がん遺伝子パネル「早期検査で患者に利益」 25% が治療、京大病院

がんの遺伝子変異を網羅的に調べ、治療薬を探すがん遺伝子パネル検査を早期に行った場合、25% の患者が検査結果に基づく治療に至ったとの研究結果を、京都大病院が発表した。 現状の保険診療で認められているよりも前倒しのタイミングで行うことが、患者のメリットになると考えられるという。 がんは、遺伝子の変異によって起きることから、近年は一人一人の遺伝子変異を調べてそれに対応した薬を使うのが主流だ。

複数の遺伝子を一度に調べるがん遺伝子パネル検査は、現在の保険診療では、主に標準治療の終了後もしくは終了見込みとなった患者に行うことになっている。 一方で、標準治療が終わるころには、体調が悪化していることが多く、検査を受けて治療薬が見つかっても使えないなどのケースがあることも指摘されている。 今回、京都大病院などの研究グループは、がん遺伝子パネル検査を標準治療の開始前に行った患者 172 人について、3 年間、追跡する研究を行った。

その結果、患者の 25% (43 人)が検査で推奨された治療薬を使えていた。 厚生労働省のまとめによると、現状の保険診療のタイミングでがん遺伝子パネル検査を行った患者の治療到達率は 8.2% とされている。 また、その後の生存期間についても調べたところ、検査で推奨された治療ができた 43 人は、推奨治療が見つからなかった人に比べて死亡リスクを 41% 抑えることができたという。 京都大病院腫瘍内科の武藤学教授は「患者さんの立場からも、最初に検査をして自分に合う薬を知ってから治療に臨んだ方が、より科学的な治療選択につながるはずだ」と話す。 (松本千聖、asahi = 12-5-25)


オプジーボ効かない大腸がん、原因解明 治療応用に期待 京大

京都大学の研究チームは、オプジーボのような免疫チェックポイント阻害剤が効きにくい大腸がんを効果的に治療する方法を見つけた。 免疫細胞ががん細胞に働くのを妨げるたんぱく質があることをマウスの実験で突き止めた。 このたんぱく質の働きを抑える薬の開発を目指し、手術ができないほど進行した大腸がんの治療に役立てる。 大腸がん患者の 85%、さらに、転移した重篤な患者の 95% は免疫チェックポイント阻害剤が効きにくい。 研究チームはその理由を解明した。 がん細胞の周りに線維芽細胞があり、がん細胞をやっつける免疫細胞「CD8 陽性 T 細胞」が入れないようになっていることがマウスの実験でわかった。

さらに詳しく調べると、この線維芽細胞の出すたんぱく質が、免疫細胞の働きを邪魔していた。 このたんぱく質ができなくなるようにした大腸がんマウスで、免疫チェックポイント阻害剤を与えたところ、がん細胞がほぼなくなるほど効果があったという。 研究チームではこのたんぱく質の働きを抑えたり、または線維芽細胞からこのたんぱく質ができなくしたりするような薬の開発を目指す。 この薬と免疫チェックポイント阻害剤を併用することで、手術ができないほど進行した大腸がんの治療や、手術の前にあらかじめがんを小さくする治療に使いたいという。

研究チームの中西祐貴・京大病院講師(消化器内科)は「大腸がんは日本で最も患者が多いがんで、亡くなる人も2番目に多い。進行した大腸がんでも根治できる治療法の開発に今回の成果を生かしていきたい」と話した。研究成果は11月23日付の「ネイチャーコミュニケーション」に発表された。 (坪谷英紀、asahi = 12-3-25)


妊婦の鎮痛剤と自閉症リスク「証拠ない」 専門医が米政権発表に懸念

根拠の無い処方

記事コピー (9-23-25〜12-3-25)


肺動脈性肺高血圧症、3 種類の薬組み合わせ治療 新薬で選択肢広がる

肺で取り込んだ酸素は、血液を通して一度心臓に送られ、心臓から全身に送られる。 血液はその後、二酸化炭素を多く含んだ状態で心臓に戻り、「肺動脈」という血管を通って再び肺に向かい、酸素を取り込む。 「肺動脈性肺高血圧症」とは、肺動脈の血管が細くなるために圧力が上昇する国の指定難病だ。

