中国で「小さな天安門事件」勃発
… 少女の陰湿ないじめへの抗議が大規模デモに発展、背景に習近平政権への不満
8 月に入って四川省綿陽市江油市で数千人規模の群衆抗議運動が発生した。 きっかけは、14 歳女子中学生のいじめ動画だ。 中国のいじめはかなり陰湿で暴力的であることは有名で、こうしたいじめ動画は中国のネットではよく見かける。 しかし今回は、「天安門事件みたいだ」、「小六四(小規模な六四 = 天安門事件)」と世間が騒ぐほどの激しい官民衝突を引き起こす大規模群衆抗議に発展した。 それはなぜかを考えてみたい。
経過を説明すると、2 日ごろ中国の SNS で女子生徒が集団で 1 人の女子生徒をいじめている様子の動画が流れた。 服を脱げ、と命令され、下着と短パン姿にさせられた後、3 人の女子たちが順番にびんたをされたり、飛び蹴りされたりしていた。 いじめられていた女生徒は四つん這いになって耐えるしかない。 その一部始終を誰かがスマホで録画し、それが SNS に流れたようだった。
この録画で、いじめられていた少女は、家族が警察に通報するよ、と懸命に言い返していた。 するといじめている女子たちは「警察なんて怖くない」、「それで脅しているつもり?」、「まさか、そういえば私たちが恐れるとでも思っているの? (警察に呼び出されても) 20 分で出てこれたわ」などと言って、ますます暴行を激しくしていた。 動画はわずか 3 分ほどだが、のちに明らかになった情報では、いじめは 4 時間に及んだという。
のちに、いじめ被害者のいとこが SNS で明らかにしたところによると、事件は 7 月 22 日に発生。 被害者少女は、ふだんからいじめられている加害者少女らから「話し合おう」と騙されて誘いだされる格好で、四川省江油市(綿陽市管轄)の爛尾楼(建築途中のまま放置された建物)に連れ込まれた。 そこで数時間にわたって殴られ、侮辱され、携帯電話を強奪されたという。 被害者少女が受けたいじめは、これが単発的なものではなく、長期にわたっており、学校で孤立に苦しんでいた、らしい。 自殺を図ったこともある、という噂もある。 いじめは被害者少女の両親がともに障がい者だったことと関係があるらしい。
この動画は、瞬く間に国内外に拡散され、いじめっ子たちを批判するネット世論が巻き起こった。 被害者少女の父母はこれまでも警察に届け出て、何度も学校側に対応を求めてきたというが、警察も、加害者側を呼び出し、簡単に事実確認をしただけで、ほとんど何の対応もしなかった。 それが、加害者少女たちの「警察なんてこわくない」という言動の背景のようだ。 そういった背景が明らかになるにつれて、ネット世論で批判の声が高まった。 そして 4 日になって警察は「警情通報」という形で、事件の概要を発表した。
14 歳の少女への陰湿ないじめの中身
また加害者少女の姓と年齢(13 歳、14 歳、15 歳)が明らかにされ、14 歳以上の加害者に関しては未成年犯罪予防法に基づき、矯治教育という特別学校での矯正を受ける措置が取られた。 14 歳未満の加害者に関しては、批評教育といって、学校の監督責任者から厳重に説教される措置がとられた。
だが加害者少女たちが、矯治教育の期間中、地元から少しはなれた場所で堂々とビリヤードをして遊んでいるところを、地元民に目撃され、ネット上で告発された。 それで、ネット民たちは、この加害者側女生徒たちの親が共産党官僚や警察幹部の子女ではないかと疑い始めた。 ネット世論では、警察が加害者たちの暴力行為を軽く見ており、問題を適時かつ公平な方法で処理しなかった、といった批判が盛り上がった。 たとえば被害者のスマートフォンは加害者に転売目的で強奪されたらしいが、これは強盗行為に当たるのではないか、という。 強盗罪は 14 歳から刑事責任能力を認め、厳しい刑事罰に問われるはずだ、と。
