ブラック企業勤務より 10 倍ヒドい「中国人技能実習生」の悲鳴

彼らの嘆きのネット投稿をみよ

増える技能実習生の逃亡

外国人技能実習生制度の問題点は、ここで改めて述べるまでもないかもしれない。 私は近ごろこの問題を追いかけているが、「先進国・日本の優れた技術をアジアの若者に伝える国際貢献」という同制度のタテマエを本気で信じている人間は、当事者や関係者のなかにも誰もいないように見える。 貝の殻剥きや弁当の箱詰めなど、技能習得とはほど遠い単純作業に従事する実習生も多い。

国外でのカネ稼ぎを求める途上国の若者と、経営難や人手不足を打開したい日本の第一次・第二次産業の現場。 相手国内で手数料ビジネスを営むブローカーたちと、それに乗っかる日本国内の監理団体(実習生の斡旋・監理機関)。 そして、定住的な移民の受け入れを回避しつつも、格安の単純労働力は確保しておきたい財界と日本政府 …。

とまあ、さまざまな関係者の欲望が交錯するなかで合成の誤謬が生まれ、制度全体がどうしようもなく歪んでいるのが現在の外国人技能実習生制度だ。 高額の手数料を徴収するブローカー、監理責任を果たさない監理団体、虐待・セクハラ・労災放置・過重労働・給料未払いなどコンプライアンス違反が状態化した日本国内の雇用先中小企業など、どうしようもない関係者は少なくない。

近年、日本政府は制度の運用実態に対する社会的批判を受けて、実習生雇用先への法律遵守の呼びかけや、実習生宿舎の面積確保など待遇向上をうたう関連法規の改正を進めているが、いずれも弥縫策的で、問題の根本的な解決にはほど遠いのが現状だ。 ゆえに、技能実習生の失踪も急増しており、2017 年には過去最高人数の 6,000 人を突破する見込みである。 近年は実習生全体の人数も、失踪人数もベトナム人がトップだが、まだまだ中国人も多くいる。

給料は最低賃金で、仕事内容は 3K

近年は減少傾向とはいえ、地方出身者で決して学歴が高くない中国人にとっては、現在でも日本の最低賃金のほうが中国国内の給料より多少は高く、実習生になる人が存在するのだ。 ほか、最近は「日本アニメが好きだから」、「『君の名は。』みたいな田舎で暮らしてみたいから」といったユルフワな理由で実習生になる若者も出はじめている(結果、日本が大嫌いになって帰国する人が続出するのだが)。 給料は最低賃金で、仕事内容は 3K。 しかも一部の職場では残業代すらまともに支払われず、ケガをしても放置。 ときには中国人であるという理由だけで差別されたり、体育会系の社風のなかで理不尽に怒鳴られるケースもある。

そこで発生するのが「逃亡」だ。

逃亡した中国人実習生は不法就労者となり、身分証明書が不要な怪しげな労働に従事する。 彼らの多くは日本語ができないため、仕事探しは必然的に在日中国人の怪しいブローカーに頼ることになる。 当然、日本において寄る辺なき彼らはブローカーに騙され、また自身も人を騙して生き延びるような修羅の道を歩むこととなる。 私は現在、なんとか逃亡実習生に取材できないかとあちこち探し回っているが、相手側の警戒心が強いため接触は容易ではない。 だが、別な方法を用いれば、逃亡実習生の素顔にある程度までは迫ることも可能である。

その方法のひとつはネットだ。 たとえば中国の大規模掲示板『百度貼●(= 口偏に巴)』には、技能実習生が多く集まるカテゴリーも存在する。 今回の記事ではそちらの書き込みから、2016 年 5 月に茨城県で逃亡したと思しき、ある女性と他のネットユーザーたちのやりとりを見ていくことにしよう。

茨城は詐欺師だらけです

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

「逃亡した。 疲れた。 もう限界です。」

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

【トピ主♀】 2016-05-16 00:26
むりでした。(泣)

【投稿者 1 ♂ 返信】 2016-5-22 18:26
>幸運を。 トピ主は茨城住み?

【トピ主 ♀ 返信】 2016-8-1 17:24
>もう(茨城を?)離れましたよ。
逃亡する実習生はみんな知っていることですが、茨城は(在日中国人の)詐欺師だらけです。 逃げてすぐの人は注意したほうがいいです。 知人の紹介以外は慎重になったほうが。私はまだ幸運で、騙されたからではなく別の原因で(実習先を)離れました。 でも、茨城で騙されたり逮捕されたりはほんと多くて悲惨です。

【投稿者 2 ♀】 2016-06-04 14:13
トピ主さん、私も逃げたいです。(泣)

【投稿者 3 ♀】 2016-06-05 21:05
逃亡は簡単じゃないよ。 もちろん詳しいことはわからないけれど想像はつくから。 バス停に行ったって、外出したっていつも警察におびえなきゃいけない。 仕事を探すのも難しいよ。(略)
身分証が不要な仕事を探すなら知人の紹介なしではかなり探しづらい。 まともな会社(での就業)やアパート(への居住)は身分証が必要だからね。 知り合いなしでは、たぶん生き延びるのは難しい。

【トピ主 ♀ 返信】 2016-6-6 00:13
>ですよね。(泣)

【投稿者 4 ♂ 返信】 2016-6-12 19:23
>逃亡なんて基本的に詰みで確定だぞ。 言葉も通じなくて滞在身分も非合法。 強制送還を待つだけだ。

【投稿者 5 ♂ 返信】 2016-6-14 19:16
>言葉ができても無駄。 来日 2 年目技能実習生の通りすがりだけど。

【投稿者 3 ♀ 返信】 2016-6-15 11:47
>うん。 とにかくどうしようもなくきついよ。 技能実習生はどうしようもなくきつい。 自由がない。

【トピ主 ♀】 2016-06-05 23:15
今日、警察が来た。 たぶん明日は逃げることになるはず。 居場所を変えないと。

【投稿者 6 ♂】 2016-08-04 09:01
どうしたんだ?

