静かに香港脱出を図る外国人バンカー、中国管理強化とコロナ対応懸念
→ 香港の最良の日は終わったと断じる声がホワイトカラーの間で増加
→ 外国の金融サービス従事者向けビザ発給、18 - 21 年の間に 49% 減少
香港のビクトリア・ピーク中腹に位置する高級住宅地「ミッドレベル」に住む海外駐在員の間では、誰が次に香港を去るのかという話題で持ちきりだ。 ミッドレベルと長いエスカレーターでつながっているビジネス街「セントラル」では、静かな脱出が勢いづきつつある。 シティグループや JP モルガン・チェース、モルガン・スタンレー 、HSBC ホールディングスではバンカー数人が去った。 まだ小さい数字だが、ちりも積もれば山だ。 あらゆる職業を合わせると、香港からの純流出者は 2 月に 7 万 1,000 人に達した。 多くの人が不安を感じ、今後さらに状況が悪化し得ることを示唆する前兆だ。
香港での生活と自由は絶え間なく、中国政府の管理強化で影響を受ける。 患者であふれかえる病院、殺風景な検疫施設、居住者 740 万人を対象とした強制検査など、香港当局の厳格な新型コロナウイルス対応は人々の怒りと恐怖をかき立てた。 香港のアイデンティティーを形作り、ビジネス拠点としての地位確立に貢献してきたホワイトカラーの間では、最良の日は終わったと結論付ける声が増えつつある。 その代わりとしてニューヨーク、ロンドン、シンガポール、ドバイが人を引き寄せる。
英国が 1997 年に香港を中国に返還して以降、香港の終わりを告げる鐘は何度も鳴らされてきた。 しかし、企業幹部は今回は従来と異なり、もっと不吉だと話す。 大規模な抗議活動、市民の自由の侵食、報道の自由の弾圧など中国政府の四半世紀にわたる管理は、香港で共有されてきた精神に打撃を与えた。 2 年に及ぶ新型コロナのパンデミック(世界的大流行)はいまだ出口が見えず、香港は終わりのないリスクをはらんだ状態が続く。
変化は明白だ。 ガンズ・アンド・ローゼズやケイティ・ペリーが公演した広大な「アジアワールド・エキスポ」センターは、ベッドで埋め尽くされた検疫施設になった。 何千という飲食店が閉まり、外国人に人気の飲食街ランカイフォンはまるでゴーストタウンだ。 学校は検査や隔離、ワクチン接種会場として使用できるよう、数カ月早く休みに入る。 香港当局は何万もの隔離部屋を建設しており、ゼロコロナ対応が長期にわたることを示唆している。
欧州や米国など外国籍の居住者は香港の人口のごく一部にすぎない。 中国本土からやってきた 人たちがビジネスを牛耳るようになる中、外国人居住者の数と影響力は 97 年の香港返還前から減りつつあった。 こうした変化は統計から明らかだ。 当局のデータによると、外国の金融サービス従事者向けの新規ビザ発給は 2018 年から 21 年の間に 49% 減少し 2,569 件だった。 一方、中国本土向けに発行された同種のビザは同じ期間中に 8% 増え、昨年は 2,314 件に達した。 それでも外国人居住者は、香港の文化や経済面に今も多大な影響を与えている。
金融業界の従事者は、世界トップ 5 の金融センターの一つ、そして東西が活気に満ちて交わる地域としての香港の地位確立に貢献している。 教師や芸術家、飲食店経営者、学者、そして今将来を考え直している全ての人もそうだ。 英国籍のリチャード・ヘイズ氏 (58) は懐疑的な一人だ。 香港滞在歴は 10 年間で、アジア太平洋地域の株式業務を担当していたシティグループを 20 年に退職した後も住み続けてきた。 だが、あらゆる不確実性を踏まえると、子供たちに会いにロンドンに戻った後、欧州にしばらくとどまるかもしれないという。 同氏は「外国人居住者のコミュニティーで見られるのは機会の減少だけだ」と語った。 (Cathy Chan、Ambereen Choudhury、Denise Wee、Bloomberg = 3-7-22)
香港立法会選、信任得られず 新制度の投票率は過去最低 30%
【香港 = 藤本欣也】 19 日に投開票された香港立法会(議会、定数 90)選は、親中派が圧勝した。 「愛国者による香港統治」を目指す中国の主導で選挙制度が変更されてから初めての大型選挙となったが、投票率は過去最低を記録。 民主派を排除する新選挙制度は事実上、有権者から不信任を突きつけられた形だ。 20 日の選挙管理委員会の発表によると、投票率は 30.2%。 これまでで最低だった 2000 年の立法会選の投票率 43.6% を大幅に下回った。 前回 16 年の投票率は 58.3% だった。