砂浜歩くだけで息切れ「なぜ?」 50 代でわかった難病、症状は進み

国の難病情報センターによると、患者数は右肩上がりで増加し、2020 年度時点で 4,230 人いる。 ここ 20 年ぐらいに様々な薬が発売されたことで、亡くなる患者が減った。 若年や中年の女性の患者が多かったが、現在では 70 歳以上の男性患者が増加している。 肺動脈の圧力が高くなると、全身に酸素がうまく供給されなくなる。 体を動かすと息苦しくなり、疲れやだるさを感じる。 また、最終的には心臓の機能も落ちる。 普段の生活でも階段を使わない、重い荷物を持たないなどの制限がある。 国内で指定難病の基準は肺動脈圧が 25 ミリHg 以上となる(国際的には 21 ミリHg 以上が診断基準)。

この病気は、原因がわからない「特発性」が最も多く、自己免疫疾患の「膠原病(こうげんびょう)」が原因の場合もある。 また、血管の形成に関わる BMPR2 などの遺伝子の変化による「遺伝型」などもある。 最初は体の異変を感じても「運動不足かな」と思って病気に気付かず、知らない間にゆっくり歩くようになったり、エスカレーターを使ったりすることで、実際には病気とわからずに症状が進行した状態で診断されることが多い。 何も治療しなければ、診断からの 3 年生存率は 20% とされる。

診療ガイドライン改定、8 月に新薬も登場

治療は、肺の血管を広げる 3 種類の薬を組み合わせて病気の進行を遅らせるのが基本となる。 補助として酸素を補充する治療もある。 ただ、病気が進むと薬の効きも悪くなり、肺移植が必要になる場合もある。 25 年度には肺高血圧症のガイドラインも 7 年ぶりに改められた。 リスク評価をしたうえで、ハイリスクの人には 3 剤を併用した治療が勧められることになった。 ガイドライン改訂の班長で、国際医療福祉大三田病院の田村雄一教授(循環器内科)は「本来は 3 剤を使うべき患者でも、1 剤しか使っていない患者も多いとされる。 リスク評価をして、適切な治療薬を選ぶことが大事だ。」と話す。

25 年 8 月には、新しいタイプの薬「ソタテルセプト(商品名エアウィン)」が発売された。 肺動脈の血圧が上がる理由の一つとして、血管の内側の細胞が過剰に増殖するために血管が分厚くなって、血管が狭くなってしまう。 新たな薬は、肺動脈を広げるのではなく、細胞の増殖を抑えて、血管がふさがるのを防ぐ目的がある。 ソタテルセプトは、これまでの薬では効果が乏しかった中等度から重度の患者を対象とした海外の臨床試験で、死亡や肺移植または入院といったリスクを 76% 低下させた。 副作用として鼻血が出たり、まれに消化管から出血して重篤になったりする場合もある。

この薬は 3 週間に 1 回の注射で、1 回あたりの薬剤費は約 108 万円だ。 田村さんは「これまでの薬が効かない患者にとっては福音となるが、本当に必要な人は全体の一部になるため、見極めることが重要だ」と話す。 (後藤一也、asahi = 11-30-25)


OTC 類似薬、保険適用維持へ 患者負担の追加は検討 厚労省

医師の処方箋(せん)が必要な処方薬のうち、成分などが同じ市販薬がある「OTC 類似薬」について、厚生労働省は公的医療保険の適用を維持した上で、患者に追加の負担を求める検討に入った。 医療費の削減を訴える日本維新の会には、保険適用からの除外を求める声があり、年末までに結論を出す方針だ。

処方薬の薬代は、診察料などと同様に公的医療保険が適用され、患者の自己負担は原則 1 - 3 割だ。 維新は、市販薬に同一成分のものがある OTC 類似薬を保険適用から外せば、医療費が削減できると主張。 自民党との連立政権合意書には、薬剤の自己負担の見直しを 2025 年度中に制度設計すると明記された。 OTC 類似薬を単純に保険適用から外せば、高額な市販薬を買わなければならず、患者の負担が増える。 また、成分が同じでも用法・用量、効果や使い方といった様々な違いがあり、患者に適した薬が使えなくなる恐れもある。 必要な受診を控えてしまう懸念も指摘されている。

