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ベトナム人の「闇バイト」急増 円安で技能実習生が小遣い稼ぎか

在日ベトナム人にも、「闇バイト」を募った犯罪が増えている。 交流サイト (SNS) 上のベトナム人コミュニティーでは詐欺など不正への勧誘とみられる文言が散見され、捜査当局もすべてを把握しきれていないのが現状だ。 日本語が十分に分からないまま来日し、ネット上のつながりを頼って甘い言葉に惑わされる人も少なくない。

《スマートフォンが安く買えます》

無数のスマホが一面に並んだ写真には、こんな誘い文句が添えられていた。 奈良県警が今年 5 月に摘発した詐欺事件の犯罪グループがフェイスブックに投稿した記事だ。 県警によると、グループは携帯会社の紛失補償サービスを悪用。 携帯電話を紛失したと偽り、会社から新しい携帯電話 20 台(計約 323 万円相当)をだまし取ったとしている。

グループは、23 - 34 歳のベトナム人技能実習生ら 15 人。 このうち、首謀者の男 (26) がフェイスブック上で実行犯を集め、携帯電話の契約方法や補償手続きの方法を指南。 日本語を流暢に話せる首謀者の男が警察署に電話して実行犯名義の虚偽の遺失届を提出した上で、実行犯がそれぞれ携帯会社から新しいスマホを不正に入手していたとみられる。 実行犯らはそれぞれ、スマホを知人やリサイクルショップに 1 台当たり約 10 万円で売却し、男の口座には手口を指南した手数料として約 5 万円を振り込んでいた。 同じ手口を繰り返した容疑者もおり、携帯電話会社は「厳正に対処する」とコメントした。

9 年間で約 3 倍

警察庁のまとめによると、国内のベトナム人犯罪の摘発件数は平成 25 年に 1,197 件だったのが、令和 4 年には 3,579 件まで激増。 背景には、技能実習生の受け入れ拡大で来日するベトナム人が増えたことがある。 そうした中で問題視されているのが、SNS 上での犯罪への勧誘だ。 和歌山県で技能実習生として働くベトナム人女性 (32) はスマホの不正入手や在留カードの売買などといった投稿を日々目にするといい、「お金に困っていたり言葉の通じない日本で手続きが面倒だったりして、安易に手を出してしまうのかもしれない」と推測する。

捜査当局はそうした SNS 上の勧誘を警戒しているが投稿は増える一方で、捜査関係者は「最近は円安などの影響で日本の賃金が低く、SNS 上で募集されている『小遣い稼ぎ』に手を伸ばしてしまうのでは」と話す。 もっとも、女性は「ほとんどのベトナム人はそうした投稿は無視している」とした上で「一部の悪質なベトナム人が日本でまじめに働いている外国人の印象を悪くしてしまう」と憤る。

知識不足につけこまれ

とはいえ、時には犯罪だと分からずに、ベトナム人が巻き込まれてしまうケースもある。 技能実習生らを受け入れる企業を監理する三重県内の組合は約半年前、ある 20 代のベトナム人女性から「SNS で個人情報を悪用された」と相談を受けた。 女性は母国へ送金するため銀行口座を開設しようとしていたが、手続き方法がわからずに困っていた。 そうした時に、フェイスブック上で 《インターネット上で口座が開設できます。 お手伝いします。》 と書かれた投稿を目にした。

すぐに連絡を取り、尋ねられるがままに名前や在留カードの情報を伝えたが、一向に通帳は送られて来ず、弁護士事務所から「あなた名義の銀行口座が、詐欺被害の振込に利用されている」と報告を受けたという。 女性が詐欺の共犯者とみなされることはなかったが、これが影響して銀行口座は開設できなくなり、就職先も見つからず帰国を余儀なくされた。 組合の責任者の男性は「異国で言葉もわからない生活を不安に思う気持ちから、SNS で流れてくる情報を安易に信じてしまう人もいるだろう。」 犯罪の手口の情報を共有し、同様の被害が生じないように指導しているという。 (堀口明里、sankei = 6-23-23)


「夜の女性のお店まで」ベトナムで横行する日本人への「過剰接待」証言
廃止でも深刻な課題残る技能実習制度の "闇"

賃金未払い、暴力、パワハラ。 外国人労働者への人権侵害を過去何度も引き起こしてきた技能実習制度は 5 月、政府の有識者の会議によって廃止の方向性が示された。 今後は新たな制度について検討が進むが、外国人の受け入れをめぐっては、簡単には解決できそうにない "闇" がある。 それは、海外にあって日本の法律が及びにくい、実習生の「送り出し機関」をめぐる根深い問題だ。 過剰な接待や、違法行為の提案まで。 人権侵害の温床と指摘される "闇" について、複数の関係者から証言を得て、実態に迫った。

「女性が接客する飲食店を用意し日本人を接待」

ベトナムのハノイ市内に日本人が多く宿泊する 2 つのホテルがある。 ここをベトナムの「送り出し機関」のベトナム人関係者が度々訪れるという。 売春の場所にも使われるというこれらのホテルに日本側の受け入れ関係者を招待し、こんな依頼をするというのだ。

「私たちから実習生を雇ってください。 キックバックもします。」

送り出し機関は実際に日本人にどうやって接触してくるのか?その実情を知る関係者の 1 人が貴重な証言をした。 埼玉県川口市の監理団体でかつて実習生の受け入れ事業を行っていた、古屋恭平さん。 自身は接待や利益供与を受けたことは一切ないとした上で、2017 年に送り出し機関の視察のためベトナムを訪れた時のことをこう振り返る。

