トヨタがつくる実験都市、章男社長が私財を投じる宿命

目前に富士山が迫るトヨタ自動車東日本の旧東富士工場(静岡県裾野市)。 昨年末に 53 年の操業を終え、往年の名車を生産してきた建屋の解体工事が進む。 23 日、その跡地にできる未来の街の建設が始まった。 トヨタが手がける実験都市「ウーブン・シティ」。 4 年以内に住民が住み始め、先端技術を日常的に使って暮らす街だ。 街の「足」は、トヨタが開発する自動運転の大型電気自動車「eパレット」。 東京五輪・パラリンピックの選手村でも使われる。 必要なときに必要な場所へ必要な台数を配車し、待ち時間をなくす「ジャスト・イン・タイム」な運行が可能。

車内スペースは、洋服や食料品などの店舗や、宅配物を保管するロッカーにもなる。 スマホで操作すれば「必要なモノを店の方が持ってくる(幹部)」サービスも想定し開発が進む。 AI (人工知能)を使って冷蔵庫に食料がなくなると自動で配達。 住民の健康状態もセンサーが常時チェック。 電力は、燃料電池車「ミライ」の技術を応用した水素発電でまかなう。 トヨタはこんな将来像を描く。 将来的には 2 千人以上が暮らす計画だ。

車メーカーが街をつくる異例の試み。 背景には、車をつくって売る従来のビジネスモデルでは生き残れないという強い危機感がある。 自動車業界には巨大 IT 企業「GAFA (ガーファ)」など異業種が参入し、新サービスが次々に生まれている。 無人の自動運転タクシーは、米グーグル傘下の自動運転開発会社「ウェイモ」が一般向け営業を開始。 米電気自動車 (EV) 大手「テスラ」は、車載ソフトウェアをアップデートして購入後も車の性能を高め続けるサービスを提供する。

移動サービスの基盤を握る巨大な「プラットフォーマー」ができれば、消費者とのつながりを奪われた車メーカーは下請けになりかねない。 トヨタは、ウーブンで次世代の商品やサービスを作りだし、移動に関するあらゆるサービスを提供するモビリティーカンパニーに転換しようと急いでいる。

「目が飛び出るほど」の個人出資

ウーブンを発案した豊田章男社長本人の事業への関わり方も独特だ。 トヨタは今年 1 月、ウーブン事業を担う子会社「ウーブン・プラネット・ホールディングス」グループを設立。 豊田社長は、同グループに個人で出資する。 出資額は非公表だが「目が飛び出るほど巨額。(幹部)」 個人の財産に加え、金融機関から個人で借り入れた資金も投じる。

念頭にあるのは、自動車事業をおこした祖父の豊田喜一郎氏。 元々、布を織る織機メーカーだったトヨタを、自動車メーカーに「モデルチェンジした人(章男氏)」で、豊田家の財産を自動車の開発に投じたという。 「喜一郎は、引き継いだ財産を新たな価値に変えた。」 そう捉える章男氏もまた私財をウーブンに投じ「未来」という価値に変えようとしている。 ウーブンの事業会社の代表取締役には長男大輔氏が就任し、事業を率いる。 トヨタグループ内には「個人の利益を求めかねない」との章男氏への懸念もある。 章男氏は持ち株の比率は低いとし「(会社を)資本的にコントロールできない」と説明。 トヨタ幹部は「問題が起きることはあり得ない。 厳しいガバナンスをしていく。」と話す。

ウーブンは英語で「織られた」の意味で、網の目のように道が交わる街をイメージ。 織機、自動車、モビリティーへとモデルチェンジするトヨタの歩みとも重なり合う。 新技術を開発しつづけるウーブンは「未完の街」であり続ける、とも章男氏は言う。 社会課題を解決するサービスを生み出すには「豊田社長が生きている間に実現するかもわからない(幹部)」ほど時間がかかる。 壮大なプロジェクトだけに、トヨタは異業種と積極的に手を組む。 最大のパートナーとして昨年業務資本提携したのは、GAFA への対抗心をむきだしにするトップが率いる通信最大手、NTT だった。 (千葉卓朗、三浦惇平、asahi = 2-24-21)

