トヨタ向け鋼材値上げ、強気で交渉の日本製鉄 脱炭素で力関係に変化

日本製鉄がトヨタ自動車に納める自動車用鋼材の 2022 年冬の価格交渉が、約 2 万円の大幅値上げで決着した。 日鉄は強気の姿勢で、2 回連続で大幅な値上げを勝ち取った。 背景には脱炭素に向けた投資や、鋼材の需要減への対応がある。 自動車や部材メーカーでは、設備投資や研究開発の費用がふくらむ。 どう分担していくのかが大きな課題だ。 日鉄とトヨタの交渉は、自動車をめぐるメーカーの力関係が変化していることを示す。

鋼材の原料となる石炭や鉄鉱石は世界的に高騰し、物流費なども上昇している。 日鉄が販売する鋼材の 1 トンあたりの平均価格は 21 年 4 - 6 月は 9 万 7,200 円だった。 同 10 - 12 月には 12 万 4,400 円と 2 万 7 千円以上も上がった。 日鉄はトヨタに対して、一定程度の負担の増加を求めたとみられる。 今回から価格交渉のやり方も変わった。 これまで大口の取引先企業との取引では、日鉄が鋼材を先に納め、数カ月後に交渉で価格を決めてきた。 日鉄は「売る側が価格を提示するのは当たり前だ(橋本英二社長)」などとして、納入前に価格を先に決めるよう求め、トヨタを含む取引先が認めたという。

このため今回のトヨタとの交渉は、今期(21 年 10 月 - 22 年 3 月)分と来期(22 年 4 - 9 月)分の価格を決める異例の展開になった。 関係者によると、今期も来期も値上げ幅は約 2 万円だったという。 トヨタは世界最大の生産台数という「量」を背景に、部材メーカーとの交渉で優勢だった。 日鉄にとっても、トヨタは利幅は少なくても毎年大量の製品を買ってくれる存在だった。 利害の一致が「良品廉価」につながってきた。

高まる部材メーカーの発言力

だが、脱炭素が加速し電気自動車 (EV) へのシフトが進んだことで、力関係は変わり始めている。 日鉄は石炭を大量に使う高炉で鉄を製造しているため二酸化炭素の排出量が多い。 資金を投じて脱炭素の技術や、EV の性能を上げる高性能鋼材の開発に力を入れている。 日鉄はトヨタとの取引で、これまで以上に利益を出そうとしていた。 「脱炭素コスト」の一部を自動車メーカー側も担うべきだとの考えがあった。

鋼材の需要が減るなか、国内の生産体勢も見直している。 日鉄の純損益は 19、20 年度と 2 期連続の赤字だった。 20 年以降、広島県呉市の瀬戸内製鉄所呉地区(旧呉製鉄所)の閉鎖や、東日本製鉄所鹿島地区(茨城県鹿嶋市)の高炉 1 基廃止を公表。 鉄の国内生産量を約 2 割減らす計画だ。 橋本社長は昨年 9 月の鉄鋼連盟の会見で「生産能力の過剰を放置したままで顧客から適正価格をいただくことはできない」と述べた。 リストラと鋼材値上げの効果で、日鉄は 22 年 3 月期の純利益が、旧住友金属工業と統合した 12 年以降では最高の 5,200 億円になると見込む。

一方、トヨタは日鉄の強気の姿勢に戸惑いを隠せない。 昨夏の前回交渉では、日鉄側は製品の「適正な価値」を反映するよう要請し、供給制限にも言及して値上げを求めたとされる。 トヨタ側には市況が悪い時期でも日鉄を支えたとの思いがあり、「信頼関係を崩した」との不満がある。 ある自動車部品メーカーの関係者は、「トヨタは要求をのまざるを得ない状況にある」と解説する。 EV 向けの高性能鋼材を扱う日鉄の交渉力は高まっている。 技術力や競争力がある部材メーカーには、脱炭素や車のデジタル化にともなって注文が集まる。 別の自動車部品メーカー幹部は、「サプライヤーが主導権を握る時代がくるのではないか」と見ている。 (千葉卓朗、近藤郷平、asahi = 2-25-22)


