1 - 2

急成長 SHEIN に負けるな 衣料系のテックスタートアップ

中国発の衣料品ネット通販 SHEIN (シーイン)は企業価値 1,000 億ドル(約 14 兆円)と世界で 3 番目に大きなユニコーン(企業価値 10 億ドル以上の未上場企業)だ。 労働環境などで疑問の声が出ているものの、若者の人気を集め、米国のファストファッションでは売り上げ首位に立つ。 同社のようにファッション分野の様々な領域で新しい技術を持つスタートアップが台頭し、少量多品種の開発・生産やインフルエンサーを使ったマーケティングなどで新風を起こしている。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米 CB インサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。

シーインは 2008 年創業で、当初は衣料品の卸売りを手掛けていたが、14 年に中国発のアパレル通販ロムウェ (Romwe) を買収した後、品ぞろえを拡大した。 多品種少量生産と SNS (交流サイト)を駆使したマーケティングにより、22 年には米国でのファストファッションの売上高全体に占める割合が 28% と、ZARA やヘネス・アンド・マウリッツ H & M)、フォーエバー 21 を抜いて首位に躍り出ている。

もっとも、シーインの生産プロセスのサステナビリティー(持続可能性)や、労働者のウェルビーイング(心身の健康や幸福)には疑問の声もある。 スタートアップは人工知能 (AI) を活用したお薦め商品の提案、オンデマンド生産などにより、他のファストファッションが競争力を維持しながら環境や社会への影響を低減できるよう支援している。 今回はスタートアップがバーチャル(仮想)試着からトレンド解析まで、シーインにどう挑んでいるかを取り上げる。

シーインに挑むスタートアップ

シーインに挑むテクノロジーやプロダクトを 3 つのカテゴリーに分けた。

  • デジタルでの買い物客とのエンゲージメント(つながり) : ブランド各社がユーザーとのつながりを強化できるよう、オムニチャネル(店舗とネット通販の統合)や個別化した顧客体験を支援するツールを手掛ける企業。
  • サプライチェーン(供給網) & 物流テック : 小売りのバックエンド業務や返品の支援と効率化を手掛ける企業。
  • マーチャンダイジング(商品政策)テック : 既存商品の新たな提示方法などの分野。 需要予測や 3 次元 (3D) デザインモデリングなどのツールを活用する。

デジタルでの買い物客とのエンゲージメント 後払い決済「BNPL」

BNPL サービスにより、消費者は POS (販売時点情報管理)システムを通じて柔軟で利息のかからない分割払いで商品を購入できるようになった。 主な利用者はファストファッションの大半の顧客と同様に、1990 年代半ば以降に生まれた「Z 世代」や 80 年から 90 年代中盤に生まれた「ミレニアル世代」だ。 BNPL は様々な業界で消費者のお金の使い方を変えつつあり、顧客のニーズに対応した小売りの差異化も促している。 米 C+R リサーチの最近の調査では、分割払いで買い物をする際にクレジットカードではなく BNPL を使うと答えた利用者は半数以上を占めた。

カナダのルルレモン・アスレティカ、米アーバン・アウトフィッターズ、米ターゲットなどの大手小売りはすでに BNPL を決済手段として導入している。

  • BNPL を手掛けるスウェーデンのクラーナは加盟店と提携し、高額の買い物の分割払いを提供する。 アクティブユーザーは 1 億 4,700 万人、加盟店は 40 万店以上、1 日あたりの取引数は 200万件に上るという。
  • 仏アルマは企業が自社の顧客に BNPL を提供するほか、決済システムを完全にデジタル化して顧客の消費や店舗の売り上げを管理できるサービスを提供している。

インフルエンサーテック

シーインは SNS のインフルエンサーをマーケティングツールとして活用する仕組みを築いている。 インフルエンサーに一律の料金を払い、無料で提供した商品の「購入品」紹介動画を作成し、商品にサイトへのリンクを貼ってもらう。 若手のデザイナーが賞金 10 万ドルと自分のデザインした服をシーインのサイトで販売できる権利を目指して競うリアリティー番組も手掛ける。

22 年には「インフルエンサーマーケティング」業界の規模は 164 億ドルに達する見通しだ。 消費者はインフルエンサーがブランドをどう評価するかを注視している。 米メタ(旧フェイスブック)の調査では、画像共有アプリ「インスタグラム」で商品の情報に関する投稿を閲覧した後、そのブランドについてさらに調べるか購入するかの行動をとった人は 87% 以上に上った。

