帝人、「素材」 + alpha で次の 100 年へ 新ビジネスを展開 在庫管理システムや健康食品 - -。 化学繊維などをつくる大手素材メーカーの帝人が、これまでとは異質なビジネスを展開しています。 リーマン・ショックや新興国の追い上げで素材事業が低迷したのがきっかけでした。 2 月下旬、聖路加国際病院(東京都中央区)は朝から患者らでごった返していた。 外来は 1 日平均 2 千人を超え、手術数でも都内有数規模を誇る。 院内には 4 千台の医療機器がある。 うち、点滴用ポンプなどの小型機器 2 千台は、複数の診療科をまたいで使われ、行ったり来たり。 効率的な病院運営には、常に移動するこれら 2 千台を、必要な場所に必要な数だけ置くのが理想だ。 だが、かつての病院の現実は理想とかけ離れていた。 地下 2 階の一部屋に機器は積み上げられ、使う度にスタッフが取りに行き、そして戻す。 そのため所在不明や病棟ごとの機器の抱え込みが頻発。 結果的に新規購入が増え、在庫台数が膨らんだ。 病院が、素材メーカー帝人の管理システム「レコピック」を導入したのは昨年 6 月だった。 レコピックの仕組みはこうだ。 機器の保管棚の板に帝人が開発したシートを敷く。 シートは電波を送信するアンテナの役割を果たす。 機器には電波を受信する IC タグが貼ってあり、シート上に置くと交信して情報を読み込む。 例えば、スタッフがほかの病棟の棚から機器を持ち出して、使用後に自分の病棟の棚に移すと、移動情報が認識される。 院内のネットを通じて、どこの病棟にどんな機器が何個あるかがパソコンに表示される。 現在は 3 種類、計 800 台の機器が管理対象だ。 1 カ所にまとめて保管していた機器を病棟ごとに分散保管し、必要な場所に必要な数だけ置けるようになった。 機器を取りに行くムダな時間が減った。 機器の保守管理を担う臨床工学技士の秋葉博元さん (39) は、「人為的ミスがなくなり、管理の正確性が高まった」と話す。 4 月にも管理対象を 5 種類、1,600 台にまで増やす。 在庫台数のムダも計算できるようになった。 注射器用のポンプは 350 台のうち 50 台を削減できる見込みだ。 買い替え数を減らせば 2 千万 - 3 千万円かかったレコピックの導入費は、近いうちに元が取れそうだ。 ムダを省いて生産価値を上げようとする工場や物流のカイゼンと同じだ。 レコピックは、2013 年に会社の機密文書の管理に採用されたのを機に、公立図書館や大学図書館で予約貸し出しの自動化に使われ、じわりと広がる。 帝人でレコピック担当の平野義明さん (49) は、「工場や物流施設、流通業などいろんな現場に広げていきたい」と意気込む。 帝人の持つ「素材」、「IT」の二つの技術を組み合わせて、新しい価値を生み出した。 素材メーカーの本来の姿とは異質のサービスだ。 ■ リーマンショックと中国急成長からの「再起動」 帝人は化学繊維をつくる大手素材メーカー。 日本の化学繊維業は 1960 - 80 年代が黄金期で世界シェアの約 2 割を占めた。 だが、中国など新興国が参入して競争が激化。 日本の化繊各社は転換を迫られた。 帝人が選んだのは、ポリエステルの生産で圧倒的な地位を築く「グローバルメジャー」になる道だった。 北米、欧州、アジアなど世界の消費地で生産能力を増強。 経営資源を集中させた。 ポリエステル製品は液晶テレビにも組み込まれ、特化戦略は奏功。 2007 年 3 月期は過去最高の純利益だった。 勢いはそこまでだった。 08 年のリーマン・ショックで化繊の需要が縮み、その裏で、新興国が予想をはるかに超える急成長をとげた。 中国は今、化繊の世界生産の 7 割を占める。 帝人は競争力を失い、09 年 3 月期から赤字を繰り返した。 「安価な素材を提供し続けるなら、世界で 1 位か 2 位でないといけない。 我々はもうそのポジションにいない。 市場が求める価値を提供する会社になるのが必然だった。」 鈴木純社長 (59) はこう話す。 主力の「素材」、「ヘルスケア(医療関連)」、「IT」の事業の組み合わせで新しい価値を生む模索を始めた。 〈Q : 炭素繊維を樹脂に混ぜる際、最も強度を高める方法は何か?〉 これは、帝人の素材事業の営業担当者に出題された問題の一例だ。 東京や大阪の本社の会議室に担当者が集められ、素材やマーケティングの知識を問う 70 - 80 問の選択式のテストを約 1 時間かけて解いた。 13 年度から始めた。 素材事業は大きく、「炭素繊維・アラミド繊維」、「ポリエステル」、「樹脂」、「フィルム」の 4 分野にわかれる。 営業担当者は自分の分野以外の知識は乏しい。 四つの科目ごとに作成した教科書は計 1 千ページ超。 素材や、市場状況などを勉強し、テストで正答率が 8 割に達するまで何度も受けなければならない。 16 年度からは素材事業の技術者も加え、技術者にも顧客目線を求める。 