ブリヂストン「中国企業への事業売却」を叩くムードが、日本の衰退につながったワケ

ブリヂストンよ、お前もか - -。 大企業が経営の効率化を目指して、大規模なリストラを相次いで発表する最近の流れから、そんな風に憤りを覚えた方も少なくないのではないか。 12 月 19 日、『朝日新聞』が「ブリヂストン、従業員 8 千人を転籍へ 防振ゴム事業は中国企業に売却」と報道した。 来年夏までに防振ゴム事業を中国企業に、自動車部品などの化成品ソリューション事業も投資ファンドに売却、国内外で 22 カ所の事業所を譲渡し、従業員約 8,000 人に転籍を求めるという。

ブリヂストンといえば、世界に 114 (2021 年 5 月時点)の生産拠点をもち、150 を超える国々で事業を展開し、ミシュランとし烈な世界一シェア争いを続けていることでも知られている。 そんな日本を代表するグローバル企業が、中国企業に事業を売ってしまう。 しかも、それが日本経済を支えてきた自動車産業の中でも「車の関節」と呼ばれ、なくてはならない防振ゴム事業。 ダブルパンチで、ネット上にはネガティブな反応が多く見られる。

そこで目につくのは「中国に日本の技術がどんどん買い叩かれる」という批判だ。 昨今の経済安全保障の議論とからめて、収益性が低い部門だからと切り売りを続けていくと、技術だけではなく人材も流出するので、日の丸半導体と同じ衰退の道をたどってしまうというのだ。 中には、防振ゴム技術は軍事転用も可能だから、中国や韓国企業への事業売却を規制せよ、なんて主張をする方もいらっしゃる。

マスコミが連日のように「中国の脅威」を叫ぶ中で、このような鎖国的な考えに流れるのはよく理解できる。 が、残念ながらこういうムードの高まりが逆に、日本を衰退させてしまう恐れもある。 今回のブリヂストンのような「事業再編」の動きを批判したり、叩いたりすればするほど、優秀な日本人技術者が、中国や韓国など新興企業にどんどん流れてしまうからだ。

優秀な人材が海外に流出した原因

「バッカじゃねえの! 中国企業に事業を売却している時点で技術がダダ漏れなんだよ。 そんなことも分からねえのか。」という怒声が全方向から聞こえてきそうだが、日本のお家芸がどのように衰退してきたのかという歴史を客観的に振り返れば、優秀な技術者が海外に流出してしまった最大の原因は、やるべきタイミングに「事業再編」を決断できず、海外のライバルに稼ぐ力で惨敗してしまったことが大きい。

要するに、グローバル競争に背を向けて自分たちの殻に閉じこもっているうちに急速に貧しくなって、技術者を食わせてやることができなくなってしまったのだ。 その代表が、日本衰退の象徴となっている半導体だ。 かつて世界シェア 6 割を占めた日の丸半導体が、なぜこうも分かりやすく衰退したのかということには、「韓国が技術をパクったからだ!」とか「日本企業が冷遇した優秀な技術者を、札束で頬を叩くように引き抜いたからだ」という、「善良な日本人がアコギな外国人にハメられた説」を盛んに吹聴をする人たちがいるが、これはあくまで「結果」に過ぎない。

このような「技術者バーゲンセール」という状況を招いた原因は、半導体技術を持つ企業が頑なに現状維持に固執したことである。 富士通で半導体部門のトップを務め、現在は半導体の設計ベンチャーを経営する藤井滋氏がそのあたりを端的に語っているので、引用させていただこう。

「欧米では 1990 年代に半導体事業が総合電機からスピンアウトした。 日本でそれが起こったのは 2000 年になってからだ。 そうしてできたのがエルピーダ(メモリ)とルネサス(エレクトロニクス)の 2 社だが、意思決定が 10 年以上遅かった。(東洋経済オンライン 21 年 9 月 22 日)」

ご存じのように日の丸半導体は、総合家電メーカーの一部門、自動車メーカーの下請け的な存在で成長をしてきた。 「安くて高品質」というのも、「親を喜ばすいい子」が生きる知恵として磨いたスキルだ。 が、そんなドメドメの「家内制手工業」のような前近代的なビジネスモデルが、し烈なグローバル競争の中で生き残っていけるわけがない。

