パナ、ドラム式洗濯機国内生産 1.5 倍 久々の白物投資

パナソニックが、乾燥機能付きのドラム式洗濯機の生産を強化する。 コロナ禍でこまめに衣服を洗う人が増え、買い替えも含めて販売が伸びているからだ。 静岡県にある工場の生産能力を 2022 年度までに 1.5 倍に引き上げる。 国内で白物家電分野への設備投資は 10 年以上ぶりという。 パナソニックはドラム式洗濯機の国内販売で約 5 割のシェアを持つ。 製造を担う静岡工場(静岡県袋井市)は昨年 4 月以降、フル生産を続けるが、供給が追いつかない。 菌などを抑える効果があるとする同社の技術「ナノイー」を搭載した上位機種や温水洗浄ができる機種が売れ、一部の家電量販店では入荷 2 カ月待ちのものもあるという。

同社は需要が拡大している理由として、コロナ禍で外で着た服を洗濯する回数や、外干しを避ける人が増えていることを挙げる。 足元では花粉対策で乾燥機能への関心が高まっていると分析している。 こうした状況から、静岡工場に約 30 億円を投じて新たな製造ラインを設けることなどを決めた。 この秋から順次稼働させ、商品を安定的に供給する計画だ。

同社は 2010 年代に入る頃まで白物家電に設備投資してきたが、その後は中韓メーカーの台頭や人口減少を背景に控えてきた。 コロナ禍での需要に加え、タテ型よりも節水でき、乾燥も標準的な使い方で 1 回 25 円ほどのドラム式は、洗濯の負担軽減を求める単身や共働き世帯での需要も見込まれ、今回の生産増強に踏み切った。 「非成長領域に位置づけられた家電への大型投資は久しぶり。 コロナ禍で家電事業の価値も見直された。(幹部)」という。

一方で、新たな商品開発や海外販売の拡大も進めていく考えだ。 ネットに接続され、利用状況を把握できる同社の洗濯機は全国に 50 万台弱ある。 コロナ禍での使い方のデータなども今後の開発に生かすという。 アジアの展開にも力を入れ、今年 1 月にはベトナムにある工場の生産能力を増強。中国では外資系メーカーとして販売シェアで首位になる目標を掲げている。 堤篤樹事業部長は「ドラム式はコロナ禍での新しい生活様式に合致しており、商品開発とものづくりの両輪で、しっかりと普及させていきたい」と話す。 (西尾邦明、asahi = 4-11-21)


ニコン一眼レフ、国内生産終了へ 「こだわり苦境招く」

カメラ大手のニコンは、一眼レフカメラ本体の国内での生産を年内で終了します。 「F5」、「D1」など高く評価される製品を生み出し、長年にわたって一眼レフ市場をリードしてきた会社だけに、カメラ業界が直面する苦境の象徴と言える出来事です。 調査会社 BCN の道越一郎・チーフエグゼクティブアナリストに、その背景を聞きました。

Q : ニコンによる国内生産の終了をどうみていますか。

A : ニコンでは、すでにタイの工場が主力になっていました。 BCN の調査では、2020 年のデジタルカメラ国内販売台数のシェアはキヤノンが 1 位 (36.8%)、2 位はソニー (19.5%)。 ニコンは 3 位 (12.6%) です。 国内市場でもシェアを落としており、コストを軽くするためにも完全な生産移管が必要だったのだと思います。

Q : 「メイド・イン・ジャパン」のデジタル一眼レフカメラは国際的にも評価が高かったはずですが。

A : 最大の要因は、間違いなくスマートフォンの性能向上です。 スマホに組み込まれたカメラの性能が劇的に良くなり、あえてカメラを持ち歩く理由が無くなってしまいました。 最初に影響を受けたのはコンパクトデジカメで、スマホに市場を奪われ売れなくなりました。

Q : 残ったのが高性能機ですね。

A : ニコンとキヤノンが世界の二大巨頭として長年君臨していた分野で、プロの写真家のほとんどがこの 2 社の機器を使っていました。 しかし、ここではソニーが台頭します。 従来の一眼レフと比べコンパクトなミラーレス機で「フルサイズ」と呼ばれる大型の画像センサーを搭載した「α7」シリーズを 13 年に売り出し、一気に存在感を高めました。

Q : ニコンやキヤノンはどう対抗したのでしょう。

A : 両社ともミラーレスの商品を売り出しましたが、当初はデジタル一眼レフと比べて機能面で劣る入門機が中心でした。 結局のところ、2 社はミラーレス市場を甘く見ていたのではないでしょうか。既存の一眼レフ商品といかに需要を食い合わずにすませるか、相当悩んだのだろうと思います。 キヤノンはかろうじて追いつけましたが、ニコンは完全に出遅れたという印象です。

Q : その差はなんだったのでしょう。

A : ニコンの前身、日本光学工業の一眼レフカメラ「ニコン F」以来続いてきた独自のレンズマウント(カメラ本体とレンズの接合部分)だと思います。 ニコン F は 1959 年に発売され、「伝説の名機」と呼ばれました。 ライバルのキヤノンはレンズマウントを変更しましたが、ニコンは変えませんでした。 現実には、フィルム時代と同じレンズをデジタル一眼レフでも使い続ける人はそう多くはありませんでしたが、ニコンらしさへのこだわりをそこに求めたのかもしれません。  ニコンも結局、18 年に新たなレンズマウントを採用した高級路線のミラーレス機「Z」シリーズを売り出すわけですが、「F マウント」があったことで、ミラーレス市場への初動対応が中途半端になってしまったのではないでしょうか。