このため、厚労省は 27 日の審議会で、保険適用の対象から外さない前提で、OTC 類似薬の処方を受ける際に追加でどのような負担を求めるか、委員に意見を求める。 追加負担を求める場合、18 歳以下の子どもや長期的に薬を使う必要がある人、入院患者らについては配慮する考えだ。 今後、追加負担を求める OTC 類似薬の品目をどう選ぶかや、追加の負担額が焦点になる。 一方、維新内には依然、保険適用から外すことを求める声も強く、与党内での議論もふまえ、判断する方針だ。 (足立菜摘、asahi = 11-27-25)

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OTC 類似薬、保険適用外しに 9 割「反対」 患者ら「声を聞いて」

市販薬と成分や効果が似ている「OTC 類似薬」について、難病患者の家族らは 29 日、こうした薬が保険適用から外れた場合の影響に関するアンケート結果を公表した。 保険適用から外すことには「反対」が 94.9%、「賛成」が 1.8% だった。 「困る人がたくさんいる。 当事者の声をしっかり聞いて、困る人をどうするのかをきちんと話し合って制度を決めていってほしい。」としている。 アンケートは、OTC類似薬を保険適用から外すことの影響を可視化しようと、難病患者の家族である大藤朋子さんや全国保険医団体連合会が中心になって9月にインターネットで開始。現在も継続している。

この日の記者会見では、9 月 22 日 - 10 月 7 日に寄せられた回答 5,687 人分を中間報告として公表した。 回答は 20 - 60 代が 85.3% を占めた。 50 代が最多の 22.1%、次いで 40 代 (20.4%)、60 代 (19.1%)、30 代 (17.7%) などとなっている。 OTC 類似薬を過去に処方されたことがある人は 51.2%、現在も処方されている人は 42.5% だった。

「働くこと、生きることが難しくなる」

OTC 類似薬が保険適用外となった場合の懸念(複数回答)は、「薬代が高くなる (83.6%)」、「薬が必要量用意できずに、症状が悪化する (61.0%)」、「自己判断で薬を買うようになる (60.4%)」などが挙がった。 自由記述欄には 3,358 人が記入。 「抗がん剤に加えて、せき止め、たん切りの薬を処方されている。 保険外になるなんて恐怖でしかない。 (肺がん患者、50 代)」、「薬が高額になり、生活できなくなる。 生活のために薬を止めると、働くこと、生きることが難しくなる。(アレルギーと月経困難症、30 代)」といった声が並ぶ。

OTC 類似薬の保険適用見直しは、「現役世代の保険料負担の軽減」を掲げる日本維新の会が積極的だ。 維新は 10 月、新政権に閣外協力の形で加わった。 会見で大藤さんは、アンケートを通じてわかったこととして、重い疾患の患者が治療の副作用への対処などで OTC 類似薬を日常的に使っていること、患者が OTC 類似薬の使用によって就労や家事・育児といった日常生活を維持していること、保険外になって負担が増えると生活や疾患の状態が著しく悪化することなどを列挙。 「働く現役世代にとって、負担軽減どころか大幅な負担増になる」と訴えた。

「本当に悲しい気持ちになる」

会見に出席した 30 代の母親は、3 人の子どもたちがアレルギーで OTC 類似薬を多く使っている状況。 適用を外す議論は「『病気のある子どもたちが生きるには、自分で、お金の間に合う範囲で何とかして』と言われているようで、本当に悲しい気持ちになる」と語った。 骨太の方針 2025 には、OTC 類似薬の保険給付のあり方を検討する際は、慢性疾患の人や低所得の人の「患者負担などに配慮しつつ」と記載されている。 これに対し、会見に参加した 40 代の患者は「私もそうだったが、慢性疾患と診断がつくまでに何カ月もかかる。 その間、薬局で薬を買い続けられますか?」と疑問を投げかけた。 (友野賀世、asahi = 10-29-25)


一般病院の 6 割赤字、利益率マイナス 7.3% 24 年度、厚労省調査

国公立や民間を含めた一般病院の約 6 割が 2024 年度に赤字だったことが、厚生労働省が 26 日に公表した 23 年度と 24 年度の「医療経済実態調査」でわかった。 医業と介護の収益に対する利益の割合を示す利益率は、24 年度は平均でマイナス 7.3% だった。 利益率は少なくとも 2019 年以降で最低レベルだった。 主要な収入源の診療報酬が物価高騰や賃上げに対して低いことが背景にある。 調査は医療サービスの公定価格「診療報酬」の見直しに向け、医療機関や薬局の経営状況を把握するため、2 年に 1 度実施される。

