日本の衣料品企業も「新疆綿花は使用しない」ボイコット相次ぐ

ミズノ・三陽商会など参加 … 代表企業ユニクロ・無印良品は消極的

人権侵害論議がある中国新疆ウイグル自治区で生産された綿花を使わないという日本の衣料品企業が増えている。 経済的打撃を憂慮してこれまで消極的に対応してきた日本企業も、国際社会に流れに合わせて「新疆綿花ボイコット」に乗り出している。

日本経済新聞は 22 日、ミズノに続き三陽商会や TSI ホールディングスなどが新疆綿花を使わないことを決めたと報道した。 デパートを通じて自社ブランドの衣料品を販売する三陽商会は、来年春・夏シーズンから新疆綿花の使用を中断する予定だ。 同社の大江伸治社長は「人権問題について様々な情報を集めたが実態はわからない。 グレーである以上は使用をやめる。」と話した。 TSI も今年の秋・冬シーズンから新疆綿花の使用を全面中断した。 スポーツ衣料品企業のミズノも今年 5 月に新疆綿花のボイコットに参加した。 同紙は「業界に強い影響力を持つアパレル大手が使用をやめることで他社にも波及する可能性がある」と見通した。

だが、日本の代表的衣料品企業であるユニクロと無印良品は、中国国内での不買運動などによる経済的打撃を憂慮して、依然として消極的に対処している。 二つの会社は「問題があれば取引を停止する」という立場だ。 ユニクロは、中国国内での衣料品売上筆頭企業で、約 800 店舗を運営中だ。 無印良品は中国での売上が約 20% を占めている。 国際人権団体は「強制労働の事実を明確に否定できない限り、取引関係を切らなければならない」と圧迫しており、H & M、ナイキ、バーバリー、アディダスなどが参加した。 中国は 2018 年基準で世界の綿花の 25% を生産していて、このうち 84% が新疆ウイグルで栽培されている。 (キム・ソヨン・東京、韓国・ハンギョレ新聞 = 11-23-21)


ウイグル問題で捜査、不買運動で業績打撃 … アパレル難局

中国・新疆ウイグル自治区の強制労働問題を巡り、アパレル大手に厳しい視線が向けられている。 フランスでは 1 日、仏検察がファーストリテイリングの現地法人に、人道に対する罪に加担した疑いで捜査を始めたとの報道も出た。 一方、新疆綿を使わない方針を打ち出したスウェーデンの「H & M」は、中国の不買運動で業績に影響が出ている。

仏調査報道機関のメディアパルトが報じた内容によると、捜査対象はファストリ傘下のユニクロ、ZARA を展開するスペインのインディテックス、米靴大手スケッチャーズ、仏アパレル大手の SMCP。 人権 NGO などが 4 月、ウイグル族らが労働を強いられている工場で作られた製品を扱っているとして 4 社を告発し、捜査は 6 月末に始まったという。 1 月には米政府の輸入禁止措置に違反したとして、米税関・国境警備局にユニクロの綿製シャツがロサンゼルス港で輸入を差し止められたばかり。 人権問題に敏感な欧米諸国の厳しい視線にさらされている。

ファストリは 2 日、「ユニクロが製品の生産を委託する縫製工場で新疆ウイグル自治区に立地するものはなく、ユニクロ製品向けの生地や糸を供給する工場で、同地区に立地するものもない。 素材も、生産過程で人権や労働環境が適正に守られていることが確認されたコットンのみを使用している」とのコメントを出した。 サプライチェーン(供給網)で強制労働の問題がないように監査を続けており、強制労働が確認された事実はなく、強制労働が確認された場合は取引を停止するとしている。