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トヨタ・NTT、GAFA へ強い対抗意識 実験都市

「トヨタと NTT がつくりだすスマートシティーの基盤を世界に提供していく。」 昨年 3 月、NTT の澤田純社長は、トヨタ自動車と業務資本提携を発表した記者会見でこう意気込みを語り、豊田章男社長と握手を交わした。 トヨタが実験都市「ウーブン・シティ (Woven City)」の構想を米ラスベガスで発表して 3 カ月のうちに、自動車と通信の巨人による日本連合が誕生した瞬間だった。

自動車産業は電動化など 100 年に 1 度とも言われる大変革に直面する。 販売世界一に返り咲いたトヨタでさえ将来安泰とはいかず、新しい成長の種が必要だ。 それは NTT も同じ。 国内事業は盤石だが、約 30 年前に時価総額で世界一だった面影はない。 両社が将来の柱として期待するのが、IT を活用して暮らしや仕事の利便性を高めるスマートシティーだ。 トヨタは「つながる車」でも連携する NTT をパートナーとし、スマートシティーの基盤(プラットフォーム、PF)で覇権を目指す。

東京駅にほど近い大手町、丸の内、有楽町(大丸有)地区。 100 社を超える上場企業が集積し、約 28 万人が働く日本を代表するオフィス街では、街の機能を有機的につなげ、効率良く働く、という観点で地権者らがスマートシティーの事業化に取り組む。 2019 年度から国土交通省の先行モデル事業に採択されている。 地権者などでつくる「大丸有まちづくり協議会」の担当者は、「こんな街にしたいというビジョンを重視したまちづくりだ」と説明する。

例えば、大丸有で働く人が、打ち合わせのためのシェアオフィスを探す場合、アプリで検索して予約すると、そこまでの最適な移動手段を使った経路を自動的に検出。 暑い夏には日陰を歩くルートも提案する - -。 こんな未来像を思い描く。 その第一歩となる実証実験が、3月上旬に始まる。丸の内を南北に貫く丸の内仲通りで、低速の自動運転バスを走らせ、利用者の反応を検証する。

肝は「都市 OS」

実現には、街を走る自動運転バスやタクシー、電動キックボードなど様々な移動手段のリアルタイムの位置情報や気象情報といった膨大なデータをシステム上で連動させる仕組みが必要。 その肝になるのが「都市 OS」と呼ばれる PF だ。 NTT グループでシステム開発を手がける NTT データが開発した。自動車、人の流れ、地図、モノの購買、エネルギー消費など街で生まれるデータは、これまで「縦割り」だった。 各分野の企業などがシステムを持ち、データをためたり活用したりして、個別に最適なサービスを提供してきた。 これまで連動してこなかったデータを集約し、街全体を最適化するのがスマートシティーだ。 NTT は、縦割りのシステムに横串を通す PF を武器にする。

ただ、大規模にデータを集めるほど、プライバシーなどに対する住民の懸念は高まる。 スマートシティーでライバルとなる「GAFA (ガーファ)」と総称される巨大 IT 企業や中国 IT 大手は、あらゆるデータを丸抱えし、管理することで効率的なサービスの提供を目指す。 だが、グーグルがカナダ・トロントで、データの大規模収集を住民に反対され撤退したことからも、事業化の難しさがわかる。

NTT は「データの持ち主は顧客だ(スマートシティー担当者)」として、データの扱いの違いを強調。幅広く展開する自前のサービスから得たデータを独占する GAFA と異なり、必要なデータだけを顧客の求めに応じて連携し、データを抱え込まない安心感を売りとする。 実際、NTT グループが 19 年から取り組む米ラスベガス市の事業では、データの収集や解析はNTT がするが、データそのものは市が管理しているという。 アジアや欧州でも引き合いがあるといい、NTT は 23 年度までに累計約 1 千億円の売り上げを目指す。

