日本各地の「伝統的酒造り」 ユネスコ無形文化遺産登録勧告に喜び 日本の「伝統的酒造り」が、ユネスコの無形文化遺産に登録される見通しとなった。 「伝統的酒造り」とは、杜氏(とうじ)や蔵人(くらびと)ら酒蔵の職人による、こうじ菌を使った手作業の技術を指す。 全国各地で技術が育まれ、美酒を生んできた。 各地から、喜びや登録に期待する声があがった。 米どころ新潟「身の引き締まる思い」 「日本酒をつくる蔵としてとても喜ばしく、身の引き締まる思いです。」 清酒「八海山」で知られる八海醸造(本社・南魚沼市)の 9 代目杜氏、村山雅俊さん (43) は、酒造りの文化、技術が世界に認められたことを喜んだ。 日本有数の豪雪地帯、津南町の出身。 高校卒業後、八海醸造に入社し、蔵人として酒造りに従事してきた。 38 歳のとき、独立行政法人「酒類総合研究所」で 1 年間研修し、技術を磨いた。 昨年 7 月、先代から引き継いで杜氏となった。 同社は、かつてのような出稼ぎの杜氏に頼る酒造りから、お互いが切磋琢磨する技術者集団として蔵人を育て、技術や文化を継承している。 村山さんは「日本酒造りは、蔵人たちが心を込めて発酵と向き合い、人の手で丁寧につくり出していく、世界に誇るべき文化。 これからもその志を伝承し、人為を尽くした酒造りに取り組んでいきたい」と話した。 「久保田」や「朝日山」の銘柄で知られる「朝日酒造(新潟県長岡市)」の杜氏、山賀基良さん (59) は朗報をじっくりとかみしめ、「日本酒は醸造と発酵によってさまざまな味をつくり出すもの。 そんな工程の複雑さが評価されたのではないかと思う。」と語った。 業界内では日本酒離れへの危機感も強いという。 山賀さんは「酒にはいろいろなタイプがあり、飲み方や好みもさまざま。 伝統を受け継ぎつつ、多くの方が楽しめる酒造りに挑戦していきたい。」と話す。 「とりあえずビール」ではなく、日本酒で乾杯しようという条例を持つ京都市。 江戸時代、京と大坂を結ぶ淀川の水運や東海道の宿場町として栄えた伏見では今も酒造りが盛んだ。 約 1.5 キロ四方の狭い地域に月桂冠や黄桜などの大手酒造メーカーをはじめ、21 の蔵元が軒を連ねる。 豊富な地下水に恵まれ、「灘の男酒」「伏見の女酒」と言われるように、まろやかな口当たりが特徴とされる。 伏見酒造組合理事長を今月 1 日まで務め、銘酒「月の桂」で知られる増田徳兵衛商店会長の増田徳兵衛さん (69) によると、伏見では 100 年以上前から、すべての蔵元の杜氏ら技術者が集まる勉強会を開いてきたという。 増田さんは「同じ地下水を利用しながらも、使う米やこうじや技術の違いによって多種多様な味わいの酒を醸してきた。 ライバル同士が会社の壁を越えて酒造技術を切磋琢磨してきた歴史が評価されたと感じる。」と話した。 9 連覇の福島「日本酒を世界へ」 福島の日本酒は全国新酒鑑評会で 2013 年から 9 連覇を成し遂げ、福島はいま国内有数の酒どころだ。 その立役者となった県酒造組合特別顧問の鈴木賢二さん (63) は「地方でがんばっている各酒蔵の地道な取り組みが世界で評価されたとも言え、うれしい限り」と話す。 福島県南会津町にある国権酒造の社長、細井信浩さん (52) は 9 月、フランスのパリで催された日本酒の大規模見本市に参加した。 ヨーロッパの各国の飲食店主らが集まるなか、英国の酒バイヤーから「GI を取ったんだって」と声をかけられ驚いた。 町にある四つの蔵元で造る日本酒を世界に売り出そうと、品質基準をつくって「南会津」ブランドとして国税庁から地理的表示 (Geographical Indication = GI) の指定を受けたのは 8 月だ。 瓶に統一のマークをつけて出荷している。 福島県によると、県産品のアルコール類の輸出金額はこの 10 年で 8 倍に増え、22 年度は 7 億 7,500 万円に達した。 日本酒が 3 億 7,900 万円と、ほぼ半分を占める。 細井さんは「昔は日本料理店で出されているぐらいだったが、いまは三つ星のフランス料理店にも日本酒が置かれるようになった。 ワインがブドウ畑ごとに評価されているように、ヨーロッパでは小さい産地こそ、注目される文化がある。 文化遺産の登録を足がかりに、日本酒を世界に広めていきたい。」と期待する。 広島・西条「道具の製造にも力を」 江戸期から酒づくりが続く東広島市西条地区。 兵庫・灘、京都・伏見と並ぶ日本三大酒どころとして知られ、今年 2 月には「西条酒蔵群」として酒蔵の一部などが国史跡に指定された。 西条を代表する酒蔵、賀茂鶴酒造は 14 年にオバマ米大統領(当時)が来日した際に安倍晋三首相(同)と酌み交わした「大吟醸特製ゴールド賀茂鶴」などを手がける。 