中国に芽吹き始めていた多様性、だが… 彼女たちは白紙を手に取った

休みの日にはよくカフェに行き、夜にはバーに集まってビールを飲んだ。 部屋には本が積み重なるのもみんな、似ていた。 北京の古い街並みが残る「胡同(フートン)」で開かれるちょっとした展覧会を見ることが好きだった。 そして、社会問題をよく議論した。 けれど、中国の政治を変えてやろうなんて考えていたわけではない。 「消されたくない」と語る動画を残し、騒動挑発容疑で逮捕された曹●(= 草冠に止)馨さん (26) は、昨年 11 月 27 日に北京であった「白紙運動」に友人たちと参加していた。 関係者によると、少なくともほかに 3 人の友人が同容疑で逮捕されている。

親しい人たちによると、いずれも 20 代後半の 4 人の女性たちだ。 出身地も卒業した学校も違っていたが、共通点は多かった。 いまの社会に、息苦しさを感じていた点も。 昨年 11 月、中国各地で「白紙運動」と呼ばれる抗議活動が起きました。 中国では極めてまれなデモの中心にいたのは、若者たちです。 彼らはなぜ、白い紙を手に集まったのでしょうか。 その後に待っていた運命は。 関係者への取材から探ります。

中国の都会は家賃や教育費がはね上がっている。 よりよい暮らしを求める競争は激しい。 「996」などという流行語も生まれた。 午前 9 時から午後 9 時まで週 6 日間、働くことだ。 一方で、結婚や出産を重要視する中国の伝統的観念も残ったままだ。 そうした社会のあり方に疑問を感じていたのが、彼女たちだった。 私たちは、買いたたかれている。 例えば、逮捕された一人、フリーライターの李思hさん (27) は、理想通りに生きていくことの難しさをエッセーにつづっていた。 昨年 6 月、中国が「ゼロコロナ」政策のまっただなかにあった時だ。

中国の若者たちが胸に抱える、ある違和感

英ロンドンの大学院に留学し、メディアやコミュニケーションを学んで 2021 年 5 月に中国に帰国した。 様々なアルバイトやインターンシップを経験したが、「職場というものには溶け込めそうにない」と感じた。 思いついたのがフリーライターだった。 両親から、安定した金融関係の仕事に就いて欲しいと伝えられていた。 李さんはそれを断り、北京の実家を出た。 ただ、自由だと思えた生活で直面したのは、いかに生計を立てていくかという問題だった。

畑違いの企業家から誘われて、音楽系ウェブメディアの立ち上げに加わった。 自分のやりたい仕事とは少し違ったが、生活のためだと割り切った。 始まってみると、わずかな資金で、記事の執筆、ウェブ運営、スポンサー集めまで任された。 閲覧数がノルマに達しないと「怠けている」とののしられた。 李さんは「そんなことに興味はない」と企業家に告げて、仕事を辞めてフリーに戻ったという。 「われわれ貧しい文化労働者は値が下がり続ける株のようなもの。 彼ら投資家は底値でつかみたいのだろう」と、彼女は皮肉った。

エッセーには、安定した就職を選んだ同世代の友人の姿も紹介されている。 一人が、李さんや曹さんとともに逮捕された●(= 羽冠に集の上半分)登蕊さん (27) だった。 元々教育に関心があった?さんは、塾講師として就職したが、中国政府が 21 年 7 月に打ち出した学習塾規制のあおりを受けた。 社内異動でオンラインショップの販売員に配置換えとなった。 子ども向けの商品の説明を生放送で配信する仕事だ。 まったく同じ商品を売る同僚と、売り上げを競わされた。

●(= 羽冠に集の上半分)さんはフェミニズムに関心が強かった。 商品の粉ミルクや紙おむつを「母子用品」と分類されることに、強い違和感を覚えた。 なぜ「父子用品」ではないのか。 矛盾を感じつつも、カメラに向かって話し続ける毎日だったという。 「私たちはなぜ尊厳のある仕事を尊厳をもってできないのだろうか。」 このエッセーを、李さんはこんな言葉で締めている。 2 人と友人の男性 (25) は「ここに描かれているのは、今の中国の若者の誰もが抱えている息苦しさだ」と語る。 そんななか、新たな価値観に触れようとする若者たちもいる。 李さんや●(= 羽冠に集の上半分)さんたちがそうだった。

広がり始めた多様な価値観 しかし、中国当局は …

友人らによると、逮捕された 4 人は、よく北京のコミュニティースペースや独立書店で開かれる読書会や映画鑑賞会に参加していた。 テーマは文学や芸術のこともあれば、女性やLGBTQQ など性的少数者の権利、労働問題や死刑制度の賛否などに及ぶこともあった。 読書や映画鑑賞を終えると、若者たちはテーマに沿って自由に意見を交わした。 後に白紙運動に参加することになる人びとのなかには、こうした読書会や映画会を通じて知り合いだった人たちも多かったという。

「私たちにとってユートピアでした。」 李さんの友人の女性は話す。 理想の生き方を模索する若者たちが、新鮮で多様な考えに触れられる場所だったからだ。 ただ、2010 年代末期から、北京ではそうした自由な表現活動ができるコミュニティースペースや独立書店がどんどん減っていったと、この女性は語る。 習近平(シーチンピン)指導部は米欧など「外国勢力」が市民活動を通じて価値観の浸透をはかっており、体制を脅かしかねないと警戒心を強めてきた。 市民としての権利を議論することですら、そうした危険のある行為だとみなされかねない。

北京のコミュニティースペースや独立書店も 10 年代末ごろから、物件主や当局から様々な形で圧力を受けて閉鎖されたり、活動が制限されたりするようになった。 自由さと触れあうことのできた窓が、閉じていく。 「このままでは窒息しそうだ。」 逮捕された 4 人のうちの 1 人は、友人の男性に何度もそんな不満を伝えていた。 そして、あの政策が始まる。 強力な行動制限でコロナの抑え込みをはかる中国政府の「ゼロコロナ政策」だ。 20 年春から 3 年近く続くことになるゼロコロナ政策は、いやおうなしに人びとに不自由を強いた。 「ここでは永遠に同じ一日を繰り返している。」 連日のように義務づけられていた PCR 検査の列を見て、李さんはブログにそんな違和感をつづっている。