「送り出し機関側の競争がとにかく激しい。 自分たちが集めたベトナム人を日本に送り込むことで、管理費収入が欲しいんです。 営業の電話もかかってくるし、過剰な接待もあると聞きます。(元監理団体担当者・古屋恭平さん)」

当時、古屋さんの監理団体には送り出し機関から営業の電話が頻繁にかかってきていた。 古屋さんは、あらかじめ「接待は不要です」と何度も伝えて会社の経費で視察に訪れたが、ある送り出し機関のスタッフからこんな話を耳にしたという。

「日本から来る監理団体の中には、観光気分で来て食事や旅費、夜の女性のお店までも要求してくるとんでもない団体もあると聞きました。 同じ日本人として恥ずかしいし、日本に対するイメージを悪くしているのではないか。(同上)」

法務省の調査によると、送り出し機関には日本の監理団体から実習生 1 人につき月額 7,000 円程度の「送り出し管理費」が支払われる。 こうした手数料収入が彼らの目当ての 1 つだとみられる。

「残業は時給 400 円でいい」違法な賃金を提案

取材を進めると、送り出し機関の "闇" は接待だけではなかった。 技能実習生を「違法な賃金で安く働かせていい」と持ちかけたケースもあることがわかった。 会社の元代表が匿名を条件に、重い口を開いた。

「受け入れを始めた頃、送り出し機関から『残業代は 400 円でいいですよ』と言われました。 実習生を多く送り込みたいがために、企業にとっての好条件をいくらかつけてきたんだと思います。(技能実習生を働かせていた会社の元代表)」

時給 400 円は、法律で決められた最低時給の半分以下。 もちろん日本では違法行為だ(現在会社は閉鎖)。 いくら送り出し機関から申し出があったとしても、元代表に罪の意識はなかったのだろうか。

「外国人技能実習生にとって時給 400 円は決して安いお金じゃない。 違反は違反かもしれないけど、あの子たちが納得できる金額ではあった。 そういうケースがこれまで続いてきてるんですよ。 (契約書はあったのか?) ないない。 口約束。 でも私のところばかりじゃない。(同上)」

国が定めたチェック機能をすり抜け

多くの技能実習生を日本に送り込みたい送り出し機関と、できるだけ安く外国人を働かせたい日本の受け入れ企業側が、裏で結んでいた取引。防ぐ手立てはなかったのか。技能実習生の受け入れを行う会社は、外国人技能実習機構という国の組織の調査を定期的に受ける。調査は3年に1回、抜き打ちだ。ところが、違法行為をしていたこの会社は、調査で問題を指摘されることはなかったという。

「チェックされても分からないようにしていた。 会社としては問題にならないように色々考える。 機構の調査を逃れてきたからここまで来れたんですよ。(同上)」

本来、途上国への技術移転という「国際貢献」を目的に始まった技能実習制度。 しかし、元代表は、こううそぶいた。

「私たちはただ労働者としての受け入れしか考えてないですね。 『人手が足りない、人手が足りない、』 実習生が入ってきたら「やったー!納期に間に合うぞ」って。 これじゃ単純な労働者。我々の素人が考えても、はき違えているところがあると思いますよ。(同上)」

悪質な現地の送り出し機関と日本側の「利権」なくせ

今月、法務大臣に提出された政府の有識者会議の中間報告書では、外国人に対する人権侵害の温床とも指摘される転職の制限が緩和される見通しなどが示された。 技能実習という、実態と離れた名称も廃止される。 しかし、長年技能実習生の支援に当たってきた NPO 法人「移住者と連帯する全国ネットワーク」の鳥井一平さんは、「今後も仲介を民間任せにしては同じ問題が起きる」と指摘する。

「なぜこうした悪質な送り出し機関が存在してきたのか。 それは受け入れる日本の監理団体や企業に "うま味" があるからです。 制度の下で生まれた利権の構造的な部分に手を入れないと、本質的な問題は解決しない、(NPO 法人移住者と連帯する全国ネットワーク 鳥井一平氏)」

鳥井氏は「看板のかけ替えでは意味がない」とした上で、国や自治体が責任をもつ必要があると考えている。 技能実習生の多くは、母国の送り出し機関に数十万円の手数料を支払うために多額の借金を抱えて来日する。 日本人への接待費用やキックバックはこうした手数料から支払われる。 重い負担を強いられるのは、外国人実習生だ。 搾取や人権侵害が後を絶たなかった構造的な問題に目を向け、弱い立場にある外国人労働者の人権を守るための議論が不可欠だ。 (長谷川美波、TBS = 5-27-23)


「未払い残業代返して」 相談できず最低賃金以下で残業続けた技能実習生

技能実習生が最低賃金を下回る時給わずか 400 円で残業をさせられていた。 "被害者" は 11 人のベトナム人女性。 家族の暮らしを楽にするため、日本へ技能実習制度を利用して働きに来て、地方の縫製工場で貴重な労働力となっていた。 彼女たちへの未払い残業は少なくても 3 年続き、総額 2,700 万円にのぼる。 なぜ問題は長期間発覚しなかったのか? 取材から技能実習生の待遇改善を阻む構造的な問題が浮かび上がった。

「社長さんが残業代を払ってくれません」 SNS で発信された SOS

「社長さんが残業代を払ってくれません。 助けて下さい。」 2022 年 8 月、技能実習生を支援する NPO 法人「日越ともいき支援会」に寄せられたメッセージだ。 発信したのは愛媛県の縫製工場で働いていた 20 代 - 40 代のベトナム人女性。 助けを求めた 1 人、ドアン・ティ・トゥ・ガーさん (32) は 3 年前に来日した。 「日本で稼いで、ベトナムで服の店を開きたい」当時 4 歳の息子をベトナムに残してやってきた。 別れる際「3 年でお金を貯めて戻ってくる。 3 年後にまた一緒に暮らそう。」と約束してきた。