【トピ主 ♀ 返信】 2016-8-4 11:06
>騙された …。 三ヶ月間稼げていない。 日本じゅう逃げ回って、いま東京。

【投稿者 6 ♂ 返信】 2016-8-4 14:01
>状況は落ち着いたのか? 仕事見つかった?

【トピ主 ♀ 返信】 2016-8-4 17:51
>うん …。

【トピ主 ♀】 2016-08-04 10:14
何日かしたらこの 3 ヶ月の逃亡の経歴を書きたい。 ほんとうに私の血と涙の記録なんです。 落ちぶれて住む場所もなくて野宿寸前に。
何度も道に迷って携帯の電源は切れてネットにも繋げなくて、日本語もできないから歩きながら一人で泣いて。 どこで暮らしていいのか、どこに行けばいいのか。 家に帰りたいと何度思ったことか …。 時間があれば書きます。

逃亡しても、結局苦しい

【投稿者 7 ♂】 2016-08-19 22:21
トピ主さん、微信(中国のチャットソフト)のアカウント教えてください。 俺も逃げたいんです。 でも、世間知らずだからよくわかんなくて。

【投稿者 8 ♂】 2016-10-08 23:15
トピ主さん連絡先を教えてくれ。 俺も逃げたい。

【トピ主 ♀ 返信】 2016-10-9 02:35
>男の人は逃亡しても生きていくのきついよ。

【投稿者 9 ♂ 返信】 2016-10-9 11:47
>名古屋に来いよ。 ここは中華料理店が多い/p>

【トピ主 ♀】 2016-10-20 14:39
中国に帰りたい …。 本気で疲れた。 地元がいちばんいい。

【投稿者 5 ♂ 返信】 2016-10-21 17:16
>不法就労者は、借金持ちのやつや先輩・後輩がいるやつ以外は基本的に長続きしないぜ。

【投稿者 10 ♂】 2016-10-23 11:37
トピ主は日本語はよくできるのか? 日本語が上手ければ上手いほど、より長く生き残れる。 みんな気をつけろ。

【トピ主 ♀ 返信】 2016-10-24 15:08
>お金、ぜんぶ盗まれた。 中国人にやられた。

【投稿者 11 ♂】 2016-10-26 16:29
読んでいて恐ろしくなってきた。 同胞がみんなこれじゃどうしようもないな。

【投稿者 12 ♂ 返信】 2017-7-22 15:34
>根本的にどうしようもないんだって …。 中国人が中国人を陥れるんだ。
>(技能実習生を中国国内で集める)ブローカーもろくなのがいないんだぜ。

【投稿者 12 ♂】 2016-11-20 17:29
トピ主がんばれ。 いちばんいいのは同胞と付き合いをもたず、中国人から距離を置くことだ。 俺も国外に出てそれがわかった。

【投稿者 13 ♀】 2016-11-21 22:58
トピ主さんは女の子なの? 気をつけてね。

【投稿者 14 ♀】 2017-01-15 19:18
トピ主さん、私も逃げたい。 もう本当に限界なんです。 毎日労働時間は 16 時間で、徹夜させられることもあって …。 頭がおかしくなりそうです。

【投稿者 15 返信】 2017-1-15 23:30
>なんの仕事?

【投稿者 14 ♀】 2017-1-16 07:20
>自動車のシート製造です。

【投稿者 16 ♂】 2017-03-20 21:30
トピ主さんどうなったんだ?

【投稿者 17 ♂】 2017-3-20 22:46
>もともと俺も日本に技能実習に行きたいと思ってたんだけど、ネットで検索したら 7 割の人間は騙されてる。
>ビビるよ。 まあ俺はとにかく真面目に中国国内で働くことにするか …。

在日中国人も信じられない

むろん、上記の書き込みをおこなった人物の身元はわかっておらず、彼女が本当に逃亡実習生なのか(それどころか本当に女性なのか)を特定するすべもない。 だが、書き込み内容に近い話は、日本全国で数多く起こっている模様である。 「逃亡実習生の一部は、長野県や千葉県などの農家で不法就労をおこなう例が多い。 在日中国人(のマフィア)から偽造の在留カードを買って、それを使って農家に雇ってもらうみたいだ。」 筆者の取材にそう語るのは、遼寧省で塗装業に就く王国栄氏(仮名、28 歳)だ。 彼は2010 年代に入ってから中国人技能実習生として来日した経験を持つ。

「日本という国は好きだが、実習生の 3 年間は人生で最悪の時間だった」と語る王氏は、かつて岐阜県内の工場で散々に罵倒されながら最低賃金で働かされ続ける毎日を送り、(詳しい事情は不明だが、)「不法滞在者になりかけた」ディープな過去も背負っている。 彼いわく、地方の一部の中小企業の日本人たちのひどい振る舞いはもちろんだが、同胞である在日中国人たちによる、技能実習生や逃亡実習生への詐欺も猖獗を極めていたという。

