保護主義に対抗、日本への期待も CPTPP、加盟交渉や連携が加速

保護主義への懸念が強まる中、自由貿易圏としてCPTPP (米国抜きの環太平洋経済連携協定)に注目が集まっている。 新規加盟に向けた動きが相次いでおり、欧州連合 (EU) や東南アジア諸国連合 (ASEAN) との連携など、日本が果たす役割にも期待が高まっている。

自由貿易維持へ TPP と連携強化 EU 委員長「最も魅了的な選択肢」

オーストラリアで 20 - 21 日に開かれた閣僚級会合では、ウルグアイと加盟交渉を始めることで合意し、交渉中のコスタリカとも年内の妥結をめざすと決めた。 加盟申請中のアラブ首長国連邦 (UAE)、フィリピン、インドネシアについても、条件を満たせば、2026 年に加盟交渉を開始することで一致した。 背景には、トランプ米政権の関税措置で保護主義が広がることへの懸念がある。 会合の共同声明では「国際的な貿易体制が重大な課題に直面している」とし、ルールに基づく貿易体制に向けた協力を強調。 CPTPPの強化や拡大をめざすとした。

加盟 12 カ国の名目国内総生産 (GDP) は約 15.5 兆ドルで、世界全体の約 15% を占める巨大な自由経済圏だ。 中国、台湾、ウクライナ、エクアドルも加盟を申請している。 高市早苗首相は 22 日、南アフリカで開かれた主要 20 カ国・地域首脳会議(G20 サミット)で「CPTPP の拡大やアップグレードの議論を引き続き主導する」と述べ、意欲を示した。 外務省幹部は「米国の関税政策で経済秩序が混乱する中、安定に向けて日本への期待が高まっていると感じる」と話す。

今回の閣僚級会合では、EU の閣僚と初めて対話の機会を設け、ASEAN の閣僚らともオンラインで協議した。 それぞれで共同声明を発表し、「透明性のある多角的貿易体制を強化するコミットメント」を強調。 いずれの声明でも、デジタル貿易の効率性向上や、サプライチェーン(供給網)の強靱化に向けた協力を模索し、対話を継続することを確認した。

上智大学の川瀬剛志教授(国際経済法)は、「CPTPP にインドネシアなど ASEAN 主要国を巻き込み、ウルグアイを取り込むことで南米南部共同市場(メルコスール)との連携の足がかりにしようという戦略的意図が見える」と話す。 米国抜きの経済秩序の構築に、今後トランプ氏が反発する可能性も否定できないが、「日本は米国の顔色をうかがわずに、ASEAN との信頼関係を生かして CPTPP の枠組み拡大を目指し、自由貿易を主導する経済外交を行うべきだ」と指摘する。

CPTPPとは

幅広い品目の関税を撤廃し、知的財産や投資に関する共通ルールを設ける協定。 2016 年に米国を含む 12 カ国が TPP (環太平洋経済連携協定)として署名したが、第 1 次トランプ米政権が離脱を表明。 日本が再交渉を主導し、新たに CPTPP として 18 年に発効した。 現在は日本、カナダ、ニュージーランド、豪州、ブルネイ、チリ、マレーシア、メキシコ、ペルー、シンガポール、ベトナム、英国が加盟する。 加盟国は品目数ベースで 100% に近い関税撤廃率をめざすが、日本は農産物を中心に、他国より多くの関税撤廃の例外を設けている。 (加藤あず佐、asahi = 11-25-25)


「中国は思い上がっている」 英有力紙が中国を痛烈批判、高市首相に提言も

台湾有事についての高市早苗首相の答弁を機にした日中の関係悪化の波紋は、日ごとに大きさを増して世界に広がっている。 このタイミングでの発言は国益にかなうのか - -。 保守派や高市首相の支持者からも、そんな声が漏れ出る。 そうした意見は日本だけではない。 英紙「フィナンシャル・タイムズ」は 21 日、高市首相の率直すぎた答弁と中国の姿勢を批判する社説を掲載した。

