中共中央「マリオ」パクリと即刻削除の怪を読み解く - - 中国政府高官を取材

中共中央政法委員会が反腐敗運動の宣伝動画として「マリオ」をパクリ、批判を受けた瞬間に弁明なしで即刻削除した。 知財権で米中が対立する中、何を考えているのか? 中国政府高官を直撃取材した。

1 月 30 日、中国共産党中央委員会(中共中央)政法委員会(略称 : 中央政法委)が日本のゲームメーカー「任天堂」のキャラクター「スーパーマリオ」にそっくりなキャラクターを使用した反腐敗運動宣伝動画をウェイボー(微博)上における中央政法委の公式アカウントに掲載した。

中央政法委とは国務院(中国政府)側の中央行政省庁である「公安部、司法部、国家安全部」および最高検察庁と最高裁判所を司る中共中央のその系列の「権威ある!」最高機関である。 その最高権威が反腐敗運動や知的財産権保護の宣伝動画に日本のキャラクターをパクリ?! 「不正行為をやめろ」という宣伝で、党自身がパクリをしているのでは話にならないだろう。

いきなりウェイボーで「ウソだろ?」、「マジかよ!」、「任天堂の許可を得てるの?」、「おまえこそ、侵権(知財権侵害)だろ!」などと、多くの書き込みがスマホに送られてきた。 画面を見てみると、効果音までがそっくりではないか。 日本でマリオが出たころ、筆者は仕事と子育ての両立に必死で、ゲームに「子供の面倒」を見てもらいながら夕食の支度を急いだりしたものだ。 あの効果音は、否応なしに子育てのころの板挟みの罪深さを連想させる。

「ウソでしょ?」 喰らいつくようにスマホの画面を追った。 やがて日本でも報道されるようになった頃には、なんと、今度は大陸のネット空間から、「全て」が消えてしまったではないか。 削除されたのだ! なにごとか - -?

中国政府高官を直撃取材 まるでブラック・ジョークだ

2008 年に『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』を出版するに当たって、数多くの中国の若者を取材してきた。 その結果、日本の動漫(動画 = アニメと漫画)を普及させたのは、皮肉にも「海賊版」だった事実に行きついた。

日本の原価の数十分の一という安価で手に入る動漫は、その安価さゆえに全中国を席巻し、80 后(バーリンホウ、1980 年以降に生まれた者)の内、日本の動漫に触れたことのない者は一人もいないというほど、若者の間に浸透し、精神文化をも形成するに至っていた。 慌てた中国政府は日本のアニメの放映時間を制限したり海賊版を取り締ったりし始めたが、もう遅い。

若者たちは、日本の動漫があまりに普及していたため、それが「日本製」であることさえ知らないでいる者がいて、てっきり「中国製」だと勘違いされていた日本の動漫も数多く見られた。 ひょっとすると、この中央政法委の担当者は、その部類に入るのではないだろうか。 米中が知財権侵害で争っている真っ最中に、いったい何をしているのか! 早速、中国政府高官を直撃し、激しい質問をぶつけた。

以下、Q は筆者で、A は中国政府高官である。

Q : いったい何事ですか! 政法委が、こともあろうに、このタイミングで日本のゲームをパクって反腐敗や知財権保護の宣伝動画をネットに載せるなんて!
A : いや、あれはもう削除した。

Q : 削除したって、そんな - -! 削除すればいいというものではないでしょ! そもそも、なんで、司法を司る政法委が、知財権侵害をするのですか? そこから始まって、おかしいではないですか!
A : たしかに、それは良くないことだ。 ただ、担当者は知らなかったようだ。

Q : 知らないって、スーパーマリオが日本の任天堂の作品だということをですか?
A : つまり、そういうことになる。

Q : 中国であまりに流行り過ぎて、てっきり中国製のゲームだと勘違いしていたということかしら?
A : ん......、まあ、そういうことになるだろう......。

Q : つまり、それくらい、中国は平気で知財権を侵しているということになるわけですよね!
A : 残念ながら、そういうことになるかもしれない。

Q : 知財権を保護しようという司法の呼びかけを宣伝する動画自身が知財権侵害って、ブラック・ジョークではないですか?
A : いや、実は、政法委の担当者が外注した企業が、こういう宣伝動画を制作してきたようなんだが、企業側は、これが日本製のものだとは思わず、中国製だと思ったらしい。 で、政法委の担当者は、少し年齢が高いので、こういうゲームがあることを、そもそも知らなかった。