素材事業の営業担当者を集めた「営業大会」も年 1 回開き、お互いの事業の理解を深めてもらう。 帝人は 03 年に持ち株会社に移行。 事業の効率性の追求の一方で、グループ会社間に壁もできた。 意識改革の推進役を担った荒尾健太郎専務執行役員 (64) は「(グループが)融合しないと新しいビジネスは生まれない。」 グループの融合の素地が整い始め、昨年夏には便通の改善が期待できる健康食品「スーパー大麦」を発表した。 供給先の食品会社がグラノーラや雑穀米にして販売する。 帝人にとって食品事業は初参入。 「素材」と「ヘルスケア」の融合で生まれた。 健康食品への参入を模索していたヘルスケア事業が豪州の特別な大麦に目をつけた。 分子構造に詳しい樹脂分野の技術者が大麦を分析、腸内で溶けにくい食物繊維を多く含み、排便を促す効果があることを裏付けた。 プロジェクトリーダーの妹脊和男さん 65) は「社内の蓄積を生かし、論理的な証拠を補強することができた」と話す。 ■ 「新しい価値」つくれるか 外部の技術も採り入れて組み合わせを強化する。 1 月、米ミシガン州に本社を置く自動車部品メーカーを 900 億円超で買収した。 ガラス繊維を使った軽いボンネットなど外板部品が主力で米自動車大手やトヨタ自動車などに納める。 帝人が持つ炭素繊維や加工技術を使って、より軽い部品の開発も見据える。 鈴木社長は「様々なノウハウ、技術、アイデアが複合的に絡み合ったモノを提供することが顧客にとって高い付加価値になる」と狙いを語る。 ポリエステルなど汎用(はんよう)品が新興国に押さえられる一方、高機能繊維の分野ではまだ日本が強みを持つと言われる。 例えば、炭素繊維は東レ、帝人、三菱レイヨンの 3 社が市場の 6 割を占める。 加工技術が難しく、「新興国が追いつくのは簡単ではない(経済産業省)」と見られている。 だが、鈴木社長は「長い目で見れば、素材だけでは必ず新興国にやられる」と危機感を隠さない。 新興国が品質のよい炭素繊維を安価につくれるようになれば、「外部から買ってもいい」とまで言う。 素材そのものの価値よりも、素材・技術・人材の組み合わせによって生まれる新しい価値に、ビジネスの軸足を移していく考えだ。 鈴木社長はこう話す。 「これからもずっと素材中心の企業かどうかはわからない。 だが、顧客の課題を解決し、価値をつくりつづければ生きていける。」 帝人は来年、創業 100 年を迎える。 (井上亮、asahi = 3-12-17) 省エネ新幹線の切り札 三菱電機「パワー半導体」 三菱電機が省エネ性能に優れた次世代パワー半導体の用途を広げている。半導体材料に「SiC (炭化ケイ素)」を使った製品は電車の電力消費を 4 割削減、新幹線や自動車への採用も狙う。 縮小の一途だった「日の丸半導体」産業で、国際競争力を保ってきたパワー半導体は「最後の砦」とも言われる。 次世代材料へのシフトで競合が少ない「ブルーオーシャン」を手中に収められるか。 愛知県小牧市の東海旅客鉄道(JR 東海)総合技術本部の研究施設。約 73 ヘクタールの広大な敷地には実際の車両の一部を使うシミュレーターや、鉄道事業者として初めて導入したという「低騒音風洞」など最新鋭の設備がずらりと並ぶ。 「ここでの写真撮影はご遠慮ください。」 案内の担当者が呼びかけた。 施設の一角にある目立たない建屋で進むのが、SiC 素子のパワー半導体を組み込む新幹線車両の研究開発だ。 ■ システム軽量化 SiC は発熱が少なく簡素な冷却機構で済むためモーターを動かす駆動システムを 20% 軽量化できる。 省エネ効果の測定も含めた実証実験がひそかに進んでいる。 駆動システムの消費電力を大幅に削減できれば欧州や中国のメーカーの高速鉄道車両に対し圧倒的な競争力を打ち出せる。 次世代パワー半導体は柘植康英 JR 東海社長が「新幹線車両にとって永遠の課題」と話す軽量化と省エネの鍵だ。 三菱電機が東京メトロの鉄道車両に SiC を用いたインバーター装置を納入した際には駆動用の電力消費を 39% 削減した。 小田急電鉄は全車両での SiC 採用を表明するなど、三菱電機には全国から受注が舞い込む。 営業部の藤村俊朗課長は「注目を集める今こそ、SiC が急成長するかどうかの重要な時期」と語る。 顧客それぞれの要望をかなえる製品開発が急ピッチで進む。 ■ エコカーも照準 三菱電機が将来の巨大市場と見るのが自動車だ。 シリコンと比べて耐熱性能の高い SiC を適用すれば冷却装置を大幅に削減でき、小型軽量化の面でも燃費向上効果が期待できる。 大手自動車メーカーは既に動いている。 ホンダは 3 月発売の燃料電池車 (FCV) 「クラリティフューエルセル」の電力変換モジュール(複合部品)に SiC を採用した。 トヨタ自動車も SiC 搭載の試作車の公道実験を開始。 