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妊婦の鎮痛剤と自閉症リスク「証拠ない」 専門医が米政権発表に懸念 自閉スペクトラム症 (ASD) は、「臨機応変な対人関係が苦手」、「こだわりが強い」といった特性があるとされる。 米トランプ政権は 9 月、「妊婦の解熱剤が自閉症に関連している」などと発表し、医学界の反発を招いた。 どんな問題があるのか。 米政府の発表は、解熱鎮痛剤に含まれる「アセトアミノフェン」が子どもの自閉症の原因になりうるとして、妊婦への投与を最低限にするよう促すもの。 これに対し、世界保健機関 (WHO) や米国産科婦人科学会は、エビデンス(科学的根拠)は得られていない、などとする見解を示した。 日本でも、米政府による発表の 4 日後の 9 月 26 日に日本自閉スペクトラム学会が、懸念を示す声明を公表した。 学会理事長で、信州大学教授の本田秀夫さんは「ASD は遺伝などの生まれつきの脳神経系の変異と家庭、学校、職場などの生活環境との相互反応によって社会生活に支障をきたす状態と考えられている。 特定の物質や薬剤が原因とする仮説はこれまでも示されてきたが、いずれも決定的なエビデンスは得られていない。」と話す。 米政府の発表は特定の医学論文をもとにしている。 だが、学会の声明によると、アセトアミノフェンと ASD との関連については、関連があるとする研究もある一方で否定する研究もあり、現時点で一致した結果は得られていない。 「科学的なコンセンサスにもとづいたものとは言えない」 アセトアミノフェンは、おなかの赤ちゃんへの影響が少ない薬として、妊婦の解熱や鎮痛に使われることが多い。 妊娠中の発熱そのものが、子どもの神経発達症の原因となる可能性もあるとされ、「高熱が続くデメリットのほうが大きい。 必要な妊婦は医師と相談し、アセトアミノフェンを使うほうがよい」と本田さんは言う。 米政府の発表は、ワクチンとの関連も指摘した。 だが、ワクチンに含まれる水銀化合物(チメロサール)や、はしかなどに対する「MMR ワクチン」との関連を主張する言説は過去にもあり、いずれも大規模研究で否定されている。 学会の声明も、ワクチンを接種しないことによる感染症による健康被害のリスクのほうが高い、と懸念を示した。 米政府はまた、「ロイコボリン」と呼ばれる薬剤が自閉症の治療に効果があると主張した。 ロイコボリンはビタミンの一種「葉酸」の活性型製剤。 学会の声明は「標準的治療薬として推奨できるだけのエビデンスはない」、「当事者や家族に過剰な期待を抱かせるリスクがある」とした。 「いずれも現時点の科学的コンセンサスにもとづいたものとは言えず、当事者や家族を必要な医療や支援から遠ざけるおそれがある。」 声明の最後の「まとめ」はそう指摘し、強い懸念を表明した。 小学校高学年までに子どもの 5% ほどが診断 米政府の発表は、人々の健康を害する「公衆衛生のリスク」とは、別のリスクもはらむ。 過剰に「予防的」な視点に立った内容で、偏見や差別を助長しかねない、という点だ。 発表後、本田さんのもとには「ASD の人はこの社会に存在してはいけない、と言われているようだ」といった当事者の声も届いているという。 本田さんによると、日本では小学校高学年までに子どもの 5% ほどが ASD と診断されている。 「20 人に 1 人と、決して珍しくはない。 必要なのは『どうやって防ぐか』という視点ではなく、社会の理解と支援だ。」 ASD は早期の診断が重要とされる。 周囲の支援を得て、社会で活躍している人は増えている。 発達の特性は長所にもなり得る、と本田さんは強調する。 たとえば、対人関係を苦手とし、一人でいることを好む人は、裏を返せば「独立心があり、人に流されず行動する強さがある」とも捉えられる。 米保健福祉省 (HHS) のケネディ長官は、自閉症と診断される子どもが増えていることに以前から懸念を表明する発言をしており、今回の発表のような動きは今後も出てくる可能性がある。 「当事者や家族を精神的に追い込みかねず、大きな問題だ。 学会として誤解を正す責任があり、今後も ASD に関する正確な情報を発信していく。」と本田さんは話す。 (編集委員・武田耕太、asahi = 12-3-25) ☆
