スパコン「富岳」、わずか 10 日で 2,000 種類超の新型コロナ治療薬候補を選別

理化学研究所(理研)は、スーパーコンピュータ「富岳」を活用し、新型コロナウイルス感染症の治療薬の候補となりうる数十種類の物質を発見したと発表した。 7 月 3 日、オンラインで開催した「新型コロナウイルスの治療薬候補同定」の中間報告のなかで、理化学研究所科技ハブ産連本部医科学イノベーションハブ推進プログム副プログラムディレクターであり、京都大学大学院医学研究科教授の奥野恭史氏が明らかにした。

奥野教授は、「1 つの標的タンパク質に対するすべての薬剤での評価が終了し、興味深い結果が出た。 残り 3 つの標的タンパク質においても同様の評価をしたい。」とする一方、「数千規模の化合物とタンパク質の作用(結合)過程を、分子動力学計算レベルで計算した事例は世界でもはじめてであり、学術的にインパクトがある」と発言。

さらに、「今回の結合シミュレーションには約 10 日間を要したが、ソフトウェアのチューニングが富岳用にできていないかたちで実施したものである。 チューニングができれば、将来的には2日程度で計算が完了すると考えている。 1 週間あれば、1 万以上の薬剤が評価できるようになり、創薬の世界を大きく変えることができる。」と述べた。

新型コロナウイルス対策で優先的に富岳を利用

富岳は、2020 年 5 月 13 日に搬入が完了し、2021 年度からの共有運用に向けた準備が進んでいるが、2020 年 4 月から、文部科学省との連携により、新型コロナウイルスの対策に貢献する研究開発に対し、富岳の整備に支障がない範囲で、約 6 分の 1 のリソースを優先的に供出。 今回発表したのは、そのなかで進められている実施課題の 1 つである「『富岳』による新型コロナウイルスの治療薬候補同定」の成果となる。 この取り組みでは、富岳を用いた分子シミュレーション(分子動力学計算)により、2,128 種類の既存医薬品のなかから、新型コロナウイルスの標的タンパク質と高い親和性を示す治療薬候補を探索し、同定するものだ。

対象となった 2,128 種類は、臨床試験の対象となっている既存の抗ウイルス薬に限定せず、抗がん剤や糖尿病薬なども対象にシミュレーションを実施したという。 また、評価の対象としたのは、新型コロナウイルスの標的タンパク質の 1 つである「メインプロテアーゼ」。 新型コロナウイルスが、接触し、侵入し、増殖するという過程がのうち、増殖する上で働く酵素タンパク質である。 アビガンやレミレシビルの標的タンパク質とは異なるものだという。 理研では、今後、メインプロテアーゼ以外の標的タンパク質でも、同様に薬剤の作用過程を計算するという。 8 月中には、これらの計算も完了したい考えだ。

数日で数千種類の薬を評価

理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「世界一となった富岳が、早くもさまざまなかたちで研究成果をあげており、喜ばしいことである。 新型コロナウイルスの感染者が増加するなかで、感染拡大の予防策の 1 つとして、創薬に役立つという点で有効な成果が出た。 いままでの常識では、創薬は約 10 年の時間がかかり、コンピュータの役割は候補薬をフィルタリングすることに、1 - 2 年をかけて貢献していた。 だが、新型コロナウイルスは即応性が必要であり、それに対して成果をあげることができた。 創薬研究の方法論としては画期的なものである。」とコメントした。

奥野教授は、「これまでスーパーコンビュータでは、分子を動かす計算はできない。 また、京では、薬剤が結合したところから計算し、生体に近いかたちで、シミュレーションができ、正確な結合の強さを見積もることは可能な点は画期的であったが、その前段階となるタンパク質がどのように結合するかを計算することは難しかった。

創薬にとって重要なのは、タンパク質に結合(作用)するかどうかがわからないため、結合する薬剤を探すことが難しい点である。 薬剤が離れている状態から、活性ポケットにはまり込むことを評価しなければ、どの薬剤が結合するかを探すことができない。 京では、離れたところからの計算を行なった場合には、十数個ぐらいの計算はできるが、数千種類の化合物は対象にできなかった。 京で約 2,000 種類の評価をするには、1 年以上かかっていただろう。

薬剤開発では、たくさんの化合物の候補のなかから結合するものを探さなくてはならないというハードルがある。 富岳によって、高精度で多くの化合物の結合が評価できるようになり、実験する手間が劇的に削減できる。 今回は、6 分の 1 となる 72 台のリソースを活用。 これを一気に使ったわけでなく、時間配分に基づいて使用した。 この成果によって、創薬の現場でも、富岳がより汎用的に使われることができることを示した。」とした。

今回の分子動力学計算によるシミュレーションでは、アプリケーションには、「GROMACS」を使用。 シミュレーション上では、薬剤の濃度を通常の数百倍に高めることで、薬剤とタンパク質の衝突頻度をあげ、短い時間で結合過程を捉えることができたという。 「薬剤の結合時間を十分に観測するには、最低 1ms は計算をしたい。 だが、富岳でも 1ms の計算を千種類以上で計算するのは現実的ではない。 そこで、薬剤の濃度を高めてシミュレーションを行なうというように、アプリケーション側で工夫した。 薬剤がタンバク質の活性ポケットにはまり込み、安定して結合することを短期間に評価できた。」という。

奥野教授によると、富岳向けにチューニングした分子動力学計算アプリとして、GENESIS を用意しているが、このアプリでは、高濃度計算機能が現在開発中であり、そこで今回は、富岳での利用を考えていなかった GROMACS を使い、高濃度計算をしたという。 「GROMACS は、富岳用にはチューニングをしていない。 だが、GENESIS をチューニングした実績をもとにすれば、GROMACS もチューニングによって、5 - 10 倍速くなることを見積もっている。 今回は約 2,000 種類の評価に 10 日間かかったが、これが 2 日間で終わるようになる。」とした。

