正倉院の宝物をファッションに 漆胡瓶の文様をひもとく

私のインスピレーションを探すアートを巡る旅や、素敵な発見を見つけた出来事をこれまでにご紹介してきました。 その中でもかつて「感性が刺激される、とっておきの奈良旅」として古都・奈良への旅について執筆したことがありました。 早いものであれから 4 年、そんな奈良にまつわる素敵なご縁がつながり、特別な展覧会に参加させていただくことになったのです。

奈良・東大寺の旧境内にたたずむ「正倉院」。 1,300 年近く地上でおよそ 9,000 件もの宝物を守り伝え、日本そしてアジアの美意識を体現する "奇跡の宝庫" といわれており、聖武天皇と光明皇后の想いが託された宝物として世界的にも類を見ない美の技術を静かに強く現代に伝え続けています。 この度、その正倉院の魅力をこれまでとは異なる新しいアプローチで楽しむことができる特別展「正倉院 THE SHOW −感じる いま、ここにある奇跡−」が、宮内庁正倉院事務所全面監修のもと、大阪・東京でスタートします。

会場の世界観は最新のデジタル技術を駆使した手法で、宝物の細部や質感をよりリアルに紹介する空間になっており、宝物の背景にあるさまざまなストーリーをひもときます。また展示では、現代のアーティストたちが正倉院にインスピレーションを受けて制作した作品群も登場するのですが、本展覧会に私もコラボレーションアーティストとして作品を発表させていただくことになりました。

正倉院に所蔵されるおよそ 9,000 件の宝物の中から私がモチーフに選んだのは、はるかなるシルクロードの美意識と、精緻な工芸技術が結晶した水瓶(すいびょう)「漆胡瓶(しっこへい)」です。

職人技術の粋を集めた古代の水瓶は、時を超えた美意識とおおらかな大陸の流れを感じさせ、独特なその存在感に私は魅せられました。 鳥の頭をかたどった蓋(ふた)をもつペルシャ風の水瓶は、東アジア独特の漆芸が用いられ、銀の薄板で草花や鳥獣の文様が巧妙に表されている『国家珍宝帳』所載の品です。 伝統の技法を尊び、過去と現代との対話から何かしらの表現を残したいという想いを胸に、まとうアートピースの象徴として正倉院宝物をファッションへと昇華させた作品を制作しました。

構想からおよそ 1 年かけ取り組んだ本作品は、プロジェクトチームにコムデギャルソンのメゾンドレス制作に携わられていた安部陽光さんをお迎えしスタートしました。 一流のキャリアを持つ安部さんとの出会いは、ある美術館に展示されていた彼の素晴らしい作品をきっかけにお声がけをさせていただき、今回制作をご一緒することがかないました。 私たちは 1,300 年という物語の証しをなるべくそのままに繋いでゆこうという考えを元に、宝物の 3D デジタルデータを元にフォルムを人尺(にんじゃく)へと割り出すことから始めました。

宮内庁正倉院事務所では、宝物の正確な情報を後世に残すため、最新のテクノロジーを用いて 360 度から宝物のスキャンを行い、高精細な 3D デジタルデータを取得する取り組みが行われています。 その貴重なデータをご提供いただき、展示モデルとして理想のプロポーションである株式会社七彩のマネキンと宝物のフォルムを融合させ、3D プリンターの縮小模型でシルエットを構築しイメージの共有をしてゆきました。 私もこれまで多くの衣装を制作してきましたが、このようなプロセスははじめての試みで、チーム独自の工程を経て完成を目指しました。

私がこのプロジェクトでとても楽しみにしていたことは、宝物がどのようにしてつくられてきたのか - -。 その想いを知ることでした。 胸が高鳴るとても興味深い資料を元に、漆胡瓶の文様をひもとくと … その世界観は職人の鋭敏な観察眼から導かれた自然と生命への賛歌でした。 多様な植物は葉脈まで生き生きと繊細に刻まれており、鹿や鳥など動物たちの愛くるしい豊かな表情はどこか人間味に溢れていました。 心震える発見のひとつが小さな昆虫や蝶までもが雄と雌の "つがい" であったこと。 私はこの物語に聖武天皇そして光明皇后との愛の絆を想起したのです。 文様から感じる慈しみの物語を星座絵のように愉(たの)しんでいただきたいです。

