豪雨被災の JR 山陽本線、9 月 30 日に全線再開 「10 月中」の見通しを前倒し

呉線、芸備線、福塩線も新たな再開見込み発表

JR 西日本広島支社は 2018 年 9 月 14 日(金)、西日本豪雨により不通になっていた山陽本線の三原 - 白市間 30.6km が、30 日(日)に運転を再開すると発表しました。 これにより山陽本線は、全線が復旧します。

山陽本線は西日本豪雨により複数個所で土砂の流入や流出、踏切や変電所の冠水などといった被害が発生。 7 月 11 日時点では、笠岡 - 海田市間 111.2km と岩国 - 徳山間 68.8km が不通になりました。 その後、復旧工事が進み運転区間が少しずつ拡大。 9 月 9 日(日)には八本松 - 瀬野間と柳井 - 下松間が運転を再開しています。 最後に残った三原 - 白市間は、復旧の見通しが当初「11 月中」とされていましたが、「10 月中」に繰り上がり、今回、「9 月 30 日(日)」と発表されました。 (乗りものニュース = 9-14-18)


広島 - 呉、2 カ月ぶりに鉄道つながる 西日本豪雨で被害

西日本豪雨による土砂崩れなどで一部区間が不通になっている JR 呉線(87 キロ)で 9 日朝、呉(広島県呉市) - 坂(同県坂町) = 14.8 キロ = の運転が再開された。 すでに復旧した区間を合わせても全体の 3 割ほどだが、2 カ月ぶりに呉駅から広島駅までがつながった。 呉線は豪雨の影響で、一時全線で不通に。 8 月 2 日に 坂 - 海田市(広島県海田町)の 5.2 キロが、20 日には 広(呉市) - 呉の 6.8 キロがそれぞれ復旧した。 しかし、呉市中心部と広島市を直接行き来するには、代行バスを利用するしかなかった。

JR 西日本広島支社によると、通常の 9 割弱の本数で運転するという。 残りの安芸川尻(呉市) - 広は 10 月中、三原(同県三原市) - 安芸川尻は来年 11 月中の復旧を見込んでいる。 またこの日、JR 山陽線の白市(広島県東広島市) - 瀬野(広島市安芸区)の運転も再開した。

ダンプカーかき集め、早期復旧

JR 西日本は「過去に例のない事態」と災害直後の 7 月 10 日、特別復旧チームを発足。 激しく被災し、当初「11 月中」とされた区間を早期に復旧させ、呉と広島を 2 カ月でつないだ。

過去に広島県内などで土木・建設関係に携わった経験がある社員や OB ら 8 人が集結。 陣頭指揮を任されたのは、出向先から広島支社の副支社長として送り込まれた西井学さん (52) だ。 専門は鉄道土木の保守管理。 チームは、延べ 1 千人超の作業員らと復旧に取り組んだ。 特に急いだのは水尻駅(坂町)周辺。 呉線のすぐ山側を並行して走る広島呉道路(クレアライン)の一部が崩落し、大量の土砂が駅のホームや周辺の線路に流れ込んでいた。

流入した土砂の量を約 1 万 2 千立方メートルと試算。 県内外一円からダンプカーをかき集め、周辺道路の交通量の少ない夜間に作業を集中させた。 西井さんは「『何十年に 1 度の豪雨』が、来年も襲ってくるかもしれない。 まずは復旧を急ぎながら、一方で災害に強い鉄道を整備していきたい。」と話している。 (原田悠自、asahi = 9-9-18)


JR 貨物、28 日から山陰線迂回輸送を開始

JR 貨物と JR 西日本は 24 日、西日本豪雨で山陽線が寸断され、運休中の貨物列車について、今月 28 日から山陰線を使った「迂回輸送」を始めると発表した。 山陰線への迂回輸送は阪神大震災があった 1995 年以来。 名古屋と福岡からそれぞれ 1 日 1 往復させる。 迂回ルートは倉敷駅(岡山県倉敷市)から伯備(はくび)線と山陰線を通り、益田駅(島根県益田市)から山口線で九州へ向かう。 名古屋発は 28 日、福岡発は 31 日から運行を始める。 7 - 8 両編成で、5 トンコンテナを 30 - 35 個積めるという。

山陽線は東日本と九州を結ぶ物流の大動脈で、宅配便や農産物、自動車部品など幅広い荷物の輸送を支える。 豪雨による寸断で、物流業界はトラック輸送への切り替えを余儀なくされ、輸送コストが上昇するなどの影響が出ていた。 全国のトラック運送事業者でつくる「日本貨物運送協同組合連合会」などによると、2010 年 4 月を 100 とした 7 月の成約運賃指数は 123 で、10 年の調査開始以来、7 月としては最高値を記録した。

