1 - 2 - 3

「本当はやりたくない」 摘発風俗店で働く実習生の構図

ベトナム人の技能実習生の女性を雇って性的なサービスをさせたとして、東京都内の派遣型風俗店「美ワンダフル」が今月、出入国管理法違反の疑いで警視庁に摘発された。 朝日新聞は、この店の仕事をしていたベトナム人 2 人に取材した。 新型コロナウイルスの影響で、借金返済や学費の支払いを抱える実習生らが追い込まれていく構図がここにもあった。 関係者を通じて 1 人目に取材したのは 3 月半ば。 JR 日暮里駅に近いレンタルルームに、女性はやって来た。 30 代のベトナム人元技能実習生で、実習先から失踪していた。 美ワンダフルに登録し、1 日に数人、男性客を取っていた。 売春もしていたと明かした。

ベトナムの首都ハノイで美容院を経営し、夫と子どもがいた。 だが、美容院はうまくいかず、夫とも離婚。 両親に子どもを預け、技能実習生として昨年夏に、来日した。 送り出し機関への支払いと事業失敗のため、130 万円の借金を背負ってきた。 実習先は埼玉県内で、化粧品を梱包する工場だった。 手取りは月 7 万円ほどで残業もなく、「借金を返せない」と焦った。 そんな時、ベトナム人向けの SNS に目が止まった。 「高収入。 客は日本人だけで、秘密はばれない。」と書かれていた。 実習先の仕事を終えた後、試しに 1、2 人、客を取った。 1 時間で客から 8 千円を受け取り、3 千円を店の中国人ママに払った。客 11人で 5 千円の稼ぎだ。

実習だけでは、3 年たっても借金は返せない状況だった。 来日して 3 カ月で覚悟を決め、失踪。 それからは月 25 日、働いた。店が住まいも用意してくれ、家賃もかからない。 他のベトナム人女性と部屋をシェアし、客がいると連絡があれば出勤する。 多い時は月に 40 万円稼げた。 ただ、不安もあったという。 「コロナも怖いし、売春が家族にばれたらどうしようと心配だった。」 失踪後 7 カ月で、250 万円を稼いだ。 借金は返し終え、100 万円の貯金もできた。 実習期間 3 年の予定で来日したが、もうベトナムに帰りたいという。 日本でのことを、家族にどう説明すればいいのか、悩む。 「本当はやりたくなかった。 でも稼げる時に稼いで、ベトナムに送りたかった。」と言う。

作り笑い

もう 1 人は留学生の女性 (21) だ。 今月 13 日、都内で会った。 小柄で、短い髪を後ろに束ね、不安そうにおどおどしていた。 なめらかとは言えない日本語で、一言ずつ語り始めた。 「時給が高く、時間も短い仕事。 1 日 2 万円から。」 今年 3 月、ベトナム語で書かれたそんな求人をネットで見つけた。 コロナ禍でも、ベトナム人女性向けの怪しげな求人はたくさんあった。 女性は二つの居酒屋のアルバイトを掛け持ちし、月 22 万円の収入があったが、コロナ禍で店が閉まり、収入が途絶えた。 2018 年 7 月に来日。 日本語学校で 2 年間学び、今年 4 月から専門学校に入るための学費 80 万円をためているところだった。

ベトナム人向けのアプリを使って問い合わせると、1 日 2 万円は稼げるという。 風俗の仕事だということは分かっていた。 「怖かったから、本当はやりたくなかった。」 だが、月 5 万円の家賃を払い、学費も払わなければ、留学生ビザは更新できず、帰国するか、不法残留になるしかない。 悩んだ末に、3 月末から仕事を始めた。 喫茶店などで待機し、客の依頼が入ると、ベトナムにいるブローカーを通じて、SNS でホテルやレンタルルームに行くよう指示された。 ブローカーからは、いつも笑顔で客を楽しませるように指導された。 客の前では笑っていたが、「いつも泣きたかった。」 知り合いに見つかってしまう恐怖や、性病やコロナに感染する不安もあったが、ほかに仕事はなかった。

ベトナム人客という恐怖

学費をまかなえる 110 万円を稼ぎ、コンビニで働けるようになった 7 月に辞めた。 「本当はやりたくなかった。 悲しかった。」と今は振り返る。 来日したのは、日本で働き、金を稼ぎたかったからだ。 予想外のコロナ禍に見舞われ、売春までしてつらい思いをしたが、日本が嫌いになったことはない。 ただ、全く働けなくなるようなコロナ禍では、外国人留学生がお金を借りられる制度がほしい、と望む。 「日本は何でも高くて困るが、便利で良い国だ。 日本人は優しい。 日本で就職して、住み続けたい。」

店には 20 代のベトナム人留学生も多い。 学費や家族への仕送りなどもあり、多くは借金を抱えている。 留学生は週 28 時間を超えて働けないため、短時間で稼げるデリヘルを選ぶ人もいるという。 ネット上には「ほぼ未経験 ベトナム学生 19 歳」、「日本語が話せるベトナム嬢が多い」など店の評判が出ている。 「みな、若くてかわいい。 1 万円と安いので、日本人男性がよく通ってきていた。」 店の事情に詳しい関係者の男性はそう話す。 ベト ナム人女性が日本人客をとりたがるのは、客がベトナム人だと、働いていることを SNS で広められたりするのが怖いためだ。 「ベトナムでは、風俗嬢だったことが家族に知られたら自殺するくらい恥ずかしい」と男性は説明した。