総額 2,700 万の残業代未払いの "からくり"

ガーさんはある日、給与明細を見ていて違和感を覚えた。 「毎日 5 時間も残業しているのに給与が少ない。」 彼女たちの 2020 年 11 月分の給与明細をみると、「11 月分残業 21H」として、残業代 2 万 922 円が支払われていた。 しかし連日遅くまで働いたのに、残業が月にわずか 21 時間であるはずがない。 この月は少なくとも他に 109 時間残業したはずだ。

よく見ると明細の一番下、支給額の合計の下に「11 月残業残り」の文字があった。 何時間分かは書かれていない。 実は、会社は 109 時間分の残業代を時給 400 円で計算し明細を書かずに欄外に記入していた。 当時、この地域の最低賃金は 800 円余り。 残業割増分を計算すると時給は1000円以上のはず。 明らかに違法状態だ。 他の実習生にも聞いたところみんな同じ状況だった。

「社長に言ったら解雇されちゃうよ」 できなかった相談

「払ってもらえるよう社長に言おう。」 憤るガーさんをベトナム人の先輩が引き留めた。 「社長に言ったら解雇されちゃうよ。」 ガーさんたちは、来日前にベトナムの送り出し機関に約 100 万円の借金をして支払い、来日している。 こうした借金を背負うことはベトナム人技能実習生にとって珍しくない。

「解雇されるのは怖かった。 借金が返せなくなると困る。 やむを得ず、悔しかったので監理団体に相談しようと思いました。(ガーさん)」

監理団体とは、勤務先の会社から中立の立場で、技能実習生のトラブルや悩みを聞き、問題があった場合には、会社を指導する機関だ。 異国の地日本で、実習生にとって本来頼りになる存在だ。 しかしガーさんたちは、この監理団体を頼ることはできなかった。

「調べたら監理団体の代表と、私たちの工場の社長は同じ人だった。 これでは相談しても意味がないと思った。(ガーさん)」

そんなことがあるのだろうか? 実際に工場を訪ねると、確かに工場の入り口のすぐ横に監理団体の掲示があった。 同じ建物に2つの団体が入っていたのだ。 登記を調べると、監理団体の代表と会社の社長も同じ人物。 会社と監理団体、書類上は 2 つの組織が存在するように見えるが、実態は同一であることがわかった。 こうした体制に問題はないのか? 出入国在留管理庁によると、現在の法律では「外部監査人」を置くことなどを条件に、実習生を受け入れる会社の社長が監理団体の代表を兼務することが可能だという。 ガーさんたちが支援を求めた NPO は、この兼務可能な制度が実習生が相談をしにくく、問題が長期間見過ごされる状況を生み出していると指摘する。

「社長が悪いことをしてても、監理団体の代表が一緒だと注意をしてくれる人がいない。ちゃんと第三者が監理するような制度に変更をする必要がある。(NPO 法人日越ともいき支援会吉水慈豊代表理事)」

会社が突然の倒産そして解雇 「息子と一緒に暮らすのは 2 年のびてしまいました」

2022 年 9 月、ガーさんたちの SOS を受けた NPO 法人は労基署に申告し、長期間続いた違法状態はついに明るみに出た。 労基署は最低賃金以下の支払いは「労働基準法違反」だとして、未払いの残業代支払いについて会社側と話し合いを始めた。 ところがその矢先の 11 月 7 日、突然会社が倒産。 実習生は未払いの残業代どころか 10 月の給与すら払われず、解雇されてしまった。 その後、なんとか NPO 法人の尽力で岐阜県内の 3 つの縫製工場に転籍することができた。 しかし、未払いの残業代は取り返せず、一部の実習生は借金を抱えたままだ。

「仕方ないのであと 2 年、日本で働く予定です。 息子と一緒に暮らすのは 2 年のびてしまいました。(ガーさん)」

実習生が母国語でいつでも相談できる窓口が必要

外国人であっても日本で働く人は労働基準法によって守られる。 賃金は最低賃金が保障される。 だが一部の会社では、技能実習生に正規の賃金を払わず安い労働力として働かせているのが実態だ。 問題があったときには、早期に実習生自身が声をあげられる受け皿が必要だと感じた。 ベトナム人が一般的に使用している Facebook など SNS での母国語に対応した相談窓口があれば実習生がいつでもダイレクトに相談できる。 そのような窓口があれば今回のように何年間も苦しむ技能実習生は少なくなるだろう。 (米田祐輔、TBS = 12-28-22)


魅力は賃金だけじゃない? 円安で実習生の「日本離れ」は起きるのか

円安が続いて、外国人労働者から日本が選ばれなくなるのではないかと懸念されている。 だが、実際には「日本で働き続けたい」という外国人は、少なくない。 「日本離れ」は本当に起きるのか。

中国なら同じだけ稼げて食事付き

「中国に帰ります。」 11 月、関西の建設会社で技能実習生として働く中国人男性から、受け入れ機関に SNS で連絡があった。 担当者が寮に駆けつけて話を聞くと「日本にいる意味がない」とこぼしたという。 月の手取りは 15 万 - 16 万円。 応募したのはコロナ前で、当時は 1 元 15 円台。 月 1 万元は稼げる計算だったが、コロナ禍で来日が遅れる間に円安が進み、約 7,500 元に目減りした。 中国でも同じくらい稼げ、しかも通常は食事付きだ。 男性の帰国が決まると、今度はペアで働いていた中国人技能実習生が失踪した。 「不法就労でも 1 日で 1 万 2 千円もらえるスクラップ工場で働く」と、周囲に話していたという。

