「逃げろ」響く警察官の怒声 米山火事、止まらぬ勢い

雲一つない夜空に、巨大な火柱が立っていた。 大規模な山火事で、火の粉が吹雪のように舞い上がっていたのだ。 11 月 9 日未明、米カリフォルニア州シミバレー。 ロサンゼルス近郊の山沿いの住宅地を襲った山火事を、現地で取材した。 午前 1 時過ぎ、火元の山から数百メートル離れた場所に警察官や消防隊員が集まった。 地元住民も遠巻きに見守っていた。

当初は、火は山の斜面の一区画だけで広がっていた。 ところが、30 分も経たないうちに、猛烈な勢いで斜面を下りてきた。 住民と同じ場所にいた私も熱風を顔で感じた。 「逃げろ!」 警察官が怒鳴った。 強風に飛ばされた火の粉は私の頭上に舞い降りた。 現地では体が揺さぶられるほどの強風が吹き荒れていた。 米国海洋大気庁によると、8 日夜から 9 日未明の最大瞬間風速は 40 メートル。この強風が、火事を手に負えないものにしていた。

さらに、付近一帯では 1 カ月近く雨が降っておらず、草木は乾燥しきっていた。 これも火災を拡大させる要因になった。 カリフォルニア州では今回、ほぼ同時に州内 3 カ所で大規模な火災が発生した。 発生から1週間以上が過ぎたが、火の勢いは収まらない。 17 日までに 74 人が命を奪われ、1 千人以上の安否が不明だ。 顔に感じた熱風。頭上を舞った火の粉。 山火事の恐ろしさを痛感した取材だった。 一刻も早く鎮火してほしい。 切にそう願っている。 (シミバレー = 竹花徹朗、asahi = 11-18-18)


最悪の山火事は、いかにカリフォルニアを襲ったか

「地獄の門が開かれた」、カリフォルニアが直面する破壊の序章にすぎない

有名人の豪邸からは炎が噴き出し、オレンジ色に染まった砂浜では家畜たちが電柱につながれている。 あちこちで住宅が燃え、破裂音が鳴り、炎が燃え移り、焼けた木が倒れる。 米国カリフォルニア州の山火事が記録を打ち立てようとしている。 湿度が急激に下がり、長年の干ばつで乾燥した植物に、乾いた熱風が吹き付けた 2018 年 11 月 8 日、北カリフォルニアの丘陵地とロサンゼルスの北東で山火事が発生した。 北カリフォルニアの山火事は「キャンプ・ファイア」、ロサンゼルス近郊の山火事は「ウールジー」、「ヒル」と名づけられた。

14 日夜の時点で、合わせて約 970 平方キロが燃え、少なくとも 58 人が死亡した。 北カリフォルニアの山あいに位置するパラダイスの町は完全に破壊された。 南カリフォルニアのウールジーでは、ロサンゼルス郡西部とベンチュラ郡南東部の 400 平方キロ以上が燃え、高級住宅が並ぶ沿岸部のマリブも被害を受けた。 7 日にカントリー音楽専門バーで銃乱射事件が起き、12 人の命が奪われたばかりのサウザンドオークスにも避難命令が出された。 合わせて 25 万人以上が避難生活を余儀なくされている。

炎は今も燃え広がっている。 消防士や気候学者、カリフォルニア州知事の見解が正しければ、この猛烈な火災は、カリフォルニア州がこれから直面する破壊の一つにすぎない。

前代未聞の乾燥した 11 月

8 日午前 6 時半ごろ、シエラネバダ山脈の麓を流れるフェザー川の上流部ノースフォークに、消防隊が派遣された。 カリフォルニア州の大手電力会社 PG & E のポー・ダム近くの高圧送電線の下で、植物が燃えているという通報があったためだ。 6 時 43 分、第一陣が現場に到着。 これは大火災の始まりにすぎないと消防士たちは悟った。 カリフォルニア州の気候は大きく分けて 2 つの季節から成る。 乾燥した長い夏と湿度の高い温暖な冬だ。 農業には適しているものの、乾いた夏は山火事が起きるのに最適な条件でもある。

サクラメントにある米国立気象局の気象学者クレイグ・シューメーカー氏によれば、かつては 1 カ月以上前に秋雨が降り始め、北カリフォルニアの山火事シーズンは終わっていたという。 暦の上でも、10 月 1 日から雨期に入る。 しかし、2018 年は違った。 雨はほとんど降らず、植物は真夏並みに乾燥していた。 これほど乾いた 11 月は知らないと、シューメーカー氏も話している。 「前代未聞です。 まるでマッチ箱のような状態です。」 火災現場では、朝の早い時間、消防隊から風速約 10 メートルという報告があった。 その後、最大風速 15 - 20 メートルを記録。 炎はフェザー川を下り、小さな町が点在する山麓へと向かった。

シューメーカー氏によれば、カリフォルニア州は秋から冬にかけて、このような強風によく見舞われるという。 まず、ネバダ州とユタ州上空の冷たい高気圧から西海岸上空の暖かい低気圧に空気が流れ、風が生じる。この風がカリフォルニア州を縦断する山の小さな隙間を抜け、まるで細い川を流れる水のように、険しい峡谷を吹き下ろす。 この過程で、風は高温になり、乾燥していく。

破壊された "パラダイス"