女性たちにとって身元を知られるリスクが高いベトナム人客からは 1 万 8 千円受け取る。 1 万円は自分の取り分で、8 千円はスマホアプリでブローカーに振り込んだ。 日本人の場合は 8 千円。 5 千円を受け取り、自分は 3 千円だった。 男性によると、店では 50 人ほどのベトナム人が働いており、元実習生が最も多かった。 1 日 5 万円、月に 80 万円を稼ぐ女性もいたが、「借金だらけで来日し、農業だと月の手取りは 7、8 万円。 仕方なく来る子もいてかわいそうだった。」と言い、こうつぶやいた。 「借金がなければ、こんなことをしないですんだのかもしれない。」 (平山亜理、asahi = 11-22-20)

◇ ◇ ◇

困窮、やむなく窃盗 … 「レ・ミゼラブル」のような実習生

新型コロナウイルス禍で職を失い、苦境に追い込まれているベトナム人技能実習生たち。 どんな人が来日し、日本でどんな状況にあるのか。 ベトナム語が堪能で、日本のベトナム人コミュニティーにも詳しい神戸大の斉藤善久准教授(アジア労働法)に聞いた。

7 年ほど前から、ベトナム人の SNS コミュニティーなどの中で相談を受け、困っているベトナム人の支援をしてきた。 ベトナムでも技能実習生の送り出し機関で日本語講師として働きながら実態を調べるなど、長期間調査してきた。 多くの技能実習生は、家族を助けたり事業を始めたりするため、日本で稼ぐことを夢見てやってくる。 日本語は難しい上に世界では通用せず、日本に永住もさせてもらえない。 それでも来日するのは、安全なイメージがあり、きちんとした実習先で数年働けば、帰国して家を建てられる人もいるからだ。 だが、中にはひどい扱いをされて苦しむ人も多い。

コロナで失職した実習生は多いが、犯罪集団に入る人が多いわけではない。 だが、失職して居場所をなくし、やむを得ず怪しげなグループに身を寄せる例はあるのではないか。 ベトナム人コミュニティーの高利貸に金を借り、返せないならと使われる例もある。 素人で捨て駒として使われるから捕まってしまう。 警察庁によると、2019 年の外国人検挙件数の国別割合は、ベトナム人が 35% で最も高かった。 来日する人が増えているから、ある意味当然だ。 検挙されたベトナム人技能実習生について、違反法令別にみると、出入国管理法違反の不法残留が最も多い。

偽造在留カード所持などの検挙人数は、5 年間で約 8.7 倍に増加した。 在留カードを偽造するのは、失踪した後も穏便に働くためだ。 違法なオーバーステイ(超過滞在)ではあるが、目立たないように静かに働いているだけだ。 中には盗品などをベトナムに送って商売する人たちもいる。 コロナ禍で輸出が難しくなり、数が増えた日本国内のベトナム人向けの商売に切り替えつつある。 子豚などもここ数年、ベトナム人の SNS コミュニティーで盛んに売買されていた。 ベトナムでは子豚の丸焼きを食べる習慣があるからだ。

在留資格を失っても働き続けようとするのは、来日のために多額の借金を作っている事情がある。 なるべく穏便に暮らしたいと工場で働いていた不法就労者たちが、コロナ禍で業績が悪化した企業から真っ先に解雇されている。 あきらめて帰国しようと出入国在留管理局(入管)に出頭しても、コロナ禍で飛行機が飛ばず、すぐには帰れない。 入管から一時的に収容を解かれる「仮放免」を受けても行き場がなく、再収容してほしいと頼んで断られた人もいる。 各地を転々とし、長野県の公園から「寒い、お金がないです」とメールを受けたこともある。

日本政府は安い労働力として使うため外国人を入国させておきながら、技能実習生のサポートや受け入れ企業の監督は民間に任せきりだ。 実習生がひどい扱いに耐えられず失踪したら、不法滞在だと摘発する。 企業もコロナ禍で困ったら真っ先に切り捨てる。 働けば不法就労になるなら、盗むしかない。 まるで「レ・ミゼラブル」の世界だ。 日本は少子高齢化で外国人に頼らなければ、この先立ち行かない。 それなのに、あっさり外国人を使い捨てるような国でよいのか。

入管は行き場のない無一文の元実習生に仕事を禁じて放り出さないでほしい。 少なくともコロナ禍が落ち着くまでは、出頭後も一定の要件のもとで、帰国までの生活維持や航空券購入のための就労を認めるべきだ。 政府は困窮している実習生らを支援する仕組みを早急に検討すべきだ。 (平山亜理、asahi = 11-18-20)

◇ ◇ ◇

ベトナム人実習生、国策で受け入れたなら 元警官は思う

群馬、埼玉両県警が 10 月以降、ベトナム人の元技能実習生らを相次いで逮捕し、家畜や果物が大量に盗まれた事件との関連を調べている。 事件の解明はこれからだが、大量の家畜などを売りさばく組織的な犯行が疑われる一方で、背景の一つとして実習生らの生活苦を指摘する見方もある。 「労働者」として急増したベトナム人の中には、新型コロナウイルス禍で仕事を失ったまま、帰国できない人も少なくない。 群馬、埼玉両県警が出入国管理法違反やと畜場法違反の容疑で逮捕したのは 20 人近くにのぼる。 一部は自宅アパートで豚を違法に解体したなどとされる。 また、家宅捜索された群馬県の貸家からは約 30 羽分の鶏肉が見つかり、配送センターで肉類や果物を県内外のベトナム人に送る伝票も確認されたという。