澤田社長は「GAFA 対抗という意識はある」と断言。 ウーブンや自社の事業で蓄えたノウハウを基礎に、海外への PF の「輸出」をもくろむ。 ただ、最大の課題はビジネスモデルが確立されていないことだ。 「スマートシティーはもうからない」という指摘は根強い。 当面は、発注者からのシステム構築費や保守管理費を得ることになるが、持続可能な形はまだ見えていない。 NTT 担当者は「どこで稼ぐのか一番悩んでいる」という。 (井上亮、asahi = 2-25-21)

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地域再生に期待感、共栄手探り

富士山の壮大な風景を背負った、トヨタ自動車東日本の東富士工場跡地(静岡県裾野市)を舞台に、トヨタが実験都市「ウーブン・シティ」の構想を米国で発表したのは 2020 年 1 月。 人口約 5 万人の日本の地方都市「Susono」に、国内外の先端技術をもった企業や団体の注目が集まっている。 トヨタは街づくりで他業種との連携をめざし、これまでに 3 千を超える企業や個人から応募があるという。

建設地から南に約 9 キロ。同県長泉町では、県立静岡がんセンターを中心とした県の「ファルマバレー(医療城下町)プロジェクト」が進んでいる。 医療機器・医薬品の生産額で県は 10 年連続で全国一。 県はファルマバレーとウーブンの連携をめざし、県出資の法人がトヨタのパートナーに応募した。 関係者は固唾をのんで決定を待っている。 川勝平太知事は「(ウーブン)周辺で医療、買い物、教育が必要になるだろう。 県として協力していきたい。」と話す。

裾野市を含む県東部は高度経済成長のころ、富士山麓の豊富な水を求め、繊維や機械メーカーが進出した。 東富士工場の開設は前身の関東自動車工業だった 1967 年。目の前の東名高速道路の一部開通を控えてカローラがよく売れ、モータリゼーションの時代を迎えていた。 工場では最高級車センチュリーやワゴン型のジャパンタクシーがつくられ、従業員は「少し難しい車を手がけている」とのプライドを持ってきたという。

ただ、この地域でも事業所の海外移転や人口減少が進んだ。 トヨタも東日本大震災の復興支援もあって機能を東北に移すことにした。 昨年末の閉鎖の前の東富士工場の従業員は約 1,100 人。 トヨタグループの存在感が大きい「城下町」に衝撃が残るなかで出た、 ウーブンの構想だった。 地域再生の未来へ期待が膨らむ一方、共存共栄への手探りは続く。

ウーブン着工直前の今月 15 日、裾野市の高村謙二市長は「財政非常事態」を宣言した。新型コロナウイルスによる支出増や東富士工場閉鎖などで税収が減り、数年後に財政危機に陥る可能性がある。 高村市長は「テーマパークのようにそこだけ浮いた空間にならないようにする」として周辺整備などをめざすが、ウーブン効果で税収はどう増えるのか見通せていない。「投資をする必要があるが、とても難しい局面だ。」

人工知能 (AI) やデータを活用して先端都市をめざす「スーパーシティ構想」を盛り込んだ改正国家戦略特区法が昨年できた。 規制緩和などで迅速な開発を促す内容だが、裾野市は今春の第 1 期の応募を見送った。 特区制度は情報公開が原則となるため、トヨタ側の動向を気にかけている。 さまざまなプレーヤーを巻き込み「未来に最も近い街」をめざす、終わりのない闘いが幕を開けた。(宮川純一、和田翔太、asahi = 2-27-21)



トヨタ、リコール 584 万台に拡大 燃料ポンプ不具合で

トヨタ自動車は 28 日、燃料ポンプの不具合が原因のリコール(回収・無償の改修)について、米国で新たに 152 万台を対象に加えたと発表した。 これで全世界でのリコール対象台数が 584 万台に拡大した。 リコールが最初に発表されたのは 1 月で、2017 年 7 月と今年 9 月の間に製造された多数の車種が対象となっている。 トヨタによると、燃料ポンプが作動不良となり、走行中エンストを起こし、再びエンジンがかからなくなる恐れがあるという。 ディーラーが改良された燃料ポンプとの交換を行う。 対象車種は 2013 - 15 年型のレクサス「LS460」と「GS350」、17 - 19 年型の「ハイランダー」、17 - 20 年型の「シエナ」とレクサス「RX350」、18 - 20 年型の「アバロン」、「カムリ」、「カローラ」など。 (Reuters = 10-29-20)

