死者 29 万人超、全壊 235 万棟 南海トラフ地震で新たな被害想定
30 年以内に 80% 程度の確率で発生するとされる南海トラフ巨大地震をめぐり、内閣府の有識者検討会は 31 日、新たな被害想定を発表した。 最悪のケースで死者は約 29 万 8 千人、全壊焼失建物は約 235 万棟に上り、約 10 年前の前回からの減り幅はわずかで、政府の減災目標に大幅に届かなかった。 検討会は、駿河湾から日向灘沖の震源域で発生するマグニチュード (M) 9 クラスの地震を想定し、最新の地盤や地形のデータを使い、震度や津波高、浸水面積を再計算した。 2012 年と 13 年の発表(死者 32 万 3 千人、全壊 238 万 6 千棟)以来となる見直しとなった。
国は内陸を含む 29 都府県 707 市町村を防災対策の推進地域に指定し、昨夏に初めて発表した南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)の対象になった。 今回の見直しで、震度 6 弱以上の揺れや高さ 3 メートル以上の津波のおそれがある自治体は福島県から沖縄県の 31 都府県の 764 市町村となり、指定の拡大につながる可能性がある。
高知は最大 34 メートル、静岡は最短 2 分で津波
高知県黒潮町や土佐清水市では最大約 34 メートルの津波が襲い、命の危険が高まる 30 センチ以上の浸水は福島県から沖縄県の計約 1,151.5 平方キロで発生し、静岡市や静岡県焼津市、和歌山県太地町、串本町では 1 メートル以上の津波が最短 2 分で到達。 震度 7 の市町村は沿岸部を中心に 143 から 149 に増えた。 さらに人口減少や高齢化、タワーマンションや空き家の増加、物価高など、この 10 年間で社会状況も変化し、要支援者の増加や被災地の孤立など新たなリスクも生じた。
一方、住宅の耐震化率は約 79% (2008 年)から約 90% (23 年)、海岸堤防の整備率約 39% (14 年)から約 65% (21 年)、防災訓練を実施した市町村の割合約 79% (18 年)から約 86% (24 年)など防災対策が進み、被害軽減の想定につながった。
災害関連死も初推計、最大 5 万 2 千人
災害関連死も初めて推計され、東日本大震災(岩手県・宮城県)や能登半島地震の経験から、最大で約 2 万 6 千 - 約 5 万 2 千人とされた。 政府は 14 年に南海トラフ地震の防災対策推進基本計画を公表。 今回と異なる手法で、死者 33 万 2 千人、全壊 250 万 4 千棟とする被害想定を公表し、10 年間で「死者は 8 割減少、全壊は 5 割減少」との目標を掲げた。
今回の想定を当時の条件で計算すると、死者は 26 万 4 千人、全壊は 208 万 4 千棟で、それぞれ 2 割減どまりだった。 報告書を受け取った坂井学・防災担当相は「結果を真摯に受け止める」と述べ、夏ごろまでに減災対策を見直す考えを示した。 (力丸祥子、根津弥、asahi = 3-31-25)
東日本大震災の巨大断層はいま 千年に一度のメカニズム解明に迫る
東日本大震災の巨大地震を起こした地震断層は、いまどのような状態にあるのか - -。 海洋研究開発機構 (JAMSTEC) の地球深部探査船「ちきゅう」がこの秋、12 年ぶりに断層の掘削調査をした。 マグニチュード (M) 9.0 もの巨大地震を起こした断層はどのように作られ、次の地震に向けエネルギーをため始めているのか。 千年に一度の地震のメカニズム解明に挑んでいる。
2011 年 3 月 11 日に起きた東日本大震災は、日本海溝で太平洋プレートに引きずられて沈み込んでいた北米プレートが、元に戻ろうとしてすべることで引き起こされた。 断層は、水平に 50 メートルずれ、鉛直にも 10 メートル以上隆起した。 地震の規模は観測史上で世界 4 番目の大きさのマグニチュード (M) 9.0。 断層の長さは南北 500 キロにも及んだ。 今回の掘削調査に使われた探査船「ちきゅう」は、高さ 70 メートルの掘削やぐらを持ち、海底下約 7 千メートルのマントルまで掘れる。 これまで東北沖のほか、紀伊半島沖の南海トラフのプレート境界の掘削に挑んできた。
「千年に一度の科学的なテーマを解決」
今回の掘削は宮城県沖の約 200 キロの地点で 9 月に開始。 国際深海科学掘削計画 (IODP) の一環として、日米欧など 10 カ国の研究者が乗船した。 同じエリアの掘削は震災 1 年後の 2012 年以来だ。 共同首席研究者を務める JAMSTEC の小平秀一理事は「1 千年に一度の科学的なテーマを解決できる重要なプロジェクトだ」と話す。 注目されるのが、地震断層の経年変化だ。 日本海溝の震源域では繰り返し地震が起きると考えられている。 次の地震に向けエネルギーをため始めているのか、巨大地震の断層が形成される過程の解明が焦点となる。
震災 1 年後に行われた調査では、海底下約 820 メートルで地震断層の岩石を直接採取。 まだ巨大地震の余波である正断層の力が働いていて、地震のひずみの解放が続いていることが分かった。 今回の調査では、先端にドリルがついたパイプで、海底下 950 メートルまで掘り進めるのと同時に、穴にかかる圧力や電気抵抗、自然放射線などを計測し、データを取った。 JAMSTEC の高知コア研究所主任研究員の濱田洋平さんは「断層が再び力をため込むのに 12 年というタイムスパンがどのくらいの時間なのか、確かめる絶好の機会」と話す。
さらに今回は、前回調査した地点と同じ地震断層に加え、日本海溝を挟んで海側の、沈み込む前のプレートの地層を掘削した。得られた岩石を比較することで、プレートが沈み込む前と後ではどのような変化をするのかを調べる。
断層を直接採取 固着は始まっているのか?