電気自動車 (EV) やハイブリッド車 (HV) などへ活用を見込んでおり、2020 年までに量産する計画だ。 中国では EV 普及促進の政府号令が出されメーカーが EV 開発を加速、省エネ性能の切り札として SiC を用いたパワー半導体の採用拡大が進む。 自動車メーカーは耐久性や信頼性の検証を続けており、三菱電機は「20 年から 25 年の間に少しずつ置き換わっていく(眞田享常務執行役)」と見て営業攻勢をかける。 問題は高いコストだ。 SiC ウエハーの原価はシリコンの 10 倍程度とされ、生産工程でも特殊な処理を施すため出荷製品の価格はさらに上がる。 原価低減を徹底する自動車業界が本格的に採用するためには、半導体メーカー側のもう一段の歩留まり向上が欠かせない。 ■ 世界で再編の波 高度な生産技術が競争力に直結する「SiC (炭化ケイ素)」を用いた次世代パワー半導体の市場は三菱電機のほかローム、富士電機など日本の半導体メーカーがリードしてきた。 大型再編が相次ぐ半導体産業の地殻変動はパワー半導体にも押し寄せている。 同分野で世界首位の独インフィニオンテクノロジーズは 2015 年に同 4 位だった米インターナショナル・レクティファイアーを 30 億ドル(約 3,250 億円)で買収し、2 位の三菱電機を大きく引き離した。 買収には SiC など次世代パワー半導体の研究開発を加速させる狙いもあった。 スマートフォン(スマホ)やパソコン向けのメモリー、CPU (中央演算処理装置)と比べて製品進化のスピードが遅く、規模のメリットが効きにくかったパワー半導体だが、今後は競争環境が一層厳しくなる可能性もある。 現時点で国内勢の世界シェアは小さく、インフィニオンと比べれば強固な収益基盤を確立しているとは言いがたい。 「先行逃げ切り」を実現する国内連携を模索する時期なのかもしれない。 (細川幸太郎、市原朋大、nikkei = 4-15-16)
「神の手」もうなる手術器具 めがねの鯖江が新境地 福井県鯖江市は眼鏡フレームの国内生産シェアの約 9 割を誇る「めがねのまち」。 1905 年、農閑期の仕事として手掛けたのが始まりだ。 そこに最先端の手術などに使われる医療器具という新たな事業が育ち始めている。 眼鏡で磨いた加工技術を応用した製品は「神の手」を持つといわれる脳外科医師もうならせる。 産地の誕生から 110 年余り、次の 100 年に向けて新たな成長へと期待がかかる。 地場有力企業のシャルマン本社内にある製品の展示施設。 主力のチタン製眼鏡フレームとともに並んでいるのが、ピンセットや手術用のはさみといった医療器具だ。 「患者の体を傷つけにくいうえ、手術時間も短時間で終わる。 そんなニーズに沿うものを重点的に開発している。」 メディカル事業統括の岩堀一夫取締役専務執行役員は説明する。 ■ 福井大や有名医師と連携 素材使い分け使いやすさ追求 大きなピンセットのように見える脳外科手術用のはさみ。 刃先は高硬度の特殊鋼、柄にステンレス鋼、手に持つハンドル部分は純チタン、接合部はバネ性のチタン合金をそれぞれ使っている。 4 つの素材をつなぎ、鋭い切れ味と扱いやすさの両立を狙う。 様々な金属素材を組み合わせる眼鏡フレーム技術を応用した。 手術用はさみの開発では福井大学医学部と連携。 脳神経外科の世界的権威、米デューク大学の福島孝徳教授の協力も得た。 ただ、眼鏡フレームの技術の中にものを切る技術がない。 開発は難航したが、異業種との連携が課題解決につながった。 理美容はさみを製造するシザーズ内山(福井県大野市)と、特殊鋼を生産する武生特殊鋼材(同県越前市)の協力が得られたのが大きかった。 従来の手術器具は同じ金属の板材を切り出して作るものがほとんどだったという。 刃先に向いている硬い素材で全体を作ると、手で持つ部分も硬くなり、作業がつらくなってしまう。 パーツに合わせて素材を使い分けた同社のはさみは柔軟性があり、グリップの操作性がよく、疲れにくい。 髪の毛よりも細く、なおかつ弾力のあるものを切る脳外科手術では、はさみの切れ味が手術時間の短縮や手術する医師のストレス軽減につながり、手術の成否にまで影響する。 福井大学の医師は「このはさみは別次元の切れ味を持っている。 はさみというより、2 本のメスが自由に小さな空間で行き来するさまは我々の理想形で、魔法の微細ナイフのようだ。」と高く評価する。 医療器具に進出するきっかけは 2009 年、鯖江出身で白内障手術の第一人者、清水公也北里大学教授からの依頼だった。 「ステンレス製のピンセットを使いやすいよう、軽くて強いチタンにできないか。」 高い金属加工技術を持つ眼鏡産地に期待してのことだった。 完成まで試作を 23 回やり直した。 目の組織を傷めずにつまむ機能が求められた。 医師が最適と感じる締め具合が必要で、ピンセットを閉じた時に先端がずれてもいけない。 これまでの眼鏡とは異なる配慮が必要となった。 