傷治すたんぱく質スポンジ 難治性の潰瘍を対象に治験

化学メーカーの三洋化成工業(京都市東山区)と京都大は、人工的につくったたんぱく質のスポンジで、糖尿病の影響などによる傷を治す治験を、2020 年度に始めると発表した。 治験は医療器具として販売するために必要な手続きで、順調に進めば 22 年度にも販売を始めるという。 糖尿病などで血流に障害を抱える人は、皮膚が炎症を起こしてえぐれる潰瘍ができることが多い。 患部が細菌に感染しやすいため治りにくく、皮膚の移植や人工真皮などでの治療が難しいケースもある。 重症化して足を切断する患者は年間 1 万人いるとされる。

同社は 09 年から、皮膚の成分などを含んだ人工たんぱく質「シルクエラスチン」の医療応用を研究。 スポンジ状に加工して潰瘍などの傷口に埋め込むと、細菌をブロックし、皮膚を再生する細胞が集まる足場となって治癒を促すことを確かめた。 京大病院で傷の治りにくい患者に使ったところ、安全性が確認でき、効果も期待できることがわかった。 治験は難治性皮膚潰瘍の患者を対象とし、詳細は今後決める。 (野中良祐、asahi = 2-6-20)


「液体のり」放射線治療でも期待の星 がん細胞ほぼ消失

がん細胞に薬剤を取り込ませておき、中性子をあててがん細胞を壊す放射線治療で、薬剤に液体のりの主成分を混ぜると治療効果が大幅に高まることを東京工業大のチームが発見し、23 日発表した。 薬剤が理科の実験でつくったスライムのようになり、がん細胞にとどまりやすくなるらしい。 マウスの実験では大腸がんがほぼ消失したという。

この放射線治療は、ホウ素中性子捕捉療法 (BNCT)。 国内 10 カ所弱の施設で臨床試験が進んでいる。 ホウ素化合物の薬剤を注射してがん細胞に取り込ませておき、外から中性子を照射して破壊する。 正常な細胞へのダメージが少ないことから、次世代の放射線治療として期待されている。 しかし、ホウ素化合物ががん細胞から流出しやすいのが課題だった。 チームは、ホウ素化合物に液体のりの成分であるポリビニルアルコール (PVA) を混ぜると、スライムをつくるのと同じ原理で分子が長くなることを応用。 がん細胞が薬剤を取り込みやすい形にした。

その結果、がん細胞の中に入るホウ素化合物の量は約 3 倍に。 とどまり続ける時間も長くなるのが確認できた。 大腸がんのマウスで試したところ、がん細胞がほとんど増えなくなり、「根治に近いレベルを実現」できたという。 東工大の野本貴大助教は「PVA を混ぜるだけなので製造しやすく、実用性は高い。 人の臨床応用につなげたい。」と話している。 この成果は米科学誌サイエンス・アドバンシズに発表された。 (合田禄、asahi =1-23-20)


あおもり藍にインフル阻害効果 弘前大などが特許出願

弘前大と東北医科薬科大(仙台市)などの研究グループは 8 日、青森県内で栽培される「あおもり藍」のエキスにインフルエンザウイルスの感染を阻む効果を確認したとの研究成果を発表した。 エキスを含む布を使ったマスクやスプレーなど、青森発の素材を活用し、感染を防ぐ新たな予防製品の開発につながると期待される。 弘前大や藍染め製品の製造、開発を手がける「あおもり藍産業協同組合」は昨年 11 月、あおもり藍を使ったインフルエンザウイルスの阻害剤について特許を出願した。

研究グループによると、A 型のインフルエンザウイルスに県内で栽培された藍の葉から抽出したエキスを混ぜて 1 時間たった液体を、ウイルスの増殖実験に使われるイヌの培養細胞にふりかけた。ウイルスだけを細胞と培地にふりかけた場合は 1 ミリリットルあたり 6 千個、細胞と 10% のエタノールを含む培地に振りかけると千個の細胞が感染したが、エキスとウイルスの混合液では感染した細胞が見つからなかったという。

