大気から CO2 回収 川崎重工が商用化、25 年にも 川崎重工業は 2025 年にも大気中の二酸化炭素 (CO2) を直接回収する装置を実用化する。 回収後の貯蔵技術などと組み合わせ、大気中の CO2 削減を狙う。 同様の装置を開発するのは国内大手では初めてとみられ、発電所などの排ガス削減や排ガス中の CO2 回収から一歩踏み込んだ温暖化対策となる可能性がある。 地球温暖化の防止にむけ、排ガス削減や排ガスからの CO2 回収といった取り組みが世界各地で進んでいる。 ただ現状の施策では気温上昇を産業革命前から 1.5 度以内に抑える国際目標には不十分とされる。 そこで注目されているのが、大気に存在する CO2 を回収する「ダイレクト・エア・キャプチャー (DAC)」だ。 川崎重工は兵庫県の拠点で 1 日 5 キログラム回収できる DAC 装置の実証実験に乗り出した。 25 年には回収能力を 500 - 1,000 キロに高め、ビルや商業施設などでの設置を想定する。 米テスラのように温暖化ガス排出枠(クレジット)の売却を手掛ける企業の利用を見込む。 凹凸が多く表面積が広い粒状の物質の表面に CO2 を吸着する特殊な溶液を塗り、装置内に取り込んだ大気と触れさせる。 その後に粒を蒸気で加熱して CO2 を分離・回収する。 大気中の CO2 濃度は工場や発電所の排ガスの約 300 分の 1 と低く、工場用のいままでの技術では効率的に回収できなかった。 一般的な DAC 装置は CO2 を分離する際に 80 - 900 度と高温の蒸気を必要とする。 川崎重工の DAC は自家発電装置の排熱などでまかなえる 60 度の蒸気で分離でき、加熱機器が不要で回収装置を小型化できる。 国際エネルギー機関 (IEA) の 20 年の報告書によると、DAC 装置は世界 15 カ所で稼働している。 先行するのは、米ビル & メリンダ・ゲイツ財団が出資するスイスのクライムワークスや、米エクソンモービルと提携した米グローバル・サーモスタットなど欧米勢だ。 クライム社は 17 年にチューリヒで世界で初めて商用化に成功し、今年はアイスランドで年 4,000 トン回収できる装置を稼働させた。 DAC による回収量は世界 15 カ所で年 9,000 トン以上だった。 18 年の全世界の排出量 335 億トンと比べて少ないものの、IEA は DAC の回収量は 50 年に年 1 億トン、70 年に 7 億トンに膨らむとみている。 そのための課題が、回収コストと回収した CO2 の扱いだ。 コストは 1 トンあたり 600 - 1,400 ドルと排ガスからの回収の 12 - 20 倍かかる。 川崎重工は 50 年には 1 トン 2,000 円程度(約 18 ドル)と、排ガス向けと同程度まで下げることをめざす。 温暖化防止には回収した CO2 を地下に貯蔵したり、樹脂原料として再利用したりすることも欠かせない。 (nikkei = 12-3-21) 欧米主導の CO2 貯留 日本勢に商機も国内に「法制の壁」 発電所や工場などが排出する二酸化炭素 (CO2) を分離・回収・貯留する「CCS」技術が世界で広がりつつある。 導入企業への支援策が手厚い欧米では対応施設が増え、商業的に成り立つものも出始めた。 設備の設置実績では、三菱重工業が世界で 7 割超のシェアを占め最大手。 だが「法制の壁」で肝心の日本市場が育たず、欧米勢の追撃を許している。 CCS 施設、欧米で約 8 割 CCS は CO2 を地下にとじ込める技術で、主に「分離・回収」、「輸送」、「圧入」の 3 工程に分けられる。 発電所や工場などにCO2を分離・回収する装置を設け、回収したCO2をパイプラインなどで輸送し、圧縮して地下の貯留層にとじ込めるのが一般的だ。 投資額は立地や回収量にもよるが数百億円規模となり、CO2を再利用する設備なども追加すると1000億円を超えることもある。現状、CCS施設自体は製品や利益を生むわけではなく、導入企業には大きな負担になる。 欧米では2000年代前半に法整備が進み、脱炭素の流れを受けて補助金などの支援策も手厚くなってきた。老朽化した油田に回収した CO2 を圧入し、その圧力で地下の原油を押し上げて増産する手法も広がりつつある。 石油開発会社などが導入する CCS 設備の中には、こうしたメリットも合わせ、商業的に成り立つものも出始めた。 オーストラリアのグローバル CCS インスティテュートによると、CO2 の回収から圧入までを手掛ける CCS 施設は 2020 年 11 月現在、建設中や実証段階も含め世界で 65 カ所ある。 そのうち北米に 37 カ所、欧州に 13 カ所あり、欧米で 8 割近くを占める。 排ガスから分離・回収 CCS を 3 工程に分け、どんな企業が関わっているのかみていこう。 三菱重工は「分離・回収」の分野で先行する企業の一つだ。 1990 年代から関西電力と組み、世界で初めて回収技術の研究に乗り出した。 この技術ではまず排ガスを冷却した上で、CO2 を吸収する性質を持つ「アミン」を含む液に通して、CO2 を吸着させる。 アミンと CO2 は高温だと結合がゆるくなる性質を利用し、これを加熱して分離。純度の高い CO2 を取り出す。 三菱重工は世界 14 カ所で回収装置を納入した。 