小袖 - 江戸のオートクチュール
江戸時代のきもの(小袖)を見て、金糸を多用していること、文字が染め抜かれているものが多いことに、現在のきものとの違いを実感し、又、小袖はもともと打ち掛けの下の中衣、もしくは下衣であったことに納得がいきました。
今はもうガラスの向こう手の届かないところにあっても、200 年、300 年前には実際に着られていたものなのです。 それらのきものをこよなく愛した女性たちの汗と涙、そして体の温もりまで伝わってくるような感覚におそわれてきます。
ボロボロになった金糸の刺繍、繰り返されたであろう洗い張りで、ほとんどシボが無くなった縮緬地、背や襟先、右の袂に充てられた繕いの跡ばかりが目に映ります。 懸命に柄合わせを試みているものはまだ良いほうで、全く違った生地で袖の下半分が接いであったり、下前の部分を別のきものの補整に使ったのでしょう、切り取られた跡にはこれも別の生地が充てられていました。
しばし目をつぶって、もともとの持ち主が武家の妻女だったらと想像すると、彼女たちの生きざままで蘇ってくるようです。 物価が上がっても変わらない禄米からの収入、しかも多くの使用人を抱える一般の武家で、お家の台所事情がどうなのか一番よく分かる立場にあったはずです。 御夫君のお召は何とか新調できても、自分のものなど夢のまた夢、実家から持ち込んだ嫁入り衣装を、繕いながら大切に着続けていくほかなかったのでしょう。
そこで、フト思い当たりました。 嫁入り前のきものは振袖でなければいけなかったのです。 あの長い袖は、将来、必要になる時がくるのです。 親から娘へ、きものに込められた女性たちの切なる祈りを、しっかりと感じとることのできる貴重な機会をいただきました。