GROMACS は京でも利用されていた経緯があるアプリケーションであり、今後、富岳向けのチューニングを進める一方で、富岳と接続するクラウドサービスとの連携によって、GROMACS を活用できるようにする考えを示した。

2,128 種類の既存医薬品を、タンバク質の活性ポケットに結合する強さと、タンパク質全体に結合する強さをスコア化したところ、数 10 種類の薬剤を選択できたという。 「大半の薬剤は結合しないが、評価できたなかで、上位 30 種類程度の薬剤が重要であると考えている。 タンパク質の活性ポケットに結合する強さでトップ 100 位以内のものと、タンパク質全体への結合の強さでトップ 100 位以内としたもののうち、世界で新型コロナウイルス向けとして臨床研究や治験が行なわれている薬剤は、ニクロサミド、ニタゾキサニドなど、12 種類である。

スコアの上位にあるものが、海外では、臨床試験や治験が行なわれており、薬剤スクリーニングの結果とそれがリンクしていることが見えてきた。 富岳の計算結果が正しいことを示すものである。 ニクロサミドは、一度はまり込むと薬剤がなかなか外れないこともわかった。 筋のいい薬剤である。 これは世界的に解析されていないものであったが、それを示すことができた。」などとしている。 なお、ニクロサミドは、寄生虫(サナダ虫)を駆除する薬剤であり、妊婦でも服用可能で、安価なのが特徴。 だが、国内承認はとられていない。 また、ニタゾキサニドは C 型肝炎ウイルスの治療薬としても検討された経緯があり、MERS (中東呼吸器症候群)の際にも候補になった薬剤だという。

「ニクロサミド、ニタゾキサニドは、論文を読むかぎり、いずれもマイルドな薬効と見られており、新型コロナウイルスが過剰に増殖する前での服用や、濃厚接触により 2 週間の経過観測の際に予防的に服用するといった用途が検討されそうだ。 また、レミデシビルなどの抗ウイルス薬との併用で薬効を強めることができる可能性もある。 さらに、今後実施するメインプロテアーゼ以外のタンパク質にも作用する薬剤を探索するが、その結果とともに、ニクロサミド、ニタゾキサニドと組み合わせた投与も行なっていくことも検討できるだろう。」とした。

なお、奥野教授は、「これらは富岳の計算によって同定されたものであり、日本国内での臨床研究や治験は行なわれていない。 この薬剤が、新型コロナウイルスに効果があることを示したものではない。 また、勝手に個人輸入すると違法になる。」とも述べている。

日本の製薬会社が開発した薬が活性ポケットと強く結合

その一方で、上位にスコアされた薬剤についても説明した。 活性ポケットの結合の強さでは、ニクロサミドが 2 番目のスコアであり、それを上回る 1 位のスコアを出した薬剤の名称は、「名前だけが一人歩きすると、社会的な影響も大きい」として公表しなかったが、「日本の製薬会社がオリジナルで開発し、特許を持っているものである。 海外では、臨床研究や論文などが報告されていない。 この医薬会社と話しあいを行ない、製品化に向かって進んでいきたい。」などとした。

また、活性ポケットへの結合では 3 位のスコアだが、全体での結合では 2 位となり、マッピング上では、一番右上に位置づけられる薬剤については、「比較的古い薬剤であり、特許が切れているものである」と明かした。 さらに、すでに海外治験が行なわれている薬剤のなかで、ニクロサミド、ニタゾキサニドについで、3 位のスコアをつけた薬剤は、「日本でも市販されており、手軽に手に入る薬剤である」としている。 理研では、今回の結果をもとに、今後は、これらの薬剤のライセンスを持っている企業に情報を開示して、新型コロナウイルスへの適用を提案するという。

奥野教授は、「国内では治療薬の治験が行なわれていない。 日本のメーカーにもがんばってもらいたい。 医学研究者とともに、臨床研究、治験も進めたい。 理研では細胞実験の検証も行ない、学術的な観点から順次公表していきたい。」とした。 一方で、今回のシミュレーションでは、タンパク全体に対して、結合する薬剤があることを見出したほか、一定の場所に滞在する薬剤も確認しており、「狙った活性ポケットとは別の場所に結合する薬剤については、副作用の可能性もある。 今後の研究を通じて、副作用の予測にも応用できるのではないかと考えている。」とした。 (大河原克行、PC Watch = 7-6-20)

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スパコン「富岳」、世界一 「京」以来 9 年ぶり、計算速度ランク 使いやすさ優先、対コロナにも活用

理化学研究所と富士通が開発したスーパーコンピューター「富岳(ふがく)」が、22 日に発表されたスパコンの計算速度ランキング「TOP500」で世界一になった。 日本勢が首位を奪うのは「2 位じゃだめなんでしょうか」と追及された先代の「京(けい)」以来 9 年ぶり。 無理に速さを追うのではなく、使いやすい「オンリーワン」のスパコンを目指した先に「ナンバーワン」の花が咲いた。 発表では、富岳の計算速度は 1 秒間に 41.6 京回。 昨年まで首位だった米国製スパコンを 2 倍以上引き離した。実際にソフトを動かした速さや人工知能 (AI) 向けの計算速度など 4 部門で首位を取った。

先代の京は世界一を強く意識したあまり使いにくくなり、利用は広がらなかった。 富岳はこれを反省し、「使いやすいオンリーワン」のスパコンを目指した。 名称も、利用の裾野が広がるよう富士山にちなんだ。 開発費は国費だけで 1,100 億円。中国が、富岳の倍の性能で今年デビューさせようとしていた新型が間に合わなかったこともあり、「ナンバーワン」の座も転がり込んだ。 富岳の本格稼働は来年度の予定だが、すでに新型コロナウイルス感染症対策の研究で実績を上げ始めている。 将来は創薬や高性能な材料の開発、気象・温暖化予測などに利用される。