噴出した「白紙世代」の叫び

新疆ウイグル自治区で 10 人が死亡するアパート火災が起きたのはそんな時だった。 コロナの行動規制で避難が遅れたと情報が出回った。 南京や上海で抗議活動が起こった。 4 人を含む友人たちも SNS を通じて抗議の動画を目にしていた。 何人かが「私たちも参加すべきなのではないか」と声をあげたという。 「この社会はどこに向かうのか、みんな不安に思っていた」と友人の一人は話す。 ただ、「抗議活動の規模は彼女たちの予想を超えたものだった」という。

北京市中心部で「白紙運動」が起きた 11 月 27 日の夜、李さんたちのグループと親しい同世代のメディア関係者の女性は先に現場にいた同業の友人から連絡を受けて駆けつけた。 到着したのは午後 11 時ごろだった。 すでに数千人がいるように見えた。 人だかりの真ん中で男性が「自由が欲しい」と叫ぶと、周囲の人びとも声をそろえた。 「週末のクラブのようだった」と語る。 朝方に自宅に帰って SNS の投稿をみると、ほかにもメディア関係者がたくさんいたことがわかった。 取材の規制の強化や、いよいよ狭まる言論環境を懸念していた仲間たちだ。

「コロナは白紙運動のきっかけの一つ。 これまで蓄積していたものが噴出したんだ。」と感じたという。 ?さんと親しい男性は「捕まった女性たちは政治的に中立で、特定の志向があったわけではない。 社会問題への関心もあくまで正義感に基づくものだし、抗議活動もコロナ対策の不条理に声をあげたものだ。」と訴える。 「ただ、社会に何か声をあげたいとき、私たちは他に何ができるというのか。 今ではデモ以外の方法がなくなってしまったのに。」 (北京 = 高田正幸、asahi = 3-29-23)

〈編者注〉 この記事を読むと、中国社会の現実を思い知ります。 下記記事が主張する「女性の権利」というレベルではなく、もっと基本的な「人権」が蝕まれていることを認めざるを得ないはずです。 ガラスの天井どころではなく、重い鉄製の天井を突き破らないと、今後、これまでのような大きな成長は起こらないと気付いて欲しいと心から願っています。


習主席のジレンマ浮き彫りに、中国は抗議デモ参加者をひそかに拘束

中国での新型コロナウイルスを徹底的に抑え込むゼロコロナ政策に反発した歴史的抗議行動の後の数週間、習近平国家主席は多少の共感を示したように見えた。 習首席は昨年 12 月初めに欧州連合 (EU) のミシェル大統領に、デモ参加者は新型コロナ禍に不満を持つ「学生や 10 代の若者が中心だ」と語った。 その後、新年の演説では 14 億人の国民が異なる意見を持つのは「当然」だと述べ、「重要なのは対話と協議を通じてコンセンサスを構築することだ」と付け加えた。

しかし、舞台裏では、中国当局は社会不安の扇動者と見なすデモ参加者を拘束している。 中国での人権問題を調査するウェブサイト、維権網が「さまざまなルート」や市民社会団体の情報を引用したところによれば、デモ参加者 100 人余りが拘束された可能性がある。 抗議デモの発端となったのは、昨年 11 月末に新疆ウイグル自治区の集合住宅火災が発生した際、ロックダウンの影響で逃げ遅れた住人が多数死亡して市民の怒りが高まったことだ。 デモ参加者は言論の自由を要求し、習主席退陣を求める声さえ聞かれた。 維権網と中国公安省に取材を試みたがすぐには返答はなかった。

事情に詳しい複数の関係者はブルームバーグに対し、少なくとも 12 人が拘束されていることを確認した。 ほとんどが 20 代で、最近社会人になったばかりだった。 習近平の母校である清華大学を含む一流の教育機関を卒業した者が数人おり、一人は共産党系メディアで、もう一人は多国籍会計事務所で働いていた。 著述家や写真家、芸術家もいた。 中国は通常、社会不安の扇動者の処罰に関する声明を即座に出すが、今回の拘束が比較的静かに進められているのは、習主席と共産党が抱えるジレンマを浮き彫りにする。

デモ参加者を簡単に見逃してやれば、新型コロナ感染の流行で不満がくすぶる中国で、市民の反抗が容認されているような印象を与えかねない。 今月初めには、中国中部の住民が花火禁止を巡って警官と言い争い、警察車両をひっくり返す事件も起きている。 同時に当局は、行き過ぎた取り締まりには慎重になる必要がある。 緊張をさらに高めかねないからだ。

ミシガン大学のメアリー・ギャラガー教授(政治学)は「デモ参加者に共感する人々が多いことや、彼らがゼロコロナ政策や検閲にうんざりしていることを政府は承知している」と指摘。 「市民がさらに怒りを募らせることにないよう、当局は本当に静かに拘束を続けたい考えだ」と述べた。 (Bloomberg = 1-16-23)

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不満噴出相次ぐ中国 - 「白紙運動」後も各地で騒ぎ

習近平政権が異例の 3 期目に入った中国で、極端なゼロコロナ政策に抗議する「白紙運動」の後も市民の不満が噴出する騒ぎが相次いでいる。 政権指導部は習派で固められて、トップの個人独裁色が濃くなったにもかかわらず、政治的統制力はかえって緩んでいるように見える。(時事通信解説委員・西村哲也)

謎の「孫文」デモ

河南省周口市で 1 月 2 日夜、地元住民と警官隊が衝突する事件があった。 インターネット上に流れた映像や情報によると、一部の住民が市当局の規制を無視して花火・爆竹で新年を祝ったためで、パトカーが破壊されるなどの騒動になり、6 人が拘束された。 ネット上では、若者がパトカーの上に乗っている映像が広まっており、警察側が一時、事態をコントロールできなくなっていたことが分かる。

