果てしなき「脱炭素コスト」 公金 51 兆円の試算と見えない未来図

米ニューヨーク (NY) 市などが昨年末に打ち出したあるプロジェクトが注目を集めている。 「クリーン・ヒート・フォー・オール」と呼ばれ、公営住宅の冷暖房設備を、ガスや石油など化石燃料を使うものから電力を使うものに更新する取り組みだ。 市住宅局は冷暖房設備メーカーに向け、開発コンペを開いた。 古い公営住宅にも、▽ 簡単に低コストで設置できる、▽ 暖房だけでなく冷房機能もある、▽ 寒冷地である NY で使用できる、などを条件に、公営住宅約 2.4 万戸に導入すると約束。 まず 2.63 億ドル(約 340 億円)を用意した。 設備の製造や設営工事では雇用が生み出されると見込む。

NY 市は 2050 年までに、05 年比で温室効果ガスを 80% 減らす目標を掲げる。 課題は、20 年時点で全体の排出量のうち約 3 割を占める住宅分野だ。 暖房などのために天然ガスや石油を使うため、排出量が多かった。 住宅局が保有する 285 棟のうち 36 棟が築 70 年を超え、築 50 年以上は 6 割を超える。 古いアパートは数十年前に導入された化石燃料を使う暖房設備で、対応が急務だった。 故障の多さや冷房機能がないこと、各家庭で温度調節をできないものがあるなど、住民の健康面の問題も抱えている。

開発に名乗りをあげた冷暖房設備メーカーの一つ、グラディエントのビンス・ロマニン最高経営責任者 (CEO) は、耐用年数が長いため「空調設備は入れ替わるのに時間がかかる」と市場原理だけでは時間がかかると指摘。 「NY のように公金を使って冷暖房設備を整える自治体が増えている」とビジネスの拡大に期待する。 グリーンな社会への転換には、巨額のお金がかかります。 市場原理だけに頼らず、政府が財政支出をして役割を果たすべきだ - -。 世界中で勢いを増すのは、こうした考え方です。 国家と市場の関係が問い直されています。

「もっと財政支出を」 日本でも強まる声

NY 市の公営住宅は約 16.8 万戸に約 36 万人が住み全米最大級。 その先には、100 万戸を超す全米の公営住宅や、民間住宅への導入という市場が広がる。 実際、プロジェクトは他の自治体からも注目を集める。 別のメーカーの幹部は「まだコンペは始まったばかりなのに、気候の似ているボストンなど米北東部の都市やカナダからも開発中の設備について問い合わせがきた」と話す。 長引く低成長や気候危機の深刻化を受け、政府が財政の力をより発揮すべきだとの声は、欧米でもともと強まっていた。 そんなさなかに新型コロナが直撃。 急減速した経済を立て直すならグリーン成長で、という機運はいっそう高まった。

バイデン政権は、5 年間で 1 兆ドル(130 兆円)のインフラ投資法を成立させた。 送電網整備に 8.4 兆円を投じたり、1 兆円かけて電気自動車 (EV) 充電設備を 50 万基つくったり、グリーン社会をめざす基盤整備がめだつ。 NY 市の施策もその流れの中にある。 バイデン氏の念頭にあるのは、32 代大統領フランクリン・ルーズベルトが大恐慌下で繰り出したニューディール政策だ。 公共事業で雇用を作り出し、労働者保護も進めた。 市場放任の色が濃かった従来の資本主義のあり方を転換させた。

財政規律が厳しい欧州連合 (EU) も、19 年 12 月に打ち出した「欧州グリーンディール」に続き、20 年末には 7,500 億ユーロ(約 102 兆円)の復興基金を承認した。 基金と合わせて 21 - 27 年の多年次予算の計約 246 兆円のうち、3 割を気候変動対策にあてる。 最大 9 千兆円。 国際エネルギー機関 (IEA) は、パリ協定の目標達成のために、40 年までに必要な世界の投資額を試算した。 民間主導の ESG (環境・社会・ガバナンス)投資は世界で急増するが、国家の財政出動も求められる。 政府の債務残高が先進国でも突出して多い日本でも、「もっと財政支出を」との声が強まっている。

送電容量に限界 脱炭素の足かせに

九州と本州を結ぶ交通の要衝、関門橋。開通は 1973 (昭和 48)年だが、その 28 年前の太平洋戦争終戦の年、関門海峡には橋より先に電線が架かった。 いまも九州と本州を結ぶ唯一の送電線「関門連系線」だ。 国内最高レベルの電圧 50 万ボルトを誇る電線が、脱炭素の足かせになっている。 九州は日照に恵まれ、太陽光発電施設が多い。 九州だけでは消費しきれず、関門連系線を通じ、電力需要が大きい本州に送電している。 しかし、送電の容量に限界があるため、太陽光や風力の発電を一時的に停止する「出力制御」が頻発する。 せっかくの再エネを生かし切れていない。