今回の立法会選には、資格審査委員会から「愛国者」と認定された 153 人が立候補した。 ほとんどが親中派で、自称・民主派や中間派など非親中派は 13 人程度。低投票率の影響などを受けて非親中派候補は軒並み落選した。 正式な開票結果は 20 日中に判明する。 5 月に変更された選挙制度の下、立法会選に立候補するには、@ 親中派で構成される選挙委員会のメンバー 10 人以上の推薦を得る、A 資格審査委員会で「愛国者」と認定される - ことが必要となった。 民主党など民主派の主要政党は候補者擁立を見送っており、親中派の圧勝は確実だった。 (sankei = 12-20-21)
中国の脅威に香港の日本人が続々帰国、残留する経営者の決断
香港を去る住民が増えている。 駐在員のみならず、香港で独立起業した日本人でさえも、香港を後にしている。 外国人だけではない。 一部の香港人は共産化する香港を恐れ、逃げようとしている。 今、香港に住むすべての人々に迫られているのが、「去るか、残るか」の決断だ。 香港との一蓮托生を選んだある日本人の心境を追った。
● 日本人の間で飛び交う「帰国の挨拶」
「この秋に日本に帰国します。 長い間お世話になりました。」 そんなメッセージがスマホに着信する。 最近、香港に住む多くの日本人の間でこうした「お別れメッセージ」が飛び交っている。 香港で 25 年にわたり生活してきた鶴見国光さん(52 歳)の元にも「帰国の挨拶」が届いた。 メッセージの送り主は、駐在員期間中に香港に魅了され、脱サラして起業した香港在住歴 30 余年のエキスパート。 「とうとう彼も日本に帰国してしまうのか …。」と、鶴見さんは嘆息する。
1 年の中で駐在員の異動が集中するのは 2 - 5 月といわれているが、2021 年のこの時期は、「送別会ばかりで歓迎会はほとんどない」という寂しい状況となった。 理由の一つが新型コロナウイルスだ。 香港の日系企業ではリモートワークが定着し、日本人駐在員を帰国させ、現場はローカルスタッフに任せるという動きが加速した。
香港にはさまざまな日系企業が集まっている。 ここを中継貿易の拠点にする企業もあれば、中国や東南アジアに進出するための足掛かりとする企業もあり、多くの日本人が居住していた。 外務省の資料によれば、近年は 2 万 4,000 - 2 万 6,000 人の水準を保っていた。 もっとも、在外公館に在留届を提出していなかったり、あるいは帰国時に届け出なかったりするケースもあり、数字は必ずしも実態を反映していない可能性もある。 現地に長く暮らす日本人の間では「すでに 2 万人を割り込んで、今や 1 万人ほどなのでは」といった声も聞こえる。
● 香港人は「移民の決断」に頭を悩ませている
ここを後にするのは日本人だけではなかった。 香港では今年 8 月 28・29 日の土日を利用し、香港会議展覧センターで 2 回目となる「国際移民と不動産 EXPO」が開かれた。 事前の入場予約者は 2 万 8,000 人だったという。 少なくともこれだけの人数が「とどまるのか、それとも去るのか」という大きな決断に思い悩んでいることがうかがえる。 鶴見さんの周辺でも、2021 年に入ってから、英国へ 4 家族、オーストラリアへ 2 家族、シンガポールへ 1 家族の合計 7 家族が移民したという。
「ある程度の資金力があり、また英語圏で仕事ができるという若い世帯を中心に、移民を決断する人は多いです。(鶴見さん)」
特に小さい子どもを抱えている世帯は、今後の教育環境の変化を相当心配しているようだ。 確かに香港では、教科書検定で「三権分立の原則」が削除されたり、香港全域の学校で中国国旗掲揚や中国国歌斉唱などの活動が行われたりするなど、2019 年の反政府活動の反動で、中国共産党の支配色がよりいっそう強くなっている。
家族の団結が強いことでも知られる香港市民だが、若い世帯は「自分の親と子ども」を天秤にかけざるを得ない状況に直面している。 年老いた親を残す呵責にさいなまれつつ、若い家族は脱出を考える。 2019 年の反政府デモ以来、社会は親中派と反中派の分断をもたらしたが、「家族にまで "分断の危機" をもたらしてしまいました」と鶴見さんは無念がる。
鶴見さんの香港歴は 25 年になる。 1996 年から香港に駐在し、駐在終了後に退職すると、2016 年から日系の三宝不動産香港本店で働き始めた。 その後「のれん分け」をしてもらい、三宝不動産九龍支店を設立し、現在は賃貸事業の経営者として奔走する日々を送っている。 香港人の妻との間に 18 歳になる息子が 1 人いる。 その鶴見一家に「日本への本帰国」という選択肢はあるのだろうか。