今回は計 9,310 の医療機関と薬局が調査対象で、有効回答率は 53.6%。 有効回答は病院が 2,326 施設(回答率 50.2%)、一般診療所が2,232 施設(同 54.9%)だった。 一般病院全体を見ると、平均の利益率は 24 年度がマイナス 7.3%、23 年度はマイナス 7.5% だった。 前回調査では 22 年度はマイナス 6.7% だった。

医師会「病院は瀕死」 どうなる診療報酬改定

今回の結果を分析すると、経常利益が赤字の一般病院は 24 年度、63.3% に上り、前年度の 54.9% より 8.4 ポイント増えた。 精神科病院なども含めた病院全体でも、24 年度は 58.0% が赤字で、前年度の 49.0% から 9 ポイント増加した。 一般病院が主に診療報酬から得る医業収益は、23 年度から 24 年度にかけて 2.5% 増えている。 しかし、支出も同程度の 2.3% 増えた。 なかでも、給食用の材料費は 6.0%、水道光熱費は 5.3%、診療材料費や消耗器具などの費用は 4.9%、業務の委託費は 3.8% と、収益の伸びを上回って増えた費用も多く、経営難から抜け出しにくい状況が続いている。

一方、入院ベッドが 20 床未満の診療所では、24 年度の平均利益率が 4.8% で黒字だった。 23 年度の 8.3% から 3.5 ポイント悪化している。 診療報酬は、診察や手術、検査といった公的医療保険の医療サービスに対して国が設定した価格で、2 年に 1 度見直される。 次回の改定は来年 6 月の予定で、これに先立ち、年末までに全体でどれだけ増減させるかの割合を示す改定率が決まる。

医師らの人件費や技術料にあたる「本体」の改定率はこの 10 年間、1% 未満。 主な病院団体は、深刻な経営状況から病院に対し 10% 超の引き上げを求めている。 大幅な引き上げは財源の確保が課題となり、政府や与党内で激しい議論になる見通しだ。 (足立菜摘、asahi = 11-26-25)


がん 5 年生存率、大腸 67% 乳房 89% 血液がんなど大きく向上

2012 - 15 年にがんと診断された人が 5 年後に生存している割合「5 年生存率」を、国立がん研究センターが公表した。 がんができた部位によって大きな開きがある一方で、経年的に見ると多くの部位で生存率が向上していた。 各都道府県による「地域がん登録」に登録されたデータのうち、集計に必要な精度を満たした 44 都道府県の約 254 万人について、同センターなどでつくる厚生労働省研究班が分析。 がんのみが死因となる場合を推計した「純生存率」を調べた。

15 歳以上の 5 年生存率を主要な部位別に見ると、胃が 63.5%、大腸が 67.2%、肺が 35.5%、乳房が 88.7%、子宮が 75.9% などだった。 生存率が高かった部位は、前立腺が 94.3%、甲状腺と皮膚がいずれも 91.6%。 低い部位は、膵臓が 10.5%、胆嚢・胆管が 22.1%、肝・肝内胆管が 33.7% などで、部位によって大きな開きがあった。 また、比較可能なデータがある 1993 年以降の推移を見たところ、生存率が大きく向上していたのは、男女ともに多発性骨髄腫や悪性リンパ腫のほか、男性の前立腺、女性の肺など。 一方で男女ともに膀胱や、女性の子宮頸部では生存率が低下していた。

生存率の経年変化は、治療法や早期診断の割合などの影響を受けているとみられ、解釈には、ほかの関連データも合わせた総合的な分析が必要という。 地域がん登録は、2016 年の診断からは「全国がん登録」制度に移行し、国内でがんと診断されたすべての患者のデータを集め、対策に生かすことになっている。 報告書は コチラ。 (松本千聖、asahi = 11-23-25)


