東芝株主が突きつけた企業統治への不信感 - 永山議長の再任を否決

→ 株主は総会で取締役会運営への責任も明確に示した - ベネシュ氏
→ 強烈なインパクトの事件、「東芝は立ち直るチャンス得た」と専門家

東芝が 25 日に開催した定時株主総会で、永山治取締役会議長ら 2 人の社外取締役の選任が否決された。 昨年の定時総会の運営を巡る問題や車谷暢昭前社長の突然の退任などが相次ぐ中、永山氏を取締役にとどめながらガバナンス(企業統治)改善を進めようとしたが、株主からの支持は得られなかった。 同日の株主総会で諮った唯一の議案が取締役の選任議案。 11 人の取締役候補のうち、永山氏と小林伸行監査委員会委員の 2 人の再任が否決された。 一連の問題に対する内部監査未達の責任を問われた形だ。 株主からは昨年の定時総会の問題を巡る質問も目立ち、質疑応答に要した時間は 1 時間 40 分近くに及んだ。

会社役員育成機構のニコラス・ベネシュ代表理事は、東芝の定時総会では、株主が「取締役はしっかりとした取締役会運営にも責任を負うということを明確に示した」と指摘。 全てが事前に決定されていた旧態依然の世界が崩壊したともいえ、「ある意味でこれは良いこと」と歓迎した。 スマートカーマのアナリスト、トラビス・ランディ―氏は永山氏は不正行為は犯していないものの、「取締役会議長が監査委員会の失態に責任を負わなければならないという考えが重要であり、株主が永山氏に責任があると確認したという事実は非常に重要だ」と指摘した。

まれな事例

株主の議決権行使により取締役会の中核メンバーが入れ替わる例は国内では珍しい。 直近では 2019 年 6 月に開催されたリクシルの株主総会が話題になった。 委任状争奪戦(プロキシーファイト)の結果、株主側が提案した取締役候補が全員選任され、最高経営責任者から解任されていた瀬戸欣哉氏がトップに返り咲いた。 ガバナンス問題に詳しい牛島信弁護士は、国内のビジネス界で信用の高い永山氏の再任否決について、「日本のビジネス全体にとって相当強烈なインパクトのある事件だ」と指摘。 同氏の退任を望む株主の意志が貫徹したとし、逆に「東芝はこれでついに立ち直るチャンスを得た」と話した。

今回の定時総会では、海外投資家をはじめ機関投資家などの株主が、出資者の利益を守るために投資先の経営を監視して企業価値の向上を求めるスチュワードシップ・コード(投資家の行動規範)の存在も大きかった。 東京理科大学大学院の若林秀樹教授(経営学)は、「こういう形で取締役がシャンシャン、忖度の中でやるのではなく、緊張感を持つことはこれからのガバナンスの意味でもいいことだ」と話す。 また、永山氏は追加の取締役を選任する臨時総会後に退任する気持ちもあったとみられるとし、同氏が去っても混乱はないと分析している。

第 2 位株主でシンガポールの資産運用会社の 3D インベストメント・パートナーズは総会後に発表した声明文で、総会の結果が「新たな時代の幕開けになることを期待している」とし、「東芝の将来と可能性に対して楽観的であり、今回の取締役会の変更を歓迎する」との見解を示した。

プロフェッショナル経営者

東芝のレイモンド・ゼイジ社外取締役は、総会開催後の電子メールでの取材に対し、取締役会は株主の議決権行使の結果を「明確に認識している」とコメント。 同社の安定を維持しながら、取締役会が株主からの信頼を回復するために「一丸となって取り組む必要があり、達成できると確信している」と述べた。 東芝は今後開く予定の臨時総会に提案する新たな取締役候補や、現在は綱川智社長が兼任する CEO の人選を急ぐ考え。 同社の広報担当は、総会の結果を踏まえ、25 日午後に定時取締役会を開催して議長や各委員会の構成について議論すると述べた。

慶応義塾大学大学院の小林喜一郎教授(組織戦略論)は、東芝の取締役会議長について「プロフェッショナル経営者のような、企業を渡り歩く経営能力のある方が望ましい」との考えを示した。 具体的には海外からの視点や資本市場の立場から東芝を見ることができることなどを挙げた。 東芝は筆頭株主のエフィッシモ・キャピタル・マネジメントが提案し臨時総会で承認された弁護士による調査で、昨年の定時総会を巡り、経済産業省が一体となり株主の議決権行使を妨げるような行為があったと指摘され、永山氏らには監督責任を問う声も上がっていた。 (古川有希、稲島剛史、Bloomberg = 6-25-21)

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漂流する東芝のガバナンス問題
"圧力" 問題の表面化で経営は混乱状態

取締役選任案、修正余儀なく

東芝のコーポレートガバナンス(企業統治)が再び揺れている。 2020 年の定時株主総会をめぐり、経済産業省と一体となった一部株主への "圧力" 問題が表面化。 5 月に公表済みだった 6 月 25 日開催予定の定時株主総会に付議する取締役選任案を修正する事態に追い込まれた。 アクティビスト(物言う株主)との関係が悪化した車谷暢昭氏が 4 月に社長を退任したことで経営の混乱は収束に向かうかに思われたが、状況が一変。 成長戦略に専念できる環境は遠のくばかりだ。(編集委員・鈴木岳志、高田圭介、張谷京子)