詐欺のターゲットにされる

「技能実習生は日本語ができず、実習先の会社からの拘束の厳しさから警察に駆け込むこともできないため、詐欺のターゲットにされやすい。 逃亡実習生の場合はなおさらだ。 いちばん多いのは、在日中国人から『携帯電話の契約を手伝ってやる』と言われ、契約を代行してもらった後にスマホを持ち去られ転売されるパターン。 使用料の請求書だけが自分のところに回ってくる結果になる。」

「この手続代行詐欺はほかにも、クレジットカードの作成の『代行』を頼んだ中国人にカードを使いまくられたり、銀行口座開設を頼んだら架空口座として売り飛ばされる例もある。 逃亡した実習生が『いい仕事を紹介してやる』と持ちかけられ、紹介料を騙し取られたりとんでもない職場に送り込まれることもある。」 「技能実習制度は、日本人が中国の若者を食いものにするために作られている制度だと思う。 技能実習生(や逃亡実習生)は法的に弱い立場だ。 だから、俺たちを食いものにする在日中国人の詐欺師の暗躍も許している。」

今回翻訳したトピックの逃亡実習生も、こうした被害の当事者だったのか。 日本政府は昨年 11 月、外国人技能実習制度の対象職種に「介護」を追加。 問題の極めて多いこの制度の撤廃どころか、さらなる拡大の意向すら見せている。 日本の高負荷・低賃金労働の現場を支える闇はあまりにも深い。 (安田 峰俊、現代ビジネス Premium = 3-24-18)



日本語指導必要な子、過去最多 外国籍・日本国籍とも

日常会話や学校の授業を理解するための日本語の力が足りず、授業時間などに特別な指導が必要な外国籍の子どもは、全国の公立小中高校などに 3 万 4,335 人おり、過去最多だったことが 13 日、文部科学省の昨年の調査でわかった。 また、日本国籍を持ち、日本語指導が必要な子どもは 9,612 人で、同様に過去最多となった。 海外生活が長かったり、両親が国際結婚のために家族間で日本語以外の言葉を話したりしている例がある。

今回の調査では 2016 年 5 月の状況を調べた。 前回(14 年度)に比べ、指導が必要な外国籍の子は 17.6% (5,137 人)、日本国籍の子は 21.7% (1,715 人)増えた。 一方、このうち実際に指導を受けているのは外国籍の子が 76.9%、日本国籍の子が 74.3% にとどまった。 いずれも前回より 6 - 4 ポイント減っており、指導が必要な子どもの数の増加に、現場の対応が追いついていない現状が浮き彫りになった。

指導できない理由を学校に聞くと、「担当できる指導者がいない(足りない)」、「教室や時間の確保が困難」との回答が多かった。 外国籍の子の母語は、ポルトガル語 (25.6%) と中国語 (23.9%) でほぼ半数を占める。 都道府県別では愛知県(7,277 人)が最も多く、神奈川県(3,947 人)、東京都(2,932 人)、静岡県(2,673 人)、大阪府(2,275 人)の計 5 都府県に全体の約 5 割が集中していた。 (根岸拓朗、asahi = 6-13-17)


「夜間中学校」から垣間見る在留外国人の複雑な現実

戦後の混乱期に義務教育を修了できなかった人たちの学びの場だった「夜間学級」が、在留外国人の増加に伴い新たな役割を求められている。 現在は市民有志による「自主夜間中学」が地域の外国人を支えている状況だ。

今春、埼玉県の川口市教育委員会は、2019 年 4 月をめどに公立夜間中学校を市内に開校する方針を明らかにした。 家庭や経済的な事情、いじめなどで中学校に通うことができない人に加え、日本語の習得を目指す外国人の入学希望者が増えていることを考慮したという。 市内には、1980 年代から市民有志が運営する「川口自主夜間中学」がある。 この市民らとかねてから交流があり、公立の夜間中学校の設立を国や自治体に一緒に働きかけてきたのが、千葉県松戸市の「松戸自主夜間中学校」だ。 全国に 300 カ所以上ある自主夜間中学校の草分け的な存在である。

夜間中学校の存在が改めて注目される今、松戸の自主夜間中学校を訪ねた。

増える外国籍の子どもたち

5 月半ばの金曜日、午後 5 時 45 分、千葉県松戸市の勤労会館に着く。 2 階には 4 つの部屋があり、それぞれの入口に「松戸自主夜間中学校(以降、『自主夜中』と表記)」と書かれた案内が見える。 筆者を迎えてくれたのが、「自主夜中」を運営する NPO 法人「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」の代表を務める榎本博次氏(67 歳)だ。 榎本氏は、最近の傾向として自主夜中に通う外国籍の子どもたちが増えていると言う。

授業は午後 6 時から 9 時まで行われる

「1983 年に開校した時は、50 - 60 代の在日韓国人や朝鮮人、中国残留孤児の方が多かった。 月日が流れ、亡くなった方もいる。 最近は外国で生まれ育ち、親と一緒に来日し、市内やその周辺の小中学校・高校に通いながら、自主夜中に来る人が多い。 生徒は多い時で 20 人前後になる。 国籍は中国や韓国、ベトナム、フィリピン、ネパール、バングラディシュなど 10 カ国を超える。 (榎本氏)」

松戸市は都心から 20 キロ圏内に位置し、東京のベッドタウンとして発展してきたが、近年は人口が伸び悩んでいる。 それでも昨年、住民基本台帳人口では初めて 49 万人を超えた。 その背景には、外国籍の人たちが増えていることがある。 松戸市による 2016 年末の調査では、外国籍の総数が 14,120 人(15 年 12,966 人)。 国籍別では中国人が 5,998 人(5,576 人)、ベトナム人 2,039 人(1,828 人)、フィリピン人 1,653 人(1,590 人)、朝鮮・韓国人 1,651 人(1,603 人)、と続く。