Q : なるほど! ありそう!
A : いずれにしても、どちらも無知で、著作権というものを軽んじていた罪は認めなければならない。

なぜ謝罪あるいは釈明しないのか? いやに素直ではないか。

Q : だったら、なぜ、ありのままのことを釈明しないのですか? 反腐敗とか言っているのなら、潔く謝罪すべきでしょう? そうでないと、中国はますます信用を失う。
A : それは賛同する。 もちろん、すぐに削除したことから、政法委が「まずい」ということに気が付いたことは言えるが、「何がまずかったのか」を表明できれば、理想的だろう。

Q : まず、そうすべきですよ。
A : いや、しかし一方で不思議なのは、なぜ任天堂が中国政府に対する抗議声明を出さないのかということだ。 むしろ、アメリカのように、日本の企業も中国政府を提訴すればいいと思っているくらいだ。 そうすれば、中国政府も何らかの反応を示すしかなくなる。

Q : 提訴するとか、抗議声明を出してほしいと思っているのですか?
A : してほしいというより、そうすべきではないかと思うのだが、任天堂はそうしていない。

Q : 日本のメディアでも「任天堂は個別の案件に関してはコメントを控える」と言っていると報道しています。
A : そこなのだが......、ここからは想像だから責任のあることは言えないが、思うに、任天堂と政法委系列の関係部門は、何らかの交渉をしたのではないかと思う。 政法委は経済的利益を求める組織ではないが、任天堂は中国でもビジネスを展開しているわけだから、それなりの今後のビジネス上の利害を考えたのではないかと......。

Q : しかし、これまでにも「クレヨンしんちゃん」とか「ウルトラマン」とか、中国は色々と著作権侵害をしていますよね。 でも、裁判には多くの年月がかかり、しかも中国の対応はひどすぎる。
A : でも、彼らは堂々と抗議し、提訴している。 その方が中国も反省するし、少しは進歩していくかもしれない。

拿来(ナーライ/だらい)主義 - - 中国のパクリ文化

Q : 中国がそういう精神面で進歩するでしょうか? 中国には魯迅(ろじん)以来の拿来主義があるので、パクリに対して、少しも罪の意識がないのではないですか?

(注) 拿来主義とは、2014 年 12 月 9 日付のコラム「中国のパクリ文化はどこから? - - 日本アニメ大好き人間を育てたのも海賊版」に書いたように、1934 年 6 月 7 日に魯迅が雑誌『中華日報・動向』に「拿来主義」という文章を載せたことから来ている。 「拿来」は中国語では「ナーライ」、日本語では「だらい」と読み、「どこかから持ってくる」という意味だ。 英語で表現すると "copinism (コピー主義)" とか "by borrowed method (借りた方法で)" などとなる。 魯迅は、「立ち遅れた中国の文化や技術を前進させるには、すでに存在する海外の優れた文化や技術を取り入れた方が早い。」と述べている。

A : その通りだ。 中国はまだその認識が立ち遅れている。 著作権というか、知的財産権に対する認識が甘すぎる。 それが改善されなければ、真に発展したとは言えない。

Q : 習近平は国家戦略「中国製造 2025」を進めていますが、そこには、「半導体などのコア技術を自給自足できないようでは、発展途上国のままだ」という精神がありますよね。
A : その通りだ。

Q : だとすれば、「中国製造 2025」を達成させるために知財権侵害をしている可能性は大いにあるし、また知財権を守れるようにならなければ、これもまた発展途上国のままだと言えるでしょう。 その意味では「中国製造 2025」を達成しても、中国は精神的には発展途上国のままということが言えませんか?
A : それも認める。 中国はまだまだ進歩し、改善し、発展しなければ西側諸国と同列にはなれない。 改革開放から、わずか 40 年しか経ってないのだから......。 しかし、文革を経験したわれわれとしては、わずか 40 年で、よくぞここまで来たという思いもある。 だからやはり少しは進歩するだろうと信じたい。

言いたいことは尽きないが、彼が中国の非を認め反省しているのであれば、これ以上詰め寄ることもできまい。

彼の遠い親戚は、革命戦争当時の 1948 年、筆者と同じく長春で食糧封鎖に遭い、餓死している。 だから筆者の中国政府に対する抗議を、理解してくれている。 拙著『チャーズ 中国建国の残火』や『毛沢東 日本軍と共謀した男』の中国語版を彼は読んでいるが、しかし彼はこれに関して一言たりとも、何も言ったことがない。 事実と認めてくれている証拠だと解釈し、こちらも一言もこれに関しては触れない。

長くなった。 今回は、ここまでとしようか。 (遠藤誉 = 東京福祉大学国際交流センター長、NewsWeek = 2-4-19)

◇ ◇ ◇

中国共産党が「マリオ」そっくり動画 司法の実績 PR?