中国と日本の無駄な論争

中国のスタンダードである「戦狼外交」だったとしても、その言葉は行き過ぎていた。

「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。」

今月初め、大阪の中国総領事・薛剣は SNS へ上記一文などを投稿した。 この言葉は、「武力攻撃が発生したら、これは存立危機事態にあたる可能性が高い」と高市早苗首相が示唆したことに向けられたものだ。 投稿はのちに削除されたものの、中国政府の憤慨はなおも強さを増し、中国人の渡航を制限する動きを見せ、係争地に警備隊を送り込み、日本の海産物輸入への脅しをかけた。

1931 年から 45 年にかけ、国土の大部分を日本の残忍な占領下におかれたという苦しみの記憶を今なお抱き続けている中国は、日本の軍国主義が復活することを恐れていると主張している。 しかし、高市首相の答弁はすでに自明なことを述べたに過ぎない。

2015 年に規定された安保関連法では、直接的な攻撃がなくてもあらゆる「存立危機事態」に対して日本政府が集団的自衛権の一環として武力を行使することを可能にした。中国の台湾侵攻は、日本にとっての生命線となる海上交通路へのアクセス、台湾に住む日本人の安全、東アジアの民主主義の未来などを含む、日本の基礎的かつ重要な国益への脅威となる。 台湾の紛争はアメリカを巻き込み、ほぼ間違いなく日本の領土にまで波及するだろう。

しかし、高市首相の、台湾におけるそうした事態において日本政府は武力行使を検討しなければならなくなるだろう旨の見解は正しかったものの、その可能性を公然と論じるのは控えたほうが賢明であった。 中国との関係においては、慎重な言葉遣いと歴史背景への配慮が美徳とされる。 これは、引っ掻き回す必要などない外交問題だ。

10月末のドナルド・トランプ大統領の訪日は高市首相にとっての成功であり、駐日米国大使は「揺るぎない」支持を保証している。 とはいえ、アメリカは明らかに以前ほど頼れる同盟国ではなく、地域の安定を守ることもなくなった。 防衛費の増額を約束しているものの国内経済の弱さに直面している高市首相は、自国の安全保障をより良く維持することに重点を置くべきだ。 また、彼女は予定されている韓国の李在明大統領との会談を軸に、韓国政府と周辺同盟国との関係強化に努めるべきである。 (クーリエ・ジャポン = 11-22-25)


高市首相に向けられる中国の激怒、背景にある本当の理由とは

北京 : 就任して数週間で、日本の新しい指導者は台湾をめぐり中国のレッドライン(越えてはならない一線)を越えることが何を意味するかを直接突きつけられた。 高市早苗首相は、中国が武力によって台湾を支配しようとした場合、日本が軍事的に対応する可能性に言及した。 この発言以降の数日間で、中国政府は経済的圧力を加える手法にでた。 中国国民に対しては日本への旅行や留学を控えるよう警告し、中国で日本産水産物の市場はなくなると示唆。 高市氏に向け全面的な激しい民族主義感情を引き起こした。

この騒動は、日本やアジア太平洋地域の他国に警告するべく綿密に調整されているように見える。 台湾をめぐり中国と相反する立場をとることを検討しただけで何が起こり得るかを示そうとしているのだ。 しかし、およそ 2 週間が経過しても収まる気配のないこの対立は、別の側面も示している。 それは、アジアの軍事態勢が変化しつつある可能性に対する中国の深い懸念だ。 中国の軍事力増強に直面した米国の同盟国は防衛費と協力関係を強化している。

その懸念を最も強く呼び起こす国が日本だ。 台湾を植民地化した数十年後、20 世紀に大日本帝国陸軍は中国を侵略・占領し、残虐行為をはたらいた。 こうした史実は中国が外国勢力による「百年国恥」と呼ぶ重大な痛点だ。 反日感情は当時から中国国内にくすぶり続けてきた。 そして強権的指導者である習近平(シーチンピン)国家主席の下で民族主義的強硬派の声が主流となりつつある近年、その感情は再び高まっている。

歴史を二度と繰り返させないという中国共産党の長年の決意を強調するように、習氏は軍の近代化を急速に推し進め、世界的影響力を拡大してきた。 高市氏の発言は、中国を台頭する大国として位置付ける勢力均衡の大きな変化を日本が尊重していないこと、そして日本が中国の台頭を脅かしかねない軍事的野心を抱いていることを示している。 中国政府の目にはそう映る。