日本にはお金だけじゃない良さが

一方、5 年前から大阪府枚方市の建設会社「正栄工業」で働くベトナム人技能実習生のドァン・ティ・トウイ・ハンさん (25) は、「別の国で働くことも頭をよぎったけど、日本にはお金だけじゃない良さがある」と話す。 高校生のころからアニメの「名探偵コナン」や「ドラえもん」が好きで、日本に行くのが夢だった。 「日本語を勉強しながら、家族の生活を楽にしたい。」 それが日本に来た理由だ。 月給約 15 万円のうち約 10 万円を、ベトナムの家族に送金してきた。 50 代の両親は農業などで生計を立てているという。 ハンさんからの仕送りは、野菜の種や鶏のエサの購入にあてているそうだ。

だが、ベトナムの通貨ドンに対して円は 2 割ほど下落。 日本で生活必需品が値上がりしたのも痛い。 「仕送りは少なくても大丈夫。」 両親は気遣ってくれるが、菓子や牛乳を買うのをやめるなどし、生活費を月 4 万円から 3 万円に抑えて送金し続けている。 でも、日本の生活は手放したくない。 24 時間営業のコンビニがどこにでもあり、交通も整備されている。 「駅では駅員さんが優しく道を教えてくれる。 安全で便利な生活ができる日本で、私は働き続けたい。」 ただ、こうも漏らした。 「円安が続けば、そんな日本の魅力を知らない外国人が増えて、技能実習生が日本を選ばなくなってしまうのでは。」

大阪市浪速区の「スパイスランド アジアンマート」は、ハラール食品などを求める外国人で、特に夕方以降にぎわう。 オーストラリア産の冷凍肉は、昨年末より仕入れ値が 1 キロあたり 30 円ほど上がった。 外国産の鶏肉の仕入れ値は、1 キロ 290 円から 470 円になった。 値上げを我慢して、利益がほぼない時期もあったという。 海外への送金サービスも請け負うが、送金をやめたり、貯金を切り崩して送金したりする客も目立つという。

ただ、ネパール人店長のダカル・ギリスさん (24) は、外国人の日本離れが円安で進むとは思わないという。 「日本は財布をなくしても見つかり、夜道を歩いていても襲われることがない。 安全だという安心感がある限り、帰ろうと思いませんね。」(高井里佳子、浅倉拓也)

日本はバランスよく「程良い」

日本で働く外国人の出身国といえば、かつては中国だった。 だが厚生労働省の統計によると、ベトナムが 2015 年にフィリピンやブラジルを抜き、20 年には中国も抜いてトップになった。 21 年 10 月末現在では、ベトナム 45 万 3 千人、中国 39 万 7 千人、フィリピン 19 万 1 千人、ブラジル 13 万 4 千人、ネパール 9 万 8 千人となっている。 ベトナムも経済成長が著しく、「いずれ日本に良い人材は来なくなるだろう」と関係者らはみる。 技能実習生らの仲介団体の多くも、インドネシアやミャンマーからの募集に力を入れるようになっている。

ただ、ベトナムで技能実習生らを送り出す機関で働く日本人職員の一人は「日本への希望者が減ったという肌感覚はない」と話す。 日本を選ぶ理由は「賃金だけでない」と指摘する。 「給料、安全、便利さなど、いろんな面を見た時に、日本は『バランスよく程良い』という感じでは。」 一方、ベトナム国内でも少子高齢化は問題になっており、すでに労働力不足も一部では起きているという。 「ベトナム人が期待する給料の額は確実に上がっている。 東京の賃金水準なら行きたい人はまだ普通にいるが、地方の最低賃金しか払えない会社は、そろそろ職種を問わず無理になりつつある」と警告する。

パーソル総合研究所(東京)が世界 18 カ国・地域の主要都市で働く人を対象にした今年の調査によると、「働いてみたい国」で、日本は米国に次いで 2 位。英国、カナダ、シンガポールより多くの人に選ばれた。 特に東南アジアでの人気が強く、タイ、インドネシア、ベトナムでは 1 位だった。 ただ、3 年前の前回調査に比べると、タイ、ベトナム、台湾などでは、日本を選んだ人の割合が大幅に下がっていた。 (浅倉拓也、asahi = 12-17-22)


技能実習制度、抜本的見直しへ 初代長官「パンドラの箱が開いた」

入管一筋 30 年以上。 入管の「象徴」として、出入国在留管理庁の初代長官を務めた佐々木聖子(しょうこ)さん (61) が今年 8 月、退任した。 7 月には当時の法務大臣が「技能実習」制度の本格的な見直しをめぐり、「歴史的決着に導きたい」と宣言。 今後、技能実習は廃止され、「特定技能」制度に一本化されていくのか。 「移民」政策の転換はあるのか。 さらには難民はどう受け入れていく考えなのか - -。 これまでの歩みと将来の設計図をたっぷり聞いたところ、佐々木さんは「パンドラの箱が開いた」と語った。 (聞き手・田内康介、asahi = 11-6-22)

技能実習と特定技能の違いは?