岩堀氏は「最初は医療器具を開発するツボがなかなか分からなかった」と振り返る。 完成したピンセットは高い評価を得た。 そこで 11 年にメディカル事業部を立ち上げ、翌 12 年から眼科の医療器具を本格販売した。 実はその数年前から眼鏡で培ったチタン加工技術を生かす新しい事業を模索していた。 携帯電話のケース、タンブラーなどが浮上していた。 白内障手術の第一人者との接点ができたことで、医療分野に注力することが決まった。 今後の課題は販路の拡大だ。 手術器具の品ぞろえが増えるとともに大学病院を中心に納入先も徐々に増えてきた。 今後は海外を含めた顧客の掘り起こしに力を入れる考えだ。 同社は眼鏡フレームを世界で売っており、全体の売上高の 65% を海外で稼ぐ。 そのノウハウを医療器具の分野でも生かしていく方針だ。 そこで、ドイツの医療機器の展示会への出展を始め、欧米への輸出を模索する。 チタン製の医療器具はインドなどでも作っており、ライバルの海外メーカーも多い。 シャルマンは患者や手術をする医師の負担を減らすことを重視しながら高品質の製品を開発し、納入先を広げる戦略だ。 メディカル事業について、堀川馨会長は「将来は眼鏡を追い越すくらいの事業に育てたい」と意気込む。 シャルマンは 1956 年に眼鏡の金属部品の下請け工場として創業、眼鏡フレームの主流がセルロイドから金属になった時流にのって急成長した企業だ。 グループの売上高は約 200 億円に上る。 ただ、メディカル事業部の売上高は「伸びてはいるが、当初計画のペースにはいっていない(岩堀氏)」こともあり、非公表としている。 眼鏡産地を取り巻く環境は厳しい。 鯖江市によると、眼鏡関連製造業の出荷額は 1992 年に 1,144 億円あったものが、2011 年には 539 億円とほぼ半減した。 900 近くあった事業所数も 500 程度にまで減っている。 低価格の中国産などに押されているのが原因だ。 ■ 金属加工技術を生かし手術器具でも「メードイン福井」 その打開策の一つとしても医療器具分野への期待は大きい。 眼鏡フレーム製造で培った「優れたかけ心地」を可能にする設計力、軽くて強い特徴を持つチタンの加工技術などこれまで磨いてきた技術が生かせるからだ。 堀川会長は「医療器具も良い設計が大事であり、協力工場も福井にある。 『メードイン福井』で世界に打って出たい」としている。 福井県も眼鏡フレーム産地の革新の動きを期待する。 県が中心となり、15 年 6 月に産学官連携の支援組織「ふくいオープンイノベーション推進機構」を立ち上げた。 医療器具の開発は同機構の重要テーマの一つに位置付けられている。 この中で、シャルマンはアンカー企業として中心的な役割を果たすことが期待されている。 すでに眼鏡関連の約 10 社が医療器具の加工で協力している。 さまざまな企業や大学との連携などもあり、鯖江は将来、眼鏡に加え世界的な医療器具の産地に変わる可能性が膨らんでいる。 (福井支局長 石黒和宏、nikkei = 1-25-16) 職人の技、機械に伝承 44 年の「勘」をデジタル化 レーザーが当たると、金属の粉末がいくつもの四角形を描いて積み重なり、凹凸のある部品ができあがる。 新潟県刈羽村にある従業員約 170 人のバルブメーカー、日本ドレッサーの工場では、大型の 3D プリンターが昼夜を問わず動き続けている。 「熱を加えると、どう変形しますか?」 図面を手にした設計担当の三橋栄治さん (39) が尋ねると、顧問の田代為常さん (67) は「この材料は縮むので、少し大きめにつくろう」と応じた。 田代さんはバルブづくり一筋 44 年。 この会社の競争力を支えてきた「職人」の一人だ。 その田代さんの職人技を、三橋さんがつくる設計図を介して 3D プリンターに学ばせている。 親会社の米ゼネラル・エレクトリック (GE) から 1 年前に導入されたものだ。 国内の製造業の働き手は減る一方。 高齢化する職人たちの技術をどう伝承していくかが課題のひとつだった。 熱処理による金属の変形具合などは職人の勘の領域だった。 こうした勘の部分をすべてデジタルデータに置き換えて設計図に反映させ、3D プリンターに作らせる。 一度覚えさせれば、手作業で 3 カ月かかる部品づくりを 3 週間に短縮できる。 「人に技術が残っているから 3D プリンターにも伝えられる。 それが強みになる。」と三橋さんは話す。 3D プリンター導入のきっかけは 2011 年、GE による日本ドレッサーの買収だ。 3D プリンターをフル活用して生産性を高めたい GE の戦略と、世界に通じる技術を持ちながら伝承や効率化に課題を抱えていた日本ドレッサーの思惑が一致したものだ。 人口減への対応を迫られているのは大手メーカーも同じだ。 タイヤ最大手のブリヂストン。 国内主力の彦根工場(滋賀県)では、大きさやグレードの違うタイヤを 128 本同時につくることができるが、ラインに人の姿はほとんど見当たらない。 