Firefox OS は「第 3 の道」を目指す

2014 年 12 月末、携帯電話事業者の au (KDDI) は、新端末「Fx0」を発表、発売しました。 Fx0 の特徴は、OS に「Firefo OS」を採用していることです。 この OS は、パソコンでおなじみのウェブブラウザー「Firefox」と同じモジラが開発しました。 なぜ、ブラウザーの開発元であるモジラが OS を作ったのでしょうか。 その背景を読み解きましょう。

海外は「低価格」、日本は「ギーク向け」

モジラは、ウェブに関わる技術を世界中のボランティアと共に開発している団体です。 開発状況や新機能の設計といった情報はすべて公開されており、その活動は一貫して透明性を保っています。 新しい技術を導入する際も、標準化されている技術を活用するか、新たにオープンな規格を提案しています。 製品としては、ウェブブラウザーの「Firefox (ファイアフォックス)」やメールソフトの「Thunderbird (サンダーバード)」などを提供していますが、近年は OS である「Firefox OS」の開発も手掛けていました。

Firefox OS 搭載スマートフォンは、2013 年夏にヨーロッパで発売されたのを皮切りに、現在は世界で 15 機種ほどが販売されています。 海外で販売されている製品は、主に新興国や低所得者層を意識した、低価格の端末という位置づけのものが多いようです。 一方、KDDI が発売した Fx0 は、日本の通信事業者が初めて発売した Firefox OS 端末です。 他国と違い、Fx0 はかなり高めのスペックでまとめられており、デザインも贅(ぜい)をこらしています。

同社の田中幸司社長は、Fx0 の発表イベントで「Fx0 はギークのための端末。 商売抜きで開発したもので、採算は考えていない。」と断言しました。 ギークとは、「マニア」や「オタク」を意味する言葉。 ここでは、「スマートフォン自体をいじり回すことを楽しみたい人々」といった意味です。 つまり、海外とはちょっと違った層に向けた製品ということになります。

「自由度」に作り手の裾野拡大を期待

Fx0 はデザインをマニア好みに仕上げただけでなく、ユーザーがロック画面を自分で作れるツールや、Fx0 を「サーバー化」して、さまざまな機器と連携させる機能、近くの Fx0 と簡単にデータを共有できる機能などを搭載し、より深いところまでカスタマイズできるスマートフォンに仕上げました。

スマートフォンの 2 大 OS であるアンドロイドや iOS (iPhone) では、アプリ開発に特定のプログラム言語を学ぶ必要がありますし、OS の提供していない機能の追加やカスタマイズには制約があります。 一方、Firefox OS は、OS の操作画面やアプリ、外部との通信などを、HTML や CSS、JavaScript といったウェブの標準技術を利用して構築しており、開発情報なども広く公開されています。

Firefox OS は自由度が高いうえに、ウェブサイトを開発・運営するウェブデザイナーやサービス開発者といった、専門のプログラマーでない人々もアプリ開発がしやすい。 スマートフォンと連携する機器の開発もいろいろ試しやすい。 そんな環境です。 KDDI はこうした部分に可能性を感じ、「作り手」の裾野を拡大するツールとして Firefox OS を選び、Fx0 を開発したわけです。 そこで気になる点が一つ。 なぜ、長らくブラウザーを開発してきたモジラが、「OS」を作るに至ったのでしょうか。

「スマホは時代に逆行している」

モジラの活動を代表する非営利団体モジラ・ファウンデーションの日本支部、モジラ・ジャパンの浅井智也さんは、Firefox OS 開発の背景として、「既存のスマートフォンは、ブラウザーの中でいろいろできる環境でない。 ある意味では時代に逆行しているとも言える」という点をあげています。 パソコンでは、「ウェブ 2.0」や「ウェブアプリ」という言葉の流行に代表されるように、独立したアプリケーションソフトでやっていたさまざまな作業を、ウェブブラウザーでサービスにアクセスして実行するというスタイルに置き換える動きが定着しました。

ところが、スマートフォンでは、上のようなサービスを利用するのに、専用アプリを使うのが普通です。 スマートフォンのブラウザーでサービスのウェブサイトにアクセスしても、機能が貧弱だったり、動作が遅かったりします。スマートフォン自体の処理能力やブラウザーの機能が、パソコンに及ばないということもありますが、カメラや GPS、動きセンサーといった内蔵機能との高度な連携はアプリが有利という事情もあります。 また、アプリ化することで操作画面を毎回サーバーからダウンロードせずに済み、通信を減らす効果も期待できます。

