世界 2 位の衣料品輸出国を維持、今後は高付加価値製品の輸出拡大へ バングラデシュ 〈ダッカ〉 WTO は 11 月 30 日、「世界貿易統計レビュー 2022」を発表した。 本報告書では 2021 年の世界貿易の動向について分析し、物品およびサービス貿易について解説している。 本報告書によると、衣料品の輸出国について、世界 1 位が中国で輸出額 1,760 億ドル、32.8% のシェアを占めている。 次いで 1,510 億ドル、28.1% の EU があるが、国単体では 2 位がバングラデシュ(340 億ドル、6.4%)となり、2010 年時のシェア (4.2%) と比較すると、2.2 ポイント上昇している。 バングラデシュが衣料品輸出国として一定の地位を築いていることを示している。 なお、以下、ベトナム(310 億ドル、5.8%)、トルコ(190 億ドル、3.5%)、インド(160 億ドル、3.0%)が続いた。 一方、バングラデシュはテキスタイルの輸入国としても、国単体では世界 4 位(150 億ドル、3.9%)となり、原材料について輸入に依存している状況も明らかになっている。 また、バングラデシュの衣料品の輸出先は欧米で、2021/2022 年度(2021 年 7 月 - 2022 年 6 月)については、上位 10 カ国でニットが 77.1%、布帛が 81.6% を占めており、輸出先の多角化も課題となっている。 日本向けはニット 2.5%、布帛 2.6% で、今後の輸出拡大が期待できる有力市場と見なされており、ローカル企業からの注目も高い。 ダッカ日本商工会の竹内幸太郎繊維部会長(日華化学ダッカ事務所長)は、
と話す。 (安藤裕二、JETRO = 12-16-22) バングラデシュ、衣料品在庫の山 インフレ加速で輸出急減 欧米などの大市場の消費者が財布のひもを締めるなか、バングラデシュでは衣料品の在庫が積み上がっていると、メーカーや同国政府の関係者が明らかにした。 バングラデシュは中国などに次ぐ衣料品輸出国だ。 メーカーによれば、ウクライナでの戦争やロシアに対する制裁と、それらに伴うインフレの加速と金利上昇、住宅ローン返済負担の増加による影響で、受注が 7 月以降減り続けているという。 バングラデシュ縫製品製造業・輸出業協会 (BGMEA) のファルーク・ハサン会長は「あらゆるものが値上がりした影響で衣料費が圧迫されている」とフィナンシャル・タイムズ (FT) に語った。 「そのせいで一部のブランドや輸入業者が発注を減らしている。」 ハサン氏によれば、バングラデシュの衣料品サプライヤーに生産停止や最大 3 カ月の出荷延期を求めてきた小売業者もいるという。 「どの工場も衣料品を生産するための生地をすでに仕入れているため、影響は甚大だ。 深刻な危機をもたらしている。(ハサン氏)」という。 世界的な衣料品需要の低迷は、2023 年に選挙を控えるハシナ首相率いるバングラデシュ政府にのしかかっている。 ハシナ政権は天然ガスの輸入価格の上昇に対処しようとしているものの、発生した停電により一部の衣料品メーカーは打撃を受けている。 IMF の金融支援を確保 野党のバングラデシュ民族主義党 (BNP) はここ数週間で複数の大規模集会を主催しており、選挙を前に弱体化する経済への不満につけ込もうとしている。 バングラデシュは国際通貨基金 (IMF) に支援を求め、今月「拡大クレジットファシリティ (BCF)」など複数の融資制度を活用して総額 45 億ドル(約 6,300 億円)の金融支援を確保した。 スリランカやパキスタンなど近隣国と異なり、バングラデシュは本格的な流動性危機には見舞われていない。 だがドル高や物価上昇、消費者需要の低迷の影響で、外貨準備高は 22 年に入ってから急減している。 衣料品や織物の生産は同国で圧倒的な最大産業だ。 新型コロナウイルスの流行に伴うロックダウン(都市封鎖)が緩和され、コロナ禍の自粛の反動である「リベンジ消費」が起きた際は売り上げが急増し、大きな利益を上げた。 BGMEA によれば、バングラデシュは 22 年 6 月末までの 12 カ月で 426 億ドル相当の衣料品と 26 億ドル相当の織物を輸出しており、合計すると同国の総輸出額の約 85% を占める。 米小売り大手ウォルマートやアイルランドの格安衣料品チェーン「プライマーク」、スウェーデンのヘネス・アンド・マウリッツ (H & M)、米ディスカウントストア大手ターゲットといった世界チェーン向けの衣料品生産は、女性を中心に 1 億 6000万人以上を貧困から脱出させた重要産業となっている。 