「第 2 の京大病院」でマイペースな研究は進む 糖尿病に関わる新発見

医学研究所北野病院(大阪市)が、糖尿病に関する発見を論文発表し、記者会見を開いた。 大阪にありながら京大とも深い縁のあるこの病院では、今もマイペースに自分の医学研究に打ち込む医師らがいる。 北野病院は、京都帝国大医学部への寄付をもとに 1928 年にできた臨床研究のための病院がルーツだ。 大阪市が誘致し、寄付をした実業家も大阪での開設を望んだ。 いわば、大阪市にできた「第 2 の京大病院」だ。 臨床研究のため - -。 そんな伝統は今も受け継がれている。 研究環境や研究費を支援する制度もあり、自分のペースで研究を続ける医師たちがいる。

糖尿病内分泌内科の渋江公尊副部長も支援を受け、診療が終わった後や夜間、休日に研究を続けてきた。 その対象は膵臓の「アルファ細胞」だ。 糖尿病にかかわる細胞としては、血糖を下げるホルモンを分泌するベータ細胞がよく知られ、研究が進んでいる。 アルファ細胞は逆に血糖を上げるホルモンを分泌する。 糖尿病では、こちらもうまく働かないことがある。 血糖が下がりすぎると、意識障害など生命にかかわりかねない「低血糖」になる。 アルファ細胞も重要な細胞だが、研究は進んでいなかった。

アルファ細胞はベータ細胞に比べてストレスに耐えて生き残りやすいことが知られている。 まず、その仕組みを探った。 マウスのアルファ細胞で働く遺伝子を調べた。 ある遺伝子の働きを抑制すると、ストレスをかけても死ににくくなることを見つけた。 ヒトのアルファ細胞で、この遺伝子の働きを弱めると、細胞死にかかわる遺伝子の働きも低下して、死ににくい状態になることもわかった。 この反応はベータ細胞ではみられなかった。 アルファ細胞がストレスに耐える仕組みに、この遺伝子が関わっていると結論した。 だが、実際、体の中でストレスがかかっている時に、何が起こっているのかは謎で、今後の課題だ。

「糖尿病治療では、低血糖のコントロールも重要で、ベータ細胞だけでなく、アルファ細胞の働きを守ることも大切。 さらに解明していきたい」と渋江さん。 研究は 英科学誌ネイチャーコミュニケーションズ に発表した。 (瀬川茂子、asahi = 11-21-25)


「外科は崩壊寸前」がん手術は 2 カ月待ち 集約化迫られる地域医療

いずれ県内では手術が受けられなくなるかもしれない。 そんな懸念が現実味を帯びている地域がある。

「外科は崩壊寸前、何とか何とかくいとめられている。」

秋田県内唯一の医学部がある秋田大学の有田淳一教授(消化器外科)は現状をこう語る。 秋田県内で外科医を志す医師が減っており、2024 年度はたった 2 人だった。 医学部を卒業し、国家試験に合格した医師は 2 年間の臨床研修の後、専門医になるための専門研修を受けるのが一般的だ。 内科、小児科、外科、皮膚科など 19 の専門分野がある。

24 年度に県内で専門研修を受けた医師 48 人のうち、外科を選んだのは 2 人。 25 年度も 49 人中 4 人(うち 2 人は救急の専門医をすでに取得)で、18 年度の 60 人中 10 人の半数以下だ。 しかも、外科研修を終えた後は、消化器、呼吸器、心臓血管、小児といったそれぞれの外科に分かれる。 秋田大の消化器外科へ新たに入る若手医師は少し前まで、ゼロかたまに 1 人、という状況が続いていたという。

消化器外科は、胃や腸、肝臓、膵臓などのがんの手術のほか、虫垂炎や腸に穴が開いた患者などの緊急手術にも対応する。 外科医全体の半数を占めている。 単に「外科」というと消化器外科を指すことが多い。 有田さんが秋田大に着任する 22 年 10 月まで所属していた東京大肝胆膵(かんたんすい)外科では、肝・胆・膵臓の担当だけで 30 人ほどの医師がいた。 ところが、秋田大の消化器外科は、肝胆膵に加えて胃・腸も担当するのに9人しかいない。