研究結果を発表した弘前大大学院医学研究科の中根明夫特任教授は、抗菌性を持つことがわかっているフラボノイドの一種など葉に含まれる複数の成分によって、ウイルスが感染力を失ったとみている。 県内で盛んだった藍の栽培は明治期以降に一時衰退。 同組合の吉田久幸代表理事らが 2000 年代に農薬を使わない栽培や独自の染色方法で復活させた。

東北医科薬科大と開発したエキス抽出法は石油系の有機溶媒を使わず天然素材のみを原料としており、人体にも安全な予防商品や鳥インフルエンザ予防など幅広い分野で製品化を目指す。 同組合では年内にも医療用マスクを製品化の予定。 吉田代表理事は「青森発の素材で役にたてる商品を開発したい。」 弘前大大学院医学研究科の中根明夫特任教授は「高い阻害効果を示す実験結果はうれしい驚き。 あおもり藍は安全性が特徴で安心して使える。 なぜ効くのかも調べ、研究をほかのウイルスにも広げたい。」と話した。 (林義則、asahi = 1-9-20)


肝臓がんはなくなる? B 型・C 型肝炎ウイルス感染減少

肝硬変や肝臓がんの原因になる肝炎ウイルス。 よく知られる B 型や C 型の感染者は減っています。 これに伴い、ウイルス感染が原因で肝臓がんになる患者も減っていくと見られますが、果たしてこのまま病気を撲滅できるでしょうか。 肝炎ウイルスに詳しい埼玉医大の持田智教授(消化器内科)に B 型や C 型の特徴を聞きました。

B 型も C 型も血液を介して感染するウイルスです。 B 型は出生時の母子感染と幼少期の同一注射による予防注射などで広がりました。 C 型は、ウイルス発見前の輸血などの医療行為と、入れ墨などの観血的な行為が感染源となりました。 感染すると、一過性に終わってウイルスが体内から自然に排除される場合もありますが、「持続感染(キャリア)」の状態になることも少なくありません。 C 型は約 7 割がキャリアになります。

感染は血液検査で調べます。 B 型は、ウイルスのたんぱく質である HBs 抗原が陽性の場合に、C 型はウイルスにより生じた HCV 抗体が陽性の場合に、それぞれキャリアが疑われます。 目立った症状もなく感染に気づかないキャリアの人もいますが、ウイルス感染によって、肝臓の細胞が長期間にわたって壊れ続ける「慢性肝炎」に至ることがあります。 慢性肝炎の状態が続くと、肝臓が線維化して硬くなる「肝硬変」につながる恐れが出てきます。 肝臓の線維化が進むと、肝臓がんが発生しやすくなります。

治療薬の開発を

B 型の治療では、2000 年代にウイルスの増殖を減らす効果のあるのみ薬が登場しました。 ただ、完全に除去できないため、原則的に生涯のみ続けなくてはなりません。 肝臓がんを防ぐため、注射薬の併用も必要です。 ウイルスが血中に認められなくても、免疫抑制剤や抗がん剤で免疫の働きを弱めると、ふたたび増殖する場合があることもわかってきました。 ガイドラインに防止策が盛り込まれていますが、医療現場で知らずに治療し急性肝不全を起こす場合もあります。

虎の門病院肝臓センターの鈴木文孝部長は「ウイルス増殖を抑制し HBs 抗原を陰性化させるような治療薬の開発に向けた研究も進められており、将来的には新薬の登場に期待したい」と話します。 C 型も治療はウイルスを排除する薬を使うことになります。 以前は副作用があり高齢者に使いにくかったインターフェロンという注射薬が主な治療でしたが、近年はインターフェロンを使用しないのみ薬が登場しました。 B 型と違って薬でウイルスをゼロにすることが期待できます。

