進歩系の李在明大統領、日本重視の背景 トランプ政権みすえ実利優先

韓国の李在明(イジェミョン)大統領が 23 日、就任後初めて日本を訪れ、石破茂首相との会談で日韓関係を未来志向で発展させていくことで一致した。 李氏はトランプ米政権も見据えて関係の安定を目指し、石破氏も歓迎するが、石破政権の命運がその行方を左右しそうだ。 「両国が未来志向的な共生協力の道を共に開いていこうという信念の上にきょう、日本を訪問した。」 李氏は首脳会談終了後の石破氏との共同記者発表でこう述べ、関係の維持・発展に向けた意欲を改めて示した。

韓国大統領が就任後、米国より先に日本を訪れるのは異例だ。 石破氏とは 6 月にカナダで開かれた主要 7 カ国首脳会議(G7 サミット)の場で会談したばかりでもある。 李氏自身も朝日新聞などからの質問に対して寄せた 22 日の文書回答で「外交慣例に縛られず、決定した」と説明した。 こうした「日本重視」の姿勢の背景には、トランプ米政権に対応するにあたり、日本とは安定的な関係を築いておきたいとの思いがあると指摘されている。 韓国政府高官は「米国発の新しい貿易・通商秩序は、韓日間でより多くの戦略的な疎通が必要であることを物語っている」と話す。

日韓は関税など経済分野だけでなく、ともに米国の同盟国という点で、安全保障の面でも予測しがたいトランプ米政権への対応を迫られる状況に置かれている。 北朝鮮の核・ミサイル開発やロ朝の軍事協力の強化など、朝鮮半島情勢をめぐる危機感も共有する。 韓国政府高官は「日本は急変する国際情勢の中で類似の立場を持つ協力パートナーだ」とし、今回の首脳会談を「国益と実用の観点から、新たな戦略課題への対応方法や知恵を共有する機会」と位置づけていた。

日本に関する主な発言

李氏は訪日を前に、元慰安婦や元徴用工などの歴史問題でも過去の政権による合意や解決策を踏襲し、「未来志向」の関係を目指すとのメッセージを繰り返し発信した。 これらの合意や解決策はいずれも韓国の保守政権下で決められ、民主化運動の流れをくむ進歩(革新)系は厳しく批判してきた。 特に慰安婦合意については、進歩系の文在寅(ムンジェイン)政権下で骨抜きになった経緯がある。

ただ、同じ進歩系の中でも理念重視だった文氏に対し、李氏は「実利」を重視する。 李氏もかつては日本への厳しい発言をしてきたが、政権関係者は「日本との関係悪化は政権運営のプラスにならない。 『反日』とのイメージを払拭する必要がある。」と語る。 また、日本との関係を維持・発展させることはトランプ政権を支える米国の保守層の中にある李氏への警戒感を解くことにもつながる、との期待が李政権内にはある。 それがひいては米韓、日米韓協力の強化につながり、韓国の国益に資するとの考え方だ。

文在寅氏と李在明氏の対日関係の特徴

韓国大統領府によるとこの日の首脳会談で李氏は、日韓関係の発展が日米韓協力の強化にもつながる好循環をつくっていこうと呼びかけた。 一方で李氏は、日本に「過去の直視」も求めてきた。 韓国内の世論への配慮とみられるが、日本側の対応によっては風向きが変わらないとも限らない。 その場合、「実用主義者」とされる李氏の態度も変化する可能性は残されている。

良好関係を維持できるか 石破首相は積極的だが

石破政権は李在明(イジェミョン)大統領が就任後初の外遊先として日本を選んだことが「日本重視の表れ(外務省幹部)」と歓迎する。 石破政権は昨年 10 月の発足から一貫して日韓関係に力を入れてきた。 最大の理由が、日本を取り巻く厳しい安保環境だ。 北朝鮮や中国の動向を念頭に、お互いに日韓、日米韓の連携を不可欠ととらえ、「ここまで日韓の(利害の)大きな方向性が一致した状況にあるのは珍しい(外務省関係者)」状況という。

