iPhone 5s と 5c 使ってみた アップルは 9 月 20 日、iPhone の新モデル「5s」と「5c」を発売します。 18 日には、5s と 5c でも採用された新 OS「iOS7」の提供も始まります。 ここでは、新しい iPhone の 2 機種をいち早く入手し、iOS7 と合わせて詳細をリポートします。 ■ 性能が大幅向上した5s、画期的な指紋センサー これまで iPhone の新機種は、カラーバリエーションを別にすれば、ハードウエアの基本モデルは「1 種類」のみでした。 しかし今回は、基本モデルが二つになり、カラーバリエーションを含めると 8 種類が一度に登場することになります。 新しい基本モデルの一つ目は、iPhone5 のデザインの流れにあるハイエンド端末「iPhone5s」。 もう一つは iPhone5 と同等の性能で、プラスチックボディーを採用した「iPhone5c」です。 それぞれの詳細を見ていきましょう。 5s は、デザインこそ 5 を引き継いでいますが、中身は大幅に変わっています。 カラーは、ブラックとシルバーの 2 モデルから、ゴールド、シルバー、スペースグレイの 3 色になりました。 スペースグレイとは、iPhone5 までのブラックをやや薄くしたような色合いです。 見た目の上で最も大きな変化は、ホームボタンの周囲に金属質の枠がついたことでしょう。 ホームボタンの印だった四角いマークもなくなっています。 5s ではここに「Touch ID」と呼ばれる指紋認証センサーが埋め込まれています。 このセンサーを使うと、指を Touch ID に軽く当てるだけでロックが解除され、iPhone が使用可能になります。 一般的な指紋認証センサーでは、指を特定の方向にこすったり押しつけたりする必要がありましたが、そうした動作はいりません。 また、指を当てる方向にも決まりはありません。 今まで、iPhone を起動する時は、4 桁以上のパスコードやキーワードを設定してロックする設定ができました。 セキュリティーを考えると必須の機能なのですが、面倒で設定していないという人もかなりいたのではないでしょうか。 5s で指紋認証を導入すると、いちいちパスコードを入力する必要はなくなります。 iPhone を起動する時はホームボタンを押すのが普通ですが、その際に同時に指紋認証が行われ、事前に登録した自分の指でホームボタンを押した時だけロックが解除されるからです。 時間はほんの一瞬。 今までよりもちょっとだけ長くホームボタンに触れば、それで指紋が認証されます。 認識スピードにしても誤認識の少なさにしても、これまでの指紋認証センサーに比べ、かなり優秀です。 ただし認証の際に力を入れすぎてボタンを押し続けてしまうと、iPhone 側が「ホームボタンの長押し」と誤認識する可能性が高いようです。 操作に慣れるまでは、その点の注意が必要でしょう。 指紋登録しなければ、従来と同じパスコード入力でロックを解除できます。 しかし一度コツをつかんだら、指紋認証はきわめて快適で、今までの操作には戻れなくなるでしょう。 iPhone5s のハードウエアの強化点は、ほかに「CPU の性能アップ」、「モーションセンサー補助用 LSI の導入」、「カメラの高性能化」の三つです。 まず CPU。 5s では、スマートフォンとしては初めて「64 ビット CPU」が採用されています。 またグラフィック性能も iPhone5 に比べ 2 倍以上の性能になっているということです。 これが新プロセッサー「Apple A7」の能力によるものです。 A7 は iPhone5 搭載の「A6」に比べ、全体で 2 倍程度の性能だとアップルは言っています。 A6 は導入から 1 年経過した今でも十分高性能で、動きが遅いと感じることはほとんどありませんが、A7 ではさらに素早くなっています。 実際、iPhone5 と比べると、アプリの機敏な動きが目に見えてわかります。 特にカメラ機能にこのスピードが大きく効くのですが、その点は 5c との比較も含め、また後で紹介します。 もうひとつ、5s で初めて導入されたのが「M7」という LSI です。 この LSI は、iPhone 内蔵の加速度センサーやジャイロスコープ、コンパスといった、動きを感知するセンサーを活用する際に使われるもので、動作に関わるデータを扱うことから「モーションコープロセッサー」と呼ばれています(「コープロセッサー」は補助プロセッサーという意味)。 現在の iPhone でも、ナビゲーション(道案内)や健康維持のためのフィットネスアプリを利用する際、この種のセンサーは活躍しています。 ランニングした距離を感知するのはもちろん、どこで自動車から降りて歩きはじめたか、といった細かい行動感知も可能になっています。 しかし、問題もありました。 細かいデータを絶えず取得し、処理し続けるために、常に CPU を使うため、負荷が意外と大きいのです。 