  • 米マーベリックはブランドのターゲット層にぴったり合うインフルエンサーを見つけ、マネジメントを支援するプラットフォームを運営する。 22 年に米投資ファンド、サミット・パートナーズからグロースエクイティ(すでに一定の売り上げのある企業が規模を拡大するための投資)で 1 億 3,500 万ドルを調達した。
  • 英 The Diigitals は人間の代わりに 3D モデルを活用してデジタルソースで服を紹介するインフルエンサーマーケティングの代替策を手掛ける。

サプライチェーン & 物流テック オンデマンド生産

シーインの特徴である多品種少量生産モデル(一つのスタイルで約 50 - 100 着)は、ファストファッションでのオンデマンド生産の重要性を示している。 同社のこのモデルにより、ライバル各社は生産サイクルの一段の短縮を迫られている。 小売り各社は在庫を削減し、さらに期間が短くターゲットを絞ったシーズンを運営し、様々な好みの消費者を一気に満足させられるテクノロジーに目を向けている。

  • 米ブイパーソナライズ (vPersonalize) は衣料品をカスタマイズし、商業レベルでオンデマンド生産するツールを提供する「SaaS (ソフトウエア・アズ・ア・サービス)」企業だ。 同社は 18 年に新株発行を伴う資金調達で 100 万ドルを調達した。
  • H & Mは 18 年、売れ残りの在庫が 40 億ドル相当に上ったことを明らかにした。 売れ残りに伴う損失を減らすため、20 年には傘下のブランド「ウィークデイ」とオンデマンドのデニムメーカー米アンスパン(Unspun)がコラボし、一人ひとりの好みに合ったオーダーメードジーンズを生産した。

シーインのアプリには毎日大量の新着商品が並ぶ リセール・アズ・ア・サービス (RaaS)

ブランド各社は古着を再販することで二酸化炭素 (CO2) 排出量を削減し、大抵は大幅に安い価格で消費者に衣料品を提供できる。 米プリティーリトルシングや英ブーフーなどのファストファッションは最近、自社の電子商取引 (EC) プラットフォームで古着販売サービスを始めると発表した。 だが外部 EC では、アパレル各社はブランド認知度以外のメリットを得ていない。 そこで、スタートアップはブランド各社が自社 EC に古着のマーケットプレースを組み込めるよう支援し、「リセール・アズ・ア・サービス」の分野に創造的破壊をもたらしている。 ブランドはこれにより、新商品を発表しなくても価格に敏感な消費者を取り込む効果も見込める。

  • 米レキュレートは EC 企業が自社サイトに埋め込める再販マーケットプレースを提供する。 商品の認証や買い手の保護など、外部の再販システムにはあまりない信頼やセキュリティーの機能も提供する。
  • 米トローブはルルレモンや米アウトドア用品大手のパタゴニア、米リーバイ・ストラウスなどのブランドと提携し、既存の EC に組み込む再販チャネルの構築を請け負う。

トレーサビリティー(生産・流通履歴の追跡)テック

トレーサビリティーテックはサプライチェーンの情報を詳細に追跡する。 サプライチェーンでの CO2 排出量の追跡や、労働者の健康と安全のモニタリングなど、持続可能な慣習に対する政府の規制や消費者の要望が高まっているため、これは今後さらに重要になるだろう。

  • ブロックチェーン(分散型台帳)技術は商品の経路を追跡し、ブランド各社による倫理的で持続的な調達を可能にし、サプライチェーンでの連携を促し、追跡可能性を高める。 米オムニチェーン・ソリューションズ、オランダのサーキュライズ、インドのテキスタイル・ジェネシスなどの SaaS 企業はブロックチェーン技術を活用し、小売りのサプライチェーンの透明性と効率を高めている。
  • 一方、ニュージーランドのオリテイン・グローバルはオーガニック繊維のサンプルを集めてチェックするほか、産地を追跡して原材料を倫理的かつ持続的に調達しているかどうかを判断する。

アップサイクル & リサイクル素材

各国政府はファッション業界の廃棄物について懸念を示し、対応を求めている。 例えば、欧州連合 (EU) のシンケビチュウス委員(環境・海洋・漁業担当)は 22 年初め、30 年までに全ての衣料品をリサイクル繊維を原材料にした「寿命が長くリサイクル可能なもの」にすべきだと提唱した。

消費者も天然繊維の利用を増やすよう求めている。 米国の調査では、コットンやウール、シルクなど天然繊維を使った衣類を購入したいと考えている消費者は約 72% に上る。 だが、こうした衣類を大々的に再利用するのは困難だ。 衣料品の廃棄や、廃棄品を再利用する「アップサイクル」の推進を巡る問題に対処するため、メーカー各社は代替繊維に注目している。