ベトナム人の犯罪と実習生の実態に詳しい人は今回の事件をどうみるのか。 ベトナムの首都ハノイで 2018 年秋から、技能実習生送り出し機関の日本語センター校長を務める金谷学さん (39) はベトナム人の犯罪を取り締まってきた埼玉県警の元警察官だ。 その経験を生かし、日本の習慣を知らない実習生が犯罪に手を染めないよう指導している。 金谷さんに今回の事件について聞いた。

「群馬の兄貴」を名乗り、逮捕されたリーダー格とみられる男の SNS を見ると、半裸でモデルガンや刀を持った姿を誇らしげに見せている。 普通の技能実習生が失踪し、知識不足でやっただけとは思えない。 ただ、こうした「兄貴分」が、金に困っている実習生らを使って犯罪を実行している可能性はある。 一部の犯罪でベトナム人全体の評価が下がり、偏見が定着しないか心配だ。 07 年から 9 年半、国際捜査課などで勤めた。 うち 7 年間ベトナム人犯罪を担当した。 ベトナム語の通訳官をし、400 人近くを取り調べた。 7 割は留学生、3割は技能実習生で、9 割は万引きと不法滞在だった。

共通していたのは、当時逮捕されたベトナム人の多くが 100 万円以上の借金を抱えていること。 自宅を捜索すると、狭いアパートに数人で暮らし食べ物を買うお金がない人が多かった。 留学生も法律で認められた週 28 時間以内のアルバイト代だけではとても返せない借金を抱えて来日し、行き詰まっていた。 イチゴ 1 パックを万引きして強制送還された人もいた。 現地のブローカーにだまされて来日し、取調室で涙を流す実習生や留学生をみているうちに、なんとかしたいと思うようになった。 それが今の仕事につながっている。

「公園でハトをとって食べてはだめ」、「野良犬でも捕ってはいけない」など、日本でのタブーについても教える。 ゴミの捨て方、道の歩き方、トイレの入り方、手の洗い方など、徹底的に指南する。 日本式のコンビニも敷地内に設けて、「万引き」とみなされないような買い物の仕方も教えている。 コロナ禍で困っている外国人が自力で問題解決するのは難しい。 頼れる先を教えておかないと、犯罪に走ることもある。 日本政府は国策として技能実習生を受け入れたのだから、責任を持ってケアするべきで、ベトナム人の受け皿を用意してほしい。 (平山亜理、asahi = 11-11-20)

◇ ◇ ◇

「死ね」「ベトナムに帰れ」 絶望、建設会社を解雇され

ベトナムに帰国できた人にとっても、当時の生活はつらい思い出だ。 日本に約3年滞在し、昨年帰国した元技能実習生のソン・フィ・ロンさん (25) は、川魚をとって飢えをしのいだ日々を振り返った。 2018 年、ソンさんは食べ物もなく、塩や砂糖をなめて空腹をごまかした。 我慢できなくなると、川で魚をとったり、畑に捨てられた腐ったキュウリやトマトを拾ったりして食べた。 「つらくて、ナイフで命を絶とうと何度も考えた。」

豚肉を違法に解体した容疑などでベトナム人の技能実習生らが逮捕された事件について、「悪いことで、僕ならやらない。 でも、ひどい会社に入り、食べ物もなくおなかがすいて仕方なくやってしまったのではないか。」と推測する。 ソンさんは 16 年に壁紙を張る技術などを働きながら身につける技能実習生として来日したが、仙台市の建設会社でやらされたのは、建物の解体や重い荷物運び、田植えなど全く違う仕事だった。 暴力や暴言も振るわれた。

技能実習生に用意されなかった安全帯

朝 5 時半には出発して現場に行き、帰りは深夜。 だが、出勤簿には「午前 8 時から午後 5 時まで」と書くように言われた。 残業代も払われず、睡眠時間が 2 時間の時もあった。 8 階建てのビルの現場で作業する時、日本人には墜落を防ぐための安全帯が与えられたが、技能実習生には用意されなかった。 「安全帯を下さい」と頼んでも、社長は「自分で買えば。」 日本人が昼食を食べていても、実習生は仕事が終わるまで食べさせてもらえなかったという。

指示が聞き取れなかった時などは「死ね」、「ベトナムに帰れ」と怒鳴られた。 鉄の棒で頭や背中をたたかれたこともある。 実習状況をみるために外部から人が来る直前だけ、壁紙の張り方を教えられた。 それ以外には田植えや稲刈り、社長の家の掃除までさせられた。 絶望した。 同じ実習先にいた 6 人のベトナム人のうち、2 人は失踪した。 ベトナムでは電気関係の仕事をしていた。 日本で技術を学び、将来は内装の仕事をしたいと思っていた。 一人息子の自分が両親の暮らしを楽にさせてあげたいと思い、技能実習生に応募した。 来日のため 130 万円の借金を背負ったが、「月給は 30 万円」と聞いており、返せると思った。 だが、実際は、手取りが 1 万円しかなかったり、諸経費が天引きされて、マイナスになったりすることもあった。 結局、借金は返済しきれなかった。

建設会社はその後、ソンさんを解雇。 ソンさんは群馬県に移り、いくつかの会社の紹介を受けたが、いずれもうまくいかなかった。 その後、支援団体などに相談。 交渉をした結果、解決金などを得て、どうにかベトナムに帰国した。 朝日新聞はソンさんが働いた仙台の建設会社を取材しようとしたが倒産しており、連絡が取れなかった。 日本で稼いで帰国できた人も多くいる一方で、ソンさんのような目にあった人も少なくないとみられる。

