コンビニのアバター接客どうしてる 「中の人」 30 キロ先の自宅から

店舗数が頭打ちのコンビニは人手不足にも悩む。 その対策としてローソンが 2022 年に導入した「アバター接客」の裏側をのぞいた。 横浜市鶴見区のマンションの一室。 ヘッドホンをしてパソコンの画面を見つめていた大学生の上井萌さんが、突然、画面に向かって話し始めた。 「いらっしゃいませ、こんばんは。 グリーンローソンへようこそ。 ゆっくりご覧ください。」

話しかけた相手は、約 30 キロ離れた東京都豊島区のコンビニの買い物客だ。 マンションに部屋にいる上井さんは店のレジ横にある画面に付属するカメラを通じて店内の様子を確認しており、来店客に反応したのだ。 店の画面には上井さんのアバター(分身)のキャラクターが映し出されている。 上井さんが声を出したり手を振ったりすると、それがアバターの声や動きに反映される。 上井さんはワンピースとカーディガンに身を包むが、アバターはローソンのユニホーム姿だ。 店で働くと身支度や通勤に時間がかかるが、アバター接客なら出勤 5 分前に起きても間に合う。 「自分の時間は増えました。」

たばこを購入しようとレジ前に客が立つと、すかさず上井さんは「年齢確認をお願いいたします」と運転免許証を挿入する機械を案内。 客が買い物を終えたら「ありがとうございます」と言い、キーボードで数字の 6 のキーを押した。 店の画面に映るアバターが頭を下げる。 アバターは手や顔の動きには対応するが、お辞儀のような動作を正確にとらえるのはまだ技術的に難しいという。 そのため上井さんは、実際に頭を下げるかわりにキーを押すとお辞儀をする設定にしている。

アバター接客があれば、現地の店員は清掃や厨房の作業に集中できる。 1 人で複数店に目配りすることもでき、すでに導入店舗は東京のほか大阪や福岡の国内 8 店舗に広がっている。 上井さんは東京以外の店でも接客する。 自分が担当している店が気になり、大阪旅行のついでに訪れたこともある。 いざレジ前に立つと、操作が不慣れな客が不安に思う気持ちがわかった気がした。 「安心感を持ってもらうアバターの大切さを実感した」という。 (asahi = 3-21-24)


アバターで婚活、対面より高いマッチ率 顔見えないからこそ結べる縁

会えるかな。 待ち合わせの時間が過ぎている。 12 月 10 日、日曜日。 千葉県木更津市の会社員の男性 (41) は海岸近くでじっとスマートフォンを眺め、待った。 相手の女性とは 20 日ほど前にバーチャル空間で出会い、既に「デート」もした。 ただ、実際に顔を合わせるのは初めて。 顔はわからない。 予定の時間から約 30 分過ぎた午後 4 時前、電話が鳴った。 しばらくして女性が現れた。 はじめまして - -。 初冬の夕暮れ。 黄金色に染まった海の向こうで、2 人は照れくさそうにあいさつを交わした。

アバター同士、声だけがリアル

出会いは、ネット上の仮想空間「メタバース」。 木更津市が開いた婚活イベントだった。 参加者は好きな場所からパソコン上で「会場」に入る。 宴会場のようなスペースに並べられたテーブル。 男女ペアで向き合い、1 対 1 で 5 分ずつ会話する。 最後には、ステージに 1 人ずつ上がって自己紹介をする。 そこに生身の体はない。 実際に動くのは全て「アバター(分身)」だ。 アバターの格好は容姿から髪形、服装まで自由に設定できる。 男性は上下黒のジャケット、女性は青の長袖シャツにグレーのロングスカート姿で、それぞれリアルに近い格好で臨んだ。

終盤のマッチングの発表で、2 人は結ばれた。 「おめでとうございます!」 アバターの司会者が拍手する。 2 人はステージに登壇し記念写真を収めた。 さながら対面での婚活イベントの進行だった。 翌週、仮想空間で 2 人きりで過ごした。 自宅からアバターを操作し、海が広がる広場で話した。 「ギター、弾けるんですよね。 最近始めたのですが難しくて。」 女性の問いかけに、男性は音楽の話を重ねた。

互いに福祉関連の仕事であることもわかった。 リアルなのは声のみ。 声のトーンや口ぶりで、相性を探った。 1 時間ほど会話を重ねた。 「そろそろお時間です。」 アバターの仲人が画面に現れた。 男性は切り出す。 「お会いしませんか。」 身を寄せたこたつがやけに熱く感じた。 気持ちを高ぶらせるために、自宅だが外出用の黒のジャケット姿でこの日に臨んだ。 終わると少し汗ばんだ。