中国で公安や司法を取り仕切る共産党部門の公式 SNS に、任天堂の人気ゲームソフト「スーパーマリオブラザーズ」そっくりの動画が登場し、波紋を呼んでいる。 知的財産保護の実績などを誇るが、ネット上では「この動画そのものが著作権侵害ではないか」との指摘が相次いでいる。 動画は中国版ツイッター・微博(ウェイボー)にある中国共産党中央政法委員会の公式アカウントに 1 月 30 日、投稿された。 湖南省の裁判所が昨年の取り締まり実績をアピールする目的で製作したとみられる。

ゲームとほぼ同じ効果音が使われ、マリオ似のキャラクターがキノコを食べて大きくなるとトラやハエを退治。 「トラもハエもたたけ」は習近平(シーチンピン)国家主席が、党や政府の高官を大トラ、一般党員をハエに例え、反腐敗の号令として掲げたスローガンだ。

さらに車を暴走させた男に死刑判決を言い渡したり、「知的財産権」、「破産案件」などと書かれたコインを集めたりし、次々と問題をクリアしていくようなつくりになっている。  ネット上には「これは著作権侵害だろう」、「あまりにばつが悪い」などの否定的意見が寄せられた。 中には「我が国の裁判所は、著作権侵害とは何かを実例をもって教えてくれている」と皮肉めいたコメントもある。 (北京 = 冨名腰隆、asahi = 2-2-19)


世紀の発明「フラッシュメモリーを作った日本人」の無念と栄光

こうして彼は会社を追われた

会社のためにどれだけ骨身を削って働こうと、努力が報われない。 そんな逆風のなかでも自らの信念を貫き続け、世界的偉業を成し遂げた男がいる。 決して平坦ではなかったその苦悩の道のりを追う。

ジョブズと並ぶ日本人

「フラッシュメモリーの登場によって私達の生活は驚くほど一変しました。 この発明による舛岡さんの社会への貢献は、同じエンジニアの目から見てもノーベル賞に値するほどの価値があると思います。(半導体メモリー開発企業・フローディアの奥山幸祐社長)」 米国、シリコンバレーにあるコンピューター歴史博物館。 スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツといった錚々たる面々と並んで、一人の日本人の写真が掲げられている。

舛岡富士雄(75 歳)。 あまり聞き馴染みのない名前かもしれないが、87 年、東芝の研究者時代に「フラッシュメモリー」を世界で初めて開発した人物だ。 小さく、安く、大容量。 そして何より、電源を消してもデータが消えない。 かつて主流だったメモリーは、電源を消すとデータが消える弱点を抱えていた。 この課題を克服する画期的な記憶装置として、フラッシュメモリーは、パソコンから携帯電話まで、身の回りのあらゆる製品に使用されている。

いまや、その市場規模は 7 兆円とも言われる「世紀の発明」だが、舛岡の名はおろか、この開発が日本人によって行われた事実すら、知る人は多くないだろう。 舛岡本人が語る。 「どれだけ世の役に立つ発明をしても、成果物は会社のもので、それを作り出した本人は評価されないのが現実でした。」 舛岡は、フラッシュメモリーの試作品を開発してから 7 年後の 94 年に、51 歳で東芝を去っている。 その後は母校である東北大学大学院の教授となり、退官するまでを過ごした。

したがって、東芝でフラッシュメモリーが実用化され、市場を席巻していくさまを、その一員として見ることはなかった。 なぜ、革新的な発明をした天才は、東芝を去らなければならなかったのか。 そこには無念と栄光の物語があった - -。

舛岡は、東北大学大学院で半導体の権威・西澤潤一教授に学んだ。 時代は高度成長の真っ只中、就職時には多くの企業から声がかかったという。 「大手メーカーのなかには、芸者さんがいるような料亭で接待し、ハイヤーで送迎までしてくれるところもありました。 一方、東芝は研究所に所属する武石喜幸さんという方が上野駅に来て、駅構内にある立ち食いそば屋で、かけそばを一杯奢ってくれただけ(笑)。 しかし、他社の人たちが、既存の製品の魅力ばかりを説明するのに対して、武石さんは『まだこの世に存在しないものを作ろう』と語りかけてくれた。 こういう人と一緒に働きたいと思いました。(舛岡)」