GPS を使ったナビゲーションやフィットネスなどのアプリを利用すると、消費電力が大きくなり、バッテリーの消耗や発熱などにつながりやすくなっています。 そこで登場するのが M7。 この種のセンサーから伝えられたデータをまず M7 が処理するため、全体の消費電力はおよそ 6 分の 1 に抑えられるということです。 その上で、さらに高度な処理が必要なら、CPU を使うことも可能です。 ただし、A7 にしろ M7 にしろ、今あるアプリでは真価はさほど生きてきません。 iOS7 と M7 に特化したアプリやサービスが増えて初めて大きな価値が出てきます。 今は「ちょっといい機能」というレベルですが、今後、A7 と M7 の性能を生かしたアプリが登場することで、大きな差が生まれてくるでしょう。 そういう意味で、アップルにとって 5s は「将来への投資」を多く含んだ製品とも言えます。 多数のアプリが同時に動き、自分の動きを認識しながら働くようになると、スマートフォンの使い方もさまざまに変わってくるでしょう。 特に M7 は、もしかすると将来登場するアップルの「スマートフォン以外の製品」へ布石なのかも知れません。 ■ ポップで新しい魅力の「5c」、機能は 5 と同等で快適 一方、iPhone5c は、5s と比べると、方向性がずいぶん違う製品だと感じます。 硬質で高級なイメージがあった 5 に比べると、かなりポップな印象になりました。 パッケージも、紙の化粧箱からプラスチックになっています。 プラスチックとはいえ、表面のクリアコート層はかなり硬質で厚く、傷もつきにくそうです。 重厚さでは、iPhone5 や 5s に劣っていますが、欠点には感じられません。 むしろ 5c の製品テイストに合っているといえるでしょう。 今回のテストに使ったのはイエローですが、このほか、ホワイト、ピンク、ブルー、グリーンのモデルが用意されています。 外見のイメージはずいぶん変わりましたが、5c の性能は iPhone5 とほぼ同じです。 テストの最中、動作の遅さなどを感じる場面は全くありませんでした。 そもそも iPhone5 は、発売から 1 年が経過した今でもまだまだ性能面で見劣りしない製品ですから、それを引き継いだ 5c で不満を感じないのも当然です。 ■ スマホへのニーズの変化を反映 スマートフォンの本格普及に伴い、スマートフォンに人が何を求めるのかもずいぶん変わってきました。 アップルが 5s と 5c を用意したのも、そうした状況の変化に対応するためでしょう。 5s と 4c は、事前報道などでは「ハイエンドモデルと廉価版」と評価されることが多いのですが、その見方は必ずしも正しくありません。 ディスプレーは両者ともサイズや画質は同じで、操作感も大きくは違いません。 5c はプラスチックボディーとはいえ、仕上げ・質感ともにかなりハイレベルです。 むしろ 5c は 5 を親しみやすくしたモデルで、5s は 5 の機能強化を重視した上位モデルという位置づけと感じられます。 差別化点としてみると、5c の価格を下げたこと以上に、ハイエンド製品 (5s) をより強化したという印象を強く持ちます。 5c の特徴であるカラーバリエーションは、これまで他社製品が「iPhone との差別化策」として採ってきました。 スマートフォンに求められるものが多彩になってきたことの反映で、アップルもその方向にかじを切ったというところでしょう。 そうした傾向は、同時に発売される純正ケースからも強く感じられます。 6 色のカラーが用意され、本体との組み合わせで、さらに多彩なバリエーションが生まれます。 今後、同様のコンセプトのケースは数多く登場するでしょうが、アップルとしては、パステルカラー + ケースの組み合わせを新しいトレンドにしようと考えているのかもしれません。 iOS7 はデザインが大きく変わっています。 OS との「なじみ」の点でも、筆者は 5s より 5c の方が似つかわしいとも感じます。 その点でもアップルの「デザインの新しい方向性」は、5c の側にあるようにも思えます。 ■ 5s はカメラを強化、True Tone とスローモーションに注目 さて、5s と 5c、そして前機種 iPhone5 の大きな違いの一つが「カメラ」です。 特に 5s では、カメラ機能がたいへんに強化され、従来機種や他のスマートフォンとの差別化要因となっています。 iPhone5s では、メーンカメラ用のセンサーとして、800 万画素の裏面照射型 CMOS センサーが使われています。 画素数だけをみれば、iPhone5 や 5c と変わりません。 しかし実際には、センサーのサイズが 15% 大型化し、1 ピクセルあたりの感度は 33% 向上しているとアップルは説明しています。 特に暗い場面を撮影するのには、画素数よりも感度の方が重要です。アップルはそれを重視したのでしょう。 暗い場面で撮影するための工夫はまだあります。それが「True Tone フラッシュ」。 スマートフォンに搭載されるフラッシュは、光量の小さい LED が使われます。 