中国では昔から、祝賀のために大量の花火・爆竹が使われて、負傷者が出たり、火事を起こしたり、大気を汚染したりするため、場所や時期によって使用が禁止されてきた。 習政権が特に規制を強化したわけではないのだが、この種の衝突は極めて珍しい。 ゼロコロナ政策で不満が蓄積していた上、経済の不調で失業者が多いという事情から、群衆による騒ぎが起きやすくなっているとみられる。

江蘇省の省都・南京市でも同 1 日未明、不思議なデモが起きた。 大群衆が市中心部の広場にある孫文像の周りに押し寄せて、献花したり、風船を飛ばしたりした。 映像を見る限り、警官が積極的に阻止しようとする動きはなく、群衆側も年越しのカウントダウン以外に政治的スローガンを叫ぶことはなかった。 国民党の創設者である孫文は中華民国の初代臨時大総統になり、南京を首都とした。 共産党も革命の先駆者として高く評価している。 孫文像周辺に集まった人々の意図ははっきりしないが、共産党以外の歴史的人物を称賛することで、共産党に対する不満を間接的に表明したのかもしれない。

ゼロコロナ終了でトラブルも

昨年 11 月下旬の白紙運動直後の 12 月にも各地の医科大学で学生たちが異例の抗議を行っていた。 台湾の中央通信社電によると、同月 11 日から 12 日にかけて、江蘇、福建、江西、四川、雲南 5 省の医科大学で抗議の動きが続発。 病院で雑務の仕事をさせられても月 1,000 元(約 1 万 9,000 円)しかもらえない、 医療用マスクが支給されない、冬期休暇もなしに働かされるといった待遇への不満が原因だった。 医学生の抗議がこのように集中して行われるのは不自然で、各地の医学生が何らの形で連絡を取り合った可能性がある。

中国政府の方針転換でゼロコロナ政策は終了したが、それに伴うトラブルも起きている。 1 月 8 日の香港紙・明報によれば、重慶市で同 7 日、新型コロナ検査の薬品を生産していた工場でリストラされた 1,000 人以上の労働者がデモを行い、警官隊と衝突した。 この工場は受注が大幅に減り、数千人が解雇された。 デモ隊の一部は工場の設備を破壊し、製品に放火したという。

習主席「異なる要求は正常」

昨秋の第 20 回党大会で権力を拡大した習近平国家主席(党総書記)はさぞかし危機感を強めていると思いきや、恒例の国民向け新年メッセージ(12 月 31 日)で「中国はこのように大きいので、さまざまな人々に異なる要求があり、同じことに対しても異なる見方があるのは正常なことだ。 意思疎通と協議で共通認識をまとめればよい」と述べ、「団結」を呼び掛けた。

何に関する要求や見方なのか、習氏は説明しなかった。 しかし、国営通信社の新華社は 1 月 8 日、習指導部がいかに適時、適切にコロナ対策を「適正化」したかを宣伝する論評で「人口が 14 億人以上の中国では、さまざまな人々に異なる要求があり、同じことに対しても異なる見方がある。 広い範囲で共通認識をまとめ、科学的に政策を決めることが、(新型コロナの)防止・抑制戦略調整のカギとなる」と指摘した。

中国公式メディアの論評は政権首脳の意向に沿って書かれるので、この文章は習氏の考えを示したものだろう。 習氏が新年メッセージで言及した「要求」はゼロコロナ政策に対する不満や異論を指していたと思われる。

独裁政権のトップとは思えない寛容な姿勢だが、白紙運動でゼロコロナ政策転換を強いられた形になった上、当局に公然と逆らう騒動が頻発する状況が続けば、習氏の威信低下は免れない。 社会主義体制下では指導者の政治的軟弱は命取りになる恐れがある。 「第 2 の毛沢東」を目指す体制を始動したばかりの習氏は、危機管理の政治手腕を問われることになる。 (jiji = 1-11-23)

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中国新指導部への抗議か 「不要・要」の横断幕 … SNS に街を練り歩く若者

中国・上海市で白い横断幕を持って街を練り歩く若者の姿が中国国外の SNS に発信されました。 中国共産党の新指導部への抗議とみられます。 白い横断幕を持って車道を行進する女性。 映像は上海市の若者や外国人が多く集まるエリアで撮影されたもので、共産党の新たな指導部が発表された直後の 23 日夜、中国国外で運営されている SNS に向けて発信されました。

横断幕には「不要・要」という文字だけが書かれていて、北京市内で掲げられた「検査は不要・食事が必要」、「ロックダウンは不要・自由が必要」という横断幕への賛同を示す活動だとみられます。 中国国内の SNS では、共産党を直接的に批判するコメントが閲覧不能になるなど、厳しい情報統制が敷かれています。 (テレ朝 = 10-24-22)


成長の主役たちが老いてゆく 若者そっぽ、世界の工場に迫る時間切れ

中国の首都である北京市には故宮を中心に円を囲むように環状線が走る。 市西部。 中心から 3 本目の環状線と幹線道路が交差する陸橋「六里橋」は、周囲には道路や住宅以外にほぼ何もない。 多くの車が通り過ぎていくばかりの場所に、平日の昼間から 40 人ほどが座り込んでいた。 集まっていたのは、農村出身で都市部に出稼ぎに出て働く「農民工」と呼ばれる人々だ。 ここは農民工が仕事を探す場所の一つで、工場や建設現場などの日雇いの人手を集める車が訪れる。 ほとんどが中高年の男性で、若者とみられる人はいなかった。

中国の少子高齢化を取り上げます。 豊富な労働力を背景に「世界の工場」と呼ばれ、爆発的な経済発展を遂げた中国。 その経済成長を支えた「立役者」だった農民工の世界に、大きな変化が起きています。

老いとコロナで仕事ない

山東省出身の男性 (51) が陸橋の下の壁にもたれかかりながら、うつむいて座っていた。 普段は建設現場で働くが、「コロナで仕事はかなり減った。」 10 年ほど出稼ぎで北京に来ているが、コロナ禍で給与水準も下がったと嘆く。 1 日働いて 400 元(1 元は約 20 円)。 仕事がないときは 1 日 200 元の警備員の仕事で食いつないでいるという。