質はいいが、売れない

'71 年、東芝に入社した舛岡は、武石に見込まれた通りの目覚ましい活躍を見せる。 入社からわずか 4 ヵ月で、フラッシュメモリーの原型となる SAMOS というメモリーの改良に成功。 入社 5 年目には、さらに別のタイプのメモリーも開発した。 独創的な発想を武器に、順風満帆の研究者人生を送るかのように思われた舛岡だったが、入社 7 年目の 77 年、初めての挫折を味わう。

その頃、東芝は「DRAM」と呼ばれるメモリーを開発していた。 当時、この分野でトップを独走していたのが米国のインテルだ。 自分たちが手掛けた製品の質には絶対の自信があるものの、後発でシェアを獲得できない状況に業を煮やした舛岡は、なんと営業への異動を志願して渡米する。 「『俺が売ってやろう』と威勢よく向こうに渡りました。 ところが、東芝の DRAM は性能が良いぶん高価だったので、価格競争力が低かった。 コストを下げなければお客さんには売れないということを、身をもって味わいました。(舛岡)」

自ら望んで異動したにもかかわらず、営業として成果を残せなかった舛岡への視線は、冷たかった。 古巣の研究所に戻ることはできず、半導体製造工場への異動を命じられる。 そこでも生産コストの低減などで成果を出したものの、待てど暮らせど復帰の声はかからない。

〈もう一度、研究の現場で新技術を作りたい〉

舛岡は実に 10 年近いブランクを経て、ようやく研究所へと戻り、グループ長に就任した。 新技術開発に執念を燃やしていたある日、舛岡の頭をよぎったのは、かつて営業時代に米国で顧客に言われた言葉だった。 「性能は低くていいから、もっと安くならないのか。」 あえて性能を抑えてでも、「需要に見合う技術」を作らねば。舛岡は新たな仮説を立てる。

あまりに先取りしすぎた

既存のメモリーは小さなデータをひとつひとつ「正確に」消去するのに大きなコストをかけていた。 しかし使用する製品によっては、それほど細かい単位での消去を必要とはしない。 そこで、あえて「細かさ」を捨ててすべてのデータを一括で消去するメモリーを生み出せば、低価格を実現できるのではないか。 営業経験を積んだからこそ見えた先見だった。

舛岡は、このアイデアを実現するため、予算の確保に奔走する。 「将来、家電をはじめとしてあらゆる製品において廉価のメモリーが必要になる。 かならず成功させるので 1,000 万円の予算をください。」 しかし、当時は他社より少しでも高性能の製品を開発することが良しとされていた時代。 あえて性能を落とすという舛岡のアイデアは、社内で受け入れられなかった。

「舛岡さんは、よく『小型のメモリーがあれば、将来、ジョギングしながら音楽が聴けるようになる』と話していたそうです。 しかし 80 年代はまだ CD プレイヤーが主流。 時代を先取りしすぎたために、周囲からは『変人の夢物語』としか考えられていなかったのです。(前出・櫻庭氏)」 だが、舛岡の才能を信じ、手を差し伸べてくれた人物がいた。 かつて、舛岡を入社へと導いた武石だ。 武石は当時、半導体技術所長を務めていた。

「武石さんは、『自分で考えて自分で行動しろ』と言う人でした。 私が『新しいメモリー開発の資金がない』と相談すると、より資金の潤沢な他の部署のリーダーに、開発費をわけてくれるように交渉することを認めてくれました。 普通はあり得ないことです。(舛岡)」 87 年、舛岡はついに新しいメモリーの試作に成功。 部品を減らしたことで、コストは従来の 4 分の 1 に低減。 カメラのフラッシュのようにデータを一瞬で消すことができることから、「フラッシュメモリー」と命名した。 だが、いざ製品化しようとすると、新たな問題が立ちはだかった。

「まだスマホもなかった時代。 安価でコンパクト、かつ大容量のメモリーを作っても、市場がなかったのです。(前出・奥山氏)」 時代の先を行き過ぎたがゆえに、製品化ができない。 苦境に追い打ちをかけるように、舛岡に悲しい知らせが舞い込む。 入社以来、ずっと舛岡の味方だった武石が亡くなったのだ。