これまで入管は外国人労働者とどう向き合ってきたのですか。

1990 年施行の改正入管法で、それまでの在留資格を整理・再設定し、外国人労働者を含め、外国人受け入れの骨格が定まりました。 それに従って外国人労働者の受け入れも進みました。 政府として「専門的・技術的分野の外国人を積極的に受け入れる一方、それ以外の外国人労働者については、国民的コンセンサスを踏まえて検討する」との立場を堅持していました。 一方、南米日系人の製造業への従事、93 年に創設された技能実習制度による就労、留学生のアルバイトなどにより、外国人労働者は増加していきました。 不法就労も増加し、社会問題となりました。

平成の半ば以降、高度人材などの受け入れが進み、技能実習生の増加も含め、全体として外国人の受け入れが進み、いささか混沌とした面もあったと感じていました。 そして 2019 年には、人手不足分野に外国人の力を借りる政策として特定技能制度が創設されました。 同時に「同制度を見直す際には、技能実習との関係も検討する」ことが義務づけられ、私が感じていたような混沌を政策的に整理・再設定すべき時が近づいていると思います。

「特定技能」の創設案は 06 年にもいったん浮上しました。 その後、19 年になって制度化されたのはなぜでしょうか。

06 年に当時の河野太郎法務副大臣が立ち上げたプロジェクトチームで外国人労働者の受け入れについての考え方がまとめられました。 そこでは、専門的とは評価されない分野で、一定の日本語能力があれば「特定技能労働者」として受け入れることが提案されました。 今の特定技能と名称が同じなのは偶然ですが、これがおよそ 15 年前に示されていたことは感慨深いですね。

特定技能は、生産性向上や国内での人材確保の努力をしても、なお人手不足の分野に、外国人の力を借りる政策を制度化したものです。 それまでの受け入れが、いわば「その他」的な意味合いの在留資格である「特定活動」の在留資格で次々と行われていたことについて、在留資格制度がうやむやになるのではないかという危機感を持っており、あるべき一歩だと思いました。

今秋にも特定技能制度と技能実習制度の抜本的な見直しの検討が始まります。

古川禎久前法相は勉強会を重ね、今年 7 月、今後の検討にあたっての基本的な考え方を示しました。 @ 制度の趣旨と実態に矛盾がない分解りやすい、A 人権の尊重。B 賃金や技術、日本語能力が向上し、日本社会側も含めて皆が満足できる、C 外国人との共生社会づくりがどうあるべきかを考え、それに沿った制度 - - の 4 点をポイントに挙げました。

技能実習でいえば、目的と実態の乖離という指摘は、制度発足当初からありました。 17 年の技能実習適正化法の施行を含め適正化を図ってきましたが、人権を侵害するような事案はいまだ起きています。 私自身、真に切り込むことができなかった点なので、見直しに向けた「パンドラの箱」が開いたような気持ちになりました。

【解説】 技能実習と特定技能の違いは?

技能実習の廃止はありますか。

勉強会では、技能実習を特定技能に一本化するような発想もあったと承知しています。 一つイメージするのであれば、技能実習を廃止して、「特定技能 0 号」のような資格をつくり、「1 号」、「2 号」へとステップアップする形があるとは思います。 前大臣の言われた四つ目の観点、日本社会はどうあるべきか、という点から、じっくり議論がなされることがよいと思います。

特定技能は結果的に永住の道が開け、家族帯同も認められます。 「移民」と正面から受け止めるべきではないでしょうか。

特定技能 1 号よりもさらに専門的な 2 号になれば、在留の更新も期間の制限なくできるし、家族帯同も認められます。 移民かどうかが議論される対象は特定技能 2 号のことだと思います。 現在、2 号は「建設」と「造船」の 2 分野だけですが、今後、残る 10 分野に 2 号をつくるかどうかについて、業界と各分野を所管する省庁が検討しているところだと思います。

仮に、検討の結果、多くの分野で 2 号をつくることに慎重になり、外国人の「期待」や「想定」を狭めることになってしまうと、日本が外国人に選ばれない要因になる可能性もあります。 「移民」問題については、「移民」が何を意味するのかによりますが、「一定の規模の外国人を家族ごと、期限を設けずに受け入れることで国家を維持する」ような移民政策はとらない、という政府の立場は堅持されるでしょう。 ただ、移民という言葉をタブー視するのではなく、日本をどのような社会にしたいと考えるのかを議論し、結論を出していくことは必要だと思います。

カップルインフルエンサーは幸せをつかんだ 「特定技能」で得た自由

議論するうえでのポイントは。

外国人であることを意識せず、ごく普通の隣人として付き合いができる社会になればいい。 外国人と受け入れる日本社会の双方が幸せになれる受け入れでなければ、どこかにゆがみが生じます。 具体的な結論は何ら予断するものではありませんが、「パンドラの箱」を閉めずに、幅広い分野の意見をもつ方々によって、国民的議論を喚起するような検討がなされることを、国民の一人として期待したいです。

難民問題についてうかがいます。 日本は難民に認定される人が 1% ほどにとどまり、難民の受け入れに消極的と批判されています。

現行の難民認定制度は、申請者が難民条約上の難民の定義に該当するか否かを判断しています。 最終判断までには難民審査参与員という外部の有識者の意見もいただいています。 重層的な判断の結果ですが、難民に認定される方が少ないと批判されていることは、長年承知しています。 この点についても、国民の皆さんが本当にどういう難民の迎え方を希望しているのかが、もっと議論されればよいと思います。 今後国会で議論されるであろう「補完的保護対象者」も、難民条約上の難民にあてはまらない外国人を日本として保護する仕組みとして、機能することが期待されています。