岩屋毅外相は「『嫌韓・嫌中』などと言っていたのでは日本外交は成り立たない」と述べ、今年 1 月、日本の外相としては約 7 年ぶりに二国間会談のために訪韓。 一時は冷え込んだ日韓の防衛協力だが、韓国軍艦による海上自衛隊機への火器管制レーダー照射問題の再発防止策での昨年 6 月の合意を機に改善が進む。 9 月 8 日には中谷元防衛相が、防衛相としては約 10 年ぶりに訪韓する予定だ。

トップの石破茂首相個人の歴史観も影響している。 首相は 2017 年の韓国の大手紙・東亜日報のインタビューで「日本は敗戦に対する徹底した反省」が必要との認識を示すなどしたことで、韓国の国民世論は首相に好意的だ。 首相は、この日の会談で「1998 年の日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と表明。 小渕恵三首相(当時)と韓国の金大中(キムデジュン)大統領(同)の共同宣言は、小渕氏が日本による植民地支配をめぐり、韓国国民に「痛切な反省と心からのおわび」を述べたと明記している。

首相は、韓国首脳との個人的な信頼関係の構築に積極的だ。 就任直後にラオスで尹錫悦(ユンソンニョル)大統領(当時)と会談して以来、「尹氏をとても気に入り尊敬していた。(首相周辺)」 尹氏の罷免を「非常に残念だ」と周囲にもらしたが、新たに就任した李氏とも信頼関係を築こうとしている。 この日の会談後の公邸での夕食会では、首相は両夫妻だけの時間を設け、李氏に配慮して同氏の地元の南東部・慶尚北道の安東(アンドン)名物の鶏料理「チムタク」でもてなした。

両首脳はこの日の会談で、ワーキングホリデーの査証(ビザ)の 2 回目取得を可能にし、少子化問題や人口一極集中などの共通の社会課題を協議する政府間対話の開始で合意した。 進歩(革新)系の与党・共に民主党の支持層には対日強硬論も根強いため、外務省幹部は李政権を支えるためにも、「両国国民の好意的感情を醸成するため、小さな成果を一つ一つ積み重ねていくことが大事だ」と強調する。

ただ、石破政権は 7 月の参院選大敗を受けた自民党内の「石破おろし」の影響で、政権存続の危機に直面する。 一方、「ポスト石破」に名前の挙がる高市早苗前経済安全保障相や小泉進次郎農林水産相は 15 日の終戦記念日に靖国神社に参拝。 石破政権が倒れて新政権が発足しても、歴史問題の再燃などで良好な日韓関係が維持されるか見通せない部分もある。

米国の内向き志向に危機感 日韓接近の要因に

日韓関係は、両国の同盟国・米国を中心とする三角関係のもとで安定化が図られてきた。 米国は、対北朝鮮や対中国を念頭に、日米韓安保体制を万全なものにするため日韓間の「仲介役」の機能を果たし、「日韓関係悪化を防ぐために陰ながら動いてきた。(元米政府高官)」 一方、トランプ米大統領は同盟国・友好国にも高関税措置を発動するなど米国第一主義を加速。 だが、逆に米国のこうした「内向き」志向への危機感が日韓の接近を強めるという新たな動きを生み出している。

第 1 次トランプ政権下では元徴用工問題の韓国大法院(最高裁)判決をきっかけに文在寅、安倍両政権のもとで日韓関係は悪化。 北朝鮮との交渉ばかりに集中するトランプ氏は日韓間の仲介に動かず、文政権は日韓の軍事情報包括保護協定 (GSOMIA) の破棄もちらつかせ、日韓の安保協力の根幹を揺るがす事態に発展した。

続くバイデン米政権は日米韓安保体制の強化を重視し、日韓の関係改善を強く期待。 米側の後押しもあり、保守系の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領(当時)が元徴用工問題で日本に大きく譲歩する形で、日韓関係は劇的に改善。 23 年に米大統領専用山荘「キャンプデービッド」で日米韓首脳会談を開催し、バイデン大統領は「日米韓協力の新たな時代」を宣言し、日米韓安保協力の「制度化」を図った。

第 2 次トランプ政権は第 1 次政権時と同様に多国間連携には関心を示さない。 そんな中、日本は欧州や東南アジア諸国など同志国との連携強化に力を入れ、日韓の連携強化もこの延長線上にある。 韓国側もトランプ政権に対応するためにも日本との協力は欠かせないと考え、日韓両国の思惑が一致した形だ。 この日の首脳会談でも日韓の安全保障・経済安保分野での戦略的意思疎通の強化で一致。 日米韓の枠組みを超えた二国間の安保協力強化に踏み込んだ。