技術と人材の海外流出

海外のライバルたちは、「親」にさっさと見切りをつけて、世界の広いマーケットに目を向けた。 半導体ビジネスは巨額投資と意思決定スピードが勝敗を決めるので、グローバルメーカーは「分業化」という未来を見据えて、注ぎ込むべきときにドカンと大金を投入した。 その代表が「受託製造」で世界一となった台湾の TSMC だ。 こういうライバルの台頭で、日の丸半導体は徐々に稼げなくなっていく。 収益が上がらないということは、研究開発や設備投資もできないので、どんどん差が開いていくという悪循環に陥る。

こうなれば次に起きるのは「技術と人材の海外流出」だ。 企業の技術者は無形文化財でも人間国宝でもないので、稼げなければどんどん冷遇されていく。給料も下がるし、部下もロクに与えられない。研究費も削られる。そういう「不遇の技術者」を競合がいい条件をちらつかせて引き抜くのは、何も韓国や中国だけに限った話ではなく、世界のどこでも当たり前に行われている。

つまり、かつて「世界一」と言われた日の丸半導体がここまで惨敗してしまったのは、中国や韓国うんぬんの前に、ライバルが当たり前のようにやっていた「事業再編」という意思決定を 10 年以上も先送りしてきた日本型組織にこそ原因があることは明白なのだ。

さて、それを踏まえて「世界一のタイヤメーカー」であるブリヂストンに話を戻そう。 20 年 12 月期の最終損益が 233 億円の赤字となって、69 年ぶりの赤字転落が大きな話題になったが、本業のタイヤ事業がそこまで悪いわけではない。 EV シフトだなんだと大きな動きがあるが、タイヤがなくなるわけではないので市場も拡大しており、技術力も高く評価されており、まだまだ堅調だ。

にもかかわらず、なぜ「事業再編」に踏み切ったのかというと「稼ぐ力」にかげりが出ているからだ。 30 年前、まだ「世界一」の座にいた日の丸半導体と同じ問題に直面しているのだ。 ブリヂストンのタイヤは確かに世界市場を席巻しているが、それぞれの国にはそれぞれのタイヤメーカーがあり、中国の新興メーカーなども台頭してきた。 ブリヂストン自身が認めているが「タイヤを世界各地で大量に作って売る。 そんなモデルが成り立たなくなっていた。(日経ビジネス 21年2月24日)」のである。

日本型組織の典型的な負けパターン

「稼ぐ力」が脅かされていく中で、重くのしかかっているのが、「多角化事業」である。 防振ゴム、ベルト、ホース、樹脂配管などの化工品や、米国で展開する屋根材、空気バネ、そしてスポーツサイクル事業である。 これらは 20 年時点で、6,000 億円弱の売り上げを誇りながら、営業利益はたったの 2 億円しかなかった。 この「稼げない」という問題を放置していれば、いずれ海外のライバルに追いつかれ、「世界一」の座から転落して、本業のタイヤからもどんどん技術者が流出してしまうだろう。

先ほども申し上げたように、稼げないことは研究開発や設備投資ができないということなので、技術者たちに満足する給料を払えず、開発環境も提供できない。 冷遇されれば自らより環境のいいところへ転職する技術者もいるし、海外のライバルはいとも簡単に引き抜きができる。 不採算部門をリストラせず雇用を維持することは、一見すると、「技術者を守っている」ように見えるが、実際のところは、「稼げない」という病を組織全体に広げて、「技術者の流出」を招いているだけなのである。

これは日本型組織の典型的な負けパターンだ。 「みんなが助かる道」に固執するあまり、被害を広げて「みんなで仲良く衰退していく」という結果を招く。 組織のリーダーたちがリスクを嫌がり、責任をかぶせられるのを嫌がって、「痛みを伴う改革」の決断ができない。 延々と問題を先送りにした結果、「痛み」どころではない大惨事を招く。 これは太平洋戦争から、白物家電、半導体まで脈々と受け継がれている日本型組織の伝統ともいうべき「負けパターン」である。