ただ、山陰線は単線のため、迂回による輸送量の効果は限定的だ。 JR 貨物は現在、トラックと船での代行輸送で通常時の 18.9% の輸送量を確保するが、迂回輸送で上乗せできるのは 1% 強の見込みだという。

今回の迂回輸送は、山陽線の全線復旧を 10 月中とする JR 西に対し、JR 貨物が要請。 山陰線は大半の区間で JR 貨物としての運行実績がないことから、JR 両社が安全面で問題がないかどうかなど、実現に向けて検討を続けていた。 山陰線はまた、大半が非電化区間のため、一部でしか使われていないディーゼル機関車の確保も必要だった。 迂回輸送は東日本大震災などでも実施されたことがあるが、「これまでとは格段に条件が違った(JR 貨物)」という。 (中島嘉克、asahi = 8-24-18)

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【西日本豪雨】 JR 貨物、山陽線寸断で山陰線への迂回ルートを検討 伯備線・山口線を経由

JR 貨物と JR 西日本は 3 日、西日本豪雨で山陽線が寸断されていることを受け、貨物列車を山陰線への迂回ルートで運行する準備をしていると発表した。 実現すれば、阪神大震災後の平成 7 年以来となる。

山陽線では全国の鉄道貨物の 3 分の 1 にあたる 1 日約 3 万トンが輸送されているが、豪雨後は運休が続き、トラックや船で代行輸送を行っている。 全面復旧は 10 月になるとみられている。 迂回ルートは、岡山県の倉敷駅から伯備線、山陰線、山口線を経由し、新山口駅で山陽線に戻る案を検討。 今後は運転士の訓練や、線路などの設備が貨物列車の重量に耐えられるかの確認などを実施し、運転開始を目指す。 (sankei = 8-3-18)


犠牲 51 人、8 割超が 1 階部分で発見 真備町の豪雨被害

岡山県倉敷市真備町で亡くなった 51 人のうち、8 割以上の 42 人が住宅 1 階部分で遺体となって発見されていたことが、関係者への取材や朝日新聞の調査でわかった。 42 人のうち 36 人が 65 歳以上の高齢者。 足が不自由だったり杖を使ったりする人らが多かったといい、避難が困難だったために自宅で亡くなるケースが大部分を占めていたことが浮き彫りとなった。

朝日新聞は自治体や警察、消防に取材するとともに、亡くなった人の関係者に当時の状況について話を聞いた。 その結果、43 人が屋内で遺体で見つかっていたことが判明。 うち 1 人は 2 階部分で、42 人は 1 階部分だった。 建物の形態別にみると、21 人が平屋、21 人が 2 階建て以上の住宅やアパートに住んでいたが、上階へと移動する「垂直避難」ができなかった可能性がある。

地域でみると、1 級河川・小田川の支流で、3 カ所が決壊した末政(すえまさ)川の近くに集中。 12 人が亡くなっていた。 末政川は 7 月 7 日午前 0 時ごろに決壊が始まったとみられており、近くに住む 70 代男性は「大きな音がして家がきしんだ。 目の前で近所の家がえぐられ、一瞬で流された。」と証言。 周辺の家屋は大きく損傷しており、激しい濁流が突如襲ったとみられている。

亡くなった人の自宅は広範囲に分布しており浸水が比較的浅いと推定された場所もあった。 また倉敷市によると、介護が必要だったり障害があったりするなどして、災害時に支援が必要な「避難行動要支援者」は 51 人中 42 人。 国は要支援者の具体的な避難方法などを定めた「個別計画」の策定を各自治体に求めているが、倉敷市は策定していなかった。

想定された洪水「どこでも起こりうる」

国は近年、相次ぐ水害を受け、対策を進めている。 ハード面では、国管理の河川のうち優先的に整備が必要な区間延べ約 1,200 キロで堤防のかさ上げや補強を実施中だ。 一方、ソフト面では、想定される最大の洪水を対象にしたハザードマップ、災害時の自治体や住民の対応を定めたタイムラインの作成を進めている。

真備町地区のある高梁川流域では、1893 年の大洪水以降、2011 年まで少なくとも 14 回の洪水が発生。 倉敷市が作成していたハザードマップが示す浸水域は、今回の豪雨によるものとほぼ重なる。 その意味では「想定された洪水」といえるが、防ぐことはできなかった。 東京理科大の二瓶(にへい)泰雄教授(河川工学)は、地区の約 170 カ所で浸水深を調査。 5 メートル超の場所が広範囲にわたり、最深で 5.38 メートルだったことが判明したという。 「深いところでは 2 階に『垂直避難』をしても、命を守れない所が多かった」と指摘する。