肝臓がんによる死亡者

日本の場合、年間 2 万 7 千人が肝臓がんで亡くなっていますが、年間死亡者数は 00 年代から減る傾向にあります。 その大きな要因としては、肝炎検査の促進や、抗ウイルス薬やワクチンの推進などの肝炎ウイルス対策が進んで、B 型や C 型肝炎ウイルスの感染者が次第に減ってきていることだと指摘されています。 広島大の田中純子教授(疫学・疾病制御学)らによると、厚生労働省研究班調査では、2000 年時点でのキャリアは、B 型と C 型で計 300 万 - 370 万人と推計されました。 これに対して、11 年では 209 万 - 284 万人と、10 年で約 100 万人が減っていることになりました。

東京大の小池和彦教授(消化器内科)は「C 型肝炎ウイルスによるがんは次第に減っているが B 型肝炎は 50 代などでまだキャリア率が高く、減少に転じるのはもう少し先になるだろう」と話します。 (服部尚)

肝炎ウイルス感染によらない肝臓がんの対策が近年課題となっています。 「非アルコール性脂肪性肝疾患」、「非アルコール性脂肪肝炎」などの非 B 非 C 型肝細胞がんと呼ばれます。 東京大の小池和彦教授らの調査では、肝臓がんの原因に占める割合は 1991 年が 10% でしたが、2015 年には 33% に上昇しました。 (asahi = 1-4-20)


抗生物質の 6 割、効果ない風邪などに処方 自治医大調査

国内の外来診療で出された抗菌薬(抗生物質)の 6 割近くが、効果がない風邪などウイルス性の感染症への不必要な処方だったことが、自治医科大などの研究チームの調査でわかった。 75% は専門医らが推奨していない薬だった。 抗菌薬の不適切な使い方は薬剤耐性菌が生じる原因になるため、研究チームは適正な使い方を呼びかけている。 チームは全国の診療、処方明細書(レセプト)などのデータをもとに 2012 - 14 年度に外来診療で処方された抗菌薬と対象の病気などを調査。 年平均約 8,957 万件処方されていた。 人口 1 千人あたり 704 件処方されており、米国の 1.4 倍だった。

抗菌薬が必要とされる疾患に処方されたのは全体の 8% にとどまった。 処方された 56% は風邪や急性気管支炎など通常はウイルスが原因の病気だった。 抗菌薬は細菌感染の治療薬でウイルス性の感染症には効果がない。 また急性咽頭炎(扁桃炎)や急性副鼻腔炎などへの処方が 36% あったが、細菌が原因のケースは 1 - 2 割のため、効果がないウイルス性にも多く処方されていたとみられる。 処方された抗菌薬の 86% は様々な種類の細菌に効く「広域抗菌薬」と呼ばれるタイプ。 耐性菌が発生、増殖しやすいため、欧州ではまれにしか使われない。 専門医らによる指針で推奨するタイプが選ばれている割合は 25% にとどまった。

地域別では、西日本の方が抗菌薬を処方されている割合が高く、人口あたりで最も高い徳島県は最も低い北海道の 1.5 倍だった。 調査した畠山修司・自治医大教授(感染症学)は「感染症の中には薬を出さずに経過をみるのが一番いい場合もある。 しかし、薬を出さないと患者が何もしてもらえなかったと受け止めるため、薬を出す医師もいるのではないか」と指摘。 その上で、耐性菌対策には抗菌薬の量と質、両面での改善が必要だとし、「医師は患者に十分に説明した上で必要な場合のみ必要な種類の抗菌薬を使うという原則をきちんと実践し、患者もそれを理解することが大切だ」と話す。