「みんなが助かる道」はない

このような悲しい歴史を真摯に学べば、まだ「世界一」をキープしているブリヂストンがこれからどんな戦い方をすべきか、というのは明らかだろう。 それは一言で言えば、「みんなが助かる道」というムシのいい楽観論を捨て去った戦い方である。 今、ブリヂストンでは、20 年からを「第三の創業(ブリヂストン 3.0)」と位置付けて、「稼ぐ力の再構築」を掲げている。 将来への成長投資は 23 年までに 7,000 億円を投入。 事業・生産拠点の再編や成長事業などへの投資と、M & A (合併・買収)など外部との連携にそれぞれ 3,500 億円ずつを当てるという。

当然、それをやるにはスリム化は必要だ。 今年 2 月には、タイヤ工場など世界で約 160 ある生産拠点を 23 年までに 19 年比で約 4 割減らすと発表。 今回の中国企業への売却はその一環である。 もちろん、これらの拠点で実際に働いている従業員の立場になれば、なぜ自分たちの部署だけが外に追い出されるのだ、と理不尽に感じるだろう。 現場を犠牲にしているという批判もごもっともだ。

また、防振ゴム事業はただの多角化経営ではなく、ブリヂストンの伝統と技術力を象徴する事業だ。 同社第 1 号タイヤが誕生した 7 年後の 1937 年(昭和 12 年)、海軍航空機の緩衝ゴム(防振ゴム)を試作したことからスタートしたこの事業は戦後着々と技術を磨いて、80 年代の日系自動車メーカーの海外生産本格化とともに、北米を皮切りに世界に活躍の場を移していく。

そんな創業時からの DNA を受け継いでいる事業なのだから、これを売却しないで済むような方法を考えることこそが、経営者の役割だという主張も当然あるだろう。 ただ、残念ながら今のブリヂストンに、「みんなが助かる道」という選択はない。 防振ゴムやホースなどは EV シフトでもなくならないが、部品点数が減るのでどうしてもかつてほどの成長はしない。 海外メーカーの技術も競争力も上がってきている。 今回、防振ゴム事業を売却する中国企業、安徽中鼎控股集団などはその代表だ。

日本企業の経営者に必要なこと

日本人は「中国企業は技術力がゼロなので、とにかく日本企業の技術が欲しくてしょうがない」という思い込みが強いが、安徽中鼎控股集団は 1980 年に設立し、中国だけで 30 の子会社、海外でも 10 の子会社を持ち、非タイヤゴム企業では中国ナンバーワンで、既にそれなりの技術も持って成長をしている。 こういう企業が世界に山ほど出てきている中で、これまでのビジネスモデルが通用するわけがないのだ。 高度経済成長期に確立された日の丸半導体のビジネスモデルが 90 年代に入っていとも簡単に敗れていったことが、その証左である。

しかし、日本社会にはまだ「先人がつくったビジネスモデルを守るのが経営者の仕事」と考える人が大勢いる。 世界や時代がどう変わろうと、これまであった事業を継続させて、雇用を維持することこそが、日本企業の成長、復活につながると信じて疑わない。 戦時中、「神国日本は絶対に負けない!」と叫んで、若者が 2,000 万人特攻すれば戦局をひっくり返せると真顔で言ってのけた帝国軍人と同じ過ちに陥っている。 「惨敗」を避けるため、負けるところは負け、あきらめるところはあきらめる。 これからの日本企業の経営者に必要なのは、このようなシビアな決断をする「覚悟」ではないか。 (窪田順生、ITmedia = 12-21-21)


中国に代わって東南アジアが「世界の工場」に? 工作機械メーカー絶好調の背景

中国の工作機械需要の伸び率は鈍化している。 その一方で、中国以外の国と地域では、わが国の工作機械への需要が旺盛だ。 日本工作機械工業会によると、11 月までの年初来の受注額は、前年同期比で内需が 56.8% 増、外需は 84.9% 増だった。 東南アジアで電気自動車と半導体の直接投資が増えているのが背景だ。 中国から移管した生産拠点をさらに別の国に移す企業が増加し、世界のサプライチェーンの再編が一段と加速していることは大きい。(法政大学大学院教授 真壁昭夫)