警察側を取材した中国メディア斉魯晩報によれば、被害者の携帯電話は奪われたあとに、警察が回収しており、強盗行為には問えない、としている。 また「公安管理処罰法」の関連規定により、15 歳の女生徒には、13 日間の行政拘留と 1,000 元の罰金刑、14 歳の女生徒には、10 日間の行政拘留と 800 元の罰金刑が科され、上記 2 人とも特別学校へ送られ、矯正教育を受けているという。
そして 13 歳の女生徒とスマートフォンで撮影していた傍観者は、警察から「批判教育(説教)」を受け、彼らの保護者も警察から「厳しい規律を子供たちに課す」よう命じられた、という。 いずれも、警察の対応に問題がないことが強調されていた。
一方、ネット上では、加害者少女の 1 人が地元警察局副局長の二女で、もう1人の加害者は江油市党委員会副書記の李勇の娘だから、処分が甘かったのだ、という噂が広がった。 すぐに江油市公安局はこれが「純粋なデマ」と全否定し、加害者 3 人の両親は無職であったり出稼ぎ労働者であったり、商店の販売員や配達員など比較的貧しい身分であることを明かした。 そしてこの事件についてデマを流した者を法に基づき処罰すると強調した。 だが、それでもネット民たちは「公安の言うことは信じられない」と、いわゆる「デマ」の方が、真実と見られて、その噂は野火のようにひろがった。
習近平政権への批判に発展
さらに 2 日、被害者の父母が江油市政府前にきて、官僚たちの前に膝づいて、加害者をきちんと裁くように「陳情」に来ていた。 被害者の母親は聴覚障がい者で、うまく言葉にならない様子で、官僚にすがり、悲憤のせいか何度か気を失って倒れた。 こうした光景に、同情した市民たちが、政府庁舎前に集まり始めた。 「被害者の母親が障がいのために政府に言いたいことも言えないならば、おれたちが代わりに言ってやる」と言い出す人まで出てきて、群衆は数千人に膨れあがった。
やがて群衆のスローガンは「いじめ反対」や被害者擁護などから、警察、そして政府批判など政治的なものに変わっていった。 「被害者の両親が(障がい者なので)字を知らないのに、どうやって警察調書にサインさせたんだ?」と警察を疑う声が高まった。 4 日、数千人の群衆が江油市のメーンストリートでデモ行進を行うと、警察は道路を封鎖。 大量の群衆が力ずくで封鎖を突破した。 デモ隊は「義勇行進曲(中国国歌)」を歌い、「子供たちの真相を返せ!」、「凶悪犯に懲罰を!」、「法に基づく裁きを!」などとスローガンを叫んでいたが、やがて「民主を返せ」といった政治的に敏感なスローガンまで飛び出した。
そして、5 日未明、警察はついに群衆に対して猛烈な鎮圧を開始。 警官たちは警棒やペッパースプレイ、催涙弾などを使用してデモ隊を制圧した。 このとき、群衆から飛び出した叫びは「習近平下台(習近平下野しろ)」、「共産党下台(共産党下野しろ)」だった。 少女のいじめ処理の公安の対応に不満を募らせた群衆デモの本音は、最終的に現在の習近平体制、共産党独裁体制への不満だったのだ。
電波妨害特殊車両も出動
5 日昼、警察は一応群衆デモを制圧し、市政府庁舎前は道路が封鎖され、バリケードが敷かれた。 それでも、抗議の叫びをあげる人達がまだ集まっては、逮捕されていた。 ネットで拡散されている江油デモの動画や写真を見ると、警官が無抵抗の群衆を容赦なく警棒で打ち据えたり、地面にねじ伏せたり、そして群衆の手足を引っ張って、引きずって連行したりする様子が映っている。 さらに恐ろしいのは、デモを制圧する様子を市民らが動画で配信しようとするのを妨害するため、物々しい軍用の電波妨害特殊車両を出動させていたことだ。
今回、当局は大衆の抗議運動を制圧するために軍の設備も動員したことが、人々に天安門事件を想起させた。 また、逮捕した群衆を豚などの家畜を輸送するときに使う荷台が檻になっているトラックに詰め込み、さらし者にする形で連行していた。 中国人にとって豚扱いされるのは最悪の屈辱だ。 実際、連行された中国人は共産党にとっては家畜ほどの利用価値しかない、と言われているようなものだろう。 「未成年のいじめは、こうした大人の(共産党の庶民に対する)いじめを見習ったんだ」といった声がネット上であふれた。
