ロシア撤退に悩んだトヨタ、決めかねるユニクロ 国内回帰にもリスク

ロシアから撤退する日本企業が相次いでいる。 ロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、サプライチェーン(供給網)の混乱が続いているほか、人道的な理由も決断を後押ししている。 一方、撤退を決めあぐねている企業も多く、判断は割れている。

ガラス大手 AGC は 8 日、ロシアでのガラス製造販売事業を売却する検討を始めたと発表した。 ロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、先行きが見えないことが撤退の理由。 宮地伸二副社長は「ロシアの状況と国際情勢を考えると、我々が運営する意義はなくなった」と説明する。 1997 年にロシアに進出し、主に建築用と自動車用のガラスを手がけてきた。 ロシアには二つの工場があり、2022 年の売上高は 400 億円、営業利益は 78 億円にのぼった。 約 2 千人いる現地従業員の雇用を念頭に、宮地副社長は「責任を持って、いい譲渡先に渡したい」と話す。

昨年 2 月の侵攻開始後、ロシアからの撤退表明は米アップルや米マクドナルド、仏ルノーなど欧米勢が先行した。 当初は様子見だった日本企業も、侵攻から半年以上たった昨秋以降は撤退の動きが相次いだ。 まず目立ったのは自動車産業だ。 トヨタ自動車は 9 月に日系自動車メーカーとして初めて、ロシアから撤退すると発表した。 部品調達が難しくなり、3 月上旬から工場の稼働を止めていた。 ロシアへの国際的な非難が高まり、ブランドイメージが損なわれるリスクも大きくなっていた。 約 2,300 人の従業員に現地通貨ルーブルを取り崩して賃金を払ってきたが、資金に余裕があるうちなら、退職金の積み増しや再就職支援ができると判断した。 「苦渋の決断で、悩みに悩んだ(トヨタ幹部)」という。

マツダや日産自動車も部品調達や物流の改善が見込めないなどとして撤退を決めた。 ソニーグループは 9 月、ロシアでの音楽事業から撤退。 「戦争が壊滅的で人道的な影響をウクライナに及ぼし、ロシアに対する制裁が強化され続けているため、もはやロシアでのプレゼンスを維持することはできない」という声明を出し、現地法人や所属アーティストをめぐる権利をロシア企業に譲渡した。 その後、映画事業からも撤退した。 電通グループも現地合弁会社の株式の持ち分をすべて譲渡すると発表し、送配電事業などを展開する日立エナジーはロシア事業を売却したと発表した。

事業はいったん止めたものの、撤退か継続か判断しかねている企業もある。 「ユニクロ」を展開していたファーストリテイリングは昨年 3 月、全 50 店舗の営業とオンラインストアでの販売をやめた。 今年 2 月、ロシアの経済紙コメルサントは「ユニクロがロシアから完全撤退する可能性が高い」と伝えたが、ファストリの広報は「現在も事業停止であることは変わらない」とする。 ただ、営業再開の見通しが立たないため、9 月ごろから一部店舗の閉店に着手し始めたという。 11 月末時点で、ロシア国内の店舗数は 44 にまで減った。 閉店した店舗の従業員は一部退職したが、そのほかは今でも雇用関係にある。

モスクワ市内に 7 店舗あったうどん店「丸亀製麺」も、昨年 4 月に営業を一時停止したままだ。 フランチャイズ契約を結ぶ現地企業が丸亀製麺のときと似たロゴを使い、同じようなメニューで営業した時期もあったが、現在はこうした状況は解消されたという。 (江口悟、益田暢子)

ロシアで事業継続を選ぶ企業も

日本貿易振興機構 (JETRO) による 1 月の調査(回答は 99 社)では、通常通り稼働していると答えた社も 35.4% あった。 昨年 3 月の調査 (55.7%) からは減ったが、「国民生活に直結する事業」、「撤退すると他国にシェアを取られる」といった判断があるという。 日本たばこ産業 (JT) はロシアに 4 工場を持ち、22 年 12 月期の売上高のうちロシア市場が約 11% を占めた。 寺畠正道社長は 14 日の会見で「原材料は調達できており、資金決済もできている。 4 千人以上の従業員を抱えており、継続できている状況の中では継続していく」と説明した。

戸建て住宅大手の飯田グループホールディングスも「経営方針は変わっていない」として、ビジネスを続ける考え。 日立建機は油圧ショベルの生産を止めたが、製品修理の対応は続けている。 広報担当者は「一般の人の生活に密着している。 『じゃあ、さようなら』ということはできない。」とした。 楽天グループも通信アプリ「バイバー」を「偽情報と戦うための主要な通信チャンネル」と位置づけ、通話やチャットのサービス提供を続けている。