社外取の反発 前社長含め責任明確化へ

東芝・取締役会議長の永山治氏は 14 日のオンライン会見で「経産省との関係などで担当者のガバナンス・コンプライアンス意識が欠如していたと言わざるを得ない」と断言した。 ただ、"圧力" 問題の背景として「前社長の車谷(暢昭)氏の存在が一つの要因であることは否めない。 法的責任の有無はさておき、経営の混乱や、株主の信頼を損なった責任は決して無視できない」と付け加えた。 今後あらためて真相究明の調査を実施し、車谷前社長を含む責任の所在を明確化する方針だ。

東芝は 13 日夜、"圧力" 問題などに関する外部弁護士の調査報告書を受けた対応を発表した。 同問題の社内調査を主導した社外取締役で監査委員会委員長の太田順司氏と、監査委員会委員の山内卓氏が 25 日付で退任する。 あわせて、調査報告書において経産省と緊密に連携して一部株主に "圧力" を与える中心的な役割を担ったとされる東芝の豊原正恭副社長と加茂正治上席常務も退任する。 これで一連の問題に関係した社外取締役や、車谷前社長を含む当時の経営陣は一掃されることになる。

自浄作用の限界露呈 成長への道まだ遠く …

10 日に公表した弁護士の調査報告書は 20 年の定時株主総会が「公正に運営されたものとはいえない」と認定した。 これを受けて、指名委員会委員を務めるワイズマン広田綾子氏を含む東芝の社外取締役 4 人が、25 日の株主総会に向けた会社提案の取締役選任案に異議を唱える異例の展開となっていた。 永山氏は 14 日、取締役会の再構築を明言した。 「25 日の定時株主総会終了後に国内外を問わず東芝再建の重責を担うに足る人材を取締役会に迎えたい。 しかるべき時期に臨時株主総会を開催して、新たな取締役の選任を提案する。」と見通しを述べた。

現在は綱川智社長のもとで、10 月の発表に向けて 22 - 24 年度の新中期経営計画を策定している真っ最中だ。 4 月に東芝へ買収提案した英国投資会社の CVC キャピタル・パートナーズによる提示価格は 1 株当たり約 5,000 円だった。 14 日の終値は 4,770 円だが、株価を 5,000 - 6,000 円に上昇させるような新中計を練ってきた。 それを実現することで、社内で不人気な非公開化などをせずに自力成長を目指す算段だった。 ただ、今回の "圧力" 問題は東芝社内だけでの自浄作用の限界をあらためて露呈してしまった格好だ。

経産省は静観 あくまで「東芝の問題」

今回の一連の事態をめぐっては、東芝と経産省との関係が取り沙汰されている。 外部弁護士の報告書は両者が一体となり、改正外為法に基づく権限発動を示唆することで株主に不当な影響を与えたと認定した。 これが事実ならば、国家公務員法の守秘義務規定に触れかねないと見る向きもある。 経産省は現在のところ、静観の構えをみせる。 11 日の会見で梶山弘志経産相は「東芝の検討を待ちたい」と述べた。 省内関係者への調査を含め、東芝の対応を受けて判断するとの見解にとどめた。

静観の背景には、報告書の指摘する内容が「どのような根拠に基づいて断定しているか必ずしも明らかでない(梶山経産相)」との考えがある。 まずは東芝のガバナンス上の問題にとどめたい思惑も透ける。 原子力や防衛関連の技術を持つ東芝は、アクティビストへの対応に苦慮する中で所管する経産省に接触したと報告書は指摘する。 経産省元参与を通じてアクティビストの提案に反対するよう株主に働きかけたともしており、民間企業の株主総会に政府が介入した点が問題視される。

安全保障上に関わる技術や機微情報の国外流出を防ぐため 20 年 5 月に施行した改正外為法は、武器、航空機、原子力などの分野をコア業種と定めた。 規制強化の側面が強い内容に対し、ある経産省幹部は「自由に開かれた間口を閉ざすものではない」と海外からの投資意欲をそぐことは趣旨に外れるとしている。 東芝と経産省との関係が事実であれば、趣旨に相反する形となる。

安全保障との線引き焦点

中央省庁と民間企業との関係性をめぐっては、これまでも幾度となく指摘されてきた。 国として安全保障上重要な技術や情報を守りつつ、企業の独立性をどう担保するかの線引きも今後の焦点となる。 後手の対応が続く状況に対し、別の経産省幹部は「東芝の検討を待つ前に何らかの動きをしたほうがいいのでは」と本音を漏らす。 (NewSwitch = 6-16-21)

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東芝の車谷社長が辞任 業績で成果、株主とは対立

東芝は 14 日、車谷暢昭社長 (63) が辞任し、後任に前社長の綱川智会長 (65) が復帰する人事を発表した。 東芝の再生が完了したため、などと説明したが、株主や社内の不信感を背景に辞任に追い込まれたのが実態だ。 車谷氏の「古巣」である英国系投資ファンドの買収提案から 1 週間。 経営は混乱し、トップの交代に至った。 東芝はこの日、臨時の取締役会を開いた。 英国系投資ファンド、CVC キャピタル・パートナーズからの買収提案に伴う株主への対応を話し合うため、として招集した。 車谷氏から、すべての役職を退くとの申し出があり、了承した。