Q : いまは好調にみえるソニーも、今後はスマホとの勝負を迫られるのでしょうか。

A : 高性能カメラを買う動機になっていたのが、子どもの運動会や卒業式などのイベント、外出や旅行でした。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大でこれらがなくなってしまい、高性能カメラも「不要不急」になりました。 落ち込んだ需要をどう取り戻すか、まさに正念場を迎えています。 (伊藤弘毅)

カメラの将来は?

カメラの将来はどうなるのでしょうか。 日本カメラ博物館(東京)の山本一夫学芸員は「若者」、「女性」、「動画」が復権のカギだといいます。 スマホの台頭でカメラを買う人が減っているのは事実ですが、写真をとる機会は増えています。 そこにカメラ復権のチャンスがあると考えています。 私たちの博物館は、カメラ好きの玄人の利用が多く、かつては中高年男性ばかりでしたが、近年、20 - 30 代の若い方や女性が増えてきています。 そのなかには、スマホをきっかけに写真の魅力に開眼した方が少なくありません。

さらに、大きな可能性を秘めているのが動画です。 最近のデジタルカメラは、映画やテレビなど動画のプロでも使うほど性能がよく、かつてより価格も下がっています。 スマホでも動画はとれますが、ユーチューブへの投稿など本格的に動画を撮影しようと思ったら、スマホでは物足りなさを感じるのではないでしょうか。 スマホの利用にとどまっている人に、カメラを購入してもらえるような橋渡しが今後のカギになります。この三つのキーワードをうまくとらえることが、重要なポイントだと思います。 (土屋亮、asahi = 4-2-21)


キオクシア買収、米大手が検討 実現ならサムスンに匹敵

半導体大手キオクシアホールディングス (HD) の買収を、米半導体大手 2 社がそれぞれ検討している、と米紙が報じた。 キオクシア HD は、かつての東芝メモリ HD。 買収が実現するようだと、その規模は業界首位の韓国サムスン電子に匹敵する。 半導体は、人工知能やビッグデータなどを幅広く生かすデジタル社会の実現に欠かせない。 米国政府が、中国との対立を踏まえて半導体産業の強化を進めている中であり、合従連衡が進むか、注目される。

米紙ウォールストリート・ジャーナルによると、買収を検討しているのは、米マイクロン・テクノロジーと米ウエスタンデジタル。 キオクシア HD の企業価値を 300 億ドル(約 3.3 兆円)と見積もっており、買収は今春にも成立する可能性がある、と報じている。 ただ、関係者のあいだには各国の独占禁止当局による審査や経済安全保障の観点から買収のハードルは高い、との見方もある。 キオクシア HD の母体はは東芝メモリ HD。 東芝が米原発事業の失敗で経営危機に陥った際、半導体メモリー事業を分社化した。

現在、スマートフォンなどのデータ保存に使う NAND (ナンド)型フラッシュメモリーで世界 2 位。 株式の 6 割近くは米投資会社のベインキャピタルが、およそ 4 割は東芝が保有する。 東証に昨年 10 月に上場する予定だったが、延期になっている。 米紙の報道について、キオクシア HD の広報は「コメントを差し控える。 適切な時期に新規上場をめざす方針に変わりはない。」としている。 米バイデン政権は 2 月、半導体などの供給網の安定に向けた対策の検討を命じる大統領令に署名するなど自国の半導体産業の強化を図っている。 (ニューヨーク = 真海喬生、鈴木康朗、asahi = 4-1-21)


日立が米グローバルロジック買収へ、1 兆円規模、株価反落

→ 株価は昨年 3 月 30 日以来 1 年ぶりの日中下落率 - 7% 安の 5,018 円
→ グローバルロジックは社員 2 万人超、世界 14 カ国で事業を展開

日立製作所は米システム開発会社のグローバルロジックを総額 96 億ドル(約 1 兆 500 億円)で買収すると日本経済新聞が電子版で 31 日に報じた。 電機業界では過去最大級になると伝えている。 報道を受けて日立の株価は反落。 一時前日比 7% 安の 5,018 円と、昨年 3 月 30 日 (8.7%) 以降で最大の日中下落率となった。 日経の報道によると、7 月をめどに既存の株主から全株式を取得し米国で情報技術 (IT) 事業を統括する日立グローバルデジタルホールディングスの傘下に置くという。

グローバルロジックの株式は、カナダ年金制度投資委員会 (CPPIB) とスイス拠点の投資ファンド、パートナーズ・グループがそれぞれ 45% ずつ、残りを同社の経営陣らが保有していると同紙は伝えている。 日立はインフラや IoT プラットフォーム「ルマーダ」との親和性が高い IT 分野に経営資源を集中させるグループの再編を進めており、2020 年にはスイス重電大手の ABB から約 7,400 億円で送配電事業を買収した。 一方で、ルマーダと関連性の低い非中核事業の売却を進めており、20 年に子会社だった日立化成の全株式を約 9.641 億円で昭和電工に売却したほか、日立金属の売却も進めている。