工程はほぼ自動化され、人手を要するのはトラブル対応や点検、製品の切り替えなどわずかしかない。 この限られた人の役割も、人工知能 (AI) やロボットを駆使して自動化を進め、2018 年末までに「無人の生産ライン」を実現する方針だという。 そのために約 150 億円を投じる計画だ。 彦根工場には旧型の生産ラインもあり、現在約 1,200 人が働く。 従業員たちの今後の役割について、財津成美専務は「組み立て作業はぐっと減るが、知的労働などに関わっていってもらう」と話す。 (南日慶子) ■ ドイツ、働き手担うロボット ものづくり大国でありながら働き手が減少する。 そんな日本と同じ課題に向き合っている国がドイツだ。 独南西部シュツットガルト郊外。 自動車部品大手ボッシュの工場では、3 体のロボット「パウラ」、「ロバート」、「マルガレータ」が忙しく動き回り、重い荷物や扱いにくい薬剤などを運ぶ。 センサーなどでロボット自身が位置や目的地を把握し、何をするべきか判断する。 別の工場では人とロボットが隣り合って働く。 ロボットのセンサーが横の働き手の動きを感知しながら共同作業する。 人の作業のスピードが落ちればロボットもそれに合わせる。 ドイツが積極的に受け入れている移民や難民に、ものづくりの即戦力になってもらう工夫もみられる。 独南西部ホンブルク。 ボッシュの建機部品工場では、従業員たちがタブレット端末の指示に従って作業する。 従業員が身につけた電子タグから情報を読み取り、端末には従業員の習熟度や使う言語に応じた作業手順が表示される。 言語は必要に応じて増やせる。 部門責任者のステファン・アスマン氏は「日本人がきてもすぐ働けますよ」と話す。 部品を運ぶパレットについた電子タグを読み取り、生産ラインを自動的に組み替えるなど、自動化技術も採り入れることで、同じラインで 200 種類以上の製品をつくっている。 ドイツの出生率は日本に近い 1.4 前後。 人口は 02 年をピークに減少に転じている。 そのなかで国内総生産の約 2 割を占める製造業の競争力を維持しようと、ドイツの産官学が取り組むのが「第 4 次産業革命(インダストリー 4.0)」と名づけたものづくり改革だ。 IT をフル活用し、ロボットなど機械自らが判断してものづくりを担うことなどが柱だ。 独経済エネルギー省幹部のウォルフガング・シェルメット氏は「働き手を単純作業や危険な仕事から解放し、より創造的で付加価値の高い仕事に移せる」と話す。 (伊沢友之) ■ 国ぐるみで競争力維持を テレビドラマ化され、高視聴率を記録した池井戸潤の小説「下町ロケット」で描かれたように、中小企業を含むものづくりの担い手の厚さが、戦後の日本経済の繁栄を支えてきた。 だが、人口減や工場の海外移転などにより、日本の製造業の就業者数はこの 20 年で 3 割減り、足もとでは一時、1 千万人の大台を割り込んだ。 野村総合研究所は 2 日、技術革新に伴い 10 - 20 年後に、いまの国内の労働人口の 49% が就く仕事がロボットなどで置きかえうるとの試算を出した。 減りゆく労働人口を機械が補うだけでは、日本経済は活力の源泉を失いかねない。 ドイツでは競争力を保つための国ぐるみのものづくり改革が始まっているが、日本の改革は主に「企業単位」で、国レベルの取り組みは遅れている。 今夏以降、技術の活用策などを進める「IoT 推進コンソーシアム」など複数の団体が立ち上がったばかりだ。 韓国や中国などもこれから労働人口の減少に直面する。 みずほ情報総研の河野浩二さんは「日本が率先して成功モデルをつくれば、世界に展開できる」と話す。 人口減という課題を好機に変える発想が求められている。 (編集委員・堀篭俊材、asahi = 1-2-15) サンゴ漁師への転職、高知で急増 中国人珍重、価格高騰 日本有数の宝石サンゴの産地である高知県で、サンゴ漁業者が 5 年で倍以上に増えた。 中国人が宝飾品を買い求め、サンゴの原木が高騰しているからだ。 サラリーマンからの転職組らも顔をほころばせるが、資源保護の問題も浮上している。 高知県香南市の漁港に 11 月 10 日朝、県内外から宝石サンゴの漁師や卸売業者ら 50 人以上が集まり、日本珊瑚(さんご)商工協同組合(高知市)の「珊瑚原木入札会」の競りが始まった。 卸売業者らが原木を手に取って色や形を品定めし、入札金額を書いた「投げ帳」と呼ばれる帳面を開札人に次々と投げる。 「53 匁(もんめ、約 200 グラム) 103 万 3 千円!」、「109 匁(約 410 グラム) 343 万 8 千円!」。 開札人の声が響き、落札者が次々決まっていく。 同県大月町の漁師、中川順一さん (44) は約 4 キロの赤サンゴを出品。 15 分ほどで計 910 万円の値がつき、「今日は相場がよかった。 思っていたより高く買ってもらえました。」