設置実績で 7 割超のシェアを占めるが、これは米テキサス州で 16 年に始まった世界最大級の案件「ペトラノヴァ」プロジェクト(貯留能力が年 160 万トン)を受注したことが大きい。 今後、回収設備の海外市場が拡大していくなかで大型案件を奪われれば、逆転される可能性もある。 欧米勢では英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルが 14 年、カナダの石炭火力発電所の CO2 回収事業に参画し、設備を納入した。 米プラント大手のフルアも 90 年代から火力発電所にプラントを建てて CO2 回収技術を研究。 三菱重工と並び回収分野で 2 強に位置づけられた時期もあり、ノウハウを積んで大型案件の獲得機会をうかがう。 温暖化ガスを大量に排出する企業にとって、CCS 設備は環境対応を進めるため導入が不可欠だが、問題はそのコスト。 設備を納入する側が競争力を高めるには「導入から運転までトータルのコストをいかに下げられるかが重要だ」と CO2 回収技術に詳しい田中良三・地球環境産業技術研究機構 (RITE) 副主席研究員は指摘する。 RITE の試算や政府の推計を総合すると、世界の CCS の平均コストは CO2 を 1 トン処理するのに 8,000 - 1 万円程度とされる。 うち約 7 割にあたる 5,000 - 7,000 円程度は分離・回収工程が占め、この工程のコストダウンが急務だ。 CCS 設備を設置した火力発電のコストを、足元の太陽光発電の平均コストより安くするには、CCS 設備のコストを半分以下に下げる必要があると国は試算する。 三菱重工エンジニアリングの洲崎誠執行役員は「意気込みとしては 3 - 5 年以内に分離・回収のコストを半分にして競争力を高めたい」と話す。 技術改良や汎用化を進めるほか、ごみ処理場などでも CO2 を回収できる小型設備を 23 年に発売する計画だ。 液化して海上輸送 CO2 を回収した後は、貯留地まで輸送し圧入する必要がある。 先ほどの試算・推計では、パイプラインの輸送で CO2 を 1 トン処理するのに 1,000 円程度、圧入するのに 2,000 円程度かかる。 島国で CCS の適地が限られる日本では、CO2 の回収場所と貯留地点が近いとは限らず、海上輸送を有力視する向きがある。 回収地点から貯留地までの距離が大きく離れる場合は、パイプラインより海上輸送の方がコストが低くなることもあり得る。 実際、ノルウェーでは24年にも CO2 を海上輸送し年 150 万トン貯留する構想が進む。 「ノーザンライツ」という名称のプロジェクトで、ノルウェー政府が 2,000 億円超の総事業費のうち 8 割を補助する北欧最大級の CCS 事業だ。 欧州沿岸部の発電所や工場から集めた CO2 を液化 CO2 輸送船で回収し、海底下に圧入する。 液化 CO2 船は世界で 5 隻しかなく、全てノルウェーの海運会社ラルビック・シッピングが船舶管理する。 もともと飲料ガスなど向けに運航されていたものだが、CCS の事業化が進む中で世界的に注目が集まる。 商船三井は 3 月にラルビックに出資し、液化 CO2 輸送事業に参入した。 国内でも液化 CO2 船の開発を進める。 商船三井によると CO2 の回収地点から貯留地までの距離が 100 - 200 キロメートル程度離れると、海上輸送のコストはパイプラインを下回る。 「複数地点から CO2 を回収する場合も船の方が、運用が柔軟(同社)」という。 海底下に圧入 貯留地まで運ばれた CO2 は地下 1,000 - 3,000 メートルに圧入する。 油ガス田の開発会社がノウハウをもち、石油資源開発や INPEX は 16 年から 19 年にかけて、約 30 万トンの CO2 を北海道苫小牧市沖の海底下に圧入した。 INPEX は 23 年をめどに新潟県柏崎市で天然ガスを使って水素を製造し、その過程で出る CO2 をガス田に圧入して天然ガスを回収する事業も始める。 海外の石油開発会社は既に商用 CCS で実績を積んでいる。 ノルウェーのエクイノールは 「ノーザンライツ」を主導。 シェルもこの事業に出資するほか、カナダでは単独で CCS プロジェクトを 15 年に開始し、20 年までに 500 万トンの CO2 を地下に圧入した。 米シェブロンはオーストラリア西部で、天然ガス田から回収した年 400 万トンの CO2 を圧入するプロジェクトを主導している。 政府支援が不可欠 CCS 設備そのものは現状、利益を生むわけではなく、普及には政府の支援や環境整備が不可欠となる。 ところが日本で CCS に取り組もうとすると、工程ごとに対応する法律が異なる。 排ガスを回収するのは「ガス事業法」、地下に貯留する際は CO2 を圧縮して高圧にするため「高圧ガス保安法」、圧入する井戸を掘るのは「鉱業法」や「鉱山保安法」に従う必要がある。 それぞれの法律で異なる資格者が必要となるため、事業者にとっては人材確保などの手間がかかる。 こうした法制の壁もあり、日本の施設はすべてが実証段階。 自国でノウハウを積んだり、メンテナンスで稼いだりしにくい日本勢には足かせとなる。 国内市場がなかなか立ち上がらないなかで、アジアでは事業化に向けた動きが出てきた。 6 月には「アジア CCUS ネットワーク」が設立され、東南アジア諸国連合 (ASEAN) 10 カ国と日米豪が参加。 100 を超える民間企業や研究機関が加わる。 