サプライズはない

ブルームバーグ・インテリジェンスの北浦岳志シニアアナリストは、ルマーダ関連事業に注力する中で事業の買収も検討するという話はこれまでに出ており、「大きなサプライズはない」との見解を示した。 その上で、巨額の買収額について「日立金属売却の話もあるため、全体の子会社整理の中で新たなルマーダという成長戦略を掲げるところに投資するのはそれほど違和感のない話」と述べた。

グローバルロジックのウェブサイトによると、同社は 2000 年に創立。 世界 14 カ国で 2 万人超の従業員を抱えており、パナソニックやスウェーデンのボルボなど 400 社超の顧客基盤を持つ。 日立広報担当の田中隆平氏はブルームバーグの取材に対し、事実関係を確認中だとしてコメントを控えた。 (稲島剛史、日向貴彦、Bloomberg = 3-31-21)


魔法のアイススプーン開発 あの「カチカチ」に出会って

カチカチに冷えたアイスクリームにも、このスプーンは滑らかに入っていく。 素材は金属ではなく、航空宇宙業界で用いられている。 逆風のなか、新事業の模索を続けていた中小の金属部品メーカーが開発した、人呼んで「魔法のようなアイスクリームスプーン」。 あの「カチカチ」が誕生のきっかけだ。 岐阜県東部の中津川市にある鈴木工業で、「魔法」の力を体感した。 スプーンは、指先でちょんとつまめるサイズで、長さ 11 センチ、幅 2.15 センチ、厚さ 2 ミリ。 重さは 6 グラム。 凍った板状の氷に、同社が手がける「WARM TECH SPOON」を挿すと、氷が溶け先端が滑らかに入っていった。

手のぬくもりで滑らかに溶ける

このスプーンは、炭素繊維強化プラスチック (CFRP) のなかでも、熱の伝導率が高く、強度と軽さを兼ね備えた素材を加工してできている。 炭素繊維の重ね方を工夫しており、手のぬくもりを伝えていく。 冷凍庫から取り出したアイスが硬く凍っていても、滑らかに溶けて、すぐに食べることができる。 企画開発室室長の多賀雅彦さん (56) が 2014 年ごろ、新幹線で感じた出来事が開発のきっかけだ。

鈴木工業はリーマン・ショック後、取引先の大手メーカーが次々と海外に生産拠点をシフトし、国内の空洞化に直面していた。 余力があるうちに新しいチャレンジをしよう - -。 鈴木正樹社長の号令で 11 年に企画開発室ができた。 多賀さんたちメンバーは、見本市やセミナー、工場見学で各地を飛び回り、新事業の模索を続けていた。 下請けの仕事から脱却し、顧客に喜んでもらえるような最終製品をつくることも目指していた。

新事業に奔走、新幹線でヒント

多賀さんはアイスクリーム好きだ。 ある時、東京出張からの帰りに東海道新幹線の車内販売でアイスを買い、プラスチック製のスプーンで食べようとした。 ところが、「あちこち歩き回りヘトヘト。 ほっと一息をつきたいのにアイスがカチカチで …。」と笑う。 東海道新幹線で車内販売されている、スジャータのアイスは、一般的なものより空気の含有量が少なく、濃厚でなめらか。 密度が高く硬くなりやすいうえ、ドライアイスで冷やして車内販売しており、「カチカチ」すぎるところも評判の人気商品だ。

「すーっと食べられる、格段にいいスプーンがあったらいいな」と多賀さん。 1 年以上かけて商品開発に取り組んだ。 スプーンの素材は当初、樹脂や金属を検討した。 ちょうど航空機業界への参入の可能性も探っていた。 業界で注目を集めていた CFRP の特性を、スプーンに生かすことをひらめいた。

航空業界で注目の素材

CFRP のノウハウにたけた横浜市の会社と共同研究。 この会社から CFRP の板を購入し、難しい素材も取り扱える自社の工作機械で切断加工した。 15 年に発売し、「魔法のようなアイスクリームスプーン」のキャッチフレーズで売り込んだ。 税抜き 5 千円と高価だが、百貨店の催事での実演が反響を呼び、オンラインなども含めて、累計 1 万本以上を販売した。 昨年 9 月には、アイスがすくいやすいように形状を工夫した新商品を発売した。 CFRP の板の成形から最終加工まで、自社完結でつくった商品だ。 コロナ禍で百貨店などでの「実演」を通してアピールできずにいるが、食べやすく、価格も税抜き 3 千円に抑えた自信作だ。

培った技術「次のビジネスの柱に」

多賀さんたちは今、培ってきた CFRP の技術を生かしてつくった部材を、半導体製造装置向けとして採用してもらえないかなど、新たな提案に力を入れている。 多賀さんは「自分たちにしかできない技術を身につけ、うまく転用していく。 ビジネスとして次の柱をつくっていきたい。」と意気込んでいる。 (近藤郷平、asahi = 3-25-21)