と笑みをこぼした。 元は自動車販売会社の営業マンだったが、32 歳で転職。 サンゴ漁師の父の新谷(にいや)喜一さん (77) を手伝い、38 歳で独立した。 「漁師なら苦労した分だけ見返りが直接返ってくる。」 現在は年間約 6,600 万円を売り上げる。 「仲買人からは『まだ需要がある。 高値が続く。』と言われている。 漁獲量を伸ばしたい。」 「一家の生活がかかってますからドキドキです。 期待半分、不安半分ですね。」 同県室戸市の藤本豊彦さん (43) は落札の様子をじっと見つめていた。 市内の食品メーカーを辞め、4 年前サンゴ漁師に。 地元の漁師に「うまくいけば年間売り上げは 1 千万円」と言われたのがきっかけ。 漁の経験はほとんどなかったが、サンゴ漁船に乗り、技術を学んだ。 昨年の売り上げは 1,200 万円にのぼった。 「良質で大ぶりのサンゴが採れるかは運。 当たれば大きい。」 この日は 6 点で計 2 キロ近くの赤サンゴを出品し、落札額は 678 万円に。 落札が進むにつれ、表情は晴れやかになり、「よかった、よかった」と会場を後にした。 小笠原諸島(東京都)の小笠原母島漁協に所属する漁師、平賀秀明さん (72) は 13 日、赤サンゴ約 5 キロを出品し、計 1,207 万円で落札された。 メカジキを取っていたが、2 年前にサンゴ専門に切り替え、収入は 1.5 5倍に。 「魚は移動するが、サンゴは磯にへばりついている。 サンゴがいる海域さえわかれば、安定した収入に結びつく。」 将来は漁協関連の仕事などで出向く時のため、首都圏にマンションを買いたいという。 香南市で 11 月 9 - 13 日の 5 日間開かれた入札会の落札合計額は 11 億 7,884 万円。 日本珊瑚商工協同組合は同市で年 3 回入札会を開催してきたが、今年からは 1 日の開催時間を短縮するために 4 回に増やし、11 月が今年最後の入札会だった。 土佐湾産サンゴの今年の落札合計額は 58 億 1,592 万円で、過去最高だった昨年の 50 億 794 万円を上回った。 ■ 台湾の業者「品質トップ」 サンゴ漁師の数は激増している。 高知県が許可した漁業者の数は 2009 年の 144 から、15 年には 364 に増えた。 来年 1 月からはこれを許可数の上限とする考えだ。 高知の許可数は全国の 9 割以上を占め、全国では高知を含め 6 都県が計 393 件の許可を出している。 高知県のほか、東京都 21 件、長崎県 5 件、和歌山、鹿児島、沖縄各県が 1 件ずつと続く。 和歌山県は今年初めて、和歌山南漁協など 12 漁協で構成する共同経営体に 1 件の漁業許可を出した。 漁船 152 隻が登録され、1 日 50 隻を上限に操業する。 県によると、サンゴ漁参入に関して漁業者から「サンゴ漁をやりたい」と問い合わせが県に相次いでいた。 13 年までは「地元漁師が細々と行う程度」だったため、許可制ではなく、自由な漁を認めていた。 昨年 1 年間、調査した結果、今後は大規模なサンゴ漁が想定されると判断し、許可制に踏み切った。 急増の原因はサンゴ価格の高騰だ。 日本珊瑚商工協同組合のまとめでは、土佐湾産の平均落札額は、05 年の 1 キロあたり 17 万 9,195 円から年々上昇し、13 年は 158 万 1,475 円に。 14 年は 137 万 2,717 円とやや下がったが、高止まりしている。 「購買力をつけた中国人が宝石サンゴ、特に赤サンゴを縁起物として珍重し、日本産のサンゴを買い求めている。」 宝石サンゴ原木の加工・販売会社「KAWAMURA (高知市)」の川村裕夫社長 (68) が説明する。 同社は原木の 7 割を台湾に輸出する。 「中国はサンゴの輸入規制が厳しいので、中国人の業者や観光客は台湾にサンゴ製品を買いに来る。 台湾の業者は『日本の赤サンゴは赤色が濃く、世界トップの品質だから、ぜひほしい』と言うんです。」 同社の宝石サンゴの輸出高は 10 年前の 10 倍に増えた。 財務省の貿易統計でも、14 年のサンゴ全体の輸出額は 57 億 1,937 万円。 8 億 4,787 万円だった 04 年の 6.7 倍にのぼった。 14 年の輸出先は台湾が 99.2% を占めている。 日本に直接買いに来る中国人観光客も。 10 月、高知市の港に中国・上海から大型客船(全長 294 メートル、乗客定員 2,034 人)が到着。 テレビ局に勤める王●●(= いずれも草冠に倍、ワンペイペイ)さん (33) は市中心部のサンゴ店で、ピンク色のサンゴをあしらった指輪を買った。 「高知はサンゴがたくさん採れるんでしょ。 品質がいいと聞いたし、デザインもよかった。」 ■ 資源保護へ NPO が魚礁運ぶ サンゴを保護する取り組みも始まっている。 