パラダイスの町では、複数の住民が屋根に降り注ぐ火花の音で目を覚ました。 住民たちは車に乗り込み、避難を試みたが、炎と煙に視界を遮られ、ほかの車と衝突する人や土手に乗り上げる人が続出した。 生存者たちは「地獄の門が開かれた」、「目の前に黒と赤の世界が広がっていた」など、聖書のような言葉で恐怖を表現している。 スコット・マクリーン氏は午前 8 時ごろ、パラダイスに到着した。 炎はすでに町の南側をのみ込んでいた。 マクリーン氏はカリフォルニア州森林保護防火局で 21 年働くベテラン消防士で、2014 年から広報主任を務めている。 それでも、マクリーン氏は目の前の光景に驚いた。 そして 11 日、その光景を「地獄」という一言で表現した。

道路は大破した車や乗り捨てられた車でふさがれていたと、マクリーン氏は振り返る。 辺り一面が炎、煙、がれきだった。 マクリーン氏は時間をはっきり覚えていないと前置きした上で、午前 9 時ごろ、空が煙に覆われ、夜のように暗くなったと話している。 安全な避難ルートを探すため、車を走らせていたとき、マクリーン氏は誰もいない道路で 1 人の高齢女性に出会った。 女性は車椅子に乗り、混乱の中を懸命に進んでいたという。 消防隊はしばらく人命救助のみを行った。 強風の中、炎はあちこちに燃え広がり、封じ込める手だてがなかったためだ。

2 つの前線での戦い

南カリフォルニアでは 9 月下旬に吹く風とともに、山火事の季節が始まる。 通常、北カリフォルニアではそれまでに雨や雪が降り始め、消防隊を南に派遣できるようになる。 しかし、ここでも 2018 年は異変が起きていた。 8 日午後 2 時、パラダイスとその周囲でキャンプ・ファイアが荒れ狂っていたとき、ロサンゼルスの北西約 65 キロの地点で、2 つの山火事が発生した。 南カリフォルニアではサンタアナと呼ばれる乾いた熱風にあおられ、山火事は拡大していった。

ヒル・ファイアが発生したのは、サウザンドオークスから北西に数キロのサンタ・ローザ・バレー。 その約 22.5 キロ東、サンタスザーナ野外実験所の跡地に隣接する丘で、ウールジー・ファイアが発生した。 サンタスザーナ野外実験所はベンチュラ郡にあった研究施設。 数十年にわたってロケットや原子炉の実験が行われ、1959 年には、燃料棒の部分的な溶融が起きている。

当初、ヒル・ファイアの方が深刻な状況で、短時間で約 360 平方キロに燃え広がった。 しかし、100 平方キロ近い被害を出した 2013 年の大火災と同じ場所に入ったため、燃えるものが激減し、勢いがなくなった。 そして、ウールジー・ファイアが主役の座を奪う。 炎は無限に広がる郊外を南進し、数カ所で国道 101 号線を飛び越えた。 そして、なすすべもなく、マリブをのみ込み始めた。 マリブの北東、101 号線の反対側にあるウッドランドヒルズの公会堂では、11 日夕方、約 350 人の避難者が多目的室に身を寄せ合っていた。 多くの人が炎を抑制できなかったことへのいら立ちを口にする。

複数の機関で構成される南カリフォルニアの消防隊は、世界で最も強力な消防隊と評価されている。 それでも、人員は不足している。 森林保護防火局は 12 日、ワシントン、オレゴン、アイダホ、ユタ、ニューメキシコ、テキサス、モンタナ州に支援を要請し、消防隊の派遣を受けると発表した。

新しい異常

2017 年 12 月の「トーマス・ファイア」はサンタバーバラ郡とベンチュラ郡の約 1,140 平方キロに延焼。 カリフォルニア史上最大の山火事となった。 消防士たちは見たこともない山火事と表現した。 ところが、わずか 8 カ月後、トーマス・ファイアをもしのぐ「メンドシーノ・コンプレックス・ファイア」が発生。 カリフォルニア州の真ん中に位置するワインカントリーを破壊しただけでなく、炎の竜巻まで発生し、消防隊と見物人を当惑させた。 そして、今回の 11 月 8 日の山火事。 キャンプ・ファイアがパラダイスの町をのみ込むのを目の当たりにした消防士たちは、これほど動きの速い山火事は見たことがないと口をそろえた。

消防士たちはカリフォルニア史上最も壊滅的な山火事に畏怖の念を抱く一方、ためらうことなくその原因を断言している。 ロサンゼルス郡消防署長のダリル・オズビー氏は 11 日朝の記者会見で、「カリフォルニア州に住んでみれば、気候変動のさなかにあることがはっきりわかります」と述べた。 「過去 7 年間のうち 6 年、私たちは干ばつを経験しました。 そして、この夏、観測史上最も暑い夏を経験しました。」

温室効果ガスが地球を暖め続ける限り、秋がどんどん暖かく乾燥したものになり、より速く、より大きく、より危険な火災が引き起こされるという流れは続くと予測されている。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校の気候科学者ダニエル・スウェイン氏は 2018 年夏、ある論説で、カリフォルニア州知事のジェリー・ブラウン氏が相次ぐ山火事をカリフォルニアの「新しい正常」と言ったことについて、適切な表現ではないと指摘した。 「カリフォルニア州は安定期に入ったという前提が間違っています。」 スウェイン氏は州と自治体に対し、大規模火災がさらに深刻化するという前提で計画を立てるよう提案した。

11 日、ブラウン氏は前言を撤回した。 「これは "新しい正常" などではありません。 これは "新しい異常" です。」 (Maraya Cornell、National Geographics = 11-15-18)