日本は急ピッチで環境整備を進めるものの、CCS に一括で対応できるような法律が整うのは 20 年代後半になる見通し。それまで企業はアジアなどの海外事業でノウハウを蓄積する必要がありそうだ。 将来的に、温暖化ガス排出に価格付けするカーボンプライシングが確立すると、他社が排出する CO2 を、お金をとって引き取り貯留するなど、CCS 設備が利益を生む可能性もある。 国際エネルギー機関 (IEA) によると、70 年に世界で削減できる CO2 のうち、回収・貯留に利用も加えた「CCUS」による削減は全体の 19% を占める。 CCS に関連する最新技術の開発と普及へ、日本でも官民をあげて取り組むべきタイミングにきている。 (向野崚、nikkei = 9-13-21) 開会式彩ったドローンの舞、ハッカーが通信の解析試みた ![]() 23 日夜の東京五輪開会式で、夜空を彩った 1,824 機のドローンのショーは、見る人に大きな驚きと感動を与えた。 一糸乱れぬパフォーマンスの裏で、ドローンは電波を通じて一体どんな「会話」をしながら演じていたのか - -。 1 人のホワイトハッカーが会場となった国立競技場の近くで、今後のドローンの飛行の安全に生かそうとドローンが発する通信電波の分析を試みた。 記者はその一部始終に密着した。 日本を代表するホワイトハッカー、杉浦隆幸さん (46) と、国立競技場に近い神宮球場前で合流したのは 23 日午後 6 時半過ぎのことだった。 杉浦さんはサイバー攻撃からコンピューターシステムを守る情報セキュリティー対策の全般に詳しく、特に最近は暗号資産やドローン、医療分野のセキュリティーに注力する。 9 月に発足するデジタル庁のセキュリティーチームにも加わる。 「球場から飛ぶ」ハッカーは予想した 杉浦さんが神宮球場が真正面に見える場所にいたのは、開会式のドローンが球場内から飛ぶと考えたからだ。 1 週間ほど前から、ツイッターに開会式の予行演習とみられるドローン飛行の動画が投稿されていた。 さらにそこに映っているドローンの航跡などから、半導体大手インテルが手がけているのではないか、というあたりをつけていた。 杉浦さんの予想は的中した。 開会式 3 日前の 20 日、インテルは東京大会に提供する自社の技術説明会を開き、その中でドローンによるライトショーについても言及した。 ネットメディア「ZDNet」によると、2018 年の平昌大会でも 1,200 機以上のドローンでショーをサポートしたインテルは今回、さらに性能を上げた最新型ドローンを投入するとした。 コンピューターの中央演算処理装置 (CPU) メーカーというイメージが強いインテルだが、実はドローン事業でもここ数年、世界をリードしている。 18 年 3 月に開いた同社の記者説明会では、自社開発のドローンを使い、高所にある送電線や遊園地のアトラクション点検、地上物の調査といった目的のほか、今回のようなライトショーも事業の柱の一つに掲げていた。 当時の担当者は「エンターテインメントは、テクノロジーを最も分かりやすくアピールできる」ことがメリットと語っていた。 今回、開会式で演じられた約 4 分 30 秒にわたるドローンのパフォーマンスで 1,824 機が一斉に飛び立ち、夜空に東京大会の「市松エンブレム」を LED の光で描くという演出だった。 競技場周辺に集まっていた人たちからは、ドローンの発する光が形を変えるたび、大きな歓声が上がった。 「ドローンのやりとりを観測」 この「夜空の芸術」は一体、どのように実現しているのか。 杉浦さんによれば、ドローン 1 機ずつに対して、事前に「指示書」となるプログラムが登録され、時間の経過とともに指示された飛行経路や LED の点滅を行っているという。 その時、飛行中のドローンが緯度や経度、高度といった情報を逐一、地上のコントロールセンターに送信している可能性がある。 「実際にどんなやりとりをしているのかを観測し、ドローンが安全に飛行できるよう、今後のセキュリティー対策を考える材料としたい」と杉浦さんは言う。 その背景には昨年 6 月に改正された航空法がある。 来年 6 月からはドローンの機体を識別できる情報の登録が義務づけられる。 あわせて、パソコンやスマートフォンでも使われる通信規格「ブルートゥース」などで機体を識別できる登録記号や位置情報を 1 秒おきに送信する義務化の方向で進んでいる。 「これだけ大規模なドローンの調査はなかなかチャンスがない。」 杉浦さんの期待は高まる。 ただ、開会式の内容は極秘で、一体いつ飛ぶのか誰にもわからない。 記者にも伝えられていなかった。 かろうじて国土交通省が提供する「航空情報センター」のサイトで、最大 1,824 機の飛行物体が神宮球場と国立競技場の上空に飛行するという届け出が出されていたことだけはわかった。 「極秘」の開会式 現場で待ち続けた このため開会式が始まる 1 時間半前、午後 6 時半に集合した。 実際にドローンが飛んだのは午後 10 時 40 分ごろ。 実に 4 時間近く、現場で待ち続けることになった。 「いつ飛ぶんですかね」、「まあ暗くなってからなのは間違いないですよね」。 そんな会話を杉浦さんと交わしながら時間をつぶしつつ、周囲を見渡した。 開会式が始まる午後 8 時近くになり、あたりが暗くなると、どんどん人が集まってきた。 周りの会話が聞こえてきた。 