飼い殺しにはならない

上司への直言も辞さない性格ゆえ、敵も少なくなかった舛岡を一貫して守り続けた武石の死は、社内での舛岡の立場を一変させる。 会社が舛岡に提示したポストは、研究所付の技監。 研究所のナンバー 2 といえば聞こえはいいが、部下も研究費もない、いわば「閑職」だった。 「研究の場を失うのは、エンジニアにとって死を意味します。 どうしても納得がいかず、自分の上司に不満をぶつけて 3 年間必死で抵抗し続けました。 しかし、『命令に従わないなら一人で勝手にやれ』というのが会社の結論でした。(舛岡)」

研究したいのにできない。 「飼い殺し」ともいえる状況に耐えかねた舛岡は 94 年、なかば追われるようにして 23 年間勤めた東芝を去り、東北大の教授職に就いた。 その後、事態は急変する。 2000 年代、パソコンの普及により、フラッシュメモリーの売り上げが爆発的に伸びたのだ。 01 年には市場規模は 9 兆円を突破。 東芝は 01 年に DRAM 事業から撤退し、フラッシュメモリーに経営資源を集中させると発表。 時代がようやく舛岡に追いついた。

たとえ会社から評価されなくとも、自らの信念を貫き続けた舛岡。 その執念の果てに作られたフラッシュメモリーが使われ続ける限り、舛岡の栄光が色褪せることはない。 (週刊現代 = 1-28-19)


「シタテル」 2019 年は世界に打って出る!

河野秀和シタテル社長 : 1975 年、熊本県生まれ。 メーカー、外資系金融機関を経て独立。 経営支援事業を行う中で、多重構造化するファッション産業の課題に直面する。 2013 年、サンフランシスコ・シリコンバレーで最前線のテクノロジー、サービス開発についての見識を高める。 帰国後の 14 年、シタテルを設立。 プロ・アマを問わず、「服を作りたい」という要望に応えるオンラインサービスを始め、ワンストップで生産の全プロセスをサポートする。 現在、熊本と東京に拠点を置く。 趣味はアウトドア。

河野秀和・社長が率いるシタテル (SITATERU) は、2014 年 3 月に創業した。 ファッションブランドはもちろん、セレクトショップのオリジナルやユニホームなど、服作りのさまざまなニーズに対応し、最適なマネジメントサービスを提供する。 登録数はユーザー(ブランド)側が 1 万 105、工場側が 631 (12 月 21 日現在)で、両者のマッチングを行っている。 同社が 18 年に開発した販促支援ツール「スペック」から、19 年に計画しているグローバル化の施策についてまでを聞いた。

WWD : シタテルの強みは?

河野秀和シタテル社長(以下、河野) : パターン・縫製・2 次加工と服作りにおける全てを網羅している点だ。 そもそも弊社以外で、ユーザー(ブランド)と工場のマッチングを行う企業を知らない。 その独自性も挙げることができる。

WWD : 2018 年は、どんな一年だった?

河野 : 川上の "交通整理" をしている印象があるだろうが、商品を売るためのサービスも開発している。 2 月に発表した販売支援ツール「スペック (SPEC)」がそれだ。 特許も取得した。 現在、13 社の大手小売が導入している。 商品を受注生産することで、「在庫ゼロ」、「セールなし」が実現できる。 川下の消費者も諸経費が反映されない分、商品を安く購入できるメリットがある。

WWD : 最近のニーズの特徴について教えてほしい。

河野 : 例えば大手セレクトショップがオリジナルブランドを新設する際、社内コンペを行うことが多いが、シタテルはそのサンプル作りを請け負っている。 またインフルエンサーと組んだ新たなビジネスや、アパレル以外の企業が販促や物販目的で服を作るなど、ブランドの新しい形が増えている。

WWD : 工場の登録数が 630 を超えた。

河野 : 創業時は 5 しかなかったので感慨深い。 例えば、売り上げ規模が 20 億円以下のブランドの場合、工場にアカウントを開いてもらえないケースもあるだろうが、シタテルを通すことで与信となり、取引が可能になる。 また工場と聞くと、いまだにガラケーを使っているイメージかもしれないが、「デジタルを使いたい」という声は多い。 同時に「難しいことはできないから簡略化してほしい」と言われ、それに応えるのもシタテルの仕事だ。

WWD : 大手企業による利用も増えている。 どう応えている?