「特別選抜」での高校合格を目指して

自主夜中に通う外国籍の生徒の中には、日本語を流ちょうに話す者もいる。 だが、小中学校の授業での教師の話や、教科書の文章を理解することは正確にはできないようだ。 特に国語の現代文や社会、地理などを苦手とする。 目立つのは、高校を受験しようとする生徒だという。 高校受験の前年の 6 - 7 月から増え、秋には 20 - 25 人を超える。 2 - 3 月の受験日まではほぼ毎日、自主夜中に通う。 榎本氏は「最近は、毎年恒例となっている」と語る。 「正月以外は毎日猛勉強をする。 彼らも私たちも合格するために必死だ。」

千葉県では、「外国人の特別入学者選抜」を実施している。 教育委員会によると、保護者などと共に県内に居住もしくは居住予定がある入国後 3 年以内の外国籍の生徒を対象とした配慮だという。

この条件に当てはまれば、県の教育委員会が特別入学者選抜実施を承認した県立高校や市立高校の入学試験を受ける場合、受験科目は面接と作文(いずれも、英語もしくは日本語による)となる。 日本人の中学生が県立高校を受験する際の科目(国語、数学、英語、社会、理科)は受ける必要がない。 面接・作文の結果や、卒業した中学校が記入する調査書、外国人特別措置適用申請書などの書類の審査などを基に総合的に判定して、入学者の選抜を行う。 自主夜中は今や、特別入学者試験に合格するための学力を身に付ける場となりつつある。

公立夜間中学の設立を呼び掛ける

松戸の自主夜間中学は 1983 年、市民有志により設けられた。 開校当初の主な生徒たちは、第 2 次世界大戦や戦後の混乱期などにさまざまな事情で中学校を卒業できなかった人たちだった。 在日朝鮮人や韓国人、中国残留孤児などもいた。 その後、いじめなどで不登校となった人や障害者などが増えてきた。 現在までに 1,700 人ほどが学び、巣立った。 2017 年 5 月時点での生徒は約 50 人。 このうち、外国籍の生徒は 10 - 15 人ほどだ。

元小中学校教師や元会社員、公務員など 30 人ほどのスタッフがいて、常時 20 人程度が教室で教える。 生徒が教科や学習分野などを選び、それを教えるスタッフの所へ行く。 夜 6 時から 9 時まで、一斉授業、個別授業、自主学習が行われているので、それらを組み合わせて学習する。 入学試験はなく、入学金や月謝もない。 多くは 2 - 3 年ほど通い、去ってゆく。 運営資金は、約 250 人の会員からの会費や、スタッフがフリーマーケットでたこ焼きなどを作って販売した収益である。

文部科学省の調査(2014 年 5 月 1 日現在)によると、全国には 307 カ所の自主夜間中学があり、ほとんどが市民のボランティアにより支えられている。 「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」は 79 年から、中学卒業資格が得られる「公立の夜間中学」の開設を市の教育委員会などに要望してきた。 公立夜間中学とは、市町村が設置する中学校において、夜の時間帯に授業が行われる公立中学校の夜間学級を意味する。

「市民の会」の活動が実を結び、松戸市の教育委員会は今年 2 月、市立の中学校 1 校に夜間学級(夜間中学)を開設する方針を明らかにした。 だが、2010 年の国勢調査では、全国には中学校を卒業していない、いわゆる「義務教育未修了者」が 12 万 8,000 人以上いるとされる。 この中には、外国人も含まれる。 「義務教育未修了者」への行政の対応は十分とは言えない。 54 年当時全国に 89 校あった公立の夜間中学は、今や 8 都府県 31 校だ。 文部科学省は、「夜間中学を少なくとも各都道府県に 1 校は設置する」としているが、実際は遅々として進んでいない。

高校入学後も、自主夜中で学ぶ

取材で訪れたこの日、2 組の親子が教室の隅の長い机に向かい、70 代の男性スタッフから日本語を学んでいた。 4 人は今年 2 月、中国の山東省などから来た母親と小学 6 年生の男の子、その隣に小学 3 年の女の子と母親が並ぶ。 2 人の子どもは、地元の小学校に通っている。

男の子の母親が日本語で語ってくれた。 「日本語を使って話すのは難しい。 息子が小学校の授業で受け取るプリント(宿題のこと)を見ても、私は分からない。 自主夜中に来ると、スタッフの先生から教えてもらえる。 教え方は親切で、分かりやすい。 子どもも日本語ができるようになって、友達をたくさんつくってほしい。 小学校でも日本語を教えてくれる機会が増えるとうれしい。」

夫は 8 年前、仕事のために単身赴任で来日し、松戸市周辺の会社で働いている。 息子が小学 6 年生に進級する今年 2 月に夫が 2 人を呼び寄せ、今は家族 3 人で市内に住む。 もう 1 人の母親も 6 年前から日本で働く夫と同居するため、娘を連れて移り住んだ。 別の教室では、外国籍の 4 人が日本語などを学んでいた。 うち 3 人の男子生徒は千葉県の「外国人の特別入学者選抜」を経て、今年 4 月に県立や市立高校に入学したが、まだ自主夜中に通い続けている。