ドローン目当てのようだった。 1 人の男性に話を聞いた。 やはり、ツイッターに投稿された予行演習の情報などをもとにドローンを見に来た、という。 開会式の様子は外からうかがうことはできない。 じめっとした湿度を含む風にまどろんでいると、突然花火が打ち上がった。 開会式が始まった。 集まった人の目線が国立競技場に集まる中、記者はふと、隣接する神宮球場に目をやった。 スタジアムのナイター照明のあたりが、ぼんやりとした緑色の光を反射し、ゆっくりと点滅していた。 「なんですかね、あれ?」 記者が杉浦さんに声をかけると、杉浦さんはスマホを取り出し、ツイッターの検索を始めた。 「ドローンが待機しているかも?」 杉浦さんがスマホの画面で示したツイッター投稿には、神宮球場のグラウンドに四角い緑色の光が浮かび上がっている様子が写っていた。 高層階から国立競技場を撮影したとみられる画像だった。 緑色の発光体に「UFO の秘密基地?」 その姿は、隠れてじっと待機している未確認飛行物体 (UFO) のようだった。 「UFO の秘密基地みたいですね。」 ドローンがここから離陸することは間違いなさそうだ。 少なくとも、電波を発信していればキャッチできる最高の場所に陣取ったことだけはわかった。 1,800 機以上のドローンが一斉に飛び立つと、何が起きるのか。 考えただけで気分が高揚してきた。 杉浦さんはパソコンとスマホを取り出し、本番に備えスムーズに調査ができるよう段取りを整え始めた。それぞれにドローンの発信する電波や情報をキャッチできるとされるソフトを導入していた。パソコンには電波をキャッチできるアンテナの役割を持ったハードウェアを接続した。 記者も動画と静止画を同時に撮影できるコンパクトカメラをもち、杉浦さんの準備や会場周辺の様子の撮影を始めた。 今回の目的は杉浦さんの調査の密着取材にある。 合間を見て照明のある空間に移動し、杉浦さんのインタビュー動画を撮影した。 こうしてドローンのパフォーマンスが開始される瞬間を待ち続けた。 開会式が始まって 1 時間ほど経過したところ、近くにいた女性グループが「わーっ」という声を上げ、上空を指さした。 そこには、赤色と青色の点がそれぞれ 3 つ、計 6 つの光源が縦に一列、音もせずにすーっと上昇する姿が見えた。 とうとう始まったのか。 杉浦さんはパソコンを片手に電波を受信できるハードウェアを掲げ、調査を始めた。 ドローン? 赤色と青色の点に歓声 だが、それだけだった。 6 つの光源は 1 分ほど上空で待機した後、順番に下降して球場の中へ消えた。 「たぶん、上空の風など飛行環境を確認するためかもしれませんね」と杉浦さん。 同じような飛行が本番まで 2、3 回、繰り返された。 その都度、周囲から歓声が上がった。 音もせず、すーっと上昇し、ピタッと微動だにせずにホバリングする。 そしてまた、すーっと下降して姿を消す。 あまりのスムーズなドローンの動きは息をのむ。 あの驚きは近くで見ないと実感できない。 現場で待っている間の心配事は、天候の急変だった。 記者のスマホの画面に表示された雨雲レーダーは、会場上空を雨雲が通過するような軌跡を描き、にわか雨の到来を予感させた。 2 回ほどにわか雨に見舞われた。 ドローンの様子が気になったが、球場のスタジアム照明は変わらず緑色の光の点滅を反射していた。 ドローンも突然のにわか雨をじっと耐えている様子がうかがい知れた。 雨と風はドローンの大敵だ。 杉浦さんと 2 人、これ以上ひどくならないよう、祈るしかなかった。 「ブーン」見えない物体に「何かいる!」 23 日午後 10 時 40 分ごろ、「ショー」は突然、始まった。 「ブーン」といった昆虫の大群が激しく羽ばたかせたような音が球場から聞こえてきた。 しかしドローンの姿は見えない。 だが明らかに音が少しずつ上空に移動して聞こえた。 「何かいる!」、「小さな点が見える!」。 周りの人たちが次々と声を上げた。 記者もカメラを構え、空に目を凝らした。 暗がりに目が慣れてきた。 確かに、無数の小さな点が空に浮かんでいる。 無数の点は大群をつくり、「ブーン」という音を周囲にこだまさせながら、国立競技場の方へ移動し始めた。 見えない物体が音を立てて夜空を移動している。 ちょっと恐怖を感じた。 杉浦さんはパソコンを構えて電波を受信しようとしていた。 夜空では、白い光がキラキラと少しずつ点灯を始めた。 点灯する数を増やしながら、丸い大群が徐々に集まり、一つの「輪」を描き始めたように地上からは見えた。 東京大会の「市松エンブレム」だった。 その状態で 15 秒ほど静止した後、光はクルクルと回転しはじめた。球体へと形を変えながら、白い光の半分が青色に変化しはじめた。 市松模様の球体ができたと思ったら、そのまま地球の形に変化した。 青色と白色でキラキラと輝く地球が、ゆっくりと自転する姿は幻想的だった。 そして静かに夜空の中へ消えていった。 周りから拍手の音が聞こえてきた。 現場からはそこまでしか見えなかった。 しばらくして、ブーンという音が再び大きくなった。 ドローンが戻ってきた。 音が球場の中へ消えていった。 ショーが終わったことがわかった。 その時、杉浦さんはパソコンの画面を見つめていた。 「(通信電波である)パケットは取れているので、(ドローンが通信を)出していれば取れていると思います。」 最後のインタビュー収録でそう語った。 ただ、この通信電波はパソコンやスマホも発信しており、周囲のスマホの電波も集めている可能性が高いという。 「なので、何が含まれていたのか詳細な分析が必要になります。 分析結果は後日になりますね。」 調査が終わったのは 23 日午後 11 時すぎ。 数分間のドローンのショーが終わり、杉浦さんはすぐに帰宅の準備を始めた。 翌朝に始まる自転車競技男子ロードレースを観戦するため、翌日の始発列車でコース会場周辺に向かうという。 「密になるのを避けるために、市街地ではなく人のいない山間部あたりで遠くから観戦します。 そうすると始発ではないと間に合わないんです。」 杉浦さんはそう言いながら、足早に地下鉄の入り口へと消えていった。 (編集委員・須藤龍也、asahi = 7-25-21) 青色の天然着色料が発見される