手術待ちは 2 カ月「東京ではあり得ない状況」

県内の医療機関では、医師の高齢化により外科の縮小が進む。 このため、手術を必要とする患者が秋田大病院へ紹介されることが増えている。 だが、秋田大病院の手術室の枠には限りがある。 病院全体の手術数が増えたため、消化器外科で手術を受けるまでの待機時間が長くなっている。 例えば、肝臓や膵臓のがんは、2年前は手術待ちは 1 カ月だったが、今は 2 カ月以上に延びている。 膵臓がんは進行が早く、肝臓に転移すると手術が難しくなるため、緊急度は高い。

有田さんは「東大病院では、無理を言って 4 週間以内に手術をしていたが、秋田では難しい。 手術を待っている間に残念ながら肝臓に転移し、手術ができなくなる人も複数いる。 東京の感覚で言えば、あり得ない状況になっている。」と危惧する。

進む高齢化、医師半数は 50 代以上

また、外科医の高齢化も深刻だ。 県南部の横手市にある市立大森病院。 13 診療科、150 床の病床がある地域の病院だ。 12 人いる医師の半数は 50 代以上。 外科医は 2 人とも 6 0代だ。 鼠径(そけい)ヘルニアや胆?(たんのう)摘出、胃がんといった、術後の管理がそこまで大変ではない手術に限って年 40 - 50 件ほどを手がける。 ただ、常勤の麻酔科医がいないので、緊急手術はいつでもできるわけではない。

小野剛院長によると、外科医の高齢化もあり、2 - 3 年後には外科から撤退する予定だ。 手術は近くの大きな病院に担ってもらう。 ただ、外科医がいなくなると、患者への簡単な外科的な処置さえできなくなり、転院が必要となる例が増える。 このため、外科医には引き続き常勤してもらうつもりだ。 小野さんは「秋田のような人口がどんどん減り、若い医者も少ない地域は、特定の病院に外科医を集めて、手術に特化したセンターを作っていかないと立ちゆかなくなるんじゃないか」と話す。

「やりがい」だけでは若手医師は集まらない

秋田大病院の手術室の枠が増えても、外科医がいなければ、手術数を増やすことはできない。 若手医師に選ばれるためにはどうしたらいいのか。 有田さんは、自身が若手医師だったころを振り返る。 医学部を卒業した 1997 年、外科研修の説明会で先輩から言われた。 「まじめじゃないやつはいらない、早く帰りたいやつは来なくていい。」 今ほど良い薬がない時代。 手術で人の命を救う外科は「花形」だった。 外科医になってからの日々は、確かに忙しかったが、「自分にしかできない手技を身につけ、患者や家族から感謝される。 こんなに幸せな職業はない。」と感じた。

だが、いまは「やりがい」だけでは、若手医師は集まらない。 外科は、予定された手術だけでなく、夜間や休日の緊急手術も珍しくない。 抗がん剤などの薬物療法やがん患者の緩和ケアを担うこともある。 長時間労働などが外科が若手に敬遠される主な原因だ。 秋田大消化器外科は、医局員が交代で休みを取れるようにしたり、男性の育児参加を推奨したり、ワーク・ライフ・バランスを重視した働き方を取り入れ始めた。

30 代の男性医師は、小児科医の妻の勤務に合わせ、早めに帰宅する日を設けている。 子供の送り迎えがあるときは、夜の手術を一時的に抜け、他の医師に交代してもらうこともある。 逆に、医師が少ない分、週に 2 - 3 日は高難易度の手術にも関わる。 「ものすごい量の症例を経験できる。 同世代の医師よりキャリアが積めている。」と話す。

とはいえ、現状は大学病院は医師が少なく、診療業務に人を割かれ、研究も十分にはできていない。 県内の医療機関に医師を派遣することは難しい。 手術の集約化は避けられない。 病院で働く医師の給料は基本的にどの診療科でも同じだ。 他の診療科より労働時間は長く、高度な技術を身につけている医師も例外ではない。 海外では外科医の技術を評価し、報酬面に反映する国もある。 有田さんは、「赤字が続く大学病院に医師派遣を求めるなら、外科医の待遇改善もして欲しい」と訴える。 (後藤一也、asahi = 11-20-25)


補聴器で聞こえない重い難聴、人工内耳の選択肢 術後リハビリも大切

耳は、おおまかに外耳、中耳、内耳に分かれ、それぞれの部位の働きが連なって音を感じる仕組みになっている。  音は空気の振動として外耳に届き、鼓膜を震わせ、中耳の耳小骨で増幅される。 さらに内耳の蝸牛(かぎゅう)という器官で振動が電気信号に変換され、聴神経から脳に伝わって音を感じ取る。