  • 米エバニューはコットンベースの布地を細かくし、繊維状の原材料にする技術で特許を取得している。
  • メキシコのポリビオンなどの企業は果物のごみから高性能で持続可能な革にそっくりのバイオ素材を生産する。 同社は 22 年 3 月のシリーズ A で 440 万ドルを調達した。

マーチャンダイジングテック 3D デザインモデリング

米コンサルティング大手のマッキンゼー・アンド・カンパニーによると、従来のデザインのプロセスはいやになるほど長く、生産にこぎ着けるまでに大体 3 - 8 カ月かかる。 3D 素材を作成している企業は、すぐに市場に参入できる効率的でシームレスなデザイン作成に取り組んでいる。 米 CLO バーチャルファッションは、衣類をシミュレーションして生産開始の直前まで変更を加えられるシステムを提供する。 韓国の z-emotion はデザインを一から作ることなく、既存の 3D モデルを微調整するだけで衣料品の新たなデザインを作成できる。

AI を活用した検索 & レコメンドエンジン

AI を活用した検索 & レコメンドシステムは顧客が購入に至るプロセスを個別化し、オンラインのコンバージョン(成約)率と顧客満足度を高める。

  • オンラインではデータのプライバシーと個別化を両立するのは難しい。 米クロッシングマインズと米ブルームリーチのプラットフォームはこの問題の解決を目指している。 両社のアルゴリズム(計算手法)はサードパーティー(外部)データではなく、クリックなどサイト上の行動に基づいて商品を薦める。
  • 英 PSYKHE はクリックだけでパターンを見つけるエンジンをディスラプト(破壊)しようとしている。 代わりに性格診断に基づいて顧客の好みに合う商品をマッチングする。

需要予測 & 在庫の最適化

どんなアイテムを生産するかを効果的に予測し、計画することは、ファストファッション分野でしのぎを削る小売りにとって死活問題だ。 ブランド各社はデータに基づいてより迅速で正確な意思決定ができるテックに目を向けるようになっている。 需要予測と在庫の最適化に特化した SaaS 企業はデータとモデリングを活用し、どんなスタイルが市場で最も良い結果を出せるかを予測する。

  • 米カンバーサイト AI、米インパクト・アナリティクス、米アルゴは AI を活用して消費者の需要と購買行動を予測し、ブランドの在庫の安定を図る。
  • 米ロブリングはデータインフラサービスを通じて在庫管理と需要の計画を策定する。 小売りはデータのクリーニングや構造化ではなく、データに基づく判断という創造的な業務に集中できる。

トレンドの発見

トレンド発見テックはブランドが消費者の需要に焦点を定め、次のシーズンにどんな色やパターン、スタイル、生地が流行るかなど商品を理解するのを支援する。 先を見据えるブランドは衣料品やスタイルの流行を大々的に判断するソフトウエアやデジタルツールに注目している。 多くの企業はターゲット層に適した服を提供できるよう、SNS の画像や映像など視覚データの分析を手掛ける。 仏へウリテックとトルコの T ファッションは小売り向けに衣料品のトレンドについての予測分析を手掛ける。 SNS にシェアされた画像を AI で解釈し、ブランドは消費者がどんな色や形、柄、素材を着ているかを把握できる。

バーチャル試着

バーチャル試着テックにより、消費者はブランドのサイトにとどまったままで着用時の見た目やフィット感を確認できる。 これにより顧客体験が向上するだけでなく、返品コストも減らせる。 中国の EC 最大手アリババ集団や米アマゾン・ドット・コム、仏ケリング、米ナイキなどの大手小売りはすでにこの分野のテック企業とビジネス関係を結んでいる。

  • 米 3D ルックとスウェーデンの The Fit は消費者に写真を数枚撮影してスキャンしてもらい、体形を分析する。 そのデータに基づき、AI インターフェースが最適なサイズを提案する。
  • シンガポールの Size n Fit は写真を使わず、ユーザーに身長や体重、好みのフィット感、好きなブランドで着ているサイズについて尋ねる。 この情報に基づいて一人ひとりに適したサイズを薦める。 (CB Insights/nikkei = 11-28-22)

アパレル業界、8 割が「売れない商品」 不良在庫になると分かっているのに、なぜ大量に仕入れるのか?

なぜアパレル業界では大量に商品を仕入れるのか?