文様の再現では 400 種以上にも及ぶパーツを手作業でトレースし、ひとつとして同じものはありません。紡がれた月日を具現化するためにどうすれば良いかと試行錯誤し、真鍮(しんちゅう)をエイジングさせる表現に至りました。そこからさらにイメージに近づけるため、金属を薬材で化学反応させたり、熱を加えたりするなど細やかな手仕事を続けました。 こうすることでモチーフはまるで息をするように時間の経過とともに微妙に変化をしていくのも作品の見どころのひとつです。

守り残された記憶をなぞり現代へと甦(よみがえ)らせるこの手仕事は、過去の職人との創作を通じた会話のようであり、制作者として至福の瞬間でした。 1,300 年の物語をまとう、永遠のアートピースとして「時」、「美」、「愛」、「文化の記憶」のフラグメンツ(断片)の結晶を感じていただけたら、こんなに嬉(うれ)しいことはありません。 大阪展がスタートし今年 9 月には東京へも巡回をします。 ゆくゆくは全国へ、そして海外の美術館でも展示できたらと期待も膨らんでいます。 新しい形で私たちの中に生きていく本作品が、正倉院宝物の魅力と手仕事の価値を届けるきっかけになればと願っています。 (篠原ともえ、asahi = 6-27-25)


日本が 842 億円の借款供与、大エジプト博物館の正式開館がまた延期 … 中東情勢緊迫化を考慮か

【カイロ = 西田道成】 エジプト観光・考古省は 14 日、日本の支援で首都カイロ近郊ギザに建設された大エジプト博物館の正式開館を、予定していた 7 月 3 日から延期すると発表した。 「現在の地域情勢」を理由としており、イスラエルとイランの攻撃の応酬で中東情勢が緊迫化したことを考慮したとみられる。 正式開館は 10 - 12 月の間で改めて調整するという。

博物館はギザの三大ピラミッドの近くに建ち、単一文明を扱う博物館としては世界最大規模とされる。 総工費は約 10 億ドル(約 1,440 億円)で、日本は 842 億円の借款を供与し、遺物の保存・修復の技術協力も行っている。 当初 2011 年の開館予定だったが、政情不安やコロナ禍などで開館が度々延期されてきた。 正式開館に先立ち、昨年 10 月には約 2 万平方メートルの常設展示場の試験公開を始めている。 (yomiuri = 6-15-25)


万博でパレスチナ刺繍 x 和帯のファッションショー 「生きる気力に」

幾何学模様の赤い刺繍があしらわれた黒いドレスや、花の模様が刺繍された麻のワンピース - -。 大阪・関西万博で 1 日、パレスチナのナショナルデーに合わせてファッションショーが開かれた。 司会をした女性が会場外にもあふれるほど集まった観客に訴えた。 「パレスチナのことを話し続けましょう。 沈黙はやめましょう。」 ショーで披露されたドレス 9 着は駐日パレスチナ常駐総代表部のワリード・シアム代表の亡き母のコレクションだ。 イスラエルの建国に伴い、大量の難民が発生した 1948 年以前に作られたものだという。

ショーではパレスチナの伝統衣装だけでなく、和服を身にまとった女性も登場。 帯には、パレスチナの女性たちが手縫いをした伝統的な柄の刺?がほどこされている。

きっかけは現地で見た占領と日常

ショーの司会を務めた山本真希さんは約 10 年前、パレスチナの刺?を帯に入れる活動を始めた。 刺繍はすべて現地の女性たちによる手作業だ。 山本さんが初めてパレスチナを訪れたのは 2013 年。 元々知り合いだったシアム代表の紹介で、現地をめぐるツアーに参加した。 ツアーで、ヨルダン川西岸にある村に行った。 イスラエルの占領や入植に対するデモが行われていた。村の若者たちが石を投げると、イスラエル軍は、戦車から催涙弾を撃って応酬した。 山本さんも催涙弾のガスを吸った。 たまらず近くにとめていたバスに逃げ込んだ。ニュースでしか見たことがなかった占領の現実を目の当たりにした。

一方で、のどかな農村やそこで暮らす人々、豊かな食べ物など、現地に根付く文化や日常にも触れた。 伝統工芸の刺?製品を販売している場所にも立ち寄った。 地域によって特徴的な柄があったり、身近な動植物をモチーフにしたり。 紡がれてきた文化の美しさに心ひかれた。 「紛争のことばかりではなく、現地にも日常や文化があって、こんなきれいな刺?があることも知ってほしくなった。」 日常的に着物を着ていた山本さんは、刺繍をあしらった帯を作ることを思いついた。