ウイグル自治区で生産される新疆綿は、世界の綿花生産量の約 5 分の 1 を占める。 安価で高品質なため、衣料各社にとって重要な素材の供給元だ。 ただ、中国当局による強制労働が取り沙汰されて以降は、「H & M」のように取引をやめた企業もでてきた。 H & M に対しては、中国の共産党系団体が批判し、不買運動が起きた。 そのため、同社が 1 日に発表した 2021 年 3 - 5 月期の中国での売上高は、前年同期比 28% 減の 16 億 2,400 万クローナ(約 211 億円)に落ち込んだ。 売り上げの中国依存度は 7.9% から 3.5% に低下。 中国の店舗数も 13 店減の 489 店となった。 一連の問題が落ち着かない限り、中国以外の市場に注力することになりそうだ。

中国外務省の汪文斌副報道局長は 2 日の定例会見で「新疆ウイグル自治区で強制労働が存在するというのは、米国など一部の国によるでっち上げで、中国を抑え込むことが目的だ。 いかなる外国勢力が中国内政に干渉することも断固反対する。」と非難した。 (橋田正城、福田直之、パリ = 疋田多揚、北京 = 冨名腰隆、asahi = 7-3-21)

「ユニクロ」のフランス法人に対する仏検察の捜査が始まったという現地報道を受け、ファーストリテイリングが 2 日出したコメントは次の通り。

弊社はグローバル企業として、サプライチェーンにおける人権の尊重を最優先課題のひとつとして取り組んでいます。 従来公表しています通り、ユニクロが製品の生産を委託する縫製工場で新疆ウイグル自治区に立地するものはなく、ユニクロ製品向けの生地や糸を供給する素材工場や紡績工場で、同地区に立地するものもありません。 素材についても、生産過程で人権や労働環境が適正に守られていることが確認されたコットンのみを使用しています。

国や地域を問わず、サプライチェーンにおいて強制労働の問題がないよう、自社と第三者による監査を継続的に行っており、これらの監査を通じて強制労働が確認された事実はありません。 サプライチェーンで強制労働が確認された場合には、当該サプライヤーとの取引を停止します。

NGO のグループがフランス当局に申し立てを行い、当局が捜査を開始したとする現地メディアの報道については認識しておりますが、これまでのところ、フランス当局から捜査についての連絡は受けておりません。 当局からの要請があれば、弊社サプライチェーンにおいて強制労働がないことを再確認するため、捜査には全面的に協力してまいります。



グンゼ、新疆綿の使用中止へ 人権侵害への懸念で

下着大手のグンゼ(大阪市)は 16 日、中国・新疆ウイグル自治区産の綿花の使用を中止することを明らかにした。 新疆綿をめぐっては、中国側がウイグル族に強制労働をさせた疑いがあるとして、特に欧米が問題視している。 同社は生産工程で人権侵害は確認されていないとするが、国際的に懸念が広がっている状況を考慮したという。 同社によると、靴下の「ハクケア」シリーズの一部に新疆綿が使われていることがわかり、使用の中止を決めた。 今後は別の産地の原料に切り替える方針という。 在庫分は販売を続ける。

新疆綿を使った衣料品をめぐっては、ファーストリテイリングが展開する「ユニクロ」のシャツが米国で輸入を差し止められるなど、各国からの視線が厳しくなっている。 一方、中国政府は強制労働の事実を否定。 新疆綿の使用中止を発表したスウェーデンの衣料品大手「H & M」は、中国で不買運動を受けた。 衣料業界のサプライチェーン(供給網)は複雑で、最終的な商品を販売する会社が全てを把握するのは困難との声もあり、各社が難しい判断を迫られている。 (田中奏子、asahi = 6-16-21)


新疆綿、ワールドやミズノ使用中止 ウイグル人権配慮

日本企業の間で中国の新疆ウイグル自治区産の「新疆綿」の使用をやめる動きが出てきた。 日本経済新聞の取材に対し、ワールドやミズノなど 3 社が中止を表明した。 ウイグルを巡っては中国政府による人権侵害が取り沙汰されている。 使い続ける企業も取引先に問題がないかサプライチェーン(供給網)の確認を徹底するなどとしており、生産や調達で人権に配慮する動きが広がる。