ソンさんは帰国後、送り出し機関の日本語学校を訪れ、訪日を夢見る若者たちに日本での体験を話した。 だが、学校側から「うそだ」と言われ、「家族が死んでもいいのか」などと脅されたという。 そんな体験をしても、ソンさんは日本でベトナム料理店を開くことを夢見る。 日本で覚えた日本語で言った。 「日本人が怖くなり、一度は日本が嫌いになったが、助けてくれる人もたくさんいた。 もう一度日本に行き、働きたい。」 (平山亜理、asahi = 11-10-20)

◇ ◇ ◇

妊婦「何でもするから助けて」 実習生、コロナ禍の過酷

群馬、埼玉両県警が 10 月以降、ベトナム人の元技能実習生らを相次いで逮捕し、家畜や果物が大量に盗まれた事件との関連を調べている。 事件の解明はこれからだが、大量の家畜などを売りさばく組織的な犯行が疑われる一方で、背景の一つとして実習生らの生活苦を指摘する見方もある。 「労働者」として急増したベトナム人の中には、新型コロナウイルス禍で仕事を失ったまま、帰国できない人も少なくない。 日本で暮らすベトナム人は近年、良好な両国関係や日本の労働力不足を背景として、技能実習生や留学生を中心に急増している。 2019 年末時点で前年末から 24.5% も増え、約 41 万人。 09 年の約 4 万人から 10 倍に増えた。

15 年末に約 6 万人だった技能実習生は 16 年末に中国を抜いてトップに。 今やベトナムは技能実習生の最大の送り出し国で、実習生約 41 万人のほぼ半数にあたる約 22 万人を占める。 留学生は約 8 万人で、約 14 万人の中国人に次いで多い。 一方、法務省によると、失踪した技能実習生は 18 年までの 5 年間で計約 3 万 2 千人にのぼる。 ベトナム人が約 1 万 4 千人で全体の 45% を占め、最多だ。 行き場を失ったベトナム人の技能実習生や留学生を保護している寺がある。 4 日、群馬県に近い埼玉県本庄市の山あいにある大恩寺を訪ねると、様々な事情を抱えて助けを求めたベトナム人たちが暮らしていた。

ベトナム人の尼僧で在日ベトナム仏教信者会会長のティック・タム・チーさん (42) がこの春、大恩寺を拠点にするようになり、困り果てたベトナム人の若者たちが頼って来るようになった。 技能実習生や留学生、出頭したオーバーステイ(超過滞在)の人など約 40 人が、帰国できるまで共同生活を送っている。 境内ではベトナム語の経が聞こえ、特有の香辛料の香りが漂う。 まるでベトナムにいるようだ。

方言を聞き返すと「ばかやろう」と怒鳴られ

「あまりにつらく、最初は日本人が嫌いになった。」 1 週間前にやってきたニャットさん (28) はそう言って、これまでの境遇を語り始めた。 2016 年に技能実習生として来日。 熊本県でビニールハウスを組み立てていた。 来日前には月給約 17 万円と言われていたが、実際は約 9 万円。 1 日 10 時間働いても、日本人に払われていた残業代は払われなかったという。 田んぼに置かれたコンテナに 3 人で住まわされた。 シャワーは野外で、寒風が中に吹き込んだ。 それでも家賃として 2 万円を差し引かれていた。

方言が聞き取れず聞き返すと、「ばかやろう」と怒鳴られたり、蹴られたりした。 耐えられなくなり、1 年で逃げ出した。 失踪者向けの情報サイトで、埼玉での溶接の仕事を見つけた。 東京五輪の国立競技場に使う梁なども作っていた。 そこでは一緒に働いていた日本人にやさしくされ、今は「日本が大好き。 本当は残って働き続けたい。」と思っていた。 だが、新型コロナの影響で失職。 親に仕送りした金の一部を送り返してもらってしのいでいた時、オーバーステイで逮捕された。 出入国在留管理局から一時的に釈放される「仮放免」を受けたが、住む場所はなかった。

大使館を頼ると、寺を紹介された。 ニャットさんはすでに来日前の借金を返し終わり、ある程度は親に仕送りができていた。 「わしはまだ親から少し金を送ってもらえたが、来日したばかりの実習生は借金も抱え困っている」と同胞を思いやった。

5 カ月の妊婦「何でもするから助けてください」と紙に

ゴック・ヴァン・ロイさん (33) は昨年 7 月に来日。 技能実習生として、横浜市内の会社で左官の仕事をした。 現場では、蹴られたり、ハンマーで殴られたりした。 6 人いた実習生のうち 3 人は辞めた。 「死ね」、「ベトナムへ帰れ」とののしられても耐えてきたが、9 月に解雇された。 駅で野宿し、食事は 1 日 1 回。 110 円のインスタントラーメンを買って食べた。 大恩寺にたどり着き、「寝る場所があり、ありがたい」と話す。 来日時に 80 万円を借金し、まだ 50 万円の返済が残っており「仕事があれば、全力で働きたい」と話す。

タム・チーさんは 4 月以降、大恩寺のほか千葉県、東京都など 4 カ所で約 300 人を保護してきた。 その際に書いてもらった手書きの記録が 10 冊のファイルに残る。 多くが 20、30 代だ。 「コロナで失業し、うつ病になり自殺未遂をした。 助けて。」と書いた 29 歳の男性は、胸に自ら刃物を刺して倒れているところを友人に発見され、一命を取り留めた。 保護された後も精神的に不安定な状況が続き、仲間たちが慰めている。 妊娠 5 カ月の女性は胎児の写真を添え、「生活費もない。 何でもするから助けて下さい。」と紙に書いた。 ベトナム大使館によると、ベトナム人を帰国させるチャーター便はこれまで 28 便飛んだが、運賃の安い定期便は復活しておらず、2 万 4 千人が帰国を待っている状態だ。