高知県内の漁業者や流通業者らでつくる NPO 法人「宝石珊瑚保護育成協議会」などは 9 月、104 基のサンゴ魚礁を漁船約 30 隻で運び、同県沖の深さ約 100 メートルの海底に沈めた。 魚礁は長さ 60 センチ、幅 55 センチ、高さ 45 センチで、重さ 60 キロ。 コンクリート製の土台には貝殻が詰まったプラスチックのかごがつき、貝殻を足場にサンゴの成長が期待できるという。 同会の木内英生副会長 (72) は「産卵期を終えた来年秋以降に水中カメラなどで生育状況を調べる」と話す。 背景には、国際社会のサンゴ保護を求める声の高まりがある。 野生動植物の国際取引を規制する「ワシントン条約」締約国会議で、米国などは 07、10 年に宝石サンゴ取引を厳格にする案を提出、資源枯渇が懸念されると主張した。 資源量減少を示すデータの不足などを理由に、日本などが反対し、ともに否決された。 だが、日本のサンゴ産地への影響は大きかった。 高知県は 12 年、漁業期間を 10 カ月から 8 カ月に短縮し、生きた宝石サンゴの年間漁獲量を 750 キロ以内に制限。 水産庁も「16 年の会議で再び規制案が出される可能性がある」として、今年 10 月、漁具の数や操業時間の制限を助言する通知を都道府県に出した。 宝石サンゴの生態に詳しい立正大学の岩崎望教授(海洋生物学)は「高知県では 1902 年の漁獲量は 45 トンだったが、近年は 1 - 2 トン程度に激減している」と指摘。 「宝石サンゴは小指ぐらいの太さになるのに 50 年かかる。 海域ごとに生態を調べ、きめ細かく休漁期間を設定することなどが必要だ。」と話している。 (西村奈緒美、佐藤達弥、asahi = 12-17-15) 切れにくさ、鋼鉄の 20 倍 カイコ吐き出す「クモの糸」 ![]() カイコにクモの糸の遺伝子を組み込んで頑丈な素材を作る技術が実用化の時期を迎えている。 化粧品や医薬品の成分もカイコから取り出せる。 コストを抑えたエコ素材の可能性が開けてきた。 クモの糸のタンパク質を作る遺伝子をカイコに組み込んで糸を吐かせ、その頑丈な糸を衣服に利用する。 カイコにヒト型コラーゲンの遺伝子を入れて、繭(まゆ)に含まれるコラーゲンから化粧品を作る - -。 遺伝子組み換えカイコを使って新しい素材や原料を作る技術の実用が始まっている。 この分野の研究開発で日本は世界をリードしている。 茨城県つくば市にある農業生物資源研究所(以下、生物研)は 2014 年 8 月、クモの糸の遺伝子を組み込んだカイコを用いて「クモ糸シルク」を生産することに成功し、このシルクでベストやスカーフを製作した。 クモ糸は高強度で伸縮性に富むという優れた性質があり、新素材として注目されてきた。 しかし、共食いするクモを大量飼育して糸を取り出すことは現実的でなく、量とコストの面から工業生産は難しかった。 ■ 機械加工に耐える強度を確保 この壁を打破したのが、カイコの利用である。 生物研は 2000 年にカイコの遺伝子組み換え技術を開発。 2007 年にはカイコにオニグモの糸の遺伝子を組み込んで糸を取り出した。 ただ、糸の量は少なく切れやすかったため実用化はできなかった。 生物研は遺伝子の導入技術の改良を重ね、シルク生産のための機械加工に耐えられる糸を取り出すことに成功した。 製作した生糸は、切れにくさを示す「タフネス」がナイロンの 1.5 倍、炭素繊維の約 5 倍、鋼鉄の約 20 倍に相当する。 こうした繊維素材は強くて伸びる繊維としてアパレルに利用できるほか、医療素材への利用が見込まれている。 生物研はクモの糸以外にも、オワンクラゲの緑色蛍光遺伝子やサンゴの発光遺伝子をカイコに組み込んで光る糸も取り出した。 光る糸で織ったドレスはシルクならではの光沢や柔らかさをかもし出している。 「化学繊維のように石油を原料としないことに加え、色付きの糸では染色工程が不要になり、化学物質の使用や排水汚染を抑えられる。 またカイコは無農薬栽培の桑を食べるため農薬を使用しない」と、生物研の飯塚哲也主任研究員は環境への負荷が少ないことを強調する。 ■ 野外飼育を日本で初承認 遺伝子組み換えカイコはこれまで隔離された実験室で飼育していたが、2014 年 7 月からは野外の限定エリアでも飼育を始めた。 遺伝子組み換え生物に関するカルタヘナ法に基づく野外での試験飼育の承認を、農林水産省から得たからだ。 野外飼育の動物の承認は日本では初めてのことになる。 いずれ幅広く産業利用される際に、養蚕農家が飼育することを想定して申請した。 試験飼育で、遺伝子組み換えカイコが生態系に悪影響を及ぼさないかなどをチェックする。 「2016 年から農家による試験飼育を目指している。 そこで安全性が確認されれば本格的な生産に入ることになる。」と飯塚研究員は期待する。 ■ クモ糸新素材で自動車部品も カイコではなく、微生物にクモの糸の遺伝子を組み込み、クモ糸タンパク質を作らせて新素材として生産しているのが、山形県鶴岡市のベンチャー企業、スパイバーだ。 