隆盛のマッチングアプリ、でも「カタログみたい」

時代とともに変容する縁結び。 かつて主流だったお見合い結婚に変わり、職場や合コンが出会いの場になった。 近年は、マッチングアプリなどのオンラインの出会いが隆盛だ。 明治安田生命の 2023 年の調査では、1 年以内に結婚した夫婦の出会いのきっかけでマッチングアプリと回答した割合は 25.0% で、職場と並びトップ。 21 年は 16.9% だった。 少子化対策や移住促進のため、自治体による婚活イベントも当たり前になった。 そこでいま、じわじわ増えているのが、「メタバース婚活」だ。

メタバース婚活協会(東京)では自治体から依頼を受け、運営を始めた 22 年 6 月以降、5 県 10 市町村の自治体で計 20 回実施しのべ 200 人余りが参加した。 1 組は成婚まで至った。 なぜ仮想空間なのか。 男性は大学卒業後、都内でパソコン関係の仕事をしていたが、08 年のリーマン・ショックで失職。 交際相手はいたが、「日々の暮らしで精いっぱいで」、自然と別れた。 地元へ帰り、28 歳で福祉関係の職に。 余裕を感じられるまでに 10 年かかった。

マッチングアプリに登録した。 スマホの画面に期待を膨らませた。 指をなぞれば一瞬で好みの相手を選別できる。 1 人の女性と会ったが、それきりに。 徐々に冷めた。 「人をカタログから選んでいるような。 私もその商品の一つなのかと。」 街コンにも参加した。 対面で相談できる結婚相談所への入会も検討した矢先、地元で開催される仮想空間での縁結びの催しを知った。 同協会の高須美谷子代表理事は、対面での婚活事業も 10 年近く手がけてきた。 マッチング率は 2 割ほど。 「見た目や条件に目がいき、かえってお互いの内面までたどりつけなくなってしまう。」 ジレンマを感じ、思い切って「顔が見えない形」を始めたところ、対面形式より結ばれる機会は増えたという。

縁結びの秘訣は、おせっかいさんの存在?

ただ、その舞台裏は驚くほどアナログだ。 舞台裏では協会の仲人がマッチング後の相談や初対面の日程の調整など、その後も後押ししている。 トレンド評論家の牛窪恵さんは、若者が結婚に踏み切れない理由として、長く伸び悩む賃金や雇用への不安に加え、この「縁結びの後押し」が減ったことも要因の一つとみる。 「かつては地域や職場に『おせっかいさん』がいたが、個人を尊重する現代社会になじまず、成婚の機会が減った。」 後押しを求めてか、婚活サービス大手の IBJ (東京)によると、同社が展開する 4,091 の結婚相談所に 20 - 30 代の入会者が増えている。 23 年上期と 18 年比で 20 代は 2.05 倍、30 代は 1.83 倍に伸びている。

一方、価値観は多様化している。 国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査(21 年)で「一生結婚するつもりはない」と回答した 18 - 34 歳の未婚者の割合は、統計を始めた 82 年は女性 4.1%、男性 2.3% だったが、21 年には同 14.6%、同 17.・3% だった。 男性とマッチングした女性も、結婚だけが選択肢とは考えていない。 鴨川市の会社員 (25)。 大学卒業後、職場と一人暮らしの自宅を往復する日々だった。 大学の友人とは徐々に疎遠になった。 人付き合いは苦手だ。 男性との食事も数えるほど。 年々、帰宅し部屋の電気を付ける度に募った。 「さみしいな。」

1 年前にマッチングアプリに登録。 職場のまわりではアプリで親密になった人がいた。 手軽に男性を閲覧でき、瞬時に連絡を入れられた。 会ったこともあるが、3 カ月ほどで退会した。 「やればやるほどむなしくなった。 際限がないというか。」 出会いを求める一方で、少し受け身だったとも思う。 一人の時間がどちらかといえば好きだ。 社交的ではないと自覚している。 それでも受け入れてくれる人を待っていた。

顔が見えない 2.5 次元の世界は、少し楽に臨めた。 男性の内面に耳を傾けられた。 対面やアプリだったら年齢が気になり、あまり話もしなかったかもしれない。 アバターの先の人物像を、自分から想像した。 「自分自身の殻を破りたかった。」 そんな思いもアバターに込めていた。 「意外とロマンチストなんですよね。」 女性は苦笑いした。 恋愛作品の映画鑑賞が好きだ。 「運命の人ってどこにいるんですかね。 気づいていないだけかも。」