〈鈴木工業〉 岐阜県中津川市。 1938 (昭和 13)年、木工所として創業。 機械金属製品や住宅用の基礎に使う型枠などを製造している。 農業や一般消費者向けの商品開発など、新事業への取り組みに力を入れている。 資本金 7,500 万円。従業員数は約 80 人。


液晶テレビでシャープが初めて首位陥落 東芝が奪取

液晶テレビの国内販売台数のシェアで、ブランド別ではシャープが 16 年超にわたり維持してきた首位から陥落した。 3 月第 1 週(1 - 7 日)は、中国家電大手の海信集団(ハイセンス)が手がける東芝ブランドが 21.2% と初めてトップに立ち、シャープは 21.0% の 2 位にとどまった。 「東芝」の知名度と低価格戦略が奏功した。 シェアは調査会社 BCN が家電量販店などの販売データをとりまとめ、算出した。 液晶テレビのシェアを調べ始めた 2004 年 10 月第 1 週以来、16 年と 21 週でシャープの連続首位記録が途絶えたことになる。

東芝のテレビ事業は経営危機のあおりで 18 年、ハイセンスに買収された。 ハイセンスは、日本国内では消費者になじみのある「東芝」ブランドをそのまま使用。 自前の「ハイセンス」と二つのブランドを両立させる戦略をとる。 価格は、もともと画面サイズ 1 インチあたりでみると東芝とシャープは同水準だったが、「19 年の年末商戦から東芝が価格をより重視してきた。(BCN の道越一郎氏)」 BCN によると、東芝が今年 3 月第 2 週(8 - 14 日)では 1 インチあたり 1,400 円と過去最低まで下がったのに対して、シャープは 1,600 円台だった。

シャープは 01 年に「アクオス」を売り出すなど、液晶テレビの先駆け的メーカーだ。 04 年には亀山工場(三重県亀山市)を稼働させて「世界の亀山モデル」を前面に押し出し、国内の出荷台数で 05 年には液晶テレビがブラウン管を逆転する原動力となった。 経営不振に陥って 16 年に台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入った後も、国内では首位を保ち続けていた。 シャープはシェア逆転を受けて、「今後もお客様にご満足いただける商品を創出し、需要創造に取り組んでまいります」とコメントした。

東芝ブランドのテレビを手がける TVS レグザ社は「世界各国でテレビを販売するハイセンスの調達力を生かして、価格競争力がついてきた」としている。 (鈴木康朗、asahi = 3-24-21)

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東芝テレビはいま外資 中国ハイセンス、国産神話に風穴

シェア 1 割 - -。 外資系のテレビメーカーにとって、そこが日本市場の「国境」だった。 価格で攻めれば「安物」と退けられ、機能で肉薄してもブランド力で負けた。 世界市場では強者の韓国サムスン電子は撤退、LG 電子も苦戦した。 だが、磯辺浩孝 (59) はこの国境を踏み越えつつある。 磯辺が日本法人の副社長を務める中国の家電大手ハイセンスが日本でテレビを売り出したのは 2011 年。国内ではリーマン・ショックの打撃をうけてパイオニアや日本ビクターが既にテレビ事業から撤退。 踏みとどまった日立製作所や東芝なども事業縮小にかじを切っていた。 一見、チャンスのように思えたが、現実は違っていた。

以前は別の海外メーカーで営業を担当した磯辺は、家電量販店が自分たちの製品を扱うのは「安さ」が理由で、ブランドは二の次だと肌で知っていた。 ハイセンスの日本進出とともに営業部長に就いたが、量販店には「何で今ごろ参入するの」とけげんな顔をされた。売り上げは伸び悩んだ。 日本では家電の中でもテレビは常に「王様」だった。 1950 年代に売り出された白黒テレビは「三種の神器」の一角を占め、戦後復興を象徴した。 その仕上げにも位置づけられた 64 年の東京五輪は、発売されて間もないカラーテレビが茶の間に届けた。 消費者の「メイド・イン・ジャパン」信仰は根強く、海外メーカーの製品は売り場の確保さえままならなかった。

18 年、転機が訪れた。 米国での原発事業の失敗のために経営危機に陥った東芝がテレビ事業の売却に踏み切った。 東芝は、日本企業で初めてカラーテレビを生産した老舗。 高い画像処理技術を持っていた。 「のどから手が出るほどほしい技術だった。」 ハイセンスが東芝から買い取った価格は 129 億円。 「たたき売り」とも評された。 買収の効果はてきめんだった。

東芝から手に入れた技術 店の反応は変わった

「画像がきれいになった。」 東芝の画像処理技術を載せはじめた 18 年 12 月以降、家電量販店の反応が変わった。 販売の数字も伸びた。20 年に入るとハイセンスの国内販売シェアは 10% 前後で推移した。 台数ベースでは、国内大手を上回る月も一度や二度ではなかった。 世界で展開するハイセンスにとって、日本市場は必ずしも大きくはない。 利益率も高いわけではない。

しかし、日本の消費者に評価されたブランドというのは、世界市場で売り文句になる。 磯辺は言う。 「高機能の商品がしのぎを削る日本だからこそ、手軽な値段できれいに映る、コストパフォーマンスに強い我々が付け入る隙がある。」 東芝が育ててきた「レグザ」ブランドは、いまハイセンスの手中にある。 東芝時代と変わらぬブランド名に加え、東芝の経営危機に伴って途絶えていたテレビ CM も昨年からは復活させた。