この地区同様、堤防に囲まれた低地は、淀川と大和川に挟まれた大阪平野、江戸川や荒川が流れる東京東部など各地にあるとし、「同じような洪水は、どこでも起こりうる」という。 大都市で河川の氾濫が起これば、大量の孤立者が出る上、長期間水が引かないため、消防や自衛隊による救助が追いつかない事態が予想されるという。 「公助」だけに頼らず、隣近所で声をかけ合って早期避難につなげる「共助」や「自助」が重要と訴える。 「自分の住んでいる場所で起きた過去の災害を知り、今あるリスクを知った上で、今回の水害を知り、自分のことに置き換えることが重要だ。」 (asahi = 8-8-18)


豪雨であわや 120 万世帯のテレビ映らず 台風で再警戒

西日本豪雨による土砂崩れの影響で、広島県全域にテレビ放送の電波を送っている電波塔へ送電できなくなり、被害や支援の情報を被災者に届けていた NHK と民放の全放送が止まる恐れがあったことがわかった。 テレビ局や電力会社が応急処置したが、接近している台風 12 号の進路次第では二次災害の恐れもある。

送電が止まったのは、広島市安芸区の絵下山(えげさん、標高 593 メートル)の頂上付近に立つ電波塔「広島デジタルテレビジョン放送局。(高さ 121 メートル)」 2006 年に NHK 広島放送局や県内の民放全 4 社が共同で運用を始めた。 県全域の家庭や中継局にデジタルテレビ放送の電波を届けており、機能を失えば県内の全約 120 万世帯のテレビ放送が止まってしまう。

広島ホームテレビ(広島市中区)によると 6 日午後 7 時 40 分ごろ、主調整室のブザーが鳴り、電光板に「電源設備 停電」と赤いランプが表示された。 絵下山で電柱が倒れて断線し、送電できなくなっていた。 すぐに非常用発電に切り替わったが、安定して運転できるのは 4 日ほどの可能性があった。 電波塔の地下にある発電用の貯蔵燃料も 10 日分しかなかった。

窓に打ち付ける雨音を聞きながら、小平(こひら)俊也・技術局長 (51) は「絵下山は特別な場所。 やられるわけにはいかない。」と思った。 局員らが慌ただしく動き回り、中国電力への状況確認や、各社間との情報共有に追われた。 翌 7 日正午ごろ、広島テレビ(広島市東区)の技術者らが絵下山に入った。 電波塔に通じるのは一本の山道。 その少なくとも 10 カ所で大規模な土砂崩れなどが起きていた。

陥没した道ではガードレールが宙に浮き、ひざまである泥や倒れた樹木が立ちはだかった。 何とか現場にたどり着くと、電波塔や、隣接する機材が入っている局舎は無傷だった。 「前例のない災害だ」、「5 社全ての放送を止めてはいけない。」 7 日夕方、NHK 広島放送局に集まった NHK と民放 4 社は、発電用の燃料と新たな発電機を空から運ぶと決めた。

中国電力が 9 日、倒れずに残っていた電柱を使って電線をつなぎ、送電を復旧させたが、再び途絶える恐れもある。 放送各局は 11 日、約 35 人で発電機と燃料をヘリで運んだ。 危機的な状況は回避されたが、まだ山道は完全に復旧していない。 豪雨で緩くなっている地面が台風の風雨で崩落したり、新たな土砂崩れが起きたりする恐れもある。 広島ホームテレビ技術局の金近泰幸さん (33) は「被災者が、放送を待っている。 何としてでも電波塔を守っていきたい。」と話す。 (吉川喬、asahi = 7-28-18)


【西日本豪雨】「返信、正直しんどかった」、「既読つかずやきもき」 … 災害時の SNS、課題を考える

西日本を中心とした記録的な豪雨から 20 日が過ぎた。 広島県東広島市に実家がある記者には現地に友人も多い。 想定を超える豪雨の現場では何が起きていたのか。 災害時、SNS はどれほど機能したのか。友人・家族の証言をもとに検証した。

スマホ見る余裕なく

気象庁によると、5 日から 8 日までの東広島市の雨量は 420 ミリ。 呉市の 470 ミリや広島市の 458 ミリと並び、被害地域の中でも多かった。 広島市内の専門学校で講師を務める友人 (36) は 6 日、JR 山陽線で東広島市内に帰宅しようとしていた。 しかし昼過ぎには運転見合わせとなり結局、新幹線を使い帰宅。 この時点では「被害がここまで広がるとは思わなかった」と振り返るが、同日夜には実家(同市黒瀬町)に被害が迫っていた。 床上浸水し、近くの崖も崩れた。

翌朝、様子を見に行こうと父親に連絡したものの、返事は「絶対来るな。」 数カ所で崩落が起き、孤立状態となっていたためだ。 夕方、ようやく車 1 台分が通れるようになり到着できたという。 その夜、友人はフェイスブックを更新。 「土砂崩れ、山崩れが多く見られ(中略)一時的にライフラインが寸断されました」と綴った。 また、仲間や家族、近隣住民と被害状況を共有したといい、「コミュニティは絶対に必要だと痛感した」とも記した。