緊張の初対面、2 人は

初対面の日は、師走としては季節外れの暖かさだった。 2 人は海岸で夕日を見ながら、メタバース上でのやりとりを振り返った。 「本物の海を見るとは。」 男性が予約した会席料理屋では、しゃぶしゃぶの鍋を囲みながら趣味や仕事について会話を重ねた。 「いきなり(お互いが)好きになることはないよね。」 会話が弾むなか、女性は男性に問いかけた。 男性は年の差を気にしていた。 2 時間を予定していたが、30 分ほど超えた。 男性は「あっという間の時間でした。」 女性は「相手をしっかり知った上で自分と向き合いたい。 この先どうなるのか、楽しみです。」 2 人は、再会を誓った。 (池田良、asahi = 1-7-24)


米社会に波打った大谷翔平という「石」 議論が議論を呼び続けた理由

2021 年は東京五輪ではなく、二刀流・大谷翔平が大リーグで大活躍した年として、記憶されるかもしれない。 「大谷現象」とでも言うべき社会的事件。 少し違う角度から見てみた。(asahi = 11-9-21)

国際ジャーナリストの小西克哉さん

大谷翔平をめぐる米国での議論は野球界にとどまらず、反響を広げています。 大谷という「石」が、米国社会という「池」の中にポトンと落ちたら、水面が大きく波打ち、様々な波紋を作り出したのです。 その揺れは米国の固有の事情によるもので、そこから、米国の言論空間の現在も見えてくると思います。

日本でも報じられた大谷への差別発言の一つは、米スポーツ専門局でのスティーブン・A・スミス氏のものでした。 要約すれば、大リーグの顔とも言える大谷が英語を話さず、通訳を必要とするのはまずいのでは、というもの。 黒人であるスミス氏の発言に「アジア系への人種差別だ」と批判が殺到しました。

日本の感覚では「大谷が英語を話せればもっといいのに」と普通に思う人もいるでしょう。 それがなぜ強く「差別発言」と批判を浴びるのか。「英語を話せない」という言及自体が、移民やマイノリティーへの「一級市民になれない」、「社会的に脱落している」の侮蔑を含意する、と受け取られるからです。

トランプ前大統領は新型コロナを「チャイナウイルス」と呼び、アジア系へのヘイトクライムが増加しました。 もともと公民権運動をめぐる長い闘いの歴史があった国はいま、どんな小さな出来事にも、激しい固有振動を起こす可能性があると言えます。

スミス氏の「英語発言」を強く批判した著名なスポーツ記者ジェフ・パッサン氏は、「大谷はアメリカンドリームを追求しに来たのだから」英語力は関係がないと擁護し、米野球界の古い体質を批判しました。 ところがこれもまた、SNS などで批判を呼びました。 アメリカンドリームはとっくの昔に消えた幻影であり、中間層が没落した現代は、ごく少数が大金持ちになるグローバルドリームの時代じゃないか、というのです。

議論が議論を呼び続け、中には、同じ二刀流のベーブ・ルースと大谷を比較する見方も、アジア人がいかに白人に近づき模範的な「モデル・マイノリティー」になれるか、という「上から目線」だ、という批判さえあるのです。 米国ではこのところ、あらゆる問題が「アイデンティティー・ポリティクス(不平等を受けるジェンダーやマイノリティー、性的少数派などの利益を代表する政治)」を通して、議論される傾向が強まっているように見えます。

学者や研究者、メディアなどプロの言論界の住人たちを中心に、ツイッターやブログなどで交わされる大谷についての議論を聞くと、持論を主張するために大谷現象を利用している、とさえ思える時があります。 大谷がこうした議論をもし知ったら「楽しんで野球をやっているだけなのに」と驚くに違いありません。

こにし・かつや : 1954 年生まれ。 国際教養大学大学院客員教授。 テレビ・ラジオ番組のキャスター、コメンテーターも。

マッチョな雰囲気を感じさせない不思議 コラムニストの桧山珠美さん

コロナ禍に覆われた 2021年、大谷選手の最新情報を毎日午前中、楽しみにしていた人は多いでしょう。 たくさんの金メダル物語が生まれた夏の五輪期間中でさえ、朝の情報番組で「大谷速報」がやや手薄になると、視聴者からは文句が来たと言います。 「モヤモヤ感」を、米国で奮闘する大谷選手が 1 人で吹き飛ばしてくれたのです。 ご意見番で知られる和田アキ子さんは先頃、自分の番組で「何の文句もなく楽しめ、悪く言う人がいない」のは「(上野動物園の 2 匹の)パンダと大谷翔平くんだね」と発言しました。 国民的気分をうまく表した発言でした。

