益田市が地産地消レシピ 12 品、市民に配布も 島根

地産地消をすすめようと、益田市は地元食材を生かしたレシピ集を作った。 手軽に作れる料理ばかりで、市広報5月号に入れて市民に配る。 「フードコーディネーター西本敦子のますますおいしいレシピ」で、松江市の西本敦子さん (53) が考えた。 西本さんは益田市産業支援センターのコーディネーターも務め、市内のケーブルテレビで料理番組を担当している。

これまで 100 種類以上の地産地消レシピを開発。 そのうち四季の旬の食材や加工品を使った 12 品を選んだ。 B3 判 1 面にカラー印刷されており、冷蔵庫に貼るような使い方もできる。 春は「鶏ささみのイチゴソースかけ」、「やまめコロッケ」。 夏は「トマトたっぷりぶっかけそうめん」、「里芋スープ」。 秋は「柿のドーナツ」、「むかごの炊きピラフ」。 冬はユズが特産の同市美都町で加工された「みとぽんず」で味わう鍋料理などを紹介した。

西本さんは「簡単にできて、素材も手に入りやすい料理を選んだ。 どれもおいしいです。」と話す。 2 万 5 千枚を印刷。 市内の道の駅やスーパーにも置いて、役立ててもらう予定だ。 問い合わせは市産業支援センター (0856・31・0341) へ。 (伊藤周、asahi = 4-27-16)


緊迫の南シナ海情勢も背景 島根県唯一の老舗造船所が 32 年ぶりに海外から受注

島根県で唯一、本格的な鋼船の製造を手がける松江市の福島造船鉄工所で、フィリピンの海運会社から受注した貨物船が建造された。 今年 1 月に進水式を行い、試運転を経て艤装(ぎそう)が終了し、今月 25 日に引き渡しの式典がある。 海外からの受注は、昭和 59 年以来 32 年ぶり。

松江市美保関町の境水道にある福島造船鉄工所・森山工場で建造が進められているのは、フィリピンの海運会社「スターライトフェリー」が発注した RORO 船(全長 67 メートル、総トン数 2,682 トン)。 RORO 船は、荷物を積んだ車両がそのまま乗り降り可能な貨物船で、フィリピン国内の島嶼(とうしょ)間を結ぶ路線で運航する内航船として活用される。

福島造船鉄工所は、江戸時代に松江藩の船大工だった流れをくみ、明治元年に創業した老舗造船所。 日本最大級の規模を誇る全天候型乾ドックを有し、鋼船や FRP 船、アルミ船など多彩な船種の建造をこなす技術力を持つ。 日本の造船業界は、価格面などから中国・韓国勢にシェアを奪われてきたが、近年は円安傾向を背景に息を吹き返しつつある。 同社によると、さらに今回は、発注側の中国製品に対する不信感に加え、南シナ海をめぐるフィリピンと中国との関係などもあって日本の技術力が優先され、同社の受注につながったという。

スターライトフェリーは、同型船計 5 隻を日本企業に発注。 うち、福島造船鉄工所は 2 隻を受注した。 同社が海外からの発注で新造船を手がけるのは、昭和 59 年に旧ソ連向けに建造した地質調査船以来。 福島伸光社長は「5 月には 2 隻目を着工予定で、今後も海外の受注を積極的に獲得したい」と話している。 (sankei = 4-24-16)


中海の海藻で肥料 境港で会社設立 島根大と研究

島根大学と共同研究しながら、中海の海藻を原料にした肥料を製造・販売する会社「なかうみ海藻のめぐみ」が境港市に設立された。 環境改善や循環型農業の普及などが期待され、山陰合同銀行(松江市)を中心にしたベンチャー事業を支援する産学連携ファンドが 9 千万円を出資した。 市役所で 21 日、発表された。

中海の海藻は沿岸部で肥料として利用されていたが、化学肥料の普及で使われなくなり、腐って水質悪化の一因となっている。 一方、ミネラルが豊富なことから県西部などの農家が活用。 市は昨年から、海藻が原料の肥料で栽培された日野町産「海藻米」を小中学校の給食で提供している。

同社によると、肥料づくりは中海の環境改善に取り組む NPO 法人未来守(さきも)りネットワーク(境港市、奥森隆夫理事長)の事業を譲り受けて進める。 NPOI 側に助言してきた島根大生物資源科学部の松本真悟教授と連携を深めながら改良を加える。 NPO 側も海藻の仕入れや食育、環境改善など従来の活動を通して支援する。 山陰両県を中心に販売し、5 年目に 3 億円の売り上げを目指すという。 (杉山匡史、asahi = 4-22-16)


歴史絵巻 : 神門通りに設置 出雲博物館スタッフが制作

出雲大社(出雲市大社町杵築東)前の神門通りに、伝統行事や建物を描いた「神門通り歴史絵巻 - - 出雲大社門前町百年物語(全長約 5 メートル)」が設置された。 出雲大社に近い県立古代出雲歴史博物館の女性スタッフが、神門通りの命名から昨年 11 月に 100 周年を迎えたのを記念して制作した。