岸田政権にエネルギー政策の転換を急ぐ雰囲気が感じられない

わが国の工作機械メーカーの受注が増加基調で推移している。 重要なポイントは、脱炭素とデジタル化が加速する世界経済、特に東南アジア新興国での産業構造の激変に、工作機械メーカーが対応しようとしていることだ。 今のところ、わが国の工作機械メーカーはモノづくりの底力を発揮し、電気自動車 (EV) や脱炭素など先端分野での需要を獲得する力を維持している。

ただし、長期的に高い競争力を維持できるか否かは不確実だ。 特に、世界経済では脱炭素を背景に新しいエネルギー革命が加速し、産業構造の変化もさらに激化する。 そうした状況下、わが国の工作機械メーカーの製造技術向上を支えた要素の一つである自動車産業は、世界的な EV シフトへの対応が遅れている。 デジタル分野でもわが国企業の遅れは深刻だ。 懸念されるのは、岸田政権に経済安全保障の根幹であるエネルギー政策の転換を急ぐ雰囲気が感じられないことだ。 中長期的にわが国の工作機械メーカーなどの競争力が維持できるか否かは慎重に考えざるを得ない。

工作機械業界の健闘 海外からの受注は84.9%増

わが国の主要産業の中で、工作機械メーカーが健闘している。 特に、わが国経済の大黒柱である自動車産業はハイブリッド車 (HV) の製造技術に固執し、結果として、脱炭素を背景とする世界的な EV シフトに後れを取った。 そうした状況下、工作機械業界が着実に海外の需要を獲得して業績の拡大を実現したことは、わが国経済を下支えしている。

日本工作機械工業会が月次で公表する工作機械統計の推移を確認すると、外需(海外からの受注)の伸びが顕著だ。 11 月までの年初来の受注額は、前年同期比で内需が 56.8% 増加した一方、外需は 84.9% 増だった。 地域別に見ると、中国の工作機械需要の伸び率は鈍化している。 中国では不動産市況の悪化や新型コロナウイルスの感染再拡大による物流・人流寸断によって景気減速が鮮明だ。 12 月中旬には、広東省で水不足が深刻化しており、経済活動に一段の下押し圧力がかかっている。 当面、中国の設備投資の伸び率は鈍化基調で推移する可能性が高い。

その一方で、中国以外の国と地域では、わが国の工作機械への需要が旺盛だ。 要因として、世界のサプライチェーンの再編が一段と加速していることは大きい。 例えば、2018 年以降に激化した米中対立によって、韓国のサムスン電子は中国でのスマートフォン生産を終了し、ベトナムに生産拠点を移した。 その後、コロナ禍の発生、さらにはデルタ株による感染再拡大によって、サムスン電子はスマホ生産のベトナム依存リスクに危機感を強め、インドやインドネシアに生産拠点を急ピッチで再シフトしている。

中国から移管した生産拠点をさらに別の国に移す企業の増加は、わが国の工作機械需要の増加の背景の一つだ。 それに加えて、9 月上旬以降にワクチン接種の増加などによって米国や東南アジアの経済が徐々に正常化し、設備投資が増えたこともわが国の工作機械需要を支えている。

東南アジア地域での EV と半導体生産強化

業種別に見ると、おもに EV と半導体の分野でわが国の工作機械需要が高まっている。 特に、東南アジア地域では EV と半導体という世界経済にとって重要性が高まる 2 つの分野で直接投資が増えている。 一つの見方として、東南アジア各国では各国政府が EV や半導体という世界経済の先端分野の産業育成を急速に重視し、産業構造が激変し始めている。

まず、EV シフトなど自動車の電動化によって自動車生産のありかたが激変している。 EV 生産ではすり合わせ技術が低下し、デジタル家電のようなユニット組み合わせに移行する。 具体的には、産業用ロボットの活用を増やすことによる生産ラインの自動化領域が拡大されたり、生産ラインが短くされたりしている。 そうした取り組みが顕著なのがインドネシアだ。 「2060 年に温室効果ガス排出を実質ゼロにする」とインドネシアのジョコ政権が表明し、EV 関連の生産設備の増加、脱炭素に対応したインフラ整備を進めることによって経済成長を加速させる意向だ。 また、ベトナムやタイ、マレーシアでも EV 導入支援策が強化され、生産体制が強化される。