この投稿を読んで自問自答した。自分は非常時に隣人と助け合える関係を築けているか。 挨拶程度の関係しか築けていないのではないか。 考えさせられた。 当時、友人の身を案じ「大丈夫?」と個別のメッセージも多く寄せられたという。 感謝する一方で「うん、大丈夫じゃけん。 ありがとう。」と返信することが「正直、しんどいと思う部分もあった」と振り返る。

当時は刻一刻と変わる状況を把握するため情報収集に明け暮れていたり、実家の状況も気にかけたりと「スマホばっか見とる状態ではなかった。」 広い範囲に情報を伝えられるフェイスブックに無事を書き込んだ背景にはこのような事情もあったという。

安否確認のライン送るも …

記者の両親も東広島市在住。 豪雨の去った 7 日朝は祖母宅のある三原市大和町に向かっていた。 この日、祖母が不在だったため、裏山が崩れていないか見に行ったという。 道中は河川の氾濫、土石流による通行止め、道路の一部陥没などがあり迂回。 到着に時間がかかった。 身内が以前入所していた老人ホームが半壊していた様子も見たという。 裏山は崩れていなかったが、向かいの山は崩れ、隣人は避難していた。 隣人は崩落が起きた同日早朝に「バリバリと地響きを聞いた」という。

一方、この日、道中にある椋梨ダム(東広島市)が満水のおそれがあると東京でも報道されていた。 放水量を増やすといい、流域に注意を呼びかけていた。 「近くを走っているかもしれない」と思いすぐに両親へ安否確認のラインを送った。 電話に出る余裕はないだろうし、ラインが "既読" 表示になれば危険な目にはあっていないだろうとの判断だった。 しかし、なかなか "既読" にならない。 仕事も手につかなかった。

両親から返事が来たのは翌日。 当時、電話は不通だったという。 考えてみれば、祖母宅の周りは田園地帯で通信インフラも脆弱。 無線 LAN は導入していたものの、今回は機能しなかった。 別の連絡手段も考慮しなければ、と感じた。 このように非常時、SNS は発信手段として機能したが、情報収集の手段としては効率が悪かった。 広く同時に被害が発生していたため、求める情報を検索することが難しかったのだ。

役に立ったコミュニティ FM

当時、役に立ったのが地域のコミュニティ FM。 情報の範囲が地元に限定されているため、情報が集めやすかったという。 また、土地勘のある人間による放送だったため、通行止めとなっている場所のイメージも湧きやすかった。 非常時には SNS の速報性と同じくらい、選別・加工されたローカルな情報も求められる。 どのように発信すれば良いか、適切なバランスとは何か。 報道に携わる者の端くれとして課題を突きつけられた気がした。

通行止めの手書き地図を共有

広島県坂町の会社に勤務する友人 (37) は 6 日、三原市内を運転していた。 黒瀬町から熊野町を経由し坂町の勤務先に戻る途中だった。 いずれも被害の大きかった地域だ。 午後 4 時ごろ三原市を出発、会社までは高速で 1 時間の距離だ。 遅くても 2 時間後には着くと見込んでいたが、途中の広島熊野道路で土砂崩れが起き渋滞に。 迂回路を模索したが、いずれも通れなかった。 同 7 時 40 分、広島県には大雨特別警報が出た。

同 10 時にはフェイスブックに「熊野から脱出できない」と投稿。 コメント欄には「無事で何より」、「くれぐれも気をつけて!」と返信が相次いだ。 SNS が安否確認に一役買った。 2 時間後の 7 日未明には帰宅をあきらめ「ローソン駐車場で車中泊」と投稿。 「熊野の盆地の中央なので浸水はないと思う。。。」と不安な思いも綴った。

車社会である東広島市。 崩落が相次ぎ通行止めの道も増えていたが、当時は報道も少なかった。 そのためフェイスブック上で手書きの通行可能マップが広く共有された。 友人もフェイスブックにこの地図を投稿、帰宅ルートを模索していた。 当時、熊野町では土砂崩れが発生、10 人以上の死者が出た。 友人は、判断を一つ間違えれば自らも巻き込まれていたと淡々と語った。

結局、帰宅したのは翌日の昼。出発から 20 時間が経過していた。 友人たちは「まだまだ手が足りていない場所が多い。 この状況を広めてほしい。」と口をそろえる。 遠く東京にいる身でできることは思いを寄せ続けること。 これからも定期的に話を聞き、支援していくことを誓った。 (松尾祐紀、sankei = 7-28-18)