国立国際医療研究センターの推計では、耐性菌による死亡者は年間 8 千人以上に上る。 政府は 16 年、5 カ年の「薬剤耐性対策アクションプラン」をつくり、対策の柱のひとつに抗菌薬の適正使用を挙げた。 使用量は減っているものの不十分で、政府は 19 年 11 月、21 年以降の第 2 次プランも作ると決めた。 詳細は科学誌「インターナショナル・ジャーナル・オブ・インフェクシャス・ディジージズ」に掲載された。 (大岩ゆり、asahi = 1-3-20)


インフル流行、全国で注意報レベルに ピーク早まる恐れ

厚生労働省は 20 日、インフルエンザの流行が全国的に注意報レベルになったと発表した。 全国約 5 千の医療機関の患者数の平均が直近の 1 週間(9 - 15 日)で 15.62 人となり、注意報レベルの 10 人を超えた。 前週の 9.52 人と比べると、約 1.6 倍になり患者数が急増した。 年末年始にかけて流行が拡大する恐れがあり、注意が必要だ。 全国の患者数は推計で 53 万 5 千人。 厚労省によると年齢別では 15 歳未満が 30 万人で、全体の半数以上を占める。

都道府県別にみると、山口が 31.94 人で最も多く、警報レベルの 30 人を超えた。 次いで北海道(29.76 人)、宮城(26.69 人)、青森(24.14 人)と続く。東京は 16.84 人、愛知は 16.53 人、福岡 15.83 人、兵庫は 10.09 人だった。 注意報レベルを超えたのは 33 都道府県で、前週の約 2 倍になった。 直近 5 週間に検出されたウイルスの型は 2009 年に新型インフルエンザとして流行した型が 95% を占めている。

今季は例年に比べ、早くから患者が出て、11 月初旬に現在の調査法になった 1999 年以来過去 2 番目の早さで流行期入りした。 例年 1 月後半の流行のピークが今年は早まる可能性もある。 厚労省の担当者は「年末年始は人の動きが多いので特に注意が必要。 手洗いやマスクの着用などを心がけてほしい。」としている。 (三上元。asahi = 12-20-19)

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インフルエンザ、全国で流行期入り 昨年より 4 週間早く

厚生労働省は 15 日、インフルエンザが全国的に流行期に入ったと発表した。 昨年と比べて 4 週間早く、1999 年に今の方法で統計を取り始めてから 2 番目に早い。 専門家は早めにワクチン接種するほか、マスクの着用やこまめな手洗いなどの対策をとるよう呼びかけている。

厚労省によると、直近の 1 週間(4 - 10 日)に全国約 5 千の医療機関から報告された患者数の平均は 1.03 人で流行期入りの目安となる 1.00 人を超えた。 都道府県別で最も患者数が多いのは沖縄で 4.45 人。 次いで、鹿児島(2.66 人)、青森(2.48 人)、長崎(2.31 人)、福岡(2.03 人)が続いた。 1.00 人を超えたのは東京 (1.11) や神奈川(同)を含む 18 都道県だった。 大阪は 0.46 人、兵庫は 0.25 人など地域差も目立った。 直近 5 週間に検出された全国のインフルエンザウイルス型は 2009 年に新型インフルエンザとして流行した型が 98% を占めた。

今季は沖縄で夏ごろから流行し、9 月初めには定点あたりの患者数が警報レベルの 30 人を上回る 50.79 人に達した。 このため、全国平均を一時 1.17 まで押し上げた。 厚労省は全国の実態を反映していないとし、流行期入りと判断していなかった。 インフルエンザに詳しい、けいゆう病院(横浜市)の菅谷憲夫医師は「手洗いをやマスクをつけることに加え、早めにワクチンを接種することが有効だ。 特に小児は効果が高いので、ぜひ接種してほしい」と話す。 (三上元、asahi = 11-15-19)


がん特徴、自力で見つける AI 開発 高精細な画像活用

あらかじめ人間が細かな情報を教えなくても、病理画像を元に自力でがんの特徴を見つける AI (人工知能)を理化学研究所などのチームが開発した。 医師より高い精度で前立腺がんの再発を予測したという。 英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズに 18 日、論文が掲載された。 がんなどの診断を支援する医療用の AI では、医師が「がん」、「血管」、「炎症」などの印をつけた画像を学習させることが多い。 この方法だと、AI は人間が教えた以上の分類ができないことが課題だった。