27 歳の男性を「かわいい」と評するのも変ですが、歴代の野球選手で女性人気が高かった荒木大輔さんや斎藤佑樹さんの系譜に入るともいえる、ややベビーフェースの「しょうゆ顔」風。 男臭さが抜けたしゅっとした顔で「かわいい」のです。 その上、チームメートとベンチでじゃれ合ったり、塁に出て相手選手とニコニコ話したりする姿は、何と言っても「楽しそう」に見えます。

二刀流で米国野球に挑戦するといった、求道者的な悲壮感を感じさせません。 気難しさも、ピリピリ感もない。 陰でのすさまじい自己鍛錬の苦しさも見せない。 「楽しんでやっている感」が全身からあふれる。 女性ファンが多いのも、こんな姿に魅力を感じるからでしょう。 身長約 193 センチ、体重約 95 キロという大きくてたくましい肉体の割には、マッチョな雰囲気を全く感じさせないのがとても不思議です。

大谷選手を画面越しに見ている日本の女性ファンには、彼の「強くて大きい」姿の中に、ジェンダー的な「男性性」をあまり感じとってはいないのではないでしょうか。 結婚相手について言うのは大谷選手には余計なお世話でしょうが、一流野球選手の妻といえば、家庭を守り、子育てをする夫のサポート役という印象があります。 米国での挑戦となると、語学も含めさらにそうした役割が必要とされるのかもしれません。

ノーベル賞受賞者の場合なども、世界の最前線で実力の世界で戦う才能ある男性たちには、しばしば「内助の功」的に「陰で支える奥さん」の存在が目につきます。 ここからは私の妄想に過ぎませんが、大谷選手に限っては、「結婚したら仕事をやめて、家庭に専念してほしい」と望むような姿があまり想像できません。 全体的な雰囲気がそう思わせるのです。 何よりも彼自身が、大人たちの「助言」をよそに、「二刀流」を続けてきた本人なわけで、その存在自体が「どっちもあきらめなくていい」という強いメッセージを発していると言えるからです。(聞き手・中島鉄郎)

ひやま・たまみ : 新聞、雑誌などのメディアに、硬軟のテレビ番組についての批評やコラムを寄稿している。

可能性をつぶさず、伸びしろを残した 筑波大学硬式野球部監督の川村卓さん

投打の二刀流はスポーツ科学の観点から合理的ではありません。 専門領域を究めることが一般的だからです。 大谷選手はそんな流れに逆行し、合理性をより求める大リーグで二刀流を認めさせた。 打って、走って、投げる。 それらを全部やる野球の原点を思いださせてくれました。

野球は勝つ確率をより高めるため専門化が進んできました。 ポジションを固定した方が選手の覚えが早いし、強化しやすい。 ただ、日本では小学生のうちから先鋭化し、行きすぎた勝利至上主義につながった側面がありました。 背景の一つに野球の統括組織が小中高や大学、社会人、プロと異なることが挙げられます。 それぞれの年代で優勝することが目標になり、長い目で育てる視点が欠けていたのです。

そんな反省から、私は育成年代の子どもたちに野球だけでなく、いろいろなスポーツをやるべきだと働きかけています。 後に一つのスポーツを専門にする時、様々な運動経験が生きてくるからです。 教え子にも投打共に可能性を持った選手がいましたが、それまでの「常識」や周りの目もあったからか、選手の方からどちらかに専念していました。 不可能とされた二刀流で活躍したことで、若いうちから可能性をつぶさず、伸びしろを残すことを気づかせてくれたのが、大谷選手の一番の功績だと思います。

日本ハム時代から、大谷選手の投打のフォームを分析してきました。 今季、劇的に変わったのは投球の方です。 簡単に言えば、いろいろな投球動作をコンパクトにしながらも力を出せるようにしています。 力をそれほど消費しないため多くの球数や長い回を投げられ、制球の良さにもつながりました。 打撃は、かなり下からすくい上げるスイングを身につけて、メジャー特有の沈む球でも飛距離を出せるようになりました。 これまで松井秀喜さんら日本選手が飛ばすのに苦しんだ球です。 打率より長打力が評価される大リーグで、飛距離はもちろん、打球を上げる能力は大リーガーの中でも群を抜いていました。

プロ野球選手の体が完成するのは 25歳ぐらいで、パフォーマンスが安定するのは 20 代後半でしょうか。27 歳の大谷選手は筋肉をつけて体重を増やしながらも、投球で大切な肩甲骨周りのしなやかさは失っていません。 二刀流をやる強い信念を持ち、計画的に体をつくってきた成果です。 スポーツ科学の知見が広まり、どうすれば球を速く投げられ、飛距離を出せるのかがわかってきています。 人の成長度合いはそれぞれ違うので難しいのですが、それを見誤らず、周りが温かく見守る環境であれば、第二、第三の大谷選手が出てくる。 そんな可能性があると思います。(聞き手・笠井正基)