中国共産党機関紙「人民日報」に今週掲載された論評記事は、「日本の指導者が台湾への武力介入の野心を表明し、中国に対して軍事的な脅しをかけたのは初めてだ」、「その背後には、日本の右翼勢力が平和主義憲法の制約から逃れ、『軍事大国』の地位を求めようとする危険な企図がある」と指摘した。

日本の「軍国主義」

日本は近年、安全保障に対する姿勢を大きく転換してきた。 第 2 次世界大戦後に米国から課された平和主義憲法から離れ、防衛予算を増額し、反撃能力を得ようとしている。 これは、中国が台湾周辺を含む地域で軍事活動を強化し、米国が同盟国に防衛費のさらなる負担を求めているなかで起きている。  これまでの日本の指導者は台湾を軍事対応の文脈で語ることを避けてきたが、特に自民党内の右派議員らは中国が台湾を攻撃した場合に日本が直面する事態について警戒感を強めている。 こうした感情は、日本の防衛費をさらに拡大し、憲法改正に向けた機運を高めてきた。

以前から戦時中の残虐行為に対する日本の責任をめぐる言説の一部に疑義を呈して中国政府の怒りを買ってきた強硬派の高市氏は、台湾問題について率直に発言するという手にでた。 就任から数日のうちに米国との安全保障関係の強化を呼びかけ、防衛力強化を加速させるべく動き出している。 中国軍に関連する SNS アカウントによれば、中国は、こうした日本の取り組みについて「『軍国主義の亡霊』が再び姿を現し、世界を荒廃させる」危険性をはらんでいるとみる。

そのため、日本側には、中国の攻撃的態度は「高市氏を抑えこみ、早いうちに追い込むことで、防衛への投資を促しづらくさせようとしている」との見方もある。 シンガポール国立大学のジャ・イアン・チョン准教授はそう述べた。 日本軍は占領中に 20 万人あまりの非武装民間人を殺害し、女性や少女数万人に性的暴行を加え拷問した。 南京大虐殺として知られるこの行動は、20 世紀の特に悪名高い戦時残虐行為の一つとされる。 日本は繰り返し謝罪と反省を表明してきた。

しかし、その時代は今年、中国が抗日戦争勝利 80 周年を記念する中で前面に押し出されている。 日本が連合軍に降伏したことで中国は占領から解放され、台湾は国民党政府に引き渡された。 中国共産党は国共内戦に勝利した後、1949 年に中華人民共和国を樹立。 敗れた国民党は台湾に撤退した。 中国政府はこの周年記念を、台湾に対する自らの主張を正当化し、軍国主義への傾倒と見なす日本の行動への懸念を訴える場として利用している。

中国にとって台湾統一は「国家の復興」に向け中核をなす課題であり、今世紀半ばまでに完遂しなければならない目標だ。 もし中国がそれを武力で達成する必要があると判断した場合、軍事力を強化した日本は事態を極めて複雑にしかねない。 中国にとって、高市氏の発言は「間違った人物が、間違ったことを、間違ったタイミングで語ったもの」と総括できる。 北京の中国人民大学国際関係学院のワン・イーウェイ院長はそう述べた。

「主権を守る」

日本は今週初めに金井正彰アジア大洋州局長を北京に派遣し、対立を沈静化しようと試みたが、中国はその強硬な発言を弱める気配を一切見せていない。 中国は高市氏の発言の撤回を求め続けており、双方ともに簡単に事態を収束させる道筋は見えない。 その間、中国は民族主義感情をあおり続けており、19 日には中国軍が「調子に乗るな」と題した動画まで公開した。 動画では日本を名指しこそしていないが、「我々は厳しい訓練で鍛えあげてきた。 お前がそんなに調子に乗るのを許すわけがない」というラップが流れる。

今週北京で行われた会談後に撮影された、金井氏と中国側の劉勁松(リウ・ジンソン)氏の写真こそ、中国がまだ圧力を緩めるつもりがない理由を浮き彫りにしている。 両手をポケットに入れた劉氏がまっすぐな姿勢で話をしているのを、金井氏が頭を少し前に傾けて聞き入る様子が写っているこの写真は、中国の SNS で拡散した。