理研の山本陽一朗・病理情報学チームリーダーらは、日本医大病院で前立腺がんの手術時に摘出した標本の高精細な病理画像を活用し、「教師なし学習」と呼ばれる方法を組み込んだ新たな AI を開発した。 医師が印を書き込んでいない 100 人分の画像と予後の情報を元に、がんの再発につながる特徴を自力で見つけ出し、細かく分類することができた。 これまで専門家が気づかなかった新たな特徴も見つけた。

さらに、同病院にある 20 年分の病理画像 1 万 3,188 枚を使い、1 年後の再発を予測させたところ、従来の基準で医師が予測するよりも高い精度だった。 医師の診断と AI を組み合わせると、精度はさらに高まったという。 山本さんは「ほかのがんや患者数が少ない病気の解析にも応用したい」と話している。 (松浦祐子、asahi = 12-19-19)


90% 脂肪のケトン食、インフル防ぐ? 免疫細胞が増加

糖質を制限し、カロリーのほとんどを脂肪から摂取しようという「ケトジェニックダイエット(ケトン食)」で、インフルエンザを予防できるかもしれない。 米エール大の岩崎明子教授らのチームが、マウスの実験によるそんな研究結果を科学誌サイエンス・イミュノロジーに発表した。 必要なカロリーの 90% を脂肪、1% 未満を炭水化物でとるケトン食のエサと、18% が脂肪、58% が炭水化物という通常のエサを 1 週間与えたマウスに致死性のインフルエンザウイルスを感染させた。 通常食の 7 匹は 4 日目までに死んだが、ケトン食の 10 匹は 1 週間後も半数が生き残った。

肺の内部を調べたところ、ケトン食のマウスには免疫細胞の「ガンマデルタ T 細胞」が増えていて、インフルのウイルスは少なかった。 ケトン食ほどでない高脂肪食(60% を脂肪、20% を炭水化物)では効果がなく、脂肪が分解された時の副産物「ケトン体」を与えた場合でも T 細胞は増えなかった。 詳細は不明だが、ケトン食の場合でのみこの T 細胞が増え、ウイルスの肺への侵入を抑えると考えられるという。 論文は サイト で読める。 (大岩ゆり、asahi = 12-12-19)


サモア、はしか大流行で 62 人死亡 政府機関を閉鎖

南太平洋のサモアで 10 月からはしかが流行している。 人口 20 万人の国で今月 5 日までに 4 千人以上が感染、62 人が死亡した。 政府は非常事態を宣言。 5、6 の両日は病院や警察、消防などを除く政府機関を閉鎖し、ワクチン接種キャンペーンに職員を動員している。

政府によると、亡くなった 62 人のうち 54 人が 4 歳までの乳幼児。 感染者のうち 172 人が入院中で、子どもは 19 人が重症という。 計 11 万人がワクチンを接種済みだが、「接種率が 100% に近づかなければ、子どもたちの将来は免疫で守られたとは言えない(トゥイラエパ首相)」として、5、6 日は戸別に接種に回る計画で、接種を受けていない家族がいる家庭は、赤い布か旗を家の前に示すように呼びかけている。 非常事態宣言に基づいて政府は、5、6 の両日の午前 7 時から午後 5 時の間は、ホテルや遺体安置所を除く民間部門も営業の停止を命じた。 車での移動も医療などの公共サービスで使うのでない限り禁止した。 (シドニー = 小暮哲夫、asahi = 12-5-19)