「まともに動ける人でも仕事がない。 年齢が高い人はここに 1 週間以上いても誰も雇ってくれないから、地方に帰ったよ。」

真っ黒に日焼けした顔の河南省出身の韓?さん (58) は普段、路線バスの警備員などをしながら生計を立てる。 独身で収入は月 5 千元ほど。 中国では男性の定年は 60 歳で、体力の問題などもあって様々な仕事で雇ってくれなくなる。

「あと 2 年働いたら、実家に戻って生活保護を受けながら暮らそうと思う。 今の仕事が続けられればそれでもいいんだけど。」

引退迫る、安い労働力

急速な経済成長を実現した中国。 背景には低賃金で建設現場や工場労働をこなす農民工の存在があった。 中国は改革開放によって都市化と建設ラッシュが始まり、大量の労働者を必要とした。 そこに、農村から若者が流れていく。 北京大学国家発展研究院の盧鋒氏の推計によると、農民工は 1985 年に 6,700 万人ほどだったという。 中国国家統計局の農民工観測調査報告では、その後右肩上がりが続き、21 年は 2.9 億人にまで増えた。 豊富にある若くて安い労働力を目当てに、中国国内だけでなく国外からも生産拠点や投資が集中した。 「世界の工場」と呼ばれるようになっていく。

リーマン・ショックからいちはやく立ち直った 09 年、米タイム誌がその年を代表する「今年の人」の次点は農民工だったことを明らかにした。 だがいま、その農民工に高齢化の波が押し寄せる。 10 年には 35.5 歳だった平均年齢は 21 年に 41.7 歳まで上昇。 50 歳以上の農民工の割合は 10 年の 12.9% から 21 年に 27.3% となり、全年齢で最も多くを占めるようになった。 今後 10 年間で約 8 千万人が退職の年齢を迎えることになる。 中国を支えた低賃金労働者らの引退は迫っている。

工場で働きたくない若者たち

「一人っ子政策」などの影響もあり、農民工の若者は高齢者に比べて少ない。 16 - 30 歳の農民工の割合は 16 年には 3 割超だったが、21 年には 2 割にまで下がった。 さらに、自分たちの親の世代とは似て非なる存在になっている。 「工場は毎日 7 - 8 時間働き、同じ作業をひたすら繰り返すだけ。 技術の向上や進歩もない。」 香港の英字紙サウスチャイナ・モーニングポストは 4 月、北京市内でデリバリーの運転手を務める廖勇さん (19) のこんな意見を採り上げた。

今の仕事は工場労働者の 2 倍はもらえるという。 同紙は「『世界の工場』での労働を非難する彼の声は、ある激しい論争の一部分を映し出している」と書いた。 「ある論争」は、この 1 カ月前に開かれた全国人民代表大会(国会に相当)で持ち上がった。 代表の 1 人で自動車部品会社のトップが、「中国の製造業では 20 年時点で 2,200 万人分の人手が足りず、最近 5 年間は毎年 150 万人が製造業の仕事を離れている」と指摘。 その多くがデリバリー業界へと流れているとし、「若者をデリバリーではなく、工場へ送るよう促すべきだ」と政府に意見したことが、議論を呼んだ。

「世界の工場」で働くことを望んでない若い農民工が増える背景には、高学歴化も関係している。 中国国家統計局によると、高卒以上の学歴を持つ人は農民工全体で 14 年の 23.8% から 21 年は 29.6% まで上がった。 同局の 20 年の別の調査では、北京にいる若い農民工の 21.2% は大卒・院卒だった。 高学歴化した若い農民は、低賃金やきつい肉体労働を敬遠する。 低賃金を受け入れられない農民工によって、中国企業は国内で工場を維持できなくなってきた。 国家統計局によると、農民工の平均月収は 08 年に 1,340 元だったが、21 年は 4,432 元と 3 倍以上に伸びた。

農民工という「差別」

労働者を多く使う産業はここ数年、ベトナムやカンボジアなどへ工場を移してきた。 最近ではスマートフォン大手の小米科技(シャオミ)が 7 月からベトナムで生産を始めたことは注目を集めた。 もはや低賃金を武器にした世界の工場としてやっていくのは先が見えている。 中国政府は新たな政策を採り始めた。 その一つが職業教育の強化だ。 IT など専門技術を持つ労働者を生み出す。 そのため、日本の高専に相当する「職業学校」へ通う学生を増やす方針だ。

ある中国の大学関係者は「高学歴化でホワイトカラーを志向する若者が多すぎ、ミスマッチを起こしていることを解消する狙いもあるのではないか」と話す。 今年から人口減少が始まるとの見方が強まる。 農民工だけでなく労働力全体の減少は避けられず、構造転換へかける時間は多く残されていない。 同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科長の厳善平教授(中国経済)は、農民工の存在を「人為的に作り出された差別」が生んだと説く。 農村は都市部と比べ、社会保障などの待遇面で著しく低い仕組みだったからだ。 少子高齢化に伴い、その労働力は今や、「使い捨てできなくなってきた。」

いま、「親と同じ低賃金で長時間、工場のラインで単純労働するのはたまらない」新世代が主流になりつつあるという。 成長の主役たちに、十分に報いてこなかったツケを、中国経済は突きつけられている。 (北京 = 西山明宏、asahi = 10-4-22)



「中国発展の代償は我われの命」 経済成長支え使い捨てられた出稼ぎ労働者の嘆き

2000 年前後の 4 年間、中国深センで解体作業員として働いていた Wang Zhaohong さんは、かつて国境沿いの寒村だったこの街を、活気あふれる大都市に変貌させる手助けをした。 現在、寝たきりでやせ細った 50 歳の Wang さんは、苦しい息の下から、結局あの仕事が自分の命を奪うことになる、と語る。 湖南省にある辺境の県からやってきた Wang さんや仲間の作業員たちは、深センの開発ブームの中で、適切な安全装備もないまま、大量の粉じんを吸い込んだせいで、「珪肺(けいはい)」と呼ばれる肺疾患を発症した。