アパレル・スポーツ関連の主な上場企業 50 社に 4 月上旬から聞き取り調査し、5 月 19 日までに 37 社から回答を得た。 新疆綿を使っていたのは 14 社。 「調査中」も 7 社あった。 19 日にはウイグル問題に関連し、米税関がファーストリテイリングの衣料品輸入を差し止めていたことが明らかになった。 回答はこれが伝わる前に寄せられた。 ワールドは新疆綿の使用を確認できた商品で中止を決めた。 鈴木信輝社長は人権侵害の疑いを踏まえ、「そうしたリスクがある以上、うたい文句にして販売することは今の段階では控えるべきだ」と語った。 ミズノとコックスも新疆綿の使用をやめるが、理由は「回答できない」とした。

しまむらは新疆綿を使った商品を生産する新疆の工場との取引を当面見合わせる。 鈴木誠社長は「現地に行って(労働環境などの)実際の状況を確認できない」ためだと説明する。 新型コロナウイルスの影響で社員らが現地を定期訪問できなくなった。タビオは「使用を減らす」と答えた。 良品計画、ワコールホールディングス、三陽商会、シャルレの 4 社は使用を続け、強制労働などが確認された場合は取引をやめると答えた。 ワコール HD は「強制労働がないようにサプライヤーに求め、自社でも確認している」という。

三陽商会の大江伸治社長は「取扱量はごく少量だ」としつつ、「綿花栽培は現地の生活基盤になっている側面もある。 どう行動することが企業の社会的責任 (CSR) として正しいのか見極めたい。」とする。 良品計画は「インド産の綿の方が使用量は多く、仮に新疆綿の使用をやめてもビジネスは継続できる」としたうえで、「監査にベストを尽くしており、確認できない状況で中止するのは現地の雇用に影響を与える」と強調した。

中国は世界第 2 位の綿花生産国だ。 なかでも新疆産は中国生産の 8 - 9 割を占める。 「新疆綿は安価で高品質なためまったく使わないという判断は難しい(アパレル大手)」との声もある。 新疆綿の使用をやめることには、中国国内で反発を買い、不買運動などの標的になるリスクもある。 逆に使い続けることで欧米や日本で批判される恐れもあり、企業は板挟みになっている。

企業が人権問題にどう向き合うか、投資家や消費者の目は世界で厳しさを増している。 米機関投資家団体 ICCR は強制労働に関わっていると思われるとして、ファストリなど 47 社に取引先の詳細な開示を求めた。 日本でも、金融庁と東京証券取引所は 6 月に施行する上場企業へのコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)に人権の尊重を求める規定を盛り込む。

ウイグル問題に限らず、企業は取引の透明性を高める取り組みを強め始めた。 生産履歴の確認を厳格化するなどで外部の目にこたえる。 アダストリアは工場における労働環境などの調査結果の公開を検討する。 ワークマンは縫製工場に加え、生地などの素材工場も第三者による監査を検討する。 サプライチェーンの透明性を高めるため、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を用いて生産履歴データを管理するしくみも動き出そうとしている。 業界団体の国際綿花評議会が主体となる US コットン・トラスト・プロトコルは 6 月、システムの試験運用を始める。 (nikkei = 5-22-21)


ユニクロも無印も … 新疆綿で板挟み「何言っても批判が」

経済安保 米中のはざまで

中国・新疆ウイグル自治区は、世界でも良質な「新疆綿」の産地として知られる。 世界のアパレル企業が供給網として依存する一方、中国によるウイグル族などの強制労働があるとして欧米が問題視。 「人権」をめぐる米中対立の先鋭化に、日本企業も揺さぶられている。 8 日、衣料品チェーン大手「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの記者会見。 柳井正会長兼社長は「出店のペースを上げ、アジアで圧倒的ナンバーワンになる」と力強く宣言した。

中国に展開するユニクロの店舗数は 2 月末時点で 800 店で、日本国内の 807 店を近く抜く見通しだ。 コロナ禍からいち早く抜けた中国は 21 年 1 - 3 月期、前年同期比で 18.3% の経済成長を遂げた。 同社にとって中国は衣類の主要な生産拠点であり、最重点市場でもある。 だが、海外メディアを含む 3 人の記者が立て続けにウイグルに関する強制労働と綿花使用の質問をすると、表情を曇らせてこう語った。 「政治的な質問にはノーコメント」、「人権問題というより政治的問題だ」、「我々は政治的に中立だ。」