16 歳のフィリピン人の生徒は 3 年前に両親と共に来日した。 「現代社会を勉強したい。 日本のことをもっと知りたい。 高校の授業についていくことができない。 ここで勉強して、(授業に)ついていきたい。」 あとの 2 人は中国出身だ。 1 人は 3 年前、上海から両親と来日して市内に住む。 「(高校の)理科の授業が分からない。 先生の話を理解できない。 今は学習塾にも通っている。 自分は、勉強が足りない。 頭になかなか入ってこない。」 もう 1 人の中国人生徒は、2 年前に母と来日した。 父親は、以前から松戸市に住む。 「高校の授業が分からない。 先生の話が理解できない。」

「技能実習生」の地域の受け皿に

夜間中学は、急増する「技能実習生」の日本語学習の場としての役割も果たしているようだ。 2017 年 1 月、厚生労働省が発表した外国人雇用の届出状況によると、2016 年 10 月末時点で日本で働く外国人は約 108 万人となり、はじめて 100 万人を超えた。 特に「技能実習生」が前年同月比 25% 増の約 21 万人となっている。 政府が推し進める「外国人技能実習生制度」のもとで、中国およびベトナム、フィリピン、タイ、インドネシアなどから来日した実習生たちが、製造業や農漁業、建設業など人手不足に苦しむ分野で働く。 前述の川口市の公立夜間中学設立の背景にも、増える技能実習生の存在がある。

技能実習生制度は、企業からすると人件費を日本人より低く抑えることができるメリットがある。 一方でトラブルが多発している。 賃金やその支払い、長時間労働などで企業と労使紛争をする実習生がいる。 パスポートを企業に取り上げられ、途方に暮れる実習生もいるという。 全国の夜間中学校に通う技能実習生の中にも、日本語の能力が不十分なまま、こうした労働問題に直面している人たちがいるかもしれない。 夜間中学校開校の動きの裏では、国の在り方が問われる問題が静かに広がりつつある。 (吉田典史、nippon.com = 6-7-17)


NHK が「歪曲報道」する「外国人実習生失踪」の実態

昨年 11 月の国会で外国人技能実習制度(実習制度)の拡充が決まった。 外国人実習生の受け入れが認められる機械・金属や縫製・衣服関係の製造現場、建設業や農業など 74 の職種に「介護」を加え、就労期限も 3 年から最長 5 年へと延長する。 昨年 6 月時点で約 21 万人に上る実習生の数は、今後さらに増えていくことだろう。

実習制度は、発展途上国への「技術移転」や「国際貢献」を趣旨に掲げている。 しかし現実は、日本人の働き手が不足する仕事に外国人の出稼ぎ労働者を補充するための手段である。 そんな欺瞞に満ちた制度が拡大されることに対し、私は過去の本サイトでの連載など(2014 年 11 月 10 日「『実習制度』拡充で『ブラック企業化』する日本」)でも反対を唱えてきた。 本来、"親日" の外国人を増やすための制度であるはずなのに、日本で働くうち "反日" 感情を募らせる実習生に数多く出会ってきたからだ。

失踪者は 3 年で 3 倍増

実習制度をめぐっては、職場から失踪する実習生の問題が指摘され続けている。 2015 年の失踪者数は 5,803 人に達し、3 年前の 12 年から 3 倍近くにも増えた。 その対策として、政府は「外国人技能実習機構」という監督機関を設立する。 受け入れ先の企業、そして実習生を斡旋する「監理団体」に対する監視を強め、実習生の失踪を減らすというのだ。

今回の実習制度改正に際し、新聞各紙で「適正化法案」という言葉が使われたのも監視機関の設立があってのことだ。 いっけん制度が「適正化」され、失踪の問題もなくなるかのようだが、新聞は法案を共同提出した法務省と厚生労働省の文言をそのまま伝えているに過ぎない。 監視機関などつくったところで、失踪に歯止めはかからない。 そんなことは、実習生の受け入れに関わる人なら誰しもわかっている。

実習生の受け入れ先は全国で 3 万社以上に上る。 そんな膨大な数の現場が監督できるはずもない。 すでに似たような機関として公益財団法人「国際研修協力機構 (JITCO)」という官僚の天下り先も存在するが、全く機能は果たしていないのである。 失踪の増加は、実習生が受け入れ先の「ブラック企業」から賃金の未払いなどの人権侵害を受けているからではない。 単純に失踪した方が「稼げる」からなのだ。 人手不足が深刻化している現在、不法就労の外国人でも雇う会社はいくらでもある。

実習生に対しては「日本人と同等以上」の賃金を支払うよう制度は定めているが、給与は、職種に関わらず都道府県ごとに定められた最低賃金が基本となる。 その上、実習生と受け入れ先の間に「ピンハネ構造」が存在するため、給与が低くなってしまい、実際の手取りは月 10 万円前後に過ぎない(2015 年 6 月 8 日「なぜ実習生の給料は安いのか」)。 では、なぜ実習制度は見直されることなく、拡充が決まってしまったのか。 その大きな原因が、官僚の意に沿う報道しかできない新聞・テレビの体たらくだ。 そうした現状を象徴する番組が、つい先日も NHK であった。

「潜入ルポ」のお粗末さ

1 月 18 日、「クローズアップ現代 +」で「潜入ルポ "不法滞在ネットワーク" 〜次々に消える外国人〜」と題した番組が放送された。 実習生が失踪し、不法滞在者となる問題に焦点を当てたものである。