「確かに日本帰国は考えましたが、妻の生活や息子の進路を思えば、日本への帰国は現実的ではありません。 何より、私自身が 25 年も日本を離れてしまっています。 私たちはここで生きていくしか道はありません。」
● 香港は「生活者で回す経済」に
鶴見さんの仕事は不動産仲介業だが、そのビジネス環境にも変化が表れる。 コロナ禍以前は、多くの日系企業が反政府デモに揺れる政治情勢を様子見していたが、感染拡大を経て国際情勢の見通しが利かなくなる中で、事業規模を縮小あるいは撤退する企業が目立つようになった。 在宅勤務も定着した。 今の鶴見さんの仕事を回転させているのは、ダウンサイジングを前提とした「引っ越し需要」である。
「旅行やビジネスも含め、海外から香港に来る人もいなくなり、香港経済は生活者だけで回さざるを得ない状況です。 不動産賃貸も例外ではなく、厳しい状況が続いています。 そんな中でも、『部屋をきれいに使い、家賃の滞納もない日本人に貸したい』というオーナー側のニーズがあるのは有り難いことです。 新しく接するオーナーに日本ファンを増やしていく、それが私のもう一つの使命だと思っています。」
金融、観光、物流で繁栄した香港だが、反政府デモの混乱とその後のコロナ禍により、香港経済が受けたダメージは決して小さいものではない。 とりわけ、デモが激化する以前の 2018 年時点で観光客の約 8 割を中国大陸に依存した香港の観光業は、深刻な状況に陥っている。
香港特別行政区の面積は 1,110 平方キロメートル、そこには 311 のホテルがある。 香港の面積は札幌市とほぼ同等で、札幌市にも 303 のホテルがある(2019 年 7 月現在)。 しかし、香港の総客室数は 8 万 6,700 室と、実に札幌市(総客室数は 3 万 3,049 室)の 2.6 倍だ。 コロナ前夜まで、香港もまたインバウンドバブルに沸いていたのだ。 中国人客を狙い、無数に店舗数を広げたドラッグストアもシャッターが下りたままだ。 香港特別行政区の統計によれば、2019 年は 2.9% だった失業率が、2020 年は 5.8% に倍増している。
● 今後の香港は悲観的なのか?
とはいえ、暗い話ばかりではないようだ。 買い物客でにぎわう日系大手量販店もあれば、店舗を増やす日系飲食業もあり、コロナ禍で日本に行けない香港人向けの商戦が活発化している点は見逃せない。 鶴見さんも「日系飲食業からの賃貸店舗物件の問い合わせが増えています」と話している。
直近の香港の賃貸市況も悪くはない。 過去を振り返れば、2019 年 6 月に反政府デモが大規模化したが、それ以前の 5 年間は、小・中型(40 - 69.9 平方メートル)の物件を中心とした香港の住宅賃料は同年 8 月まで上昇傾向が続いていた(数字は香港特別行政区の統計)。 デモの長期化と暴徒化とともに、8 月以降相場は下落を始めたが、最近は下げ止まった感がある。
今後の香港をどう占うのか。 中国政府による香港政府への介入がより強まれば、移民を選択する市民はさらに続出するだろう。 2015 年に 729 万人だった香港の人口は、2019 年には 750 万人にまで増えたが、2020 年には 748 万人に減少した。 香港では 2000 年代から、中国マネーがもたらした住宅価格の高騰をはじめ、諸物価の上昇が市民生活を直撃し、富の偏在が社会問題化して若者の不満が蓄積していた。 香港の中国返還(1997 年 7 月 1 日)以降は、住環境の改善、政府退陣、教育と言論の自由などを求める反政府デモが散発していたものの、ある程度の秩序は保たれていた。
しかし、「逃亡犯条例」で火がついた 2019 年の大規模な反政府デモはあまりにも暴力的で、社会の安定と秩序を揺るがす結果となってしまった。 こうした一連の流れを経験した香港市民の中には、中国政府の香港政策で社会が安定することを願う人々が一定数いることも事実だ。 日系企業の駐在員や独立起業した日本人の中には、流転する香港の運命に身を委ね、香港で生きていくことを選んだ人もいる。 そこには「一般の市民生活まで脅かされることはないだろう」という推察や希望もある。 今の鶴見さんに本帰国の選択肢はない。 だが、決して香港の将来を「悲観一色」だけでは捉えていない。 (姫田小夏、Diamond = 10-15-21)
米、香港進出企業にリスク警告 民主主義弾圧で中国人 7 人に制裁
[ワシントン] 米バイデン政権は 16 日、米企業に対し香港で事業を展開するリスクについて警告する文書を公表した。 さらに、中国が香港の民主主義弾圧しているとして、同国政府の香港出先機関に勤務する政府高官 7 人を新たに制裁対象に追加すると発表した。 財務省によると、7 人は中国の駐香港連絡弁公室の幹部。 ブリンケン国務長官は声明で、中国当局は過去 1 年間にわたり香港の民主機関を「組織的に阻害」し、選挙を延期し、選挙で選ばれた議員の資格を奪い、政府の政策に反対する数千人の人々を逮捕したと指摘。 「香港市民に対する断固とした支持を示すために、米国はきょう、明白なメッセージを送る」とした。