豪シンクタンク「豪戦略政策研究所 (ASPI)」が昨年 3 月に発表した報告書は、グローバル企業 82 社が、ウイグル族を強制労働させた中国の工場と取引していると指摘。 報告書にはユニクロなど日本企業 14 社の名前があった。 ファーストリテイリングは朝日新聞の取材に「すべての取引先工場について第三者による監査を実施し、ウイグル人を含むいかなる強制労働も発生していないことを確認した」と内容を否定した。

報告書では「無印良品」を展開する良品計画も名指しされた。 同社はウイグルの農場で綿を調達しているとしながらも、朝日新聞の取材に「(取引先の第三者による監査で)法令または弊社の行動規範に対する重大な違反は確認していない」と回答した。 ウイグル問題で企業に対応などを求めてきた国際人権 NGO 「ヒューマンライツ・ナウ」の佐藤暁子弁護士は、柳井氏の発言を「『政治的に中立だからコメントしない』というのは全く的外れだ。 特定民族に対して課す強制労働の問題は、国際的な人権上の問題であって、『内政干渉』になるから何も言わないという話ではない。」と批判する。

また、強制労働そのものを否定する中国にある企業に、強制労働の有無を問い合わせても、正直に答えるはずもなく、どれほど実態を把握できるのかといった、「監査」の実効性を疑問視する指摘もある。 報告書で指摘された日本企業には、アパレルだけでなく玩具や電化製品の企業も含まれる。 企業が関与を否定しても、株価の下落などの影響が広がる。 12 日にはフランスの NGO などが「供給網を通じてウイグル族の強制労働に関与している疑いがある」としてユニクロなどのアパレル企業を告訴した。

「中国と米国でビジネスを行っている以上、どちらかにだけ良い顔をするわけにはいかない。」 ファーストリテイリングなどと共に、ASPI の報告書で名前を挙げられた別の企業の関係者はそう話す。 「法令に沿ってビジネスをしているはずなのに、今は何を言っても批判されてしまう」として、米中、そして世論とビジネスの板挟みとなっている苦悩を吐露する。 バイデン米政権は中国の行為を「ジェノサイド(集団殺害)」と断じ、欧州連合 (EU) などと連携して対中制裁を発動。 対中強硬姿勢を強めている。

中国も防戦一方ではない。 人権侵害を懸念するとともに、新疆綿を調達しないと発表したスウェーデンの衣料品大手「H & M」を、中国の共産党系団体が批判し、不買運動が起きた。 経済的な報復措置で米欧の人権外交に反撃する構えを見せる。 主要 7 カ国 (G7) で唯一、対中制裁に踏み切っていない日本だが、16 日の日米共同声明では、香港やウイグルの人権状況について「深刻な懸念を共有する」と明記した。 政府関係者はこう語る。 「対応を誤れば、企業は中国の巨大市場を失う。 かといって米国の呼びかけは無視できない。 政府や日本企業には厳しい踏み絵だ。」 (福田直之、田幸香純、asahi = 4-25-21)


新疆の綿花畑では本当に「強制労働」が行われているのか?

<H & M などの大企業が「新疆綿」の取り扱い中止を発表したことで、ウイグル族に対する人権抑圧の新たなシンボルとして綿花畑での「強制労働」が浮上したが、今のところ確固たる根拠はない。>

バイデン氏が大統領に就任して以来、アメリカの中国に対する圧力がエスカレートしている。 バイデン政権は 4 月 6 日には北京冬季オリンピックのボイコットまで示唆した。 その理由となっているのが中国新疆自治区でのウイグル族に対する人権侵害である。 ウイグル族の人々がのべ 100 万人も「再教育」と称して施設に長期間入れられたという話はしばらく前から欧米メディアによって伝えられてきたが、最近になってにわかに報じられ始めたのが、「新疆の綿花畑でウイグル族の人々が強制労働に従事させられている」という説である。

