父が以前に書いた、戦場でのエピソードをインターネット上にも載せることにしました。 次ページから始まる「バッチョ傘に賭ける命」を開いてみてください。 明治の最終年45年(1912年)生まれ、大正、昭和、平成の四代を駆け抜けた男の33歳当時の実録です。 昭和20年(1945年)4月、ビルマ(現ミャンマー)、追撃する英印軍を背に敗走のさ中、運命を分ける「三本の破れ傘」、きっと興味を持って戴けるものと思います。 (2001年 2月)
このサイトをご覧いただいた川畑さまから、ご自身の体験記をお送り戴きました。 ご了解を得て、この貴重なお話を「暗号書を死守して ・・」と題して掲載しました。 父と時期も場所も重なり、「どこかで、すれ違っておられたのではないか ・・・」と想うと、やはり感慨深いものがあります。 ここでも、生き残られた方は半分にも達しなかったということですが、戦後7度もビルマを訪れ慰霊の旅を続けておられることに、頭が下がります。 (2004年12月)
上記川畑さまのご協力を得て、田畑敏雄さまが遺された「戦場スケッチ(5ページ、全88画)」を、更に追加することができました。 あくまで平和で、美しい自然を描かれた水彩画から一転、大半の絵は厳しい戦争の現実から目をそらすこと無く忠実に再現された作品です。 それでも、京友禅を描かれていた氏の筆から、そこで失ったあまたの戦友への、溢れる思いが伝わってきます。 是非、「戦場スケッチ集」も併せご覧ください。 (2006年 2月)
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