リスク警告の文書は国務省、財務省、商務省、国土安全保障省が共同で作成。 香港で操業する企業に対し、「香港国家安全維持法」などの法律が適用される可能性があると警告した。 同法律の下、米国人一人がすでに逮捕されている。 文書は、令状なしの電子的な監視の対象になり、当局に顧客データなどを提出せざるを得なくなるリスクがあると警告。 制裁対象にされている個人や団体に関与すれば、米国などの諸外国の制裁措置に加担したとして、中国の報復措置の対象になる恐れがあるとも警告した。
バイデン政権高官は「昨年の香港を巡る一連の動きは、多国籍企業に対する運営、財務、法務、風評の面でのリスクが存在していることを明確に示している」と指摘。 「中国政府と香港当局が導入した政策で、個人と企業が香港で自由に活動するために重要だった法的環境が阻害されている」とした。 米中ビジネス協議会 (USCBC) のアナ・アシュトン氏は「香港に対する新たな措置が標的を絞ったものにとどまり、米国の政策が香港市民の不利益にならないことを望む」と述べた。 (Reuters = 7-17-21)
香港の民主派区議、約 50 人が辞職 政府が忠誠を義務化
香港の地方議会に当たる区議会議員(479 議席)のうち少なくとも民主派の区議 50 人が、8 日までの 2 日間で辞職を表明したことがわかった。 香港メディアが一斉に報じた。 区議は政府に「忠誠」を宣誓することが義務化され、「愛国者」とみなされなければ資格が剥奪されることから、これまでに計約 100 人の民主派区議が辞職や資格剥奪を迫られる事態になっている。
香港政府は 5 月に条例を改正して、区議の宣誓を義務化。 中国に反体制的な動きを取り締まる香港国家安全維持法(国安法)が施行されたことに伴うもので、民主的な選挙で選ばれる区議から体制に批判的な民主派を実質的に排除できる制度になった。 香港メディアによると、香港政府が今月中に区議へ宣誓を求めると表明したことから、8 日までの 2 日間で少なくとも 50 人の区議が辞職を表明したという。 午後 9 時半時点で、少なくとも 60 人に達したとの情報もある。 香港政府は 6 月 18 日までにすでに区議 44 人が辞職または資格を剥奪されたと明らかにしている。
事件の容疑者を中国に移送できる逃亡犯条例改正案に反対するデモが相次いだ 2019 年の区議選では、民主派が 388 議席を獲得して圧勝した。 香港メディアによると、このうち約 230 人の区議が、中国の政治体制を認めるなど今回の条例が求める要求を満たしていないとされ、宣誓しても資格が剥奪されるとみられていた。 すでに一部の区議は、国安法違反(国家政権転覆)の疑いで逮捕されており、区議会でも民主派が強い圧力を受けている。 (香港 = 奥寺淳、asahi = 7-8-21)
誰がリンゴをつぶしたか 「任務」を完遂した中国機関
反体制的な言動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)が中国共産党政権の主導で施行されてから、6 月 30 日で 1 年となる。 急速に自由が奪われていく香港の現状を報告する。 23 日夜、この日の編集を最後に廃刊が決まった香港紙「リンゴ日報」。 数百人の支持者が郊外の工業団地にある本社前に駆けつけ、屋上に集った記者らとスマホの白いライトを照らしあい、「ありがとう」、「香港、加油(頑張れ)」とエールを交わし合った。
編集局には、同紙創業者黎智英(ジミー・ライ)氏の娘で弁護士のジェイド・ライさんの姿もあった。 父親は香港国家安全維持法(国安法)違反の罪などで起訴され、収監が続く。 ジェイドさんは 26 年の歴史に幕を閉じた新聞を手にして、仲間たちと笑顔で記念写真に納まった。 社内は、最後の紙面を作り上げたという高揚感に包まれていた。 しかし、編集局が少し静かになると、ある記者は「悲しい」と漏らした。 記者たちの高ぶった気持ちは、当局によって廃刊に追いやられた怒りと挫折、そして無力感の裏返しでもあった。
経営と編集の各トップや主筆を拘束。 発行元の会社の資産凍結や、銀行への融資の禁止。 当局はなぜ、なりふり構わず容赦ない弾圧劇を繰り広げたのか。 中国政府に近い関係筋は、それがある機関の「任務」だったという。 「国家安全維持公署」。 昨年 7 月、香港に新設された中国政府の出先機関だ。 昨年 6 月 30 日に施行された国安法では公署の役割を、@ 香港における国家安全情報を分析・判断し、戦略や政策を出す、A 香港政府を監督・指導する、と定める。 「国家の安全」の名の下で、香港政府よりも上位に立つことが明確にされている。
