財務省の主張はウソか 異端理論「MMT」上陸で激論

政府が自国通貨建ての借金をいくら増やしても財政破綻せず、インフレはコントロールできる。 もっと借金して財政出動すべきだ - -。 そんな過激な主張のアメリカ発の経済理論「MMT (Modern Monetary Theory = 現代金融理論、現代貨幣理論)」。 米国では経済学者を巻き込んだ大論争となり、日本でも議論を巻き起こしている。

MMT の提唱者の一人、ニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授は、政府債務が先進国で最悪の水準の日本でも、金融緩和で超低金利が続いていることが、「MMT のいい例証だ」と言う。 主流派の経済学者からは異端視され、政策当局者からも「日本を(MMT の)実験場にする考え方を今持っているわけではない(麻生太郎財務相)」、「MMT の考えているようなことをやっているということは全くない(黒田東彦・日本銀行総裁)」と否定的な見方が出るような主張がなぜ今、注目されるのか。

10 月の消費増税を控え、景気や財政への関心が高まる中、国会でも議論が活発だ。 最近の国会質疑で論戦を繰り広げた西田昌司(自民)、大門実紀史(共産)両参院議員と、元日銀審議委員の木内登英・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストに、MMT に関する見方を聞いた。(聞き手・笠井哲也、asahi = 6-5-19)

  • 西田昌司・参院議員(自民)

    財務省が言うのはウソ

    - - MMT が日本でも議論される背景は。
    「最近の世界経済は減速し、国内の景気も落ち込んでいる。 ここで消費税を上げるわけにはいかない。 積極的に財政出動しなければならない。 ところが財務省はこれ以上の財政支出をすれば破綻すると言う。 今は民間にも家計にも貯蓄があるが、高齢化で貯蓄を取り崩すしかない。 そうすると国債の消化ができなくなる、と財務省は言う。 これはウソだ。 このウソを正すために我々は MMT に賛同している。」

    - - ウソとは。
    「高齢化で貯蓄が取り崩されるということはある。 でもその貯蓄は何らかの消費に使われ、誰かの収入になり、その誰かの貯蓄が増える。 いったん増えた貯蓄が減ることはない。」 「最大の問題は、貯蓄が投資に使われないということ。 だから需要をつくらなければならない。 アベノミクスは、日本銀行の異次元緩和でデフレは解消し、インフレになるはずだといっていたが、私は異を唱えていた。 まずやるべきは財政出動だった。」

    新幹線や強靱化を

    - - どのような財政出動をすべきですか。
    「新幹線のネットワークを張り巡らせるとか、大規模災害に備えて様々な強靱化の事業を行うとか。 また、国立大の授業料を下げ、低所得でもやる気のある方には教育の機会が与えられるようにするとか。 そういうことを、国債を発行し予算化すればいい。 今の予算に 10 兆円程度上乗せして財政出動すればいい。」

    - - 金利上昇やインフレにつながりませんか。
    「財務省は20年前から、赤字国債が積み上がっていけばハイパーインフレが起きると言っていた。 今、国債残高は1千兆円を超えているが、金利はずっと下がり続けている。」 「MMT が言っていることは、自国建ての通貨で国債発行する限り破綻しないということで、これは財務省も認めている。 問題はインフレ率をどれくらいに設定するかという話だ。 インフレ率が 2 - 3% になるまで、(財政を)出せばいい。」

    日銀は MMT を実践

    - - そんなにうまくできますか。
    「今の日本はしているでしょう。 日銀がイールドカーブコントロール(長短金利操作)で確立してしまった。 日銀はすごいことをやってくれた。 全て、MMT が言っていることを実践している。」

    - - 米国では主に民主党左派が MMT に賛同しています。 自民党議員の賛同は意外ですね。
    「経済は『経世済民』。 戦争にならないように、災害や病気、貧困で困っている人を助ける。 それが政治の仕事で、国債を発行してもいい。 もちろん、税がなければ所得再分配ができず、格差がついてしまうが、税だけで全部やろうというのは大間違いだ。 国債というツールを使って民間と政府とのお金のやりとりを円滑にし、税と予算を使い、資源の再分配をする。 それが財務省の仕事だ。」

    - - MMT で財政を拡張し、無駄な公共事業が増えることを心配する声もあります。
    「昔の自民党には確かにそういうところもあった。 地元に(公共事業を)持って来るとか。 今後は必要なものをやりましょうと。新幹線とか、津波対策とか、少子化対策のための所得保障とか。 そこに予算を突っ込んでいけばいい。」

  • 大門実紀史・参院議員(共産)

    反発がマグマのように充満

    - - 日本でも MMT への関心が高まっています。 背景には何があるのでしょうか。
    「2000 年代の小泉構造改革以来、日本では新自由主義的な緊縮政策とともに、社会保障を含めた暮らしへの予算が削られてきた。 財務省は借金が大変だと言い、緊縮財政が続いてきた。 アベノミクスは株価を引き上げて富裕層と大企業がもうかるような金融政策で、さらに格差を広げた。 これらの政策への反発が、国民の中でマグマのように充満している。」