Wang さんの症状は重い。 彼は、次の旧正月は迎えられないのではないかと予感している。 中国は今月、世界 2 位の経済大国への発展をもたらした経済政策「改革開放」の開始から 40 周年を迎える。 数億もの国民が貧困から脱出する一方で、Wang さんのような人々は中国の発展がもたらした大きな人的被害を思い起こさせるが、当局は情報を統制し抗議行動を押さえ込もうとしている。 じん肺、つまり珪肺など粉じんに由来する肺疾患に苦しむ労働者を支援する北京の非政府団体「大愛清塵」の推定によれば、この症状に苦しむ患者とすでに死亡した人の合計は約 600 万人に達している。

Wang さんなど、湖南省 3 県からの出稼ぎ労働者数百人は、深セン市に対して補償を求めて抗議している。 「同じマスクを 10 日間使ってからでなければ、新しいものが支給されなかった」と、桑植県にある生まれ故郷の貧しい村で Wang さんは語った。 「当時の上司は私たちに、『毎日新しいマスクを使っていたら、どうやって稼ぐんだ』とよく言っていた。」 解体作業員の当時の報酬は月 5,000 - 6,000 元(約 8 万 2,000 - 9 万 8,000 円)で、他の出稼ぎ労働者が稼ぐ 2 倍から 3 倍に達していた。

署名された契約書などはほとんど存在しないため、十分な補償を受けることはほぼ不可能だ。 深セン市政府は一部の労働者に対し、症状の重さに応じて、最大 22 万元の支払いを提示しているが、到底十分とは言えない、と労働者側を代表する Gu Fuxiang さんは語る。 すでに 10 年近くに及ぶ闘争の先行きは暗い。 11 月初旬には深セン市役所で座り込みが行われたが、治安部隊による暴行を受けたと、参加した 5 人の労働者は語った。

「ここの地方自治体にとっても深セン市政府にとっても、治安維持が絶対の最優先課題になっている」と自分も軽度の珪肺に苦しむ Gu さんは語る。 「発展の代償はわれわれの命だった。 われわれが病気になっても、死んだとしても、政府は気にかけない。」 深セン市政府に取材を申し入れると、広報担当者からは警察・社会保障・保健・経済改革の各部門を紹介された。 保健部門にコメントを求めたところ、電話を切られてしまい、経済改革部門もコメントを拒んだ。 警察・社会保障部門には何度も電話をかけたが応答がなかった。

深センの成長

労働者の健康被害は中国に限った話ではない。 米国の支援団体も、こうした「粉じん由来の疾病」で亡くなる労働者に対する補償を求めて、数十年にわたる闘いを繰り広げている。 とはいえ、中国の建設ブームはあまりにもペースが速く、わずか 40 年間で、前例ないほど多数の犠牲者を生み出してきた。 深センほど急速に成長した都市は過去にない。 同市の経済生産は昨年初めて、近隣の香港を追い越した。 深センでは、32 路線で構成される世界最大の地下鉄網が 2030 年までに整備される予定だと国営英字紙チャイナ・デイリーは報じている。

深センを北京や香港と結ぶ北部の鉄道駅から世界第 4 位の高さを誇る高層ビル「平安国際金融中心」に至る、市内にある多くの有名建築の大半は、他省から流入した出稼ぎ労働者によって整備された。 巨大都市の成功の裏で、労働者たちは、医療費や子どもの教育費などを支払うために、もっぱら高利の銀行融資や親族・友人からの借金に頼らざるを得ない状況だ。

Wang さんは通院費を払うために地方の金融協同組合から 5 万元借りた。 融資契約によれば、金利は 4 半期ごとに 11.27% だ。 「子どもたちが連帯保証人なので、銀行もまだ金を貸してくれる。 息子は、私が死んだら銀行への返済を肩代わりすることに同意した。」 ベッド脇の炭火で自家製のサツマイモを炙りながら、Wang さんはそう語った。 珪肺と診断された 2009 年に、深セン市当局は 13 万元を支給したが、それでは十分ではなかったと彼は言う。

「中国では、問題は金が足りないことではない」と香港大学で社会学を研究する Pun Ngai 教授は言う。 「深セン市には巨額の社会保険基金がある。 問題はイデオロギーだ。」 「深セン市政府は、こうした労働者は深セン市の住民ではなく、従って自分たちの責任ではないと考えている」と同教授は指摘。 「市政府は、もしこの労働者たちの要求を受け入れれば、他省から他の人々が補償を求めてやってくると懸念している。」 深セン市の公式人口は 1,250 万人で、社会保障基金の総額は 2017 年末時点で 5,400 億元以上に達している。

安定の維持

労働者たちは、中央政府から厳しい非難を浴びており、彼らが何か言うと脅しをかけてくる、とロイターに語った。 中国当局は 11 月中旬、すべてのウェブサイトを対象に、珪肺に苦しむ湖南省の労働者に関する報道や公表を禁じた、と同国の検閲を調査しているチャイナ・デジタル・タイムスは指摘する。 著名な国営新聞社やテレビ局は 2009 年に彼らの苦境を報じたが、今年はこの問題について沈黙を守っている。 こうした検閲は、中国で過去 5 年間強化されてきた政治的な締め付けと整合するものであり、その背景には、中国南部に始まり全国に広がった学生・労働者による抗議行動に対する弾圧がある。

今年 8 月には約 50 人の学生や活動家が全国から深センに終結して、 溶接機器メーカー深セン佳士科技公司 (JASIC) の工場における劣悪な条件に対して、工場労働者とともに抗議を行った。 「珪肺に苦しむ労働者の問題は、今年きわめてセンシティブなものになった。 政府が JASIC の事件と結び付けられることを恐れているからだ」と Pun 教授は語る。 労働者たちは今年 11 回、深センを訪れたが、まだ十分な補償は得られていないという。 前出の Gu さんによれば、労働者らはその症状に応じて、50 万元 - 110 万元の補償を求めている。

ロイターの記者が桑植県に到着して 12 時間も経たないうちに、地元警察は労働者に電話をかけ始め、地元の警察署に報告して、誰に会ったか確認するよう命じた。 桑植県の警察はコメントを拒否している。 「当局は私たちを脅す方法を知り尽くしている。 今のところ、恐がって外国のメディアとはいっさい関わろうとしない労働者は大勢いる。」 Gu さんはそう語り、市政府の当局者から、彼の電話とソーシャルメディアアカウントは監視されていると言われた、と付け加えた。