「獺祭」生産再開へ 豪雨被害の旭酒造、29 日から

国内外で人気の日本酒「獺祭(だっさい)」を造る旭酒造(山口県岩国市)は、西日本豪雨の影響で停止していた生産を 29 日から再開する。 9 月 10 日ごろからの出荷を見込んでいる。 汚水が流入して営業ができなくなっていた近くの直営店も、本社ビルの 1 階に仮店舗を設けて 28 日に再開する。 出荷の遅れや設備などの被害額は 10 億円程度になる見通しという。 旭酒造は 7 日に「本社蔵」と呼ばれるビルの前を流れる川が氾濫し、1 階に泥水が浸水して停電。 冷蔵施設が動かせなくなっていた。 (具志堅直、asahi = 7-27-18)

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「獺祭」 30 万本廃棄へ 原料米に泥水、復旧 2 カ月以上

国内外で人気の日本酒「獺祭(だっさい)」の蔵元、旭酒造(山口県岩国市)は 9 日、豪雨で酒蔵施設が浸水して停電したため、一升瓶に換算して 30 万本の獺祭が廃棄処分になるとの見通しを明らかにした。 全面復旧には 2 カ月以上かかり、被害額は計 14 億 - 15 億円程度になると想定しているという。

記者会見した桜井一宏社長と桜井博志会長によると「本社蔵」と呼ばれるビルの前を流れる川が氾濫し、1 階が 70 センチほど浸水。 1 階と地下室の機械や原料米が泥水につかった。 電源もダウンして、発酵中だったものを含め計約 50 万リットルの酒の品質維持が難しくなった。 「獺祭」ブランドでは一升瓶 30 万本程度が出荷できずに廃棄せざるを得なくなりそうだという。

同社はコンピューターと手作業を融合した厳密な温度管理で年間を通して酒造りをしている。 一宏社長は「発酵のための温度管理ができなければ我々が目指す獺祭はつくれない。 機械が復旧するまではその分を他のブランドに転換することも検討したい」と述べた。 博志会長は「夏の災害の影響はうちでしか起こりそうもない。 公的な電力ばかりではなく、自家発電などの対策も必要だ。」と話した。 (具志堅直、asahi = 7-9-18)


山陽本線は 11 月中、伯備線は 8 月中旬 JR 西日本が再開見通しを発表 「1 年以上」の線区も

「平成 30 年 7 月豪雨」により運転を見合わせている鉄道各線区の再開見込み一覧です。 山陽本線は、三原 - 白市間の復旧が 11 月中になる見込みと発表されました。

バスなどの代行輸送、続々開始

JR 西日本は 2018 年 7 月 19 日(木)、「平成 30 年 7 月豪雨」により運転を見合わせている各線区の再開見通しを発表しました。 山陽本線は現在も三原 - 海田市間と柳井 - 徳山間が不通ですが、引き続き段階的に運転を再開し、11 月中には全線が復旧する見込みです。 このほか、鉄道事業者別各線区の運転再開見込みは次のとおり(7 月 19 日 15 時現在)。

● JR 東海
・高山本線 飛騨金山 - 下呂 : 8 月半ば 【バス】
・高山本線 坂上 - 猪谷 : 数か月 【バス】

● JR 西日本
・山陽本線 三原 - 白市 : 11 月中 【新幹線】
・山陽本線 白市 - 瀬野 : 10 月中 【同上】
・山陽本線 瀬野 - 海田市 : 8 月中旬 【同上】

・山陽本線 柳井 - 下松 : 9 月中 【新幹線、バス】
・山陽本線 下松 - 徳山 : 8 月 1 日(水) 【同上】

・姫新線 上月 - 新見 : 数か月後 - 年内 【バス代行を計画】

・津山線 野々口 - 玉柏 : 8 月上旬 【バス】

・伯備線 豪渓 - 上石見 : 8 月中旬 【バス】

・福塩線 福山 - 神辺 : 22 日(日)

・芸備線 備中神代 - 備後落合 : 数か月後 - 年内 【23 日からバス】
・芸備線 備後落合 - 狩留家 : 少なくても 1 年以上 【23 日からバス】
・芸備線 狩留家 - 下深川 : 9 月中 【23 日からバス】
・芸備線 下深川 - 広島 : 23 日(月)

・呉線 三原 - 広 : 2019 年 1 月中 【新幹線】
・呉線 広 - 坂 : 11 月中 【新幹線、呉 - 広】

・岩徳線 岩国 - 櫛ケ浜 : 10 月中 【新幹線】

・山陰本線 益田 - 東萩 : 21 日(土)