コロナ禍後は需要急増も現在は売り上げが落ち込む バングラデシュに工場があり、米国で大規模な事業展開をする香港のアパレル企業エピックグループのランジャン・マハタニ最高経営責任者 (CEO) は、衣料品の売り上げが「コロナ禍が明けてから急増した。 経済支援で多額の給付金が支給されたからだ」と話す。 だが、現在は再び売り上げが落ち込んでおり、小売業者に大量の在庫が積み上がっているという。 コロナ禍の最初の数カ月間では、小売業者の多くが発注をキャンセルし、バングラデシュの衣料品メーカーは大きな打撃を受けた。 一部のメーカーは、需要が急増したマスクや個人用防護具の生産に切り替えることで対応した。 同族経営の衣料品メーカー、デシュ・ガーメンツのビディヤ・アムリット・カーン取締役は「外からは混乱しているように見える国の中では誰もが必死だった」と振り返る。 同社は米アパレルのフィリップス・バン・ヒューゼン (PVH) が手がける「カルバン・クライン」や「トミー・ヒルフィガー」、英アパレルのクルー・クロージングなどのブランドに供給している。 「生き延びなければならなかったからだ」 BGMEA のハサン会長は、最近の受注減速では小売業者は発注を完全にキャンセルしてはいないと指摘した。 その代わり、メーカーに値引きを求めたり、直ちに売れない衣料品の代金に倉庫保管料を含めたりしているという。 また同氏によれば、衣料品業界はバングラデシュ銀行(中央銀行)に対し、貸し手にサプライヤー向け融資の返済を延期させるよう要求した。 工場が賃金や水道光熱費の支払いを優先できるようにするためだ。 停電や生産コストの上昇も痛手に 停電によってメーカーはさらなる問題に直面している。 バングラデシュ複合企業大手ベキシムコのサイード・ナビド・フセイン CEO は「エネルギー問題により、衣料品業界の大多数にとっては過酷な数カ月間となるだろう」との見解を示した。 同社の顧客には米ターゲットやファッションブランド「ZARA (ザラ)」を展開するスペインのインディテックスなどがある。 フセイン氏は、衣料品業界はたとえ生産コストが跳ね上がったとしても「エネルギーをそのときの価格がいくらであれ購入すべきだ」と主張する。 競争が激しく利幅が少ない業界のなかでもバングラデシュの衣料品メーカーは、とりわけ世界の消費者の好みや需要の変化に影響を受けやすい。 衣料品チェーンが持続可能性への取り組みを改善するよう求める消費者や株主からの要求に応えるなかで、衣料品メーカーは水や電力などの資源の使用量を削減することを目指し、機械や設備に投資している。 「今、ファッション業界は批判にさらされている」と話すフセイン氏のベキシムコも、ソーラーパネルや新しいデニム洗濯機などの設備を導入した。 バングラデシュのムンシ商業相は、衣料品輸出が減速していることを認めた一方で、景気後退下であっても人々は「衣服を着ないわけにはいかない」と述べた。 「買う枚数が 4 着から 2 着に減ることはあっても、買わずに済ますことはできない。 しかも、我々は価格ではどの国にも負けない。」 (John Reed、Finacial Times = 11-24-22) 安いファッションが抱える搾取の構造 日本も「他人事ではない」理由 アパレル産業のあり方が問われる出来事が 9 年前、バングラデシュで起きた。 先進国向けの衣料品を作る工場が集まったビル「ラナプラザ」が崩壊し、千人以上が亡くなった。 誰かの犠牲の上に成り立つ安いファッション。 事故後に渦巻いた疑問の声は、その構造を変えたのか。 この国の人々を見つめてきた神戸女学院大学文学部准教授・南出和余さんに聞いた。 - 縫製工場で働く女性たちの闘いを描いた映画「メイド・イン・バングラデシュ」が公開中です。 字幕は、南出さんが教える学生たちが手がけたそうですね。 「2 年余り前に神戸女学院大の学生から希望者を募り、2 人 1 組で 8 - 10 分間ずつ英語の字幕を翻訳しました。 現地へのスタディーツアーも実施し、女性たちが普段着ているサリーなども見てもらいました。 現地の工場で作っているのは自分たちのためでなく、私たち先進国向けの商品だと体感してもらうためです。」 「日本では衣料品はほぼ輸入に頼っており、バングラデシュは中国、ベトナムに次ぐ輸入先です。 でも生産地と消費地は遠く離れ、自分たちの服を、誰が、どんな風に作っているか、消費者が意識する機会はほとんどない。 生産者側も同じ。 