ただ公署の公式ホームページも代表電話番号もなく、その内実は秘密に包まれている。 中国政府の関係筋や内部の事情を知る香港政界の有力者への取材で、公署の実態や、リンゴ日報に狙いを定めた経緯が見えてきた。 取材によると、公署には 300 人余りが勤務。 中国本土の公安当局や、外国のスパイを取り締まる国家安全省から派遣されている。 権限は非常に強く、リンゴ日報への強制捜査を担った香港警察は、公署の方針に従って取り締まりをしているに過ぎない。 公署は、中国政府が追求する「安定」を香港で実現させるための司令塔だという。
「大敵」だったリンゴ
その公署が大敵とみなしていたのがリンゴ日報であり、創業者の黎氏だった。 公署と関係を持つ複数の親中派によると、公署は黎氏について、北京の上級部門に以下のような趣旨の報告をしていた。 @ 黎氏は米国の代弁者である、A 民主派の資金源である、B 民主運動を組織していた - -。 そして黎氏がリンゴ日報を通じ、国に危害を与える情報を拡散させていると判断していた。 こうした情報から、中国政府は、黎氏の背後に米中央情報局 (CIA) がいるとみていたという。
黎氏が、資金を出して民主派を支援していたのは香港でも広く知られている。 ただ、反政府デモを組織する役割はほとんど果たしていなかった、というのが民主派らの共通認識だ。 だが「中国では伝統的に、事件には黒幕がいると考える(中国政府系の研究者)」とされ、誰かを「諸悪の根源」とレッテルを貼って北京に報告する傾向があるという。 公署の「見立て」を受けてか、中国政府で香港を統括する香港マカオ事務弁公室の夏宝竜主任は 2 月の会議で、黎氏を含む 3 人を「反中反香港分子の中でも極端に悪質で、厳罰に処さなければならない」と名指しした。 黎氏はすでに国安法を含む 9 案件と 11 罪名で逮捕・起訴されるなど、徹底的な弾圧にあっている。
公署内部と連絡を取り合う親中派はいう。 「彼らは、任務を完遂した。 中国共産党 100 周年の 7 月 1 日までに、中国批判を繰り広げるリンゴ日報を処理できたのは、公署にとっても予想以上の成果だったに違いない。」 (香港 = 奥寺淳、asahi = 6-26-21)
◇ ◇ ◇
職員は標準中国語を口にした 香港を黙らせた謎の組織
香港の繁華街、銅鑼湾(コーズウェイベイ)。民主派による反政府デモの集合場所だったビクトリア公園を見下ろす高層ホテルに異変があったのは、昨年 7 月初旬のことだった。
反体制的な言動を取り締まる香港国家安全維持法が中国共産党の主導で施行されてから 6 月 30 日で 1 年。 中国政府の出先機関による徹底的な弾圧で、民主派は次々と逮捕され、ほぼ壊滅状態となりました。 今では反政府デモは消え、政権批判を続けた新聞は廃刊に追い込まれる事態になっています。
全面ガラス張りで 2 階まで見通せていたエントランスは、白いアクリル板で目隠しされた。青いシャツに黒いズボン姿の男たちや、カーキ色のつなぎに銃を腰に携えた「特務警察」が道行く人を鋭い目で見ている。 ここに午前 8 時すぎから、マイクロバスや黒いミニバンで送迎される 20 代 - 50 代ぐらいの男女が、無言で出勤するようになった。
ホテルは、中国への反体制的な言動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)が施行されてから 1 週間ほど後、中国政府の出先機関「国家安全維持公署」が一棟丸ごと借り上げて本部として使い始めた。
「彼らは、中国本土の公安省と、外国人スパイを摘発する国家安全省の 2 系統から派遣されている。」 中国政府関係者と香港政界の有力者はそう話す。 公署の鄭雁雄署長は広東省スワトー市トップの書記時代に、党の末端組織の腐敗に反発した村民が自主選挙を行った「烏坎村事件」を、硬軟織り交ぜて収束させた「実績」がある人物。
他の幹部 4 人は、公安と国家安全部門のエキスパートだ。 このうちの一人、副署長の孫青野(別名・孫文清)氏は今年 1 月、米国務省に制裁対象に指定されている。 香港メディアによると、孫氏は国家安全省から派遣され、かつて共産主義青年団(共青団)の機関紙「中国青年報」に在籍していたこともあり、日本で勤務したこともあるという。ただ、公署内部の実態はベールに包まれている。