河野 : 2 年前に外部から人材を招いて、工場の品質管理にテコ入れをした。 それまでは正直、工場ごとに品質のばらつきがあったが現在はコントロールできており、外注の生産管理としても機能している。

WWD : 2019 年の施策は?

河野 : グローバル化を図りたい。 そのために海外の需要についてリサーチを終えたところだ。 商社や OEM (相手先ブランドの生産)メーカーは別として、シタテルのようなサービスは海外にもなく、19 年に海外開拓のための特別チームを結成する。

ローカライズは簡単ではないだろうが可能だ。 精度の高いコミュニケーションや品質管理は、日本の得意とするところ。 細やかにサービスを運営することでミスも削減でき、信頼も得られる。 国内ではプラットフォーム上に、工場が自ら「仕事が取りにいける」機能も追加する予定だ。 これによって需要と供給の均衡がいっそう図れるだろう。 「スペック」の発展型として、ショールーミングサービスもスタートさせたい。

WWD : シタテルの未来像について教えてほしい。

河野 : ファッション的感覚とデジタルの駆使。 2 つを両立できているのがシタテルの強みであり、既存のプラットフォームをブラッシュアップすることで不良在庫や現場の労働環境など、アパレル生産を取り巻く諸々の問題を解決できると信じている。 (三澤 和也、WWD = 1-5-19)

◇ ◇ ◇

衣料生産プラットフォームでアパレル業界の製造を変える

シタテル株式会社 CEO 河野氏インタビュー

・ お話を伺った方 シタテル株式会社 代表取締役 河野秀和氏
・ 聞き手 株式会社アールジーン 代表取締役/IoT News 代表 小泉耕二

小泉: シタテル株式会社について教えてください。

河野: sitateru (シタテル)は、2014 年の 3 月に創業した熊本発の会社です。 もともと熊本はファッションの地と言われていてファッションのカルチャーがありますが、私がコンサルタント時代にアパレルの小売業をお手伝いしていた時、小ロット生産ができないという悩みがありました。

それはなぜかと思って業界構造を調べたところ、非常に複雑になっていて混沌とした産業構造であることがわかりました。 さらに工場に出入りしたところ、繁閑に波があることもわかりました。 閑散期にはロット数の少ない、新規の案件でも生産をしてくれるということがわかり、「繁閑のデータをきちんと取得することで、マーケットに衣料を提供していくとニーズがあるのではないか」と思いました。 アパレル業界は、在庫の問題や、 IT 化が遅れて衰退しているというイメージの中で、テクノロジーと仕組みの力を使って変えていきたい、という思いがあり、シタテル株式会社/sitateru Inc. を立ち上げました。

小泉: 本当は必要な量を必要な分だけ作ることができるといいですが、なかなかそうもいかないですよね。 アパレルは超プロダクトアウト思考なカルチャーがあると感じています。 それはなぜなのでしょうか。

河野: 洋服に興味がある人が 100 いたとしたら、洋服がめちゃくちゃ好きな人たちが上位 20、洋服に全く興味のない人が 20 います。 その間の 60 の人たちを、どっち付かずの人ということでポイザーと位置付けているのですが、この方たちは洋服を提案されたいのか、逆に、自分で選びたいのか、自分たちでもよくわかっていません。 そこで、このポイザーたちがどう動くのかが注目されていると思っています。

小泉: 最近、 ZOZOTOWN が始めた「おまかせ定期便」がまさにそこかもしれませんね。

河野: アメリカのサブスクリプションサービスに関する類似モデルが日本でもたくさん出てきていますので、もしかしたらそういうカルチャーが日本にも来るかもしれないと思っています。 最近では、自分でプロデュースした服を、月に 1,000 万ほど売上げているインフルエンサーたちがどんどん登場しています 。 メーカーのプロダクトアウトではなく、「自分たちが欲しい服を作って売り出していく」という文化に変わる時代なのかもしれません。

小泉: 小ロットから生産していただけるといっても、さすがに 10 着からというのはダメですよね?