耳のつくりと難聴

難聴には二つのパターンがあり、外耳や中耳の機能が正常でなくなると、音が伝わらず小さくしか聞こえない伝音難聴になる。 中耳炎などが原因となる。 一方で、内耳の蝸牛や聴神経がうまく働かなくなるのが、感音難聴だ。 小さく聞こえるだけでなく、音が割れて聞こえたり、響いた感じがしたりする。 遺伝性や、加齢性の難聴があてはまる。 伝音難聴と感音難聴が混ざった混合難聴もある。

人工内耳、手術の対象になる人は

小さくしか聞こえない音を聞こえるようにするには、マイクのような役割の補聴器が有効だ。 だが、感音難聴が進行すると補聴器では聞き取りが悪くなってくることもある。 補聴器で効果が認められない重い難聴の人では、人工内耳という治療法がある。 人工内耳は、体内に埋め込む内部装置と、耳に引っかけるように着ける外部装置から成る。 外部装置が音の情報を処理して内部装置に送る。 すると内部装置が、受け取った信号を蝸牛に挿入された電極に送り、聴神経が刺激されて音を感じられる。

内部装置の埋め込みは、全身麻酔での手術になる。 手術は国内では年間 1 千件ほど行われていて、先天性の難聴や、若年発症の難聴の治療として行われることが多い。 加齢性の難聴で行うケースもある。 国際医療福祉大学三田病院聴覚・人工内耳センターの高橋優宏部長は「人工内耳で聞こえるようになることで、周りとのコミュニケーションが豊かになる。 補聴器では聞こえなくなった感音難聴の人にとっては唯一の、有効な治療選択肢だ。」と話す。

関連学会が人工内耳の適応基準を示しており、成人の場合は、両耳で、裸耳での聴力検査で平均聴力が 90 デシベル以上の重度感音難聴であることや、70 デシベル以上 90 デシベル未満でかつ補聴器を着けても言葉の聞き取りが 50% 以下の高度感音難聴であることなどが条件になる。 重度難聴は自分の耳ではほとんど音が聞こえない、高度難聴は非常に大きな音でないと聞こえないことなどが目安となる。

また、手術では、頻度は少ないが味覚障害などの合併症のリスクがある。 人工内耳の装着者では、MRI 検査や激しいスポーツに制限があるなど、生活上の注意もある。

手術後のリハビリ 「マッピング」で調節

手術すればすぐに順調に聞こえるようになるわけではなく、頻繁な通院でのリハビリが必要だ。 手術後、2 週間後をめどに、まずは装置の電源を入れる「音入れ」が行われる。 さらにそこからリハビリを行う。 リハビリは「マッピング」と呼ばれ、それぞれの耳の状態に合わせ、複数のチャンネルを持つ人工内耳の電極に、どのように電気信号を送るかを言語聴覚士が細かく調節していく作業。 単音節や文章、静かな環境や雑音の中など、様々な条件で聞こえをチェックする。

高橋さんは「最初の聞こえで違和感があっても、回を重ねると以前と変わらない聞こえ方になる人もいる」と話す。 同院では、月 1 回の通院がしばらく続き、安定すると 3 カ月 - 1 年に 1 回程度になる人もいるという。 人工内耳の手術は限られた医療機関でしか受けることができない。 日本耳科学会が 実施施設一覧 を公表している。 (松本千聖、asahi = 11-16-25)


東京都がインフルエンザ警報 11 月は 16 年ぶり、学級閉鎖も相次ぐ

東京都は 13 日、インフルエンザの流行警報を出した。 3 - 9 日に定点医療機関から報告があった患者数が警報基準を超えたためで、11 月までに警報が出されるのは 16 年ぶり。 今シーズンの幼稚園、小中高校などの学級閉鎖や臨時休校は 1,125 件にのぼり、昨シーズン同時期の 99 件と比べて 11 倍超になっている。 都は、こまめな手洗い・消毒やマスク着用といった対策のほか、感染が疑われる際は早めに医療機関を受診するよう呼びかけている。 (浅沼愛、asahi = 11-13-25)

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インフルエンザの流行拡大、注意報レベルに 昨季よりも 6 週も早く