私は「のべ 100 万人の再教育」については、中国側でそれを認めるような報道もあったことだし、アメリカの女性記者による潜入ルポを見たこともあり、信憑性がある話だと思う。 一方、「綿花畑でウイグル族が強制労働させられている」という説については、私の新疆に対する認識とのギャップが大きく、にわかには信じられなかった。

といっても、私は新疆には 1997 年と 2003 年にそれぞれ 1 週間弱の調査で行ったことがあるのみで、新疆や綿花農業の専門家でも何でもなく、「強制労働」の情報に対しても「なんかモヤモヤする」と思うだけであった。 ただ、そうした思いを先日フェイスブックで吐露したところ、何人かの友人たちがネット上のいろいろな情報を教えてくれた。 おかげで新疆の綿花農業で何が起きているのかがある程度つかめてきたので、あえて蛮勇をふるって本稿を書く次第である。

新疆ウイグル族自治区とは

さて、新疆ウイグル族自治区は日本の 4 倍以上にあたる 166 万平方キロメートルという広大な地域であるが、天山山脈を境として、それより北の地域(ウルムチやジュンガル盆地)を北疆、それより南の地域(タクラマカン砂漠、タリム盆地、カシュガルなど)を南疆と呼ぶ。 ウイグル族が多く住むのは南疆で、オアシス農業や牧畜などを営んでいる。 一方、北疆はもともとカザフ族の遊牧民の遊牧地だったが、中華人民共和国政府が 1950 年代に遊牧民を定住化させたのち、そこに「生産建設兵団」と呼ばれる、国境地域の警備と開墾とを行う準軍事組織が数多く入植した。

生産建設兵団は、日本の明治時代に北海道の警備と開墾を行った屯田兵と性格が似ている。 屯田兵は明治の終わりに廃止されたが、生産建設兵団はいまも存在し、行政機能を持つとともに、農業や工業の経営も一体化した組織となっており、石河子市など 10 の市、56 の鎮は同時に兵団の部隊であると同時に地方政府でもあるという二枚看板になっている。 新疆生産建設兵団は 1954 年にスタートし、当初は人民解放軍の兵士とその家族 20 万人以上が新疆に送り込まれ、その 9 割以上が漢族だった。 1955 年時点で新疆の人口 487 万人のうち漢族はわずか 30 万人 (6%) で、その 6 割以上を兵団が占めていたと推定される。 つまり、兵団は新疆の中国化の尖兵として送り込まれたのだ。

新疆では中国の国民党統治時代の 1944 年から 45 年にウイグル、カザフ、ウズベクなどトルコ系民族による革命が起き、「東トルキスタン人民共和国」の樹立が宣言されるなど分離独立志向があった。 1946 年に国民党政府と革命勢力が和解して独立は取り消されたものの、1949 年に中国の支配者が共産党に代わってからも新疆の独立志向への警戒は続いた。 中国はソ連が新疆での反乱を焚きつけることを恐れていた。 実際、1958 年から 60 年代にかけて新疆でトルコ系住民が反乱を起こして、中国が軍を差し向けて鎮圧し、大勢がソ連に逃れる事件がたびたび起きた。

そこで、新疆に生産建設兵団を送り込むことで中国化し、分離独立やソ連への併合を許さない態勢を作ることが目指されたのである。 兵団には上海など都市からも青年が下放されてくるようになり、さらに甘粛省など内陸の貧しい地域から新疆への移民も流入した。 こうして新疆における漢族の人口比率が高まり、1980 年以降は 40% 前後となっている。

2019 年現在、新疆生産建設兵団の総人口は 325 万人で、新疆全体の 13% 弱を占めている。 また、生産額では新疆全体の 2 割を占め、1 人あたり GDP で見ると新疆の 2019 年の平均が 7,812 ドルであったのに対して兵団では 1 万 2,258 ドルと相対的に豊かである。ただ、兵団には定年後の老人たちが 52 万人もいて(2010 年時点)、彼らの生活を支える負担も大きく、中央政府からの補助金なしではやっていけないという。