また、マレーシアでは半導体関連の投資が増加している。 最先端のロジック半導体製造を推進する台湾、メモリ半導体で世界トップシェアを持つ韓国に加え、夏場の感染再拡大によって車載半導体供給地としてマレーシアの重要性が一段とはっきりした。 マレーシアでは車載半導体の生産能力を強化する米インテルが 8,000 億円程度の設備投資を行う。 独インフィニオンはマレーシアで電機関連企業を買収し、サプライチェーンの強靭化を進めている。 独ボッシュやわが国のローム、富士電機もマレーシアでの生産能力を拡張している。 以上より、現在の世界経済の先端分野においてわが国の工作機械メーカーは依然として競争力を発揮している。

工作機械業界の成長に 必要なエネルギー政策転換

当面の間、インドネシアやマレーシアなどでの EV や車載バッテリー、半導体関連の設備投資は増加するだろう。 米国バイデン政権は自国の自動車などの生産回復を急ぐために、マレーシアと半導体サプライチェーンの持続性強化に関する協定締結を急いでいる。 加えて、欧州でも半導体、EV および車載バッテリー、脱炭素のための洋上風力などへの設備投資が増える。 中国経済の減速が一段と鮮明になる可能性は高いが、それ以外の国と地域でわが国の工作機械への需要は増加するだろう。 短期的にビジネスチャンスは拡大する可能性がある。

ただし、その状況が長く続くと考えるのは早計だ。 機械は分解され、その構造を模倣することができる。 設備投資が増えてファクトリーオートメーションのための新しい制御機器や産業用ロボットなどの導入が増えるにつれ、東南アジアの企業は工作機械の製造技術を習得し、徐々に国産化を目指すだろう。 それに加えて、欧州や米国では自国での雇用を増やすために、自国企業が生産する工作機械を優先的に使おうとするはずだ。

そうした変化に対応するためには、わが国のエネルギー政策の転換が必要だ。 それが HV の製造技術に依存するわが国産業の構造転換に欠かせない。 資源エネルギー庁によると 20 年度の電源構成のうち 39.0% が天然ガス、31.0% が石炭、6.3% が石油等だ。 21 年 10 月に閣議決定された第 6 次エネルギー基本計画では 30 年度の電源構成に占める天然ガスの割合は 20%、石炭は 19% と定められた。

化石燃料に依存した電力供給が続く中で、わが国が「自動車一本足打法」とやゆされる経済構造を変えることは難しい。 エネルギー政策の転換の遅れは、自動車など新しい需要創出を支える工作機械のイノベーションを停滞させ、わが国経済が世界経済の環境変化に取り残される可能性は一段と高まる。 エネルギー政策の転換に時間がかかる結果として、健闘している工作機械業界が長期にわたって比較優位性を発揮し続けることは難しくなる恐れがある。 (真壁昭夫、Diamond = 12-21-21)


日本製鉄、2 年連続の大リストラ発表 カギは「脱日本」

「余剰能力を存在させてはいけない。」 鉄鋼最大手、日本製鉄の橋本英二社長は 3 月 5 日、2025 年度までの経営計画を発表するオンライン記者会見でこう述べた。 経営計画では、東日本製鉄所鹿島地区(茨城県鹿嶋市)にある高炉 1 基の廃止に加え、全国 10 カ所以上の拠点で加工設備の生産を止めることを盛り込んだ。

昨年 2 月には、広島県呉市の呉製鉄所(現瀬戸内製鉄所呉地区)の閉鎖や、和歌山市の製鉄所にある高炉 1 基の廃止などを発表。 2 年連続で大リストラを発表した。 一連のリストラで、全国に 14 基あった高炉は 10 基に、鉄の国内生産量は 20% 減の 4 千万トンになる。 会見で改革への葛藤を問われた橋本社長は「急がないと意味がない。 後ろを振り返る余裕はない。」と話した。