X 上では、華人インフルエンサーの「李老師不是●(= あなた)老師」らが、X アカウント上で、こうした現場からの動画を次々貼り付けていたが、中国国内のSNS上では、江油関連の動画や写真は次々と削除されていった。 中国大陸から VPN をつかって X に来ている中国人たちは、「こんな事件が起きているとは知らなかった!」、「国内で起きていることを知るために、海外のネットを見ないといけないなんて」といったコメントもよせられていた。
共産党の「恐怖政治」も限界か
中国の学校における、暴力的で陰湿ないじめ問題は今に始まった話ではない。 また、中国だけの問題でもない。 日本でも、陰湿な未成年のいじめは大きな社会問題だ。 だが、なぜ中国で、未成年のいじめが大規模デモになり、警察が武力で制圧する騒ぎになるのか。 なぜ今回、この江油事件が「小六四」と呼ばれるのか。 中国の元記者でサッカー汚職の闇を暴いたことでも知られるジャーナリスト、李承鵬はこんなコメントを SNS でつぶやいていた。
「今の中国人の特徴は、小さな車両に大勢の人が詰め込まれて苦しいんだけれど窓を叩き壊す勇気がないような状況だ。 だが、1 人の少女がいじめられたときに、街角で抗議活動をする勇気はある。 臆病だけど、突発的に武勇、熱血を発揮する。 中国人に欠けているのはなぜ、今回、デモに駆り立てられたのか、その真の理由を理解する勇気だろう。」
私の理解でいえば、中国の庶民は、共産党独裁体制、習近平独裁体制下で、経済悪化や管理統制強化、イデオロギー統制を受け、すでに息苦しさの限界に来ている。 恐怖政治で支配されている状況では、なかなか面と向かって共産党に直接的な文句を言えない。 だが、一見、党中央の政治と無関係な少女のいじめ問題には、義憤から立ち上がって抗議する勇気を振り絞れるのだ。 彼らは、いじめられている少女のために立ち上がった。 だがそれは、共産党独裁でいじめられている自分たち人民の姿に、少女の境遇を重ね合わせたからだ。
少女のため、と言いつつ、彼らは自分たちの権利擁護のために、尊厳のために立ち上がったのだった。 義勇行進曲をデモの時に歌うのは、共産党に刃向かっているわけではない、という意思表明のためだろう。 だが、その怒りの矛先が、最終的に共産党や習近平に向くことを、共産党自身、習近平自身が知っている。 だから、より苛烈にデモを制圧する。
今回、デモは制圧された。 しかし、同じような形の群衆抗議は必ず、また繰り返される。 そして、繰り返されるたびに、激しくなるだろう。 思うに、共産党独裁体制の恐怖政治もそろそろ限界ではないか。 中国群衆が、なぜデモに駆り立てられるのか、真の理由に気づく勇気を持つのも時間の問題だろう。 (福島香織、JB Press = 8-13-25)
中国に芽吹き始めていた多様性、だが… 彼女たちは白紙を手に取った
休みの日にはよくカフェに行き、夜にはバーに集まってビールを飲んだ。 部屋には本が積み重なるのもみんな、似ていた。 北京の古い街並みが残る「胡同(フートン)」で開かれるちょっとした展覧会を見ることが好きだった。 そして、社会問題をよく議論した。 けれど、中国の政治を変えてやろうなんて考えていたわけではない。 「消されたくない」と語る動画を残し、騒動挑発容疑で逮捕された曹●(= 草冠に止)馨さん (26) は、昨年 11 月 27 日に北京であった「白紙運動」に友人たちと参加していた。 関係者によると、少なくともほかに 3 人の友人が同容疑で逮捕されている。
親しい人たちによると、いずれも 20 代後半の 4 人の女性たちだ。 出身地も卒業した学校も違っていたが、共通点は多かった。 いまの社会に、息苦しさを感じていた点も。 昨年 11 月、中国各地で「白紙運動」と呼ばれる抗議活動が起きました。 中国では極めてまれなデモの中心にいたのは、若者たちです。 彼らはなぜ、白い紙を手に集まったのでしょうか。 その後に待っていた運命は。 関係者への取材から探ります。