さて、生産建設兵団のことを詳しく紹介したのは、実は兵団こそが新疆における綿花栽培の主たる担い手であるからだ。 兵団は綿花、トマト、小麦などの栽培を大規模に展開している。 2019 年時点で、兵団は新疆の綿花生産の 40% を占め、兵団以外では、北疆で綿花生産の 21%、南疆で綿花生産の 39% を担っている。 兵団の住民の 86% は漢族であり、特に北疆の兵団ではウイグル族が働くことはほとんどない。 綿花農業において最も労働力を必要とするのは綿摘みの作業であるが、8 月末から 11 月にかけての綿摘みの季節には、かつて大勢の出稼ぎ労働者たちが新疆にやってきていた。 出稼ぎ労働者のほとんどは甘粛省、陝西省、河南省、四川省、山東省など内地の各省からの人々である。

きついが高収入

最も多かった 1998 年には、生産建設兵団だけで 70 万人以上の出稼ぎ労働者が内地から来た。 綿摘み労働者に対する報酬は食事や宿舎、および往復の交通費は綿花農場側が負担したうえで、1 キロ摘むごとに 1.7 - 2 元の出来高払いであった(2011 年時点)。 熟練すれば 1 日に 100 キロぐらいの綿を摘むことができるので、1 日で 200 - 300 元、1 か月では 6,000 - 8,000 元の純収入となる。 この年の国有企業従業員の平均賃金は月 3,600 元だったから、綿摘みはなかなかの高収入だったことがわかる。 もっともその分きつい仕事ではあるようだ。

だが、綿摘みの出稼ぎ労働者は近年めっきり減っており、2016 年に兵団に来た出稼ぎは 14 万人で、その後さらに減った。 なぜなら綿摘み作業が機械化されたからだ。 2018 年には兵団での機械摘みの割合が 80.4% に高まり、2020 年の北疆での機械摘みの割合は 97% にもなったという。 一方、南疆では機械摘みの割合が 2020 年の時点でもまだ 60% で、手摘みに依存する部分がまだある。 2000 年以降、南疆にある兵団では、周辺に住むウイグル族住民が綿摘み作業に従事することが多くなったという。

ところで、中国政府は 2016 年に始まった第 13 次 5 カ年計画において農村の貧困人口を 2020 年までにゼロにするという目標を立てた。 ここでいう貧困人口とは収入が貧困ライン以下の人々を指し、具体的には家庭の 1 人あたり収入が 2010 年価格で年間 2,300 元というのがその基準である。 これは、とりあえず衣食住および基礎的な医療と義務教育の経費をなんとかまかなえる水準として定められた。

中国全体でこの貧困ライン以下の農村住民は 2015 年時点で 5,600 万人いて、新疆にも 261 万人いたが、これをゼロにする目標が新疆の自治区政府から各県政府に下達された。 貧困人口はとりわけ南疆の 4 地区、すなわちホータン、アクス、カシュガル、クズルスに住むウイグル族など少数民族の農牧民が多かった。 大消費地から遠く離れたこの地域では、従来通りの農業や牧畜業をやっていたのでは収入を増やせない。 そこで、工場を誘致するなどの努力が行われたが、貧困脱出の有望な方途として注目されたのが新疆内の綿花畑での綿摘みである。

貧困ラインを超えるためには 2015 年時点では 1 人あたり年に 2,800 元の収入が必要であったが、綿摘み作業を夫婦 2 人で 2 カ月やれば 1 万 8,000 元ぐらいの収入になり、仮に子供が 3 人いても、これだけで貧困ラインを優に超えることができる。 2016 年には新疆自治区政府から綿摘みに新疆内の農民や牧畜民を優先的に雇用するようにとの通達も出され、貧困人口を綿摘み作業に動員することで貧困撲滅につなげる政策が推進されるようになった。 その動員の様子がどんなであったかは、こちらの ビデオ が参考になる。

