非正規社員 10 万人の転職支援 国が学び直しの研修費負担 国が研修費用を負担し、非正規労働者らが人手不足の業界に移りやすくする 政府は新型コロナウイルスの影響を受ける非正規労働者ら 10 万人を対象に、求人の多い業種への転職を支援する。 派遣会社が研修を実施し、派遣先企業で試験的に働いてもらったうえで就職を促す。 国が研修費用を負担し、派遣先企業にも奨励金を支払う。 コロナで打撃を受ける宿泊・飲食業界などで働くパートや派遣労働者らが IT (情報技術)などの成長分野に移りやすくする。 政府が 19 日に決める経済対策に新制度の創設を盛り込む。 対策の裏付けとなる 2021 年度補正予算案に 500 億円以上を計上する。 山際大志郎経済財政・再生相は 16 日夜の BS フジ番組で「数年間かけて数千億円のオーダーでやろうと思っている」と述べた。 政府はこれまでも非正規社員が正社員になれるよう支援してきた。 ただ労働時間の制約などから非正規のまま転職したいとのニーズもあり、制度をつくる。 非正規のまま転職する人は 20 年平均で 128 万人いる。 新制度は、転職を希望するパートや派遣労働者、非正規の仕事を失った人らが対象だ。派遣会社がオフィス事務で使えるパソコンのスキルなど短期間の研修を実施。 コールセンターなど人手不足の業界に移りやすくなるよう、非正規社員として派遣先企業に就職することを前提に試験的に働いてもらう。 派遣会社がいったん雇用したうえで派遣先での採用を前提に労働者を派遣する「紹介予定派遣」と呼ばれる仕組みがあり、新制度で活用する。 こうした形で派遣されている期間に派遣先企業に月 4 万円程度の奨励金を支払うことで受け入れ側のインセンティブにする。 9 月の労働力調査によると休業者は 208 万人いる。 コロナ禍のピークだった 20 年 4 月の 597 万人よりは落ち着いているものの、コロナ前の 19 年 9 月と比べると 46 万人も多い。 特に「宿泊業、飲食サービス業」は 36 万人もいる。 足元では経済再開が進みつつあるが、感染拡大「第 6 波」も視野に異業種への転職を検討する人を支援する。 政府はコロナ下で失業者が増えないよう雇用維持に力点を置いてきた。 ただ、企業が従業員に払う休業手当の費用を補助する雇用調整助成金の特例措置は 22 年 1 月から段階的に縮小させていく方針だ。 失業対策として一定の効果はあったが、休業が続けば就労意欲をそぎかねない。 新制度は、失業した分野の仕事が見つからなくても人手が必要な別の事業に容易に就けるようにする狙いがある。 成長分野への人材シフトは正規、非正規にかかわらず日本の課題となっており、「リスキリング(学び直し)」などで円滑な労働力の移行を促す。 (nikkei = 11-17-21) デジタル人材、採るだけでなく社内で育成 企業が自前の「学校」続々 デジタル化の波が押し寄せる中、対応できる人材を社内で育てようと、カリキュラムを自社業務にあわせた自前の「学校」をつくる企業が増えている。 外から専門人材を採用するだけではなく、デジタル化すべき業務を理解している社員全体のスキルの底上げが重要との考え方が背景にある。 ヤマトホールディングス (HD) は 4 月、「ヤマトデジタルアカデミー」を開校した。 カリキュラムは、基礎的な IT 知識を学ぶ全社員向けに加え、社長ら経営層向けもある。 このうち「DX リーダー育成プログラム」の場合、オンラインで学ぶ形で、受講期間は週 1.5 日を 1 カ月程度だ。 学ぶ内容は、荷物データの活用方法など。当初 3 年間でグループの 1 千人規模に受講してもらう計画で、これまでにヤマト運輸の社員ら約 100 人が受講したという。 「今までは勘と経験に頼っていた荷物量の予測や車の手配を、データに基づいたものに変えていく。 そうしたデータを理解し、使えるようになってほしい。」と、同社デジタル機能本部でデジタルデータ戦略を担当する中林紀彦執行役員は話す。 新ポスト「CDXO」設ける会社も ヤマト HD は、昨年発表した経営構造改革プランで「データ・ドリブン経営への転換」を掲げ、デジタル人材の採用も本格化している。 