・因美線 智頭 - 津山 : 数か月後 - 年内 【バス代行を計画】

・木次線 出雲横田 - 備後落合 : 長期間 【タクシー】

● JR 四国
・予讃線 本山 - 観音寺 : 8 月 10 日(金)ごろ 【バス】

・予讃線 伊予市 - 下灘 - 伊予大洲 : 早くても 2 か月後 【20 日からバス】

・予讃線 八幡浜 - 卯之町 : 20 日(金) 【バス】

・予土線 若井 - 北宇和島 : 早くても 2 か月後 【20 日からバス】

● JR九州
・筑豊本線 桂川 - 原田 : 未定 【バス】

● 長良川鉄道
・越美南線 美濃市 - 郡上八幡 : 未定 【バス】

● 京都丹後鉄道
・宮舞線 宮津 - 西舞鶴 : 未定 【バス】

● 井原鉄道
・井原線 総社 - 三谷 : 1 か月以上 【バス】

● 錦川鉄道
・錦川清流線 川西 - 北河内:約 1 か月 【バス】

● 平成筑豊鉄道 ・田川線 田川伊田 - 崎山:未定 【田川伊田 - 犀川間でバス】

・門司港レトロ観光線 九州鉄道記念館 - 関門海峡めかり : 未定

* 【】内は代行輸送が実施されていることを示す。

運転再開見込みが「数か月後 - 年内」とされた姫新線の上月 - 新見間と因美線の智頭 - 津山間では、バス代行輸送が計画されています。 準備ができ次第、開始される見込みです。 (乗りものニュース = 7-19-18)


物流「大動脈」山陽線が寸断 暮らし・経済に大きな打撃

西日本豪雨で寸断されたJRの在来線が復旧に 1 カ月以上かかる見通しとなり、地域の暮らしを直撃している。 東日本から九州を結ぶ物流の「大動脈」である山陽線が断たれて荷動きも滞り、日本経済全体に影響が波及しつつある。 自動車産業が集まる九州には、東北をはじめ本州から鉄道で運ぶ部品が届かなくなった。 日産自動車九州(福岡県苅田町)は、日産グループにおける国内生産のほぼ半分を担う拠点だ。 「生産に支障が出ないことを最優先(同社担当者)」とし、鉄道で運んでいた部品を 8 日以降、トラック輸送へ切り替えた。

自動車部品大手のアイシン精機(愛知県刈谷市)も、九州の自動車メーカー向けの部品をトラックで運ぶことにした。 「自動車メーカーの生産を部品会社が止めるのは論外(アイシン幹部)」という。 大王製紙の三島工場(愛媛県四国中央市)や日本製紙の岩国工場(山口県岩国市)も、鉄道貨物が使えずに頭を抱える。 輸送コストの面では、鉄道はトラックや船よりも安く済むだけに「費用はかかるが、何とか東京や大阪に運ばなければ … (日本製紙担当者)」と気をもむ。

製紙最大手の王子ホールディングス (HD) は、生産調整を余儀なくされた。 米子工場(鳥取県米子市)は、上質紙や菓子の箱などに使われる紙を 1 日 1,300 トンつくっていたが、半分以下に減らした。 鉄路で全国各地への出荷が滞ると、倉庫が満杯になるおそれがあるためだ。 さらに中国地方の別の 2 工場が水害に遭って再開が見通せず、「業績への影響が出そうだ。(同社広報)」

野菜の出荷も滞り始めた。 関西で展開する大手スーパーによると、豪雨被害が出てから、九州産のオクラやコマツナ、長ネギなどの入荷が大幅に減った。 関東など他の産地の野菜で代替していて店頭への影響はあまりないが、仕入れ価格は上がり気味だという。 担当者は「今後はジャガイモなどの野菜も含めて、品ぞろえや価格に影響が出る可能性がある。」

JR 貨物が全国で輸送しているのは、1 日あたり約 9 万トン。 だが、豪雨による運休でこのうちの 3 割が直接的な影響を受けた。 とくに山陽線で運んでいた東西の工業製品や農産物、宅配便などへの打撃は大きい。 同社関西支社の麦谷泰秀営業部長は「これだけ広範囲で輸送できないのは東日本大震災以来。 代行輸送では通常ベースまで輸送力を戻せない。」と説明する。 12 日からトラックや船での代行輸送を始め、山陰線などの迂回ルートも検討しているが、すべてをカバーするのは難しい。

物流現場では豪雨後、代替となるトラックの奪い合いが激しい。 運輸業界は近年深刻だったトラック運転手の不足を受け、長距離輸送を鉄道や船に切り替える動きがあり、その揺り戻しから混乱が広がった。 西濃運輸は昨年度から片道 800 キロ超の長距離輸送を順次、鉄道に切り替えてきた。 佐川急便も本州から九州への輸送の一部に鉄道を利用する。 両社はともに今回、東日本から九州への荷物の受け付けをやめる事態に追い込まれた。

長崎県諫早市の北尾運送は、東京向けの県産野菜や加工食品の一部の輸送について、昨春にトラックから鉄道へ切り替えたばかりだった。 豪雨後はトラック輸送に戻したが、運転手の確保に苦労しているという。 担当者は「人手もコストもかかってダブルパンチ。 早く復旧してほしい。」と話す。