九州電力が実施した出力制御は 3 年半で 250 回を超す。 20 年度は、太陽光と風力の発電量全体の約 3% に相当する量が発電できなかった。 東北や四国などでも今年 4 月、送電網がネックとなり出力制御が発動された。 送電網増強の課題はコストだ。 関門連系線の場合、今後の電力需要を見据え、容量を 2 倍にするのにかかる費用はざっと 3,600 億円。 電力需給の調整役を担う国の「電力広域的運営推進機関」が試算した。

増強は九州だけでは済まない。 将来、国内で再エネの発電比率を 5 - 6 割まで高めるには、北海道と関東を海底ケーブルで結ぶなど、大がかりな工事が必要だ。 同機関は投資額は最大 2.6 兆円と見積もる。 同機関計画部の小林正孝副部長は「日本の脱炭素目標を達成するには計画を急がねばならない」と話す。 送電網に限らない。電気自動車 (EV) の普及に欠かせない充電スタンド、冷暖房の使用を抑えるための古い住宅の断熱改修 …。 温暖化を止めるコストは果てしない。

日本政府のグリーン成長戦略は「政府の資金を呼び水に民間投資を呼び込む」と明記した。 市場原理に任せていては時間がかかり、国の後押しが欠かせないとの声が国内外で高まる。 東北大の明日香寿川教授らの試算によると、日本で必要な投資は 30 年までに 202 兆円。 うち 51 兆円は公的資金でまかなわなければならない。 明日香氏は言う。 「日本ではグリーン化への財政支出は多くが研究開発に限られ、実際に再エネや省エネを拡大するお金が少ない。 思い切った補助金や規制が必要だ。」

自民の財政政策検討本部 MMT が議論の土台

財政出動への圧力とともに勢いが増すのが、この際、財政健全化は後回しでもよいとする主張だ。 代表格が現代貨幣理論 (MMT)。 自国通貨建ての国債を発行できる国なら、インフレになるまで赤字を気にせず財政拡大できる、という考えだ。 米国では積極財政によって脱炭素社会への早期の転換をはかる「グリーン・ニューディール」支持派と MMT 派の親和性が高い。 バイデン政権は増税に前向きで MMT を受け入れたわけではないが、「大きな政府」が受け入れられやすい素地となっている。

積極財政派の声は日本でも高まっている。 自民党が昨年末にたちあげた財政政策検討本部は、MMT が議論の土台となった。 これまであった財政再建推進本部から「再建」をとる形で改編。 最高顧問に安倍晋三元首相、顧問に高市早苗政調会長、本部長に MMT 支持の西田昌司政調会長代理といった積極財政派がずらりと並ぶ。 夏の参院選に向け、岸田文雄首相に提言を出す計画だが、財政健全化目標であるプライマリーバランス (PB) の黒字化の見直しなどを視野に入れる。

呼応するように、2 月には若手議員らが「責任ある積極財政を推進する議員連盟」を設立した。 西田氏は「積極派の考えを正しく理解してくれれば、首相も無視はできない」と息巻く。 現状でも、コロナ禍の財政出動は欧米と比べてもひけをとらない。 35 兆円の補正予算、107 兆円の当初予算はいずれも過去最大。 財源は国民負担にほかならない。 国債残高は 1 千兆円に迫る。 しかし、いまある産業や雇用を維持するのが中心で、グリーンへの投資をてこに、社会システムを転換させようとする未来図までは見えてこない。 東京工業大の阿部直也教授は「新陳代謝を妨げるためにお金をつぎ込んでいて、新たなものを生み出せていない」と話す。

地球への負荷を抑え、持続的に成長できる経済構造に切り替えるには何が必要か。 大きな絵を描くことから始めなければ、せっかくの支出は財政赤字を膨らますだけに終わりかねない。(真海喬生 = ニューヨーク、木村聡史、asahi = 5-15-22)


再エネの出力制御はドミノ倒し、冬には副作用まで その対応策とは?

再生可能エネルギーの「出力制御」が今春、相次いで実施されている。 大型連休中も各地で実施の指示が出た。 出力制御は、発電できる電気をみすみす捨ててしまうようなものだ。 国は対策を急ぐが、すぐに打てる手は限られている。 電気は使用量(需要)と発電量(供給)を一致させる必要があり、このバランスが崩れると大規模停電が起きる。 それを防ぐため、電力が余りそうな時は、国が定めたルールで対応する。 まず火力発電の出力を抑え、他の地域に電気を送る。 次にバイオマス、太陽光・風力の順で出力を制御する。

再エネの出力制御は、一般的に企業活動が少ない祝日や土日、季節でいえば冷暖房を使わなくてすむ春や秋が対象となりやすい。 電気の需要が少ない日に好天になると、電気の供給が多すぎてしまうからだ。 出力制御は、太陽光の導入が早かった九州電力が 2018 年、離島以外では国内で初めて実施した。 それ以後、約 4 年間は他の大手電力管内ではなかった。