農民の貧困対策

このビデオは 2018 年 9 月に、ホータン地区の墨玉県からアクス地区アワティ県の綿花畑にウイグル族の農牧民 1,642 人を送り出したことを伝えている。 これによると、墨玉県政府は農民たちが後顧の憂いなく出稼ぎに行けるよう、出稼ぎ期間中に子供たちを預けるための託児所、老人を預ける施設、牛や羊を預ける施設を用意した。 墨玉県とアワティ県は同じ南疆ではあるものの、タクラマカン砂漠を間に挟んで 400km も離れている。 県政府で出稼ぎ農民たちを送迎する大型バスを何台も用意したようだ。

ただ、2020 年の綿摘みシーズンには、アクス地区ではもっぱら地区内の農民たちで綿摘みを行うようになり、地区外からの出稼ぎには頼らなかったという。 ということは、上のビデオに出てくるホータン地区からアクス地区への出稼ぎは 2020 年には実施されなかったことになる。

アクス地区で 2020 年に綿摘み作業をした人々がどれぐらい稼いだかというと、最も能率の高い人で 1 カ月当たり 1 万元、最も能率の低い人で 1 か月あたり 2,400 元、平均は 4,800 元程度だったという。 綿摘みに従事する期間は 2 カ月半ぐらいなので、最も多い人は 2 万 5,000 元、最も少ない人は 6,000 元、平均で 1 万 2,000 元とのことである。 ということは、夫婦二人で 2 カ月半働いて得る収入は最低で 1 万 2,000 元であり、子供が二人いる場合、なんとかぎりぎりで貧困ラインを超えられる。

私が中国でのさまざまな報道を元にまとめた新疆での綿花農業の現状は以上の通りであるが、果たしてこれは「強制労働」であろうか。 南疆の県政府などが農民たちに出稼ぎに行くことを熱心に奨励している様子は先のビデオからも伝わってくる。 ただ、その目的は農民たちの収入を増やして貧困家庭をなくすことなので、綿摘みに行った人々を低賃金でこき使ったりしたら元も子もない。 県政府が農民たちを綿花畑への出稼ぎに「動員」したのは間違いないが、「強制」したとはいえないと思う。

では欧米ではなぜ「強制労働」と断じられているのだろうか。 まず BBC の記者ジョン・サドワースが書いた「中国の汚れた綿」を見てみる。 ここには綿花畑での「ウイグル族の強制労働」を裏付ける独自の情報は特に示されておらず、主に共産主義犠牲者記念基金のエイドリアン・ゼンツが書いたレポートに依拠している。 ではゼンツがどう書いているかというと、実は上で私が書いたのとほぼ同じ内容である。種を明かせば、ゼンツは現地を調査したわけでも亡命者にインタビューしたわけでもなく、もっぱら中国の報道記事を元にレポートを書いており、親切にもそれら元記事へのリンクをレポートに注記している。 そこで私はゼンツのレポートからその元記事をたどって読んで、上の内容を書いたのである。

中国の報道の曲解に基づく「強制」説

ゼンツは中国の報道記事を元に「強制労働が行われている」と断じるのであるが、もちろん中国の報道記事には強制労働させているとはどこにも書いていない。 ゼンツはさすがに自分の議論に無理があると自覚しているのか、「強制と同意との境はあいまいである」としている。 戦略国際問題研究所のエイミー・レールらによる 2 本のレポートも新疆での強制労働の存在を主張している。 2019 年のレポートでは、生産建設兵団では刑務所も運営しているので、その服役者たちが農場や工場で働いている可能性を示唆している。ただ、その典拠は別の人たちが書いたレポートで 、レールらが独自の証拠を示しているわけではない。

レールらは新疆の再教育施設に入っていた人たちにインタビューをしており、そのうちの一人が「工場で働くか、さもなくば再教育施設に入るかだと言われた」と証言したという。 これがこのレポートで示されている新疆での強制労働の存在を示す唯一のエビデンスであるが、これは明らかに綿花農業とは関係がない。 一方、2021 年のレポートの方は新疆で強制労働が行われているということを前提に繊維・アパレル産業でどうやって新疆産品を使わないようにするかを論じたもので、強制労働の存在に関する証拠を提示しているわけではない。