中国の論者たちは日本の外交官が「お辞儀をしている」と評する一方で、劉氏の服装を称賛した。 劉氏が着ていたスーツは、中国で 1919 年に発生した反帝国主義運動である五・四運動を想起させるものだった。 この象徴性は偶然ではなかったようだ。 中国国営中央テレビ (CCTV) は投稿にこう見出しを付けている。 「中国が主権を守る姿勢は 100 年間変わっていない。」 (シモーヌ・マッカーシー、CNN = 11-21-25)

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日中ともに大使を呼び出し抗議 台湾有事の首相答弁、非難の応酬続く

高市早苗首相の台湾有事に関する国会答弁をめぐり、中国外務省は 14 日、孫衛東外務次官が金杉憲治駐中国大使を呼び出して「厳正な申し入れと強烈な抗議」を行い、答弁撤回を求めたと発表した。 一方、船越健裕外務事務次官は同日午後、中国の薛剣在大阪総領事が「汚い首は斬ってやるしかない」という SNS 投稿をした問題で、呉江浩駐日中国大使を呼び出し、強く抗議。 中国側が「適切な対応」を取るように強く求めた。 日中間で非難の応酬が続いており、先月末の首脳会談で維持された日中関係は大きく後退する可能性がある。

中国側による抗議は 13 日付。 台湾有事は日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になり得るとした首相の答弁に対し、孫氏は「中国側が繰り返し申し入れを行ったにもかかわらず、日本側は反省せず、誤った発言の撤回を拒否している」と非難。 「14 億の中国人民は決してこれを容認しない」と強調した。 また、台湾問題は「触れてはならないレッドラインだ」とし、「中国統一の大業に干渉しようとすれば、必ず正面から痛撃を加える」と異例の強い表現で反発した。 その上で、発言の撤回を重ねて求め、「これ以上誤った道を進めば、一切の責任は日本側が負うことになる」と強く警告した。

中国国防省も 14 日、「日本が台湾海峡情勢に武力介入すれば、必ず軍の鉄の壁にぶつかり血を流し、痛ましい代償を払うことになる」との報道官談話を発表した。 中国政府で台湾政策を担う国務院台湾事務弁公室の報道官も同日、「日本とその指導者には(台湾問題について)とやかく言う資格は全くない」との談話を出した。

一方、木原稔官房長官は同日の会見で、日本側からは「政府の立場を改めて説明し、反論した」と強調した。 中国の薛氏の「汚い首は斬ってやるしかない」という SNS 投稿をめぐっても「極めて不適切」だとして中国側に強く抗議したという。 船越氏も 14 日、呉氏を呼び出し、強く抗議した。

与党内からは、薛氏を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として国外退去を求める声が強まっている。 自民党の外交部会などは 11 日、中国側による「適切な対応」がなされない場合、「(薛氏への)ペルソナ・ノン・グラータも含めた、しかるべき毅然とした対応を強く求める」とした非難決議を採択し、政府側に申し入れた。 (北京・井上亮、asahi = 11-14-25)

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日本政府、中国に「存立危機」答弁の趣旨を説明 「平和的解決を」

高市早苗首相が台湾有事は日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になりうると国会で答弁したことに関し、木原稔官房長官は 11 日の記者会見で、中国側の抗議に対し、答弁の趣旨と日本政府の立場を説明したと明らかにした。 木原氏は「台湾海峡の平和と安定は日本の安全保障、国際社会の安定にとって重要だ。 対話による平和的解決を期待するのが政府の一貫した立場だ。」と説明。 10 月の日中首脳会談で戦略的互恵関係推進を確認したことに触れ、「幅広い分野で意思疎通を一層強化し、理解と協力を増やす方針だ」と述べた。

首相は 7 日の衆院予算委員会で、台湾有事に関し「戦艦を使い、武力の行使も伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になりうる」と発言。 中国外務省の林剣副報道局長は 10 日の記者会見で「強烈な不満と断固とした反対」を表明し、日本側に「厳正な申し入れと強烈な抗議」を行ったとしていた。 首相は 10 日の同委で「最悪のケースを想定した答弁」であり「従来の政府の立場を変えるものではない」と述べていた。 (田嶋慶彦、asahi = 11-11-25)