名古屋入管で収容中のスリランカ人女性が亡くなり、大きな問題となりました。 再発防止には何が必要ですか。

この件の調査報告書を発表した時、私は「心の込め方が十分でなかった」と申し上げました。 今後、このような事案を二度と起こさないために、収容施設における医療体制の強化充実策をはじめ、報告書で指摘された改善策を、入管庁は着実に実行していくと思います。 全ての入管職員が「入管は何をしてしまったのか」、「どうして起きたのか」、「これからどうしていけばいいのか」ということを深く考え、「入管職員の使命と心得」をつくりました。 入管職員は、命や人権を守ることに優先して正当化されることは何もないことを心に刻んだはずです。

「残酷に死んだ姉、全ての日本人はビデオ見て」ウィシュマさん妹訴え

強制退去処分となった外国人の送還忌避や長期収容の解消などが目的とする入管法改正案について、政府は早期の国会提出を検討しています。

この先、外国人労働者問題をはじめ、外国人受け入れのあり方の議論がなされていくでしょう。 保護するべき人は保護し、必要な支援を行う。 残念ながらルールを守っていただけない人には帰国してもらうことが、社会秩序を基礎とした共生社会の実現には必要です。

入管法は入国管理だけでなく、その「土台」としての退去強制手続きまでがパッケージとなった法律であり、それを運用するのが入管行政です。 いかに受け入れのあり方が深く議論され、新たな制度ができたとしても、「土台」がうやむやでは全体として機能しません。 大きな受け入れの議論をする前に、難民認定や在留特別許可のあり方と合わせて、その「土台」を適切に機能するものにしておくための法改正の議論が尽くされることを期待しています。


「特定技能」の資格を持つ外国人が 4 万人以上増える

政府は 3 年前、日本で働く外国人を増やすために、「特定技能」という資格をつくりました。 技術がある外国人がこの資格を取ることができます。 今年 3 月、この資格を持つ外国人が 6 万 4,730 人になりました。

1 年前より 4 万人以上増えました。 この中の 90% ぐらいは前から日本にいて、「技能実習」や「留学」の資格から変わった人です。 外国で「特定技能」の試験に合格したりして、新しく日本に来た人は 10% ぐらいです。 いちばん多いのはベトナム人で、4 万 696 人です。 次はフィリピン人で 6,251 人、その次はインドネシア人で 5,855 人です。 仕事の種類でいちばん多いのは、食料品や飲み物の工場で働く資格を持つ人で、2 万 2,992 人です。 次は農業で 8,153 人、その次は介護で 7,019 人です。 (NHK = 5-23-22)


全国初の特定技能 2 号、岐阜の中国籍男性「やっと家族と暮らせる」

外国人労働者の受け入れを拡大するために創設された在留資格「特定技能」。 制度スタートから 3 年たった今年 4 月、熟練した技能が必要な「2 号」の資格を持つ外国人が全国で初めて誕生した。 岐阜県各務原市の建設会社で働く中国籍の翁飛さん (35) だ。 「これからは家族を呼んで一緒に生活できるのが一番うれしい。」 翁さんが今後の仕事への意気込みとともに口にした言葉からは、日本で働く外国人が置かれていた境遇のつらさがにじむ。

2010 年 11 月に建築の技能を学ぶために初めて来日した。 同市内の建設会社「コンクリートポンプ」で技能実習生として 3 年間働いていったん帰国。 15 年 5 月には建設業の人手不足を解消するために緊急的に設けられた「外国人建設就労者」として再び来日した。 同社で 3 年間、コンクリートポンプ車のオペレーターとして勤め終えて再び母国に戻った。

18 年 11 月に技能実習生として 3 度目の来日を果たした。 2 年後の 20 年 11 月、技能実習の経験が一定期間を超えたため、在留資格を相当程度の技能が必要な「特定技能 1 号」に変更。 同社で主任技術者として実務経験を積み、コンクリートを型枠に流し込む技能が必要な国家資格をパスするなど 1 年余りの間腕に磨きをかけ、「2 号」への移行条件が整った。 申請から約 2 カ月後の 4 月 13 日、2 号の在留カードが交付された。

これまで通算約 9 年半にわたり日本で働いてきた。 ただ、在留期限に上限があったため、一時帰国をせざるを得なかった。 妻 (35) と長男 (12) を中国から呼び寄せることもできなかった。 日本の法制度はこれまで、技能実習生ら外国人労働者が家族と一緒に暮らしながら、長期間働くことができない仕組みになっていたからだ。

こうした仕組みについて「非人道的だ」との批判も絶えないなか、一部を改善する形で導入されたのが 19 年 4 月に始まった特定技能制度だ。 技能実習から 1 号、さらに 2 号へと日本で働きながらステップアップできるようになった。 2 号では事実上、在留期限の上限はなく、家族の帯同も認められる。 翁さんは 3 度目の来日以降、会社の寮で生活をしている。 コロナ禍で中国への一時帰国もできなくなり、家族には 2 年ほど会っていない。 だが、2 号を取得したことで日本での久しぶりの再会が遠からず実現しそうだ。 在留期限の上限もないため、将来の展望も出てきた。 「もっと勉強して日本語や技術を身につけ、会社に貢献したい。」

現在は職長として日本人を含めた打ち合わせに参加したり、日本語で作業計画書を作成したりしている。 作業の段取りや作業員への配慮もでき、現場監督などの信頼も厚いという。 同社の加納岳人副社長は「勤勉で技術も高く現場をリードしてくれている。 優秀な人材を長く雇用できるのは会社としてもありがたい。」と喜ぶ。 同社で働く別の中国人 2 人も 2 号の申請準備を進めているという。 (松永佳伸、asahi = 5-7-22)