新疆綿に関しては、スウェーデンのアパレルメーカー H & M が昨年新疆産の綿花を自社製品に使わないとアナウンスした。 それに対して中国で H & M のコマーシャルに出ている歌手らが抗議して契約を打ち切ったり、H & M に対する不買運動が起きたりといった騒動になっている。

H & M が新疆綿を使わなくなったのは、国際的な綿花畑の認証団体であるベター・コットン・イニシアティブ (BCI) が 2020 年 4 月に新疆での認証活動を 2020 - 21 年期について打ち切ったことが理由となっている。 では BCI がなぜ打ち切ったかというと、「信頼できる確認と認証を行う環境がない」からだという。 公式にはそれ以上の説明がないため、この後は想像するしかないが、アメリカからの指弾に対して新疆の側が警戒心を高め、調査員を受け入れなくなった、ということであろうか。

先に挙げた BBC のサドワースのレポートでは BCI の担当者へのインタビューを引用しており、その中で担当者は外国の調査員が新疆にアクセスすることが困難になったこと、および新疆の貧困撲滅事業によって農民たちが望まない労働を強いられている疑いを持っていると述べている。

ただ、解せないのは、BCI は人手による綿摘みが行われている南疆の綿花畑のみならず、すでにほとんど機械化された北疆も含めて新疆の綿花畑すべての認証活動をやめてしまったことである。新疆の域内から本人の意思に沿わない形で綿摘みに動員されている懸念を持っているのであれば、そうした綿摘み労働者を受け入れている綿花畑に対する認証を取り消せばいい話であり、綿摘みが機械化されている綿花畑の認証まで中止するのは筋が通らない。 BCI が欧米での政治的な空気に迎合したとの疑いを禁じ得ない。 また、2021 年 3 月には BCI の上海事務所が 2 度にわたって「我々は 2012 年以来これまで新疆で一度も強制労働の事例を発見したことはない」との声明を出し、BCI の本部と鋭く対立している。

アパレルメーカーはどう対応すべきか

以上で、新疆の綿花農業における強制労働の存在を主張するアメリカとイギリスの 4 本のレポートを検討したが、このうち自ら証拠を捕えようとしているのはゼンツだけで、他の 3 本は他のレポートの受け売りである。 となるとゼンツのレポートが強制労働説の大元ということになるが、中国の報道を曲解しただけのレポートが騒ぎの元なのだとすれば驚きである。 私はもちろん新疆の綿花農業における強制労働がないことを立証したと主張するつもりはない。 ただ、強制労働があると断定するには証拠が不十分だといいたいだけだ。

BCI が新疆の綿花畑の認証を中止したというのは繊維・アパレル業界の企業にとっては大変悩ましい状況である。 新疆産の綿は中国の綿花生産の 85%、世界の綿花生産の 20% を占めており、これを使わないことは、特に中国で綿製品の生産や販売を行っている企業にとっては容易ではないであろう。

H & M のように BCI が認証しないならダメだというのも一つの企業判断であるが、BCI は新疆での認証活動を中断する以前には中国全体で 8 万以上の綿花畑に認証を与えているので、BCI が 2019 年時点で認証を与えていた綿花畑については、急に状況が変わることはないだろうと推定して、引き続き使っていいものとする、というのも一つの企業判断である。 ともあれ、「新疆の綿花農業における強制労働」の証拠が不十分なのに、新疆綿を使い続ける企業は倫理に反すると指弾するのは軽率である。 (丸川知雄、NewsWeek = 4-12-21)

丸川知雄 : 1964 年生まれ。 1987 年東京大学経済学部経済学科卒業。 2001 年までアジア経済研究所で研究員。 この間、1991 - 93 年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。 2001 年東京大学社会科学研究所助教授、2007 年から教授。 『現代中国経済』、『チャイニーズ・ドリーム : 大衆資本主義が世界を変える』、『現代中国の産業』など著書多数。