WHO が声明「科学的証拠は存在せず」 自閉症と妊婦への解熱剤投与 子どもの自閉症の原因が解熱鎮痛剤に含まれるアセトアミノフェンの妊婦への投与と関連があるとする米トランプ政権の主張をめぐり、世界保健機関 (WHO) は 24 日、「決定的な科学的証拠は現時点で存在しない」とする声明を公表した。 WHO は声明で、自閉スペクトラム症の人が世界で約 6,200 万人(127 人に 1 人)いるとしたうえで、「正確な原因は解明されていない。 複数の要因が関わっていると考えられる。」と指摘している。 アセトアミノフェンと自閉症の関連について、「過去 10 年にわたって大規模なものも含めて研究されてきたが、一貫した関連性は確立されていない」との見解を示した。 一方で、使用については「医師らの助言に従ったうえで、特に、妊娠中の最初の 3 カ月は、どんな薬も注意して使う必要がある」と呼びかけている。 英国の妊娠と薬に関するウェブサイトでも、「質の高い研究で、妊娠中の使用が子どもに自閉症を引き起こすという証拠はない」としている。 トランプ政権は 22 日、子どもの自閉症の原因が解熱鎮痛剤に含まれるアセトアミノフェンの妊婦への投与にあるとして、最低限の使用にとどめるよう医療機関などに指示したと発表していた。 (後藤一也、asahi = 9-24-25) トランプ氏、デマ同然の「タイレノールは妊婦に有害」発言で波紋 … ワクチンまで否定し医療界パニック ドナルド・トランプ米大統領は 22 日(現地時間)、自身の公式インターネットアカウントを通じ、妊婦に対するタイレノール(一般名アセトアミノフェン)の服用禁止勧告など、医学的根拠のない主張を発表した。 ニューシスによると、妊婦に「タイレノールを飲まないように」と勧告するのは、トランプ大統領がこれまでホワイトハウス記者会見で 12 回以上繰り返してきた内容だ。 米国メディアは今月初めから、トランプ大統領が自閉症に関連する過去に否定された説まで持ち出すのではないかと予想していた。 トランプ大統領は今回、ワクチン接種の時期や種類によって子どもの自閉症が増えるといった、医学的確証のない説も併せて発信した。 新たな研究結果ではなく、古い論文や噂に依拠した内容とみられる。 背景には、自身の「アメリカを再び健康に (Make America Healthy Again)」キャンペーンや、ワクチン反対派の主張を取り入れてきた経緯があると指摘されている。 トランプ大統領は第 1 期政権やコロナ禍でもワクチン義務化や接種時期を巡って物議を醸しており、今回も同様の姿勢を示した形だ。 AP 通信が取材した医学専門家は「極めて無責任」と批判している。 ニューヨーク大学のアート・カプラン生命倫理学教授は「証拠のないデマや迷信を再利用したり、完全な虚偽を健康アドバイスとして無差別に流すような当局者は見たことがない」と断じた。 トランプ大統領は食品医薬品局 (FDA) に対しても「アセトアミノフェンが自閉症リスクを高める可能性を医師に知らせるべきだ」と主張したが、なぜ急に特定の薬を問題視したのか説明はなかった。 一部の研究で「妊婦がタイレノールを服用すると自閉症児を産む可能性がある」との説が出たことはあるものの、懸念は不要とする専門家も多い。 ペンシルベニア大学の自閉症専門家デイビッド・マンデル教授は「エビデンスは乏しい」と指摘する。 タイレノールは世界で最も広く使われる解熱・鎮痛剤の一つで、妊娠中も比較的安全とされ、薬が制限される妊婦の発熱や痛みに使われてきた。 しかしトランプ政権内の一部保健当局者は、アセトアミノフェンを妊婦が使うリスクについて懸念を表明した。 妊婦・胎児医療の専門家は「今回の主張は妊婦に混乱と害をもたらす極めて無責任な発言だ」と批判している。 タイレノール論争の影響で、同薬を扱う製薬会社ケンビューの株価は 22 日に 7.5% 下落した。 同社は同日「タイレノールと胎児の自閉症リスクに関連はない」とする声明を発表し、逆に「必要なときに服用しないことで高熱や他の薬剤使用によるリスクが高まる」と警告した。 (有馬侑之介、江南タイムズ = 9-23-25) |