しかし、それより心配していることは、家族に残してしまいそうな巨額の借金だと彼は言い、自身の身の上を語ることに意味があるだろうかという疑問を繰り返し口にした。 「わが国は過去 40 年間で非常に急速に前進した。 農家が必ずしも農家を続けなくても済むようになった。 それは本当に素晴らしいことだ。」 Wang さんは鼻腔に挿入したチューブで呼吸しつつ、物憂げに語った。 隣家に面した小さな窓には、彼の肺の X 線画像が掲げられていた。 「ベッドから起き上がれればと思う。 出かけて、外の様子を知りたい。」と彼は言う。 「でも、私の命はそう長くないだろう。」 (Sue-Lin Wong、Reuters = 12-24-18)



貧困と戦う中国、それでも救われぬ人々

北京から西へ 1,500 キロメートルあまり、甘粛省。 シルクロードの要路で、かつてはこの地にある「嘉峪関」で中国の領域は尽きるとされた。 8 月末、一家 6 人が無理心中を図った景古鎮阿姑山村は省都・蘭州市から車で 2 時間ほど走った山あいに位置する。

幹線道路から村へ入る道は 1 本しかない。 荷台を載せた 3 輪バイクが時折、通り抜けていく。 商店が並ぶ近くの集落までは 40、50 分ほどかかるはずだ。 周囲は土やレンガで造った粗末な家屋が並ぶ。 電気は通っているが、水道とガスはない。 孤立してはいないが、外部との往来や交渉は乏しい。 妻は狭い農地で麦や油菜、エンドウなどを植えていた。 漢方薬の素材を栽培する家もあるが、種や苗は高価で一家には手が届かなかった。 昨年の寒波に続く今夏の干ばつで、暮らしは一気に追い詰められたという。

貧村で夫婦と子供 4 人が無理心中

夫は蘭州に出稼ぎに出ていた。 「1 年も安定した職に就けなかった。 最後は豚小屋の清掃という誰も望まない仕事にありついたが、1,500 元(約 2 万 4,000 円)の月給も前借りするほどだった。(隣接する村の住民)」 一番近い大都市は蘭州だが、経済規模は上海や広州、重慶などとは比べものにならない。 ほとんど学校に通えなかった妻は子供 4 人にせめて中学まではと願ったが、学資の捻出も難しかった。

生活保護は制度としてはある。 だが、一家の収入は概算で年 4,000 元を超すとされ、2,300 元の年収基準を上回っているとの判定を受けたという。 「植えていた作物の多くは自家消費だ。 算式より現金収入は少なかっただろう。 あの一家が貧しかったのは間違いない。」 鎮の役人の一人は漏らす。 生活保護を受けるには賄賂が必要だったとの指摘も浮上するなか、役人たちは一本道の脇にテーブルを並べ、往来に目を光らせていた。 情報を封鎖しようとしていることは明らかだ。

習近平政権は 2020 年までの貧困撲滅を最優先の課題に掲げる。 億を超えていた貧困人口はすでに五千数百万人まで減少した。

「吉林省興盛村。 政府支援で養豚を手掛けたら 1 年で貧困から脱却。」
「広西チワン族自治区、平孟鎮。 ミカンなどの果樹を植えたところ、苦しい日々が甘く。」
「青海省互助土族自治県。 山あいから住環境が整った地区に集団移住。」

国営新華社は「脱貧戦」の成果を毎日のように報じる。 誇張はあっても明確な嘘はないはずだ。 成果は大きい。 自助努力の成功例も多い。 重慶市郊外、豊都県虎威鎮。 鎮の建物の一角に、徐本紅さん (28) が営む「農村淘宝」の店舗がある。 淘宝はアリババ集団が手掛けるインターネットモールだ。 ネットで注文し、商品は数日で届く。 楽天やアマゾンと変わらない。

都市では戸別宅配が一般的だが、農村はそこまでは配達してくれない。 荷物を一時的に預かる拠点が「農村淘宝」だ。 パソコンやスマートフォン(スマホ)に詳しくない高齢の農民の代わりに、注文や支払いを代行したりもする。 「今は皆、スマホを使いこなしているけどね。(徐さん)」 衣類や洗剤。 肥料、農薬。 食料品。 農村であっても、人々の使い方は都市と大きくは変わらない。 「1 日あたり段ボールで 30 箱ほどは届く」という。 農作業の合間や休憩がてら、住民たちは荷物を受け取りにくる。 徐さんは注文額に応じた手数料をアリババから受け取る。

妻と交互に店番にたち、「世帯の月収は 1 万元を超えた。 田畑に向かい合っていた頃には考えられなかった金額だ。」という。 今、考えているのは「鎮の名産である蜂蜜を淘宝で全国に売り出すこと。」 地元で売っても 1 瓶で 50 元だが、品質をうまくアピールできれば 70 - 80 元で売れるかもしれない。 2015 年に農村淘宝の管理人募集をみて手を挙げた徐さんだが、手探りで経営者の道も歩み始めた。

貧困との戦い、成果の一方でセーフティーネットにもろさ

中国は貧しさとの戦いで勝利を収めつつあるようにみえる。 しかし、拭えない疑問が 2 つ残る。 救われた人々はなぜ選ばれ、そうでない人はなぜ放置されるのか。 阿姑山村の一家のように、ごく貧弱なセーフティーネットからも漏れてしまう人々が放置されているのはなぜか。 ヒントの一つは農民向けの年金にある。 都市の年金制度とは異なり、農村では一人ひとりの掛け金総額を 139 で割り、わずかなボーナスを加えて支給月額を算出する仕組みだ。 受け取り開始は 60 歳。139 は、60歳からの平均余命の月数だ。

仮に 30 歳から 30 年にわたり年 500 元を納めても、60 歳からの受取額は月 200 元に満たない。 加えて、支給額の算式には物価に対応する項はなく、インフレが起きてしまうと実質的な受取額は目減りする。 物価上昇に対応してボーナスが積み増しになるかは不透明だ。 この仕組みからは、中国政府はない袖を振ろうとはせず、あくまで自助努力を求める設計思想が透けてみえる。