日鉄はこれまで、少子高齢化などで国内需要が減る中、輸出比率を高めることで国内生産の規模を維持してきた。 だが 00 年代から台頭した中国メーカーが大量に鉄をつくり、今や世界の生産量の半分以上を占める。 鉄鉱石など原料の調達価格は高騰。 これが国内メーカーが販売する鋼材の利幅を削り、業績を圧迫している。 日鉄は 19 年度、4,315 億円と過去最大の赤字に。 20 年度も大幅な赤字に陥る見通しだ。 日本経済が右肩上がりだった 1960 年代から 70 年代に建設された製鉄所も多く、老朽化した設備の更新費用も大きな負担だ。 そうした状況で国内設備縮小の判断に至った。

だが、設備を縮小しても中国勢との競争は続く。 日鉄は、国内生産では販売価格が安い汎用品の比率を下げ、高価格品に注力する方針だ。 大和証券の尾崎慎一郎氏はこの戦略について、「輸出は高付加価値品に絞っていくことになる。 販売量は減るが、1 トン当たりの利益を上げることで国内の利益額は維持、拡大していきたいということだ。」と分析する。

現時点では、高価格品の製造に必要な技術力は日鉄がリードする。 ある日鉄幹部は「自動車向けの薄板などの高級鋼は、中国でも研究レベルならつくっている。 しかし量産化はできていない。 10 年は差があるのではないか。」と推測する。 一方でトヨタ自動車が電気自動車のモーターなどに使われる高級な鋼材「電磁鋼板」を中国メーカーから調達するなど、技術力の差は縮みつつある。

日鉄の全世界での生産量は約 7 千万トン。 長期的には 1 億トンに増やすことを目指す。 成長を求めるのは海外だ。 インドにある製鉄所の能力増強など、海外での生産量をいまの 3 倍以上の 5 千万トン超に引き上げる。 日鉄は、高炉の火入れから今年で 120 周年を迎えた官営八幡製鉄所の流れをくむ。 その歴史上初めて、海外生産量が国内を上回ることになる。

日本の雇用が揺らぐ

これまでは縮みゆく国内需要に対して、輸出でカバーすることで国内設備を維持してきた。 今回、その戦略を変えて国内を縮小させ、海外生産の割合を増やす。 鉄は自動車、家電、船、ビルなど身の回りの様々な製品に使われ、製造業を支えている。 国内鉄鋼業の空洞化は、日本の製造業や、その雇用が揺らぐことにほかならない。 日鉄は 25 年度までの 5 年間に、協力会社を含め 1 万人強を減らす方針だ。 「人員は守っていくのが大方針」として配置転換を求めていくが、地元から動けない人もいる。

経営計画で4年後をめどに高炉1基の廃止が決まった鹿島地区は、12年に新日本製鉄と統合した住友金属工業(どちらも当時)の主力製鉄所。昨年2月には鹿島地区だけで1504億円の減損損失を計上するなど、慢性的な赤字に陥っていた。日鉄幹部からは「(高炉を)中期的には止める」と、以前からリストラ候補に挙げられていた。

昨年 2 月に呉地区の閉鎖が決まって以降、鹿島地区の周囲でも統廃合の可能性が話題となっていた。 鹿嶋市の南隣、茨城県神栖市の飲食店の店主は「(19 年 4 月に「新日鉄住金」という)社名から『住金』の名前がなくなる時点でやばいと思った」と話す。 高炉には 1 基につき約 1 千人が働いているとされる。 鹿島地区の従業員は約 3 千人。 協力会社も含めると数千人の雇用に影響を及ぼす。

製鉄所の閉鎖を控える呉では、すでに町の空気が冷え始めている。 呉市の人口は約 22 万人。 製鉄所では協力企業も含めると約 3 千人が働いていた。 関係者によると、今年 1 月末までに 16% にあたる約 500 人が退職したという。 日鉄は呉地区の従業員に対して、他拠点への配置転換を求めている。 ただ、地元を離れられない従業員もいる。 ハローワーク呉による仲介で、今年 2 月末までに日鉄関係の仕事をしていた 146 人の転職が決まったという。 それでも呉飲食組合の井口秀一組合長 (77) は「新型コロナの感染拡大もあり、10 軒以上の飲食店が閉店した。 町の雰囲気は良くない。」と語る。