大手商社は、ロシア極東での天然ガスや石油の開発事業「サハリン 1」、「サハリン 2」の権益を維持している。 中東への依存度が高いエネルギーの調達源を多様化させる必要があるとして、政府は出資継続を「前向きに検討してほしい」と求めていた。 日本のエネルギー安全保障のため、民間側にも「権益の維持が必要だ」との意見があったものの、ある大手商社は「政府が方向を示してくれたことで決断しやすくなった(幹部)」と打ち明ける。 ロシア事業の継続に対する世論や株主からの批判も意識してのことだ。

商社などでつくる日本貿易会の国分文也会長(丸紅会長)は 8 日の記者会見で、対ロシアへの制裁とビジネスとの関係について「一番大事なのは G7 (主要 7 カ国)での協調だ」としたうえで、自国の経済へのダメージが大きい分野については例外的な取り扱いがあると説明。 サハリンの権益維持は「今から振り返っても正しい選択だったと考えている」と語った。(末崎毅、青田秀樹)

関心高まる地政学リスク、4 社に 1 社が「国内回帰」を検討

ロシアによるウクライナ侵攻で今回あらわになったのは、海外事業に伴う大きなリスクだ。 かつて日本の製造業は、効率性を重視してコストが安いアジアなどに生産拠点を移した。 だが、地政学リスクの高まりに加え、為替の変動や海外の労働環境の変化もあり、国内回帰の動きが広がる。 帝国データバンクが昨年 12 月 - 今年 1 月、海外から部材の調達などをする 3,507 社に聞いたところ、「生産や調達の国内回帰または国産品への変更」を検討または実施している企業が 24.6% あった。

具体的には「輸入品から国産品への変更」が 14.4%、「調達先を海外から国内へ変更」が 10.4%。 「海外にある製造委託先を国内へ変更」が 4.0%、「海外にある自社の海外拠点の一部または全てを国内へ移転」も 2.7% いた。 理由では「安定的な調達」が 52.7%、「円安により輸入コストが増大」が 44.6% だったほか、「地政学的リスクが増大」も 21.0% あった。

キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長は昨年 10 月、「メインの工場を日本に持って帰る」との考えを示した。 御手洗氏は、中国と台湾の緊張関係を例に挙げ、「経済の影響を受ける可能性のある国々においては(生産拠点を)放置しておくわけにはいかない。 より安全な国へ移すか、日本に持って帰るか。 二つの道しかない。」などと語った。 海外で賃金や物価が上がっていることも一因という。

グローバルな生産体制を築いてきたエアコン業界も国内回帰の動きが目立つ。 昨年の夏前、中国・上海でのロックダウン(都市封鎖)で部品の供給などが滞った。 最大手のダイキンは生産ラインの「複線化」を全世界で進めており、「部品調達先や組み立て工場を国内回帰させる検討をしている(十河政徳社長)」という。 日立ジョンソンコントロールズ空調も、国内でつくる機種を増やすため、準備を始めている。 また、パナソニックも家電など、中国生産の商品を日本に移すことを検討している。(杉山歩、伊沢健司)

国内回帰にもリスク、難しい経営判断

日本貿易振興機構アジア経済研究所の猪俣哲史・海外研究員の話 : ロシア事業の撤退、継続など日本企業の判断が分かれた要因は三つある。 一つは輸入部品や原材料の調達難に加え物流や保険など関連サービスの停止の影響で、物理的に生産が難しくなったかどうか。 二つ目は特に消費者に近い企業にとって重要なブランドイメージ。 三つ目はロシアとの取引企業を罰する米国の制裁が現地の外国企業にも適用されることへの恐怖だ。 これらの組み合わせは業種によって異なり、影響が短期的か長期的かを見極めるのも難しい。

ただ、海外にリスクがあるからといって、政策介入により生産拠点を日本に移すのも問題だ。 経済安全保障には「攻め」と「守り」の両面があり、国内回帰は「守り」と言える。 たが、そもそも日本は災害が多く、生産集中すれば新たなリスクになる。 生産拠点でもあり巨大市場でもある中国との関係の継続も考えざるを得ない。 むろん、対中輸出規制は安全保障案件で民間企業の対応には限界がある。 しかし押しつけられてばかりではなく、過度な輸出規制をさせないよう、政府に圧力をかけ続けることも大切だ。 キーワードは「スモールヤード・ハイフェンス(高い柵で覆われた小さな庭)」。 規制の品目を絞り込みつつ、情報漏洩を阻む高い壁をつくることを徹底する必要がある。

日本企業の強みを生かすには、対立する米中両国への関与を深めるべきだ。 具体的な分野は、双方で協調の余地がある環境・気候変動、医療・衛生、自然災害対策などであり、先行者の利益を得られるようなルール構築を主導する。 国際標準化やルール作りの分野に強い欧州連合 (EU) との協力も必要だ。 日本の技術が国際社会で欠かせなくなる「攻め」の経済安全保障が求められる。 (asahi = 2-22-23)