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台湾有事答弁、「手の内明かす」政府内に危機感 首相発言後退の背景

高市早苗首相は 10 日の衆院予算委員会で、台湾有事は日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になりうるとの考えを示した自身の国会答弁について「今後、特定のケースを想定したことをこの場で明言することは慎む」と語った。 ただ、自身の発言そのものは「政府の従来の見解に沿ったもの」として撤回しない意向を示した。

一方、中国外務省の林剣副報道局長は同日の定例会見で「日本政府のこれまでの政治的な約束と著しく矛盾する」として「強烈な不満と断固とした反対」を表明し、日本側に「厳正な申し入れと強烈な抗議」を行ったことを明らかにした。

 

首相は 7 日の同委で、台湾有事について「存立危機事態」にあたる具体例を問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と述べ、台湾有事が存立危機事態にあたる可能性があるか明言を避けてきた歴代政府の見解を踏み越える発言をしていた。 「具体的に明らかにすることで国内外で影響が出てくる(立憲民主党・野田佳彦代表)」などと物議を醸していた。

10 日の同委で、立憲民主党の大串博志氏から「他国の反応も懸念される。 撤回や取り消しはしないのか。」と問われると、首相は「最悪のケースを想定した答弁だった」などと釈明したが、撤回は否定。 一方、具体的な状況への言及は「反省点」だと述べ、「今後、特定のケースを想定したことをこの場で明言することは慎む。 私の金曜日(7 日)のやり取りを政府統一見解として出すつもりはない」と強調した。

中国側は首相答弁に強く反発している。 中国外務省の林氏は 10 日の会見で「日本の指導者が国会で公然と台湾に関する誤った言論を発表し、台湾海峡への武力介入の可能性を示唆した」と指摘。 これは「中国の内政への乱暴な干渉であり、『一つの中国』原則などに対する重大な違反だ」と主張した。

歴代内閣の見解踏み越える

「様々な想定を述べたものだ。  従来の政府の立場を変えるものではない。」 高市早苗首相は 10 日の衆院予算委員会で、台湾有事は「存立危機事態になりうる」と踏み込んだ自身の答弁をこう釈明し、従来の政府見解を変える考えはないことを強調し事態の収拾を図った。 ただ、中国側は強く反発しており、首相答弁が今後の日中関係に影響を与える可能性もある。

首相は 7 日の同委で、中国による台湾侵攻に関し「武力攻撃が発生したら(日本の)存立危機事態にあたる可能性が高い」と発言。 存立危機事態とは、日本が直接攻撃を受けていなくても、密接な関係にある他国が攻撃された際、日本の存立が脅かされ、国民の生命などに明白な危険がある事態を指し、集団的自衛権行使の要件となっている。 首相答弁は、台湾有事の状況によっては自衛隊が米軍とともに武力行使に踏み切る可能性を示し、歴代内閣の見解を踏み越えたものだった。

10 日の同委では、立憲民主党の大串博志氏が「首相の国会での発言で極めて重い。 軽々に発言できる内容ではない。」と指摘し、発言撤回を求めた。 首相は撤回は否定したが、「反省点として特定のケースを想定したことについて、この場で明言することは慎もうと思う」と語り、今後は同様の発言を封印する考えを表明。「私の金曜日(7日)のやり取りを政府統一見解として出すつもりはない」とも説明し、「いかなる事態が存立危機事態に該当するかは個別具体的な状況に即し、すべての情報を総合的に判断する」という従来の政府見解を繰り返し、歴代内閣の方針を変えない考えを強調した。

首相が発言を後退させた背景には、前回の首相の発言直後から、政府内で「日本の『手の内』を明かす発言だ(防衛省幹部)」との危機感が広がったことがある。 同省関係者は「米国でさえ、台湾有事への対応を明言しない『あいまい戦略』を取る。 歴代首相のようにぼかした言い方をするべきだった。」と語った。 首相は昨年の自民党総裁選から台湾有事が存立危機事態になる可能性に言及していたが、「自身の考えではなく、事務方が用意した答弁を読んでもらったほうがいい(外務省幹部)」との声まで出ていた。