総杜氏の友安浩司さん (59) は「日本酒離れが進む中、国内だけではなく、海外からも注目や関心が集まればうれしい」と話す。 同酒造では、木おけなど伝統的な酒造りの道具の製造にも力を入れているという。 広島県酒造組合会長の梅田修治さん (67) は「広島県は温暖な地域から雪深い地域まであるので、バラエティーに富んだ酒造りができるのが特徴。 今回を機に、日本酒を世界にも国内にも一層アピールしていきたい」と話している。 40 以上の国・地域に輸出している中島醸造(岐阜県瑞浪市)は元禄 15 年(1702 年)創業の老舗酒造だ。 代表銘柄は「小左衛門」、「始禄」で、2007 年からは海外輸出も手がけ、現在はケニア、フランス、シンガポール、韓国、アメリカ、オーストラリアなど 40 以上の国と地域で和食店を中心に商品を出荷している。 取締役の中島修生さん (50) は、輸出先の国を訪問する度、「海外での日本酒文化は、まだまだ浅い」と感じてきたという。 それだけに「日本でワイン文化が浸透しているように、今回の登録が、海外で日本酒文化が深まるきっかけになってほしい」と話す。 ユネスコへの提案概要では、酒が、儀式や祭礼など日本の文化のなかで不可欠な役割を果たしていることや、伝統的酒造りがそれを根底で支える技術であることも盛り込まれている。 「酒蔵は『神聖な場所』とされ、訪れると清らかな気持ちにもなったりする。 そういった日本の精神文化も発信していきたい。」 中島さんは、酒造りを担う酒蔵そのものの発信にも力を入れたいという。 鹿児島「焼酎が日本酒と並び『日本の酒』に」 鹿児島県いちき串木野市の大手焼酎メーカー、浜田酒造の浜田雄一郎社長(県酒造組合会長)は「焼酎も日本酒に並んで『日本の酒』と認知されるきっかけになる」と、登録勧告を歓迎した。 いもや黒糖など焼酎文化が根付く鹿児島だが、県内の焼酎生産量は近年、人口減少や飲酒習慣の変化、コロナ禍の影響も経て減少傾向に。 15 年前のおよそ半分の 10 万キロリットル前後になっている。 浜田酒造は海外市場に目を向け「カクテルのベースに使ってもらえる焼酎開発」にも力を入れ、中国やアメリカ、インドなど世界 30 カ国以上に輸出してきただけに「登録は海外戦略でも大きく寄与する」と見込む。 同時に国内市場向けには若年層や女性をターゲットに、果物の香りを醸した「香り系焼酎」なども売り出してきた。 ユネスコへの登録が実現すれば、そうした新たな商品開発の促進や高付加価値化にもはずみがつくと期待を寄せる。 「日本の酒文化をユネスコが高く評価してくれれば、日本の伝統的な手仕事を支えるんだと業界人も誇りや自信が持てる。 文化をつなぐという意味でも良い影響があると思う。」とし、各地の酒蔵が抱える後継者不足や地域の観光振興にも変化をもたらす可能性があると展望を語った。 沖縄「泡盛文化を絶やさない」 沖縄県内に 46 の酒造所がある泡盛は、米を原料に黒こうじ菌を用い、独自の製法でつくられる蒸留酒だ。 寝かせるほど独特の甘みや香りがする「古酒」に育ち、国内外にファンがいる。 地域の祭事や先祖供養にも使われてきた。 ただ、昨年の出荷量は 1 万 2,865 キロリットルと 10 年前から 3 割以上減っている。 1972 年の本土復帰の際に導入された税の軽減措置も段階的に縮小し、2032 年に廃止されることになっており、各酒造所は海外輸出や酒造ツーリズムなどに取り組む。 沖縄県酒造組合の新垣真一専務理事は「登録を機に若者や海外の人にも好んでもらえるようになれば。 沖縄の文化である泡盛が絶えることがないよう、魅力発信に力を入れていきたい。」と話した。 (山崎靖、久保田正、日比野容子、岡本進、興野優平、寺西哲生、加治隼人、伊藤和行、asahi = 12-5-24) 自慢の吟醸酒に「香料入れているのか?」 世界が日本酒を認めるまで ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に、日本の「伝統的酒造り」が登録された。 その代表格といえる日本酒で、山形県天童市の出羽桜酒造は、国内の酒造会社の中でも早い 1990 年代後半から本格的な海外輸出を行ってきた。 今では世界的人気を誇る「吟醸酒」だが、文化や風習が違う異国でのチャレンジは、当初は苦難の連続だった。 米どころである山形県は日本屈指の酒どころでもあり、別名「吟醸王国」と呼ばれる。 名蔵元がひしめく中にあって、出羽桜酒造はフレッシュで華やかな香りと繊細な味わいの「吟醸酒」を早くから手がけ、ブームの火付け役となった。 