高性能な計算機があれば、自動車を組み立てる前に衝突安全性を確かめられるなど、ものづくりや科学技術の進歩を加速させる。 軍事にも必須の技術で、米中などは開発にしのぎを削っている。 米国は来年、富岳を超えるスパコンを投入する計画だ。 開発リーダーの松岡聡・理研計算科学研究センター長は「覇権争いは続く。 今後も使いやすさと速さを両立する研究を進めていきたい」と語った。 (杉浦奈実、石倉徹也、asahi = 6-23-20)

前 報 (9-5-18)


量子技術、実用化遅れ「極めて深刻」 産官学で戦略

スパコンをはるかに超える量子コンピューター、絶対に解読されない量子暗号といった量子技術の研究開発に関する国の指針「量子技術イノベーション戦略」が、政府の統合イノベーション戦略推進会議で決定された。 今後 10 - 20 年にわたる国の指針で、量子技術をバイオ、人工知能 (AI) と並ぶ重要技術に位置づけ、世界に遅れないために産学官で取り組むさまざまな施策が盛り込まれた。 だが、課題も山積している。

産業政策の色彩濃く

量子技術はミクロの世界の原理である物理学の法則「量子力学」を基盤とした技術のことで、計算や暗号だけでなく電子、通信、物性、エレクトロニクス、情報工学など広範な分野にまたがって社会を大きく変える技術とされる。 世界では研究開発や特許などの知財取得、国際標準化に向けた競争が始まっている。 「戦略に『イノベーション』がついているのは、いかに産業に結びつけるかを考えたから。 単なる技術開発ではない。 産業、社会を変える起爆剤としてこの分野への投資を促進する。」

都内で開かれた量子技術の研究者の集まりで、戦略策定にかかわった文科省の担当室長はこう話した。 科学技術に関する国の戦略は、科学技術の司令塔である総合科学技術・イノベーション会議が策定するのが通例だが、今回は策定したのはその上部にある統合イノベーション戦略推進会議。 科学技術を使って経済活性化をめざす官邸の意向が強く反映され、産業政策の色彩が濃い。

戦略ではまず、量子技術を、人工知能やデータ関連技術などが支えるデータ駆動型社会を発展させる鍵と位置づけた。 欧米や中国がすでに投資を拡充している中で、日本は実用化や産業化に向けた遅れが極めて深刻な状況とし、バイオ、AI と並ぶ国の重要技術に位置づけて開発を進めるという。

量子技術の主な領域としては、@ 量子コンピュータ・量子シミュレーション、A 量子計測・センシング、B 量子通信・暗号、C 量子マテリアル(量子物性・材料)の四つを挙げた。 中でも量子コンピューターは、全体の記述の半分を占めるなど重視した様子がうかがえる。 純粋な量子技術ではないが量子力学の考え方が含まれるコンピューター技術として、量子アニーリングなどの量子インスパイアード技術の項も設け、量子コンピューターより実用化が近い分野として産業化の推進をうたった。

量子技術全体に対する具体的な施策としては、欧米との競争を意識し国内に研究拠点を作って世界から人材を呼び込むことや、産業界の参加を促すために産学官の協議会を設置すること、量子技術の国際標準化を日本が主導することなどを盛り込んだ。 量子技術と AI との相乗効果への期待をうたったのも戦略の特徴だ。 現在の IT 社会をグーグルやフェイスブックなど AI を駆使したソフトウェア企業が制しているように、量子コンピューター時代を見据えて、量子専用のソフト開発を重視し、ベンチャーの支援のほか大学や大学院で人工知能などとともに量子関連の学問の教育に力を入れることなどを提案している。

また、高校や高専での「量子ネイティブ」の人材育成にも力を入れるという。 古典的な物理学ではなく、量子力学に基づいた発想が当たり前のようにできる若者のことで、現在の AI 技術者のように、今後世界で争奪戦が始まるとされる。

基礎研究の蓄積生かす

統合イノベーション戦略推進会議の有識者会議の座長を務める小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長は「先端技術は最も魅力がある。 そこに若い人をどう呼び込むかが重要。 量子技術が時代の風になれば若い人は必ず吸引されるはず。」と話す。 量子技術の応用は広範囲にわたる。 例えば、技術の寄せ集めである未来の自動運転車をとっても、自車の位置や環境を描き出すレーザー技術、「頭脳」に当たる深層学習や機械学習といった AI、強くて軽い車体やタイヤの新素材、タクシーや運搬車の最適配車システム、車とクラウドとの暗号通信などへの量子技術の活用が期待されている。

この分野では、日本は伝統的に基礎研究に強く、学術的な蓄積はある。 非常に精密な「光格子時計」の開発者で量子計測分野の有望株とされる香取秀俊・東京大教授や、量子コンピューターや量子通信などにつながる量子テレポーテーションの研究で有名な古澤明・東大教授らはノーベル賞の候補にも名前が挙がる。 量子アニーリングでも、カナダ・D-Wave 社が世界で初めて実用化したコンピューターのもとになったのは東京工業大の西森秀稔教授らの研究成果だ。 今回の戦略策定はこうした蓄積を踏まえた一定の成算があってこそだが、課題もある。

国際標準化を担う人材が不足

その一つは、産業界をどこまで巻き込めるかだ。 日本の企業は 1990 年代までは基礎研究に投資してきた。 量子コンピューターの実用素子の開発に道を開いた中村泰信・東大教授(当時 NEC)など、世界的な成果が生まれた。 だが、景気の悪化とともに撤退し、いまでは量子技術の基礎研究に力を入れる大手は NEC、東芝など一部にとどまる。 株主重視の経営が求められる中、企業は実用化までハードルの多い研究は敬遠しがちで、基礎研究の投資額ではグーグルや IBM などに大きく水をあけられている。