だが、中林氏は「外から人材を採るだけでは、なかなかうまくいかない。 中でビジネスをよく理解した人がデジタルを使いこなすようにならないと、構造改革はできない。」 デジタルには詳しくても、自社業務には素人の状態からスタートする専門人材だけに頼るのは限界があり、改革すべき業務に精通する社員自身が「デジタル化」することが不可欠との考え方だ。 事務用品通販大手のアスクルも 9 月、データ活用などによるデジタル化を掲げて「アスクル DX アカデミー」を開校。 講師は主に社員が務め、生徒は社内公募や推薦で募る。 最初に開催した AI (人工知能)を理解するための数学教室は、募集後すぐに 15 人の枠が埋まったという。 昨年 12 月には、CDXO (チーフ・デジタルトランスフォーメーション・オフィサー)というポストも新設した。 初代 CDXO で、アカデミーの学長も務める宮沢典友氏は「ビジネスを理解している人に、デジタルの武器を渡していくことが大切だ」と話す。 デジタル人材は、幅広い業界・業種の企業が採用を強化しており、争奪戦の様相だ。 2030 年までに、最大で約 79 万人が不足すると経済産業省は試算する。 優秀なデジタル人材の採用には各社とも苦労していることも、社内育成を強める背景にはある。 自前の「学校」を持つことは、採用面でも強みになるとの狙いもある。 アスクルは、カリキュラムを上級レベルまで用意している。 「社員は、仕事とアカデミーの両方を通じて成長できる。 入社後も成長機会があることは、デジタル人材の採用にも効くと思う。」と宮沢氏は話す。 (中島嘉克、asahi = 11-5-21) 私はロボット? IT 人材が育たぬ国、背景に「ゼネコン体質」 9 月にデジタル庁が発足し、官公庁でも民間企業でも、こぞってデジタル化への取り組みが進められています。 一方、採用現場では人材不足が指摘され、争奪戦となっています。 デジタル人材が育たない背景に、「IT ゼネコン」と呼ばれる多重下請け構造の問題を指摘する声があがっています。 どういうことなのか。 現場を取材しました。 言われたことこなすだけ 「成長望めない」、「言われるがままに動くロボットみたい」 20 代のシステムエンジニアの女性は 3 カ月間、そう思いながら過ごした。 IT 業界で「下請け」とされている企業に新卒で入社。 5 年ほど前、都内の IT 企業が請け負ったある企業の在庫管理システムの開発を「2 次請け」として受注し、その企業の社屋にほぼ毎日、上司ら 3 人と出勤した。 仕事は、システムの設計が書かれた、全体の中の一部分の仕様書を書くことがほとんど。 システムのフローチャートで処理の流れを書いたり、実際のシステムと仕様書が矛盾していたら直したりするだけで、指示された仕事が終われば上司に伝え、新たな仕事をもらう繰り返しだった。 全体像がわからない 同じフロアには 1 - 3 次請けの企業の社員の 300 人ほどが作業していた。
完全分業でお互い、何をしているかはわからない。 もちろん、システムの全体像も全くわからない。 仕様書を書くだけで、3 カ月が終わった。 「エンジニアとしての成長は望めないと感じた」と明かす。 開発の上流工程で顧客と直接やりとりしたいと、システムを受注する企業から直接仕事を受け、一貫した開発ができる IT ベンチャーに転職した。 女性は現在、その IT ベンチャーの幹部となり、採用も担うようになった。 現場でひしひしと感じるのが、多重構造の弊害だ。 デジタル人材、30 年に 45 万人不足 経歴は長くても、細分化された一部の作業しか経験がなく、1 人でシステムを構築できる能力のある人は少ない。 女性は「必要な人材は、指示されたことだけをこなすのでなく、顧客の課題を自らで考えてサービスを考えられる人。 デジタル人材が不足する中で、人材育成の面で多重下請け構造の問題は、足かせになっている」と話す。 デジタル人材の不足は喫緊の課題だ。 経産省によると、デジタル関連人材は 2030 年までに約 45 万人不足すると試算される。 