16 日にあったお披露目式で、100 周年記念事業実行委員会の室家隆一会長(出雲商工会会長)は「素晴らしい作品を作ってもらった。 観光客が再び訪れるきっかけになれば。」と喜んだ。 (mainichi = 4-20-16)


「魚しょう入りキムチ」好評 浜田水産高校 島根

県立浜田水産高校の高校生が作った魚醤(ぎょしょう)を使った「浜田水産高校魚醤入りキムチ」を、浜田市の漬物店が地元で販売し、好評を呼んでいる。 今後、松江や出雲方面に販路を拡大する予定という。 同校食品流通科では、実習で使った魚の内臓や頭を材料にした魚醤作りを課題研究のテーマにしてきた。

漬物店「吉田屋 (0855・23・1854)」が同校の魚醤も加えたキムチを試験販売したところ、好評で、2 月から地元で販売を始めた。 同店の販売担当者は「水産高校の魚醤は手作りのうまみがある」と話す。 11 日にあった同校の入学式では、新入生や保護者に学校の取り組みを紹介しようと、生徒自らがキムチを販売した。 今後、魚醤の提供に加え、ラベルのデザインなどでも協力していくという。 (鈴木芳美、asahi = 4-15-16)


着物でおもてなし 神門通りの魅力 PR 出雲/島根

出雲大社(出雲市大社町杵築東)前の神門通りの経営者らが 11 日から、着物姿で接客する「着物でおもてなし」を始めた。 外国人観光客らに歴史ある出雲大社の門前町をアピールする。

「神門通りおもてなし協同組合」に加盟する 68 店の有志が、月 1 回、第 2 月曜日に着物姿で仕事をする。 初日のこの日は、参加者が出雲大社の参道入り口に集まって記念撮影をした。 協同組合の田辺達也理事長は「着物を着ると非日常的で、わくわくどきどきする。 加盟店が一致団結しておもてなししたい。」と話した。 和菓子店「坂根屋」の三木康夫さんは「着物姿で店の魅力を最大限発揮したい」と意気込んだ。 また、銘菓「俵まんぢう」を販売する影山宏和社長は「気持ちを引き締めて、お客さんと接したい」と話していた。 (山田英之、mainichi = 4-12-16)


湖畔の美術館前面に PR 島根県美ホームページ刷新

島根県立美術館(松江市袖師町)のホームページが新しくなった。 トップページで宍道湖畔に立地する魅力をアピールするとともに、収蔵作品をより多く紹介して魅力発信につなげる。 トップページは夕日が差し込む館内と湖上から撮影した外観の写真が切り替わり、「夕日につつまれる美術館」「水と調和する美術館」という二つのコンセプトを強調。 収蔵作品の紹介では、日本画や西洋絵画、写真など 84 点をより大きな画像で見られるようにし、野外彫刻 8 点も追加した。

15 日に開幕する企画展「ポーラ美術館コレクション〜モネからピカソ、シャガールへ」の展示作品も 8 点見ることができる。 さらに、これまで問い合わせが多かった、日没時間に応じて毎日変化する閉館時刻も日々更新し、利用者ニーズに応える。 女性観光客を想定し、カラコロ工房や八重垣神社、玉作湯神社といった同館周辺の縁結びスポットも写真付きで載せている。 担当の秋山結衣子さん (31) は「景観の良い部分をアピールできるよう、インパクトあるデザインを意識した」と話した。 (山陰中央新報 = 4-11-16)

〈編者注〉 現在、ウェブサイトをスマホでみる人が少なくとも 60% を超えているようです。 非常に魅力的な写真を掲載しておられますが、その効果がはたしてスマホで見る人に伝わるかどうか? とても矛盾する命題ですが、「美しさ」と「見やすさ」を同時に求めなければいけないところに、サイト作成の難しさがあるように思います。


こども美術館が 20 年目の年に 90 万人達成 島根県浜田市

浜田市世界こども美術館(野原町)の入館者が 5 日、1996 年 11 月 1 日の開館以来、19 年 5 カ月で 90 万人を達成した。 大田市温泉津町から家族 3 人で訪れた岡本好生君 (10) が、寺尾堂館長から記念品を受け取った。 同館では 5 月 29 日まで、企画展「ウルトラマンキッズワールド 2016」が開催中。 岡本君は「うれしかったです。 びっくりした。 また、見に来たい。」と話していた。 寺尾館長は「手を使い、ものを作って遊ぶ、参加できる美術館というのが受け入れられている。 子供の創造的な教育を大切にしていきたい。」などと思いを述べた。 (鈴木芳美、asahi = 4-6-16)


武者行列、250 人が再現 松江城の国宝指定後初 島根

松江城を築いた堀尾吉晴 (1543 - 1611) らが入城する場面を再現した「松江武者行列」が 2 日、松江市であった。 甲冑(かっちゅう)や打ち掛けなど時代衣装に身を包み、堀尾家や侍女、鉄砲隊などに扮した総勢約 250 人が、白潟天満宮から約 1.6 キロを歩いた。

今年で 12 回目。 松江城天守が昨年、国宝に指定されてからは初めて。 吉晴役や奥方役に加え、吉晴の息子で初代藩主忠氏役とその奥方役が初登場した。 松江城山公園では、昨年 8 月の愛知県大口町との姉妹都市提携を記念した植樹式もあった。