かわむら・たかし : 1970 年生まれ。 筑波大学准教授(コーチング学)。 スポーツ選手の動作解析を研究。著書に「野球の科学」。


仕事の切れ目が全ての切れ目に 隠れていた格差、危機のたび噴出

困窮者支援「もやい」 理事長・大西連さん

生活に困った人を支援している認定 NPO 法人「自立生活サポートセンター・もやい」の理事長を務めています。 2008 年のリーマン・ショック後に「年越し派遣村」を開いた湯浅誠さんは、「もやい」の当時の事務局長です。 私は中高一貫の都内の進学校を卒業後、将来の方向が定まらず、アルバイト生活を続けていました。 今の道に進んだのは、バイト先の知人に誘われたのがきっかけです。

コロナ禍は、隠れていた社会の格差を可視化しました。 「もやい」では昨年の 4 月から毎週土曜日、食料品の配布と相談会を東京・新宿の都庁のたもとで始めました。 来場者は当初は 100 人ほどでしたが、今年に入って毎回 350 人ほどまで膨らんでいます。 小さな子どもの手を引いてくる若い夫妻を見かけた時には衝撃を受けました。 ホームレス支援と重なる場所に足を運ぶ心理的なハードルは、かなり高いものです。 子連れは、これまでは考えられませんでした。

来場者の多くは、非正規雇用で年収 200 万 - 300 万円で働いてきた人たちです。 仕事を打ち切られると、家族にも地域にも頼れず、一気に困窮する現実があらわになりました。 この 10 年ほどは景気が比較的よく、格差が見えにくくなっていました。 月収 20 万円でなんとか生きていた人たちが大勢いましたが、とりあえず稼げてはいたので、彼ら彼女らの将来不安はなかなか表に出てきませんでした。

コロナ禍が落ち着けば状況はいったん改善するでしょう。 しかし、格差を生む構造的な要因にメスをいれない限り、パンデミックや経済危機、大災害が起きるごとに、同じ光景が繰り返されます。 生活が苦しくなったときに頼れる存在だった家族や親類、地域社会などのつながりが、少子高齢化や核家族化で縮んでいます。 次の危機では、さらに多くの人が厳しい状況に直面するかもしれません。 新たなセーフティーネットが必要です。

コロナ下での休業補償は給付の遅れが指摘されました。 行政のデジタル化を進めて所得をただちに把握できるようにすれば、素早い対応が可能になります。 おぼれている人に自分がおぼれている程度がどれくらいなのかを申告させ、それを行政が調査し判断してから浮輪をわたす - -。 現状は、そんな仕組みです。 生活基盤の弱い人が増えている現実を踏まえ、制度をつくることが求められています。 家賃への補助や高等教育の無償化の対象を広げていくことも真剣に検討すべきです。 総選挙では、こうした点から候補者の主張を見極めたいと思います。 (聞き手・土屋亮、asahi = 10-22-21)

大西連 (おおにし・れん) 1987 年、東京生まれ。 都内の中高一貫校を卒業後、アルバイトをしながら、生活に困った人の相談や支援に携わってきた。 2014 年から現職。 ことし 6 月からは内閣官房の孤独・孤立対策担当室政策参与も務める。


若い教員に伝えたい 「私の部活動指導は間違っていた」と

「若い時は、ストレスをぶつけるだけの情けない人間でした。」 そう話すのは、関東の公立中バレーボール部で部活動指導員を務める 60 代の男性だ。 中学教員を定年後、学校外の指導者として任用されている。 かつてはバレー部の顧問として指導に燃えた。 「勝ちたい、勝たせたい。 自分がバレーで成長できたこともあって、部活指導をしたくて教員になったようなものでした。 たたくのも必要悪、と考えていました。」と打ち明ける。

ボールをわざと顔に当たるように投げる。 詰め寄って「逃げるんじゃない」とにらむ。 試合に出しておきながら、「使えないよ」と矛盾した言葉で威圧し、従わせた。 時は 1980 年代。 校内暴力が頻発し、部活動は更生の場としての意義も語られ、男性はますます厳しくした。 「でも、勝てませんでした。」 40 歳を超え、バレー部がない中学に転任した。 ソフトテニス部の顧問になると、見守るタイプの指導者がたくさんいた。 引っ張り上げるのではなく、大事な時に子どもの背中を押す。 それがあるべき指導者像だと思った。