だが、こうした出力制御が今春、ドミノ倒しのように各地で行われるようになった。 全国 2 例目は 4 月 9 日の四国電力だった。 東北電力や中国電力も続いた。 大型連休中も好天の日は各地で制御が続いている。 背景にあるのが、再エネの増加だ。 2010 年度に 9.4% ほどだった再エネ(水力を含む)の比率は、ここ 10 年、右肩上がりで増え、20 年度には 19.8% に達した。 中でも天候に左右されやすい太陽光の比率は 0.3% から 7.9% へと大幅に増えた。

実はこの点で日本は突出している。 経済産業省の資料によると、太陽光の割合はドイツと並んで主要国で最大だ。 英国は 4.0%、中国は 3.0%、米国は 2.1% となっている。 また、政府は再エネを主力電源と位置づけ、30 年度の電源構成の比率を 36 - 38% に増やす計画で、太陽光は 14 - 16% にする。 導入が増えるほど需給のやりくりが難しくなる。

一方で、より顕著な「副作用」まで生じた。 東北や東京電力管内では 3 月、電力不足になり、政府が「電力需給逼迫警報」を出して節電を呼びかけた。 このときは逆に、悪天候で太陽光発電が少なくなったことが一因だった。 16 年の電力自由化後に、経営的な余裕がなくなった大手電力会社は、採算が悪い火力発電所を相次いで休廃止している。 火力は出力の調整がしやすく、急激に太陽光が減っても補える。 だが、火力の休廃止で、これも難しくなっている。

50 年の脱炭素に向けて再エネの導入は欠かせないが、同時にこうしたジレンマも抱えている。 国や大手電力会社も対策を始めている。 そのひとつが連系線の活用だ。 日本は戦後、大手電力会社がそれぞれの地域の送電網を整備していった歴史があり、管轄する地域をまたいで電気をやりとりする概念が希薄だった。 政府や大手電力などは、余った電気を融通できるようにするため、北海道や九州、四国などから、首都圏や関西圏に電気を送る送電線の増強を計画している。 最大 4.8 兆円がかかる見通しだが、整備には年単位の時間がかかるうえ、一部は国民負担となる可能性が高い。

また、有効な手段とされるのが蓄電池だ。 コストが高く、導入が広がっていないのが実情で、政府が普及策を検討している。 蓄電池を太陽光発電所などで使えば、余った電気をためられる。 ただ、採算がとれるようになるのは、世界的に電気自動車が普及して、蓄電池の生産コストが下がったタイミングとされる。 将来的には余った再エネの電力で水素を作り、燃料として活用するプランも動き出しているが、これも「実証」段階だ。

欧州のように、日本より再エネが普及していても、出力制御や電力逼迫が生じていない国もある。 経済産業省幹部は「陸続きの欧州は送電網がつながっており、電力を他の国々とやりとりできるのでまったく事情が違う。 日本の電力は危機的な状況だ。」と話す。 (岩沢志気、asahi = 5-1-22)


再エネ使い切れない 四国電力が受け入れ一時停止、東北電力も実施へ

四国電力は 9 日、太陽光や風力など再生可能エネルギーの受け入れを一時的に止める「出力制御」をしたと発表した。 九州電力に続いて全国 2 例目。 東北電力も 10 日に実施する見通しだ。 各地で再エネの電気が増え、季節や天候によっては地元で使い切れない状況が広がっている。 再エネ事業者は投資に見合った収益を得られず、普及にブレーキがかかる懸念がある。 四国電力は 9 日午前 8 時 - 午後 4 時、一部の太陽光発電所などの電気の受け入れを止めた。 好天で太陽光による発電が増える一方、多くの企業などが休みで需要が少なかったためだ。 もともと春や秋は冷暖房の使用が少なく、需要が減る。

電気は使用量(需要)と発電量(供給)を一致させる必要があり、このバランスが崩れると大規模停電が起きる。 四国電は火力発電の出力を下げ、さらに他の電力会社管内に送電するなどしても調整できなかったという。 東北電も 9 日、10 日午前 8 時 - 午後 4 時の「出力制御」を一部の再エネ事業者に指示した。 太陽光の普及が早かった九電は 2018 年度から出力制御をしている。 九州では 20 年度、太陽光と風力の発電量全体の約 3% に相当する量が発電できなかった。 政府は再エネを主力電源と位置づけ、2030 年度の電源構成の比率を今の約 20% から「36 - 38%」に増やす。 太陽光や風力は、天候次第で発電量が変わるため、導入が増えるほど需給のやりくりが難しくなる。

政府は、再エネの電気を無駄なく使いきるため、北海道や九州、四国などから、首都圏や関西圏に電気を送る送電線を増強する。 最大 4.8 兆円かけるが、整備には時間がかかる。 電気をためる蓄電池はコストが高く普及していない。 太陽光が増えて電気が余りそうな昼間の電気代を安くする料金プランの導入も進んでいない。 (長崎潤一郎、松岡大将、asahi = 4-9-22)