6 月、公署職員たちの動きを探った。 ある日の午後 8 時、約 15 人の職員を乗せたマイクロバスが公署本部を出た。 銅鑼湾から東へ 10 分ほどのホテルで 3 人ほどが降りた後、バスは湾岸のバイパスで今度は西側に向かい、乾物街近くのホテルに到着。 ここで全員が降りた。 関係者によると、この二つのホテルも中国政府が全棟を借り上げ、公署職員の宿舎にしていた。 両ホテルの入り口付近では、やはり青シャツに黒ズボン姿の男たちが規制線をはって警備していた。 公署本部を含む三つのホテルは、中国政府系の旅行会社や香港政府と関係の深い不動産大手が所有し、中国政府に便宜を図ったという。
この宿舎近くで、しばらく様子をうかがった。 職員の出入りはほぼすべて送迎バスかミニバン。 目立つのを避けるためか、職員が歩いて外出することはまれで、連れだって飲食に出かける姿はなかった。 ただ、ある夜、30 代くらいの男性がスマホで誰かと連絡を取りながらホテルから出てきた。 徒歩 2 分の中華料理店に入り、壁を背にした丸テーブルに座った。 数分後、男性より少し若い 2 人が合流。 さらに 5 分後、別の男性も加わり、4 人でドイツブランドのビールで静かに乾杯をした。
完全に秘密主義を貫く公署の職員はいったいどんな人たちなのでしょうか。 記者が、職員とみられる男性の会話などからその素性に迫ります。 記事後半では、中国の中央政府が香港に容赦ない取り締まりを始めた背景も伝えています。
「来、来。(さあ、さあ、食べよう)」 聞こえてくるのは、香港で使われる広東語ではなく、中国の標準語「普通話」の北方なまりだった。 4 人は広東省潮州風の鶏の手羽元の煮込みなどの料理を 1 時間あまり楽しみ、公署に戻った。 店関係者によると、4 人はよく食事に来るという。 左手の薬指に指輪をしている男性もいた。 ある職員は店員にはわずかに心を許したのか、単身赴任であること、自分たちが「公安職員」であると明かした。 ただ、どんな仕事をしているかは一切語らないという。
香港政府は公署の新たな本部向けに、九竜半島の海沿いに土地を用意した。 公署と関係を持つ親中派によると、数年後、ここに本格的な本部ビルを建てて移転し、職員も大幅に増員される見通しという。 (香港 = 奥寺淳)
有名無実となった「一国二制度」
国安法が施行されて 1 年。民主派の議員やメディア創業者、民主活動家らが国安法に違反したなどとして次々と投獄されている。 中国政府が、「高度な自治」を認めてきた香港の統治を国安法によって根底から変えてしまったためだ。 そのきっかけは、2019 年、事件の容疑者を中国本土に引き渡せる逃亡犯条例改正案をめぐり、市民が繰り返した大規模な反政府デモだった。 強硬な取り締まりを続ける警察と衝突し、11 月には若者らが香港理工大に立てこもり、火炎瓶や催涙弾が飛び交う事態になった。
中国政府に近い親中派メディアの幹部は「香港政府にはこの街を管理できないと見切り、党中央が直接統治に乗り出した」とみる。 中国政府主導で国安法を定め、国の安全維持に責任を持つ「国家安全維持委員会」も設置。 同委の顧問となった駱恵寧氏は、中国政府の香港出先機関「中央駐香港連絡弁公室」の主任だが、本土では山西省トップなどを務めた共産党幹部で、実質的な影響力は林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官をはるかに上回る。
そして「直接統治」を最も象徴するのが、国家安全維持公署だ。 国安法には、公署の職員は香港の法律を順守するよう書いてあるが、「身分証明書を持って国安法のもとで仕事をしている間は、香港当局から調べられたり、勾留されたりすることはない」とも明記され、事実上の「治外法権」が与えられている。 香港警察の徹底した取り締まりには、公署の指導だけではなく、忖度も働いている可能性がある。 公署と関係を持つ親中派は「彼らも官僚だ。 北京がなにを欲しているのか、自ら考え、ときには北京が求める以上の行動を取ることもある。」と話す。
ただ、公署も香港市民の感情を気にしている向きもある。 公署幹部の一人と会合を持ったいう香港政府に近い関係筋は「幹部は香港人が北京をどう思っているのか、また不満が爆発しやしないかと気をもんでいた。」と打ち明ける。 不透明さも際立つ。 2 月、香港政府の予算案に突然、「国家安全維持」の名目で 80 億香港ドル(約 1,130 億円)が初めて計上された。 香港メディアは「公署職員の給与などに充てられる」と報じて追及したが、警察を管轄する李家超保安局長(当時)は「戦争の機密のようなものだ」として非公開を貫いた。