50 歳を過ぎ、別の学校でまたバレー部の顧問に。 自分を見つめたはずだったが、チームは成長しない。 イライラをぶつける自分がまだいた。 「1 カ月、休ませてほしい。」 生徒たちに休養を申し出て、メンタルトレーニングの本を読んだ。 勝負がかかった場面で指導者が激しくモノを言うと、選手はますます萎縮する、ということが書いてあった。 自分の発言がさらに選手を追い込んでいたことが、ようやくわかった。 「緊迫した場面こそ生徒が成長するチャンス。 そこで力を発揮できるよう、『失敗してもいい。 チャレンジしよう。』と言えるようになり、地区大会の賞状がもらえるようになりました。」

教員時代の終盤の 2013 年、大阪・桜宮高バスケットボール部主将が顧問からの暴力などを理由に自死したニュースが流れ、「自分もそういう指導をしていた」と、かつての生徒たちへの申し訳なさが募った。 今の定年後の活動には「贖罪の気持ち」がある。 自分の世代の指導の影響を受けてしまっている若い教員がいる。 「それは間違っている」と伝えることも、役割だと思っている。 (asahi = 9-18-21)


韓国出生率 0.84 の衝撃 結婚どころじゃない若者たち

お隣の韓国が 2020 年、政府予想より 9 年早く、人口減少に転じた。 同年の合計特殊出生率(1 人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数)は 0.84。 1970 年の統計開始以来、最も低い水準だ。 経済協力開発機構 (OECD) 加盟 37 カ国のうち 1 を下回っているのは韓国だけで、日本の 1.36 (19 年)と比べても大幅に低い。 「超少子化」の背景には何があるのか。 韓国の少子化問題に詳しい早稲田大韓国学研究所招聘(しょうへい)研究員の春木育美さんに聞いた。

- - なぜこれほど韓国で少子化が進んでいるのでしょうか。

若者が苦境に立たされているということです。 若者を取り巻く環境の厳しさは日本以上に深刻で、将来不安が大きいのです。 要因は多岐にわたりますが、まず挙げられるのは雇用不安。 非正規職が多く、正社員になりにくいという特徴があります。 就職浪人も多い。

- - 住宅費の負担の大きさも指摘されています。

それもありますね。 韓国の場合、住宅の賃貸に「チョンセ」と呼ばれる慣行があります。 住宅価格の 5 - 6 割の額を最初に預け入れて部屋を借り、家主はその利息を収益にし、元金は退去時に返す。 5 千万円のアパート(マンション)なら 2,500 万円を入居時に支払わないといけません。 最近はチョンセを 1 割ほどにして毎月家賃を払うという併用型の賃貸システムも増えていますが、それでも初期費用は数百万円単位。 全額返ってくるとはいえ、20 代 - 30 代で捻出するのは相当難しい。

文在寅(ムンジェイン)政権になってからマンションの価格がさらに高騰しています。 正社員じゃないと高額の融資は受けにくいので、結局は親頼みになり、親の資金力がないと、家族で住める広さの家の確保もままならないということです。 住む家がないのに、結婚どころではないですよね。

- - 韓国政府は少子化対策に力を入れているようです。 昨年 12 月には、新しい少子化対策の基本方針である「第 4 次低出産・高齢社会基本計画」をつくりました。

計画の中で最も重点を置いている一つが住居支援です。 住宅問題は政府も把握していて、少子化対策として打ち出してはいます。 ただ、これは融資で、結局は借金になります。

- - 第 4 次計画では、22 年から 0 - 1 歳の子どもを持つ親に月 30 万ウォンの「乳児手当」を新たに支給し、25 年までに金額を 50 万ウォンに引き上げることなども盛り込んでいます。

韓国では「就職させるまでが子育て」という感覚が一般的です。 ただ、韓国の就職ポータルサイトの調べでは、18 年の大卒新入社員の平均年齢は 30.9 歳。 「子育て」の期間が非常に長いです。 にもかかわらず、政府の政策は、無償保育や子ども手当、育休取得への支援など、乳幼児期に集中しています。 子育てのほんの一部に過ぎない。 将来不安を解消できる内容にはなっていません。

すさまじい教育熱も影響

- - その子育て期間の問題とも関連しますが、教育費の負担もしばしば問題として挙げられますね。

韓国は激しい学歴社会で、大学受験までに塾代などで多額の費用がかかります。 20 代 - 30 代ぐらいの人たちは大学進学率が 7 割ほどと非常に高い時代を生きてきた世代。 すさまじい教育熱で、傷ついている人が多いんですね。 韓国は大卒でなければ安定した生活が望めず、親も息子・娘関係なく子どもに高学歴を望んできた傾向があります。