総務省の情報通信白書でも、感染症や災害に強いデジタル社会に向けて、人材の育成などを「戦略的・一体的に進めていく必要がある」としている。 1970 年代からできた多重下請け構造 人材育成の足かせとして指摘されるのが、日本の IT 業界特有の多重下請け構造の問題だ。 こうした構造は、1970 年代以降、コンピューター業界の成長とともに築かれてきたといわれる。 バブル崩壊後、日本企業ではコスト削減のための外部委託が急速に進んだ。 NEC や富士通といった大手の IT 企業がシステム開発を受注し、下請け企業からエンジニアが派遣される形ができた。 大手が工事をとりまとめて下請けに発注する建設業界になぞらえ、「IT ゼネコン」と呼ばれるようになった。 元請け企業の管理下で実際のプログラミングをするのは 2、3 次の下請け企業といわれている。 IT ゼネコンは、国や大手企業の窓口役を担う一方、実際の開発は下請けにまわすことで安定的に収入を得られる仕組みになっており、多重下請け構造が存続する理由とも指摘される。 一方で、米国などの諸外国では、システムを発注する側の企業にデジタル人材が多くおり、社内でシステムの開発から運用まで一貫して行うことが多い。 そのため、多重下請け構造はおきにくく、スキルの高いデジタル人材は高給で、業界を渡り歩く。 平均年収、米国の約半分 1 - 3 次請けまでのビジネスを経験してきた、IT ベンチャー「情報戦略テクノロジー(東京)」社長の高井淳さんは、「常態化する多重下請け構造が優秀なエンジニアが育たない状況を作り出し、構造改革は必要だ」と指摘する。 高井さんによると、多重下請け構造で工程別に分ける結果、3 次請け以降の仕事は「部品作り」で、全体のシステムを理解した人材が育ちにくいという。 給与面でも課題だ。 経産省によると、17 年のデジタル人材の平均年収は約 600 万円で米国と 2 倍近く差がある。 下請けに業務を回す業界構造が格差の一因で、高井さんは、「業界構造を変えないと待遇は上がらない。 良いエンジニアが集まらず、理系の優秀な学生が集まらないのは日本だけでは。」と指摘する。 IT ゼネコン構造を変える動きも 多重下請け構造を変えようとする動きも出ている。 IT ベンチャー「アルサーガパートナーズ(東京)」は、企業と直接契約を結び自社ですべての開発をする体制を構築する。エンジニアやコンサルタントなど、開発に必要な人材が在籍し、一貫して製造することで開発コストの抑制や人材育成の面でメリットがあるという。 執行役員の小澤凌太さんは「仕様書で指示を下請けに渡す『伝言ゲーム』方式では、コストもかかり、人は育たない。 システム全体を把握するスキルを持ち提案型の人材育成の面でも、一貫して開発する体制には大きなメリットがある。」と話す。 高井さんの会社も、発注企業と直接取引し、ゼロから一貫して開発する取り組みを始めている。 こうした社員は、年収 1 千万円を超える事例もあるという。 IT 業界に詳しい東京大学大学院の情報理工学系研究科の山口利恵・特任准教授は「日本ではプログラマーに工事仕事的なイメージがあり、仕様書通りにプログラムを組む『仕様書文化』の意識が根強い。 かつてより複雑化・高度化する新たなシステムを生み出すケースが増え、求められる人材と生み出される人材のギャップが大きい。」と指摘する。 また、仕様書文化は、スキルがなくてもだれでもプログラムを組めることを前提にしており、日本では優秀なプログラマーである意味がなくなるとし、「優秀な人は(米巨大 IT 企業の) GAFA など海外企業に流れ、人材を生かし切れていないことが原因」と話す。 一方で今後について、社会全体のマインドセット(固定化した物の見方、考え方)を変えることの必要性を訴える。 「銀行などの巨大システムは IT ゼネコンの形でないと難しく、システムが安定する良い部分もある」とし「多重下請け構造を打破するのでなく、新たな開発スタイルの両方を認める文化であってほしい。 日本では政府も含めて、大手 IT 企業に発注しないと不安視するマインドもあり、構造を変えて歩み寄る形が適切だ。」と山口特任准教授は話す。 (片田貴也、asahi = 10-2-21) |