そもそも、東日本大震災の地震と津波をもたらした断層は、プレート境界断層の浅い部分で起きた。 断層の破壊開始地点の深さは気象庁発表で 24 キロ。 深さ 10 キロ前後の海底近くまで地震断層がずれた。 震災前の常識では、巨大地震を起こすのはプレート同士がしっかり固着した深さ 20 - 50 キロの境界部分とされ、それよりも浅い部分でも深い部分でも起きないと考えられてきた。
東日本大震災の地震断層
震災 1 年後の調査で、直接採取したプレート境界の断層を調べたところ、海底から 820 メートルの場所で断層の厚さは約 5 メートル。 断層の規模に対して、非常に薄い層が断層帯を形成していた。 また、断層の岩石のうちスメクタイトと呼ばれる粘土鉱物が 80% を占めることが分かった。 火山灰が水と反応して作られる粘土鉱物で、水を含みやすく大きなすべりを引き起こす可能性があるという。
筑波大学教授の氏家恒太郎さんが室内実験で地震時のすべりを再現すると、地震発生時の摩擦熱は、最大 1,250 度に達した可能性があることが分かった。 スメクタイトを含むと摩擦係数が 0.1 程度とスキー板が雪山を滑るのと同じくらいになり、他の岩石の 0.6 - 0.85 に比べ非常に小さくなることが分かった。
この滑りやすい面はどのように形成されるのか。 そもそも浅い部分の断層は元々固着していて滑ったのか、もしくは固着はせず、より深い場所で始まった破壊に連動して浅い部分も滑ったのかは謎が残る。 今回、沈み込む前のプレートを掘削し、断層の形成前と比べることで、解き明かそうとしている。 氏家さんは「巨大地震を起こしたすべり面の変遷が分かれば、南海トラフなど他の地域も含めたメカニズムの解明につながる」と期待を寄せる。
水深 7,000 メートルでの掘削 地層の回収率は向上
今回の調査地点は水深 7 千メートル。 遠隔操作の水中カメラ (ROV) が使えず、特注のカメラシステムを搭載した。 深海での調査は視界が効かず、強風や潮流で流されずに船をキープし続けなければ安定した掘削調査ができない。 今回の調査は、12 年前に掘った穴を探すところから始まった。 7 千メートルのパイプをぶら下げたまま、ちきゅうの船自体を数十センチ単位で動かした。
さらに、直径約 50 センチの穴に 128 個の温度計を数珠つなぎに取り付けたロープを差し込んだ。 調査のオペレーションの責任者を務める研究プラットフォーム運用部門長、江口暢久さんは「10 メートル先の針の穴に糸を通すようなもの」と話す。 温度を計測することによって、断層がずれた際の「余熱」が分かる。 前回の調査では断層付近が周辺より 0.3 度高くなっていた。 また、温度から地震断層がずれる時に関わると見られる水の動きを推定することができる。 今後、数年にわたり計測する予定だ。
岩石を採取するために掘削した地層は最も深いところで海底下 961 メートルに達した。 地層は、砂や泥が固まった軟らかい層や、微化石が締め固まった硬い堆積(たいせき)岩のチャート、地球内部から出た溶岩など硬さが違う岩石が折り重なってできている。 掘削で岩石が壊れてしまうと回収できなくなる。 前回は、回収率は 3 割程度にとどまった。 今回、パイプに泥水を循環させ、鉛筆の芯の部分をくりぬくように引き上げる「ライザー掘削」という方法を改良し、ドリルの材質や直径を小さくすることで改善を図った。その結果、陸側の地点の回収率は 64.7 - 68.9% まで向上した。
最も深い掘削孔は海面下 7,906 メートルとなり、自らが 2012 年に達成した海洋科学掘削の世界最深記録 7,753 メートルを塗り替えた。 岩石の採取では、陸側のプレートを貫き、沈み込んでいる海洋プレートの上面まで到達。 断層を挟んだ試料を採取できたことで、力のかかり具合や物質の構成など断層全体の構造の解明が進むことが期待される。 (川原千夏子、asahi = 12-22-24)
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