車谷氏は元三井住友銀行副頭取。 18 年 4 月に東芝会長に就いた。 不正会計が発覚した東芝の企業統治の改善や、米国の原子力発電所事業の失敗による経営危機からの立て直しを任され、20 年 4 月には社長に就任していた。 再建計画に近い業績を上げてきた一方、子会社を含む不正取引など企業統治の不備を背景に、大株主である海外ファンドと対立。 こうした経営に、不満は社内でも膨らんでいた。

社外取締役でつくる指名委員会は、幹部社員を対象に社長の信任調査を重ねているが、その数値も悪化していた。 取締役会議長の永山治・社外取締役(中外製薬特別顧問)らは、車谷氏の解任を、この日の取締役会にはかる構えだった。 車谷氏が東芝に移る前に CVC の日本法人トップを務めていたことから、「利益相反」の懸念を指摘する声もあがっていた。 後任の綱川氏は大株主との対話にあたる。 東芝の買収は、CVC だけでなく、米投資会社コールバーグ・クラビス・ロバーツ (KKR) やカナダの投資会社、ブルックフィールドも検討しているとの報道も出ており、こうした動きへの対応も今後の焦点となる。 (小出大貴、鈴木康朗、asahi = 4-14-21)


トトロの森近く、金型工場が見つめる「中国の半歩先」

東京都と埼玉県にまたがる狭山丘陵。 映画「となりのトトロ」の舞台ともされる広大な里山近くに、その金型工場はある。 狭山金型製作所(本社・埼玉県入間市)。 国内外の企業幹部たちが、1 千分の 1 ミリ単位の精度を求めて足を運ぶ。(敬称略) 社長の大場治 (59) が、父親から事業を引き継いだのは 1987 年。 韓国や台湾などが安い人件費を武器に力を付けつつあった。 「何かを極めれば、まだ 1 番になれる。」 そう考えた大場は金型の「微細化」に取り組むことを決め、2001 年、同じ入間市内のこの地に工場を移した。

細かな加工や作業には、自動車の振動は無視できず、幹線道路から離れた静かな環境が必要だった。 日差しの影響を受けにくい半地下にし、工場内の温度を 24 度前後に保つのも、マイクロメートル単位での加工精度を高めるためだ。 小指の先ほどの大きさのスマートフォン内のプラスチック製コネクター部品向けの金型でさえ、数百の金属部品を組み立ててつくる。 大型の工作機械で加工した金属部品を、少しずつ削ったり、顕微鏡でのぞき込んだりしながらひとつずつ組み立てる。 金型内にわずかなすき間があれば、部品を量産する際に不良品が多く出る。 大場は「最後は人の手が精度を決める」と話す。

金型は、金属を型抜きしたり、樹脂を流し込んで成形したりする「道具」だ。 同じ製品や部品を短時間で大量に生産するのに欠かせない金型技術は日本の強みとされ、戦後日本のものづくりを支えてきた。 だが、家電製品や自動車などの量産工場の海外移転が加速すると、徐々に勢いを失った。

日本金型工業会によると、18 年の日本の金型生産額は約 1.5 兆円で、ピーク時(91 年、約 2 兆円)の 4 分の 3 ほど。 多くが従業員 30 人以下の金型工場の数は、91 年の約 1 万 3 千カ所からほぼ半減した。 台頭してきたのは中国で、年間生産額は日本の 2 倍超。 「日本の金型屋がようやく 1 台買える高額の工作機械が、中国の工場には数十台ずらっと並んでいる。(業界関係者)」 高性能な工作機械の大量導入などで、「オヤジの DIY」と揶揄されるほどだった品質も大きく向上しているという。

「中国の半歩先を行くしかない」 痛い目に遭った社長は腹をくくった

大場も痛い目に遭ったことがある。 デジタルカメラや携帯電話向けの金型を日系大手の中国工場に送っていたが、2 年ほどで受注を失った。 金型を分解すればおおよその仕組みは分かるため、金型の発注先を地場企業に変えられたためだ。 ノウハウの流出に危機感を覚えた大場は、これを機に欧米向け営業を強化した。 今では、精密さで知られるスイスの時計メーカーからも受注がある。 需要が伸びそうな医療機器向け微細部品の金型製作にも力を入れる。 「中国の半歩先を歩み続けるしかない。」 大場はそう話す。

テスラも採用 次世代技術生かす「型にはまらない金型屋」

岐阜県大垣市の金型メーカー「大垣精工」には半年ほど前から、世界の自動車関連企業から連絡が相次いでいる。 内容は、電気自動車 (EV) の「モーターコア」用金型の問い合わせや技術提携の依頼だ。 幹部は「5 年後、10 年後を見据え、業界が EV に本腰を入れ始めた」と感じている。 モーターコアは、EV に欠かせない駆動用モーターの中核部品。 通常は、極薄の電磁鋼板を何百枚も積み重ね、溶接や接着剤を使わない「カシメ加工」で接合する。 だが、鋼板の間にごくわずかなすき間ができ、モーターの効率や静粛性に影響する。