家電業界の動向を調査する BCN のアナリスト、森英二 (49) は若者世代の購買行動の変化を感じている。 「以前から知っているブランドの商品かどうか、あまり気にしない。 一方で、価格に見合っているのかシビアになっている。」 その時流にハイセンスがのっていると分析する。 価格が高くても、それだけの価値があれば家電は売れる。 そんな企業もある。

「枯れた市場」に新風

年の瀬も押し迫った昨年 12 月 16 日、新興家電メーカー・バルミューダ社長の寺尾玄 (47) は、東京都中央区の東京証券取引所にいた。 自宅を「本社」に、たった一人で起業してから 17 年。 東証マザーズへの株式上場を果たした。 10 年前に売り出した扇風機、5 年前に発売したトースター。 いずれもヒットした。

3 千円もしない商品が店頭に並ぶ中、バルミューダでは扇風機が 3 万円台、トースターが 2 万円超。 だが、売れた。 この分野は大手がこぞって商品を展開し、新たな技術開発の余地が少ない「枯れた市場」とみられていた。 寺尾は扇風機では「自然界と同じような風」を目指し、トースターでは表面がパリッとして中では水分をたっぷり含んだ「世界一のトースト」にこだわった。 試作で焼いたパンは 5 千枚以上。 「強みは企画。自由な発想」と寺尾は言う。

自社工場を持たないバルミューダは、製品の開発に特化して、製造自体は外部に委託する。 企画力こそを武器とする。 デザインも重視する。 トースターでは、2千もの案の中から練り上げ、欧州のかまどを想起する意匠にたどりついた。 パナソニックの創業者・松下幸之助はかつて、商品を大量に生産・供給することで価格を下げ、人々が水道の水のように容易に商品を手に入れられる社会こそ豊かさがあるとして、「水道哲学」を掲げた。 寺尾の目指す道は、一見それとは相反する。 寺尾は言う。 「値段は高いと言われるが、数字に表せない高い付加価値を支持して頂いている。」 家電の価値が、便利さや豊かさであるのならば、それは原点回帰のようでもある。 = 敬称略 (鈴木康朗、asahi = 3-8-21)


半導体供給リスク広がる スマホ・車・パソコン向け品薄

半導体の供給網リスクがスマートフォンやパソコンなど幅広い分野に及んでいる。 米テキサス州で 2 月に発生した大規模停電を受け、スマホ向け半導体などで世界 5% の生産シェアを持つ韓国サムスン電子の現地工場が操業を停止。 半導体不足に拍車がかかり電子機器の生産に影響が出始めている。 17 日にはホンダが減産を表明するなど調達難の長期化は経済回復にも水を差しかねない。

「半導体部品の需給のアンバランスは非常に深刻。」 サムスンが 17 日に開いた定時株主総会。 スマホ部門トップの高東真(コ・ドンジン)氏は自社のスマホ生産に支障が出ていることを認めた。 同社はテキサス州オースティンに工場を構えるが、寒波の影響で 2 月 16 日から操業停止が続く。 同工場は米クアルコムの通信用半導体を受託生産するほか、有機 EL パネルやイメージセンサーの駆動用半導体などを手掛ける。 スマホの基幹部品を手掛けるクアルコムの供給難は幅広いスマホメーカーに影響を及ぼすほか、有機 EL パネルをサムスンから調達する米アップルのスマホ生産にも支障が出る可能性がある。

台湾の調査会社トレンドフォースによると、12 インチウエハーを用いる世界の半導体受託生産工場の生産容量(ウエハー処理能力ベース)のうち、サムスンのオースティン工場は約 5% を占める。 停止の影響で 4 - 6 月期の世界のスマホ生産が 5% 減る見通し。 高速通信規格「5G」対応スマホに限れば 3 割の大幅減となる。 サムスンは工場の復旧を急ぐがまだ再稼働のメドはたっていない。

テキサス寒波はスマホ以外にも影を落とす。 車載向けなどに強いオランダ NXP セミコンダクターズ、独インフィニオンテクノロジーズなどの半導体工場も 2 月に一斉に操業を停止した。 NXP は同州内の 2 工場を再開したが、約 1 カ月分の生産が失われたとの声明を発表した。 米テスラは部品不足の影響で 2 月末にカリフォルニア州の工場の生産を一時休止。 ホンダも 17 日、半導体の調達難などがあるとして米国とカナダの 5 工場の操業を 22 日から 1 週間休止することを明らかにした。

主要な半導体生産メーカーがサムスンと台湾積体電路製造 (TSMC) など特定の受託生産企業に限られるなか、一つの工場の停止はさらに広範に影響を及ぼしていく。 スマホに使われる通信や有機 EL パネル向けの半導体が不足すれば、「顧客は別の通信半導体メーカーや液晶パネルを使ったスマホの生産を増やして補うことになる。(海外半導体メーカー幹部)」 そうなれば TSMC など受託生産各社への発注は一段と混み合う。 あおりをうけている業界のひとつがパソコンだ。