多くの実習生は多額の借金を抱え来日するため、給料のほとんどを家族に送って借金返済に充てており、現金の持ち合わせはない。 在日ベトナム仏教信者会が中心になって寄付などを募り、4 月以降、困窮するベトナム人に米を日本語学校を通じたり、直接送ったりして配っている。 帰国したくても帰れず、住む場所もなく、働くこともできない人たちへの支援だ。 ベトナム人の元技能実習生らが相次いで逮捕されたことに、タム・チーさんは心を痛める。 盗難した化粧品などを SNS を通じて売る人もいると聞いたことがある。 「犯罪はいけないことだが、食べるものもなく、困っている人は多い。 日本政府も技能実習生や留学生などに手を差し伸べてほしい。」と願う。 (平山亜理、asahi = 11-9-20)


実習生の立場に立った支援とは? 〜外国人技能実習制度取材

北海道栗山町のきのこ工場で働いていたベトナム人の技能実習生 17 人が、突如解雇され、知り合いの弁護士からの紹介で、私たちはこの技能実習生たちの取材をすることになりました。 前回は、技能実習生の人権を守るべき監理団体が、なぜその役割を果たせないケースが出てくるのか、背景を探りました。 そして、元監理団体職員の証言から、「監理団体を運営していくために、技能実習生への監理に手間をかけないという方針を取っていくからだ」という、この制度の構造的な問題が見えてきました。

ただ、一方で、監理団体について取材をしていると、技能実習生を熱心にサポートしようとしている監理団体の方々に出会うこともありました。 8 月はじめ、北海道北部の士別市で、2 組のベトナム人カップルの結婚式が行われました。 4 人は、2015 年 - 2016 年に、技能実習生として日本にやってきました。 その後、新しい在留資格である「特定技能」に移行し、士別の農家やレストランなどで働き続けています。

この 2 組のカップルは、去年婚約し、今年ベトナムに戻って結婚式を行う予定でした。 ところが、新型コロナウイルスの影響で、帰国や再来日のめどが立たなくなってしまいました。 そこで、彼らを受け入れた監理団体の代表の今井裕さん(69 歳)が、日本で先に式を挙げることを提案し、彼らが働いている会社や農家の人たちも賛同して、手作りの式を行うことになったのです。 新婦の一人、チョン・ティ・キム・ゴックさん(24 歳)は、今井さんの提案がとても嬉しかったといいます。

「ここまで来られたのは今井さんのおかげです。 今井さんがいなければ、日本で働き続けられなかったと思いますし、結婚もできなかったと思います。 今井さんに、花嫁姿を見せられるのはとても嬉しいです。」

今井さんは、2 組の新郎新婦を前に、涙を隠すことができませんでした。

「普段涙を見せることはあまりないんですが …。 今日はだめでしたね。 実習生たちが 10 代で日本にやって来た時のことが思い出されて。 空港で少しおどおどしたような表情を見せていた子たちが、今立派に夫婦になって …。 本当に嬉しいです。」

実習生と今井さんの様子を見ていると、この 4 年余りの間に、両者が深い信頼関係を築いてきたことがよくわかります。

技能を教えることが会社のためにもなる

今井さんは、士別市で、農場や建設会社を営むかたわら、監理団体の代表も務めています。 この監理団体では、主にベトナムから技能実習生を受け入れ、建設や農業や漁業などの現場で働く手助けをしています。 今井さんが強調しているのは、

「技能実習生を『一人の人間として尊重することの大切さ』です。 『労働力』として実習生を見ない、ということです。 日本に来てくれたことで、人間として成長してもらおうという気持ちが大切だと思います。 特別なことではないです。 当たり前のことです。 それが、結局、受け入れている会社や地域のためにもなるんだと思います。」

今井さんは、実習実施先に対し、技能実習生に単純作業をだけをやらせるのではなく、様々な「技能」を必ず習得できるように指導して欲しいと、強く働きかけています。 最初は指導に手間がかかっても、技能を獲得していくことで、実習生の生産性が上がり、それが結果的に企業にとっても利益につながると考えているからです。 結婚式を挙げた新婦の一人、ゴックさんは、「ハウスでトマトの栽培を学びました。 ここでは、肥料設計の仕方や温度管理、トマトの生育状況の見極め方などを細かく教わった。」といいます。

「10 種類以上の肥料をどの時期にどのように混ぜて与えるのか、色々教えてもらって、メモしながら覚えました。 間引きのため、どのタイミングでどうやってトマトの芽を摘むのかも学びました。 とても優しく教えてくれて、怒鳴ったりされたことは一度もありませんでした。」 ただ、最初から、実習実施先の人たちが、熱心に技能を教えてくれるケースばかりではないと、今井さんは言います。

例えば、建設の現場監督から、「外国人なんか入れて使いものになるのか」とあからさまに言われたこともありました。 きちんと実習生を育成して、技能が身に付けば、大きな "戦力" になるんだということを、目に見える形で示さないといけないと思いましたね。 そこで、まず、今井さんは、技能実習生の日本語能力を向上させることに力を入れました。 仕事で技能を獲得していく上でも、日本の社会の中で様々な習慣や文化を吸収するためにも、語学力が基本だと考えたからです。