食品着色料は、食品や医薬品、化粧品の分野で広く用いられてきた。 近年は、健康への影響のおそれや製造工程での持続可能性などの観点から、化学的に合成された「合成着色料」に代わって、植物の花や葉、実など、自然界にある物質を原料とする「天然着色料」への需要が高まっており、その市場規模は 2027 年までに 32 億ドル(約 3,520 億円)に達すると予測されている。 とりわけ、青色着色料は、黄色と混ぜて緑にするなど、調色において重要な色素だ。 しかし、安定的に青を発色する天然色素はこれまで見つかっておらず、現時点では、食用タール色素「青色 1 号」が主に使用されている。 赤キャベツのアントシアニンに含まれる青色の天然着色料を発見 米カリフォルニア大学デービス校、米菓子メーカー大手マースリグレー、仏アヴィニョン大学、名古屋大学らの国際研究チームは、10 年にわたる研究期間を経て、赤キャベツのアントシアニンに含まれる青色の天然着色料を発見し、2021 年 4 月 7 日、オープンアクセス科学ジャーナル「サイエンス・アドバンシス」でその研究成果を発表した。 赤キャベツの色素は 10 種以上のアントシアニンからなり、現在、赤や紫の天然着色料として広く用いられている。 研究チームは、これらのアントシアニンを単離し、それぞれに金属イオンを加えて発色と安定性を調べた。 その結果、「P2」と名付けたアントシアニンにアルミニウムイオンを加えると、青色 1 号とほぼ同じ色を示し、安定であることがわかった。 アルミニウムイオン1個の周りに「P2」の分子 3 個が集まるプロペラのような構造になると、鮮やかな青が発色するという。 「P2」は、赤キャベツに含まれるアントシアニン全体のわずか 5% 未満にすぎない。 そこで、研究チームは、赤キャベツに含まれる他のアントシアニンを青色の化合物に変換する方法を考案。 「特定の酵素にさらすことで、赤みをもたらすアントシアニンが『P2』のように青くなるのではないか」との仮説を立て、膨大なタンパク質配列を検索し、赤キャベツに含まれるアントシアニン「P6」、「P7」、「P8」を「P2」に変換する酵素を特定した。 保存安定性も優れていた さらに研究チームは、この酵素を改変し、「P2」への変換をより効率的に促すことにも成功している。 酵素によって変換した色素をアイスクリームやチョコレートのコーティングに用いたところ、青色 1 号と同様の色が得られ、保存安定性も優れていた。 研究論文の責任著者でカリフォルニア大学デービス校のジャスティン・シーゲル准教授と筆頭著者で同校の修士課程に在籍するパメラ・デニシュ研究員は、スタートアップ企業「ピーク B」を創設し、今後、この技術の実用化をすすめていく方針だ。 (松岡由希子、NewsWeek = 4-13-21) 蓄電池開発、「定置型」、「全固体」に日本勢強み 日本政府は 2050 年に再生可能エネルギーで、電力の 5 - 6 割を賄う目標を掲げている。 天候に左右されやすい再生エネを主力電源にするには、電気をためて調整する蓄電池が不可欠で、国内では原子力発電所 10 基分の出力相当が必要になるとの試算もある。 日本勢は送電網の安定化に使う「定置用」や、エネルギー効率の高さから次世代電池といわれる「全固体」で強みがある。 「この分野ではうちが世界のトップランナー。 数十年単位で実証してきた。」 住友電工の古金谷正伸部長が胸を張るのが、国内や欧米で需要が高まるレドックスフロー電池だ。バナジウムなどのイオンの酸化還元反応を利用して充放電する仕組みで、電解液を増やせば増やすほど容量が大きくなる。 長時間にわたり大量の電気をためられるのが魅力だ。 1980 年代から開発してきたというこの電池は当初、原子力発電所の電気をためる目的で開発が進んだ。 最近では再生エネ設備に併設して、自社向けに電気を供給したい国内外の企業などから引き合いがある。 現在主流のリチウムイオン電池は数分〜数十分といった短時間での送電網の需給調整が得意だが「レドックスフロー電池は半日電気をためて、1 日の使用電力を平準化できる。(古金谷部長)」 3 つの用途 蓄電池には大きく 3 つの用途がある。 パソコンやスマートフォンに内蔵する「民生用」と自動車に積む「車載用」、送電網の安定化などに使う「定置用」だ。 今後、再生エネが増えていくと、レドックスフロー電池のような定置用の必要性が増す。 調査会社の富士経済は定置向け蓄電池の世界市場について、19 年の 1 兆 733 億円から 35 年には 2.3 倍の 2 兆 4,829 億円になると予測している。 