ルイ・ヴィトンやエルメス、カルティエなど有名なハイブランドを多く輩出するフランスは、2022 年 1 月に「売れ残った衣料品の廃棄を禁止」する法律を施行しました。 売れ残りは寄付やリサイクルが義務付けられ、違反した場合には最大 1 万 5,000 ユーロの罰金が課されます。 これは、アパレル業界の常態化する在庫過多を解消するための取り組みと推測できます。 もちろん、日本も例外ではありません。 当社、フルカイテンが運営する在庫分析クラウドシステム「FULL KAITEN」のデータを分析したところ、アパレル業界で在庫過多が解消されない理由が明らかになりました(168 ブランドを対象に調査)。

その理由とは「売れる商品が分かっていない」ということです。 データによると、各企業が抱えている全商品のたった 20% の商品が利益の 8 割を生み出していることが分かりました。 利益を生み出していない残り 80% の在庫をそもそも仕入れる意味があるのでしょうか? 日本のアパレル業界の現状を振り返りながら、「不良在庫を売れる商品にする方法」を解説していきます。

アパレル業界が在庫問題を 30 年近く解決できない理由

「利益を生み出さない 80% の不良在庫」について論じる前に、日本のアパレル業界の実態を紹介します。 経済産業省によると、アパレルを中心とする衣料品などの 19 年の市場規模は 11 兆円でした。 1991 年(15.3 兆円)と比較すると約 30 年間で 4.3 兆円縮小しています。 これは、市場規模が約 3 分の 2 に縮小しているということを指します。 一方、繊維産業の国内供給点数は 90 年が 20 億点だったのに対し、2019 年には約 40 億点と 2 倍に増えています(20 年はコロナ禍の影響で 35.7 億点へ減少)。 縮小する市場規模と増加する供給量が、供給過多による大量の売れ残りが発生している実態を示唆しています。

30 年間の在庫問題 バブル崩壊前後で変化

なぜ約 30 年間も在庫問題を改善できずにいるのでしょうか。 それはバブル崩壊前と後の時代変化が関係します。 バブル崩壊前は、アパレル業界でも在庫の 8 - 9 割が定価で売れる時代でした。 このため、欠品が起きないよう多くの在庫を抱えること自体が正しい戦略だったのです。 「作れば作るほど売れる時代」だったと言えるでしょう。

しかし、バブル崩壊による不況と市場縮小で、在庫の 5 - 6 割しか定価で売れなくなり、現在もその水準が続いています。 定価で売れない残り 4 - 5 割の在庫は値引きを余儀なくされ、利益を大きく毀損します。 バブル崩壊前の在庫量で勝負する戦略が通用しなくなっているのが今の時代なのです。 大きな消費行動の変化が起きているにもかかわらず、現在も多くの企業が間違った方法で勝負しているように感じます。

また、原価率はほとんどの企業で社内ルールとして決められているため、売上目標に社内ルールの原価率を乗じた額が自動的に仕入れ額になります。 つまり、市場縮小を無視した形で在庫高を決めてしまっているのです。 市場規模の縮小から目をそらして、売上増加を前提に在庫を増やしているのは市場の流れに逆らっており、大きな矛盾と言えるでしょう。 これが在庫問題を 30 年近く解決できていない主要因だと筆者は考えています。 では、不良在庫を持たないために仕入れる量を調整すればいいのでしょうか? もちろん、そんな簡単な話ではありません。

「この商品は売れるの? 売れないの?」

「最初から仕入れの量を調整する」という考えは市場が縮小しているので一つのやり方だと思います。 しかし、少なめに仕入れた商品が大ヒットしたらどうでしょうか? 多大な機会損失につながってしまいます。 このような機会損失を恐れるあまり、仕入れはどうしても過剰になりがちです。 また、売り出してみないとどの商品がヒットするかは分かりませんので、商品の種類も増やしがちです。 これも在庫が過剰になる原因です。 不良在庫と化してしまっていた 80% の商品はこうして生まれるのです。

さらに、商品の生産スケジュールも不良在庫を作り出す理由の一つです。 現在はコストを抑えるために半年 - 1 年前に海外の工場に新商品の発注をかけるやり方が一般的です。 結果的にトレンドから外れた商品が量産されてしまう可能性も十分にあります。 最近は、AI によって商品の需要予測を立てられるようになりましたが、AI にも得意・不得意があります。 在庫や売り上げなど、企業が持っている内部データを参照して需要を予測する技術は向上してきたものの、半年 - 1 年も先の需要を正確に予測することは困難です。 AI の精度は予測し得ない、ライバル店の突発的なセールや感染症などの外的要因に対して極めて脆弱なことが理由です。

しかし、「半年 - 1 年先の長期の需要予測が当たらないなら、アパレルビジネスは博打なのか?」というと、そういうわけでもありません。 実は AI は、売り始める前の商品企画段階での長期の需要予測よりも、売り始めてからの実売データを使った短期の需要予測の方が得意です。 ですから計画と実績の乖離を短期の需要予測で予見することで、実は売れるはずの商品を見つけて機会を逃さず販売するという販売計画の修正ができます。 逆に、予測に反して売れそうにない商品は早めに値下げして在庫リスクを回避するといった販売計画の修正もできるようになるのです。