大垣精工は、特殊な接着剤で鋼板を 1 枚ずつ接合してモーターコアをつくれる金型と量産方法を開発。 米テスラなど EV 世界大手も一部で採用している次世代技術だ。 もともと、自動車の排ガス浄化装置部品用の超精密金型などで技術力には定評がある。 ただ、金型だけではもうかりにくく、1984 年に自前の金型を使った部品量産も始めた。 パソコンやサーバーのハードディスク内で磁気ヘッドを制御する 5 ミリ角ほどの超精密部品では、世界シェアの約 4 割を占める。 会長の上田勝弘 (82) は「金型屋が『型にはまる』のではなく、技術力を新市場の開拓に生かすべきだ」と話す。

電機大手などの工場の海外移転が進み、日本の金型生産の約 7 割が自動車産業向けだ。 一方で「脱炭素」を契機に、世界では EV シフトが加速している。 日本政府も 2030 年代半ばまでに新車販売すべてをハイブリッド車を含む「電動車」にする目標を掲げる。

日本の「お家芸」クルマづくり 今起きつつある地殻変動とは

日本勢が得意としてきたクルマづくりに今、地殻変動が起きつつある。 テスラは、ガソリン車より少ない EV の部品点数のさらなる削減に熱心だ。 戸建ての家 1 軒ほどもある巨大な鋳造機で、自動車の後部に使うアルミ部品を製造。 これまで約70の部品を溶接などしてつくっていた部分を一つの部品に置き換え、大幅な軽量化とコスト削減を図る狙いだ。 すでに、新型のスポーツ用多目的車 (SUV) 「モデル Y」に採用されている。

設立から 20 年弱と新興のテスラは、日本の自動車大手のようなサプライチェーン(部品供給網)を構築できていない。 業界関係者は「つくり方を大胆に変えて、一気に既存の自動車大手に追いつく狙いもあるのではないか」とみる。 EV では、約 1 万の部品でつくられるエンジンが必要なくなる。 エンジン以外でもさらに部品点数が減ればその分の金型も要らなくなる。 急速な EV シフトは日本の金型産業の行く末も左右する。 「新しいクルマづくりにどう対応していくかを考えないと、後々痛い目を見る。」 日本金型工業会会長で小出製作所社長の小出悟 (65) はそう話す。

メーカー悩ます「ゾンビ金型」

川崎市内にある従業員約 10 人のプラスチック部品メーカー。 200 平方メートル超の工場内には、棚に置ききれない金型が通路にタテ積みにされていた。 「金型は発注元の資産。 勝手に捨てられない。」 社長の男性 (44) は、増え続ける金型の管理に悩む。 音響機器向け樹脂部品が主力で、約 20 年でたまった金型は 700 ほど。 うち 1 年に 1 回以上使うのは約 4 割で、残りは数年に 1 回以下。 まったく使わない「ゾンビ金型」も 2 割ほどある。

金型で金属や樹脂の部品をつくる中小企業にとって、使わなくなった金型の管理は共通の悩みだ。 特に、地価の高い都市部の企業は保管場所の確保が経営の重荷になりかねない。 男性も「金型を減らせれば、工作機械を 1 台置ける」と嘆く。 一つ数十 - 数百キロの金型の「山」が地震で崩れれば、従業員の安全も脅かす。 金型は、部品を発注する側の所有であるケースが多い。 発注元の大手企業は金型を中小企業に貸し、量産された部品を買い取る。 だが、量産終了後も製品の修理に少量の部品が必要だとして、金型をただで預けっぱなしにしてしまう。

是正に乗り出す政府 「解」は見えるか

経済産業省などが 2019 年に実施したアンケートでは、量産終了後の金型の平均保管期間は半数近くが「10 年超」と回答。 約 85% が、発注側と保管期間を「取り決めていない」と答えた。 経産省は、こうした商習慣の是正を目指す「アクションプラン」を 17 年に策定。 契約時に金型の取り扱いを定める覚書のひな型などを作成し、大手にも対応を促している。

ただ、大手にとってはコスト増につながるため、動きは鈍い。 男性は 2 年に 1 回、ある大手に 80 型ほどの金型の廃棄を申請するが、認められるのはその半分程度。 一方で年間 40 型ほど増え、廃棄のスピードが追いつかない。 廃棄を要求しても多くの大手は「もう少し預かって欲しい。」 そもそも金型廃棄を要求すれば今後の仕事を失うリスクもあり、中小企業にとってハードルは高い。 そんな状況を改善しようと、ベンチャー企業の KMC (川崎市)は、情報技術を使った金型管理に取り組む。 社長の佐藤声喜 (64) は「廃棄しようにも金型がどこにあるのか。 だれも分からないことがある。」 金型の台帳さえない中小企業も多い。

KMC では、金型ひとつひとつに QR コードを付け、種類や製造年、管理番号、置き場所などの情報をクラウドで一括管理するサービスを提供。 部品生産に必要な金型がどこにあるか分かれば、必要な金型をあちこち探さずに済み、中小企業の生産性向上にもつながるというわけだ。 佐藤は「使わない金型を中小企業に預ける商習慣は時代遅れ。大手も真剣に『ゾンビ金型』問題に取り組まないと、サプライチェーン(部品供給網)全体の重荷になりかねない」と話す。 (久保智、asahi = 6-6-21)