中国の都会は家賃や教育費がはね上がっている。 よりよい暮らしを求める競争は激しい。 「996」などという流行語も生まれた。 午前 9 時から午後 9 時まで週 6 日間、働くことだ。 一方で、結婚や出産を重要視する中国の伝統的観念も残ったままだ。 そうした社会のあり方に疑問を感じていたのが、彼女たちだった。 私たちは、買いたたかれている。 例えば、逮捕された一人、フリーライターの李思hさん (27) は、理想通りに生きていくことの難しさをエッセーにつづっていた。 昨年 6 月、中国が「ゼロコロナ」政策のまっただなかにあった時だ。
中国の若者たちが胸に抱える、ある違和感
英ロンドンの大学院に留学し、メディアやコミュニケーションを学んで 2021 年 5 月に中国に帰国した。 様々なアルバイトやインターンシップを経験したが、「職場というものには溶け込めそうにない」と感じた。 思いついたのがフリーライターだった。 両親から、安定した金融関係の仕事に就いて欲しいと伝えられていた。 李さんはそれを断り、北京の実家を出た。 ただ、自由だと思えた生活で直面したのは、いかに生計を立てていくかという問題だった。
畑違いの企業家から誘われて、音楽系ウェブメディアの立ち上げに加わった。 自分のやりたい仕事とは少し違ったが、生活のためだと割り切った。 始まってみると、わずかな資金で、記事の執筆、ウェブ運営、スポンサー集めまで任された。 閲覧数がノルマに達しないと「怠けている」とののしられた。 李さんは「そんなことに興味はない」と企業家に告げて、仕事を辞めてフリーに戻ったという。 「われわれ貧しい文化労働者は値が下がり続ける株のようなもの。 彼ら投資家は底値でつかみたいのだろう」と、彼女は皮肉った。
エッセーには、安定した就職を選んだ同世代の友人の姿も紹介されている。 一人が、李さんや曹さんとともに逮捕された●(= 羽冠に集の上半分)登蕊さん (27) だった。 元々教育に関心があった?さんは、塾講師として就職したが、中国政府が 21 年 7 月に打ち出した学習塾規制のあおりを受けた。 社内異動でオンラインショップの販売員に配置換えとなった。 子ども向けの商品の説明を生放送で配信する仕事だ。 まったく同じ商品を売る同僚と、売り上げを競わされた。
●(= 羽冠に集の上半分)さんはフェミニズムに関心が強かった。 商品の粉ミルクや紙おむつを「母子用品」と分類されることに、強い違和感を覚えた。 なぜ「父子用品」ではないのか。 矛盾を感じつつも、カメラに向かって話し続ける毎日だったという。 「私たちはなぜ尊厳のある仕事を尊厳をもってできないのだろうか。」 このエッセーを、李さんはこんな言葉で締めている。 2 人と友人の男性 (25) は「ここに描かれているのは、今の中国の若者の誰もが抱えている息苦しさだ」と語る。 そんななか、新たな価値観に触れようとする若者たちもいる。 李さんや●(= 羽冠に集の上半分)さんたちがそうだった。
広がり始めた多様な価値観 しかし、中国当局は …
友人らによると、逮捕された 4 人は、よく北京のコミュニティースペースや独立書店で開かれる読書会や映画鑑賞会に参加していた。 テーマは文学や芸術のこともあれば、女性やLGBTQQ など性的少数者の権利、労働問題や死刑制度の賛否などに及ぶこともあった。 読書や映画鑑賞を終えると、若者たちはテーマに沿って自由に意見を交わした。 後に白紙運動に参加することになる人びとのなかには、こうした読書会や映画会を通じて知り合いだった人たちも多かったという。