今井さんは、毎週末、士別から札幌に通い、1 年かけて、日本語を外国人に教える資格をとりました。 そして、自ら、実習生の日本語の指導にあたっているのです。 実習生は、日本に来ておおよそ 1 年間、仕事が終わった後、午後 6 時から 7 時 30 分まで、毎日のように日本語の授業を受けます。 こうした手厚い指導の下、実習生は全員、基本的な日本語を理解することができるとされる「日本語能力試験の N4」に合格します。 さらに、高度な日本語を理解する N3 や N2 に合格する人も少なくありません。

さらに、今井さんは、自分の経営する建設会社で、技能実習生を受け入れ、彼らの仕事のスキルを上げることにも取り組みました。 会社が費用を負担し、油圧ショベルやブルドーザーなどの免許を取得してもらったのです。 ブィ・ヴァン・チェンさん (25) も、去年 2 月、4 つの重機の資格をとりました。 そのことで、チェンさんのモチベーションは、大きく上がったといいます。

「資格を取って、仕事が楽しくなりました。 機械がとても好きなので。 ここはいい会社なので、弟にも来ないかと誘って、今度実習生として日本に来ることになったんです。」

今井さんは、実習生が機械の操縦を覚えることで、別の技能も身についていくと考えています。 機械を運転していると、どんな所に危険が潜んでいるのか、身をもって分かるようになってくるんです。 例えば、機械のアームがどういう動きをするのか、操縦者の視線で体感できるようになるじゃないですか。 そうすれば、運転だけでなく、安全管理・現場監督もできるようになるという相乗効果もあるんです。 現場監督の渡辺良美さんは、チェンさんを受け入れてから、実習生に対する印象が大きく変わったといいます。

「最初は不安でした。 仕事ができるようになるのかなぁ、と。 でも、まじめな子が多くて、一生懸命やるんですよね。 あと、日本語ができるのがいいですね。 身振り手振りでもある程度意思は伝わるけど、やっぱり仕事なので、細かいことは言葉が通じないとね。 それができるのが大きいです。 だから、仕事も教えたくなる。 特に、チェンくんは、筋がいいですね。 もっと経験を積めば、我々よりも機械の操縦がうまくなるんじゃないですか。 もしベトナムに帰っても、すぐ現場監督をやれると思いますよ。」

こうした今井さんの会社で働く実習生の姿を目の当たりにして、他の受け入れ企業や農家の人たちも、実習生に技能を身に付けてもらうことが自分たちの仕事のためにもなるのだと次第に理解するようになり、丁寧な指導を行うようになったのだといいます。

労働環境を守るための取り組み

今井さんは、実習生の労働環境を守るための工夫も大切だと考えています。 そのために取り組んだのが、勤務時間や賃金の「見える化」です。 受け入れ企業や農家に、今井さんの推奨するパソコンソフトを導入してもらい、働いた時間や支払うべき賃金が、誰が見ても一目で分かるようにしたのです。 そして、ソフトで集計した数字を、毎月、実習生に見てもらい、実際に働いた時間や払われた給料とズレがないか互いに確認するよう指導しています。

実習生は、自分で、働いた時間を細かく記録していることが多いんです。 その記録と会社側が作った明細を毎月照らし合わせてもらって、間違いがないという確認を毎月やってもらいます。 また、監理団体の監査のときも、この資料をもとに、企業と実習生の両方に確認するので、さらに透明性が上がると思っています。

ただ、中小企業の経営者や農業者・漁業者の中には、パソコンが苦手で、対応できないという人たちも少なくありません。 そうした人たちのために、今井さんは、実習生を送り出すタイミングで、1 軒 1 軒実習実施先を回り、パソコンの使い方を教えています。 今井さんが親の経営する建設会社を継いだのは 50 歳を過ぎた頃。 それまで、コンピューターのソフト制作企業で、プログラミングの仕事をしていました。 自ら作ったソフトの使い方を得意先に説明することもしばしばありました。 そうした経験を持つ今井さんに一から丁寧な指導を受けることで、パソコンの知識のない人でも、この監理システムを使いこなせるようになっていくといいます。

また、監理団体の職員に対して、技能実習生がいつでも悩み事を打ち明けられるように、SNS や携帯電話を使って、日ごろから密なコミュニケーションをとることを心がけています。 特に、ベトナム人職員のファン・トゥアン・サムさんは、実習生にとっては、母国語で相談できる貴重な相手です。 実習生からは、給料の計算方法や日本語の勉強の仕方、最近では新型コロナウイルスの感染防止方法など、様々な相談が寄せられます。 先日結婚したカップルからは、子供が生まれた場合、子供の滞在資格はどうなるのかなど、日本の法律にかかわる相談もありました。 サムさんは、関係省庁などに連絡を取りながら、そうした実習生の疑問や悩み・不安を解消する方法をいつも探っています。

「多くの技能実習生は、 『監理団体の職員は企業を守るために動く』と思っています。 監理費を企業からもらって監理団体が運営されていることを知っていますから。 だから、最初、実習生は、私たちに、正直なことをしゃべりません。 ですから、私は、監理団体の職員としてというより、ベトナム人として、友人のように語りかけるように心がけています。 あなたたちを守るために動くから、何でも相談してほしいと。 あと、何か難しいことがあっても、すぐに 『できない』という返事はしません。 法律上分からないことがあったら、 『調べるからちょっと待って』と言って、今井代表と一緒に確認します。 そして、少しでも実習生の助けになる方法がないか、いつも探しています。」

きめ細かい監理が可能な理由は?