田んぼの「ルンバ」? 雑草抑えるロボット、実証実験中

農業用ロボットを開発し、農家の所得向上などをめざす「有機米デザイン(東京都小金井市)」が、田んぼに生える雑草の成長を抑えるロボット(通称「アイガモロボット」)を公開した。 24 日に山形県鶴岡市高坂の山形大学農学部付属農場でデモンストレーションを実施。 田んぼの上をすいすい動くさまは、「お掃除ロボット」のようだ。 ロボットは 90 センチ x 120 センチ、高さ 20 センチの箱形。 水深が 3 センチあれば浮かぶフロート型で、水の張られた田んぼを自動で動き回る。

特殊なスクリューで田んぼの水を攪拌(かくはん)し、底の泥を巻き上げて水を濁らせる。 これによって水面下に入り込む光を遮り、雑草が育つ邪魔をする効果がある。 基本的な理屈は「アイガモ農法」と同じだ。 アイガモとは異なり除草や除虫まではできず、あくまでも「抑草」が目的。 ただ、脱走や外敵からの襲撃を心配する必要はなく、利用後の処理も発生しない。 活動範囲は GPS を使って指定。 本体の操作は携帯端末から行う。 上面に取り付けた太陽光パネルから得た電力で動く。

仕様の異なる 75 種のモデルがあり、昨年から全国 11 都県の田んぼでの実証実験を開始。 今年は山形のほか、秋田、宮城、福島、新潟といった米どころのほか、関東地方と石川、福井、滋賀、京都、熊本の 17 都府県に拡大した。 環境の違う場所でデータを収集・蓄積して改良を重ね、数年以内に販売や量産化することをめざしている。

有機米デザインの担当者は「コメの有機栽培は、そうでない栽培に比べて 10 アール辺りの粗収益が 2 倍になるが、労働時間も 1.5 倍になる。 中でも除草にかかる労働時間は 5 倍にもなる、という報告もある。」と指摘。 ロボットによる「抑草」の実用化によって、「農家の所得向上と有機米マーケットの拡大に寄与できる」と期待する。 同社は、鶴岡市の街づくり会社・ヤマガタデザインからの出資を受け、2019 年に設立されたベンチャー企業。 25 日には、電子部品メーカーである TDK から 2 億円の資金調達を受けたことに加え、ロボットのバッテリーの改良や秋田県内での実証実験でも連携していくと発表した。 (鵜沼照都、asahi = 5-30-21)


駆動モーターシステムを征するものが EV 市場で優位に!
自動車部品業界で起こる大競争 中国が先行、「分水嶺」は 25 年

自動車部品メーカー各社が、電気自動車 (EV) 用の駆動モーターシステム「e アクスル」事業で攻勢をかける。 電動化のほか、コネクテッドカー(つながる車)、自動運転など技術の新潮流で完成車メーカーには開発投資が重荷だ。 モーター、インバーター、変速機(ギア)が一体となった e アクスルは開発費負担を低減できる利点があり、需要が高まっている。 現在の e アクスル市場は中国が先行するが、今後は欧州などでも搭載車が増える。

日本電産は e アクスルで 2025 年には 250 万台、30 年には 1,000 万台の販売を計画。 中国工場での生産を強化している。 欧州ではフランスの旧 PSA (現ステランティス)との合弁会社で 22 - 23 年度の投入を予定している。 将来的にはセルビアでの生産も検討する。 トヨタ自動車グループのブルーイーネクサス(愛知県安城市)も e アクスル事業の体制強化を図る。 同社はデンソーとアイシンの共同出資会社だったが、20 年にトヨタも出資した。 グループの技術力を結集させ、商品の競争力を上げる狙いだ。

他にも明電舎は開発品を車メーカーに提案中で、各拠点で開発や生産の体制を整えた。 日立アステモも商品開発を進めている。 海外では e アクスルを含めた企業同士の合従連衡が起きている。 カナダのマグナ・インターナショナルは韓国の LG 電子と 7 月までに電動駆動部品の合弁会社を設立する。 e アクスル市場は 25 年が一つの節目だ。 車載用電池の価格低下や、各国の環境規制を見越して EV 車の需要が一気に増えると見られるからだ。 日本電産は 25 年を「分水嶺」と位置付ける。 モーターとインバーター技術を持つマレリ(さいたま市北区)も 5 年後を見据え、ギア技術を持つメーカーと協業して e アクスル事業の本格参入を決めた。

e アクスル市場は現状、中国がリードする。 一般的な車の開発期間は 5 年前後。 これに対し「中国の車メーカーは 2 年から 1 年半のスパンで開発する」と富士経済(東京都中央区)の調査員の饗場知主任は指摘し、駆動領域の開発工数を短縮できる e アクスルは中国の開発スピードに合致していると解説する。 今後は欧州や北米、日本での需要拡大が期待される。 まずは量産車(一般車)に搭載される見通し。 これら 3 地域では「車メーカー自身がこだわって作る車種がある。(饗場主任)」 その典型である高級車に、"標準品" である e アクスルを採用する判断は当面見送られる公算が大きい。 (日下宗大、NewSwitch = 5-30-21)