「私たちにとってユートピアでした。」 李さんの友人の女性は話す。 理想の生き方を模索する若者たちが、新鮮で多様な考えに触れられる場所だったからだ。 ただ、2010 年代末期から、北京ではそうした自由な表現活動ができるコミュニティースペースや独立書店がどんどん減っていったと、この女性は語る。 習近平(シーチンピン)指導部は米欧など「外国勢力」が市民活動を通じて価値観の浸透をはかっており、体制を脅かしかねないと警戒心を強めてきた。 市民としての権利を議論することですら、そうした危険のある行為だとみなされかねない。
北京のコミュニティースペースや独立書店も 10 年代末ごろから、物件主や当局から様々な形で圧力を受けて閉鎖されたり、活動が制限されたりするようになった。 自由さと触れあうことのできた窓が、閉じていく。 「このままでは窒息しそうだ。」 逮捕された 4 人のうちの 1 人は、友人の男性に何度もそんな不満を伝えていた。 そして、あの政策が始まる。 強力な行動制限でコロナの抑え込みをはかる中国政府の「ゼロコロナ政策」だ。 20 年春から 3 年近く続くことになるゼロコロナ政策は、いやおうなしに人びとに不自由を強いた。 「ここでは永遠に同じ一日を繰り返している。」 連日のように義務づけられていた PCR 検査の列を見て、李さんはブログにそんな違和感をつづっている。
噴出した「白紙世代」の叫び
新疆ウイグル自治区で 10 人が死亡するアパート火災が起きたのはそんな時だった。 コロナの行動規制で避難が遅れたと情報が出回った。 南京や上海で抗議活動が起こった。 4 人を含む友人たちも SNS を通じて抗議の動画を目にしていた。 何人かが「私たちも参加すべきなのではないか」と声をあげたという。 「この社会はどこに向かうのか、みんな不安に思っていた」と友人の一人は話す。 ただ、「抗議活動の規模は彼女たちの予想を超えたものだった」という。
北京市中心部で「白紙運動」が起きた 11 月 27 日の夜、李さんたちのグループと親しい同世代のメディア関係者の女性は先に現場にいた同業の友人から連絡を受けて駆けつけた。 到着したのは午後 11 時ごろだった。 すでに数千人がいるように見えた。 人だかりの真ん中で男性が「自由が欲しい」と叫ぶと、周囲の人びとも声をそろえた。 「週末のクラブのようだった」と語る。 朝方に自宅に帰って SNS の投稿をみると、ほかにもメディア関係者がたくさんいたことがわかった。 取材の規制の強化や、いよいよ狭まる言論環境を懸念していた仲間たちだ。
「コロナは白紙運動のきっかけの一つ。 これまで蓄積していたものが噴出したんだ。」と感じたという。 ?さんと親しい男性は「捕まった女性たちは政治的に中立で、特定の志向があったわけではない。 社会問題への関心もあくまで正義感に基づくものだし、抗議活動もコロナ対策の不条理に声をあげたものだ。」と訴える。 「ただ、社会に何か声をあげたいとき、私たちは他に何ができるというのか。 今ではデモ以外の方法がなくなってしまったのに。」 (北京 = 高田正幸、asahi = 3-29-23)
高齢者、習氏に反旗 特殊部隊が「白髪運動」弾圧 - 中国・武漢デモ
中国湖北省武漢市で 2 月、医療手当の削減に反対する高齢者を中心とした 1 万人規模のデモが起き、「政府打倒」の声が上がった。 香港メディアなどによると、遼寧省や広東省でも同様のデモが発生。 開催中の全国人民代表大会(全人代)で、権力基盤を一層強固にしている習近平国家主席だが、大衆の不満は徐々に拡大。 治安要員の大量動員で参加者を拘束し、徹底した統制で封じ込めを図っている。
武漢での高齢者によるデモは 2 月 8、15 日に 2 週連続で発生。 昨年、新型コロナウイルスの感染拡大を徹底的に抑え込む「ゼロコロナ」政策に反対する人々が白紙を掲げて抗議した「白紙運動」にならって「白髪運動」と呼ばれる。 武漢は 20 世紀初頭に辛亥革命の発端となった「武昌蜂起」の地。 最近では、コロナ感染の爆発に最初に直面し、「英雄都市」と宣伝されている。 体制にとって「模範」となってきた場所で、公然と体制批判が叫ばれた事態は、習政権にとって大きな衝撃だった。