松江大橋で記念撮影していた市内の奥田弘樹さん (43) は益田市に住む両親ら家族 5 人で見物に。 「昔に比べて規模が大きくなった。 やっぱり甲冑姿で勇壮に歩いている姿が印象的です。」と話した。(富岡万葉、asahi = 4-3-16)


島根原発 : 緊急時対策所を新設 基準地震動引き上げに対応

中国電力は 30 日、島根原発(松江市)で重大事故が起きた場合の指揮所となる「緊急時対策所」を新設すると発表した。 想定される地震の最大の揺れ「基準地震動」の引き上げに対応する措置で、2016 年度中の完成を目指す。 中国電は現在、原発の耐震設計の目安となる基準地震動を 600 ガルから 800 ガルへ引き上げることを検討している。 島根原発の緊急時対策所となる施設は、14 年 10 月に設置した免震重要棟内にある。 ただ、引き上げで現状施設では床面のひび割れなどが発生し、十分に気密性を確保できない可能性があり、追加の耐震工事が必要になることが判明したという。

中国電は今回、審査が先行する他の原発の状況も踏まえ、新設を決定。耐震構造の1階建て(約 600 平方メートル)の建物を免震重要棟の東隣に建設する。 約 150 人収容の引き上げにも耐える設計で、重大事故時に現場への指揮命令の役割を担う。 既存の免震重要棟は、復旧作業に当たる人員を収容する。 中国電はこの日の記者会見で、新施設の完成前の再稼働は難しいとする見解を示した。 中国電のくわ谷正雄・島根原子力本部広報部長は「2 施設を合わせて活用することで緊急時の対応力の向上を目指す」と話した。 (長宗拓弥、mainichi = 3-31-16)

◇ ◇ ◇

「避難にバス」 6,400 人 原発事故時、島根・鳥取県が住民調査

島根県と鳥取県は 30 日、中国電力島根原子力発電所(松江市)の周辺自治体とともに原子力防災連絡会議を開いた。 原発事故発生時に必要となる車両数や要支援者の状況に関する住民調査結果を公表した。 輸送する人員数が判明したことで、両県は車両確保や渋滞対策に乗り出す。 調査は 5 キロ圏内と 30 キロ圏内に分け、住民世帯や医療施設などで 2015 年 10 - 12 月に行った。 避難にバスを必要とする市民は全体で 6,457 人となった。 バス、自家用車のほかに車いすやストレッチャーを収容できる車両を必要とする人も 8,147 人に上った。

避難のために使用される自家用車数は 4,224 台に上るほか、要介護者など避難時に手助けが必要な人が多いこともわかった。 5 キロ圏内では移動手段と人の両方の支援が必要と答えた人が 701 人あった。 島根県原子力安全対策課は「広域で運転手や支援員などを確保する仕組み作りを国と検討する」とした。 また、退避時の放射線検査を素早く効率的に実施するなど渋滞緩和策の重要性も浮き彫りになった。 (nikkei = 3-31-16)


リンガーハットが給付型奨学金創設 鳥取県の学生対象

公益財団法人米濱・リンガーハット財団(東京)が新年度から、鳥取、長崎の両県の学生を対象にした給付型の奨学金制度を創設する。 財団の代表理事を務める、リンガーハット(東京)の会長兼最高経営責任者 (CEO) の米浜和英氏 (72) と、兄で最高顧問の鉦二氏 (78) らが 24 日に鳥取県庁で、平井伸治知事に説明した。

和英氏は報道各社の取材に対し、「鳥取市で 18 歳まで育ち、長崎で商売を始めた。 大切なふるさとが二つある。 意欲があっても学資を出すのが難しい人に少しでもお役に立てれば。」と話した。

奨学金は月額 2 万円給付、返済はいらない。 初年度は 4 月 1 日から募集し、両県の大学・大学院に在籍するか、両県の高校を卒業した学生が対象。 所得要件もある。 スポーツや学業の成績を考慮して両県で各 10 人程度を選ぶという。 詳しくは同財団 HP (http://www.yonehama-rh-found.or.jp/) に 4 月 1 日以降、掲載を予定している。 (斉藤智子、asahi = 3-29-16)


ホーランエンヤ 松江城国宝化を祝う船神事

江戸時代から続くとされる豊作祈願の船神事「ホーランエンヤ」が 26 日、松江市の松江城周辺であった。 9 隻の船が松江城内堀で行列をなし、船上で歌や踊りを披露した。

日本三大船神事の一つで、松江城山稲荷(いなり)神社の式年神幸祭。 10 年に一度の神事で、本来なら 3 年後の 2019 年に開かれるが、松江城の国宝指定と松江藩主・松平直政の没後 350 年を記念し、特別に開かれた。 この日は松江市の馬潟地区の住民ら約 70 人が参加。 歌舞伎風の「剣櫂(けんがい)」と女形の「采振(ざいふ)り」が船上で踊ると、見物人らはしきりにカメラのシャッターを切っていた。 (石川達也、asahi = 3-27-16)