〈特定技能〉 少子高齢化の進展で労働力不足が深刻化するなか、18 年の臨時国会で成立した改正出入国管理法で創設された在留資格。 19 年 4 月に受け入れが始まった。 技能水準に応じて 1 号と 2 号に分かれる。

「相当程度の知識または技能」が必要な 1 号は建設や介護など 14 分野が対象。 家族帯同は認められず、在留期間は通算 5 年。 昨年 12 月末時点で 4 万 9,666 人。 資格を得るには業種別の技能試験と日本語能力試験に合格しなければならない。 技能実習生で 3 年の経験があれば無試験で資格変更もできる。 「熟練した技能」を要する 2 号は建設と造船・舶用工業の 2 分野が対象。 在留期間の上限は事実上なく、家族帯同も可能になる。

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「特定技能 2 号」の在留資格 中国人の男性が初めて取得

熟練した技能を持つ人に与えられる「特定技能 2 号」の在留資格を、岐阜県内の建設会社で働く中国人の男性が取得しました。 「特定技能 2 号」の取得は 3 年前に制度が始まってから初めてです。 外国人材の受け入れを拡大するため、3 年前の 4 月に導入された「特定技能」の在留資格は、業種などによって「特定技能 1 号」と「2 号」にわかれています。 このうち「特定技能 2 号」は、熟練した技能を持つ人に与えられ、在留期間の更新に上限がなく、配偶者などの帯同も認められています。

出入国在留管理庁によりますと 13 日、岐阜県内の建設会社で働く中国人の男性がこの資格を取得しました。 10 年ほど前に来日したこの男性は、これまで「特定技能 1 号」の資格で働いていたということで、コンクリートを型に均一に流し込んで基礎を強くする熟練した技術があり、ことし 2 月に「2 号」への変更を申請していました。 その結果、技能試験に合格していることなどから 13 日、変更が認められました。 「特定技能 1 号」の在留資格を持つ外国人は、去年 12 月末時点で、およそ 5 万人いますが「2 号」の取得は、今回の中国人男性が制度が始まってから初めてです。 (NHK = 4-13-22)


「現代の奴隷」技能実習制度の廃止、私が求める理由
「この社会は他人を犠牲にして成り立っている」

妊娠したら「中絶か帰国か選べ。」 技能実習生たちが訴える数々の人権侵害。 技能実習制度の廃止を求めるプロジェクトを動かす中心メンバーは、10 - 20 代の若者たちだ。

職場で殴る蹴るの暴力を受け、骨折した - -。 賃金不払いや過重労働、暴行、セクハラといった、外国人技能実習生に対する人権侵害が後を絶たない。 こうした中、"現代の奴隷制" とも呼ばれる「外国人技能実習制度」の廃止を目指すプロジェクトが立ち上がった。 「今の日本は、他人を犠牲にして成り立っている社会。 誰も犠牲にしない社会に変えたい。」 中心となっているのは、10 - 20 代の若者たちだ。 技能実習生たちの相談支援のほか、廃止への賛同を募る署名活動などに取り組んでいる。

実習生を搾取し、人権侵害を常態化させる制度の問題点とは。 なぜ制度の廃止に向け、声を上げたのか。 プロジェクトのメンバーに聞いた。

外国人技能実習制度とは?

技能実習生は、外国人技能実習制度を利用して日本に在留する人たちを指し、約 35 万人に上る(2021 年 10 月時点)。 この制度の目的は、「人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識の移転による国際協力を推進すること」とされ、「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」と法律で定められている。 だが現実には、企業側にとっては「労働力の補充」、実習生にとっては「出稼ぎ」が実態とみられ、建前と本音が乖離していることが繰り返し指摘されてきた。

コロナ感染「帰国か、無給で働くか」

プロジェクトの共同代表の田所真理子ジェイさん (25) は、大学生だった 2 年前から、若者の労働・貧困問題に取り組む NPO 法人「POSSE」の活動にボランティアとして加わった。 技能実習生たちの相談を受ける中で、職場で人として扱われない人権侵害が横行している実態を目の当たりにしたという。 食品工場で働いていたカンボジア人技能実習生たちは、ある朝無理やり空港まで連行され、強制帰国させられたと主張。 元実習生の一人は、移動中に逃げないよう見張られ、トイレに行く時も手をつかまれていたと証言した。

別の実習先で、上司から「一緒に寝よう」などと言われセクハラに遭っていたと訴える実習生は、監理団体に転職したい旨を伝えたものの我慢するよう言われ、「失踪」を決意したという。 妊娠したスリランカ人の女性は、監理団体から「中絶するか、帰国するか」を選ぶように言われたと主張した。 新型コロナ感染者の宿泊施設を清掃する仕事で、実習生が勤務開始から 2 週間ほどでコロナに感染。 身の危険を感じ、元の職場に戻りたいと監理団体に伝えると、「今の職場が嫌なら母国に戻るか、無給で元の職場で働くしかない」と言われたと訴えた。

このほか、賃金や休業手当の不払い、パワハラ・暴力、労災隠しといった相談もあったという。 「一見すると、現れてくる問題は別々に見えます。 ですが数々の相談を受ける中で、こうした人権侵害が "一部の特殊な企業" のもとで行われているのではなく、制度のもとで構造的に起きている問題だと気付きました。(田所さん)」

制度の構造的な問題とは、何を指すのか?