2 月下旬、デモが起きた武漢中心部の中山公園を訪れると、広い区域が仕切りで封鎖されていた。 売店で働く女性によると、仕切りはデモの後に設置されたという。 女性は当日の様子について「多数の警察が出動していた。 事前情報があったようで、前日から待機していた。」と振り返った。 武漢のタクシー運転手は「警察は周辺の道を封鎖していた。 他都市からも動員されたのだろう。 特殊部隊が目立った。」と話した。
当局はデモ参加者らの摘発を進め、2 月中に少なくとも 5 人を逮捕。逮捕者には、新型コロナで父を亡くし、政府の責任を追及してきた張海氏も含まれると報じられた。 こうした状況を反映してか、「当事者」に当たる年齢の市民は一様に口が重い。 多くの高齢者にデモに関して尋ねたが「何も知らない」と首を振るだけだった。
医療保険制度の変更は、毎月支給される補助金が 7 割減となるなど、高齢者の生活を直撃した。 制度変更の背景には、ゼロコロナによる PCR 検査の実施などで地方財政が逼迫していることがある。 香港紙・明報によると、3 億 5,000 万人が制度変更の影響を受けるとみられている。 昨年 11 月の北京の白紙運動は若者が主体だった。 ある知識人は「(1960、70 年代の)文化大革命や(89 年に民主化運動が武力弾圧された)天安門事件を直接知らない若い層は共産党の怖さを知らない」と指摘した。 白髪運動は「怖さ」を熟知する世代が反旗を翻しており、体制への不満は相当に根深いと言える。 (jiji = 3-11-23)
突然の「バス運行停止」、波紋呼び撤回 中国で深刻になる地方財政難
「3月から都心部でのバスの運行をやめます。」 中国内陸部、河南省商丘市のバス会社が 2 月 23 日に出した通知が、人口 770 万人の市で波紋を呼んだ。 財政補助がもらえないことやコロナ禍の影響などを理由に挙げ、「公益性のある事業を続けられなくなった」とした。 ところが、バス会社はその日のうちに「困難を克服し、バスの運行は停止しない」と撤回。 前の通知が社会によくない影響を与えたとして謝罪した。 さらに同日、商丘市政府も「公共交通の正常運営を確保する」と宣言し、火消しを図った。
一連の動きは、中国の SNS などで大きな注目を集めた。 中国メディアによると、2 日後には運転手らに滞っていた 5 カ月分の給料が支払われたという。 中国では地方の財政難が大きな課題として浮上している。 北京で開催中の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)でも、政府活動報告で「一部の地方政府の財政難がさらに深刻になっている」との危機感が示された。
騒ぎになった内陸部の街へ
市民のライフラインのバスの運行が止まりかねない事態で騒ぎになった商丘に、記者は 3 月上旬に赴いた。 商丘駅前のバス乗り場からバスに乗ってみると、30 分ほどバスに揺られる間、乗り降りした客は記者を除いて計 8 人だった。 幹線道路を走るこのバスを降りた女性 (68) は、市中心部に買い物に行った帰りだった。 「もしバスがなくなったら、年寄りは出かける方法がなくなって本当に困ってしまう。」 地元住民の話などによると、都心部のバスは、コロナ禍で出かける人が減り、乗客が減ったため便数を減らし、不便で客が離れるという悪循環に陥っていた。
女性は「コロナで乗客が少なくなって、バスの運転手に給料も払えなくなったけど、もうコロナは過去の話だから、また乗客も戻ってくるんじゃないか」と言った。 景気の低迷などにより悪化してきた中国の地方財政に、追い打ちをかけたのがコロナ禍だった。 中央政府が打ち出した「ゼロコロナ」政策で大規模な PCR 検査や地域の封鎖などに巨費を投じたツケが、公共交通への補助金など、市民の生活に影響しているのではないか。 そう考える市民の声が聞かれた。