デロイトトーマツの試算によると、日本国内だけで 50 年に約 1,000 万キロワットの蓄電池が必要になる。 政府の再生エネ目標から逆算した数値で、送電網の増強有無などにも左右されるものの、原子力発電所 10 基分の出力に相当する。 現在は民生用・車載用を中心にリチウムイオン電池が主流だが、再生エネを軸とした大電化時代は大容量電池が主役の座をうかがう。 レドックスフロー電池と並んで大型で実用化しているのが、日本ガイシのナトリウム硫黄 (NAS) 電池だ。 負極にナトリウム、正極に硫黄、両電極を分けるセパレーターにはセラミックによる固体電解質を使い、硫黄とナトリウムイオンの化学反応で充放電する。 国内外で工場のバックアップ用や再生エネの発電量の調整などで計約 60 万キロワットの販売実績がある。 出力は標準的なコンテナで 1 つ 200 キロワット。 これを積んだり並べたりして省スペースで大規模化できる。 さらにリチウムイオン電池で懸念されるような資源不足の心配もない。 現在 15 年とする寿命も「過去に商業化したものを分解したところ、20 年は大丈夫そうだ(市岡立美執行役員)」という。 課題はコスト 定置用の課題はコストだ。 現状では国の補助金制度や実証実験に関する導入が多い。 経済産業省が今年開いた定置用蓄電池の普及に関する検討会では、「業務・産業用蓄電システム」の価格は 1 キロワット時あたり 24.2 万円。 これが 6 万円まで下がれば、工場向けや非常電源としての定置用電池が普及フェーズに入るとし、30 年までの目標とする案が話し合われた。 住友電工は電池の性能向上や量産化でこの金額を目指す。 主流のリチウムイオン電池では、米テスラが先行する。 電気自動車 (EV) の開発で知られる同社は 17 年にオーストラリアで、大規模な風力発電所が作る電力を安定化するために出力 10 万キロワット規模の蓄電池を受注した。 電池やパワーコンディショナーなどを詰めた「メガパック」という商品は組み立て作業が要らず、省スペースに設置できる。 車載向け電池も市場が急拡大しそうだ。 デロイトトーマツは 50 年に、日本国内の乗用車の半分程度が EV になると想定し、その出力は合計で約 5,000 万キロワット分になると試算する。 このうち一定数が再生エネの調整に一役買うとみる。 全固体では世界をリード 車載向けのリチウムイオン電池では中韓勢が大型投資と大量生産により 7 割のシェアを握る。 「価格競争では日本勢に勝ち目は薄い。(国内部材メーカー幹部)」 ただ、次世代電池と注目される全固体電池では、日本勢が特許数で先行する。 日本経済新聞社が出資する調査会社のアスタミューゼによると、全固体電池の特許出願件数ではトヨタ自動車が 1,474 件と世界首位。 2 位も 319 件の富士フイルムホールディングスなど、5 位までを日本勢が占める。 全固体電池はリチウムイオン電池に比べ、燃えにくくエネルギー効率も高い。 日立造船は容量が世界最大級の全固体電池を開発。 1,000 ミリアンペア時と同社従来品から約 7 倍に増やした。 高温下など特殊な環境で動作するのが特徴で、人工衛星や産業機械などに活用の幅が広がりそうだ。 脱炭素対応で欧米に遅れ、太陽光パネルなどの環境技術でも後じんを拝する日本勢だが、電池分野ではまだ可能性がある。 「定置用」や「全固体」などで独自技術を生かし、新しい市場を創出できるか。 そこに日本勢の成否がかかっていると言えそうだ。 (大平祐嗣、nikkei = 3-15-21) 二酸化炭素をジェット燃料に変換、新たな研究結果が示す「炭素循環型経済」の可能性 二酸化炭素をジェット燃料に変換する新たな手法を、このほど英国の研究チームが公表した。 まだ量産に向けた課題はあるが、既存の手法より消費電力もコストも少なくて済むことが特徴という。 量産が実現すれば「炭素循環型経済」の実現に向けた重要な技術になる可能性がありそうだ。 航空業界はこの 10 年、空高く飛ぶジェット機が吐き出す二酸化炭素 (CO2) を相殺するために、業界全体のカーボンフットプリントを世界的に減らす方法を模索してきた。 植林プロジェクトや風力発電所など、いわゆるカーボンオフセットのプログラムの導入も、そのひとつだ。 これと同時にサンフランシスコやシカゴ、ロサンジェルスの空港は、欧州にある十数カ所の空港とともに環境に優しい代替燃料へ切り替え、CO2 削減目標の達成を支援してきた。 こうしたなか英国のオックスフォード大学の研究チームが、あらゆるガス燃焼エンジンから排出される温室効果ガスである CO2 をジェット燃料に変えられる可能性のある実験的プロセスを考案した。 鉄をベースにした化学反応を利用するこのプロセスがうまく作用すれば、航空機からの CO2 排出が「実質ゼロ」になるかもしれない。 12 月 22 日付の学術誌『Nature Communications』に報告されたこの実験は、あくまで研究室で実施されたものであり、大規模なレベルでの再現が必要になる。 だが、プロセスを設計・実行した化学エンジニアたちは、気候危機の問題を一変させる可能性があると期待している。 「気候変動は加速しており、大量の CO2 が排出されています」と、今回の論文を執筆したシャオ・ティアンツン(肖天存)は言う。 シャオはオックスフォード大学化学科のシニアリサーチフェローである。 