「いくら供給しても需要に追いつけない。」 台湾パソコン生産大手の宏碁(エイサー)の陳俊聖・最高経営責任者は 3 日、厳しい表情を浮かべた。 「社員は毎日、部品確保に駆けずり回っている。 パソコン業界ではこれまでにないことが起きている。」 同社は受注に対し、供給がわずか 3 割にとどまる深刻な状況だ。 同華碩電脳(エイスース)も「パソコン用の半導体と液晶パネルが需要に対して 3 割も足りない」という。 1 - 3 月期の出荷は今年最大の落ち込みとなる見通し。 台湾企業はパソコン生産で世界の 8 割強のシェアがあり、今後のパソコン市場に一段と影響を与える可能性がある。

在宅勤務や遠隔授業向け需要が好調で「大手パソコンメーカーの生産計画は好調だった 20 年をさらに上回る。(海外半導体メーカー幹部)」 スマホでは中国・華為技術(ファーウェイ)の苦境を受けて、小米(シャオミ)や OPPO (オッポ)などライバルの中国勢が活発な調達を継続している。 微細化の度合いでかぶる半導体も多く、結果的に製品の枠を超えた取り合いが起きている。 液晶パネルも品薄の危機にある。 パネル大手のジャパンディスプレイ JDI) の担当者は「半導体の値上げをのまないと製品が作れなくなるが、どこまで製品価格に転嫁できるか見通せない」と話す。 ディスプレーを動かす半導体が足りておらず「調達は 4 月が山場になりそうだ」と漏らす。

半導体はシリコンウエハーに微細な回路を描くために様々な加工工程を経る必要がある。 一般的に生産開始から出荷まで 2 - 3 カ月程度かかることが多く、急な発注への対応は難しい。 半導体不足は長引くとの声は多く、米ゼネラル・モーターズ (GM) は 2 月、減産で 21 年に最大 20 億ドル(約 2,200 億円)の利益を失う見通しと発表した。 (龍元秀明、ソウル = 細川幸太郎、台北 = 中村裕、nikkei = 3-18-21)

前 報 (1-18-21)


暗闇に浮かぶ避難階段 太陽光蓄え光る特殊塗料

電気がなくても夜間に見える「光る避難階段」が岩手県山田町にできた。 元々あった避難階段に、太陽や蛍光灯の光を蓄えて光る「蓄光塗料」を塗ったもので、暗闇の中でも人の目で見える明るさを 12 時間以上保つ。 塗料は、県工業技術センターの元研究者穴沢靖さん (66)、同県一関市の塗装会社社長佐々木謙一さん (58)、盛岡市の蓄光顔料メーカー東北エヌティエスが協力して開発。 既存の蓄光塗料との大きな違いを穴沢さんは「発光時間が長く、屋外のコンクリートなどにも塗れ、雨や紫外線にさらされても 10 年、15 年はもつ耐久性」と説明する。

穴沢さんは津波で大きな被害を受けた同県宮古市出身。 佐々木さんは東日本大震災の時、自宅があった同県陸前高田市で妻を亡くした。 「今まで培った技術や知識を減災に役立てないか」という 2 人の考えが一致し、蓄光塗料の開発に挑んだ。 避難階段の他、グループホームのスロープや非常口にも試験的に蓄光塗料を塗るなど、活用法を探っている。 (福留庸友、asahi = 3-13-21)


1 瓶から 7 回接種の注射器、国内で生産へ テルモが開発

医療機器大手のテルモは、米ファイザー製のワクチン 1 瓶から 7 回接種できる注射器を開発した。 3 月末から生産を始める。 国内で使う通常の注射器では 1 瓶から 5 回しか接種できず、6 回打てる特殊な注射器も不足している。 ワクチンの供給が限られる中、接種回数をどう増やすかが課題となっている。 一般的な注射器は針の取り外しが可能だが、今回の注射器は針と直接つながっているため、注射器内に残って無駄になる溶液を最小限に抑えられるという。

厚生労働省が 5 日に製造販売を承認した。 注射器は 2009 年の新型インフルエンザが流行した際に開発したワクチン向けのもの。 ファイザーのワクチンは、針を垂直に深く刺す、筋肉注射が必要だ。 テルモは今年 2 月下旬に開発を始め、針の長さを 13 ミリから 16 ミリに伸ばして、筋肉まで確実に到達できるように改良した。 テルモの甲府工場(山梨県昭和町)で、21 年度には 2 千万本製造する見込み。 22 年度は設備を増強して、生産量を増やす予定という。 (江口英佑、asahi = 3-9-21)

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コロナワクチン 6 回接種 OK の注射器 ニプロ、大幅増産

医療機器大手のニプロは 18 日、米ファイザー製の新型コロナウイルスワクチンを、1 瓶で 6 回接種できる特殊な注射器を大幅に増産すると明らかにした。 国内に出回る通常の注射器だと 5 回分しかとれないため、貴重なワクチンを有効活用する手段として、政府から増産を要請されていた。