貧困撲滅に人道的な配慮があるのは確かだが、それ以上に習政権が掲げる「中華民族の偉大な復興」を強調するためのツールという色彩が濃い。 ツールとしての役割を果たした後も、低所得層の生活改善に力を入れ続けるだろうか。 無作為に財源をばらまくだけの今のやり方からは、自助努力の条件すら整わない人々の暮らしが良くなっていくとの確信は持てない。 (張勇祥 = 上海、nikkei = 11-25-16)



中国当局者、騒動収束できなければ「クビ」に

中国では発表自体よりも発表のタイミングのほうが重要な場合がある。 中国共産党の中央委員会と国務院(内閣に相当)は先週、党と政府の当局者に対し、民衆の抗議を抑えられなければ職を失うだろうと警告した。 これは必ずしも驚きではない。 ある意味で、それは長年の慣行をあらためて公表しただけだからだ。

香港中文大学の政治アナリスト、ウィリー・ラム氏は「過去 10 年以上、地方の当局者の昇進基準の一つは、抗議行動を最小に抑えられたかだった」と述べ、「したがって大半の地方当局者は、人々が陳情しようと北京に向かうのを阻止しようと躍起になっている」と語った。 しかし今週の発表のように党中央と政府が、「あらゆるレベル」の党と国家の当局者に対し騒動を抑えられなければ職が危うくなると明確に警告したのは初めてだ、と国営メディアは伝えている。

では、どうしてそのような声明が今、出されたのだろうか? この方針発表の 2 週間前、中国東北部の黒竜江省双鴨山市で賃金が未払いになっていた炭鉱労働者数百人が街頭に出て抗議する騒ぎがあった。 同省の陸昊省長が炭鉱会社には労働者への未払い賃金はないと発言したのに怒ったためだった。 陸省長はその後、この発言は誤りだったと認めたが、そのまま省長の職にとどまっている。 双鴨山のこの騒動が国務院と党中央委員会に声明を出させる重要なきっかけとなった公算が極めて大きい、とラム氏や他の専門家は述べている。

メディアで広く報じられたこの騒ぎは、北京で開催されていた全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の年次会合の最中に発生し、陸省長の発言もその中で行われた。 両会(全人代と、同時開催されている人民政治協商会議)と呼ばれる会合で、李克強首相を含む幹部は、経済の急激な鈍化に適切に対処すると約束し、経済の移行期間に労働者を苦しめることはないと繰り返し誓った。

李首相が公式に表明したのを受け、この政策は全人代終了後、速やかに広く実行に移される。 人権活動家の胡佳 (Hu Jia) 氏は「中国では、政治カレンダーは 1 月に始まるのではなく、3 月の両会で始まる」と述べた。 胡氏によれば、政府当局者は、双鴨山などで起きた騒動が労働者の権利の不備といった争点を浮き彫りにし、指導部に政治的悪影響が及ぶことを懸念した可能性が大きいという。

党中央幹部は困難な任務を遂行しなければならない。 向こう 5 年間で中国経済を非効率にしている膨大な生産能力を持つ各種工場を閉鎖する必要がある。 これは何百万人もの労働者を雇用している鉄鋼、石炭、その他の大規模産業部門を縮小することを意味する。 李首相は、失職した労働者には新しい職場や政府支援が与えられると述べた。

だが、今やこうした約束を守ることが難しくなってきている。 中国では、双鴨山の騒ぎだけでなくさまざまな形の騒動が急増している。 香港の労働権監視団体・中国労工通訊 (China Labour Bulletin) の統計によれば、今年 1 月に中国で発生したストなど労働者の抗議活動の数は昨年 7 月の約 3 倍に増えた。

職のない出稼ぎ労働者から怒れるタクシー運転手に至るまで、さまざまなグループが街頭に出て経済的なひずみの深刻化に抗議している。 経済鈍化によって中国全体で少なくとも 1,560 億人民元(約 2 兆 7,000 億円)の「理財商品(高利回り・高リスクの資産運用商品)」の価値が吹き飛んだ。 その大半が小口投資家の資金だ。 こうした破たんも抗議行動のきっかけになっている。 解雇が増え経済的な困窮が深刻化するなか、この国はいったいどれだけ多くの当局者を処分することになるのだろうか。 (Chuin-Wei Yap、The Wall Street Journal = 3-28-16)


中国、賃金未払いに抗議デモ相次ぐ 陝西省でも

中国では、鉄鋼や石炭といった過剰な生産能力を抱える業界で国有企業の経営が悪化し、賃金の未払いに対する抗議デモが相次いでいます。 内陸部の陝西省で 17 日起きたデモでは、警察が参加者を殴るなど力で抑え込み、当局の対応に批判の声が上がっています。 中国メディアによりますと陝西省渭南市で 17 日、国有の石炭企業の従業員らおよそ 200 人が数か月分の給料の支払いを求めてデモを行いました。 その様子を撮影したという映像や写真が中国版ツイッター、「ウェイボー」に投稿され、警察がデモの参加者を棒で殴りつけるなど力で抑え込む様子が写されています。

地元政府は 18 日、国有企業の幹部らが解決策を検討していると発表しましたが、ネット上では「給料の支払いを求めただけで暴力を受けるなんて人権が守られていない」などと批判の声が上がっています。 中国では今月中旬にも東北部の黒竜江省で、国有の石炭企業の従業員が給料の支払いを求めて大規模なデモを行っています。 中国の当局にとっては社会の安定を維持しながら、こうした業界の再編を柱とする構造改革をいかに進めていくかが課題になっています。 (NHK = 3-18-16)


中国 全人代開催中に炭鉱の町で大騒動 "賃金未払い"

中国では今、日本の国会にあたる全人代が開かれていて、習近平指導部は、中国経済に対する内外の不安を打ち消すため、次々と改革を打ち出しています。 ところが、こうしたアピールに水を差す出来事が中国東北部の炭鉱の町で起こっています。 「警官が殴った! 警官が殴った!」 13 日、黒竜江省双鴨山にある国有企業に炭鉱労働者たちが詰めかけました。 訴えているのは "賃金の未払い" です。 「去年は 5 - 6 か月分、今年に入ってからも一度も給料をもらってません。(炭鉱労働者)」 騒動の発端は 6 日、北京で開かれている全人代での黒竜江省トップのこの発言でした。