田所さんは、技能実習生への権利侵害を容易にさせている制度上の 2 つの問題点を指摘する。

制度の 2 つの問題

一つは、技能実習生の多くが借金を抱えていることだ。 制度上、母国の送り出し機関を通じて来日する仕組みになっており、仲介手数料や教育費を支払うために日本に来る段階で借金を背負うことになる。 送り出し機関が、実習生を受け入れる日本の監理団体に対して払ったキックバックや接待費を、実習生本人に負担させるケースもある。 POSSE ではこれまで技能実習生から 100 件ほどの相談を受けてきた。 一人当たり平均して 50 万円前後の手数料を負担し、多いときには 100 万円の借金を抱える人もいるという。

「多額の借金を背負う実習生たちにとって、強制帰国や雇い止めによって仕事を失うことはとてつもない恐怖。 借金が事実上、脅しの手段として機能し、結果として実習生たちに権利行使をできなくさせています。」

もう一つの制度上の問題は、転職が原則として認められていない点だ。

「??どれほど過酷で命の危険にさらされる状況でも、職場の変更が原則として認められないので、実習生たちは我慢するしかありません。 本人が望まない職場での労働を意思に反してさせられているのは、まさに強制労働です。」

POSSE によると、送り出し機関から、受け入れ企業や監理団体の関係者以外の人とは接触しないよう技能実習生が忠告されていたケースもあったという。 「受け入れ企業がこの制度を利用するのは多くの場合、低賃金で長期的に働いてくれる労働力を確保できるから。 人手が足りない職場で、都合よく働かせられる労働力によって利益を上げようとする論理が根底にあるのではないでしょうか。」 実習生への相談支援や援助を担う「外国人技能実習機構」が、実習生に対して労働組合からの脱退を促す行為をしたと訴える事案も起きている。

日本の労働者の問題でもある

田所さんら POSSE のメンバーが、相談を寄せた本人とともに監理団体や受け入れ企業と団体交渉を進め、労働環境の改善や転職といった成果につながることもあった。 だが、個別の支援だけでは根本的な解決にならず、制度そのものをなくさなければいけないと感じたことが、プロジェクトの立ち上げにつながったという。

製造業、サービス業、卸売・小売業、宿泊業。 外国人技能実習生をはじめとして、海外からの労働者たちが日本社会の基盤を支えている現状がある。 田所さんは「海外からの労働者に頼らないと、私たちの暮らしはすでに成り立たなくなっている」と指摘。 その上で、技能実習生の権利保障を求めることは、弱い立場に置かれた日本の労働者の権利を得ることにもなると強調する。

「実習生たちの職場では、日本人も働いています。 低賃金や長時間労働、ハラスメントといった問題は、日本人も外国人も関係なく直面しているんです。 実習生の労働環境を改善することは、結果的に同じ状況にある日本の他の労働者たちを守ることにもなります。」 プロジェクトでは制度の廃止に加え、実習生としてではなく労働者としての権利が保障される仕組みの創設も求めていくという。

「誰も犠牲にしない社会に」

プロジェクトを動かすのは、主に10?20代の若い世代のメンバーたちだ。 田所さんは「他人を犠牲にして成り立っている社会を変えたい」として、今回のプロジェクトもそれを実現するためのステップとして考えているという。 「『誰も犠牲にしない社会に生きたい』という若い人たちの思いが、社会を変える原動力になるのではと感じています。 まずは今回のプロジェクトを通じ、『若い世代が声を上げたことで、"現代の奴隷" と呼ばれる制度が続いてきた状況を変えられた』という一つの成功事例にしたい。」

サプライチェーン内の企業の責任

技能実習生に対する人権侵害行為の責任は、直接の雇用主である受け入れ企業だけの問題ではない。 カンボジア人元技能実習生の強制帰国の訴えをめぐる問題では、受け入れ企業の主要取引先にスターバックスなど大企業が名を連ねていたことが判明している。 元技能実習生らと監理団体は 2021 年 12 月に和解した。

一方、スターバックスコーヒージャパンは同年 3 月、「外部の専門家による調査の結果、当該サプライヤーの当時の対応については、法的な問題があったとは認められませんでした」とのコメントを発表。 自社の責任を否定している。 原材料の調達から製品が消費者に届くまで、サプライチェーンの中で行われることに対する企業の社会的責任を問う動きは、国際社会で広がっている。

国連人権理事会で 2011 年に採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」では、人権を尊重する責任として企業に次のような行為を求めている。

  • 人権に負の影響を引き起こしたり助長することを回避し、そのような影響が生じた場合には対処する
  • 取引関係によって企業の事業、製品またはサービスと直接的につながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努める

労働組合「総合サポートユニオン」共同代表の青木耕太郎さんは、「人権侵害をしている直接の受け入れ企業側の責任を追求するだけでなく、この構造で誰が利益を得ているのか? という視点を持つことが重要です」と指摘する。

「受け入れ先である中小企業は、大手の小売業や飲食チェーンなどから安い請負賃や厳しい納期で圧力をかけられています。 それに応えるため、雇い主は実習生たちに長時間労働を強いたり低い賃金で働かせたりする。 ハラスメントや暴力はこの構造の中で起きていることです。」 その上で、青木さんは「利益を追求する大企業からの押し付けやしわ寄せの結果が、実習生たちへの人権侵害を招いているという現実を、大企業に対して突きつけていく必要があります」と提言した。

田所さんは、5 月 8 日に開かれるイベント「労働相談から見えてきた日本の外国人労働者の実態 〜解決に取り組む Z 世代の社会運動〜」に登壇し、技能実習制度の廃止プロジェクトの活動を報告する。 プロジェクトでは、実習生への訪問支援や労働相談、通訳といった活動に取り組むボランティアを募っている。 ボランティア希望者の連絡は (volunteer@npoposse.jp) まで。 (國崎万智、Huffpost = 5-4-22)

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