アパレル事業は季節商品がほとんどですので販売期間は 3 カ月ほどしかありません。 その中でも定価で売れると言われる期間は 8 週間ほどです。 この短い期間に売れる商品を半年 - 1 年も前に予測するのがどれほど難しいことかは感覚的にも理解できるのではないでしょうか。 つまり、アパレル事業の収益ポイントは 3 カ月という短い販売期間内での販売計画の修正力にあります。 計画と実績の乖離を予見し、タイムリーに販売計画を修正することで、できるだけ利益を失わずに(余計な値引きを抑えて)在庫消化を実現する。 これがアパレル事業の収益性を改善する際のポイントになります。

80% の不良在庫を売れる商品にするには?

AI を用いた販売計画の修正は、全在庫を「質」に応じて 4 つに分類することで実現できます。

優 : 今なら値引きをしなくても売れそうな商品
良 : 今少しだけ値引きをすれば在庫消化が加速して、利益を毀損せずに済む商品
可 : 比較的早く売り切れるが、この先売上や利益に貢献しないので手を打つ必要がない商品
不可 : このまま手を打たないとますます売れなくなる商品

在庫の質は「売れる」、「売れない」の 2 択ではなく、「まあまあ売れる」というグラデーションが存在します。 そして、その「まあまあ売れる」に分類される「可」「良」の一部が不良在庫予備軍となります。 では、不必要な値引きをせずに適切に在庫を消化するためにはどうすればいいか、適切な打ち手をまとめました。 在庫の質にグラデーションがあることを加味せず、売れていない在庫を一律で「20% オフ」のように値引きをすると、本来値引きする必要がない商品まで過剰に値引きしすぎることになり、得られたはずの利益を失います。

アパレル業界がこのような弊害に気付きつつも、今ある在庫を利益に変える在庫分析に苦戦しているのはなぜでしょうか?

多くの場合、売り場での対応や今後の商品計画などに追われ、数千から数万ある全ての商品を分析する時間が確保できていないことが原因です。 3,000 個の商品のうち 1,000 個の商品を人力で分析できたとしても、残りの 2,000 個の商品の在庫リスクは日々変化しており、ごく一部を分析しても根本的な解決にはつながりません。 なおかつ、在庫の質はグラデーション状であり、4 段階に分類するという明確な視点が欠けていることも原因になっていると言えるでしょう。

商品数が非常に多くて人力で分析し切れない場合、IT ツールを有効利用するのも有力な選択肢の一つになります。 そして、無数にある在庫を分析する際には、全在庫を「質」に応じて 4 段階に分類するという明確な視点を持つことで、今ある在庫を利益に変える在庫分析がしやすくなるでしょう。

その値引きは本当に必要か?

当社のお客様の中で、年間 30 億円の値引きをしている企業がありました。 もし 1% でも値引きを抑制できたら、年間で粗利が 3,000 万円増えます。在庫の質の可視化は、企業の財務改善に大きな影響を与えることが分かると思います。 原価を抑えるために、売れるはずもない量を大量生産して「在庫の物量」で勝負する時代は既に終わりました。 今は「在庫の効率」で勝負する時代です。 在庫効率は、抱えた在庫をできるだけ値引きせずに販売し粗利を最大化することで上がります。

「在庫の物量」が売上の機会損失を減らす戦いだとすると、「在庫の効率」は粗利の機会損失を減らす戦いだということです。 日本のように人口減少と高齢化が加速している縮小市場においては、在庫の物量で勝負する売上重視のビジネスでは超大手企業を除いて価格競争の波に飲まれるため、生き残りが困難です。 縮小市場におけるセオリーは在庫の効率で勝負する粗利重視のビジネスです。

また売上重視の弊害とされる大量生産・大量廃棄は、二酸化炭素排出や資源の枯渇といった環境問題や、児童労働や強制労働といった人権問題も課題視されています。 そういう意味においても、アパレル業界が目指すべき経営スタイルは在庫の効率で勝負する粗利経営だと筆者は考えています。 (ITmedia = 11-9-22)

瀬川直寛 (せがわなおひろ) : フルカイテン株式会社代表取締役。 慶應義塾大学理工学部を卒業後、外資系 IT 企業等を経てベビー服等の EC を起業。 在庫問題が原因で直面した 3 度の倒産危機を乗り越える過程で外的要因や予測不能な変化に強い小売経営モデルを創出。 それを『FULL KAITEN』として 2017 年にクラウド事業化。 現在は EC 事業を売却し FULL KAITEN に経営資源を集中している。