現地の工場で働く若者と話しても、どこでどう消費されるかにはあまり関心がありません。 それを変えるきっかけになればという思いからでした。 工場で働く人たちとも対等な人間同士として交流したことで、学生たちのイメージはいい方向に変わったようです。」 - 身近に感じられるようになったんですね。 日本もかつては国内で生産していたのに、なぜ輸入に頼るようになったのでしょう。 「アパレルは完全な機械化が難しく、人の手が必要とされる産業なのです。 このため古くから、その時々の『安い労働力』に頼ることで成り立ってきた面がありました。 例えば、明治時代に日本の繊維産業を支えたのは、地方から出てきた女性たちでした。 現代ではグローバル経済の発展で、縫製工場がより人件費の安い国へと移動していきました。」 「バングラデシュでは、1990 年代に縫製業が国家の一大産業になり、2000 年代に大量生産・大量消費型のファストファッションが世界的に流行すると、安い労働力を求めてグローバル企業が押し寄せました。 今や中国に次ぐ規模の衣料品の輸出国です。」 縫製工場では、貧困層の女性が働いています。 ラナプラザの事故後、縫製工場の労働環境は改善が進んでいますが、女性たちの職場を「奪う」状況も生み出した、といいます。 - 映画にも、縫製工場で働く女性たちが描かれていますね。 「バングラデシュでも、縫製工場は、長時間労働の割には賃金が低く、できれば『働きたくない場所』です。 働くのは、他に選択肢のない貧困層の女性たちです。」 「T シャツ 2 - 3 枚分の額の月収。 工場で起きる火災。 映画の主人公はそうした環境に疑問を抱き、労働組合を結成します。 13 年にあった出来事が元になっており、実際に当時、各地で縫製工場の火災や事故が起き、危険な労働環境が問題となっていました。」 - その末に起きたのが、同じ年の 4 月 24 日の「ラナプラザ」崩壊事故なのですね。 「このビルも、以前から建物の亀裂が確認されていたのに、操業を続けました。 納期に遅れれば契約を打ち切られる可能性もあり、止められなかった。 発注元のグローバル企業の要求が、工場が無理せざるをえない状況を作り出していたのです。」 先進国と途上国という構図のなかで - 犠牲になったのが、貧困層の女性たち、だと。 「ただ一概に、いい、悪いといえない部分があります。 バングラデシュでは女性もエリート層、中間層、貧困層で働き先が分かれています。 エリート層は家事労働者を雇って働け、例えば現地の大学の教授陣はむしろ日本よりジェンダーバランスがとれている。 一方、その余裕のない中間層の女性は大半が専業主婦です。」 「貧困層の女性は、以前は外の仕事が家事労働くらいで、女の子が生まれると、親は早く結婚させるしか選択肢がほぼないという状況でした。 それが縫製工場という場ができ、女性たちの家庭内での地位が大きく変わった。 娘が稼ぎ手として期待されるようになり、婚家と実家の両方に仕送りをしているケースもあります。 縫製工場が女性たちの働く場所をつくり、経済発展にも貢献したという側面はあったと思います。」 「しかし今度は、先進国と途上国という構図の中で、搾取されているわけです。 何も変わらない、といえば言い過ぎですが、骨格は変わっていません。」 - ラナプラザの事故後、先進国では、アパレル産業のあり方を問う運動が広がりました。 現地の状況は少しは改善されたのでは。 「私は事故翌年の 1 年間、現地で過ごしました。 労働組合だけでなく、ジャーナリストや研究者たちも加わり、抗議行動を展開していました。 そうした声に押されるように、海外の発注元からはコンプライアンスが要求されるようになり、結果、労働環境に配慮しているかどうかの認証制度もでき、余力のある工場はその方向へ切り替えていった。 縫製工場の環境改善、という意味では一定程度前進したと言えるでしょう。」 「しかし、皮肉なことにそれが女性たちの職場を『奪う』状況も生み出してしまいました。」 - どういうことですか? 「人件費削減のため、機械化が進みました。 一方で、改善する余裕がない中小の工場は閉鎖に追いやられた。 これにより、多くの女性たちが失業したのです。」 「私は 2000 年から現地の子どもたちと共に学校に通うというスタイルで研究をしましたが、大人になり縫製工場で働く人も多くいます。 現在の状況を聞き取ったところ、待遇がよくなった結果、以前は女性の職場だった縫製工場でも、男性が増えたそうです。 バングラデシュでは、男性は経験を積み、自分のネットワークを使って条件のいい職場へと移っていきます。 