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トヨタ、266 万台リコール デンソー製燃料ポンプの不具合

トヨタ自動車は 28 日、日本、米国、欧州など世界で約 266 万台のリコール(回収・無償修理)を実施することを明らかにした。 20 年 3 月に届け出たデンソー製の燃料ポンプの不具合が影響した。 同日、デンソーは負担する費用について「コメントできない」としたが、同社の業績の下振れ要因になる可能性がある。 トヨタの「ノア」や「アバロン」など 42 車種が対象。 地域別では北米が最も多く、約 167 万台、中国でも約 40 万台となった。 国内では 28 日、国土交通省に「ノア」や「アルファード」など 21 万台分のリコールを届け出た。 (nikkei = 10-29-20)


デンソーの欠陥、ホンダに波及 判断遅れメガリコール

デンソーの欠陥燃料ポンプ問題が深刻化している。 ホンダが 5 月下旬に届け出た「シビック」や「CR-V」、「HR-V」、「NSX」など世界で 137 万台を数えるメガリコールの原因も、デンソー製欠陥燃料ポンプにあることが関係者への取材で分かった。 中国市場で 77.5 万台の、アジア市場(中国市場を除く)で 35.9 万台の、米国市場では 16.4 万台のホンダ車のユーザーに対策品への交換を強いる。 これにより、既に判明している 322 万台のトヨタ車と 20.2 万台の SUBARU (スバル)車と合わせて、デンソーの欠陥燃料ポンプは世界で 479 万台を超える大規模リコールへと拡大した。

リコールとなったホンダ車が搭載していたのは、欠陥のある低圧燃料ポンプだった。 樹脂製インペラ(羽根車)が変形し、ポンプケースと接触して作動不良となって、最悪の場合はエンストを招く可能性がある。 材料や部品設計などの専門家によれば、ガラス繊維やタルク(ケイ酸マグネシウム)で強化したスーパーエンジニアリングプラスチックであるポリフェニレンスルフィド (PPS) でインペラを成形する際に、金型の温度が低すぎて結晶化度が低くなった。 結果、PPS の内部に隙間が生じ、ここに燃料が侵入してインペラが膨潤したことが品質不良のメカニズムだ。

デンソーによれば「リコール対策については、現在、OEM (自動車メーカー)と共に進めている。 他の自動車メーカーへの影響については当社からは言えない」という。 ただし、このホンダ車への賠償金(リコール対策費用)については、2019 年度(20 年 3 月期)決算で計上した 2,200 億円に引き当てられており、「追加費用は発生していない。(デンソー)」

予算カット、開発設計業務の外注を凍結

7 月 31 日に発表した 20 年度第 1 四半期(4 - 6 月)の決算発表で、「新型コロナウイルスの影響は第 1 四半期で底を打った」と語ったデンソーだが、この新型コロナ問題に欠陥燃料ポンプのリコール問題が重なり、「社内は大騒ぎになっているはずだ」と同社出身の技術者(以下、OB)は言う。 というのは、同社の現場は今、厳しい予算削減に直面しているからだ。 この事態を受けて、デンソーは不要不急の設備投資を見直すだけではなく、これまでは子会社を含む外部企業に依頼していた次期型製品や類似製品の設計開発業務の発注も凍結。 その分、デンソーの開発設計部門の負担は増しているとみられる。

同 OB は「外部への開発設計業務の発注を止めたら、デンソー社内だけではとても業務は回らない。 事業部の統廃合や技術者の異動はもちろん、製品開発を精査し、量産が決まった製品は開発を続ける一方で、開発の先送りや中止案件も出てくるだろう。」と指摘する。 新型コロナ感染の第 2 波、第 3 波に見舞われて業績が一層厳しくなったり、他の自動車メーカーで追加リコールが発生して賠償金が増えたりする事態に陥れば、デンソーの開発設計部門の現場はさらに大きな影響を受ける可能性がある。