「クローズアップ現代 +」は NHK の看板番組の 1 つで、しかも「潜入ルポ」と聞けば力の入った調査報道を期待してしまう。 番組は、ある監理団体への同行取材がメインだった。 この監理団体が企業に斡旋した実習生から失踪者が出る。 そして団体の担当者が失踪先のアパートを突き止め、入管に報告する様子をカメラが追う。 このどこが「潜入ルポ」なのか。 せいぜい民放でよく見かける警察の摘発現場を追った番組レベルである。 ちなみに番組のホームページでは、こう番組は宣伝されていた。

〈私たちは、不法滞在者を摘発する現場を密着取材。 すると、住居の斡旋から、仕事の手配、偽造在留カードの発行 … 失踪を可能にする "不法滞在ネットワーク" が水面下で広がり、失踪に拍車をかけている実態が浮かび上がった。〉

"不法滞在ネットワーク" と聞けば、組織的な犯罪集団が存在するかのように錯覚する。 しかし現実は、個人的な人間関係の延長線上で、不法就労の手助けをしている程度である。

外国人の不法滞在者数は直近の 2 年は微増傾向にはある。 それでも 16 年 1 月時点で 6 万 2,818 人と、約 30 万人を数えた 1993 年のピーク時から大幅に減っている。 私は不法滞在者となった元実習生や元留学生の取材もしているが、彼らはたいていフェイスブックなどのソーシャルメディアを通じて日本国内の同胞から情報を得て、職場や学校から失踪する。 取材する限り、"ネットワーク" と呼べるほど大規模なものが存在するとは思えないが、失踪ルートは広範で、撲滅することなど不可能だ。 番組が取り上げていた中国で偽造されるという在留カードを使用するケースは、そのうちの 1 パターンにすぎない。

「失踪に拍車をかけている」存在は、"不法滞在ネットワーク" よりもむしろ別にある。 NHK が全面的に取材を頼った監理団体こそ、ピンハネを通じて失踪の元凶となっているのだ。 そのことに番組制作者は気づいていないのだろうか。

「ピンハネ監理団体」の成り立ち

番組が取り上げたのは、公益財団法人「国際人材育成機構(通称 : アイム・ジャパン)」という監理団体だった。 この団体を私は 10 年前に取材したことがある(2007 年 10 月号「官僚組織がたかる『研修生利権』の甘い汁」)。 当時から監理団体として最大規模を誇っていて、これまで斡旋してきた実習生はインドネシア、タイ、ベトナムの 3 カ国から約 4 万 5,000 人に上る。 今年度に限っても 2,500 人以上の斡旋を見込んでいるほどだ。

実習生の斡旋には民間の人材派遣会社は関与できない。 公益性を認められた組織のみが監理団体として活動できるが、実習生の受け入れを主たる事業にすることは許されない。 実習制度が営利目的で利用されないよう配慮してのことである。 ただし、アイム・ジャパンだけは実習生の斡旋に特化した団体だ。

そんな特権が認められているのは、この団体の成り立ちに理由がある。 アイム・ジャパン(創設時の名称は財団法人「中小企業国際人材育成事業団」)は 1991 年、旧労働省(現・厚生労働省)出身の故・古関忠男氏が創設した。 彼は実習制度の生みの親である。 アイム・ジャパンを創設した頃には、「参議院のドン」として政界に君臨していた村上正邦・自民党参院議員(当時)らに働きかけ、実習制度の創設に動いていた。 そして 93 年、実習制度が実現すると、アイム・ジャパンに「特権」が与えられる。

その後、古関氏は 2000 年に発覚する「KSD 事件」で逮捕され、村上氏ともども失脚した。 こうして現在の実習制度をつくった 2 人が表舞台から去った後も、アイム・ジャパンは存続し、右肩上がりで成長を続けていく。

膨れ上がる事業規模

今年度の事業収入は 23 億円以上が見込まれ、銀行預金だけで約 8 億円に及ぶ内部留保もある。 10 年前には 135 名だった従業員は 220 名まで増え、北海道から沖縄まで全国に 12 カ所、加えて送り出し側の 3 カ国にも事務所を構えるほどだ。 福島での原発事故直後には、ベトナムから数千人規模の実習生を受け入れて原発で働かせようと計画したこともある。

アイム・ジャパンの事業を支えているのが、実習生の受け入れ先から得る様々な手数料だ。 受け入れ先は実習生を斡旋してもらう場合、アイム・ジャパンへの入会金として 10 万円、加えて 1 万円の月会費が必要となる。 さらに、就労前に受ける研修費として実習生 1 人につき 14 万 8,300 円も支払わなければならない。

そして実習生が仕事を始めた後は、アイム・ジャパンに対して 1 年目は 1 人当たり月 6 万 4,100 円、2 年目は月 5 万 8,200 円、3 年目は月 5 万 5,300 円を支払う義務が生じる。 そこから 1 年目は月 1 万円、2 年目以降は月 2 万円を「事業奨励基金」としてアイム・ジャパンが預かり、実習生が母国に帰国する際に手渡す仕組みだが、目的は実質、彼らが途中で失踪しないようにすることだ。 日本人の労働者に対しては到底許されないシステムである。

アイム・ジャパンのような監理団体が実習生の受け入れ先から徴収する費用を「ピンハネ」と呼ぶことに対し、彼らにも言い分はあるだろう。 費用には実習生の渡航費なども含まれてはいる。 とはいえ、実習制度の趣旨が全く形骸化し、実習生の斡旋がビジネスと化していることは紛れもない事実だ。 こうした監理団体の存在があるため、実習生の手取りは低くなる。 たとえば、受け入れ先が月 20 万円を用意しても、アイム・ジャパンへの支払いや実習生のアパート代などを差し引けば、実習生には半分ほどしか渡らない。