国際戦略も不透明だ。戦略には国際標準化への産官学を挙げた取り組みが盛り込まれた。 標準化の交渉には、自国の技術を中心にすえつつ海外の技術も組み合わせるといった企画立案力や、ロビーイングなど、主導権を握る交渉術が必要とされる。 自動運転のレーザー関連の技術ではすでに欧州の仕様が国際標準になるなど、世界では量子技術の標準化をめぐる動きはすでに始まっている。 日本ではかつて、携帯電話の通信規格「3G」策定の際に産業界をあげて国際標準化に取り組んだが、「それから 20 年ほどたち、標準化の戦略や交渉を担う人材がいない(総務省)」との声も聞かれる。

基礎研究を担う人材育成も課題だ。 量子技術の中には、量子コンピューターのように実用化まで多くの壁があり、乗り越えるのに基礎研究の成果が欠かせない技術が多い。 当面、基礎研究を担うのは大学だが、国立大学は国の補助金削減の影響で研究者の正規ポストが減り続けている。 さらに、学内では研究分野のスクラップ・アンド・ビルトが進まないなどの組織の硬直化も指摘され、量子技術のような新興の分野には不利にはたらきやすい。 ただでさえ博士課程に進む学生が減る中で、量子技術の基礎研究の人材育成が進むかどうかは不透明だ。

戦略では、研究者を集積させた国際的な研究拠点の設置を挙げ、「今後 5 年間で国内に 5 拠点以上を整備・形成」するとしたが、そのリソースの配分には基礎研究への十分な配慮が欠かせない。 (嘉幡久敬、asahi = 1-28-20)

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量子技術、しのぎ削る米中 中国外して日米欧で協力模索

スーパーコンピューターの速度を大幅に超える次世代の量子コンピューターを始めとする「量子技術」の研究分野で、日米欧が今後の協力について話し合う国際会議が 16 日、京都市で始まった。 実用化まで先は長いが、社会や経済に大きなインパクトを与える可能性のある技術をめぐり、研究協力と利害調整の難しいかじ取りが各国政府に求められている。

量子技術とは、ミクロの世界を支配する物理法則である量子力学を応用した技術のことだ。 量子コンピューターのほか、量子コンピューターを活用した情報処理、原理的に解読が不可能な通信や暗号、超高感度センサーなどの技術が含まれる。 新素材開発や創薬、人工知能の性能向上、医療、ネットの安全性向上や金融分野のリスク管理など、幅広い分野への応用が期待されている。

本格的な実用化まで 20 年以上かかるとされる量子コンピューターを始め、研究段階のものが多いため、実用化にこぎつけるには、論文発表などを通じた研究成果の流通と、国際的な人材の行き来を進めて互いに新たな知見を取り込みやすくする「オープンイノベーション」が求められる。 一方で、実用化を見越し、技術の核心部分を特許化して囲い込む動きが、欧米や中国の企業、大学の間で早くも始まっている。

内閣府は 11 月、国の「量子技術イノベーション戦略」の素案をまとめ、発表した。 基礎研究では門戸を広げつつ、知的財産や国際標準化戦略を定めて国益を確保する「オープン・クローズド戦略」を進めるとし、当面、米国・EU との協力枠組みの合意、研究協力の拡大などを目標に掲げた。 京都市で始まった会議では、国際的な輸出管理の枠組みで規制強化の対象となっている中国は除外しつつ、日米欧でどう研究協力を進めるかを話し合うものとみられる。

特許で米中しのぎ合い

量子技術の世界の現状をみると、米国と中国が特許戦略でしのぎを削る構図が顕著だ。 欧州委員会などの調査では、2012 - 17 年の量子技術全体の特許取得数は中国が約 600 で、約 400 の米国を上回ってトップに立っている。 中国の得意分野は、原理的に盗聴できない暗号化情報を送る量子通信だ。 16 年には人工衛星と地上を結ぶ長距離通信の実証実験に成功するなど、欧米の追随を許さない。 バイドゥ、レノボといった IT 企業が集まる北京郊外のリサーチパークに、研究リーダーを集めた公的研究拠点「北京量子情報科学研究院」を設けるなど、産業界と国が協力して研究拠点の拡充を図っている。

一方、米国は量子コンピューターの研究で優位に立つ。 米グーグルが 10 月、スパコンをしのぐ計算性能を世界で初めて実証して注目された。 IBM やマイクロソフト、アマゾンといった IT 企業が活発に投資するほか、ベンチャーの設立も相次ぐ。 研究者の数、ベンチャーキャピタルによる投資額でも図抜けており、米政府も国家戦略と新法を制定して 5 年間で最大 13 億ドル(約 1,400 億円)の予算で研究拠点を整備するなど、後押ししている。

「盾と矛」両にらみ

量子コンピューターには、中国も近年、力を注いでいる。 来年には 1,200 億円をかけて 100 人の研究者を集めた国の研究拠点が安徽省に完成するほか、アリババ、テンセントといった企業も額は不明だが研究に投資している。 クラリベイト・アナリティクスと大阪大学のまとめによると、特許取得数は米国にリードを許すものの、出願数では米国を抜くなど攻勢をかけている。

量子技術は国の安全保障に大きなインパクトを与える。 量子コンピューターは、インターネットなど現在の情報通信のセキュリティー確保に使われているあらゆる暗号を破る可能性があるとされ、国の機密を守るには、原理的に暗号解読が不可能な量子通信を、それより先に実用化させる必要がある。 中国はいわば、「盾」と「矛」の両にらみの作戦といえる。 米国も、空軍が大学や企業への研究費や著名な国際会議の開催費などを提供し、情報収集に余念がない。

米中以外では、EU が量子技術の研究戦略を策定し、約 10 億ユーロ(約 1,200 億円)の研究開発プロジェクトを進めているほか、英、独、オランダなどは国レベルでも独自の量子技術戦略と政府投資を進めている。 20 世紀初頭に量子力学を生み出した欧州が、産業応用でも主導権を握りたいという思いがにじむ。