200 人規模の人員を投入か

同社出身の元開発設計者で品質保証に詳しい専門家(以下、品質の専門家)によれば、この欠陥燃料ポンプにより、デンソーの開発設計部門はリコールが決定する前から大きな騒動になっていたはずだという。 同社では市場から品質に関するクレーム(市場クレーム)を受けると、重要度に応じて対策に投じる人数を決める。 事業部が傾くといわれるほど重大なこの欠陥燃料ポンプの場合は、「開発設計部門や実験部門、品質保証部門、製造部門などから合計 200 人規模の人員を市場クレーム分析に投入したとしてもおかしくない。 それこそ大きな部屋に皆が集まり、たくさんの大型ボードを並べて分析に奔走したはずだ。(同専門家)」

しかも、与えられる期間は、「本来ならせいぜい 1 週間ほどしかない(同専門家)」と言う。 この期間で市場クレームを分析し、品質不良の原因を突き止めて、リコールが必要か否かを判断する。 リコールを要する場合は対策案まで練らなければならない。 相当な激務になることは想像に難くない。 ただし、トヨタ自動車グループでは市場クレームが生じた場合に、遂行すべき業務の手順は決まっている。 大きなトラブルが生じても進むべき方向は定まっているのだ。 そのため、現場が何をしたらよいかと悩んで右往左往することは避けられる。

判断とメカニズム解明の遅さによる代償

その市場クレーム分析は 6 つの手順から成る。 [1] 品質クレーム情報の収集と調査、[2] 要因と品質不良メカニズムの推定、[3] 品質不良メカニズムの検証、[4] 発生予測と品質不良の影響解析、[5] 品質不良原因の対策、[6] 再発防止 - - である。 デンソーの欠陥燃料ポンプのような重大な品質不良が起きた場合、これら 6 つの手順を全てこなさないとトヨタグループでは許されないという。 しかも、「品質不良に関しては絶対にごまかしてはならないというのが大前提だ。 重大な品質不良は 1 件でも発生したら、市場クレーム分析を行う必要がある。(品質の専門家)」

その上で、市場クレーム分析で重要なのは「スピードだ」と同専門家は指摘する。 リコール判断や対策が遅くなるほど顧客からの信頼を失うからである。 デンソーの欠陥燃料ポンプの場合、同社に品質不良をごまかそうとする気持ちがあったかどうかは外部からは分からない。 だが、市場クレーム分析を実施する判断にスピード感が欠けていたのは明らかである。 その傍証となるのが、欠陥低圧燃料ポンプについて市場から上がってきた不具合件数の多さだ。 国内市場だけでホンダ車(シビック)では 64 件、トヨタ車に至っては 555 件もの不具合件数が計上されている。 「市場クレーム分析を早く行っていれば、不具合件数がここまで増えることはない。(同専門家)」

デンソーは 6 月 19 日に開いた株主総会で、同社副社長の山中康司氏が「品質不良メカニズムは非常に複雑で解明に時間を要した」と語った。 これについて、同社出身の元開発設計者は「この品質不良(PPS 製部品による膨潤)は過去にも経験している。 今のデンソーにおいて過去トラ(過去のトラブル)を十分に生かし切れていない証拠だ。」と指摘する。 設計ノウハウの伝承の失敗により、デンソーは市場クレーム分析のうちの手順 3 - 5、すなわち品質不良メカニズムの検証と判断、そして対策において時間を浪費した可能性がある。

この判断の遅れと伝承の失敗でデンソーが負うことになった代償が、世界で 500 万台近くの大規模リコールというわけだ。 デンソーの欠陥燃料ポンプは、市場クレームがあった場合に迅速な対応を怠るとこうなるという、悪(あ)しき事例の 1 つになってしまった。 以下、デンソーが欠陥燃料ポンプでも実施したであろう、トヨタグループの市場クレーム分析の手順について具体的にみていこう。