「神々のふるさと」復刻上映 島根新聞社製作の観光映画

島根県が 1970 年度に企画し、全国観光映画コンクールで最優秀賞を獲得した作品「神々のふるさと」を 23 日、松江市内で復刻上映した。 参拝客でにぎわう出雲大社や石見銀山などの観光名所のほか、うずたかく積み上がったトロ箱の傍らで女性らがせわしく動く浜田漁港の活気など、産業や生活全般を紹介した 33 分のフィルムで、観光業界関係者らが、往時を懐かしむとともに、地域資源の活用に思いを新たにした。

県から委託を受けた島根新聞社(現・山陰中央新報社)が、約 1 年間かけて製作。 35 ミリのカラーで、完成当時は、県が物産観光展などで上映していた。 昨春、保管していた山陰中央新報社が、劣化していたフィルム動画をデジタル処理し復元。 松江市殿町の県庁であった「しまね観光推進会議」後に上映し県内の観光施設や自治体の関係者約 30 人が観賞した。

出雲大社の参拝風景などからは、時を超えても変わらない信仰の様子が映し出されている。 一方、隠岐からは、干潮時にたいまつを持ち貝類を採る「ヨサデ漁」など、現在ではあまり見られない風景も描写している。 県旅館ホテル生活衛生同業組合の松崎滋理事長 (68) は「約半世紀を経ても風景や観光資源が変わらない島根のすごみを感じた。 今の人に見てもらう価値がある。」と話した。 復元された映画は今後、山陰中央新報製作センター(出雲市斐川町上庄原)に新設した見学者ホール「しんぶん学聞館」で上映される予定。 (山陰中央新報 = 3-24-16)


新技の名前、決まりました 島根のシロイルカ

島根県立しまね海洋館アクアス(浜田市、江津市)は 18 日、シロイルカの新しいリング名が「幸せの縁(えん) ミラクルリング」に決まったと発表した。 新リングは、口から空気の輪を出す「幸せのバブルリング」、頭上に輪を出す「幸せの魔法マジックリング」に続くもので、首の周囲に突然、輪が現れるのが特徴だ。

2 月中に来館者や同館のホームページで名前を募ったところ、2 千通を超える応募があったという。 関係者による選定委員会が「人と人を結ぶ」、「お客様とのご縁が広がっていく」などの理由で名前を決めた。 新リングは、これから日々のパフォーマンスで披露するという。 (鈴木芳美、asahi = 3-20-16)

前 報 (2) (7-28-14)

前 報 (1) (11-26-11)


因幡ウアー? 江波の三番叟、240 年続く妙技

上体を大きく反らせる - -。 大相撲春場所で綱とりに挑んでいる大関琴奨菊が土俵上で見せる動きだ。 フィギュアスケートで五輪金メダリストの荒川静香さんが見せるイナバウアーに似ていることから「琴バウアー」と呼ばれるが、鳥取市用瀬町江波地区に伝わる舞踊「江波の三番叟(さんばそう)」にも似た動きがある。 後継者難のため、倉吉ゆかりの琴奨菊にあやかり、関心を持ってもらえれば、と地区の人たちは願っている。

三番叟は能から分かれた伝統舞踊だが、毎年 10 月下旬ごろに地区の神社に奉納される江波の三番叟はひと味違う。 笛の音などが流れる中、演者 4 人が順番に舞い続ける。 1 時間ほどだが、その半分を占めるのが最後の「三番叟の舞」だ。 最大の見せ場といい、扇子と鈴を持った演者が地面すれすれまでゆっくりと体を反らしていく。 これを 4 回繰り返す。

「琴バウアー」は、琴奨菊が 2011 年の名古屋場所で大関取りに失敗したことから、集中力を高めようと始めたという。 フィギュアスケートから採り入れたかは不明だが、フィギュアでは 1950 年代に活躍した西独の選手が編み出し、荒川さんがよく演じた。 江波の三番叟の歴史はそれよりも古い。 江戸時代の 1773 (安永 2)年に大坂の商人から教わったと伝えられている。 地区外で舞うと不吉なことが起こるという言い伝えがあり、20 年ほど前に保存会ができるまで約 220 年もの間、門外不出だったという。 平成に入り、県無形民俗文化財に指定された。

江波地区の住民は 2 月末で 33 世帯 65 人。 50 年ほど前と比べると 30% 以上減ったという。 演者はかつて地区内の子どもたちだったが、現在は同じ用瀬町などに住む小学校高学年から高校生までの男子が担っている。 いずれも地区の人たちの親類だ。 その一人、鳥取市立千代南中学 2 年の谷村文太さん (14) は三番叟の舞を舞う。 両足を内側に絞りこんで力を出すことと、足裏でバランスをとることがコツといい、「最初は 4 回もやるのに耐えられなくて太ももがぷるぷるした。」