4 代目社長の仲野益美氏 (63) が海外進出を意識し始めたのは 80 - 90 年代のことだ。 当時、ビールやワインなど輸入されたアルコール飲料の人気が高まる一方で、日本酒の存在感は薄れつつあった。 先々、少子化が進めば飲酒人口が減り、日本酒の市場がさらに縮小するだろうと憂えた。 「攻めの一手を打とう」と動き出した。 1997 年、ニューヨーク、ロンドン、香港の主要都市に狙いを定め、本格的に輸出に乗り出す。 国内で評価されている吟醸酒なら、海外に出しても負けない自信があった。 しかし、海外の人たちから思わぬ反応が返ってきた。 「香料でも入れているのか?」 ブドウが原料のワインなら甘い香りはもっともだが、米が原料の日本酒で甘い香りがするはずがないと思われていた。 さらに、当時の米国で数少ない日本酒の愛飲者の間では「日本酒といえば熱かん」のイメージが定着していて、自慢の吟醸酒はなかなか受け入れてもらえなかった。 吟醸造りは、よりよく磨いたお米を通常よりも低い温度で長時間発酵させる方法。 これにより、フルーティーで華やかな香りが生まれる。 仲野氏は「作り方を含めて一から説明し、理解してもらわないと前には進めないと思った」と振り返る。 取り組んだのは、現地の飲食店関係者らを集めた勉強会。 飲食店に集まってもらい、吟醸酒とは何か、どんな料理と合うのかなど、実際に味わってもらう機会を重ねた。 「温めても、冷やしても、常温でもいけるのは、他のアルコール飲料にはない日本酒ならでは」と特徴を打ち立ててアプローチを続けた。 地道な試みを続けるうちに、興味を持った海外の関係者が現れ始め、自腹で山形を訪れて酒蔵などを見学する人も出た。 中には 2 カ月ほど寝泊まりして蔵人と酒造りを体験した人も。 仲野氏はその行動力に驚くと共に、新たな知見も得た。 「彼らはどんな環境で作っているかということだけでなく、吟醸酒以外の酒の味や地域社会との関わりなどを重要視していました。」 百聞は一見にしかず。手間のかかる製造工程や代々伝わる蔵人の技術、酒造りにかける日本人の情熱などを間近で触れた海外の関係者からは「素晴らしい!」と好評だったという。 仲野氏は「やはり本質を知ってもらう教育が大事だと痛感した。 吟醸酒への理解が深まったことにより、それ以外のスタンダードの酒にも興味を持ってもらうことができ、自信を持って海外展開を進めることができるようになった。」 ニューヨーク、ロンドン、香港の人やモノが集まる核となる都市で、理解あるパートナーが少しずつ現れたことで、徐々に日本酒の良さが世界に広がり始めた。 2013 年に「和食」が無形文化遺産に登録された時にも吟醸酒が大きく注目された。 今では出羽桜酒造の輸出先は欧州や米国、アジアなど 35 カ国以上へと広がり、海外輸出は同社の売り上げの約 15% を占める事業の柱となっている。 そして 2024 年にはインドへの輸出を本格化させた。 アルコールの規制が州によってばらつきがあり「参入するにはハードルが高い、眠れる大国」と苦笑する。 だがそれでも、飲酒人口が約 3 億人という市場規模の大きさは魅力的だ。 「食との組み合わせの良さをアピールすることで、アプローチは可能」とみる。 今回のユネスコの無形文化遺産登録は「世界に冠たるアルコール飲料になるためには、産地の認知度をもっと上げていくことが重要で、登録は大きなチャンス」と仲野氏は語る。 シャンパン、ボルドーワイン、スコッチウイスキー …。 世界の名だたる酒の多くは、産地の名が冠せられている。 だが「海外では日本酒の認知度は広まりつつあるものの、山形や新潟、兵庫など、産地で語られるレベルにはまだ達していない」のが現状という。 山形では 2016 年、日本酒で国の地理的表示保護制度(GI 制度)を都道府県単位では初めて取得。 寒冷な気候や良質な仕込み水などがつくり出す「やわらかく透明感のある酒」を売りにしている。 無形文化遺産登録で日本酒への注目が高まれば、改めて和食人気も上がることが期待できる。 「これからは日本酒ごとの特徴や違いを明確にし、どんな食事とも合う幅広さや、ワインやウイスキーのような長期熟成による味わいの違いといった時間軸の切り口など、日本酒に付加価値をつけたアプローチも必要だろう」と言う。 日本酒の各産地が個性を競い合い、海外進出する酒造メーカーがさらに増えれば、海外の人々にとっても日本酒の選択肢が広がり、飲み比べる新たな楽しみにもつながる、と考えている。 「海外でも、当たり前のように産地の名で日本酒が選ばれるようになれば。」 挑戦は終わらない。 (安斎耕一、asahi = 12-5-24) |