増産するのは「ローデッドタイプ」と呼ばれる注射器。 液剤を押し出す先端部分が突起状になっているため、薬剤が注射器の中に残らず、最後まで使い切れる。 4 - 5 カ月かけてタイの工場の設備を増強し、製造能力を現在の月 50 万本から、数百万本に引き上げる。 増産分は 9 - 10 月ごろに国内に届く見通し。 ニプロは 1 月下旬に厚生労働省から増産の要請を受け、対応を検討していた。 政府はファイザーから年内に約 1 億 4,400 万回分(約 7,200 万人分)の供給を受ける契約を結んでいる。 (井東礁、asahi = 2-18-21)


町工場の新入社員が素人目線で作った商品、国際見本市でグランプリ

小さな町工場のアイデア商品が注目の的に - -。 金属加工を手がける岐阜県大垣市の有限会社「早野研工」が製造したキャンプ用品のたき火台が、東京都内で 2 月に開催された国際見本市のコンテストでグランプリに選ばれた。 簡単な構造で、組み立てやすいことなどが評価された。 開発したのはアウトドア初心者の新入社員で、「誰でもすぐ使えるように」という素人目線が奏功した。

受賞した見本市は「第 91 回東京インターナショナル・ギフト・ショー春 2021」。 国内外の約 1,400 社が「衣・食・住・遊」の分野で出展。 コンテストでは、来場したバイヤーの投票結果を基に、有識者やデザイナーらが審査し、グランプリを選んだ。 「町工場でも、やればできる。 挑戦を続けてきたことが認められた結果となり、とてもうれしい。」 最高の栄誉に輝いた同社の総務取締役、早野悦子さん (49) が、感無量の表情を浮かべた。

同社はもともと、企業間取引のビジネスにとどまっており、頼まれたものをただ造るような感じだった。 「守りの姿勢ではいけない。 ものづくりの魅力をアピールしよう。」 5 年ほど前、方向転換を図り、一般消費者向けの事業を始めた。 その過程で、金属加工のノウハウを生かして厚さ 6 ミリの調理用鉄板「極厚プレート」を編み出し、昨年夏にふるさと納税の返礼品に登録されると、反響を呼んだ。 キャンプブームを再確認し、関連のたき火台の開発にも乗り出した。

そこで担当を任されたのが、同社の経営姿勢に共鳴して入社した新人の松井勇樹さん (22)。 キャンプの知識や金属加工の技術が備わっていないところからのスタートだったが、「素人でも気軽に使える」という視点を大事にして、試行錯誤を重ねた。 3 か月の製作期間を経て昨年 11 月に完成させたのが「Fire Base (ファイアベース)」だ。 2 枚のパーツをクロスさせると自立する簡単な構造で、基本のパーツはひとまとめに収納できる。 特にこだわったのが、鉄板を下から支える五徳のパーツで、スムーズに取り付けられる上、ぐらつかないようにするための調整に苦労したという。

価格(税別)は「S」が 1 万 1,000 円、「L」が 1 万 5,000 円。 インターネットで資金を募るクラウドファンディングで、昨年 12 月下旬から今年 2 月中旬まで予約販売したところ、目標額の 20 倍を超える約 600 万円を売り上げた。 同社は今後も、アウトドア関連のシリーズ商品の開発を続ける方針だ。 早野さんは、「時代にマッチした消費者向けの製品を次々と打ち出すことで、『面白いことをやっている会社』と思ってもらえれば」と力を込めた。 (nikkei = 3-2-21)


1,600 度の超高温溶融で乾電池を 100% リサイクル、JFE 条鋼が着々と実績

JFE 条鋼(東京都港区、渡辺誠社長、03・5777・3811)は、使用済み乾電池のリサイクル事業で自治体への提案を強化する。 電気炉を使えば残渣がなく、低コストで 100% 再生利用できる特徴を訴求し、乾電池の調達量を増やす。 同社は 1 月末に乾電池のリサイクル量が、累計 8 万 2,000 トンを超えた。 家庭から出る乾電池のリサイクルに限ると推計シェアは 25 - 30% まで高まっているという。廃棄物を安定的に調達し、再資源化事業を普通鋼に並ぶ収益の柱に育てる。

鹿島製造所(茨城県神栖市)で積極的に自治体に提案し、東日本地区でのリサイクル量を伸ばす。 入札契約を視野に、組合などにも理解の促進を進める。 一大市場の首都圏を擁し、潜在的な需要が見込める東日本地区の強化が課題だった。 JFE 条鋼は乾電池リサイクルを 2003 年度に水島製造所(岡山県倉敷市)、17 年度に鹿島製造所で始めた。 これまでのリサイクル量の内訳は、自治体・組合から(一般廃棄物)が約 5 万 8,000 トン、企業から(産業廃棄物)が約 2 万 4,000 トンで、単 3 形電池換算で 36 億本程度になるという。 実績のある自治体・団体は 300 を超す。 取り扱い実績の比率は直近 1 年間で水島が 65% で、鹿島は 35% となっていた。

各製造所は製鋼用電気炉を持ち、1,600 度 C の超高温溶融で乾電池を 100% リサイクルできる。 原料別の解体・選別が不要で、残渣が発生することで埋め立て処分を要する事業者に比べて、環境負荷と費用を低減できるのが特徴だ。 乾電池は主にジャケット部が鉄、正極がマンガン、負極が亜鉛で構成される。 一般焼却炉では従来、残渣が発生し、処理が困難とされてきた。 いずれの資源も日本では輸入に依存するため、リサイクルへの期待が高まっているという。 JFE 条鋼は一般焼却処理が難しいトナーカートリッジやスプリングマットレスなどのリサイクルも強化する。 (NewSwwitch = 2-23-21)


TDK が電源の生産を国内回帰させる理由とは?