日鉄は、17 年には日新製鋼(当時)を子会社化した。 一連の構造改革で「余剰」と判断された高炉を持つ拠点は、旧住友金属の高炉全 5 基のうち 3 基、旧日新の全 2 基だった。 旧新日鉄の拠点は含まれていない。 大和証券の尾崎氏は「市場にプレーヤーが少ない方が、販売先の自動車メーカーなどに対する価格交渉力は上がる。 値上げ交渉を優位に進めつつ、不採算設備を淘汰していく流れ」と指摘。 日鉄幹部は「何もせずに、もう少し待っているという手はあったかもしれない」としつつも「中国が強くなり、遅かれ早かれ業界再編はされていたと思う」と語る。

対策は電炉と海外生産

構造的な不況に陥る鉄鋼業は新たな課題にも直面している。 脱炭素対策だ。 昨秋に菅義偉首相が「2050 年に温室効果ガスの排出を実質ゼロ」と表明した。 これを受けて業界団体の日本鉄鋼連盟は 18 年 11 月に掲げていた「世界で 2100 年に二酸化炭素 (CO2) 排出を実質ゼロ」を今年 2 月、「50 年に実質ゼロ」に修正。 わずか 2 年余りで 50 年前倒しした。 日鉄も 3 月、「50 年ゼロを目指す」とした。

日鉄幹部は「欧州でも目標設定されて、いつか日本でも目標が出ると思っていた」と話す。 しかし、鉄鋼業が「実質ゼロ」を実現するのは技術的なハードルが高く、非常に難しい。 それでも高い目標を表明せざるを得ない背景には、国内で脱炭素を迫る圧力が強まっていることがある。

政府は CO2 排出に税金などをかける「カーボンプライシング」の導入について検討を進める。 導入されれば、日鉄は莫大な費用負担が避けられない。 橋本社長は「技術開発への経営資源を奪う」、「もし中国に先駆けて技術開発できれば、コスト競争力を覆せる」と、まずは技術開発が先だと主張し、早期の導入に反対する。 経営計画では、30 年に 13 年度比で CO2 排出量を 30% 削減する目標も掲げた。 技術開発に加えて国内設備を縮小し、目標達成を目指す。

具体策のカギは、高炉より CO2 排出量が少ない「電炉」の活用と、海外での生産増だ。 電炉は鉄スクラップを電力で溶かし、リサイクルして鉄製品をつくる。 発電の際に発生する以外は CO2 の排出量が少なく、高炉よりも 75% 減らせるという。 さらに、高炉より設備が小規模で初期投資が少なく済むうえ、生産量を調整しやすい。 スクラップには鉄のほかに不純物が混じっているため、自動車用などの高級品をつくるのは難しいとされてきた。 だが最新技術を導入した大型電炉を 30 年ごろに導入し、高炉からの置き換えを目指していく。 電炉を海外に展開する動きもある。

日鉄は昨年 12 月、アルセロール・ミッタル(ルクセンブルク)との米国の合弁会社が現地に電炉を新設すると発表。 宮本勝弘副社長(当時)は「電気料金が非常に安価で(日本の)半分以下なのが大きい。」 実は、鉄連と日鉄がそろって掲げる「50 年に実質ゼロ」は国内だけの目標で、海外生産での CO2 排出は含まれていない。 日鉄は 3 月、ミッタルとのインドの合弁会社が、新たな高炉を含めた製鉄所の建設に向けて地元州政府と土地取得の覚書を交わしたと明らかにした。 インドは 30 年に、18 年の 2 倍以上となる 2 億トン超の鋼材需要が見込める市場だ。 日鉄幹部は「インドは日本に比べ環境規制が厳しくない。 国ごとの規制に合わせていく。」と話した。 (江口英佑、真海喬生、asahi = 4-7-21)