「炭化水素燃料のインフラはすでに実現しています。 このプロセスによって気候変動の影響が軽減され、現在ある CO2 インフラを持続可能な発展のために利用できるようになる可能性があります。」 CO2 を燃料に戻すプロセスを開発 石油や天然ガスなどの化石燃料を燃やすと、含有される炭化水素が CO2 になり、水やエネルギーが生み出される。 今回の実験はそのプロセスを逆転させ、「有機的燃焼法 (organic combustion method : OCM)」という方法で CO2 を燃料に戻す。 研究チームは、クエン酸と水素に熱 (350℃) を加え、鉄・マンガン・カリウムでできた触媒を CO2 に加えることで、ジェットエンジンで使える液体燃料を生み出すことに成功した。 実験はステンレススティールの反応炉で実行されたが、生成された燃料は数グラムのみだった。 実験室において、CO2 は小型の容器から取り出された。 しかし、今回のコンセプトを現実世界に適用する場合、大量の温室効果ガスを工場もしくは空気中からじかに取り込み、それを環境から取り除くことになるだろう。 CO2 は温室効果ガスのなかで最も一般的なもので、工場やクルマのほか、森林火災や焼き畑農業の際に燃える木からも生み出される。 大気中から CO2 を取り除けば、温暖化の抑制に効果があるだろう。 しかし、世界の CO2 排出はここ数十年間で増え続けており、このままいけば今世紀末には地球の温度が 2℃ 上昇してしまう。 課題は大量生産 シャオと研究チームはまた、今回の新たな手法は水素と水を燃料に変える「水素化」と呼ばれる既存の方法よりコストが安くなると説明している。 その主な理由は消費電力が少ないことだ。 シャオは製鉄所やセメント工場、石炭燃焼式の発電所の隣にジェット燃料プラントを設置し、余分な CO2 を回収して燃料を製造することを想定している。 大気から CO2 を吸い取る「直接空気回収」と呼ばれる方法も使える可能性がある。 利用できる触媒は地球上にふんだんにあり、また高付加価値の化学物質を合成するほかの方法よりも手間が少なくて済むと、シャオらは論文で説明している。 実験に参加していない専門家のひとりは、今回のコンセプトが有望である可能性があると指摘する。 だがそれは、研究チームが研究室でのごく少量のジェット燃料の生成から、試験プラントでの大量生産へと移行する方法を発見できればの話だ。 「ほかの方法とは明確に違いますし、実用性があるように見えます」と、デイトン大学で機械・化学エンジニアリングを研究する准教授のジョシュア・ヘインは言う。 「大規模化は常に問題になります。 そして大規模化した際には想定外の事態が新たに生じるものです。 それでも長期的な解決策という観点では、炭素循環型経済は間違いなく未来の選択肢のひとつでしょう。」 求められる持続可能な電力の使用 こうした炭素循環型経済(サーキュラー・カーボン・エコノミー)において CO2 は、廃棄物の発生源であると同時に、燃料源にもなるだろう。 代替施設としてのジェット燃料プラントを、風力や太陽エネルギーから生み出されたグリーンな電力で稼働できるなら、より効率的に CO2 を再利用できる。 オランダ企業の SkyNRG で未来の燃料部門のプロジェクトリーダーを務めるオスカル・メイジャリンクによると、ジェット燃料と CO2 の発生源が、両方とも持続可能な方法で生み出されることになるという。 SkyNRG は、多くの空港向けに持続可能な航空燃料を生産・売買している。 「持続可能な電力の使用が求められています」とメイジャリンクは言う。 「製鉄所から排出された CO2 を使う場合、その製鉄所自体をカーボンニュートラルにするにはどうしたらいいのかという課題があります。 理想的な解決策は、あらゆる産業の持続可能性を高め、それを利用して直接空気回収を実施することです。」 従来のジェット燃料の代替手段として、現在さまざまな代替燃料の検証が進んでいる。 オックスフォード大学の実験や、CO2 ベースの新たなジェット燃料については、こうしたほかの多数の候補との競争になるだろう。 それらの代替燃料は、都市のごみやわら、木質バイオマスなどの原料から製造される。 廃棄された食用油も研究対象となっており、エネルギー大手の BP がその可能性を模索している。 「十分に実現可能」 オックスフォード大学のシャオは、それらの代替燃料と競合できるチャンスが、この新たな CO2 燃料にあると考えている。 シャオは 2006 年に、グリーンな燃料の企業としてOxford Catalysts(現在は Velocys に改名)を創業した。 Velocys は、都市ごみを原料として使う英国の施設において、シェルやブリティッシュ・エアウェイズ向けの代替航空燃料を開発している。 またミシシッピ州のプラントでは、古紙や木材からトラック用のディーゼル燃料を生成している。 この新たなCO2変換技術について、業界大手のパートナー数社と交渉中だとシャオは語る。 「十分に実現可能なものです。 しかし、プロセスを最適化して効率を改善する必要はあります。」 (Eric Niler、Wired (US) = 12-24-20) がんだけを狙い撃ち 急速に進化する放射線治療とは がんの放射線治療が大きく変わってきた。 がん組織だけを照射する技術が進み、働きながら治療を受けられるように工夫する医療機関も登場。 