TDK は、事業継続計画 (BCP) 対策の一環として電源事業の国内生産を強化する。 子会社の TDK ラムダ(東京都中央区)が中国とマレーシアで生産している基板電源と小容量のユニット電源の国内生産を始めた。 災害や感染症拡大など不確定要素が発生しても、影響を受けない柔軟な生産体制を構築。 中国では急拡大している現地の需要に集中できる。 今後も複数拠点で並行生産できる体制を築く。

TDK ラムダの主力工場である長岡テクニカルセンター(新潟県長岡市)と、その協力工場で基板電源と小容量のユニット電源の並行生産を始めた。 現在の国内生産の実績は 2020 年 5 月末までの生産量に対して生産額で約 27%、台数で約 8% 増産している。 海外拠点との並行生産を始めるにあたり国内で 50 人を確保した。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、20 年 1 - 3 月に中国の無錫工場(江蘇省)の稼働が停止。 同 3 - 5 月にはマレーシアのセナイ工場(ジョホール州)、クアンタン工場(パハン州)も稼働が止まった。 海外量産部品の供給が滞り、納期遅れにつながったことから、国内での並行生産に着手した。 一時的な対応策ではなく、継続的に続ける。 今後は、北米や英国、イスラエルにある生産拠点での並行生産も検討する。 TDK はグループ全体で需要変動に応じた生産の適正化や災害発生時の対応を容易にするロケーションフリー生産体制の構築に着手している。 生産工程の同一運用や自動化などを進めており、TDK ラムダでの並行生産もその一環。 (NewSwitch = 2-17-21)


PCR 検査の資材不足が深刻 輸入減、納期4カ月遅れも

新型コロナウイルスの感染の有無を調べる PCR 検査。街角の民間業者でも受けられるほど身近になったが、PCR 検査に欠かせない特殊なプラスチック製などの資材の不足が目立ってきた。 輸入が滞り、国内生産も限られ、需要に追いつかないためだ。

使用量が少ない一部の地方大学などでは手持ちが底をつきかけ、医療向けの検査機関などにも影響が出始めている。 入手が困難になっている主な資材は、鼻の奥のぬぐい液や唾液などの試料をごく微量取り分けるのに使う「ピペットチップ」や、取り分けた試料を PCR 装置にセットするのに使う「PCR チューブ」、細かい作業をしやすい「ニトリル手袋」など。 いずれも使い捨てのため大量に必要。 滅菌処理済みで品質の高い製品でなければ、検査の精度が保てないリスクがある。

PCR 検査の需要は新型コロナの感染拡大のため世界中で爆発的に急増。 現在は国内で 1 日数万件、世界で数百万件とされる。 業界関係者によると、国内流通量の約半分を占めるとされる輸入品は昨年 11 月ごろから大きく減少。海外メーカーが自国需要の高まりや国際航空便の減少などで輸出を減らしたためという。 今年 1 月になって、市場在庫の激減が表面化した。 世界大手コーニング社(米)の日本法人が、新型コロナ関連の世界的な需要急増を理由に「通常プラス 2 - 4 カ月」の納期遅れを文書で卸売業者などに知らせた。 サーモフィッシャーサイエンティフィック社(米)の日本法人などの大手も納期遅れを相次いで通知した。

国産メーカーも輸入減を補えていない。国内有数のシェアを誇るメーカーは昨春から生産量を増やしていたが、例年の 5 倍程度まで受注が激増し、生産が追いつかなくなった。 1 月下旬には滅菌装置が故障し、全製品の受注を一時停止。 国が PCR 検査で使用を推奨する滅菌済みの製品は出荷が 3 週間近く滞っている。 このメーカーの担当者は「東京五輪の前には検査がもっと増えるだろうが、輸入が増えなければ間違いなく国内の資材は足りなくなる。 コロナが収束したら一気に需要が落ち込むことを考えると、増産の設備投資もできない。」と嘆く。

ある大学のバイオ研究者は、昨年末から高品質の PCR チューブが入手できなくなり「手持ちの 2 箱がなくなったら PCR ができなくなる。」 ある検査機関の担当者は「手に入るものをメーカーや卸業者になんとか探してもらい、品質が劣る代替品でしのいでいる状態だ」と明かす。 米国では、新型コロナの検査機関が資材不足で本来の能力の 4 割程度しか稼働していない、とする学会と業界団体の調査結果もある。 (天野彩、小宮山亮磨、松尾一郎、asahi = 2-11-21)

新型コロナウイルスの PCR 検査 : 綿棒でぬぐい取った鼻水などにウイルスが含まれているかどうか調べる手法。 他人の試料と混ざらないように注意しながら数マイクロリットルずつ小分けにし、PCR 装置にかける。試料を小分けにする際に使う器具の注ぎ口にはめ込む「ピペットチップ」や、装置にセットするための専用容器「PCR チューブ」など、様々な使い捨てのプラスチック資材が必要になる。