中国側「強烈な不満と断固とした反対」

中国は 7 日の首相答弁について「強烈な不満と断固とした反対」を表明した。 中国外務省の林剣副報道局長は 10 日の定例会見で、「日本の政権が台湾海峡に介入を企てることは中日関係に重大な損害を与える」と警告。 「これ以上誤った道を進まないことを求める」と述べた。

中国側が今回、ここまで強く反発した背景には、「核心的利益の中の核心」と重要視する台湾について首相の言動が歴代首相よりも踏み込んでおり看過できないととらえたことがある。 首相答弁は日中首脳会談直後でもあり、首相が現実路線をとるとみて首脳会談に踏み切った習近平(シーチンピン)国家主席のメンツがつぶされた格好にもなった。 中国は首相が台湾の林信義・元行政副院長(副首相)と会談した際も今回と同様に日本に強く抗議をした経緯がある。 高市政権下でも前に進むとみられていた日中関係が停滞する可能性も出てきた。 (国吉美香、北京・井上亮、田嶋慶彦、asahi = 11-10-25)

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中国、高市氏の台湾関連答弁に「強烈な抗議」なぜ 今後の日中関係は

高市早苗首相が台湾有事をめぐり、安全保障法制上の「存立危機事態になりうる」と国会で答弁したことについて、中国外務省の林剣副報道局長は 10 日、「日本政府のこれまでの政治的な約束と著しく矛盾する」として、「強烈な不満と断固とした反対」を表明し、日本側に「厳正な申し入れと強烈な抗議」を行ったと明らかにした。 日中関係筋によると、中国側は 8 日に外交ルートを通じて日本外務省と在中国日本大使館にそれぞれ申し入れをしたという。

首相は 7 日の衆院予算委員会で、米中衝突も想定される台湾有事について、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」にあたる具体例を問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と答弁した。 林氏は定例会見でこの答弁について問われ、「日本の指導者が国会で公然と台湾に関する誤った言論を発表し、台湾海峡への武力介入の可能性を示唆した」と指摘。 これは「中国の内政への乱暴な干渉であり、『一つの中国』原則などに対する重大な違反だ」と主張した。

さらに「日本の政権が台湾海峡に介入を企てることは、中日関係に重大な損害を与える」とも警告し、「これ以上誤った道を進まないことを求める」と述べた。

在大阪総領事の X 投稿は擁護

高市首相の答弁をめぐっては中国外務省の会見より前に、薛剣在大阪総領事が「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬のちゅうちょもなく斬ってやるしかない」などと X (旧ツイッター)に投稿し、日本政府が抗議している。 林氏はこれについて、「一部の日本の政治家やメディアが(投稿を)意図的にあおり立て、焦点をそらそうとしており無責任だ」と非難した。 林氏は、その後投稿が削除されたことや、外交上適切な表現だったのかなどについて問われたが、「個人の SNS 上の発言についてはコメントしない」と回答を避けた。

習氏のメンツつぶされたか

台湾を「核心的利益の中の核心」として重要視する中国は、アジア太平洋経済協力会議 (APEC) があった韓国で、高市首相が林信義・元行政副院長(副首相)と会談し、その様子をXに投稿した際にも、今回と同様に日本側に強く抗議をしていた。

中国が高市首相の答弁にここまで強く反発したのは、10 月 31 日に韓国で行われた日中首脳会談の直後で、会談では台湾問題についてクギを刺したにもかかわらず、首相が歴代首相より踏み込んだ言動をとっており、看過できないととらえたためだ。 高市政権の誕生後、習近平指導部は警戒感を持ってきたが、国益を優先した現実路線を取るとみて首脳会談に踏み切った。 習氏は会談で「ともに中日関係を正しい軌道に沿って前進させたい」と前向きな姿勢を示していただけに、メンツをつぶされた形だ。

中国のある日本研究者は「歴代首相は台湾に関する仮定の質問には明確に答えてこなかった」として、高市首相の答弁が一線を越えたと指摘する。 高市政権下でも前に進むとみられていた日中関係が、今後停滞する可能性もある。 (北京・井上亮、asahi = 11-10-25)