それだけではありません。 アプリからウェブサイトを表示するのに、ブラウザーのアプリを呼び出さず、アプリ内蔵のブラウザー機能が利用されることも多く、その場合、OS が標準で用意しているウェブ表示機能が使われます。 iOS では、あらゆるアプリでウェブの表示に OS 標準の機能を利用するよう決められており、独自の表示機能を搭載した高機能なブラウザーは提供できません。 iOS にはグーグルの「クローム」などの他社製ブラウザーもありますが、HTML や JavaScript などを解釈する表示機能の部分は、いずれも iOS 標準のサファリと同じです。

こうした事情があるため、モジラは、アンドロイドには独自の表示機能を搭載した Firefox を提供していますが、iOS には提供していません。 スマートフォンにアプリとしてウェブブラウザーを提供しても、利用範囲が限定されてしまうのです。

理想実現のため、OS 開発に踏み込む

「モジラは、ウェブの力を信じているので、今できないことはウェブの技術で解決しようと考えます。 そこで、ウェブの技術で OS を作ったのです。(モジラ・ジャパン浅井さん)」 スマートフォンのような機器で、中立的なウェブの技術をフル活用し、オープン性を保つ。 このようなモジラの理想を貫くには、ブラウザーというアプリではなく、OS を作る必要があったというわけです。 開発にあたっては、OSの軽量化や、導入する事業者と連携して市場ごとの事情に合わせることも重視されました。

スペインの事業者は、アンドロイドでは実現できないような、数千円の低コスト端末を作りたいと考えており、Firefox OS を非常に歓迎したといいます。 ドイツの事業者は、ユーザーのプライバシー保護を重視するヨーロッパ市場向けの機能をリクエストしました。 そこで、アプリごとに位置情報の精度を選べる機能が開発されました。 アプリが利用する位置情報を、利用者側が「これは東京都ぐらい、それは東京都中央区ぐらい、あれは東京都中央区築地 x - x - x まで正確に」といった具合に調整できるのです。

日本の Fx0 の開発では、新しい日本語入力機能や、コピー & ペーストの機能などが拡張されたといいます。 Firefox OS の広がりはスマートフォンやタブレットにとどまりません。 ネットサービスの利用やスマートフォンなどとの連携のため、スマートフォンと共通の技術を基盤にした OS をテレビに搭載される動きがあるのです。

1 月に米国で開催された 2015CES で、Firefox OS 搭載テレビ「CX850」を発表したのがパナソニックです。 「独立した完全にオープンなプラットフォームで、弊社として多様な製品や事業に展開しやすい。 オープンな HTML5 を用いて多様なサービスが開発されることで、お客様により魅力的なサービス、体験をお届けできることを期待している。(同社広報グループ)」 パナソニックは、Firefox OS を採用した背景をこのように説明しています。

「効果的な第三勢力」になれるか

モジラは Firefox OS でグーグルやアップルにシェア争いを挑もうとしているわけではありません。 「ブラウザーの表示エンジンも、ひとつしかなければ開発元の意図する方向に機能強化されてしまい、オープン性が失われてしまいます。 モジラの役目は、技術革新をオープンにすすめていけるよう、選択肢を提供することです。 Firefoc OS も、市場シェアの獲得は目的にしていません。(モジラ・ジャパン浅井さん)」

とすると、Firefox OS にとって重要なことは、有効な選択肢になること。 アンドロイドと iOS という 2 大モバイル OS やその他の OS に対して、「効果的な第三勢力」になることでしょう。 そのために搭載機や利用者をある程度は増やす必要があるものの、最優先ではありません。 たとえば、Firefox OS 用に開発されたアプリやサービス、周辺機器などが他の OS でも使えるようになって広く受け入れられること。 あるいは、低価格端末の実現や市場ごとのニーズをくみ取るといった、Firefox OS の機能や考え方が他の OS やブラウザーの進化に何らかの影響を与えること。

こうしたことが、Firefox OS の本当の「成果」となるのでしょう。 その意味で、「ギーク向け」の Fx0 で作り手の裾野を広げようという KDDI の発想は、かなり「イイトコロを狙っている」と言えそうです。 (斎藤幾郎、asahi = 2-19-15)