とはいえ、今後、日韓関係が悪化した場合、トランプ氏が両国の関係修復に向け積極的な「仲介役」を果たすことに期待はできず、日米韓安保体制が不安定さを抱えていくことは否定できない。 (清水大輔、貝瀬秋彦、里見稔、太田成美、asahi = 8-23-25)

日韓首脳会談の結果(骨子)

  • 石破首相は、1998 年の「21 世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ共同宣言」を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる旨述べた
  • シャトル外交の早期再開を評価し、安全保障・経済安保分野などで意思疎通強化
  • 少子高齢化や人口減少など両国共通の社会問題に対応するための当局間協議体の立ち上げで一致
  • 日韓ワーキングホリデーの参加回数上限を生涯 1 回から 2 回に拡大
  • 対北朝鮮政策での協力と、対話と外交を通じた北朝鮮の核・ミサイル問題の平和的解決の重要性を確認

韓国大統領に李在明氏が就任 「憎悪ではなく認め合う世の中を作る」

韓国の大統領に 4 日、進歩(革新)系・共に民主党の李在明(イジェミョン)氏 (60) が就任した。 3 日に投開票された大統領選の結果を中央選挙管理委員会が 4 日午前に確定させ、李氏を当選者に決定した。 非常戒厳を出した尹錫悦(ユンソンニョル)前大統領の罷免に伴い実施された大統領選は、尹氏の弾劾訴追を主導した野党指導者の勝利によって幕を閉じ、約 3 年ぶりに進歩系の政権が始動することになった。

李氏は未明に国会周辺の広場に集まった支持者らを前に演説。 「大統領の責任は国民を統合させることだ」、「憎しみや嫌悪ではなく、認め合い、協力しながら共に生きていくような世の中を作る」などと述べ、韓国で深まる政治や社会の分断の克服に向けて決意を示した。 演説後には涙を流す聴衆の姿もあった。 李氏は 4 日午前、ソウルの国会議事堂で「憲法を順守し、国家を守り、祖国の平和的統一と国民の自由と福祉の増進に努め、大統領としての職責を誠実に遂行する」と就任の宣誓をした。

尹政権を支えた保守系与党・国民の力から立候補した金文洙(キムムンス)前雇用労働相 (73) も 4 日未明に記者会見し、「国民の選択を謙虚に受け入れる」と述べ、李氏に祝意を示した。 中央選管によると、李氏の得票率は 49.42%、金氏は 41.15%、保守系野党・改革新党の李俊錫(イジュンソク)氏 (40) は 8.34% だった。 世論調査での高い支持率を受け、選挙戦でリードを保ち続けた李在明氏だったが、得票率は過半数には届かなかった。 中道層への支持拡大を目指したものの、一定の有権者は進歩系政権の誕生に警戒感を示したものと見られる。

一方、投票率は 79.4% で、金大中(キムデジュン)氏が当選を決めた 1997 年の大統領選以来の高水準だった。 非常戒厳の宣布を経て、民主主義のあり方が問われた中での大統領選だっただけに、有権者の関心の高さを物語る結果となった。 今後、李氏は政権の要となる、大統領府の秘書室長などの人事に着手する。 関税の引き上げなど予測困難なトランプ米政権の動きや米中対立、北朝鮮の核の脅威への対処も喫緊の課題だ。

日本との関係について李氏は選挙戦で「堅固な韓日関係の土台を築く」、「歴史・領土問題は原則的に、社会、文化、経済分野では前向きかつ未来志向的に対応していく」などと述べていた。 国交正常化から 60 年を迎えるなか、日本に対する姿勢も注目される。 (ソウル・河野光汰、清水大輔、asahi = 6-4-25)


保守系一本化、強まる与党側の期待 世論調査結果受け 韓国大統領選

6 月 3 日の韓国大統領選に向け、保守系与党・国民の力の金文洙(キムムンス)前雇用労働相側が、保守系野党・改革新党の李俊錫(イジュンソク)氏との候補一本化への期待を強めている。 最近の世論調査で 2 人の支持率の合計が、トップを走る進歩(革新)系最大野党・共に民主党の李在明(イジェミョン)前代表の支持率をわずかに上回ったためだ。