手順 1 : 品質クレーム情報を収集・調査する

まず、[1] の品質クレーム情報の収集と調査では、品質クレームに関する 5 つの情報、すなわち (1) 5W1H、(2) クレーム情報 3 点セット、(3) 良品回収、(4) 変化点、(5) 他車種/製品との比較という各情報を集めた後、(6) 現品の調査、(7) 環境の調査 - - を行う。

(1) の 5W1H とは次の 6 つの情報だ。 販売店や自動車メーカーの協力を得ながら現地に飛び、これらの情報を集める。

When (いつ) : 品質不良が発生した年月日・時刻と発生頻度に関する情報
Where (どこで) : 品質不良が発生した国や地域、場所、環境に関する情報
Who (誰が) : ユーザーに関する情報
What (何を) : 品質不良を起こした車両や製品、品質不良の箇所に関する情報
Why (なぜ) : 品質不良と当該製品の相関性に関する情報。 すなわち、該当製品が直接品質不良を起こしたのか、それとも他の製品から影響を受けた結果かの情報。
How (どのように) : 品質不良の発生状況に関する情報

併せて、(2) のクレーム情報 3 点セットとトヨタグループが呼ぶ情報を用意する。 これは、〔1〕 製造月別/品質不良(故障)月別表示、〔2〕 経過月表示、〔3〕 ワイブル解析 - - のことだ。

〔1〕 の製造月別/品質不良月別表示とは、品質クレームを受けた製品を製造した月と品質不良が発生した月をグラフ化することである。 これにより、製造上の問題の有無や、品質クレームの増減傾向、季節との関連などを絞り込むことができる。

〔2〕 の経過月表示は、製造からの経過月数と累積の品質不良率(累積不良率)をグラフにすること。 これにより、変化点との関連や対策の効果などを確認できる。

そして、〔3〕 のワイブル解析は、製品の寿命を予測するツール。 このワイブル解析により寿命(寿命時の累積不良率)を調べ、目標寿命(目標累積不良率)を満たすかどうかを調べることができる。 ここでは、横軸に走行距離/使用時間を、縦軸に累積不良率を取った累積不良率のグラフを作成・用意する。

この他、(3) 良品回収で、品質不良を起こした製品(不良品)と共に品質不良を起こしていない製品(良品)と、さらに新品も集める。 比較調査するために必要だからだ。

(4) の変化点とは、製品を造ったり使ったりする上で「変えた点」と「変わってしまった点」に関する情報のことだ。 品質不良はこの変化点に潜んでいることが多いからである。

そして、(5) の他車種/製品との比較とは、同じ製品が搭載されている他の車種/製品と比較した情報のことだ。 この情報により、なぜその車種/製品でしか品質不良が起きないのかが分かる。

これら 5 つの情報を収集したら、(6) 現品の調査を行う。 要は、市場から回収した不良品を調べるのである。 図面はもちろん、品質不良の原因(直接原因)を分析するための品質管理手法である FTA (故障の木解析)の展開図(FT 図)や、品質不良を未然に防止するための品質管理手法である設計 FMEA (故障モード影響解析)の帳票(ワークシート)と比較しながら、不良品を分解したりカットして断面を見たりして品質不良の状況について調べていく。

加えて、(7) 環境の調査も実施する。 これは不良品が使用されていた環境のことである。 不良品が搭載された車両やその不良品自体がどのように使われたかを現場に行って聞き込み、得られた要因を網羅して後述の再現試験の条件に生かす。

手順 2 : 要因と品質不良メカニズムを推定する

品質クレーム情報の収集と調査を終えると、次の手順である、[2] の要因と品質不良メカニズムの推定に移行する。 ここでも図面や FTA の FT 図、DRBFM のワークシートを確認しながら、品質不良が起きた要因と、品質不良に至るメカニズムを推定する。 開発設計部門(開発設計者)が案を出し、それを基に他の部門も参加して皆で検討することになる。