トヨタ自動車に自動車部品を納入している小島プレス工業(愛知県豊田市)と共同で、クモ糸の新素材を使った自動車部品を試作している。 実は遺伝子組み換え技術で遺伝子を組み込む対象には、カイコなどの昆虫の他にも、微生物(バクテリア)や細胞、植物などが使われる。 前 報 (8-20-14) 微生物への組み込みは、医薬品開発では一般的な技術になっている。 遺伝子を組み込んだ微生物が、糖尿病治療のインスリンを大量に安価に作り、医薬品として実用化されている。 遺伝子組み込みの微生物で、工業材料になるようなタンパク質の量産化に成功したのはスパイバーが世界で初めてだ。 同社はクモ糸の遺伝子を組み込んだ微生物に、栄養素を与えて発酵させ、クモ糸のタンパク質を生産させている。 難しかったのはクモ糸のタンパク質を大量に取り出すこと。 微生物の種類や発酵の条件、クモ糸の遺伝子を何通りも変えて試作し、タンパク質を大量に作る条件を見いだした。 そのタンパク質から紡糸するのにも苦労したという。 発酵タンクの中で作られたタンパク質を精製し、溶媒に溶かすが、溶解性や粘度の最適解を見つけるのが大変だった。 現在は約 10 種類のクモ糸の遺伝子を利用している。 紡糸加工設備も独自開発し、生産能力は月産数 10 - 100kg である。 ■ 省エネやコスト低減効果も こうして作ったクモ糸の新素材を「Qmonos (クモノス)」と名付け、繊維、フィルム、パウダー、ナノファイバーなどの形で供給している。高強度で伸縮性がある性質を利用して、衝撃を吸収する用途への応用を期待しているという。 例えば自動車などの乗り物や、スポーツ用プロテクター、防弾チョッキなどだ。 「炭素繊維に比べると高強度であるため、この繊維を使えば製品を軽量化できる。 また、化学繊維と違って、生産工程で高温高圧にする必要がないためエネルギー消費量が少なくて済み、環境への負荷が少ない」と、スパイバーの東憲児・取締役兼執行役は言う。 同社は組み込む遺伝子を変えることで、クモ糸のような特性の材料だけでなく、昆虫の体にあるゴムのように伸びるタンパク質など様々なタンパク質を工業的に作ることを狙っている。 「石油由来の素材を代替できるバイオマス素材の開発が目的。 化学繊維のように種類ごとにプラント設備が必要なく、1 つの発酵生産プラントがあれば様々なタンパク質が作れる。 結果、コストや環境負荷も抑えられる。」と東取締役は話す。 群馬県藤岡市の株式会社、免疫生物研究所は、遺伝子組み換えカイコの繭から化粧品を製品化した。 同社の子会社であるネオシルク化粧品が 2014 年 7 月、ヒト型コラーゲンの遺伝子を組み込んだカイコの繭を利用、コラーゲンを含む乳液やクリームなどの化粧品を発売した。 ヒト型コラーゲンは保湿成分が高く、"プルプル" の肌を作ってくれる。 化粧品用途に生産しているのは同社が初めてだ。 ■ 環境負荷の小さい化粧品 コラーゲン入りの化粧品といえば、魚や豚など動物由来のコラーゲンを使うケースが多く、アレルギー反応を起こす人もいた。 ヒト型コラーゲンならリスクは下がるという。 カイコを利用したのは、化粧品は工業製品より純度の高い成分が求められる上、コストは医薬品ほど高くできないからだ。 「微生物でタンパク質を精製して純度の高いものを作るのは工程的にも大変でコストもかかるが、カイコを利用すれば、比較的容易に純度を高められ、設備費が圧倒的に安く、精製の工程が半分以下になる」と免疫生物研究所の清藤勉社長は理由を話す。 群馬県は富岡製糸場が世界遺産に登録されたように養蚕の歴史がある地域。 同社は自社でカイコを 10 万匹飼育するとともに、群馬県蚕糸技術センターなどにも実験室でカイコを飼育してもらっている。 ヒト型コラーゲンを繭に発現させ、繭を溶液や試薬に溶かすことで取り出している。 組み込んだ遺伝子はカイコの体に残るが、抽出したコラーゲンには含まれない。 こうして生産したコラーゲンを 2012 年から販売していたが、2014 年からは化粧品メーカーにコラーゲンを提供し、化粧水、美容液、クリーム、洗顔剤のラインアップをOEM (相手先ブランドによる生産)によって商品化した。 化粧品は昨今、化学合成で作るのが一般的だ。 だが、カイコを使えば、石油系由来成分や化学合成成分を使用する場合に比べて環境への負荷を減らせる。 ネオシルク化粧品は 2014 年 7 月からインターネットで販売を始めた。 「2015 年に化粧品で 1 億円の売り上げを目指している。 ヒト型コラーゲンの市場は 160 億円程度とみており、今後 3 年間で 5 - 10% のシェアを握りたい。」と、免疫生物研究所の清藤社長は意気込む。 製薬会社も遺伝子組み換えカイコから医薬品を作る試作段階に入った。 カイコが新素材や新原料の可能性を広げようとしている。 (日経エコロジー 藤田香、nikkei = 11-18-14) |