バスの運行をなくすことには、反対が多かった。 市中心部でバスを待っていた王麗君さん (71) は「バスがなくなったら不便に決まっている。 一つの都市にバスが走ってないなんてあり得ない。 コロナのころはバスがなかなか来なくて、30 分も 1 時間も待つことがあった。 そうなると、出かけなくなった。 いまはコロナ前のように戻っているから、またバスに乗るようになった。」と語った。 観光をしていた女性 (26) は「ふだんバスにはたまに乗る。 バスが走っていない都市なんて考えられない。 バスは基本的なインフラだと思う。 経営の状況はわからないけど、運行は続けるべきだ。」という。
「政府ががんばったのは、コロナ対策の封鎖だけ」
タクシー運転手 (42) の男性は「商丘にはお金がない。 産業らしい産業もないこの街で、政府がこの数年がんばったのは、コロナ対策の封鎖だけ。」と市当局の無策を責めた。 「もし本当にバスの運行を止めてしまったら、商丘にとって大恥だ。 バスは公共のインフラ。 いくら乗る人が少なくても、お金がなくても、歯を食いしばってバスの運行を続けるべきだ。」 飲食店で働く女性 (46) は「ふだんバスには乗らないけど、高齢者の生活のためにバスはなくしてはいけない。 コロナ対策でお金を使いすぎて、政府のお金がなくなってしまったんでしょう。」
会社員の男性 (50) も「3 年間のコロナ対策で政府にお金がなくなった」とみている。 「コロナで落ち込んだ景気が回復するのには、1 年はかかるだろう」と考えている。 複数のタクシー運転手は、タクシーのガソリン代への公的補助が年々減らされていると証言した。 ストライキを起こそうという動きがあるといい、うち 1 人は「ストライキがあれば参加するつもりだ」と話した。 ゼロコロナ関連の支出は全国で昨年 1 年間だけで約 3,500 億元(約 6.8 兆円)にのぼったとの試算もある。 地方財政のほころびが、路線バスの運行停止や社会保障の削減といった形で市民生活を直撃する例が、中国の各地で相次ぐ。 (商丘 = 金順姫、asahi = 3-9-23)
「PCR にいくら使った?」武漢の高齢者デモ、政府への信頼は失望に
中国の湖北省武漢市で 2 月、医療保険制度の改革に反対する高齢者らが、2 回にわたって大規模な抗議デモを起こした。 近年の中国では珍しい、大勢が街頭に繰り出す異議申し立ての動きだった。 なぜ怒っているのか。 武漢の街で高齢者たちに思いを尋ねた。 「私たち年寄りは、どうやって生きていったらいいのか。」 2 月 27 日、デモ現場近くの中山公園で知り合い 2 人と話をしていた 70 歳の男性はぶちまけた。 「政府はやりたい放題。 退職した人間はお金がない。 一人っ子政策のせいで、子どもは夫婦で 4 人の老人を養わなければいけない。 共産党に数十年も貢献してきた。 私たちの要求は大したことではないのに。」
2 月 8 日と 15 日のデモでは、毎月 200 - 二百数十元(1 元は約 20 円)ほど支給されていた医療補助が、約 80 元に引き下げられた退職者らが怒り、撤回を求める声を上げた。 中国では武漢だけでなく全国で、中央の方針の下で同様の改革が進む。 これまで病院での診療費や薬代の支払いの有無にかかわらず、医療保険から個人口座にお金が振り込まれてきたが、この額が減らされる。
武漢市医療保障局は 2 月 9 日、「高齢化で医療ニーズが増え続けている」として改革が必要だと説明し、長期的には患者や高齢者の利益になると訴えた。 だが、市民の反発は収まらず、翌週のデモにつながった。 当局はデモをすること自体は容認した。 SNS 上には一部が警官隊ともみ合う様子も投稿されたが、抗議活動をあからさまに押さえつけるのではなく、慎重に対応したといえる。
ゼロコロナ政策の後遺症
市民の不満の背景に横たわるのは、約 3 年間にわたったゼロコロナ政策の後遺症だ。 国営の新華社通信は 2 月 15 日、「お金がなくなったのが改革の原因だという見方は、誤解だ」という内容の記事を配信した。 だが、延々と繰り返された無料の PCR 検査や封鎖、隔離にお金をつぎこんで地方財政が悪化したことが、医療補助の減額につながったとの受け止めが広がっている。