照射の回数を減らす取り組みも始まっている。 子どもの成長障害を減らすには 2012 年夏、関東地方の女性 (45) は生後 11 カ月の長男 (9) のおしっこが急に出なくなり、「これまでと泣き方が違う」と胸騒ぎがした。 検査の結果、前立腺から膀胱(ぼうこう)にかけ、約 5 センチの「横紋筋肉腫(おうもんきんにくしゅ)」という小児がんができていた。 抗がん剤で腫瘍(しゅよう)を小さくした後、手術をした。 腫瘍が取り切れていないと、再発する恐れがある。 放射線をあてて腫瘍をきれいに取ることになった。 X 線はがんを通過するため正常な組織にもあたる。 成長障害につながる恐れがあると聞き、女性は不安に襲われた。 入院中の別の子の親から「陽子線」について教えてもらい、がんで止まってピンポイントに照射できることを知った。 主治医から筑波大付属病院を紹介され、治験に参加した。 約 1 カ月半、平日は毎日照射した。 動かないように昼寝のタイミングを合わせるのが大変だったが、2 歳になる前に退院できた。 再発はなく、体格も標準だ。 外から放射線をあてるがん治療は「X 線」と、陽子線や重粒子線を使う「粒子線」に分けられる。 @ 完全に治す、A がんの大きさを一定に抑える、B 転移による痛みをやわらげるなど、あらゆる目的で使われる。 X 線はほぼすべてのがんで公的医療保険が適用されていて、粒子線治療も一部のがんで保険適用が始まっている。 公的医療保険の対象にならない部位でも、国が「先進医療」として認めていれば、民間の医療保険が使えることがある。 陽子線治療は、16 年に小児がんで公的医療保険の適用となった。 年間約 2,500 人が新たに小児がんと診断されているが、筑波大放射線腫瘍学の桜井英幸教授は「今や 8 割が治る。 いかに成長を妨げないかが重要だ。」と話す。 19 年には小児と AYA 世代(15 - 39 歳)の腫瘍に対する陽子線治療のガイドラインも出ている。 正常組織に放射線があたると、数十年後に「二次がん」を起こす恐れもある。 X 線による治療も「強度変調法」という照射部位の強弱をつけて、がん組織だけに照射する技術が確立してきた。 リアルタイムに画像を見て、照射のわずかなずれを修正する「アダプティブ照射」も登場している。 さらに今年 6 月、「ホウ素中性子捕捉療法」という新しい放射線治療も頭頸部(とうけいぶ)がんで公的医療保険の適用になった。 がん細胞にホウ素薬剤を取り込ませ、そこに中性子線をあてると、細胞内でホウ素が反応し、細胞の中からがんを死滅させられる。 大阪医科大脳神経外科の鰐渕昌彦教授は「がん細胞を 1 個単位で破壊できる」と話す。 再発の悪性脳腫瘍での保険適用もめざしている。 診療時間を延長 就労しやすく 放射線治療は、1 - 2 カ月ほど平日に毎日通院し、外来で治療することが多い。 日本放射線腫瘍学会の調査によると、収入の保障に乏しい自営業者らの前立腺がんの場合、手術を受けるよりも収入減が少ない。 早期の前立腺がんは、手術と放射線で生存率が変わらないとされる。 1 回あたりの照射時間は数分だが、準備を含めて 30 分はかかる。 連日昼間に仕事を抜け出すのは難しいため、大阪国際がんセンター(大阪市)では 16 年、診療時間を延長して「就労支援枠」を作った。 午前 9 時からの 1 時間と午後 5 時半からの約 1 時間半、計 27 人分の枠を確保した。 17 年 4 月からの約 2 年半で放射線治療を受けた 4,380 人のうち、2 割にあたる 924 人がこの枠を希望した。 半数は乳がんと前立腺がんの患者で、60 歳以下だった。 就労支援枠を利用した人のほとんどは仕事のためだったが、送り迎えをする家族の仕事に合わせてこの枠を使う人もいた。 同センターの診療放射線技師、宮崎正義さんは「仕事が終わった後だと、職場にがんになったことを伝えていない人も利用できる。 できる限り日常生活を変えずに治療を続けられるよう、患者を支援していきたい。」と話す。 東京大付属病院では 1 回の照射量を増やし、通院回数を減らす「寡分割照射」も積極的に取り入れる。 前立腺がんの照射回数は通常 38 回だったが、16 年からは 5 回だけにする治療を勧めている。 同病院の中川恵一・放射線治療部門長は「細かく治療計画を立て、副作用が出ないように工夫している。」と話す。 新型コロナで患者減 日本放射線腫瘍学会が新型コロナウイルスによる放射線治療への影響を調べたところ、寡分割照射を取り入れている医療機関は 3 割ほどあった。前立腺がんだと 5 回とまではいかなくても、20 回に減らすところもある。 乳がんの場合は 25 回を 16 回にするところもある。 回数を減らすと効果が落ちるものもあり、すべての部位のがんが対象になるわけではない。 通院の回数を減らせる寡分割照射も取り入れながら、医療機関は新型コロナウイルスと向き合っている。 一方、新型コロナウイルスの影響で、感染者数の多い地域を中心に、3 - 4 割の医療機関で患者数が減った。 広島大放射線腫瘍学の永田靖教授は「感染リスクを恐れて検診を控え、放射線治療の件数も減っている。 がん自体が減っているとは考えにくく、今後がんが進行して見つかる人が増える可能性がある。 早期に発見すると治療による副作用も少ない。」と、早めの検診を呼びかけている。 (後藤一也、asahi = 11-28-20) |