ザラの 12 倍、生産日数は半年!? 日本のアパレルが海外工場から「無視」されている事情とは

SDGs の時代、「消費者が必要な時に必要な量だけ」は嘘

現在、日本のアパレル企業に対して、過剰生産が指摘され、在庫問題が産業界を破壊することが明確になっている。 これを受けアパレル各社は、粗利改善のために「消費者が必要な時に、必要な量だけ」を運ぶ、などと判を押したように言っている。 だが、そんなことができるならなぜ今までやらなかったのかという疑問が湧いてくると同時に、今後、こんな芸当はますますできなくなり、余剰在庫はますます増える。 順を追って説明しよう。

  1. 商社とアパレルの南下政策の代償 円安時代でも輸出できない

    90 年代から 2000 年代にかけておきた DC ブームでアパレルは我が世の春を謳歌してきた。 極端な言い方をすれば、計数管理など不要。 アパレルビジネスは感覚だとうそぶき、顧客より商品を見て、とにかく商社に商品を作らせ、調達原価から 3 倍から 5 倍の売価をつけて売れば山のように利益が出る時代があった。

    当時、商社とアパレルは 5 年ごとに生産拠点を、韓国、台湾、香港、次に広東省から北へ、次いで東南アジア、タイ、そして南アジアのバングラデッシュへと代え、コスト競争を繰り広げてきた。 この南下政策によって、アパレル衣料品の平均単価は、バリューチェーンをほとんど変えることなく 6,000 円台から 3,000 円台へと下落しても耐えられ得るコスト競争力を得られた。

    しかし、ここでアパレル企業は大きなミスを犯す。 本来、こうしたコスト競争力の低下は消費者に還元すべきなのに、例えばプロパー消化率 50%、最終消化率 80% で 20% を損金処理しても営業利益がでるように上代をあげて帳尻を合わせたのである。 当然、ゲームチェンジャーといえるファーストリテイリングは、原価率 45% で損金処理までの期間を 5 年以上としてプロパー消化率 80% 以上で販売し、上代を低く設定したのである。 つまり、値付けを世界基準にし、安かろう悪かろうという従来の常識を覆し、安かろう良かろうを実現したわけだ。 今勝っている、ハニーズ、ワークマンなどの SPA はみな同じ戦い方をしている。

    そして、生産拠点を南へ、南へゆくことで、もはや日本で生産している衣料品は総投入量の 1% 台に達し、この円安の時代でも輸出できる生産拠点が日本にはないという結果になった。

  2. 人口減少と所得低下により先進国で最下位の国となる

    政治の問題がさらに拍車をかける。 日本政府は国家戦略を持たず、金融や公共事業で難局を乗り切ろうとした。 だがこの政策も失敗し、いわゆる失われた 30 年に突入した日本は先進国の中でもっとも消費が期待できない国となった。 「景気の鏡(かがみ)」といわれる衣料品だが、学校の SDGs の授業で「衣料品は無駄に買うな、大量消費が悪いのだ。 一度買った服は長く着ろ」と教えられた結果、消費者は着飾ることを諦め、ユニクロ以外を選択することがなくなっていった。 さらに物価高と所得減により、ユニクロをメルカリでしか買えないほど貧しくなり、アパレル産業に逆風が吹き荒れた。

    こうした日本の課題を解決する政府の会合では、全く消費者の実態を理解していない人間が、SDGs について、「Hermes が、LOUIS VUITTON が、、、」という話を持ち出し、私が「一体、誰の話をしているのか。 我々は、日本の産業政策の話では無いのか? ならば、話すべきは日本企業とそれを買っている圧倒的多数の消費者ではないか」というと、「ここは、ビジネスの話をする場ではない、これからは質の時代だ」と、企業が利益を出さねばそもそも潰れてしまう、という基本的知識もなく、彼の地のスーパーブランドの話に興じ、我々とは関係ない話しを続け建設的議論もなされない実態を見てきた。

  3. 台頭する中国企業によりアパレルビジネスは新しい時代へ

    映画、音楽、ドラマなど、エンタメの世界は完全に韓国に抜かれ、デジタル技術では中国の後塵を拝し、メディアはリッチコンテンツ、つまり画像や動画に主戦場が移り、日本のファッション雑誌は壊滅状態となり、米国 Meta (旧 Facebook) のインスタグラム、あるいは中国 TikTok のような動画コンテンツが Z 世代と呼ばれるデジタルネイティブに訴求している。 日本だけでなく世界の Z 世代は、中国 Shein のようなテック企業による越境 D2C、Dholic を代表とする韓国プラットフォーマーに完全に囲い込まれ、日本のアパレル企業は田舎の老人相手のビジネスに追いやられた。