    「自民党にも、アベノミクスを否定はしないが、大企業や富裕層がもうけたのに実体経済がよくなっていないと思っている人たちがいる。 ゼネコンが熱望する公共事業を増やすためにも、MMT でもっと国債を発行しろ、と言う流れがある。」

    - - MMT についてご自身の考えは。
    「財務省が財政規律ばかり言ってきたので、みんなお先真っ暗になっている。 どんどん借金を増やしていいというわけではないが、財務省は脅し過ぎだ。 借金返済が一番ではなく、国民の暮らしをよくすることが一番だ。 この点で MMT を支持する人々にシンパシーは感じる。」

    高インフレを懸念

    「ただ、日本銀行が国債を引き受ける『財政ファイナンス』は、過去の歴史をみても高インフレを起こさない保証はなく、それを止められるという保証もない。」

    - - MMT の提唱者は、財政を拡張しても金利が上がらない日本がいい例証だと言います。
    「それは日銀が異次元緩和で大量に国債を買い支えているからだ。 この先もずっとやれるわけではない。 いまは閉鎖経済ではなくグローバル経済だ。 貪欲な投機的マネーが動き回るもとで、MMT 政策を実際にすすめれば、資本逃避や為替、金利の変動を本当にコントロールできるのか。 市場が急変した時には『理論』だけでは対応できない。」

    もうかっているところに負担を

    - - では今後の財政政策はどうすべきですか。
    「欧米の緊縮財政に反対する政治勢力の主張をみても、社会保障や暮らしをよくする施策は大企業や富裕層への増税で対応し、中央銀行による緩和マネーは国民のための住宅建設などに使い、雇用を生み出すということが本筋ではないか。 消費増税は財政再建に役立っていない。 法人税、所得税を減税したからだ。 もうかっているところに、相応の負担を求めるべきだ。」

    「わが党も人々のくらしに真に役に立ち、地域経済への効果も高い身近な公共事業は否定しない。 ただいま最も気を付けるべきは、この MMT が、まだまだ借金しても大丈夫と、ゼネコン型の大型公共事業や防衛費拡大の理屈に利用される危険性だ。」

  • 木内登英・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト

    債務拡大の容認、危うい

    - - MMT についてどう考えますか。
    「危ういのは、政府債務の拡大を黙認、あるいは容認する論調を広げていることだ。 日本の場合、政府債務が増えることによって経済力が落ちてしまう。 MMT が言うように、先進国で自国の通貨を発行している国は、簡単に破綻はしない。 ということは、将来、どこかで増税をして財政を立て直さなくてはならない。 それは(政府債務の拡大は)将来世代に負担がどんどん回っていくということだ。」

    「将来、国民の負担が増えて需要が落ちると見通せば、企業は投資を減らし、雇用を減らし、賃金を抑えるだろう。 消費者も、子や孫に負担がいくのであれば、それに備えて遺産を増やす動きを強め、消費を抑えて、貯蓄を増やす。 将来の負担増加の影響は現在に、前倒しで起こると思う。」

    - - MMT の一部は正しいとも指摘されていますね。
    「MMT の本質は、財政破綻するリスクは国や制度によって違うということだ。 イタリアやギリシャなど自国通貨を持たない国は、破綻のリスクが高まると金利がすごく上がるが、アメリカや日本のように自国通貨を持つ国は、そうはならないと主張する。 そこまでは正しいと思う。」

    中銀が無制限に通貨発行

    「その違いは、自国通貨を自由に発行できる他国から独立した中央銀行があるかどうかだ。 そうした中銀があれば、財政破綻のリスクから国債の金利が上がり、国債の借り換えが困難になっても、中銀が国債を直接引き受ける、あるいは、中銀が民間銀行に大量にお金を貸し出して国債を買わせれば国債の発行は続けられるため、財政は破綻しないと市場は考える。」

    「日本では、中央銀行による国債の直接引き受けは財政法 5 条で禁止されているが、『ただし書き(『特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りではない』)』がある。 本当に困った時にはこれをやると、みなが思っている。 自国通貨で国が借金する限り、返せなくなることはない。 自国通貨を無制限に発行できる自国の中銀があるからだ。」

    - - MMT の提唱者、ニューヨーク州立大学のケルトン教授は「日本が(MMT の)実例だ」と言っています。
    「日本は国債残高が増えても金利急騰を招かないと言われるが、それは日本国債の 10% 程度しか海外の人が保有しておらず、主に国内で消化されているからだ。 他方、アメリカでは国債の半分近くを海外の人が持ち、国債発行を増やすと金利上昇とドル安が進みやすいため、問題だ。 では日本なら問題がないかというと、政府債務の増加が将来の負担増への懸念を招き、投資や消費を抑えて経済を悪くしている面がある。 MMT が正しいことを日本が証明しているわけでは決してない。」