品質管理や会計などの部門に入ることができれば、いずれ管理職になり、給与が上がっていく道が開ける。 しかし、そうした仕事は女性までほとんど回ってこない現状があります。」 安い商品を買わなければよいのか - では職を失った女性たちはどうなったのですか。 「バングラデシュの人件費が上がったこともあり、縫製工場自体がヨルダンなどに移り、そこに出稼ぎに行くようになりました。 映画のモデルとなった女性の働いていた工場も閉鎖され、彼女もヨルダンに働きに行きました。 給与は若干高いけれど、拘束時間は長く、パスポートを取り上げられ、『文句をいうなら帰れ』といわれる。 外国人労働者の相談に乗る人権団体や組合などがなく、訴える先もないそうです。」 - 一人一人の状況は、改善からはほど遠いですね。 「グローバル企業が、安い労働力を使って大量生産する仕組みや、私たち先進国の消費者が安い商品を短期間で消費するようなパターンを変えていかない限り、本質的な問題は解決しないと思います。 こうした流れのなかでは、どうしても労働力のより安い地域、働く選択肢の限られる女性など、弱いところへ負荷をかけることにつながってしまいます。」 - では、安いファッションを買わない方がいいのでしょうか? 「ただ不買運動をすればいいのかというと、そうではない。 末端の工場がつぶれるだけです。 生計が苦しいなか服が安くなって助かった、という人も多いでしょう。」 「ファストファッションの登場で、良くも悪くも、服は『消費するもの』になりました。 学生たちを見ていると、おしゃれの楽しみ方が 1 世代前と変わったと感じます。 例えばコートも、私が学生時代は 1 着しか持っていませんでしたが、いまの学生は、3 - 4 着を服に合わせて替えるのが当たり前です。 服を着るということは、危険や寒さから身を守るだけでなく、自分を表現することでもある。 だから、ファッションを楽しむ気持ちを否定しても、解決にはつながらないと思います。」 - 「サステイナビリティー(持続可能性)」や「エシカル(倫理的)」をうたった商品も増えました。 意味があるのでは? 「前提として、企業がそうした言葉と実態の合う商品づくりをしていることが重要です。 若い人の間でも、言葉が浸透してきていることは感じます。 言葉が先走ったとしても、意識されることで大量消費の大きな歯止めになる可能性はあるでしょう。」 「中古品を取引するメルカリなどのおかげで、中古品への抵抗も薄れました。 大手アパレルメーカーなどが、いらなくなった服を回収する取り組みを評価する大学生も多いです。」 「ただ、それだけでは不十分です。 もう少し、構造に目を向けてほしいと思います。」 消費者はどうしたら - 消費者はそこに、何を見るといいのでしょうか。 「消費者としては、商品の値段が上がらないことは『便利』です。 でも、なぜ上がらないのか、どこかにしわ寄せがいっているのではないのか。 そこに気づき、自分の問題として考えることが大切だと考えています。 そして、誰がどんな環境で服をつくっているのか、を想像してほしい。」 「かつてアジアの最貧国ともいわれたバングラデシュは、90年代に学校教育が農村部にまで広がりました。『教育第1世代』といわれた若者たちがいま、社会を支え、めまぐるしく発展しています。決して恵まれた労働環境とはいえないなか、少しでもよい生活を築き、自分らしく生きようとしています。いま自分が着ている服の向こう側には、そんな人たちがいるのです。」 - ただ、先進国に暮らしながら、そうした人たちを意識するのは簡単ではないとも思います。 「学生たちと話していると、最初はどうしても、『恵まれた日本』から途上国の問題を見る、という意識が強いです。 でも日本で暮らす私たちの生活も、グローバルな問題と直結するようになっています。 見方を変えれば、自分たちも社会で搾取される側になる可能性もある、という状況です。 機械化や人工知能 (AI) によって仕事が奪われるという問題も、ジェンダー間の経済格差も、もはや他人事ではありません。」 「服を買う時に、タグの生産国を確認してみてください。 どこで、どんな人が作っているか。 その想像力が、視野を広げてくれるはずです。 そうして一人ひとりの消費の仕方が変わっていけば、企業の間でも、本当の意味で持続可能でなければ生き残れない、という流れが強くなるでしょう。」 (聞き手・仲村和代、asahi = 4-26-22)
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