ただ、多くの人が大学を目指しましたが、大企業などへの就職は狭き門で、大半はうまくいかなかった。 多額の費用がかかっていることもわかっていて、韓国で教育を受けることは、精神的にも経済的にもきついことを身をもって知っています。 その記憶がトラウマとなり、再生産したくないという気持ちも強いのでしょう。 子どもに同じ思いをさせたくない。 でも韓国にいる限りは逃れられない。 子どもを持ちたくない、という人はどうしても増えてしまいます。 一方、日本は 4 年制大学への進学率が 5 割超と韓国より低いうえ、大学に行かなくても就職の間口は韓国に比べれば広い。 そこに大きな差があります。

- - さまざま要因の結果、韓国の出生率は 3 年連続で 1 を下回っています。 そして 20 年末時点で初めて人口が減少に転じました。 ここにきて少子化に拍車がかかっていますね。

若者が圧倒的に弱者になり、結婚へのネガティブなイメージが急速に広まったことが大きいでしょう。 親世代よりも高学歴なのに、親世代よりも収入が不安定で、子どもを産むと、弱者が弱者を抱え込むことになるという連鎖。 また、韓国の若い女性と話していると「結婚なんてしたくない」という声が多く聞かれます。 これまでの男性優位の家父長的な韓国の社会が築き上げてきた、家族像への拒否反応です。

韓国の結婚は愛する男女が結婚するという単純な話じゃなく、夫の家や家族と結婚する、という要素が強い。 夫の親族との関わりが濃厚です。 そこで、祖母や母親が苦労する姿を目の当たりにしてきていますからね。 こうした問題に直面する韓国人女性の半生を描いた小説「82 年生まれ、キム・ジヨン」が多くの共感を呼び、100 万部を超える大ベストセラーになったことからも、こうした意識の定着がうかがえます。

保守的な価値観に変化も

- - 結婚というものに対する意識が変わってきているということですか。

それを象徴する最近の新しい現象があります。 「サユリ現象」と呼ばれる動きです。 韓国で「サユリ」という名前でタレントとして活躍する日本人の藤田小百合さんが、未婚のまま人工授精を日本で受け、男児を出産したことを SNS で公表したことに発します。 未婚の女性の出産を支援するべきかという論争が巻き起こりました。 賛否は分かれましたが、多様な家族の在り方を認めるべきだという意見も多く、未婚女性の出産や子育てを支援する「サユリ法」を立法しようという動きまで出ました。

今回、出生率が 0.84 と発表されてからも、韓国メディアで様々な専門家が語っていましたが、興味深かったのが、「サユリ現象を受け入れよ」という意見がけっこう見られたことです。 結婚に対して比較的保守的だった韓国で、意識の変化が進んでいるのです。

- - 新しい価値観が少しずつ広がっていると?

そうです。 袋小路にあるがゆえ、各層から新しい価値観を認めてもいいんじゃないかという声がやっと出始めたんですね。 韓国はいま、未婚の母を支援するか、あるいは事実婚も含めてとにかく若い人が結婚できるような政策を打ち出すかという、岐路に立っていると思います。 これが議論に上ること自体は、日本より一歩先に進んでいるとも感じます。

それを裏打ちする一つの例が、19 年に放送された韓国ドラマ「椿の花咲く頃」の大ヒットです。 主人公は女手ひとつで息子を育てるシングルマザー。 未婚の母への偏見に満ちていた周囲の女性が後に味方となり、連帯を深めていくシスターフッド(女性同士の連帯)を描くストーリーは絶賛され、韓国で各種の賞を総なめにしました。 「韓国未婚の母家族協会」など四つの団体から、「未婚の母への社会的偏見を払拭し、差別解消に寄与した」として感謝牌が贈られました。

- - 2010 年代後半からは「#MeToo」運動が盛り上がるなど、女性差別の解消やジェンダー平等を求める機運はさらに高まっています。

こうした動きがどう政策と絡み合うのか、を期待する声も高まりました。 しかし、「第 4 次低出産・高齢社会基本計画」はその期待に沿うものではありませんでした。 既存の政策の焼き直しで、真新しさはなく、落胆の声が広がりました。 「サユリ現象」に加え、韓国でも料理教室が男性に人気で「料理男子」が増えたり、大企業に限れば育休も一般的になってきたりと、少しずつですが新しい価値観が広がってきているのに、肝心の政策が後手に回っている印象です。