「賃金の未払いは一切ありません。(黒竜江省 陸昊省長)」 この陸昊氏、数々の国家指導者を輩出した共産主義青年団のトップを経験し、将来の国家指導者候補とも言われています。 その人物が国の重要な会議で語った "きれいごと" に労働者やその家族たちの怒りが爆発したのです。 「未払いはないだなんて、うそつき!(炭鉱労働者)」 「金はどこに行ったんだ? 省長は未払いはないと言ったが、我々はもらってない。(炭鉱労働者)」

中国でも有数の石炭の産地として栄えた双鴨山市ですが、2012 年頃から石炭の需要が減少して生産過剰の状態となり、今では 50 万トンもの石炭が売れ残っています。 炭鉱を経営する国有の『竜煤集団』は 100 億元を超える赤字を抱えながら、中国政府による巨額の支援で生き延びています。 こうした国有企業は "ゾンビ企業" と呼ばれ、中国経済を脅かす要因の一つとして、今年の全人代でも取り上げられています。

「国有企業改革で重要なのは、労働者の利益を守ることです。(国有企業改革 担当者)」 いつもなら地方によくあることとして片づけられがちな騒動ですが、今回ばかりは中国全土から注目を浴びる結果となりました。 ネットには、当局がいくら削除しても、コメントの投稿が止まりません。 「集めた全ての資金を給与の支払いに充てます。(竜煤集団 担当者)」 会社側は、とりあえず去年 11 月と 12 月の賃金を支払うと約束しましたが、その先の保証は一切なく、労働者たちの怒りは収まりません。

「デモ隊が歩き出しました。 "私たちは生きていたい、私たちはご飯が食べたい" というふうに横断幕には書かれています。(記者)」 「(会社は)生活費を払うって、約 1 万 8,000 円は少なすぎ。 受け入れられない。(炭鉱労働者)」 「給料を 100% 払えって難しい要求ではないでしょ? 当たり前のことよ!(炭鉱労働者)」 中国経済への不安を打ち消すべく、全人代で次々と改革を打ち出している習近平指導部。 東北地方の炭鉱の町で起きた出来事は、改革がいかに難しいかを物語っています。 (TBS = 3-14-16)


新疆で製鉄所閉鎖相次ぐ 中国政府は社会不安を注視

[上海/北京] 中国政府は最近、過剰生産能力を抱える鉄鋼セクターの合理化に動いているが、その犠牲になっているのが新疆ウイグル自治区だ。 中国はかつて、経済成長と雇用拡大を通じてウイグル族の社会的な不満をかわそうと、鉄鋼などあらゆる分野で投資を奨励してきたが、その後の政策転換で新疆の鉄鋼ブームはあえなく終了。 今では深刻な苦境に陥っている。 新疆では 1,000 万トン超の鉄鋼生産能力が閉鎖されたと見られるが、これは米国の年鉄鋼生産量のおよそ 10 分の 1 に相当する規模だ。

新疆八一鋼鉄の子会社の関係者は「状況は非常に厳しい。 新たに建設された製鋼所の多くが閉鎖されており、鉄鋼価格は急落している。」と指摘している。 同子会社では、1 トン当たりで 300 - 400 元(約 45.95 - 61.27 ドル)の損失が出ているという。 関係筋によると、中国政府は現在、過剰生産能力と環境汚染を解消するため、向こう 2 - 3 年をかけて全国で 500 万 - 600 万人をレイオフする計画。 中国の尹蔚民・人事社会保障相も、石炭・鉄鋼セクターで全体の 15% に相当する 180 万人をレイオフすると明らかにした。

中国国際エンジニアリング・コンサルティング・コーポレーションの専門家は、2010 年以降に「非合理的な」投資が盛んに行われた新疆の鉄鋼セクターでは、大規模な人員削減がすでに行われているとの見方を示した。 新疆は人口が相対的に少なく、輸出機会も乏しいため、影響が大きくなりがちだ。 中国社会科学院の研究者は「新疆は立地に大きな問題がある。 拡大した生産能力に見合うほど内需は伸びていない。」と述べた。

中央政府、社会への影響注視

生産能力削減は河北省や山東省など伝統的な鉄鋼地帯が当面中心になると見られるが、これまでのところ新疆への打撃が突出している。 統計局によると、新疆の昨年の鉄鋼生産が 39% 減の 740 万トンだったのに対して、河北省では 1.3% 増の 1 億 8,830 万トン。 新疆の稼働率は 30 - 40% で、全国平均の 65 - 70% を大幅に下回る。

中国の中央政府は、独立問題を抱える新疆の安定維持についてはとりわけ神経を尖らせているため、雇用情勢の悪化は頭の痛い問題だ。 アムネスティ・インターナショナルの東アジア担当ディレクターで、新疆について詳しいニコラス・ベケラン氏は「民族問題があるため、新疆の安定はとりわけ重要。 政府は雇用不安が社会的な緊張の高まりにつながらないよう、対策をとろうとするはずだ。」と指摘している。 (Ruby Lian、Michael Martina、Reuters = 3-3-16)


中国、石炭・鉄鋼部門で 180 万人レイオフへ

[北京] 中国の尹蔚民・人事社会保障相は 29 日、過剰生産能力の削減の一環として、石炭・鉄鋼セクターで 180 万人をレイオフすると表明した。 同相は、生産能力削減に伴って一定のレイオフが今年実施されるが、雇用の安定推移を確信していると述べた。 180 万人のレイオフがいつ実行されるのかなど、時期的な詳細には触れなかった。

同相によると、内訳は、石炭セクターが 130 万人、鉄鋼セクターが 50 万人。 政府高官がレイオフの具体的な数字に言及したのは今回が初めて。 同相は「経済は比較的大きな下振れ圧力に直面しており、一部の企業は、生産や操業が困難な状況になっている。 これは不適当な雇用につながる」と指摘。 さらに、今年学校を卒業する人が増えていることも雇用市場を圧迫する、との認識を示した。 (Reuters = 2-29-16)