ガザやヨルダン川西岸にある難民キャンプや農村の女性たちに制作を依頼し、月に 1 度ほど主に東京で開く展示会で販売をしている。 刺?帯の売り上げが女性たちの収入源になり、自立の手助けにもなっている。 「難民キャンプのような厳しい中で、女性たちが一針一針縫って美しいものを作り上げている。 それを日本でお披露目できたときはこの上ない喜びになる。」と山本さんは話す。

かわいそう、だけでなくリスペクトを

だが、23 年 10 月にイスラエル軍とイスラム組織ハマスの衝突が起き、刺繍帯作りにも大きな影響が出ている。 ガザでは物資の搬入出が制限され、女性たちの命に危険も迫る中、新たな帯の注文はできていない。 また、ヨルダン川西岸でも、イスラエル軍による移動の制限が強化され、女性たちが作業場にたどり着けなかったり、材料となる布や糸を調達できなかったりしているという。

万博でのショーの終盤、幾何学模様の刺?が入った二つのクッションカバーが掲げられた。 イスラエルからの攻撃が続く中、ガザの女性が作ったものだ。 作業に集中し、心を保つために、女性たちは避難先でも刺?を続けているという。 「刺繍はただのファッションではなく、人々のアイデンティティー。 生きる気力になる。」と山本さんは観客に語りかけた。 今回の軍事衝突以降、これまで以上にパレスチナへの関心が高まっていると感じている。 「でも、かわいそう、と思うだけではなく、長く育まれてきた文化をリスペクトすることが、パレスチナの人たちにとって励ましになる」と山本さんは信じている。 (甲斐江里子、asahi = 6-1-25)


腕に咲くタトゥーの花、実は化粧品 タブーに挑む 6 年越しの新規事業

"Tatoo is not Taboo"(タトゥーはタブーじゃない)。 新たな商品にそんな思いを込めた。 ヘアカラー大手「ホーユー(名古屋市)」の 2 人の社員が開発したのは、肌を染めて 1 週間ほどで消える「タトゥー。」 海外に比べて入れ墨への忌避感が根強い日本社会で、「日本でも肌を彩ることで文化に貢献したい」という。 昨夏から試験販売中の「LUCENA(ルセナ)」の特徴は、豊富なカラーバリエーションとデザインだ。

英語で「染める」を意味するティント方式のタトゥーは、約 70 ある型紙となるデザインシートから選んで好きな部位に貼り、上からインクを塗る。 数分間待ってから拭き取り、水で流せば完成。 1 週間ほど持つといい、インクを混ぜて自分好みの色とデザインを楽しめる。 記者も自分の腕で試してみた。 選んだデザインは 2 輪の花。 ピンク、紫、緑のインクを使い分けてもらった。 所要時間 10 分ほどで、かわいらしい花が腕に咲いた。

まだタトゥーがタブーな日本

開発を提案したのは、海外経験が豊富な経営企画室の藤井淳さん (38)。 きっかけは学生時代、留学先でのアメリカ人の友人との出会いだった。 その友人は、自らの特殊な血液型のことを腕に彫っていた。 メディカルタトゥーといい、事故などで意識を失った際、「間違った血液を輸血されないようにするため」と教えてもらった。 「おしゃれとしてだけでなく、(タトゥーには)もっと広い可能性があるんじゃないか。」 学生時代に抱いたこの思いは、入社後に赴任したベトナムやミャンマーなどで、タトゥーで肌を彩る文化に触れ、一層強くなったという。

6 年ほど前に一度ティント式タトゥーを提案したが、理解を得られず廃案に。 それでも胸の内で企画を温め続け、2023 年に社内の新規事業プログラムの立ち上げを機に再提案。 藤井さんと、同期で元研究員の山口真吾さん (38) の 2 人だけで開発を続け、事業化検討段階まで進んでいる。 日本ではいぜん、タトゥーに対し、タブー(禁忌)として扱う圧力が強い。 最近では、老舗飲食店で働くタトゥーの入った女性店員が SNS で話題に。 「スミがきざまれた店員がいる飲食店には行かない」などの誹謗中傷の投稿が相次ぎ、議論が起きた。