中国共産党に批判的だった香港紙「リンゴ日報」が廃刊に追い込まれた 24 日の翌日、摘発を指揮してきた李氏を、香港政府ナンバー 2 の政務長官に抜擢する異例の人事が発表された。 「この人事はあなたの意思で行ったのか。」 25 日の記者会見で、中国共産党による人事ではないのかと詰め寄られた林鄭氏はこう答えた。 「最も優れた人を選んだまでです。」 (香港 = 奥寺淳、asahi = 6-26-21)
ベテラン記者「今日は泣かせて」 リンゴ日報廃刊
香港で民主派支持を鮮明にしてきた「リンゴ日報」が廃刊に追い込まれた。 中国に反体制的な言動を許さない香港国家安全維持法(国安法)のもと、当局は幹部らの逮捕や資産凍結、威嚇などなりふり構わぬ弾圧を続けた。
「今日は泣かせて欲しい」
廃刊が決まり、最後の編集作業となった 23日 夜。 同紙の編集局の部屋にいた男性記者が、朝日新聞記者に SNS のメッセージを送った。 2 日前に週内での廃刊話が持ち上がったとき、「香港からリンゴ日報が消えるなんて悲劇だ」と語っていた。 この日は中国担当主筆の男性 (55) が、国安法違反容疑で逮捕。 編集作業を続ければ自らの身も危ういはずだが、20 年以上のキャリアがある男性は「明日の最後の新聞に向けて、今日は忙しくなる」と言い残して作業に戻った。
逮捕のリスクに加えて、関連 3 社の資産凍結で給与支払いの見込みも薄い。 それでも別の女性記者は、「警察が摘発に来るといううわさもあるが、みんな戻ってきて仕事に取りかかった。 清掃担当のスタッフは『給料が出なくても働く』と言っている。」と話した。
「読者とともに最終章を書く」
同紙編集トップら 5 人を逮捕するなどした警察の強制捜査から 6 日。 国安法はリンゴ日報に猛威を振るってきた。 香港メディアによると、警察を統括する保安局は香港の銀行 7 行に対し、「凍結した資産を動かしたり、融資したりすることは許さない」と指示。 さらに「いかなる者もリンゴ日報を支援する行為は国安法に触れ、国の安全に危害を与える行為とみなされる恐れがある」と警告した。
国安法を振りかざす対応に、警察を統括する李家超保安局長が 17 日に開いた会見では、記者から「市民がリンゴ日報の新聞や(同紙の発行会社「壱伝媒(ネクストデジタル)の)株を買ったり、SNS で『いいね』をしたりしても犯罪になるのか」などの質問が殺到。 だが、李氏は直接の回答を避けた。 23 日に国安法違反容疑で逮捕された同紙の中国担当主筆は、執筆した記事が「外国勢力との結託」にあたり、国の安全に危害を与えたとされた。 ただ、どの論評が問題かは明らかにしていない。
主筆は昨年 7 月、同 9 月に予定されていた立法会選前に民主派が実施した予備選で、予想を超える市民が参加したことから「国安法の圧力下でも香港人の民主や自由を求める勇気と知恵は損なわれていない」と指摘。 それでも中国が香港人の自治への訴求を顧みないならば、「西側諸国の制裁を招き、中国がそれに報復したら国際社会の笑いものになるだろう」と書いた。
こうした主張が反体制的とみなされ、国安法違反とされた可能性がある。 警察は予備選に参加した民主派議員らもその後、国家政権転覆を企てたとして国安法違反容疑で逮捕している。 体制に逆らうあらゆる行為に国安法を適用して民主派を追い詰めている。 香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は 22 日、「国の安全に危害を加える行為を美化すべきではない」と警察の対応を正当化。 米国務省から「政治的な意図に基づいてリンゴ日報を標的にしている」と非難されたことについても、「国安法がメディアを弾圧しているという米国の主張は間違っている」と否定した。
何が違法行為となるのか明確にしない当局の姿勢に加えて、国安法で民主派の多数が摘発されている事実もあり、同社を表立って支援しようとする動きは見えてこない。 リンゴ日報は 23 日夕、「ともに歩んだ 26 年、良き戦いは終わった。 読者とともに最終章を書く。」と題する記事を配信。 創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏は自由と民主を擁護し、政権を監視するために同紙を発行したとし、その過程で「広告が封殺され、政治的圧力を受け続けた」とも述懐した。 それでも同紙は言論の自由のよりどころだったとし、「読者とともに歩んでこられたことに心残りはない」と結んだ。 (香港 = 奥寺淳、asahi = 6-23-21)
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「リンゴ日報」近く停刊か 当局の圧力で人も金も危機に