JR 西「復旧計画まだこれから」

「被災状況はほぼ把握できたが、再開にどのくらいの期間がかかるかは、まだこれから。」 JR 西日本の担当者はこう述べ、山陽線も含めた復旧計画の策定を急いでいる。 18 日に来島達夫社長が記者会見し、路線や区間ごとの大まかな復旧見込みを公表する予定だ。 JR 西日本で復旧に 1 カ月以上と見込まれるのは、広島県を中心に岡山県や山口県などの 10 路線 11 区間。 大動脈の山陽線は、広島の三原駅と海田市(かいたいち)駅間(延長約 65 キロ)で土砂流入や盛り土崩壊が相次ぎ、復旧まで数カ月と見られている。

利用者の多い区間では、土砂を取り除いて安全確認ができれば、折り返し設備のある駅との間で順次運行を再開している。 比較的早く復旧した山陽新幹線は、広島 - 福山(広島県福山市)間などで在来線の代行輸送をしている。 不通区間の定期券があれば新幹線の自由席に乗ることができる。

鉄道被害は地域の足を奪った。 広島県東広島市の県立河内(こうち)高校は 153 人の生徒の大半が JR 山陽線を利用しており、登校できない状況が続いている。 鉄橋が流された JR 芸備線は、復旧まで 1 年近くかかると見られている。 広島県三次(みよし)市から広島市まで芸備線で通う女子中学生 (13) は高速バスに切り替えたが、「往復で約 3 千円かかるので金銭的にきつい」と話す。

JR 四国の被害も深刻だ。 愛媛県を中心に、主な豪雨被害は約 20 カ所にのぼる。 同社幹部は「発足 30 年、これほどの被害は記憶にない。 過去最大級ではないか。」と話す。 高松市から松山市を経て愛媛県宇和島市までつづく JR 予讃線は、JR 四国の幹線だが、香川県内で鉄橋が傾き、復旧まで数カ月とみられている。 宇和島市で 22 - 24 日に予定されていた「うわじま牛鬼まつり」は、昨年は延べ 20 万人を超える人が訪れたが、今年は中止に追い込まれた。

JR 四国は 1987 年の旧国鉄の分割民営化による発足以来、本業の鉄道事業で黒字になったことがない。 今年 3 月期の決算では、昨年 9 月の台風 18 号などの豪雨災害の復旧工事費や災害対策費の影響で大幅減益となり、営業損益は 99 億円の赤字だった。 今回の被害について、担当者は「経営面への影響はまだ何とも言えない」と話すが、今後、復旧費用が重くのしかかる。 (asahi = 7-16-18)

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山陽本線や伯備線、呉線など、復旧に 1 か月以上 豪雨で被災 JR 西日本

JR 西日本が「平成 30 年 7 月豪雨」の被災状況を発表。 山陽本線や伯備線などの一部区間、呉線や岩徳線の全線は運転再開まで 1 か月以上を想定しているといいます。

1 か月以上にわたり運転を見合わせる線区(7 月 11 日 14 時現在)

・山陽本線 三原 - 海田市間、柳井 - 徳山間
・姫新線 上月 - 新見間
・因美線 智頭 - 津山間
・津山線 野々口 - 牧山間
・伯備線 豪渓 - 上石見間
・芸備線 備中神代 - 下深川間
・福塩線 府中 - 塩町間
・呉線 三原 - 海田市間(全線)
・岩徳線 岩国 - 櫛ケ浜間(全線)

山陽本線の三原 - 海田市間では土砂流入のほか、盛土流出、土砂堆積、変電所水没が発生。 柳井 - 徳山間も斜面崩壊や変電所水没の被害が生じています。 芸備線では橋桁の流出や変形が発生。 このほかの線区でも土砂流入や盛土流出などが確認されています。

1 か月以内に運転再開を見込む線区(7 月 11 日 14 時現在)

・山陽本線 笠岡 - 三原間、岩国 - 柳井間
・山陰本線 福知山 - 和田山間
・舞鶴線 綾部 - 東舞鶴間(全線)
・播但線 寺前 - 和田山間
・因美線 用瀬 - 智頭間
・津山線 津山 - 野々口間、牧山 - 岡山間
・伯備線 総社 - 豪渓間
・福塩線 福山 - 神辺間
・芸備線 下深川 - 広島間

JR 西日本によると被害状況は現在、係員による巡回に加え、道路が寸断されている箇所では空撮などで把握を進めているとのこと。 「ご利用のお客様にはご不便をおかけいたしますが、早期の復旧に努めてまいります。 ご理解とご協力をお願い申し上げます。」としています。 (乗りものニュース = 7-11-18)