通常の白色 LED は青い光の成分が強いため、写真も青みを帯びやすく、特に人の顔や料理の色が不自然になる欠点がありました。 そこで True Tone フラッシュでは、白色 LED に加えて、より黄色の強い LED をセットにし、撮影するものの色をその場でチェックしながら「光を適切に混ぜて使う」ことで、より自然な色合いの写真にするよう試みられています。 さらに A7 の処理の速さもカメラ機能にはプラスに働きます。 シャッターボタンを長押しすると、毎秒 10 枚の連写ができる「バーストモード」になるほか、動画は毎秒 120 コマの撮影が可能で、それを生かした「スローモーション」撮影も可能になりました。 実際にいろいろ撮影してみましたが、5s のカメラは確かに 5 や 5c より 1 ランク進化しています。 ノイズ感が減り、暗部でもつぶれが少ないのが特徴です。 部屋の中などの暗いシーンの改善が顕著ですが、夕日の照り返しのような微妙な光の再現性や、暗くつぶれがちな木立の表現などでも、改善点がよく分かります。 むしろ意外だったのは、ほとんど同じ性能という触れ込みだった 5 と 5c で、画質がかなり違ったことです。 ノイズ感は 5c の方が若干少なく、色再現性では 5 の方が勝っているという感じでしょうか。 5 と 5c よりも、5 と 5s の方が画質傾向は近い印象です。 5c と 5s のカメラ機能に共通しているのは、設定項目がほとんどないということです。 True Tone も完全自動で働きます。 利用者が設定するのは、フラッシュを「たく・たかない」、HDR 撮影(同じ場面で露出を自動的に変えて連続撮影する機能)を「する・しない」くらいのものです。 このへんは、スマートフォンらしく気軽に撮ることを重視したのでしょう。 5s のようにカメラが高度化した製品でも、この点は変わりません。 5s で新たに登場したスローモーション撮影については、1 点注意が必要です。 1,280 x 720 ピクセル、毎秒 120 コマで撮影し、好きな部分だけをスロー再生できるという面白い機能なのですが、スローで見られるのは、iPhone5s 内で視聴する時か、内蔵の書き出し機能を使ってメール添付したりネット上の共有サービスへ転送したりした時だけです。 iPhone から撮影データを直接取り出した場合には、スローにはなりません。 今後、マックやウィンドウズ側の再生環境も整うかも知れませんが、それまでは、書き出し機能を使ってメール添付するなどの方法を使ってください。 ■ iOS7 でデザインが大幅に変化、マルチタスクで快適に iPhone5s と 5c は、iOS7 で出荷される最初の iOS 機器となります。 この記事が公開される 9 月 18 日には、iPhone4 以降、iPad2 以降、iPad mini、iPad touch (第 5 世代)を利用中のユーザー向けに、無料アップデートも提供される予定です。 iOS7 では、画面全体の雰囲気が大きく変わっています。 俗に「フラットデザイン」と呼ばれ、ウィンドウズ 8 などでも似たものが使われています。 今の IT 機器のデザインの一つの潮流といえるでしょう。 とはいえ、アプリ切り替え時や起動時のアニメーションのなめらかさ、表示の美しさは、従来の iOS の流れをしっかり受け継いでいます。 全体の潮流を押さえながら、iOS がこだわってきた「美観」、「なめらかさ」を突き詰めたのが iOS7 といえるでしょう。 一見した印象が大きく変わったため、最初は驚くかも知れません。 また、付属アプリの中には、画面の変化に伴って機能がかなり変わったものもあります。 そうした点で戸惑いはあるかもしれませんが、操作の基本はあくまで同じ。 今まで iPhone を使っていた人なら、すぐに慣れるでしょう。 見た目以外の最大の変化は「完全なマルチタスク動作」が実現されたことです。 これまで iOS では、バッテリー消費を抑える目的から、ナビゲーションや音楽の再生といった一部の特別な機能を除き、「一度に動作するアプリは一つ」というのが基本でした。 バックグラウンドのアプリは止まっていたわけです。 しかし、パソコンはもちろん、アンドロイドでも、複数のアプリが並列で動作する「マルチタスク」は当たり前でした。 CPU 性能が上がり、消費電力の問題が小さくなったことから、iOS7 でもついにマルチタスクが使えるようになったわけです。 スマートフォンのような使い方だと、実際のところ、マルチタスクによって劇的に使い勝手が変わるわけではありません。 そもそもiOS6でも、並列動作が必須の機能については、マルチタスクができていたからです。 しかし、局面によっては不便だったのも事実です。 例えば、PDF などの大きなファイルをダウンロードする時、iOS6 までは PDF 読み込み用のアプリを開いたままで待たねばなりませんでした。 しかし iOS7 では、読み込み中に別のアプリを使っても読み込みが続きます。 