- - このまま「超少子化」の状況が続いていけば、どのような問題が出てきますか。

生産労働人口が減って、働いて税金を納める人が少なくなるというのがまずありますね。 結婚したくないという人が増えれば、将来は 1 人世帯が増えて、孤独に老後を過ごす人が増える。 そうした人たちの生活を誰が支えるのか、介護は誰がするのかという問題が出てくる。 新しいリスクの幕開けです。

- - 韓国政府も、今になって急に慌てているというわけではないですよね。 06 年の「第 1 次低出産・高齢社会基本計画」を皮切りに、2 次、3 次と段階的に政策を打ち出してきました。 成果が上がらなかったのでしょうか。

韓国で少子化が社会問題として表出したのは、00 年代以降のことです。 90 年代半ばまで子どもを少なく産もうという「人口抑制政策」を採っていたことなども影響し、出生率の低下が短期間で急速に進みました。 03 年に発足した盧武鉉(ノムヒョン)政権下で少子化対策は本格化しましたが、労働力人口減少への危機感から、女性の労働力化に結びつく保育の拡充に重点を置いた施策がメインとなりました。

保育というと、子どもを産んでからの話です。 まずは、結婚したい人が安心して結婚できて、子どもを産みたい人は安心して産める環境づくりが必要なのに、その入り口を飛ばしてしまった。 全体の 1 割程度しかなかった国公立の保育所を増やすという目標も目立った成果は出ず、「安心して預けられる」という環境づくりすら成功したとは言いがたいのが実情です。 第 3 次計画から雇用や住宅への支援を本格化させましたが、すでに結婚や出産への不安感が広がってしまっていたため、目立った成果が出せずに今に至っています。 明確なビジョンを描けていなかったがために、政策の優先順位の付け方を誤ったといえるでしょう。

日本の参考になる施策は

- - 他方で、これまで進めてきた少子化対策の中では、13 年に導入された 0 - 5 歳までの無償保育など、日本が参考にできそうな施策もあるのではないですか。

確かに、保育の無償化は多くの家庭が喜びました。 専業主婦も無償保育の対象になり、働いていない女性でもその間に自分の時間を取ることができ、実際にパートで働き始める女性も増えました。 ワンオペ状態の女性に、無償ということで子どもを預けやすくして自分の時間を持てるようにした効果は大きかったと思います。 選別的ではなく、あまねく母親たちに行き渡ったという点ではプラス面は大きかった。 一方、所得制限がないので、経済的余裕のある家庭には臨時収入になり、その分を習い事などに回すようになりました。税金の使い方としてどうなのかという批判もありました。

また、日本と比べて特徴的な施策でいうと、国際結婚家庭への支援も手厚いです。 外国から韓国人との結婚を機に移住してくる「結婚移民」を積極的に受け入れ、社会的に統合しようという施策です。 無償で韓国語教育をしたり、職業訓練して就職を支援したり、子どものケアをしたり。 それも少子化対策と称して政府は力を入れてきました。 ただ、国際結婚自体も減ってきているのと、やはりこれも格差が深刻化する中で、「逆差別ではないか」という反発が強まってきました。

- - 新型コロナ禍は、少子化にどう影響していくでしょう。 昨年の結婚の件数が前年より 10.7% 減ったとも発表されました。

他国に比べて少子化が進む現状に、さらに追い打ちをかけたとはいえますね。 コロナで失職者も相次ぎ、新入社員の採用も減りました。 結婚、出産どころじゃないという状況は加速しています。 日本でもコロナ禍で就職難が訪れる可能性はあり、対岸の火事ではないでしょう。

- - ともに少子化に直面し、一方で平均寿命は世界トップクラスの日本と韓国は、どんな社会を目指していけばいいでしょうか。

まずは若者を大事にしてほしい。 そして、子どもを産みたい人が産めるという安心感や希望を制度的にきちんと保障してほしいと思います。 韓国では、子どもの小学校入学時に母親が仕事を続けるかやめるかの選択を迫られることが問題になっています。学童保育の態勢が十分でなく、塾をはしごさせるなどしなければ放課後の子どもの安心を確保できない地域や学校も少なくありません。 そうなると、男性優位が根強く残る韓国では、女性が仕事を諦めざるをえない場合が多いのです。

一方、夫婦がともに公務員であるなど、安定した職に就いて結婚した家庭は第 1 子を産みやすい傾向にあります。 また、これは日本と韓国に共通することですが、夫が家事に積極的な家庭は、第 2 子が産まれる率が高いという傾向があります。 子どもを産みたい人が産める社会を実現するには、結局は男女格差を解消し、「男女ともに生きやすい」と実感できる社会にすることが不可欠です。 これは日本にも当てはまることではないでしょうか。 (大部俊哉、asahi = 3-5-21)