    しかし、それでも縮小する市場に残り、成長している世界(特に東南アジア、米国など)に出ることをせず、レッドオーシャンと化した日本で潰し合いをやり、ひたすら「QR」にすがっている。 それも、90 年代の QR は、欠品ロスを最小化する目的だったが、2020 年以降は、「在庫を残さないことを目的とする QR」に最後の望みを託すようになった。

  4. アジアの工場は、日本アパレルを無視 中韓ブランドに方向転換

    しかしその QR も、付き合ってくれる海外の工場があればこそ、だ。 「何度も無駄なサンプルを作らされる」、「量産発注は驚くほど小ロット」、「コストプレッシャーが半端ない」など、「うるさい」、「すくない」、「安い」の三悪企業と見なされた日本のアパレル・商社を見限って、アジアの工場は、成長する中国大陸や東南アジアを主戦場とした韓国、中国アパレル・ブランドの方に向くようになり、「日本のアパレルは無視」するようになった。

    私はあれほど「QR などもはや通用しない、QR ばかり追いかけるから工場の段取り替えが増え製造コストが上昇し、商品も同質化してコスト競争になる」と批判をしてきたにも関わらず、今度は、「PLM を導入すればリードタイムが短くなる」など、まったく状況把握ができていない解決案であちこちで自滅の道を歩んでいる。

    今、平均リードタイムはバングラデッシュやミャンマーで 3 - 4 ヶ月から半年。 中国で 2 - 3 ヶ月で、この 20 年で約 2 倍になっている。 ZARAの素材備蓄と世界中に張り巡らされたトレンドネットワークによる高いトレンド回転率によって蟻地獄に落とされた日本のアパレル企業は、自社のプロパー消化率を上げることこそやるべきなのに、「ボラティリティ(不確実性)が高いので、原価を低くする方が確実だ」と念仏のように唱え、半年のリードタイムで ZARA の 12 回転、24 回転や、シーインの残反、残品による 3 日で数千枚の新規商品と戦おうと思っている。 まさに、戦時中に竹槍訓練をしている姿と一緒だ。

    また、現場を全く知らない評論家集団が、未だにシーインが数日で数千アイテムのものづくりをするなど、産業界の人間が聞いたら大笑いするようなことを平気で書いているが、ある大手の関連企業から、「本当に 3 日で 3,000 枚も生産できるのか」と私に問い合わせが来たほどだ。 その企業は、「3 日で3,000 枚」に対応すべく投資をどうやってすべきかを考えていたという。 このように、コロナで分断された現地視察と、知ったかぶりの評論家、実務を知らない学者が産業界をいっそう混乱させた。 拙著『知らなきゃ行けないアパレルの話』で、「日本企業が世界企業に将来勝つ見込みはゼロ」と私が断じた理由はこういうところにある。

    考えて頂きたい。 工場を見て、自分の頭で考えられる人間であれば、生産納期は素材と付属がすべて揃っている前提で、1 週間から 10 日だ。 流れ作業の工程を見れば、机の配置の縦(スピード)と横(生産量)のかけ算でその工場のスループットは決まる。 見れば誰でも分かるのに、こんな簡単なことさえ分からない。 一体アジアまで何をしにいったのか。

    「納期は半年」と言われて何が見えるか?

    日本のアパレル企業の人と話をすると、数字に弱い、論理に弱い、考える力が弱い、の「3 弱」を強く感じることがある。 例えば、納期が半年ですといわれたら、物理的な生産の流れを考えれば、横に並ぶ机の数(ライン)を少なくされているか、生産を後回しにし、稼働が空いた時間で日本の生産を差し込むかの二択しかないことは直ぐ分かる。 つまり、工場の全体稼働を最大化するため、日本の QR と繰り返される無意味なサンプル修正によって後回しにされているわけだ。

    商社が仲介役に介在していたとき、こうしたことは全て管理していたのだが、最近はアパレルが直貿化を推し進め、工場との密接なコミュニケーションなどもなくなっている。 酷い例になると、生産途中で数量やデザインを自由に変えられると本気で信じている人もいた。

    「私は工場を見たことがある」、「私は昔ものづくりをやっていた」と豪語する人も多いが、「そこから見えるインサイト(洞察)があるのか」と聞けばゼロで、ただアジアに行っただけという人がほとんどだ。 また、最近では「工場でものづくりをやっていました」という人間も増えてきたが、細かな話と大きな話の論点設定がデタラメで、戦略から詳細設計という流れが組み立てられない。 だから、アジアの工場に突然小ロット発注が増え、愛想を尽かされ納期が長期化するのである。