河野: いえ、50 着から数万着まで受付けます。 sitateru は、Amazon の AWS リソース管理に似ていまして、AWS は個人の方でも大企業でも使うことができますが、我々も洋服でも同じことができると思っています。

小泉: 詳しく教えてください。

河野: われわれは「衣服生産プラットフォーム」を提供しています。 人、仕組み、テクノロジー を使って、衣服の産業課題を解決して社会をより良くしていきたいと考えています。 衣服にテクノロジーを取り入れるといっても、仕組みがうまく機能しないと、テクノロジーが生きてきません。 われわれも IoT として工場にテクノロジーを入れることをやってきたのですが、それを動かすための仕組みや、一定数のデータ、分析する力がないと、なかなか一体感が出ないことがわかりました。

小泉: この LIFETECH のインタビュー企画の始まりが、まさにそこです。 人とテクノロジーの話しかなくて、あいだにビジネスプロセスやビジネスモデル、エコシステムが 戦略として成立していない状態で「とにかく始めよう」と多くの人が参入してきていることに疑問を持っていたのです。 IoT は実業がある方々に役に立つ技術なので、IT 企業の甘い言葉にまどわされて実際の事業がうまくいかなくなるのは本当に困ります。 私は IoT/AI に非常に強い思いを持っていますので、御社のような会社を応援したいと思っています。

河野: ありがとうございます。 最近発表した在庫リスクゼロの新流通システム「SPEC (スペック)」をご紹介します。 これは、 我々が AWS のような生産のインフラに加え、ファッションブランドの EC の新しい売り場を作ったイメージです。 今大手小売とスタートさせてもらっていまして、 EC サイトの横に特設サイトを作り、アーカイブ商品と言われる過去に売れた商品や、リバイバル商品などを掲載します。 そこに数がわかるカウントの仕組みがあり、これが 100 枚達成したらそのまま生産をするようなイメージです。

管理はファッションブランド企業が担当し、生産は API で連携されており、 それ以下は我々のシステムと連携し、非対面で生産へ流れていきます。 購入する側は、通常の EC サイトでショッピングをするのと同じ流れですが、在庫があるものが届くわけではなく、購入したものが作られる仕組みになります。 これはマーケティングとしても利用可能ですし、一番のメリットは在庫が出ないということです。

小泉: 企画を始める前に上代や原価は決めておく必要がありますよね。

河野: 厳密に言うと、まずサンプルを作ってサイトに表記させる必要があります。 現在は大手ブランド企業での利用が決まっていますが、将来的には個人の方も使えるようになるといいなと思っています。 モノを作りたいけど在庫を抱えるのが大変という中で、マーケティングの要素を加えてあげて、売れる仕組みと一緒に提供していきたいと考えています。 現状では、産業構造として、誰かがモノを作りたいと思った時にサプライヤーにたどり着かない現状があります。 大手ファッションブランドは独自のサプライチェーンを作っていますが、産業全体では全体最適が図れていません。 そこを弊社はプラットフォームを提供することでモノづくりのプレイヤーと、工場のプレイヤーが増えていく座組みにしています。

小泉: プラットフォーム化することで、ビジネスプロセスを綺麗に流れるようになるということですね。 最適化の話なので、一つの工場に 20% でも枠を作ってもらえたら、全体としてはかなりのボリューム感が出ますよね。工場が大手だけに依存している場合のリスクヘッジにもなりますね。

河野: まさにそうです。 衣服作りに関わることが全て sitateru で済みます。 大手であればいろんなものが揃ってる一方で、生産が追いついていないという悩みがあります。 小さい事業主であればパターンデータや生地を調達しなければいけないなど、大小の課題があると思いますが、どんな方でも sitateru にくるとそれが解決できます。

おかげさまで、現在の登録社数は 6,000 社を超えました。 それだけモノを作りたい企業が多いということだと思います。工場や生地メーカー、資材メーカーは 400 社を超えました。 ファッションブランド系企業のリピート率が 80% を超えています。 もうひとつのサービスとして WE ARE (ウィア)があり、こちらは事業会社がお客様です。 アパレルの繁忙期は春と夏に 2 つ大きな山がありますが、これは季節要因が大きいので、それ以外の時期に企業が物販するものや洋服以外のものも生産することによって、閑散期に工場の稼働を埋めることができます。 これにより季節にとらわれないものづくりができます。

小泉: 何かの記事で読んだのですが、一風堂も利用しているのですよね。 制服を着た時の雰囲気がおしゃれだと、その人にとっての「職業体験」が変わってきますよね。 同じ制服を着るのであれば上質でおしゃれな方がいいと思います。

河野: ありがとうございます。 シャツやエプロンなど一風堂の洋服を全て作っています。 そのニュースが Twitter で非常にバズったみたいで、働きたいという声も増えたそうです。 他にも TRUNK (HOTEL)や、BAKE (ベイク)、freee、自治体などでも利用されています。