金氏は 25 日、遊説先で保守系候補の一本化について「努力を続けていく」と述べた。 李俊錫氏は一本化を繰り返し否定しているが、実現すれば選挙戦への影響が大きいだけに注目が集まっている。 李俊錫氏はかつて国民の力の代表を務め、尹錫悦(ユンソンニョル)前大統領の側近らと対立してたもとをわかった経緯がある。 与党側はこの間、一本化を期待する発言を公に繰り返してきた。

23 日に世論調査機関・ギャラップが発表した調査結果では、李在明氏が 45%、金氏が 36%、李俊錫氏が 10% だった。 独走状態だった李在明氏の支持率が落ちた一方、金氏と李俊錫氏の支持率は上向き、2 人の合計が李在明氏を 1 ポイント上回った。 これを受けて、金氏側の李俊錫氏への働きかけがさらに強まりそうだ。 一方、李在明氏は「李俊錫氏は結局、内乱勢力との一本化に乗り出すだろう」、「当然、備えている」などと述べ、警戒と牽制を強めている。 (ソウル・貝瀬秋彦、asahi = 5-25-25)


韓国大統領選構図固まる 保守系与党候補が登録 12 日から選挙運動

6 月 3 日の韓国大統領選に向けた候補者登録最終日の 11 日、保守系与党・国民の力の金文洙(キムムンス)前雇用労働相が立候補を届け出た。 金氏の公認は曲折をたどったが、これで進歩(革新)系最大野党・共に民主党の李在明(イジェミョン)前代表と金氏を軸とする選挙戦の構図が固まった。 12 日から選挙運動がスタートする。 金氏は 11 日、候補者登録を済ませた後、10 日に入党した韓悳洙(ハンドクス)前首相と会い、大統領選の勝利に向けて協力していくことで一致した。

国民の力の執行部は、党の公認候補の金氏と無所属で立候補を表明していた韓氏の保守系候補一本化の交渉が決裂したことを受け、10 日に金氏の公認を取り消し、より幅広い支持が得られるとみた韓氏に公認候補を差し替えようとした。 だが、党員投票でこの案が否決されて金氏が公認候補に復帰し、党内の分裂と混乱ぶりを露呈した。 金氏や韓氏、党執行部は 11 日、大統領選に向けて党内の和解を演出することに腐心。 金氏は議員総会で「和合し、未来に向けて一緒に進むべきときだ」と呼びかけた。

だが、公認候補選出をめぐる異例の混乱の傷は浅くないとみられる。 そもそも保守系候補の一本化は、世論調査で他の候補に大きくリードしている最大野党の李氏に対抗するためだったが、その失敗は逆に保守層の分裂や失望を招き、李氏により有利な状況を招いたと指摘されている。 与党側は、国会の多数を占める共に民主党が政府高官らへの弾劾訴追を繰り返したことなどを「議会独裁」と批判し、政権交代すれば自由民主主義が危険に陥ると訴えているが、保守層を含めどこまで支持を集められるかが課題だ。

一方の李氏は 11 日、「内乱をかばう候補がどうしたら国民の選択を受けられるというのか」と述べた。 非常戒厳を出した尹錫悦(ユンソンニョル)前大統領の弾劾・罷免に金氏が一貫して反対したことを念頭に置いた発言とみられる。 共に民主党は、金氏や与党を「内乱同調勢力」として批判し、追及していく構えだ。 大統領選には保守系野党・改革新党の李俊錫(イジュンソク)氏も立候補を届け出た。 李俊錫氏はかつて国民の力の代表を務め、主に 20 - 30 代の男性の支持を集めて 2022 年の尹氏の大統領当選に貢献したが、尹氏の側近らと対立して離党した。

与党は李俊錫氏を最終的に味方につけ、金氏と「反李在明」で一本化を図りたい考えだが、李俊錫氏が応じない場合、国民の力に失望した保守層や中道層などから一定の票を集めるのではないかとの指摘が出ている。 大統領選には 10 - 11 日の登録期間に計 7 人が立候補を届け出た。 (ソウル・貝瀬秋彦、asahi = 5-11-25)