荒川さんのイナバウアーについて聞くと「三番叟とちょっと似ている。 腰の柔らかさは少し負けているかもしれない。 滑りながらはすごい。」という。 保存会の前川弘憲会長 (64) は半世紀前、三番叟の舞を舞ったことがある。 「三番叟の舞は集落で体の柔らかい人にやってもらう。 それでも体が硬くなるから 25 歳ぐらいまで。 私は体を柔らかくするため、勧められてお酢を飲んだ。」 琴バウアーの感想を聞いたら、「三番叟の反り具合を 10 とすると琴奨菊のは 2 ぐらいだね。」

保存会では昨秋、江波の三番叟を多くの人に見てもらおうと、鳥取県と連携して初めて観光ツアーを企画した。 「琴奨菊の琴バウアーが話題になっているうちに、多くの人に知ってもらい、240 年の伝統を次の世代に引き継げられればうれしい。」 前川さんはそう話している。 (阿部健祐、asahi = 3-19-16)


"絆の船" に感銘 模型製作 島根県に寄贈、東京の男性

東京都在住の模型ファンの男性が、島根県の大型水産練習船「神海丸(699 トン)」の木製模型(全長 1.36 メートル)を製作し 16 日、同船が入港した神奈川県内の港で、島根県に贈った。 同船は、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市の造船会社で震災後、初めて建造された「復興一番船」。 島根県と、岩手、宮城、福島の被災 3 県との「絆」をイメージして各県旗の色を塗装したデザインに感銘を受けたのが、模型製作のきっかけという。

男性はバス運転手の塚田三与志さん (67) = 東京都瑞穂町 = で、長年、趣味で船の模型を作っている。 震災後は被災地で役立ててもらおうと、津波被害を受けた漁船や観光船など計 5 隻の模型を製作し、現地に寄贈してきた。 石巻市の造船会社「ヤマニシ」で 2012 年 11 月、神海丸の進水式が行われたことをテレビのニュースで知り、製作を決意。 被災地に寄贈するか迷ったが、未来ある高校生の励みになればと、船主の島根県に寄贈を申し出た。

模型は 50 分の 1 の縮尺で、配置図や写真を取り寄せて作っただけあって、細部を精密に表現。 船体には本物同様、島根、岩手、宮城、福島 4 県の県旗のえんじ、青、緑、だいだい色を鮮やかに塗装した。 この日、神海丸は浜田、隠岐両水産高校の生徒を乗せて米国ハワイ沖での実習航海を終え、神奈川県三浦市の三崎港に入港。 同船の前で寄贈式が行われた。

島根県教育委員会の小林邦彦教育監は、出席した両校の生徒に対し、「塚田さんの思いを胸に刻んで海洋実習に取り組み、水産の世界で世の中に貢献できる人になってほしい」とあいさつ。 感謝状を受け取った塚田さんは「生徒の皆さんが喜んでくれればうれしい」と笑顔で話した。 模型は島根県庁や両高校などで展示される。 (山陰中央新報 = 3-17-16)


総石垣造りの中世山城「丸山城跡」、島根県史跡に

中世末期に築かれたとみられる島根県川本町の山城跡「丸山城跡」を県史跡に指定するよう、県文化財保護審議会が 14 日、県教委に答申した。 10 以上の曲輪(くるわ)で構成され、大名クラスの規模を持つ山城として注目されており、石見東部を領有していた小笠原氏と最盛期を迎えていた石見銀山との関係を考える上で重要な遺跡とみられている。

丸山城跡は、同町西部にある円山(標高 482 メートル)のほぼ全域に当たる 84 ヘクタール。 小笠原氏が築城し、1585 (天正 13)年に完成。 当時の石見地方では珍しい総石垣造りで、本丸や西の丸などの曲輪がある大規模な城郭だったが、1591 (同 19)年頃に廃城となったとみられる。 本丸(東西 70 メートル、南北 65 メートル)は、遺物を伴わない 2 棟分の礎石建物跡があり、政庁のような性格だったとみられる。 西の丸(東西 45 メートル、南北 55 メートル)には 4 棟分の礎石建物跡があり、かまどや陶磁器などが見つかっていることから、居住域だったと考えられる。

平成 2 年度から町教委が発掘調査を行い、町史跡に。 今年度の調査で遺跡の範囲が確定され、今回の答申につながった。 これまでの発掘や文献調査などから、県教委文化財課は「小笠原氏は毛利氏との戦いに敗れたが、丸山城の築城や石見銀山を含む地域の所有を許された。 毛利氏が銀山を豊臣氏と共同管理する上で、小笠原氏が重要な役割を果たしたのではないか」とみている。 (sankei = 3-15-16)


松江北高生が英語教室 高齢者が外国人道案内学ぶ

県立松江北高校の生徒が主に 60 歳以上に英語を教える「北高生が開く英語教室」が 12 日、松江市奥谷町の同校などであった。 国際文化観光都市の松江を発展させ、外国人に気軽に話しかけられる街づくりをめざそうと、2 年生の有志が昨年 7 月から開催。 これまで 4 回、高校生と受講者が一緒になって校内で外国人への声のかけ方や、おすすめの場所を伝えることなどを学んできた。

この日は外国語指導助手 (ALT) を観光客に見立てて、松江城や周辺の観光地を実際に巡りながら、道案内や観光ガイドを学んだ。 参加者が困ったときのサポート役として、生徒も一緒に回った。 (井元茂、asahi = 3-13-16)