インフルエンザの流行が拡大している。 厚生労働省は 7 日、全国の定点医療機関から報告された直近の 1 週間(10 月 27 日 - 11 月 2 日)の患者数が、1 カ所あたり 14.90 人だったと発表した。 前週 (6.29 人) から 2 倍以上増え、昨季より 6 週早く注意報レベルの「10 人」を超えた。 都道府県別では、25 都道府県で注意報レベルに達した。 宮城が最も多く 28.58 人。 次いで、神奈川 28.47 人、埼玉 27.91 人、千葉 25.04 人、北海道 24.99 人、沖縄 23.80 人と続く。 東京は 23.69 人、愛知は 11.50 人、大阪は 13.33 人、福岡 8.47 人だった。

休校や学年・学級閉鎖をした保育所や幼稚園、小中高校も増えており、全国で 2,307 施設と、前週(1,015 施設)から 2 倍以上に増えた。 感染症に詳しい長崎大の森内浩幸・高度感染症研究センター長は、今季は昨季あまり流行しなかった A 香港型 (H3N2) のウイルスの割合が多いといい、「H3N2 の集団免疫は落ちているため、しばらく感染者数が多い状態は続くのではないか」と指摘する。

手洗いやマスクの着用、せきエチケットなどの対策に加え、「寒くなるとなかなか難しいが、無理のない範囲で部屋の換気もしてほしい」と森内さん。 特に高齢者や持病がある人は重症化しやすいため、「ワクチン接種とともに、こうした人たちと接する際には感染対策に十分気をつけてほしい」と話す。 (土肥修一、asahi = 11-7-25)

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インフルエンザ、過去 2 番目に早い流行 「インバウンド影響か」

季節性インフルエンザが、過去 20 年間のうち 2 番目の早さで流行期に入りました。 なにが原因で、どんな対策が必要でしょうか。 感染症に詳しい新潟大の斎藤玲子教授(公衆衛生学)に今後の見通しを聞きました。

なぜ例年より流行が早いのでしょう?

いま過去最高となっているインバウンド(訪日外国人客)の影響だと思います。 国内で増えつつあり、今後主流となるとみられるのは、A 型 (H3N2) です。 これは台湾、香港で 7 - 8 月から流行したのと同じ型です。 日本政府観光局によると、8 月は台湾から 62 万人、香港から 22 万人が訪日しました。 訪日客だけでなく、夏休みに台湾や香港に行った多くの日本人も、流行地域からウイルスを持ち込んだ可能性があります。

地域ごとに流行状況の違いはありますか?

関東、関西の一部、九州、沖縄で患者が多いようです。 例年、インフル患者は西から東、北の順に増える傾向はありますが、いま患者が多いのは外国人に人気の観光地でもあります。

流行が早いことによる社会への影響としてどんなことが想定されますか?

ウイルスを海外から持ち込むのは大人ですが、まず流行するのは子どもです。 実際、各地で学級閉鎖が報告されており、今後増えていく可能性があります。

感染は短期間に拡大しそうですか?

本格的な流行は、例年通り、12 月末から 2 月ごろだと思います。 今から 11 月にかけて急激に広がるということはないと思います。 理由は、いま流行中の A 型 (H3N2) が、新型で強毒というわけでもなく、変異も例年の範囲におさまるウイルスだからです。 台湾や香港で流行がおさまり、訪日客もピークを過ぎれば、年末までにいったん流行が下火になる可能性もあります。

ワクチン接種は急いだ方がいいのでしょうか?

強毒なウイルスでもないので、流行時期に入ったからといってパニックになる必要はありません。 ただ、寒くなると患者は増えるので、特に子どもや高齢者は、11 月末までに接種した方がより安全かと思います。 子どもには、痛みの少ない鼻に噴霧するタイプのワクチンが昨季から使われているので、活用してみてください。

どんな感染対策が必要ですか?

新型コロナウイルスの流行以降に定着した対策をやっていただきたいです。 人混みに行ったり交通機関を利用したりするときは、マスクを着ける。 具合が悪ければ、職場や飲み会には無理に行かない。 3 密になれば流行しやすいのは、インフルもコロナも同じです。 そして、手洗いを徹底してください。 (聞き手・枝松佑樹、asahi = 10-3-25)