日本、人材育成に遅れ

日本はどうか。 基礎研究でかつては世界をリードしていた。 今回のグーグルの成果は、1999 年に東京大の中村泰信教授(当時は NEC)が世界で初めて計算素子を開発した成果を土台にしている。 だが、国の量子イノベーション戦略の素案は「実用化・産業化に向けた取り組みでは諸外国の後塵を拝する深刻な状況」と現状を分析する。 世界では、2000 年代に入って研究の停滞期が続いた。 この間、米国では政府が大学に資金を出して基礎研究を支えた。 この間育った若手人材が現在の研究ブームの中核を担っている。 彼らは大学、企業、ベンチャーから引く手あまたで、欧州や中国でも活躍している。

だが、日本ではその間の人材育成は進まなかった。 中村さんは「企業で研究しているうちに、日本では研究人口があまり増えていないことに気づき、心配になった」といい、2012 年に NEC から東大に移って学生の指導にあたっているが、人材の厚みでは米国、欧州、中国に大きく水をあけられている状態だという。 国は今後、人材育成の拠点整備に力を入れる。

国のもう一つの目標は、財政難の中、企業の積極的な参入と投資を促すことだ。 国内企業はこのところ、内部留保を積み上げる一方で研究開発などの成長投資に及び腰とされる。 実用化まで時間がかかるリスクの大きな量子技術の基礎研究への投資を促すには国の誘導が欠かせないとの認識から、自民党は 10 月、「量子技術推進議員連盟(会長・林芳正元文科相)」を発足させた。 来年度予算は、概算要求額の 300 億円に補正予算も上乗せして全体で 400 億円前後の予算獲得を後押しする。 今年度の 2.5 倍だ。 議連事務局長の大野敬太郎衆院議員は「企業参入の呼び水効果をねらったもの。 政府の本気度を示し、民間もぜひ乗ってほしいというメッセージになる額にしたい。」と話す。 (嘉幡久敬、asahi = 12-16-19)

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スパコンで 1 万年かかる計算、200 秒で グーグル実証

米グーグルの研究チームが開発している量子コンピューターが、現在のスーパーコンピューターで 1 万年かかる計算を約 200 秒で終えたとする論文が 23 日付の英科学誌ネイチャーに載った。 量子コンピューターは理論上、従来型のコンピューターをはるかに超える速度で計算できると期待されているが、実際に上回る速度を実現したことで、実用化に向けて大きな節目になりそうだ。

論文によると、チームは量子力学的な効果を使う特別なチップを使い、スパコンの 15 億倍にあたる計算速度を出したという。 ネイチャー誌はライト兄弟による動力飛行機の初飛行になぞらえ「量子コンピューティングが離陸する」とする解説記事も同時に掲載した。 ただ、今回は特定の計算のみの結果で、実用化までにはなお多くの山がありそうだ。 また、開発を競っている米 IBM はブログで「それほど高速化していないはずだ」と反論した。 (勝田敏彦、asahi = 10-23-19)


次世代太陽電池、「鉛の毒性」の壁超える研究活発

「ペロブスカイト太陽電池」で材料刷新

次世代の太陽電池として期待されている「ペロブスカイト太陽電池」で材料を刷新する研究が活発だ。 発電効率を高めるため加えてきた鉛に毒性があるため、できるだけ使わずに済む材料の探索が焦点だ。 この問題を解決できれば、軽くて曲げられる特性を生かして応用分野を大きく広げていけそうだ。 軽くて曲がるペロブスカイト太陽電池は、湾曲した場所にも取り付けられるため、ビルの壁面や自動車の車体など多くの使い道が考えられている。 実用化に向けた研究は世界で活発だ。 2017 年の関連論文の発表件数は、13 年に比べて 40 倍以上増えた。

多くの研究者が最後の壁ととらえる課題が鉛の利用だ。 良質な結晶を作るために加えてきたが、鉛は生物に毒性があり水に溶けて環境に流出する事態を避けたいと考えている。 電子機器で有害物質の使用を制限する欧州連合 (EU) の「RoHS 指令」は鉛も対象にし、厳しく使用範囲を規定している。 鉛をできるだけ使わずに高性能なペロブスカイト太陽電池の開発を目指す研究が盛んな背景だ。

電気通信大学の早瀬修二特任教授らは鉛に近い性質を備えるスズに目をつけた。 スズに微量のゲルマニウムを混ぜて素子を作り、10% 以上の発電効率を出した。 鉛を含まないため「農地でも活用が見込める。(早瀬特任教授)」 農業用のモニタリング機器や送風機の電源などとして利用できるとみている。 京都大学の若宮淳志教授らもスズを使ったペロブスカイト太陽電池を研究している。 スズは酸化されると発電効率が大きく落ちてしまう。 若宮教授らは結晶の純度を上げて、低下しにくくしたい考えだ。 今のところ 7 - 8% にとどまる変換効率を 10% を超えるようにするのが当面の目標だ。

鉛以外では、資源量の限られるレアメタルを使わないようにする研究もある。 東京大学の瀬川浩司教授らは、ルビジウムの代わりにより豊富な元素、カリウムを使うペロブスカイト太陽電池を開発した。 素子を 3 つ並べたミニモジュールで発電効率は 20.7% に達する。 続いて大型化を計画している。 応用が広がって原材料の価格が高騰してしまえば、開発した意義が薄れる。 たやすく入手できる物質で安価に量産できるようにするねらいだ。

ペロブスカイト太陽電池の起源は日本だ。 ペロブスカイトと呼ばれる結晶が光に強く反応する現象は古くから知られ、桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授がこの材料を太陽電池へ応用できないか検討を始めた。 09 年に発表した最初の論文は、発電効率が 3.8% にとどまりあまり注目されなかった。 英オックスフォード大学と共同で 12 年、10% を超える変換効率を達成すると一躍注目を集め、世界で追随する動きが加速した。 小さな面積なら韓国で 17 年に発電効率 22.7% を記録し、結晶シリコンの性能に匹敵する段階にまで達している。