役所と大メディアによる「八百長」

古関氏が失脚した後、アイム・ジャパンを乗っ取ったのが法務省と厚労省だ。 理事長の坂本貞則氏は法務省、専務理事の坪田一雄氏は厚労省からの天下りなのである。 つまり、実習制度の拡充法案をつくった両省とは、表裏一体にある団体でもあるわけだ。 もちろん、そんなカラクリは「クローズアップ現代 +」では全く伝えられなかった。 基礎知識もなく番組を見た視聴者が、法務・厚労両省と NHK の「八百長」に騙されたとしても当然だ。

僚がつくった法案の正当性を、自らの天下り先である団体を使って宣伝し、それを大メディアが垂れ流す。 その結果、世論が誘導され、まるで国益に沿う政策であるかのような錯覚が広まっていく。 そして裏では、天下り先のビジネスが繁盛する - -。 実習生の失踪を減らしたいなら、監理団体のピンハネにメスを入れることが先決だ。 実習生がブラック企業の犠牲になっているというのなら、彼らに職場の移動を認めればすむ。 天下り先の監視機関などつくらなくても、制度のスキームを変えればよいのである。

外国人労働者が必要なのであれば、「実習」などと偽らず短期就労を認めるべきだ。 たとえ就労期限が 3 年から 5 年に延びようと、労働者が入れ替わり、再来日が許されないローテーション型の実習制度は、受け入れ先にとって決して好ましいものではない。 日本語能力を条件に課すなどして再来日を認めれば、失踪する外国人も減るだろう。 彼らは期限内に日本で少しでも多く稼ごうとして失踪するのである。 そんな簡単なことすらできないのは、現行制度のもとで官僚機構が巧妙に実習生を食い物にし、自らの利権を広げているからなのだ。

そうした官僚の思惑に NHK を始めとするメディアが加担する。 しかも「潜入ルポ」などと称して放送するなど、まさに国民への裏切り行為に他ならない。 (出井康博、新潮社フォーサイト = 1-27-17)


外国人介護人材門戸拡大から介護技術移転へ - いま日本に必要な長期的ビジョン

2025 年に想定される大幅な介護人材不足を踏まえ、政府は外国人介護職に門戸を広げる施策を決めた。 だが、近視眼的な受け入れ体制には課題が多い。 介護技術の海外移転も視野に入れた長期的ビジョンが必要だ。

技能実習制度の拡充と在留資格の新設

超高齢化社会日本における現時点での介護職者数は、176.5 万人であるが、団塊の世代が後期高齢者に達する 2025 年には、その数が 37.7 万人不足するといわれている。 この現状を踏まえ、16 年秋の臨時国会において、技能実習制度を介護領域に拡大すること、外国人の在留資格に、新たに「介護」を設けることが決まった。

技能実習制度の拡大は、発展途上国への技術移転を名目とした制度を、これまでの農林水産業、工業等の領域から介護という領域に拡大し、技能実習生を介護労働力として確保するもの(以下「介護技能実習生」)、在留資格の新たな枠は、介護福祉士養成施設に 2 年以上在籍し介護福祉士の国家資格を取得した留学生に、介護福祉士の在留資格を与え引き続き日本での滞在を認めることで、介護労働力を確保するもの(以下「在留資格『介護』での受け入れ」)である。

介護人材不足への近視眼的な政策

筆者は、10 年来、二国間経済連携協定 (EPA) に基づく看護師・介護福祉士の研究に携わっているが、このたびの外国人介護人材の導入についても、EPA 制度と同様、いまだに長期的ビジョンに立った政策が打ち出せない日本政府の対応を残念に思う。 つまりあらゆる政策が「いかに外国人を介護人材として確保するか」という目先の課題に対処するために近視眼的になっているのだ。 このため、在留資格「介護」での受け入れにおいては、民間主導の介護福祉士の留学プログラムを監督する機関がなく、悪質な仲介業者による留学生に対する人権問題の発生を抑制する手続きが検討されていないなど、課題は多い。

看護・介護の従事者は「感情労働」という極めて高度な技能を要する。 このため、外国人介護人材の獲得は、人数が足りないからといって、事業を拡大した工場が労働者の数を増やすように介護労働者を機械的に増やせばよいという単純な対処で済む問題ではない。

また、日本がこれからもアジアの人たちを引き付け、労働力を吸収し続けていくことができると楽観視はできない。 むしろ、昨今の中国をはじめとする新興工業国の経済的台頭に比して存在感が落ち目にある日本が、今後どうやって国際社会で生き残っていくのかを大局的に考えた上で、外国人材の受け入れを長期的ビジョンに立って検討する時期に来たように思う。

EPA 看護師・介護福祉士が定着しない理由

そもそも介護領域に外国人を導入するのは、今回が初めてではない。 日本では 2008 年から EPA 制度下で介護福祉士の受け入れが始まっていたのだから、そこから学ぶことも多いはずだ。 鳴り物入りで始まった EPA 看護師・介護福祉士たちが、当事者も、そして受け入れ病院・施設も大変な苦労をして国家資格を取得したにも関わらず、なぜその 16 - 38% が帰国したのか。 帰国した看護師、介護福祉士らに話を聞くと、「仕事が忙し過ぎて結婚生活と両立できない」、「看護・介護労働で身体を壊した」との声が多かった。 これらは、日本人看護師や介護職者の離職理由と重なることに注目しなければならない。