従来、この点で iOS はアンドロイドに劣っていましたが、iOS7 で同等になったわけです。 今後は「積極的にバックグラウンドで通信や作業をするアプリ」が増え、可能性が広がっていくでしょう。 ただし、そのぶん負荷は大きくなっていくので、性能の高い新機種の方が望ましいと言えます。 また、iOS6 では、複数のアプリを切り替える際、読み込みに時間がかかる場合がありました。 これは、見た目の上ではすでに立ち上がっているはずのアプリでも、実際にはアプリが改めて起動し直す例が多かったからです。 しかし、iOS7 ではそうした時でも再起動にならず、すぐに呼び出せる場合が多くなっています。 アプリの切り替え画面も変わり、アプリの中身もわかりやすくなりました。 ■ 従来ユーザーは「コントロールセンター」を覚えよう 従来の iPhone ユーザーが覚えておきたい大きな変更点が「コントロールセンター」です。 簡単にいえば、よく変更する機能や設定をいつでもすぐ呼び出せるもので、指を画面の下端から上へスワイプすると表れます。 iOS6 までは、ホームボタンの 2 回押しで表れていた音楽再生のコントローラーや画面の自動回転制御などの機能はこちらに移りました。 このほかフライトモードへの移行や、無線 LAN とブルートゥースのオン・オフ、画面の輝度調整などもできます。 これらは比較的よく変更する機能でしたが、今までは「設定」を開いてかなり深い階層まで入らないと操作できませんでした。 コントロールセンターによって、手間が大きく省けることになります。 iOS7 では、コントロールセンターなどの「追加操作用パネル」は半透明のすりガラスのように表示されます。 見た目が美しいのはもちろんですが、操作画面とメーン画面の関係がわかりやすくなるのがポイントです。 ただ、アンドロイドでは、テザリング(iOS では「インターネット共有」と呼ばれます)のオン・オフも同種の機能からワンタッチで切り替えられるのに対し、iOS7 ではそれができません。 どの機能をコントロールセンターに入れるか、自分で選択できればもっと便利だったのですが、その点は残念です。 ■ ついにドコモでも販売、どれを選ぶかは「触って」判断を iPhone5s、5c について、日本における最大のトピックは、ついに NTT ドコモでも取り扱いが始まることでしょう。 実は、今回テストした端末も、NTT ドコモ用のものです。 iPhone5s と 5c は、iPhone5 に比べ、より多くの「LTE バンド」に対応しています。 携帯電話向けの通信規格である LTE は複数の電波帯で使われています。 国によって、携帯電話事業者によって、使う電波帯は異なります。 より多くの LTE バンドに対応していると、その事業者が使う複数の電波帯を切り替えながら通信できるようになるため、通信範囲がより広くなり、速度が安定しやすくなります。 特に 5s と 5c では、5 が対応していなかった「800MHz 帯」が追加されました。 これはドコモと KDDI (au) で使われているもので、両社にとってプラスになります。 だからドコモと KDDI が有利で、ソフトバンクが不利かというと、そうとも言えません。 ソフトバンク側は従来使っている 1.7GHz 帯と 2.1GHz 帯の通信インフラを、発売日の 9 月 20 日に間に合うように増強し、2014 年 4 月からは 900MHz 帯でのサービスを開始すると説明しています。 それぞれの効果の優劣は、発売前の現時点で判断することはできません。 今回の iPhone は、5s と 5c でかなり商品性が異なります。 性能だけを考えるなら、5 とほぼ同じ内容である 5c に意味はないと思いがちですが、スマートフォンの価値は性能だけで決まるものではありません。 5c でも性能は十分である以上、デザインの点で 5c を選ぶ、という選択肢もあります。 ドコモが加わったことを考えると、選択肢は驚くほど増えました。 端末の価格は 5c の方が安くなっていますが、携帯電話事業者同士で料金競争が行われることを考えると、おそらく日本ではほどなく、5c と 5s の差はあまりなくなるでしょう。 今回の新 iPhone は、選び方に悩む製品です。 5s も 5c も、最新のスマートフォンとして十分に魅力的で、ライバルメーカーの製品に負けるものではありません どれを選べばいいかは、ウェブサイトの記事や写真だけで判断できるものではないでしょう。 発売日になったら、ぜひ販売店に行って実際に製品を触ってみてください。 感触を確かめてから選ぶことをおすすめします。 特に 5c については、自分の好みの色を触ってみると、印象が一変する可能性が高いでしょう。 筆者の感想は、5c は「今のための iPhone」であり、5s は「これからのための iPhone」です。 どちらを重視するかは、人によって違って当然なのです。 (西田宗千佳、asahi = 9-19-13) |