キユーピーが開発 賞味期限を長くする「弱レトルト製法」がスゴイ

キユーピーはレトルトパウチ食品を低温加熱殺菌し、素材の色や食感を保ちながら、賞味期限を長くする「弱レトルト製法」を開発した。 業務用の商品開発で培った技術に、前後の工程を組み合わせることで独自の製法にし、特許を出願。 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で外食向けの業務用需要が落ち込む中、家庭用商品に技術を転用し、収益性を高める。

キユーピーが開発した弱レトルト製法は、通常のレトルト殺菌の温度帯である 120度 C に比べ、低温の 100 度 - 105 度 C で殺菌することで、素材の色や味、食感を保つことができる。 ただ、低温殺菌は殺菌力が落ち、賞味期限も短くなる。 このため、具材に味を染みこませる工程や、冷凍で輸送し、解凍してから店頭に並べる仕組みにすることで課題を解決した。

キユーピーは同製法を 4 月に発売した「わたしのお惣菜シリーズ」の「キーマカレー」、「ラタトゥーユ」、「鶏肉と根菜の黒酢あんかけ」の 3 商品に活用。 3 商品はいずれも、具材が大きく、しっかり食感があり、賞味期限は 30 日間と長いのが特徴だ。 ホテル向けなどに業務用商品で活用していた技術が基盤になっている。

キユーピーは業務用の技術を家庭用に転用するフレッシュストック事業を展開しており、わたしのお惣菜シリーズは同事業で開発した。 同事業ではこのほか、レトルトパックを低温で超高圧処理する「冷圧フレッシュ製法」をサラダ総菜に導入。 同製法は神戸製鋼の食品用高圧処理装置を活用し、従来の加熱殺菌に比べ、素材本来の食感や色味を残して味わいを維持しながら、菌を不活性化し、賞味期限を長くできる。

キユーピーでは市場の変化に合わせ、業務用の商品開発で培った技術や新技術を家庭用商品に導入することで、安全性を担保しながら、味や食感を高め、賞味期限を長くする商品の開発を強化する。 (NewSwitch = 5-23-21)


キヤノン製超高感度センサー搭載の天体望遠鏡が稼働

キヤノンの超高感度 CMOS センサー「LI3030SAM」と「35MMFHDXSMA」を採用した、京都大学岡山天文台のせいめい望遠鏡による新観測システム「TriCCS (トリックス)」が、8 月 2 日より本格稼働する。 2018 年に開設された京都大学岡山天文台は、可視光から近赤外領域を観測するせいめい望遠鏡の稼働を 2019 年 2 月から開始し、国内外の天文学者が同望遠鏡を研究活動に活用。 新観測システム「TriCCS」は、高速で複数の波長の光を検出可能で、遠く離れた宇宙空間で発生した暗い天体や、光度が急激に変化する天体を観測することを目的としている。

「TriCCS」は、可視光から近赤外領域の 3 色を同時に撮像することができる装置。 キヤノンの 35mm フルサイズ超高感度 CMOS センサー「LI3030SAM」、「35MMFHDXSMA」が採用されている。 「LI3030SAM」は一辺 19μm の大きな画素により、0.0005lux の低照度環境下でも撮影可能な超高感度を実現しながら、画素が大型化すると増える傾向のあるノイズを低減するほか、最大 98fps の高速での撮影が可能。 このセンサーを搭載することで、遠く暗い超新星や、明るさの変化が速く撮影が難しい中性子星やブラックホールなどの天体が発する複数の波長の光を同時に観測できる。

また、キヤノンの超高感度 CMOS センサーを採用している東京大学木曽観測所の観測システム「トモエゴゼン」との連携により、発見された超新星に対して、数日以内に追究観測を行なえる。 キヤノンは今後も、イメージングのリーディングカンパニーとして培ってきた技術力を生かして、科学技術の発展に寄与していくとしている。 (野澤佳悟、AV Watch = 5-12-21)

京都大学大学院理学研究科附属天文台岡山天文台 松林和也 特定助教コメント

宇宙の天体は暗いものがほとんどで、観測には高感度で低ノイズのセンサーが必要です。 キヤノンのセンサー「LI3030SAM」は高感度・低ノイズでありながら最大 98fps での撮影も可能なため、「TriCCS」の検出器として採用しました。 一般的な CMOS センサーでは感度が低くなる、波長 800nm 付近でも「LI3030SAM」は高い感度を有することも採用した理由の一つです。 キヤノンのセンサーの特長を生かして新たな天体現象を捉え、人類にとって未知の多い宇宙の解明にまい進していきたいと考えています。 キヤノンには、今後もセンサーのさらなる高感度化・多画素化を進めていただきたいです。


NTT データと JAXA が共同研究 3D 地図の高度化で目指す「デジタルツイン」
衛星レーザー高度計活用

NTTデータと宇宙航空研究開発機構 (JAXA) は、人工衛星に搭載したレーザー高度計を活用した 3 次元 (3D) 地図の高度化に関する共同研究を始めた。 衛星画像を用いた従来の 3D 地図では困難だった森林域の地盤面の高さ構造を正確に観測し、より高精度な防災地図の作製を目指す。 将来は高精度化した 3D 地図を使って都市の状況をサイバー空間上で再現し、将来予測に役立てる「デジタルツイン」の実現につなげる。