    近づく消費増税も影響

    - - MMT の議論が政治家の間で活発になっている背景は。
    「2013 年に日銀が大規模な金融緩和を始めた時は、皆それに期待した。 物価が上がり、税収も増え、財政の問題も解決すると。 しかしうまくいかず行き詰まったので、『金融政策は限界だ、財政だ』となっているのだろう。」

    「アメリカでの MMT の議論はもともと、政府債務の法定上限引き上げの議論から始まっている。 一方、日本では金融政策と結びつけて議論され、それが(政府債務が増えても)金利が上がるようなことはないという主張を支える形になっていると思う。 もともとの(財政拡張)政策の考え方を正当化するのに、新たに出てきた理論を利用しているという傾向が強いと思う。」

    「経済の減速も影響しているように感じる。 日本では財政拡張の主張が、景気が減速し、消費増税が近づいたタイミングで盛り上がりやすい。 MMT も消費増税先送り、撤回という主張と結びついている。」

    インフレ抑えられない

    - - MMT の支持者はインフレ率の上限を、たとえば3%や4%に決め、そうなるまで財政出動し、上限を超えたら財政出動を止めればいいと言います。 そんなことができますか。
    「現在の日本で物価が 3% も 4% も持続的に上がるような状況は、財政や金融政策に対する信頼感が全て失われ、資金が海外に逃げ、急激な円安によって物価が上がっている以外にないと思う。 そんな時に財政支出を絞ったからといって、インフレを抑えることはできないと思う。 無理に抑えようとすれば財政も金融も超緊縮になり、景気を殺してしまう。」

    「インフレの目標値を持ち、物価がそれを上回れば政策を変えればいいという議論は、金融政策で以前からある。 日銀の伝統的な考え方は、資金を大量に供給して中央銀行の信頼を失うようなことをすると、非常に悪い形のインフレになってしまうというものだ。 対して、いわゆるリフレ派は、金融政策は緩和方向には効きにくいが、引き締め方向には効くと言う。 縄のように、緩めるときには効きにくいが、引っぱる時には効くので、引き締めのときは心配するなと言う。 その受け売りというか、現在の議論はそれとパラレルに進んでいる面があると思う。」

MMT (現代貨幣理論、現代金融理論)とは? : 「Modern Monetary Theory」の略。 「独自の通貨をもつ国の政府は、通貨を限度なく発行できるため、財政赤字が大きくなっても問題はない」という考え方が中核をなす。 米民主党で史上最年少の下院議員、アレクサンドリア・オカシオコルテス氏が支持を表明したことで米国で脚光を浴びた。

提唱者の一人、ニューヨーク州立大のケルトン教授が「日本が(MMT の)実例だ」と述べたことで、日本にも論争が飛び火している。 政府が財政を拡大し過ぎることは財政破綻を招きかねないとされてきたが、インフレ率が一定の水準に達するまでは財政支出をしても構わないとする。 経済学の主流派からは「異端」とされるが、支持者たちはクナップやシュンペーター、ケインズらの業績をもとにできた伝統的な経済理論だと主張する。


財務省が MMT に異例の反論 財政拡大論の広がり警戒

米国で注目される MMT (現代金融理論)など財政規律の軽視につながる議論をめぐり、財務省が反対するデータを集めた資料を財政制度等審議会の分科会に出した。 資料は反論データに異例の分量を割いている。 来年度予算へ向けた議論をスタートするにあたって、国の借金が膨らむことへの楽観論に反論し、財政健全化への理解を広げたい考えだ。

17 日に提出された資料には、国の歳出や歳入、債務残高といった基礎データのほか、財政再建を不要と見なす議論を牽制するデータを載せた。 2 年前の年度初めの資料の 5 倍近い 62 ページを費やした。 MMT は一定の条件下で財政赤字を問題視しない考え方だ。 提唱する米経済学者は「日本の債務は全く過大ではない」と主張する。 日本の国会でも MMT を引いて財政支出の拡大を求める声が出ている。 財政審の場で話し合うのは初めての新理論に、資料では 4 ページを割いて、MMT に批判的な世界の著名な経済学者ら 17 人の意見などを列挙し反対する考えを示した。

ほかにも「日本国債は大半が国内で保有されるため財政破綻しない」、「インフレで財政の改善が期待できる」などの意見に対し、国債の海外投資家の保有割合が高まっているデータや、インフレになれば歳出も増えて財政は悪化するなどの見解を盛り込んだ。 財務省の担当者は「いま財政危機だと主張したいわけではない。 ただ将来を見すえた時に現在の債務を抱え続けるのはリスク。 発信不足の反省も踏まえ、深刻さを疑う指摘にデータを示して現状への理解を広げたい。」と話した。

分科会長代理の増田寛也元総務相は終了後の会見で、会合で MMT に理解を示す意見は一切出なかったと紹介した上で、「私も、(MMT は)理論ではなくポリティカル・アクティビティー(政治活動)のように考えている」と述べた。 財政状況への理解を広げるため、分科会は 13 年ぶりとなる地方公聴会を 5 月 13 日に大阪で開く。 財政についての基調講演や委員らによるパネルディスカッションが催される。 (木村和規、asahi = 4-22-19)