こうしたきめ細かい監理が、なぜ可能なのか。 今井さんは、監理団体の力に見合った運営が大切だと言います。

「私たち監理団体の職員数と実習生の数のバランスが大事だと思っているんです。 実習生の数を無理に増やし過ぎると、目が行き届かなくなってしまいますから。」

今井さんの監理団体には、現在、専従職員 7 人、パートの職員が 2 人の、合わせて 9 人います。 この職員で見守っている実習生の数は、およそ 100 人です。 このくらいの人数でないと、すべての実習生に十分な目が行き届かないのだというのです。 今後、さらに実習生の数が増えることが見込まれるため、職員を 2 人増やす予定だといいます。

一方で、ここまできめ細かい対応をしているにもかかわらず、この監理団体の監理費は、技能実習生一人あたり、ひと月およそ 2 万円だといいます。 一般的な監理費よりもかなり低く抑えられています。 この金額で、職員の給与や必要経費を賄うことができるのでしょうか。 実は、中心となって働いている専従職員のうち、会長の今井さんと今井さんの奥様、そして、士別市内で農場を経営している人の奥様が、無給で監理団体の仕事をしているのです。 農場や会社経営の収入があるため、監理団体から給料をもらう必要がないため、監理団体の人件費が抑えられているのだと言います。

監理団体は儲けてはいけないんです。 実習生や地域の農家や会社のために監理団体はあるんですから。 監理費を抑えた分は、少しでもいいから、実習生の賃金に反映させてほしいと、会社にはお願いしています。 もちろん、根底に、監理団体の職員の皆さんの高い倫理観があっての取り組みであるということは言うまでもありません。 ベトナム人職員のサムさんは、他の監理団体と比較しながら、次のように話していました。

「私は、以前、札幌で別の監理団体に勤めていました。 でも、実習生のために動こうとしても、監理団体の代表が止めました。 企業とトラブルになるのが嫌だからです。 だから、実習生の問題が全然解決しませんでした。 ですから、私は、その監理団体を辞めたんです。 今、実習生のために動けるのは、今井代表のおかげです。 私も外国人ですから、法律のことなんか分からないことが多いんですが、それを一緒になって調べてくれて、問題を解決しようとしてくれます。 今井さんが、実習生のために働くんだという姿勢を示してくれるから、実習生の立場に立つことができるんです。」

外国人をサポートするコストを誰が負担すべきなのか

今井さんたちの取り組みを見ていると、技能実習生のために全力をつくしたいという意志と体制を備えた監理団体と、技能を伸ばすための手間を惜しまないという農業者や企業が出会って、初めてこの制度のスタートラインに立てるのだと、実感します。 そこには、たとえ一定期間の日本滞在であっても、手厚いサポートを行うことで技能実習生の生産性が上がれば、受け入れ企業の利益にもつながる。 さらに長い目で見れば、日本にとっても利益になるような大事な人材が育つのだ、という信念があります。

ところが、取材を重ねていると、このやり方には限界がある、という声も聞こえてきます。 今井さんの監理団体のように、無給で働くスタッフが支えてくれるケースは稀です。 真面目に監理をしようと思えば、それなりの費用がかかります。 ある監理団体の職員は、匿名を条件に、こんな話をしてくれました。

「私の監理団体では、月 5 万ほどの監理費をいただいています。 広い北海道内で丁寧に対応しようと思えば、人員も必要ですし、交通費もかなりかかります。 その金額が払えない企業さんには、お断りを入れます。ただ、北海道は中小企業が多いですから、そもそも私たちがお示しするような監理費を払えないという所もたくさんありますし、そこまで手間をかけられないというのも本音だと思います。 ですから、人手不足の対策として、この制度を使うことは、本来できないんだと思うんです。 労働者を純粋に受け入れる、別の仕組みが必要だと私は考えています。

外国から働きに来た人を、誰がどのようにサポートするのか。 それにかかる「コスト」を、監理費という形で、企業に担ってもらうということに限界があるのではないかと訴えている人がいます。 カトリック札幌司教区難民移住移動者委員会の西千津さんです。 西さんは、これまで数多くの外国人を支援する中で、今の技能実習制度の限界を身に染みて感じ、次のように提言しています。

「日本の少子化が進む中で、海外からやってくる人が、社会を支える力になってくれるなら、それは公の問題でもあります。 もし技能実習制度を維持するというなら、せめて韓国のように、政府が責任をもって監理を行う仕組みにするべきだと思います。 そして、本来であれば、『技術移転』という現実からかけ離れた名目を取り下げて、労働者として受け入れていく。 移住者としての権利を保障して、そのコストも社会として負担するのが筋ではないでしょうか。 例えば、労働者として定住できる条件を緩和して、家族とも暮らせるようにする。 行政が、その暮らしを支える様々な支援策を打ち出す。 本当に機能する相談窓口を行政で設ける。 教育のコストも公で負担する。 つまりは、外国から来る人を、社会の一員として、きちんと包摂する。」

こうした考えについては、反対の意見もあります。 ただ、深い議論を避けて、正面から労働力問題に向き合わない私たちの姿勢が、制度の歪みとして「技能実習生を守れない」という形で浮かび上がっています。 それが、将来の日本の社会に大きなダメージを与える可能性があるのだということを、改めて心に刻むべきだと思いました。 (野村優夫、NHK = 9-9-20)


メッセージつきバナナは日本の伝統? 技能実習生の悲しい勘違い
「お客様たちは、いつもモチベーションを高めるような言葉をバナナに書いて、部屋に残して行くのです。」

1 年半の悩みだった「食べて食べて」

「日本人はバナナに言葉を書く伝統があるの?」 日本のホテルで働く外国人が、掃除のたびに客室で目撃していた不思議な光景。 それを元に、日本文化に想像を巡らせた投稿が、ある Facebook グループで話題になりました。 一見、笑い話のような投稿でしたが、女性に話を聞いてみると、かなしい現実が見えてきました。

モチベーションを高めるバナナ?