イオン、島根県出雲市に「イオンモール出雲」 5 月 2 日オープン

1989 年にオープンし、2014 年に営業を終了した「イオン出雲店」の跡地に出店するショッピングモール。 イオンリテールが所有し、イオンモールが管理・運営を受託する。

店内

約 4 万 5,000m2 の敷地に、3 層、延床面積約 6 万 7,000m2、総賃貸面積約 3 万 2,000mm2 のモールを配置。 モール南側、1 階から 3 階には核店舗「イオンスタイル出雲」を配置した。 専門店では、モール北側に配置する 1 階の「H & M」、2 階の「スポーツオーソリティ」、3 階の「今井書店 AREA」と「ひごペットフレンドリー」のサブ核店舗など約 90 店の専門店を集積する。

イオンスタイル

世界各国、全国の産地から集めた食材や、島根県、山陰地方の銘産品がそろう「イオンスタイル出雲」とレストラン・フードコートなどで構成する一大食のゾーンのほか、ファッションや雑貨、家族での来店、滞在も楽しいキッズワールドなど、地域で暮らすすべての人へ新たなライフスタイルと利便性を提供する。

地元島根、山陰の銘産品と、世界各国から集めた食材がそろう「イオンスタイル出雲」のグルメゾーンのほか、山陰初出店や島根県初上陸となる食の専門店も配置。 「地域ならではの味」と「地域初の味」を提案する。 山陰エリア初上陸となるファッションや雑貨、美と健康のための専門店、大型専門店など、デイリーニーズへの対応と、彩りある暮らしの提案を両面で実現する。 (流通ニュース = 3-10-16)


ブータンに島根の「紙」技 手すき紙支援、職人交流 30 年

ヒマラヤ山脈の仏教国ブータンで伝統的な手すき紙の保護に、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産「石州半紙(島根県浜田市)」の技術が活用されている。 職人同士の技術交流が始まって、今年で 30 年。 素朴な手触りと色合いが好評だ。 原料となる植物、ダフネに粘りがある液体を加え、竹の機械ですく。 手際よく出来上がる薄茶色の紙。 首都ティンプーを見下ろす小高い丘にある「ジュンシ手すき紙工房」はブータンで初めて日本の機材を導入し約 25 年前に設立された工房だ。

「日本の技のおかげで、昔より 8 割は薄い紙が作れるようになった。」 職人ペマ・プンツォさん (40) は胸を張る。 約 20 人の職人が 1 人当たり 1 日数百枚を作る。 チベットとの交易で栄えたブータンでは古くから地方の家庭で手すき紙を生産し、仏教経典に使った。 近代化で伝統保護に危機感を持ったブータン政府は 1986 年、日本政府に協力を依頼。 和紙作りで約 1,300 年の歴史がある島根県三隅町(現浜田市)に白羽の矢が立った。

日本の職人がブータンの山村に入り技術を伝える一方、ブータンの職人が三隅町で学んだ。 質の向上で、手すき紙はレターセットやノートとして欧米にも輸出されるようになった。 都会に出る若者が増え、後継者が途絶えた村もある。 石州和紙協同組合代表理事の久保田彰さん (65) は「昔からの紙すき職人は十数人ほど」と話す。 今年も浜田市は、東部タシヤンツェ地域と職人の相互訪問を実施。 久保田さんは「良い紙を作ることで地域が活性化されれば、地元に残る若者が増えるのではないか」と期待を示した。(ティンプー、共同 = 3-5-16)


中国 5 県の求人倍率改善 1 月、1.47 倍 島根・山口けん引

厚生労働省が 1 日発表した中国 5 県の 2016 年 1 月の有効求人倍率は 1.47 倍(季節調整値)と、前月に比べ 0.02 ポイント改善した。 全国では東海地域に次ぐ高水準だった。 岡山を除く 4 県で前月を上回った。 島根、山口の伸びが全体を押し上げた。

島根労働局は 1 日、雇用情勢判断を 1 段階引き上げ「引き続き改善している」とした。 有効求人倍率は前月より 0.05 ポイント改善し、1.38 倍になった。 新規求人の増加が続いているうえ、幅広い業種で求人が増えている。 「出雲市などでの大型店出店の効果や山陰での観光ブームを受けて、小売りや宿泊・飲食サービスなどで求人増が目立つ。(島根労働局)」

山口は 0.06 ポイント改善の 1.35 倍だった。 卸売・小売業や医療・福祉業などで新規求人が大幅に増えた。 一方、景気回復に伴う離職者の減少で、職探しをしている有効求職者数が減少し、倍率を押し上げた。 広島、鳥取も改善し、それぞれ 1.56 倍、1.29 倍となった。 広島の正社員有効求人倍率(原数値)は 1.16 倍と前年同月から 0.15 ポイント改善し、過去最高となった。 (nikkei = 3-2-16)


5 県の外国人宿泊者、昨年 65% 増 官民で上積み急ぐ

観光庁は 29 日、2015 年に中国 5 県に宿泊した外国人の数が前年比 65.9% 増の 114 万 3,740 人だったと発表した。 伸び率は全国 (48.1%) より高かった。 今後も外国人観光客は増加が続く見通しで、官民で誘致策や受け入れ体制の整備が進んでいる。