中山公園を訪れていた元工場労働者の男性 (67) は「何年も無料で PCR 検査をしてお金がなくなったから、庶民のお金に手を出した」と語った。 妻は 66 歳。 もし自分が病気になって、一人息子に負担をかけたら、と思うと心配でたまらない。 「中央政府のことを信じていいのかどうかよくわからないが、地方政府が大衆の利益をどう考えているのか、信じられなくなった。」
会社勤めをして退職したという女性 (60) は「私たちは政治家ではないから、なぜお金が足りなくなったのかは知らない。 個人の利益のことにしか関心がない。 庶民のお金は、どんなことがあっても削るべきではない。」と言った。 長江沿いの公園でも退職者に話を聞いた。 64 歳の男性は「これまでは薬を買うのに十分で、残りのお金はためていたのに、いまは薬を買うのに足りない。 いまの政府はお金がなくなったら、庶民のお金にすぐ手を出す。」と憤る。
ベンチに座っていた男性 (68) は「希望がない。 今回の医療改革で政府はあからさまに他人のお金を取り上げて、薬も買えなくなった。」と話し、さらに続けた。「PCR 検査は無料だと言っていたのに、結局みんなのお金だったんじゃないか。 庶民はだまされていた。 PCR 検査も封鎖も、全部ムダだった。 この 3 年、コロナ対策で一体いくら浪費したのか。 そのお金で外国のコロナの薬を買えば良かったんだ。」 そして口をついて出たのは、政府への不信だった。 「以前は政府をとても信頼していた。 いまはみんな政府に失望している。 庶民の心が離れた。 政府をまったく信じられなくなった。」
路線バスの運行にも影響
ゼロコロナ政策を続けるために投じた膨大な出費は、政府の財政をむしばんでいる。 中国の証券会社によると、2022 年の国内総生産 (GDP) に対する地方政府の負債額は 29%。 コロナ前は 20% 前後を維持してきたが、この 3 年間で急上昇した。 21 年には、地方政府の歳入に対する負債の割合が初めて 100% を超えた。 冷え込んだ経済の刺激策として、インフラ建設などを進めたことも影響したとみられる。
「財政補助がないことなどから、3 月から運行を停止する。」 河南省商丘市の路線バスを運行している会社は 2 月下旬、こんな通知を発表した。 中国メディアによると、市政府からの運営の補助金が 22 年には前年の半額にまで下げられるなど、政府の財政難が影響していたという。 路線バスの運行停止は、他の地方都市でも相次いでいる。 昨年 7 月には四川省で市の学校や行政機関に食事を提供するサービスの 30 年分の運営権がオークションにかけられた。 同省では 21 年にも世界遺産「楽山大仏」の観光地内を走るカートや売店の 30 年分の運営権が売却されていた。 中国メディアからは「地方財政が危機を迎えているサインだ」と注目された。
少子高齢化と財政難
中国は昨年、61 年ぶりに人口が減ったことが明らかになった。 少子高齢化は今後も加速する見通しで、日本の経験に照らせば、医療費や社会保障費はさらに膨らむ。 経済刺激のための財政出動なども重なり、負担はますます増えるとみられる。 まさにそのタイミングで、財政難が鮮明となっている。 中国では 5 日、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が始まる。 ゼロコロナ政策は終わったが、各地にその傷痕が広がる。
看板政策と掲げたゼロコロナで「欧米よりも優れた対応をした」と繰り返したことは、習近平(シーチンピン)指導部が 3 期目を手中にする後押しともなった。 ただ、社会に刻まれたその代償は、今後の政権運営に重くのしかかる。 (武漢 = 金順姫、北京 = 西山明宏、asahi = 3-2-23)
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