中国政府に批判的な香港紙「リンゴ日報」を発行する「壱伝媒(ネクストデジタル)」は 21 日、役員会を開き、同紙を停刊するか 25 日に正式決定することを決めた。 中国共産党が導入した香港国家安全維持法(国安法)で経営や編集のトップが相次ぎ逮捕され、会社の資金も凍結されていた。 警察は銀行に同社への支援を禁じており、香港メディアは、運転資金が確保できなければ 26 日付朝刊で発行を終えると伝えている。
高度な自治が保障された「一国二制度」のもと自由な言論が認められてきた香港の報道機関が、昨年 6 月施行の国安法を用いた当局の圧力で停刊にまで追い込まれつつある。 複数の香港メディアは、リンゴ日報内部の情報として、新聞を停刊することになれば、デジタル版によるニュース配信も終了すると伝えた。 香港警察は 17 日、同紙が掲載した約 30 本の記事が、外国に中国や香港政府への制裁を求める内容だったとして強制捜査に着手。 ネクストデジタル最高経営責任者 (CEO) の張剣虹氏や、リンゴ日報編集長の羅偉光氏ら幹部 5 人を、国安法違反の疑いで逮捕した。
またリンゴ日報本社や印刷会社など 3 社も 18 日、国安法違反の罪で起訴され、3 社の資産約 1,800 万香港ドル(約 2 億 5,500 万円)も凍結された。 同紙創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏 = 未許可デモ組織などの罪で実刑判決 = が保有する計 4 億香港ドル(約 57 億円)ともいわれる資産も、5 月に凍結されていた。 警察は香港の銀行 7 行に対し、3 社の資金を動かすことを禁じ、リンゴ日報を助けるいかなる行為も国安法に違反すると警告。 リンゴ日報は銀行から運転資金を調達するのが難しくなり、6 月の給与も支払えない恐れが強まっていた。
リンゴ日報によると、壱伝媒は香港政府に凍結された資産の一部解除を申請する。 その結果を受けて 25 日に再び役員会を開き、停刊するかを正式に決める。 リンゴ日報は、実業家の黎氏が 1995 年に創刊。 97 年に香港が中国に返還されて以降、香港メディアが中国資本を受け入れて中国化が進むなか、同紙は独立経営を維持。 香港の主要メディアのなかで、正面から中国共産党を批判するほぼ唯一の存在だった。 (香港 = 奥寺淳、asahi = 6-21-21)
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「記事 30 本が国安法違反」 香港リンゴ日報幹部を逮捕
中国政府に批判的な香港紙「リンゴ日報」を発行するメディアグループの最高経営責任者 (CEO) ら幹部 5 人が 17 日、香港国家安全維持法(国安法)違反の疑いで香港警察に逮捕された。 警察によると、約 30 本の記事が外国に中国や香港政府への制裁を求める内容だったとして、「外国勢力と結託して国の安全に危害を加えた」としている。
同紙創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏も未許可デモ組織の罪などで実刑判決を受け、国安法違反の罪でも公判が続く。 中国に対し反体制的な言動を取り締まる国安法のもとで、当局が黎氏個人だけでなく、リンゴ日報というメディアにも照準を定めていることが鮮明になった。 報道の自由が脅かされる事態に、国際的な批判が高まりそうだ。
同紙によると、同日朝に逮捕されたのは、同紙を発行する「壱伝媒(ネクストデジタル)」 CEO の張剣虹氏や最高執行責任者 (COO) の周達権氏、リンゴ日報編集長の羅偉光氏ら幹部 5 人。 警察は同社本社を捜索し、取材資料も含めた文書などを押収。 リンゴ日報や印刷会社など 3 社の資産約 1,800 万香港ドル(約 2 億 5,500 万円)を凍結した。
同紙本社前で会見した香港警察国家安全処の李桂華・高級警視は、「2019 年から現在までにリンゴ日報の紙面、デジタル版に掲載された約 30 本の記事が、外国に中国や香港政府に対する制裁を呼びかける内容だった」と主張。 ただ、具体的な容疑の内容については明らかにしなかった。 香港メディアによると、警察は同紙に対し、外国に中国と香港政府への制裁を求める内容の記事を削除することを求めるという。
中国共産党の主導で国安法が施行されて以降、香港警察は民主派を相次いで逮捕し、弾圧姿勢を強めている。 創業者の黎氏も、SNS やメディアを通じ香港の民主派への支持を訴えたことが中国や香港への米欧からの制裁につながったとして、外国勢力との結託の罪に問われている。 (香港 = 奥寺淳、asahi = 6-17-21)
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