広島は 69.9% 増の 73 万 9,010 人と数、伸び率とも 5 県で最も大きかった。 宮島(廿日市市)の外国人来島者が 21 万 8 千人と 6 割伸び、原爆ドームなど定番のほか尾道市などでも増えた。 広島市では観光客に加え、学会や展示会などの「MICE (マイス)」の誘致に力を入れる。 歴史的建造物などで会議や懇親会などを開く「ユニークベニュー」を充実させる。 広島藩主浅野家の庭園「縮景園」のほか、宮島など周辺市町の名所とも連携する。

中国地方全体では全国を上回る伸びだが、地域差は大きい。 島根県は 3 万 8,670 人。 前年より 38.1% 増えたが、全国 47 都道府県で最も少なかった。 県は 4 月、鳥取県と共同で「山陰 DMO (地域観光戦略組織)」を設ける。 アジアでプロモーションを進め、19 年までに外国人宿泊者数を 14 年度比 80% 増の 16 万人に伸ばすことを目指す。

広島県を訪れる観光客に島根県まで足を延ばしてもらう方策も研究する。 16 年度予算案に欧米から広島を訪れる個人旅行客の訪日の動向調査の実施を盛り込んだ。 5 県で伸び率が 4 番目の山口県は組織改正でインバウンド(訪日外国人)誘客などを強化する。 29 日、観光スポーツ文化部を設置する条例改正案を議会に提出した。 観光はこれまで商工労働部が担当していた。 観光交流人口の拡大が狙いで、議会の議決を経て 4 月 1 日付での設置を計画する。

外国人誘客には民間の力も欠かせない。 3 月末、直島(香川県直島町)などを舞台に瀬戸内国際芸術祭が始まるのを前に、フェリーの発着場がある JR 宇野駅(岡山県玉野市)前にホテルが開業する。 外国人向け民宿の宇野スロープハウス(同)を運営する上杉幸三マックス氏がゲストハウスを改修し 12 室のホテル「Uno Port INN」として開業する。 カフェを併設し、英語ができる従業員を募集する。

鳥取県は西日本旅客鉄道(JR 西日本)と連携し、人気漫画「名探偵コナン」がテーマのミステリートレインを運行する。 外国人観光客が対象で、モデルコースは 1 泊 2 日で設定されていることから宿泊者増が期待されている。 県は関連予算 1,700 万円を投じる。 (nikkei = 3-1-16)

◇ ◇ ◇

山陰版 DMO 島根・鳥取県が登録申請 外国人宿泊者 16 万人目標

島根、鳥取両県が新年度に設立する山陰版 DMO (観光地域づくり法人)について、両県はこのほど、参加団体など体制が固まったとして、国の地方創生に関する交付金支援の条件となる「日本版 DMO 候補法人」の登録申請を観光庁にした。 会長には日本旅行業協会長で JTB 会長、鳥取県県政顧問の田川博己氏 (68) が就任する。 両県の外国人宿泊者数を 2019 年に 16 万人とする目標を掲げ、新年度から本格始動する。

山陰版 DMO は海外からの誘客を目指す観光戦略の司令塔となる組織。 これまで両県が別々に行っていた海外への情報発信をまとめたり、山陰全域を巡るルートの設定や旅行商品の造成を行う。 韓国や香港、台湾などからの旅行客の動向調査や、通訳案内士の養成研修などにも取り組む。 両県の外国人宿泊者数は 14 年に約 8 万 7,000 人(鳥取県 5 万 9,000 人、島根県 2 万 8,000 人)で、19 年目標は 8 割増となる。

両県の観光団体、JR 西日本や ANA などの交通事業者、旅行会社など 16 団体が参加予定で、今後も募る。 常勤の代表理事には元島根県観光戦略アドバイザーで神奈川県観光資源担当課長の福井善朗氏 (58) が就き、事務所は鳥取県米子市内に検討。 4 月下旬に設立総会を開き、10 月以降に一般社団法人化する予定だ。 (真下信幸、mainichi = 2-20-16)


色素増感太陽電池用色素の試薬が発売へ

島根県産業技術センターと島根大学、神戸天然物化学株式会社が共同開発した色素増感太陽電池用色素について、神戸天然物化学株式会社が量産に向けて試薬の販売を 2016 年 3 月 1 日に開始すると、島根県が発表した。 色素増感太陽電池は、太陽光のエネルギーを吸収する要素材料としてシリコンの代わりに色素を活用した新しい太陽電池である。

色素は多様な色合いをもつため意匠性が高く、これまでの太陽電池と異なる用途の可能性を備えている。 特に、「もののインターネット (IoT)」技術の実用化に従い、センサなどの電源としての活用が期待されている。 国内外で色素増感太陽電池を実用化する研究開発が進められているが、島根県も日本写真印刷株式会社と共に、独立電源型広告掲示板に使用した実証実験を実施するなど、用途開発を行っている。