東芝はペロブスカイト太陽電池の実用化を目指し、大面積での性能向上に力を入れる。 約 700 平方センチメートルで 11.7% の発電効率を 18 年に達成し、実用的な大きさで最も高い記録を保有する。 「効率が高まり、かつて課題だった寿命もほぼ解決できた。 まもなく応用の幕が開ける。(研究開発センター)」とみている。 宮坂特任教授は「(あらゆるものがネットにつながる) IoT 機器の有力な電源になるだろう」と展望している。 (福井健人、nikkei = 9-1-19)

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シリコンを超える! 成果相次ぐペロブスカイト太陽電池

安価で軽量、フレキシブル … 日本発の技術、ノーベル賞の有力テーマに

ペロブスカイト(灰チタン石)構造という結晶構造を持つ次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」の研究が進んでいる。 有機無機混合材料を使い、安価で軽量のうえ、折り曲げも可能であり、現在主流のシリコン系太陽電池に代わると期待されている。 この太陽電池を開発した桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授はノーベル賞受賞の有力候補に挙げられており、日本発の新しい太陽電池が世界に広がろうとしている。

京大が大面積塗工に成功

京都大学化学研究所の若宮淳志教授らは、次世代太陽電池のペロブスカイト薄膜の大面積塗工に成功した。 軽くて柔軟性があり、従来より溶媒に溶けやすく、塗工後に乾きにくい材料を開発。 高い濃度の溶液をゆっくり塗工できるようになった。 従来、0.1 平方センチメートルサイズしか作れなかったペロブスカイト薄膜太陽電池が、22 平方センチメートルまで拡大できた。 光電変換効率の高い太陽電池を低コストで高効率に作れる。

新材料はさまざまな溶媒に溶けやすい。 乾燥し始める時間が従来より 50 秒以上遅い溶媒を使っても、10 分以内に完全に溶かせる上、従来より高濃度の溶液が作れる。 厚さ 350 ナノメートル(ナノは 10 億分の 1)の均一な膜が作製できる。 高速回転で膜を作成中に溶解性の低い溶媒を加える工程は、従来は塗布から 8 秒後と早かったが、新材料では 82 - 95 秒後のどのタイミングでも均一な高品質薄膜ができる。 今後、導電塗装を手がけるプラスコート(京都府久御山町)や京大発ベンチャーのエネコートテクノロジーズ(京都市左京区)などとの共同研究を進める。 2921 年をめどに量産化技術の確立を目指す。

樹脂基板にインクジェットで低温成膜

桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授、戸邉智之大学院生らは、インクジェット (IJ) 法によるペロブスカイト層の低温成膜に成功した。 一般的な樹脂基板の耐熱温度である 150 度 C 以下の条件で、IJ プリンターを使ってペロブスカイト太陽電池を作製し、同手法では世界最高のエネルギー変換効率 13.3% 超を達成した。 これまで IJ 法では 500 度 C 以上で成膜しており、樹脂基板に適用できなかった。 折り曲げ可能なペロブスカイト太陽電池の早期実用化につながると期待される。

紀州技研工業(和歌山市)と協力し、同社のエレクトロニクス用 IJ プリンター「WM5000」を使って、酸化インジウムスズ (ITO) ガラス基板上にペロブスカイト層を成膜した。 従来は太陽電池専用のガラス基板しか使えなかった。 成膜条件を調整し、安価かつ樹脂基板コーティングにも使われている ITO ガラス上に成膜できた。 変換効率は、ペロブスカイト層の厚みや表面粗さなどに影響を受ける。 溶液の吐出サイズや印刷ピッチ、基板加熱温度など、最適な条件を検討した。

その結果、120 度 C 前後で最も変換効率が高くなり、ダブルカチオン型ペロブスカイト溶液を使う場合、13.3% を達成した。 耐久性が高く最も商品化に近いとされるトリプルカチオン型ペロブスカイトでも実験し、変換効率 12% 超を得た。 今後、ペロブスカイト層だけでなく、ペロブスカイト太陽電池作製の全工程への IJ 法適用を目指す。 ペロブスカイト太陽電池を開発した宮坂教授は、2017 年に米科学情報企業のクラリベイト・アナリティクスが学術論文の被引用数などを基に予想する、ノーベル賞受賞の有力候補者の 1 人として選定されている。 (NewSwitch = 6-1-19)


不自由な中国のネット空間から脱出 「VPN」おすすめ 2 つのサービスも紹介

VPN はネットワーク回線を利用する際に情報漏洩のリスクを軽減し、通信品質を向上させるためのツールです。 同時に、中国などネット規制が敷かれている国では、アクセスを制限される SNS や Web サービスを利用する際には必要不可欠な存在です。 2016 年のサイバーセキュリティ法施行など、中国のインターネット利用はさらに厳格化の方向に動いています。 今年も、これまで問題なく利用できていた VPN サービスが中国国内で利用できなくなるというケースが報告されています。 この記事では、VPN の概要や役割、仕組み、中国で利用可能なVPNについて解説します。

VPN とは?

VPN (Virtual Private Network) とは多くのユーザーが利用するネットワーク回線において仮想の専用線を設けることで情報漏洩のリスク低下や通信品質の向上を可能にする仕組みです。 特に情報漏洩が大きな問題となるビジネスシーンにおいて、VPN は必須であるといえるでしょう。

VPN が必要とされる理由

VPN が利用される主な理由は情報漏洩のリスク低下、通信品質の向上です。 インターネットは非常に便利ですが、各通信事業者が提供する通信回線は多くのユーザーが共同で利用しているため、暗号化されていない情報は他人から見られてしまいます。 VPN を経由して行われる通信はパブリックな回線を利用していますが、その回線上に仮想の専用線を設けているため、他のユーザーからは盗み見ることが難しくなります。 また、仮想の専用線は利用できるユーザーが限られるため、多くのユーザーが同時に回線を利用している場合に通信速度が遅くなるというパブリック回線のデメリットを軽減する効果もあります。

