み取れる。
たとえば、ロシアや中国が日本のヤフコメやツイッターの差別言説を戦略的に抽出・翻訳し、「日本ではネオナチ勢力が台頭している」といったディスインフォメーションに活用する危険性も、やはりあり得るのではないか。 さまざまな意味で、今回の騒動は日本にとっても無視できない意味を持ちそうである。 (安田峰俊、President = 3-29-22)
安田峰俊 (やすだ・みねとし) : ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員、1982 年生まれ、滋賀県出身。 広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。 著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第 50 回大宅壮一ノンフィクション賞、第 5 回城山三郎賞を受賞。 他の著作に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史(中公新書ラクレ)』、『「低度」外国人材 (KADOKAWA)』、『八九六四 完全版(角川新書)』など。 近著は 2022 年 1 月 26 日刊行の『みんなのユニバーサル文章術(星海社新書)』。
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