島根県がこれまでに開発した色素は、赤系色素(ルテニウム系化合物、SK-1)と緑系色素(フタロシアニン系緑色色素、SK-121)、赤と緑の 2 色。今回、発売される SK-121 は、外観が鮮やかな緑色で、光電変換性能と耐久性能を兼ね備えた増感材となっている。 (省エネ最新ニュース = 2-29-16)


母の小言をコミカルに 三行詩で文科大臣賞 島根

泥棒ですか?
母のツッコミ
ただいまというまでやりなおし

家族の絆などをテーマに文部科学省などが募集した三行詩で、益田市匹見町の匹見中学校 3 年、青木嶺斗(れいと)さん (15) の作品が文部科学大臣賞に選ばれた。 中学生の部に寄せられた 5 万 6,219 点の中から「1 位」に輝いた。 三行詩は「家庭で話そう! 我が家のルール・家族のきずな・命の大切さ」として、昨年 7 - 9 月、小学生、中学生、一般の部で募集。 計約 15 万点の応募があった。

嶺斗さんの作品は、「ただいま」を言わずに帰宅し、母仁美さん (46) から「泥棒じゃないんだから」と注意されたエピソードを、コミカルに表現した。 仁美さん自身、親からあいさつを大切にするようしつけられた。 嶺斗さんの姉 (21)、兄 (19)、そして嶺斗さんに、黙って帰宅した時は小学生の頃から注意してきたという。 匹見中では昨年の夏休みの宿題に三行詩を選び、全校生徒 25 人が応募。 嶺斗さんも最初に思いついた 1 行目以降をあれこれ思案し、夏休みいっぱいを使って完成させた。

今年 1 月下旬、先生から電話で受賞を知らされたが、「三行詩のことは忘れていたほどで、信じられなかった。」 文科省がインターネットで公表したのを見て、ようやく実感し、驚いたという。 野球部に所属する嶺斗さん。 「疲れたら黙って帰宅することもあるけど、今回の受賞で、あいさつは心を通わすうえでも大切なんだなと思うようになった。」 仁美さんも「怖そうなお母さんに思われそうで、最初の 1 行は変えたらと提案したけど、そのまま通してくれてよかった」と喜んでいる。 3 月 30 日、東京の文部科学省である表彰式に、両親とともに出席する。 (伊藤周、asahi = 2-24-16)


「竹島事業に」寄付最多 … 島根のふるさと納税

島根県のふるさと納税制度「ふるさと島根寄付」で、「竹島の領土権の確立」事業への 2015 年度(今年 1 月末まで)の寄付の件数と金額が、453 件・817 万 6,284 円に上り、08 年度の制度開始以来、過去最高となったことがわかった。 県は「全体の寄付が伸びたこともあるが、竹島事業への寄付が増えたことはありがたい。 有効に活用したい。」としている。

島根寄付は、8 事業から使途を指定して寄付できる。 県によると、13 年のクレジットカード決済導入や、昨年の国の税制改正に伴う手続き簡素化のほか、謝礼品拡充などを背景に、寄付の件数と金額は大幅に伸び、15 年度(同)は全体で過去最高の 2,856 件・4,592 万 8,794 円。 このうち、竹島事業を指定した件数は 15.9% を占めた。 竹島事業への寄付金が増えたことを受け、県は 16 年度にパンフレット発行などの啓発事業を強化。 15 年度より約 200 万円増の 600 万円を一般会計当初予算案に盛り込んだ。

また、竹島が属する隠岐の島町でも、使途別に 5 事業の「ふるさと納税」を受け付けており、15 年度に竹島の領土権確立事業を指定して寄付したのは、36 件・69 万 5,000 円(昨年 10 月末まで)。 同町は、竹島事業向けにこれまでに寄せられた全額 209 万 740 円(同)を基金として積み立てており、今後、啓発などに関わる大きな事業をするときに活用する方針だ。

一方、県が昨年 8 月に県民 200 人を対象に実施した 15 年度の県政世論調査で、竹島を巡る問題について「関心がある」と答えたのは、前年度比 2.4 ポイント減の 69.5% だった。 70% を下回るのは 5 年ぶり。 「関心がない」は、同 2.7 ポイント増の 28.6% だった。 「関心がある」のうち、「大いに」が 26.4%、「多少」が 43.1%。 「関心がない」のうち、「あまり」が 24.2%、「全く」は 4.4% だった。 竹島問題の背景や経緯を知っているかとの質問では、「よく知っている」、「多少は知っている」を合わせて 62.9% (前年度 64.2%)で、「あまり知らない」、「全く知らない」は計 35.1% (同 33.7%)だった。

竹島問題の解決のために県が行うべきことを尋ねたところ、「政府に対して強力な取り組みを求める」が最多の 37.1% (同 38.6%)で、「竹島問題に関する歴史についての客観的な研究・考察」の 23.1% (同 24.6%)が続いた。 県竹島対策室の大西安伸室長は「関心があるとする割合が減ったことを率直に受け止め、啓発の仕方を工夫したり、竹島資料室の来場者を増やしたりして、関心が高まるよう粘り強く取り組んでいきたい」と話している。 (土屋吾朗、yomiuri = 2-21-16)