日本に住む外国人コミュニティーのグループに、1 枚のバナナの写真が投稿されました。 バナナには大きく、マジックでこんな言葉が書かれています。

「今を大切に!」
「今日という日は 1 度きり」
「毎日スマイル」

投稿主は、北国のホテルで働く女性。 日本で働きながら「技能」を学ぶという、「技能実習生」として来日しました。

「私のホテルに泊まるお客様たちは、いつもモチベーションを高めるような言葉をバナナに書いて、部屋に残して行くのです。 ほとんどの部屋に、このバナナがあります。 これは日本の伝統なのでしょうか? ホテルで働いた経験がある人、どうか教えてください。」

このホテルではバナナを提供してはおらず、毎回、客が外から持ち込むようだとのこと。 同一人物ではなく、どの客も同じような行動をしているとも付け加えます。

「感謝の証し?」

コメント欄では、日本に住む外国人たちが、さまざまな推理を展開しました。

「日本に長いけど、この習慣は、初めて知った。」

ホテルで働いた経験がある人たちから知恵が届きました。

「ベッドに 200 円とか 1,000 円とかチップが置いてあることはあった。」
「日本だと確かにチップは物や服が多いですね …。 お金を置くのはヨーロッパ系の客。」

日本人との付き合いから紐解こうとする人もいます。

「日本人と一緒に宿泊したとき、果物にメッセージを書いていたことがありました。 理由を聞いたら、『客室係への感謝を伝えるため。果物なら体にも良いから』と言っていました。」
「日本人ってバナナアレルギーの人が多いみたい。 私もよく、いらないバナナをもらいます。」

1 年半の悩みだった

さまざまな推測が展開される中、突然、議論に終止符が打たれました。

「もしかして、これ?」と、ユーザーの1人があるブログを見つけてきました。 そこには、サービスとしてバナナを客に無料で振る舞っている居酒屋があるとのこと。 渡すバナナにはメッセージを書いていると記されていました。 そして、女性が働くホテルがある地域にこの居酒屋があることも分かりました。

私は女性に話を聞いてみました。 女性は「1 年半、これまで、ずっと考えていた謎が、ようやく解けました」と話し始めました。

「お供え物?」

出身国は、熱帯地域。 バナナは女性にとって、どこでも目にする身近な食べ物でした。 女性がそれを見つけたのは、日本に冬が訪れようとしていた時。 当時、女性は北国の慣れない寒さに、手が真っ赤になり、ホテルのシーツを血で汚さないように、指先に何枚も絆創膏を貼って、客室のベッドメイクや掃除をしていました。 そんなとき、ふるさとで見慣れたバナナが、客室に置いてあるのを見つけました。

最初は、「客の忘れ物だろう」と思って、バナナを回収し、ホテルの忘れ物リストに書き込みました。 でも、また別の部屋からも、同じようなバナナが見つかります。 「日本の伝統? 神様へのお供え物かもしれない。」と考えを巡らせ、丁重に扱いました。

「食べて食べて」

ところが、日本人の上司は「バナナは『忘れ物』に入れないでいいよ」とだけ話して、たくさんのバナナを女性のカバンに移しました。 女性は戸惑い、まだ慣れていない日本語で、「字が書いてあります。 これは何ですか?」と聞きました。 でも、上司も同僚も、「いいから、食べて食べて」と言うばかり。 結局、何のバナナなのか分からないまま、1 年半、女性は、大量のバナナを職場から引き取っていました。

「うれしかったですよ。 バナナはおいしいし。 コロナの時は怖くてさすがに遠慮しましたが。」

Facebook で「答え」だと突き止められた居酒屋には、見覚えがありました。 女性は「この居酒屋には、職場の人とも行ったことがあったからです。」 でも、自分はバナナには気づきませんでした。 それが「居酒屋の土産」だと教えてくれる日本人もいませんでした。 笑い話だったはずの取材。 でも、女性と話すほどに、私は 1 年半もの間、「謎のバナナ」を持ち帰っていた女性の寂しさを感じていました。 「理由が知りたい」気持ちを伝えられず、職場の人もその思いに気づきませんでした。

「日本語が苦手だから」、「説明する時間がないから」、「取るに足らないことだから」、日本人側にはそんな理由があったのかもしれません。 ただきっと、女性が日々飲み込んできた疑問や寂しさは、バナナに限らないことだろうと思えました。 投稿したバナナの写真は、女性が人とつながるために投げた、頼みの綱でした。

「私のように驚くことがないように」

コロナ禍前は、訪日客の急増を見込み、各地でホテルが建設されました。 国は「外国人技能実習制度」でベッドメイクも作業に認め、2019 年には宿泊業の実習生の在留期間を 1 年から 3 年へ広げました。 従業員の高齢化など深刻な人手不足が予想される宿泊業界で、外国人スタッフを見ることは珍しいことではなくなりました。

外国人技能実習制度は、我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的としております。 (厚生労働省)

この女性は日本各地で働いている、そんな外国人の 1 人です。 日本に働きにくる準備をしている後輩たちから経験を聞かれると、「私のように驚くことがないように」と、女性は日本での生活や仕事を細かく伝えているそうです。 (松川希実・朝日新聞記者、withnews = 8-5-20)

1 - 2 - 3