「洪水の被害予測など、防災地図として活用するには数十センチメートル単位の精度向上が必要だった。」 NTT データ・ソーシャルイノベーション事業部の筒井健部長は、JAXA との共同研究の狙いをこう説明する。 NTT データが現在提供している全世界デジタル 3D 地図サービス「AW3D」は、JAXA の陸域観測技術衛星「だいち」など複数の衛星画像の視差から、地形を立体的に表現している。 ただ、「マルチビューステレオ」と呼ぶこの技法では樹木や植生に覆われた地面を衛星で直接観測できないため、森林域の地表面の高さを推定するしかなく、多少の誤差が生じていた。

そこで着目したのが人工衛星に搭載したレーザー高度計「ライダー」の活用だ。 ライダーが発射したレーザーが対象物で反射し、受信するまでの時間差で対象までの距離を測る。 通常の衛星画像では直接観測することが難しい樹木や植生に覆われた地盤面を高精度に観測できる。 同高度計は世界で数機しか存在しないため、マルチビューステレオでの結果の補正に使うことを想定している。

ライダーは小惑星探査機「はやぶさ」などに搭載された実績があるが、地球観測用のレーザー高度計は、より高い軌道高度が不可欠。 レーザーパワーも約 1,000 倍必要になる。 筒井部長は「発熱で機械が変形する恐れもあるため、発射エネルギーの効率化が求められる」と指摘する。 今回の共同研究は 2022 年 3 月までだが、今後も JAXA と新しい衛星センサーやデータ解析技術の研究を進める。

3D 地図の高精度化は、NTT が提唱する次世代光通信基盤の構想「IOWN (アイオン)」で実現するデジタルツインにも通ずる。 サイバー空間に現実そっくりの都市を再現し、現状分析や将来予測に役立てるためには高精度なデジタル基盤を作り、リアルタイムデータを載せる必要がある。 「基盤データの誤差は 25 センチメートル以内であること(筒井部長)」が条件という。 数年後には画像を取得できる衛星の数が倍増し「東名阪地域では 3 カ月に 1 度の頻度でデータを更新できるようになる(同)」見込み。 さらに画像の誤差も 30 センチメートルと、精度も向上する予定だ。

通信ネットワークから端末まで光を使うことで電気制御の限界を大幅に超える情報処理能力を実現する IOWN は、30 年ごろの実用化を目指している。 データの伝送容量が従来比 125 倍と、瞬きの間(0.3 秒)に 2 時間の映画を 1 万本ダウンロード可能な IOWN のリアルタイム分析に欠かせない技術となりそうだ。 (NewSwtich = 5-5-21)


白物家電出荷、24 年ぶり高水準 専門家「長続きせず」

家電製品の 2020 年度の国内出荷額が 20 日、まとまった。 新型コロナウイルスの感染拡大をうけた「巣ごもり」や 1 人一律 10 万円の特別定額給付金を追い風に、多くの製品で記録的な伸びを示した。 冷蔵庫や洗濯機などの白物家電は 1996 年度以来 24 年ぶりの高水準となった。 薄型テレビの出荷台数も 8 年ぶりの水準だった。 日本電機工業会が同日発表した 20 年度の白物家電の国内出荷額は、前年度比 6.5% 増の 2 兆 6,141 億円。 コロナ禍による衛生意識の高まりで、空気清浄機は前年度から倍増の 1,094 億円だった。

自宅で食事をする機会も増えたため、トースターなどの調理家電も大幅増で、中でもホットプレートは同 56.8% 増の 116 億円となった。 出荷額の約 3 割を占めるルームエアコンも、在宅勤務で使う部屋のニーズで同 3.5% 増の 8,182 億円だった。 一方、外出の機会が減り、身だしなみを整えるための家電は売れ行きが鈍化。 電気アイロンや電気シェーバーは同 1 割以上の落ち込みとなった。

テレビなどの「黒物」も同様に出荷を伸ばした。 電子情報技術産業協会によると、薄型テレビの出荷台数は同 18.1% 増の 572 万台。 特に 50 型以上の大型テレビが 4 割近く伸びた。 ノートパソコンも在宅勤務の広がりと、小中学生に 1 人 1 台の PC やタブレット端末を配備する国の構想に後押しされ、20 年度の出荷台数は前年度比 56.1% 増の 1,077 万台。 初めて 1 千万台を超えた。(鈴木康朗)

「家電特需は 20 年度限り」

2020 年度の国内家電出荷の伸びをどうみるか。 専修大学経済学部の中村吉明教授(産業政策論)に聞いた。 テレワークやオンライン会議が増え、パソコン関連機器などの新たな需要が創出されている。 働く人が家で過ごす時間が長くなった分、今まで使っていなかった部屋にエアコンを取り付けたり、大画面のテレビに買い替えたりする人が増えたことも好材料だった。 ただ、家電エコポイント事業や地上デジタル放送への完全移行に伴う特需から約 10 年が過ぎており、近く起きたであろう買い替え需要を先食いしている面もある。 1 人あたり一律 10 万円が配られた政府による定額給付金の影響もあるだろう。 「巣ごもり特需」は長続きしないとみている。