ここで、いくつか押さえるべきポイントがあると品質の専門家は助言する。 まず、品質不良の原理がなかなか見つからない場合は、現象を可視化するといろいろなことが分かってくるという。 加えて、品質不良は過去に経験しているケースが多いため、過去の失敗事例が大いに参考になる。 ただし、「品質不良メカニズムを安易に決めつけてはならない。 FTA などを使い、品質不良の現象から考えられる全ての要因を抽出してから、品質不良メカニズムを絞り込むことが大切だ。(品質の専門家)」

手順 3 : 品質不良メカニズムを検証する

続く手順は、[3] 品質不良メカニズムの検証である。 先の手順 2 で推定した品質不良メカニズムが正しいかどうかを、再現試験によって確認する作業だ。 市場で発生した品質不良を再現できなければ、推定した品質不良メカニズムが正しいとはいえない。 従って、同じ品質不良現象を示すまで、再現試験を徹底的に実施しなければならない。

再現できないときには、ベンチマーク手法を使うと効果的なケースがある。 競合する他社製品の品質不良の発生状況や構造の違いと比較するのだ。 これにより、自社製品の弱点を把握して、品質不良メカニズムの検証に生かすのである。 気を付けるべきは、「品質不良メカニズムを再現できたと早合点しないことだ」と品質の専門家は指摘する。 品質不良を再現できたようにみえても、実は別の原因で同じ現象が起きている場合もあるからだ。 従って、「再現試験の結果などの状況証拠だけで判断せず、物的な証拠を押さえることが大切だ。(同専門家)」

手順 4 : 発生予測と品質不良の影響を調べる

品質不良メカニズムの検証を済ませたら、次の手順である [4] 発生予測と不良の影響解析に進む。 ここで、ようやくリコールすべき不良品か否かを判断する。 まず、品質不良のワイブル解析と、品質不良メカニズムから特定した機種および製造期間から、(1) 品質不良の発生時期と数量を予測する。 併せて、品質不良メカニズムから、(2) 品質不良の影響解析を行う。 こうして得られた 2 つの結果(品質不良率と、与える影響の大きさ)を踏まえて、リコールか、改善対策か、それともサービスキャンペーンかを判断するのである。

手順 5 : 品質不良原因の対策

次の手順は、[5] の品質不良原因の対策だ。 ここで、品質不良を引き起こした直接的な原因(直接原因)について対策を練る。 大切なのは、対策を施した製品が、手順 3 で求めた再現条件において、品質不良が起きないことをきちんと確認することだ。 対策したと思っても、それが真の対策でなければ効果がなく、品質不良を市場で再発させてしまう。 一度品質不良を起こしておいて、同じ品質不良を再発させたら、二度と顧客の信頼を回復することはできないだろう。

手順 6 : 再発防止

こうして直接原因について対策を施したら、その品質不良を起こした根本的な原因、すなわち「真因」にまで踏み込んで対策の手を打つ。 ここで使う品質管理手法が「なぜなぜ分析」だ。 なぜなぜ分析の狙いは、品質不良の再発を防ぐことにある。 品質不良の直接原因だけを対策しても、その根本にある仕組みの不備が放置されたままでは、後に他の製品で品質不良の再発を許してしまう可能性が残るからだ。

そこで、なぜなぜ分析を活用し、品質不良を起こしてしまった根本にある仕組みの不備に手を打つ。 こうして品質不良の発生を抑え、たとえ発生したとしても、その不良品を市場に流出させない仕組みを構築するのが、最後の手順であるこの再発防止で行うべき業務である。 品質不良が発生した際に、ここまで追究して対策を講じる企業は珍しい。 しかも、デンソーはトヨタグループの中でも品質の高さで定評のある企業だ。 それでもこうした大きな問題が生じるのである。 高品質を維持する取り組みはほんのわずかでも手を抜けない。 これがデンソーの欠陥燃料ポンプの問題から日本企業が学ぶべき教訓だ。 (近岡裕・日経クロステック,nikkei = 9-1-20)