VPN の仕組み

VPN は互いの通信拠点に専用のルーターを設置することで仮想の専用線による通信ができ、実際にはパブリック回線上で暗号化を施すことにより専用の通信網を設けるという仕組みでセキュリティの向上を可能にしています。 また、VPN 設備を整えることで外出先からも VPN を経由して社内のデータやシステムにアクセスすることが可能になります。 サテライトオフィスやノマドワーカー、テレワークなど、働き方の多様化が進む現代において場所を問わず安全な通信を利用して業務が行えることは大きなメリットとなります。

VPN の種類

VPN は専用線の構築方法によってインターネット VPN と IP-VPN に大きく分けられます。 インターネット VPN は通常のパブリック回線を利用して通信します。 回線そのものには誰でもアクセスすることが可能ですが、VPN を利用するため情報漏洩のリスクはある程度低下させられます。 IP-VPN はさらに厳重な VPN を構築する際に用いられる方法で、既存のネットワーク回線ではなく通信事業者によって用意される閉鎖されたネットワーク回線を利用します。 各通信事業者がそれぞれの顧客のみに提供している閉域ネットワークを利用して VPN を構築するため、情報漏洩のリスク、通信の速度や品質の両方の点においてインターネット VPN よりも優れたパフォーマンスを発揮します。

中国の厳しいネット規制の実態とは?

中国では情報統制が行われているため、一般人に対して厳しいネット規制が敷かれています。 そのため、中国へ旅行や出張に行く際には通常の Wi-Fi やネット回線、Web サイトが利用できなくなる可能性が高く注意が必要です。 以下では、中国におけるネット規制の実態、VPN を利用する際の注意点について解説します。

中国では Google・YouTube・LINE・Facebook・Instagram が使えない

Google や YouTube などのサービスはインターネットに接続すれば世界各国で視聴、投稿ができます。 ただし、中国は例外です。 中国では Google や YouTube のほかにも LINE、Facebook、Instagram など、ほとんどの SNS を利用することはできません。 これは中国政府が金盾(グレートファイアウォール)と呼ばれる技術によって、検閲と通信規制を行っているからです。 ポケット Wi-Fi や、中国国内で通信を利用できる媒体を用意しても、SNS を利用することはできません。 中国ではこうした日本や世界で利用されているインターネットサービスにアクセスできませんが、中国では類似の国産サービスが普及しています。

中国で日本などのウェブサービスを使う場合は VPN が必要

中国国内において日本の SNS や Web サービスを利用する場合に VPN が活躍します。 VPN では IP アドレスを取得して専用線を利用しますが、その IP アドレスは日本のものであるため、VPN を経由して行う通信は海外のデバイスによるものと認識され検閲は行われません。

VPN にも規制、個人情報の流出にも要注意

2017 年 6 月にサイバーセキュリティ法が施行されて以降、中国国内におけるネット規制はさらに厳重になっています。 VPN サービスにも一部規制がかかるようになっています。 2019 年 7 月には、有料で提供されている VPN 回線も利用できなくなるという状況も報告されています。 政治的に不穏な活動とみなされると、より一層インターネット利用に規制がかかるとも言われています。 政治的に敏感な話題に踏み込むような人物は国籍を問わず処罰の対象となることもあるため、中国国内におけるネット利用では、VPN を利用している場合でも注意する必要があると考えられています。

中国でも使える VPN 2 選

徐々に VPN を利用した通信にも規制がかかり始めている中国ですが、利用できる VPN が皆無ということはありません。 もちろん規制の対象や状況は日々変わるため、必ず利用できるという保証はありませんが中国でも安定して動作するVPNも数多く存在します。 以下では、中国国内でも利用できる VPN の中でも特に有名な「セカイ VPN」、「UCSS」についてそれぞれの特徴やメリットを解説します。

セカイ VPN

セカイ VPN は安定した通信環境を確保できる VPN です。 世界各国にサーバーを設置しているため、さまざまな国の IP アドレスを取得して、中国をはじめとするネット規制の厳しい国内でも、他国のサービスを利用できます。 また複数国の IP アドレスを利用できるので、特定の地域のみで利用可能なオンデマンドサービスであっても利用できます。 公式ホームページは日本語に対応しており、利用に関するサポートも日本語で受けられるため、万が一のトラブル発生時のカスタマーサポートも安心です。 また、最大 2 ヶ月間の無料トライアルを設けているため、ひとまず試用として導入する事も可能です。 Open VPN を利用した高セキュリティ、充実したサーバーによる安定した通信には定評があります。

UCSS

UCSS は VPN の中でも中国をはじめとしたネット規制が厳しい国において他国のサービスを利用できるという点に重点を置いたサービスを提供しています。 UCSS が提供する VPN 回線は検閲が厳しい国においてユーザーがさまざまなオンラインサービスを利用できるようにチューニングされており、中国国内においてもほぼ確実に利用できると言われています。 また、UCSS では一般回線のほかに中国国内へとつながる商業用の直通回線も所有しており、通信速度や安定感においても高く評価されています。

Windows や Mac、Android などの各 OS に対応しており、24 時間 365 日いつでも問い合わせ可能な日本語サポートも用意されています。 ゲーミングプランやデータ通信料無制限プラン、グローバルプランがあり、契約期間についても 3 ヶ月、1 年、カスタムとさまざまなプラン設定ができます。 個人法人を問わず、ニーズに合わせて利用できる点も人気の理由です。

中国で日本の Web サービスを使うなら VPN は必須

日本のみならず多くの国においてネット社会化が進み、日常的にネット環境を利用する機会が増加している現代では、情報漏洩のリスク軽減や通信品質の向上は生活の質の向上につながります。 ネット規制の厳しい中国国内では、在日時と同様に SNS や Web サービスを利用するためにも、VPN は欠かせない存在となるでしょう。 (訪日ラボ = 8-30-19)