家電は一度買えば、次の買い替えまで間があく。 コロナで経済活動が停滞し、収入減の世帯が増えており、今後はむしろ、財布のひもを締める方向に傾くのではないか。 国の財政状況はコロナでさらに悪化し、再度の給付金は期待できない。 日本の家電メーカーは一部をのぞき、国内市場に頼る割合が大きい。 特需は 20 年度限りと割り切り、付加価値が明確で、海外でも売れる製品の開発を急ぐべきだ。 好業績で緊張感が緩み、家電各社の改革の動きが鈍くなることを心配している。 (土屋亮、asahi = 4-20-21)


シェアわずか 6% 「日の丸半導体」が描く巻き返し策

「デジタル社会を支える重要基盤・安全保障に直結する戦略技術として死活的に重要だ。」 自民党は昨年 12 月の政府への提言で、半導体を「戦略技術」に位置づけ、日本の半導体産業を強化するよう求めた。 人工知能 (AI) の普及でビッグデータが価値を高め、高速通信規格「5G」が広がる。 半導体はこれら次世代技術に必要不可欠だ。 半導体を巡って米中が激突するようになり、戦略的な重要性は急激に増した。 ただ、1980 年代に米国を凌駕した「日の丸半導体」は見る影もない。 メモリーは韓国サムスン電子にシェアを奪われ、台湾の台湾積体電路製造 (TSMC) のように国際的な水平分業の波に乗れなかった。

総合電機メーカーは不振の半導体部門を切り出して再編を試みたが復活はなかった。 データセンターに必要な半導体製品、NAND 型フラッシュメモリーを開発し、比較的強みを維持していた東芝も、重電部門の不祥事により半導体部門の売却に追い込まれた。 経済産業省は何度も日の丸半導体の復活を支援してきたが、実を結ばなかった。 米調査会社 IC インサイツによると、2019 年の集積回路 (IC) 市場における日本のシェアはわずか 6%。 かつて熾烈な争いを繰り広げた米国は 55%、韓国は 21% で、彼我の差は大きい。

経済と国家安全保障を結びつけた米中による制裁措置の応酬は、日本のサプライチェーン(供給網)を攪乱した。 日本が素材や半導体製造装置で持ち続ける強みを維持しつつ、主に製造面での欠点を補うことは喫緊の課題になった。 経済産業省は新たな半導体振興策を始めた。 一つが日の丸にこだわらない外資誘致だ。 日本に足らない中央演算処理装置 (CPU) などロジック半導体の製造技術育成に「多国籍連合で取り組む(経産省幹部)」作戦だ。 経産省の誘致の末、TSMC は 2 月、日本への研究開発拠点の設置を発表した。 最大 186 億円の投資で完全子会社を設立し、3 次元 IC 向け材料の開発を進める。

日本の研究開発拠点に関して、TSMC 創業者で前会長の張忠謀(モリス・チャン)氏は朝日新聞のインタビューに「会長退任後のことはコメントを控える」としながらも、「私たちが強化していることは非常に重要だ。 賛同はする。」と述べた。 半導体の回路幅はナノメートル(10 億分の 1 メートル)単位の争いになり、物理的にこれ以上部品を詰め込めなくなるという限界も意識されている。 そこで有望なのが、垂直方向に IC を積層する「3 次元 IC」だ。 日本には信越化学工業や SUMCO など半導体素材の主要企業があり、世界市場的な競争力を持っている。 また、半導体製造装置でも東京エレクトロンなどが存在感を持つ。 これらの業界と TSMC とで技術協力を進め、先端半導体工場の国内立地の構想を描く。

経産省は 3 月 24 日、こうした方向を話し合う「半導体・デジタル産業戦略検討会議」の初回会合を開いた。 工場確保には補助金が必要だが、米国は 370 億ドル(約 4 兆円)をかけて取り組んでおり、額で並ぶのは難しい。 ただ、ここは先端半導体技術の研究や国内需要の喚起で、巻き返す方針だ。 国内工場の立地に見合う国内での半導体需要が重要で、通信や自動運転などデジタルインフラの整備も進めていく。 政府は 20 年度 3 次補正予算に、半導体関連産業などを念頭に国内投資を促進する補助金 2,108 億円を盛り込んだ。

また、現行の 5G の性能を超える通信規格に対応した半導体の関連技術開発などに 900 億円を盛り込んだ。 総額 2 兆円規模のグリーンイノベーション基金の一部を利用することも想定する。 現在、社会や工場におけるロボットの活用や自動運転、AI 関連技術の普及が予想されており、半導体の需要のさらなる拡大が見込まれる重要な時期に入っている。 日米半導体協定の終結交渉にあたった元日立製作所専務の牧本次生氏は、新たな局面に期待をかける。 「ロボティクス(ロボット技術)が今後 10 - 30 年の産業全体と半導体の牽引車になる。 日本がこの波に乗れるかどうかだ。」 (福田直之、編集委員・吉岡桂子、asahi = 4-4-21)