小泉: 弊社でも T シャツを作りたいなと思いました。 昔は、 オリジナルのウェアを作るというと、T シャツのボディを買ってきてプリントするというのが流行った時期があったのですが、T シャツの生地が分厚かったり薄かったり、おしゃれじゃなかったりして作る気にはなれませんでした。

河野: sitateru だとボディから作るので、質の高い服をご希望の企業や個人に向いています。

小泉: 私はマラソンを走るので、 T シャツをくれるマラソン大会に参加することもあるのですが、あまり着たくありません。(笑) ぜひ sitateru で作ってほしいです。

河野: まさにそういうことで、「もしかしてここで使えるのではないか? こういう使い方ができるのではないか?」などの会話が生まれるサービスでありたいなと思っています。 アパレルを長くやってらっしゃる方からは「そんなサービスはうまくいくわけない」など厳しい意見もいただくことがありましたが、蓋を開けてみれば業界内外から反応をいただいてここまでやってきました。 以前の当社の記事が、SNS 上で話題となり 会話がされているのは非常に嬉しかったです。

我々は、オフィスに「イマジネーション」というキーワードを掲げていますが、洋服を作りたい側のイマジネーションもそうですが、工場側にもイマジネーションがないと新しい案件を獲得したり変化をしていくことが対応できなくなってくると思います。

小泉: 私は世界中の IoT 事例を調べているのですが、イノベーションが起きるタイミングというのはほとんど門外漢が作っています。 テスラなども、もともとはクルマ屋ではないですし、 UBER も同じです。 マーケットシェアとして、今すぐテスラがトヨタを凌駕するかというとそうではないと思います。 しかし、先日ラスベガスで行われた家電ショーである CES でも色々見ていると、新しい車がどんどん登場するわけです。 それは塊となって何社か勝ち残っていき、10 - 20 年というスパンで見ていくとひっくり返る可能性はあります。

例えばデンソーなどは Mobility-as-a-Service:MaaS といって、クルマを内側から見るのではなく、 外側から「移動」を見てモビリティを見直そうとしています。 御社も、洋服屋をふと外側から見て作られたのだろうと感じました。 最後になりますが、シタテル株式会社/sitateru Inc. の今後について教えてください。

河野: 「全体最適」がひとつキーワードとして大きいと思っています。 衣服の製造は閉鎖的な産業の代表格みたいなところがあるので、そこをいかにオープンマインドなカルチャーを作っていけるかが重要です。 そうすることで、正確に人々の欲求にこたえていける洗練されたプレイヤーが増えていくことが必要だと感じています。

小泉: 世界ではマス・カスタマイゼーションと呼ばれている、フルオーダーメイドが広がりつつあります。 御社は、最初からマス・カスタマイゼーションお話をされていて、ただ最初からダイナミックな規模ではできないので、できるところから始められていると思いますが、どっちが先に追いつくかですよね。 このサービスが広がって、 自分が欲しいファッションが作ってもらえるようになると夢が広がりますよね。

河野: マス・カスタマイゼーションに関しては、われわれがサービスに着手するというよりは、インフラが必要になってくる時期が来ますので、それまでにいかにネットワークをしていくかが重要だと思っています。 いかにお客様の目的を実現させるかかなと。

洋服のマス・カスタマイゼーションは頭で考えるといけそうなのですが、実際にはすぐの実現は難しいと思います。 とはいえ、「こういう服が欲しい」という方に 1 着からでも提供できるのは素敵だなと思うので、何か貢献したいと思っています。 すみません、今日って IoT の話できましたか?

小泉: はい、めちゃくちゃ IoT の話でした。 マス・カスタマイゼーションの話はインダストリー 4.0 のメインテーマです。 IoT の話をするときに皆さんプラットフォームビジネスをやりたいとおっしゃるのですが、IT 屋さんがいうプラットフォームは、クラウド上にソフトウェアを作って「あとはよろしく」という感じです。 いわゆる Google や Amazon がやっているようなことを、単純に IoT の世界でやるのはかなり難しいと思います。

全部がインターネットだけで完結する世界ではそれで良いのかもしれませんが、 IoT はリアルと繋がらなければいけないので、自分の足で工場回ったり店舗を回ったりしないと、こういうのは実現できないと思っています。 具体的に、リアルに動いている人やリアルに動いている産業に足を使って入り込んでいって、つないで作られるプラットフォームが産業の基礎になると感じています。 本日はありがとうございました。 (IoT News = 5-15-18)