試験販売中のルセナのコンセプトは「Tatoo is not Taboo」。 肌を彩ることへの消費者の忌避感をほぐしつつ、安全に楽しめることを意識した。

肌に優しい、「化粧品」としてのタトゥーを

近年ファッションの一環として、タトゥーシールやボディーペイントによる数日 - 数週間で消える「フェイクタトゥー」は増えている。 一方、消費者庁によると、国内ではその安全性や品質性について明確な基準は定められていない。 肌にかゆみが出るなどの事故も起き、19 年に同庁は注意喚起した。 ヘアカラー分野で長年の開発実績を持つホーユーは、肌へのアレルギーの研究も進め、安全性の担保に力を入れてきた。 藤井さんと山口さんはその強みを開発に生かし、同社は今回のティント式タトゥーを自治体への届け出が必要で安全性の基準が定められた「化粧品」として製造・販売している。

山口さんは「開発や製造はすべて 2 人でやっているので、作れる量や営業に行ける場所にも限界があります」と語る。 それでも、イベントやライブ会場に出展すると多くの若者が体験に訪れており、そのニーズを感じている。 「髪色の自由化も進み、自己表現の方法は増えている。 日本でも肌を彩る文化が広まれば。」 藤井さんはそんな期待を寄せる。 インスタグラムで施術写真を見られるほか、商品は 公式サイト から購入できる。 シート 1 枚とインク 2 本のトライアルセット(税込み 3,980 円)など。 (川西めいこ、asahi = 5-18-25)


韓国スター、ラウール … 会場の VIP も華やかなファッションウィーク

2 月から 3 月にかけて開催された 2025 年秋冬コレクションのパリ・ファッションウィーク (PFW) とミラノ・ファッションウィーク (MFW) には、人気アイドルや歌手、俳優などスターや著名人が来場した。

(画像は左右にスライドしてください。)

仏有力ブランドのイザベル・マランは、人気の K-POP グループ、ATEEZ のソンファを招待客ではなくモデルとして起用。 テーラードスーツと華やかなインナーでランウェーを歩いた。 日本でも展開されベーシックなイメージが強いが、本国ではカジュアルからイブニングまで幅広い品揃えで店舗数も多い。

ミュウミュウの会場では、TWICE のモモを筆頭に若い女性スターの姿が目立った。 女性服の新作発表では、男性アイドルを会場に招いて女性の消費者に訴えようとするケースが目立つなか、「女性によって女性の」目を引こうという戦略か。 モモはオニツカタイガーのビジュアル広告でも起用され、MFW の会場も訪れるなどファッション界が最も注目する日本人の一人だ。

シャネルは韓国ドラマ「梨泰院クラス」の主演俳優パク・ソジュンのほか、南アフリカ出身の人気歌手タイラを招待。 米国の巨大フェス「コーチェラ」にも出演するなどスターダムを駆け上がる新進歌手は、タイトなピンクのセットアップ着用で会場に現れた。

日本でも知名度の高いマルニのショーに現れたのは Snow Man のラウール。 会場入りした際の動画は「朝日新聞ファッション取材班」のインスタグラム(@asahi_fashion)でも 510 万回以上閲覧され、約 10 万の「いいね」がついた(4 月 28 日現在)。

また、リアルファーやエキゾチックレザーの使用禁止を業界全体に呼びかけているステラ・マッカートニーのショーには、仏大統領の妻ブリジット・マクロンの姿があった。 新作群ではリアルな素材を皮肉るように、コンピューター画像を拡大してピクセルの凹凸がハッキリ分かるようにしたヘビ柄プリントの装いが印象的だった。 ブリジット・マクロンの来場で、マッカートニーの主張が後押しされるかもしれない。

PFW や MFW の公式ショーでは、入場チケットが販売される訳ではなく全て招待制だ。 どの顧客やメディアを招くかという選択は全てブランド側が判断しており、戦略の一部でもある。 メディアの取材を受ける VIP たちはショーを開催するブランドの服を着用し、その様子が SNS などで拡散されることが定番化している。 会場外にもファンが押しかける VIP の起用は多くのブランドにおいて極めて重大な仕事になった。

ショーを報道するメディアに対しては、事前に質問案や取材者の顔写真の提出を求めるなど、規制が厳しくなっている。 コロナ禍前のショー会場では、SNS のインフルエンサーの姿を多く見かけたが、ここ最近は減っている。 入れ替わるように、コロナ禍後から、韓国やタイといったアジア圏などからの人気アイドルや俳優たちの姿が目立つようになった。 (編集委員・後藤洋平、asahi = 5-3-25)