「室温で超伝導」目前 零下 23 度で実現、かぎは超高圧

極低温で物質の電気抵抗がゼロになる超伝導現象。 それを「室温」で実現する研究の先陣争いが熾烈だ。 超高圧という条件ながら、今春、絶対温度 250 度(セ氏零下 23 度)での実現が報告されるなど、一気に現実味をおびてきた。

大阪府豊中市の大阪大極限科学センター。 清水克哉教授の研究室に、超高圧をかけた物質を冷却し、電気抵抗の変化などを測る装置がある。 この装置でいま、室温で超伝導になる可能性をもつ有力物質の研究がすすむ。 「目指すのは絶対温度 300 度(セ氏 27 度)での超伝導の実現です。」 清水さんは、そう言った。 研究の突破口を開いたのは硫化水素という物質だ。 温泉などに含まれ、腐った卵のようなにおいがする気体だ。

独マックスプランク研究所のチームは 2015 年、その硫化水素に約 150 万気圧という超高圧をかけると絶対温度 203 度(セ氏零下 70 度)で超伝導になった、と英科学誌ネイチャーに発表した。 物質が超伝導になる温度(転移温度)の最高はそれまで、大気圧下で絶対温度 133 度、高圧下で同 164 度。 それらを大幅に更新する衝撃的な成果だった。 独チームはまず、硫化水素を絶対温度 200 度ほどに冷やして液化し、超高圧をかけるための金属容器に封入。超高圧にしながら温度を変化させ、固体の結晶の状態で転移温度を特定した。

この成果が世界の研究者を驚かせたのは、転移温度の高さだけが理由ではなかった。 硫化水素を超高圧にすると絶対温度 200 度ほどで超伝導になることは理論の研究者が計算で予測しており、予測と実験結果がぴったりあっていたからだ。 理論予測が、がぜん注目されるようになった。 理論で室温超伝導の有力物質とされているのは、ランタンと水素の化合物と、イットリウムと水素の化合物だ。 いずれも 200 万 - 250 万気圧という超高圧で、転移温度が絶対温度 273,15 度、つまりセ氏 0 度を超えると予測されている。

独米のチームが今年 5 月、室温超伝導の有力物質のひとつ、ランタンと水素の化合物に 170 万気圧をかけると絶対温度 250 度(セ氏零下 23 度)で超伝導になったと報告した。 「室温」は目前に迫ってきたが、理論値にはまだ届かない。 残るハードルは何か。 「ゴールは見えているが、レシピ(調理法)がわからない」と清水さんは言った。 超高圧での超伝導は、ただ圧力を高めて温度を下げれば実現するというものではなく、圧力や温度を変化させる手順に左右される。 たとえば硫化水素の場合、独チームは超高圧をかけてから、いったん室温に戻し、再び加圧・冷却することで、超伝導になる結晶をつくった。

清水さんらチームは大型放射光施設「スプリング 8 (兵庫県佐用町)」を使って、この結晶の構造を調べた。 すると、ふつうは硫黄原子 1 個に水素原子 2 個が結びついている硫化水素が、超高圧下では硫黄原子 1 個に対して水素原子 3 個の構造に変化していた。 理論が導く遷移温度を実現するには、こうした特殊な構造にするためのレシピが要るのだ。 では、室温超伝導の有力物質はどのような構造をしているのか。理論はランタン原子、あるいはイットリウム原子 1 個に対し、それぞれ水素原子 10 個から成ると予測。 多くの水素原子でできたカゴのような構造を、カゴの中からランタンやイットリウムが支え、安定化させていると考えられているという。

こうした結晶をつくるため、世界の研究者はいま、そのレシピを探っている。 超伝導現象は 1911 年、オランダの物理学者オンネスが発見した。 転移温度は絶対温度 4.2 度(セ氏零下 269 度)。 以来、人類はより高い温度での実現を夢見てきた。 電気抵抗がゼロになれば、物質により多くの電気を流せるので、たとえば強力な電磁石がつくれる。 送電線に使えば、電力の送電ロスを大幅に減らせる。

実際、超伝導電磁石(超伝導コイル)が MRI (磁気共鳴断層撮影)の装置で実用化されている。 JR 東海が 2027 年開通を目指すリニア中央新幹線でも使われる。 超伝導研究の転機は 86 年に訪れた。 水銀から続く「金属・合金系」とは異なるタイプの超伝導が銅酸化物で見つかり、転移温度は一気に上がった。 06 年には東京工業大の細野秀雄・栄誉教授らが、鉄を含む物質でも超伝導が起こることを発見。 08 年には絶対温度 26 度で超伝導になる物質を見つけ、「第 3 の超伝導」ブームが起こった。

しかし、実用レベルに達しているのは、まだ金属・合金系だけ。 リニア中央新幹線の超伝導電磁石も、ニオブとチタンの合金だ。 超伝導物質の構造を研究している東京大物性研究所の橘高俊一郎・助教は「超伝導になるメカニズムが多彩で、十分に理解できていない」と話す。 そんな状況で中国チームが 16 年、鉄を含む物質で 105 メートルの線材をつくり、注目されている。 性質が安定しており、細野さんは「近い将来、鉄系の超伝導電磁石が実用化される可能性は高い」とみる。 (上田俊英、asahi = 8-29-19)

ノーベル賞に直結 : 超伝導研究の画期的な成果はノーベル賞に直結している。 それは「人類の夢」の証しでもある。 1911 年に現象を発見したオンネスは 2 年後に物理学賞を受賞。 その仕組みを解明した米国の 3 氏は 72 年、銅酸化物系の超伝導物質を見つけたドイツとスイスの 2 氏も 87 年に、それぞれ物理学賞を受けた。

カギを握るのは水素 : 室温超伝導の可能性がある物質の代表格は水素だ。 英国の物理学者アシュクロフトは 1968 年、400 万気圧を超える超高圧では水素が金属結晶になり、室温で超伝導になると理論予測した。 ランタンやイットリウムと多数の水素から成る有力物質も、こうした水素の性質が深くかかわっていると考えられている。