家庭料理の塩加減ご注意 摂取増で死亡リスク増 厚労省

家庭で出される「我が家の味」で塩分が多いと、家族一人一人も心筋梗塞などで死亡するリスクが高まることが、厚生労働省の研究班(代表者 = 三浦克之・滋賀医科大教授)の解析でわかった。 研究者は「家族の健康を守るために、家庭で減塩を」と呼びかけている。 日本高血圧学会誌電子版に発表した。 研究班は 1980 年に全国であった国民栄養調査の参加者のうち、単身者や循環器病の既往歴のある人らを除いた 30 - 79 歳の男女 8,702 人を対象に、世帯ごとの平均的な食事を調べた。 平均年齢は 49.4 歳で、3 - 5 人家族が 63% を占めた。 世帯単位の総エネルギー摂取量と食塩摂取量から、千キロカロリーあたりの食塩摂取量を計算した。

2004 年まで追跡調査したところ、期間中に 2,360 人が死亡した。 循環器病による死亡が 787 人、心筋梗塞などの冠動脈疾患は 168 人、脳卒中による死亡が 361 人だった。 千キロカロリーあたりの食塩摂取量が 2 グラム増えると、死亡率は 7% 上がり、摂取量によって 4 グループに分けると、最も多いグループは少ないグループと比べて心筋梗塞など冠動脈疾患での死亡リスクは約 1.49 倍、脳卒中死亡のリスクは 1.39 倍だった。

家族は同じ食事を一緒にとる機会が多く、「我が家の味」に慣れている。 食卓に並んだ料理の味を、個人がそれぞれ調整することは難しい。 三浦教授は「家族の健康を守るために、(塩味が)濃い味付けの家庭は、薄くしてほしい」と話している。 (瀬川茂子、asahi = 11-28-19)


B ウイルス病、鹿児島で国内初の発症 サルから感染か

鹿児島市は 28 日、市内の実験サルを扱う動物実験施設の職員 1 人が B ウイルス病を発症したと発表した。 サルとの直接的な接触で感染したとみられ、市によれば、ヒトへの B ウイルスの感染は国内初という。 市によると、職員は今年 2 月、頭痛や発熱の症状を訴え、市内の医療機関を受診。 医療機関からの連絡を受けて 11 月下旬、市や厚生労働省、国立感染症研究所が調査に入り、同研究所による検査の結果、B ウイルス病の発症を確認したという。 市は感染した職員の容体は明らかにしていない。

市は「施設内で適切な感染症対策をしており、B ウイルスは空気感染もしない」として、ほかの人への感染の恐れはないと説明している。 感染経路の調査は続けるという。 B ウイルス病は、狂犬病などと同じく感染症法の 4 類感染症に指定されており、患者を診察した場合ただちに保健所に報告する必要がある。 アカゲザルなどのマカク属のサルの半数以上が潜在的に感染しているとされ、世界的にはヒトへの感染例は 50 例ほどあるという。 動物実験施設を管理・運営する鹿児島市内の会社は取材に対し、感染した職員は普段、データ処理などを担当していたが、動物実験の補助として施設内に立ち入ることもあったという。 (小瀬康太郎、木脇みのり、asahi = 11-28-19)

「野生の猿で発症した報告はない」

国立感染症研究所の西條政幸ウイルス第一部長によると、これまでの海外での B ウイルスへの感染例は、動物園や研究機関など日常的にサルに触れる機会のある人がほとんどといい、「野生の猿にかまれて発症した報告はない」と話す。 それでも、野生のサルにかまれて心配な場合は「病院でサルにかまれたことを伝えれば、予防薬の投与を受けることができる」と冷静な対応を呼びかけている。


ゾフルーザ、耐性ウイルスの懸念 インフル治療どうする

今年は、過去 20 年で 2 番目に早くインフルエンザが流行し始めた。 薬を求めて医療機関を訪ねる患者が増えつつある。 昨年 3 月に発売された治療薬「ゾフルーザ」は「1 回のむだけでいい」と話題になり、前回の流行期には最も多く使われた。 ところが、関連学会が先月、子どもに使うことを積極的に勧められない、という意見をまとめた。 ゾフルーザが効きにくい耐性ウイルスも、通常のウイルスと同じくらい感染力を持つという論文も出た。 どうすればいいのか。