<西日本豪雨> 6 カ所決壊、真備支流 岡山県が 20 年放置

西日本を襲った記録的豪雨に伴う河川の氾濫で多数の犠牲者が出た岡山県倉敷市真備町地区では、2 カ所が決壊した小田川だけでなく、その支流である三つの河川も決壊していたことが県への取材で判明した。 この 3 河川はいずれも、国から委任された県の管轄だが、法定の河川整備計画が定められておらず、維持管理がほとんどされていなかった実態も明らかになった。 県は「計画は水害対策に必要で、早期に策定すべきだった」と非を認めている。

今回の水害では、水位の高まった本流の 1 級河川・高梁川が支流の小田川の流れをせき止める「バックウオーター現象」が起きた可能性が指摘されている。 だが、複数ある支流のどの川から決壊が始まったかは分かっていない。

ただ、国土交通省が設置した調査委員会のメンバーの一人は小田川の支流の一つ、高馬(たかま)川でもバックウオーター現象が起こる中で、高馬川が決壊し、それが引き金となって小田川の堤防の外側が削られ、小田川の決壊につながった可能性を指摘している。 また、小田川の別の支流で、決壊した末政川の周辺は死者が多く出るなど被害が甚大で、今後県の対応が問題化する可能性がある。

国交省によると、小田川は、高梁川との合流地点の手前 3.4 キロなど 2 カ所で 50 - 100 メートル程度決壊。 その後の県の調査で、▽ 決壊地点から北に延びる高馬川(1.3 キロ)、▽ その上流から南に延びる真谷(まだに)川(4.6 キロ)、▽小田川から北に延びる末政川(4.4 キロ) - - の計 6 カ所でも 200 - 300 メートルにわたって決壊が見つかった。

県によると、この 3 河川は 1997 年施行の改正河川法により、河川整備計画の策定が義務付けられた 1 級河川。 整備計画では通常、河川の特徴や堤防の維持管理、災害時の復旧方法を定める。 だが県は 20 年以上にわたって計画作成を怠り、3 河川の深さや川幅、堤防の高さも把握していなかった。 県に残る維持管理に関するデータは、年 1 回の法定点検を昨年に目視で実施したとの記録のみという。 県河川課は「20 年間策定できていないことを重く受け止めている。 決壊と計画がないことの因果関係については何も答えられない。」と話している。 (津久井達、高橋祐貴、mainichi = 7-14-18)


山陽道、14 日に全線開通の見通し 9 日ぶり

西日本高速道路は 13 日、大雨の影響で一部通行止めが続いている山陽道について、14 日に全線が開通する見通しだと発表した。 土砂崩れで通行止めになっている広島 IC - 河内 IC 間が 14 日に開通する見通しになったという。 山陽道は 7 月 5 日から一部通行止めが続いており、14 日に全線開通すれば、9 日ぶりとなる。 (asahi = 7-13-18)

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広島と呉を結ぶ国道 31 号、5 日ぶり全復旧 輸送に期待

西日本を襲った豪雨で土砂崩れが起き、通行止めになっていた広島県呉市と広島市内を結ぶ国道 31 号が 11 日深夜、5 日ぶりに全線復旧した。 12 日朝には自衛隊車両や大型トラックが行き交った。 復旧に向けて、住民からは物資輸送の回復に期待がかかる。 開通したのは、広島市内と呉市を結ぶ約 20.1 キロ。 6 日夜に発生した坂町水尻の土砂崩れで道路の斜面が崩壊し、通行止めになっていた。 国土交通省広島国道事務所が、24 時間態勢で土砂の撤去を進め、近くの海水浴場の駐車場の敷地に迂回路を設け、全線開通にこぎつけた。

呉市によると、これまで広島市方面と呉市とを行き来するには県道を迂回する必要があった。 支援物資を積む大型トラックは入りにくく、支援が十分には行き届いていなかったという。 国道の通行止めで、呉市内のガソリンスタンドは消防車や自衛隊車両などへの給油を優先し、一般の人へのガソリンの販売ができない店もあった。 12 日朝には、タンクローリーが到着し、4 日ぶりに通常営業に戻った。 店長の北橋紀孝さん (56) は「多少遅れてでも毎日ガソリンが来る」と安心した様子で話した。

広島県呉市焼山の主婦石橋博子さん (63) によると、地域の人は開通以前、迂回ルートで 4 - 5 時間かけて、広島市内に買い出しに出かけていた。 「国道 31 号は呉市民の生命線。 小さな一歩ですが、復興に向けて踏み出せた気がする。」と話す。 呉市内のスーパーの 30 代の男性従業員は「商品の入荷が 1 時間以上早くなった」と喜ぶ。 同店の商品は東広島呉道路を通じての入荷が多いが、31 号を迂回する車で交通量が増え、納品に時間がかかっていた。 「商品がなかなか入ってこないとお客さんに迷惑がかかる。 これで安心です。」と話した。

一方、国道 31 号と並行して走る広島呉道路(クレアライン)は道路が崩落し、通行止め解除のめどは立っていない。 (渡辺元史、半田尚子、asahi = 7-12-18)