〈〈日本企業のものづくり戦略〉〉

コロナ禍にも拘わらずハニーズの業績が好調だ ハニーズはミャンマーに自社工場を持つ

日本企業のものづくり戦略は、ハニーズ、ワールド、MN インターファッション、オンワードホールディングス、三陽商会などがやっている如く生産工場を自社化する、あるいは、工場内シェアを圧倒的に増やすことだ。 特にリテール出自の SPA アパレルは、取引先だけで 1,000 アカウントもあるなど、集約がまったく進んでいない。 だから、お互い本気になれない関係が続き、商社を外して直貿化をすれば、逆に工場側の発注量が減るため愛想を尽かされるのである。 特にハニーズはミャンマーに自社工場を持ち、圧倒的コスト競争力を同社に与え、売上高販管費率は 50% と高いものの、それでも営業利益は 10% 近くをたたき出し、他社を圧倒している。

その秘密は驚くほどシンプルで、仕入れた商品は全部定価で売り切る、というものだ。 多くのいい加減な評論家の分析は信じてはならない。 というより、ハニーズ自身も自分たちの利益率の高さをコストダウンの結果だと言っていることから、BS を絡めた立体的なお金の動きが分かっていないのだろう。 だから、それをインタビューレベルでしか聞けない評論家もあやまって分析する。

論理的に考えれば、販管費が 50% で、営業利益が 10% ということは原価率が 40% ということになる。 ここから、ハニーズはほとんど企画原価率と PL 原価率が等しいということになり、損金処理と値引きがほとんどないという結論が導き出される訳だ。 決して商社や工場を虐める単純なコストダウンではない。 値引きをしなくてもよい価格設定を最初からする。 実にシンプルだ。

次に、素材の問題である。 私は、事あるごとに「素材はアパレルリスクであらかじめ海外のアセットとして持て」と提案してきた。 なぜなら、素材段階で持つ在庫は、虫食いや変色などが起きない限り、保存状態が良ければ何年でも持つし、簿価も製品の 1/3 程度、使い回しも効くからだ。 製品で在庫を持つことは慣れているからといって、何十億円分も在庫を持ち、損金処理を出すくせに、素材で在庫を持つ方がよほどリスクが少ないし理にかなっていると言っても「過去前例がない」といって聞く耳をもたなかった。

しかし、スペインの ZARA が素材備蓄し、ユニクロまで素材の備蓄宣言をした今、アパレルが素材をもたないことはリードタイムを長期化させるだけでなく、余った素材のコストを製品にのせ簿価ゼロにし製造原価を上げるだけでなく、シーインなどの餌食になることは幾度も話した通りだ。 物理的リードタイムの中で最も時間が長く、サプライチェーンのボトルネックは「素材」なのである。

ここまで書けば、PLM とリードタイムは全く関係ないこともおわかりだろう。 本気でリードタイムを短くしたいのであれば、自社供給レベルにあった工場を M & A などで自社化するか、工場内シェアを 6 割から 8 割以上とし、実質的に自社工場の如くして、お互い戦略的データ連係をするなどサプライチェーンの垂直統合をすることだ。 こうした話しをすると、必ずでてくる批判は「我々にユニクロになれということか」ということだ。

しかしここにも論理的思考の弱さがあり、アイテム数とアイテム別総生産数の違いを理解できていないのである。 実際に分析すれば、最も売れているのは「結果的に」ベーシックなもので、さらに、横のブランドの S-A 型番のバラバラ発注を統一化すれば、十分小型工場のシェアを埋められる。 これは、個社の戦略の問題でなく世界的な日本の地位低下、および、生産現場を軽視してきたツケが回ってきた結果でもはや小手先のテクニックではどうしようもない。

もはや打つ手は「素材の備蓄」と「工場の自社化」以外にない。 直ぐにでも生産改革を正しく行わなければ、相変わらず「中国のロックダウンでサプライチェーンが分断化された」という話を永遠に信じ、実際は、愛想を尽かされた結果、リードタイムが長期化していることを知らず、徐々に必要以上のミニマムロットと半年以上の納期を突きつけられ、完全死が待ち受けている。 変わらない、動かない、情報をもっていない。気づけば浦島太郎となっている日本のアパレル企業は、もっと世界の常識を学び、自社でできないのなら戦略コンサルタントを雇い、動かない車のエンジンをかけてもらいたいと心から思う。 (河合拓、Diamond = 10-25-22)

1 - 2