つまりアジアの人々は国家資格を取得、そしてそれによって長期的に日本で滞在が認められたとしても - EPA では、介護福祉士の国家資格を取得した者は、3 年ごとの在留資格の更新を無制限に行うことができる - それでも帰国を選ぶものが少なくない現実がある。 そしてその背景には、日本人にも共通した厳しい労働条件があるのだ。 日本人、外国人を問わずより多くの介護人材を確保し続けようとするならば、労働条件の改善は必須である。

「介護職」が存在しない EPA 締結国

一方、筆者がインドネシアの EPA 帰国者に対して行ったヒアリングによると、EPA 帰国者には、日本に行ったのは良い経験になった、という声もあった。 それは単に貯金ができたからという経済的な理由とは別に、「高齢者看護・介護に触れることができたこと」に対する評価である。 もともと「介護職」という専門職は、EPA 介護福祉士の送り出し国であるインドネシア、フィリピン、ベトナムには存在しない。 それらの国と日本との間には疾病構造や平均寿命、文化的な背景の違いなどがあり、高齢者のケアは施設ではなく自宅において、もっぱら家族によって担われているためである。

「まるで自分の祖父母に対して接するよう」に利用者に対して行う介護は、母国での看護学校では教わったことがない新しい経験だった、と語る EPA 介護福祉士。 「介護保険制度は日本の素晴らしいシステム。 将来はインドネシアも高齢化するので、インドネシア版の介護保険制度を作ってみたい。」と語る EPA 看護師。 「日本の在宅ケアは、(インドネシアにはまだないから)これからの新しい領域になると思う」と語る EPA 介護福祉士。

これらの評価は、インドネシアで看護課程を修了して来日した者(インドネシア、フィリピンから来日する EPA 介護福祉士候補者の中には、出身国で看護以外の課程を修了してきた者も含まれる)に多く見られ、日本の「介護」の対象や介入方法が、インドネシアにおいて新しい看護分野として認識される可能性を示唆していた。 ある EPA 介護福祉士は、筆者に「これからはインドネシアで、介護職として渡日する人たちを養成する学校を作りたい」と語った。

超高齢社会日本で働いた彼ら・彼女らは、まもなく高齢化していく母国インドネシアの将来の姿を重ね合わせたのだろう。 日本語を習得し、日本の文化にも日本人の働き方にも慣れた彼らは、まさに後進の育成にうってつけと思われた。

帰国した EPA 看護師・介護福祉士が技術移転の最前線へ

さて、今般の介護技能実習生や在留資格「介護」での受け入れの開始によって、多くのアジアの人々が日本にやって来ると思われるが、どのような適性や教育的背景を持った人たちが来るのかは未知数である。 しかし、日本で質の高い介護サービスを提供してもらうことを期待するならば、日本語能力のみならず、基礎的な医学的知識を有し、感情労働に適した人材を選抜することが不可欠だろう。

現在のところ、介護技能実習生の受け入れには、日本語能力試験「N4 (基本的な日本語を理解することができる)」程度を要件としているが、在留資格「介護」に切り替える目的で入国する留学生の日本語能力については検討されていない。 このため、介護福祉士国家試験を受験するまでに、合格に必要といわれている日本語能力(N3 相当)に到達する見込みがない入国者も現れるかもしれない。

そこで、アジアの国からその人材を選抜するに当たり、帰国した EPA 看護師・介護福祉士の活躍を期待したい。 日本の介護の技術移転のためにアジアの第一線で働いてもらうのだ。 そのためにまず、アジアにおける看護大学や看護専門学校の教師として、EPA 看護師・介護福祉士の帰国者の雇用を確保する。 そこで日本の介護福祉士国家試験に応じた内容で、日本語および日本文化、そして高齢者看護・介護技術のカリキュラムを編成し教授する。

そしてそのコースの卒業生が日本に留学生なり、技能実習生として渡日する際には、一定の日本語能力、並びに基本的な医学的知識そして介護実習を習得できるようなシステムにするのだ。 この時、必ずしも全ての卒業生が渡日する必要はない。 アジアに残り、来る高齢化時代に備えるべく、地域社会で高齢者の家族介護者に対する指導者として、アジアの高齢者ケアの質を向上させることも考えられる。

「KAIGO」ブランドの確立を

一方日本では、介護保険制度や介護技術を標準化し、「KAIGO」という日本ブランドとして確立する。 質の高いブランドを確立できれば、日本での介護就労を希望する者も継続的に確保できるだろう。 そして、EPA 帰国者や日本で介護労働に携わった人々が、それぞれの国の疾病構造、医療事情や労働環境に合わせてカスタマイズするシステムを構築する。

そのモデルを、近い将来老いゆくアジア諸国に輸出することも検討してよいのではないか。 このとき、日本で介護労働に携わった人々が、帰国後も出身国のみならず、急激に高齢化の進むシンガポールやタイなどの ASEAN 圏内でそのモデルを実践することで、日本の介護技術を輸出できるだけでなく、アジアにおける新たな雇用を創出することができるのではないか。

海外から介護人材の受け入れを希望する日本は、同時に優れた介護人材や介護技術を海外に送り出す国でありたい。 質の高い介護技術は、日本が誇るべき技術の一つである。 そのためには、介護が「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」として社会的地位を確立するための国内における労働環境を守りつつ、長期的ビジョンに立ってアジアからの人材を丁寧に育てたい。 そしてその人材が帰国してからも、継続して介護に携わる技術やサービスを提供することを通して、アジアの高齢化に資することは、今後の日本が国際社会に貢献できる道だと考える。 (平野裕子、nippon.com = 1-17-17)