インフルエンザ治療薬は数種類あり、のみ方も違う。 「タミフル」は 1 日 2 回、5 日間のむ必要があるが、ゾフルーザは 1 回のめば済む。 厚生労働省の資料によると、前回の流行期にはインフルエンザ患者の 4 割にあたる推定約 427 万人に使われた。 ところが、この薬が効きにくい耐性ウイルスが現れた。 このまま大量に薬を使い続けてよいのか。日本感染症学会と日本小児科学会は抗インフル薬の使い方について話し合い、10 月にそれぞれ提言や指針を発表した。

感染症学会の議論をまとめた倉敷中央病院の石田直医師(呼吸器内科)によると、ゾフルーザは使われ始めたばかりで、科学的データが少ない。 そのため、学会内で意見が割れた。 結局、@ 12 歳以上は推奨・非推奨は決められない、A 12 歳未満は慎重に投与を検討する、B 免疫が落ちている人や重症患者には単独での積極的な投与は推奨しないと、多くは現場の医師の判断に任せる形になった。

子どもへ使うべきかどうかについて、小児科学会は、より踏み込んだ。 「12 歳未満の小児に対する積極的な投与を推奨しない」とした。 同学会の斎藤昭彦・新潟大学医学部教授(小児科)は「データが少なく、12 歳以下では学会としては使わないほうがよい、となった。 昨年かなり使われ、耐性ウイルスの報告もあって危機感を持っている。」と話す。 当初、ゾフルーザが効きにくい耐性ウイルスは通常のウイルスよりも増える力が弱いとされていた。 だが、東京大などが調べたところ、耐性ウイルスは通常のウイルスと同じくらい増殖性があり、人から人にうつって広がる可能性があることがわかってきた。 25 日付の科学誌で発表された。

とはいえ、ゾフルーザは効果や安全性を確かめる臨床試験の段階で、耐性ウイルスが 12 歳未満の患者の 23.4%、12 歳以上の 9.7% に見つかり、そのデータは、販売元の塩野義製薬(大阪市)が以前から国に示している。 塩野義製薬は「データを国に提出したうえで薬として承認されており、変異ウイルスの出現はある程度予想されていた」と説明。 発売当初から、薬の添付文書にも明記していた。

2 学会の発表に対しては「フルシーズンで使われたのはまだ 1 年のみで、臨床データが足りないということ。 年により流行する型もかわるため、経年的に調査して医療機関に情報提供していく。」としている。 そもそも、インフルエンザは自然に治る病気だ。 治療薬は、普段健康な人に必要なのか、という議論も以前から続く。 5 歳未満の子や 65 歳以上の高齢者、妊婦、慢性肺疾患や糖尿病などの持病がある人は重症化する可能性があり、薬が必要とされている。 倉敷中央病院の石田さんは「国内では症状を和らげる目的で処方されたが、結果として重症化による入院や死亡を減らしているのではないか」と分析する。 (杉浦奈実、後藤一也、asahi = 11-26-19)


東芝、血液 1 滴で 13 種のがん検出 数年で実用化めざす

東芝は 25 日、1 滴の血液からがんを検出できる検査技術を開発したと発表した。 13 種類のがんのいずれかにかかっているかどうかを、2 時間以内に 99% の精度で判定できるという。 2020 年から実証試験を始め、数年以内に人間ドックのオプションに盛り込むなどの実用化をめざす。 2 万円以下で検査できるようにし、がんの早期発見につなげたい考えだ。 血液中を流れる数ナノメートル(ナノは 10 億分の 1)の「マイクロ RNA」という物質の量から、がんにかかっているかを見分ける。 約 2,500 種類あるマイクロ RNA の一部は、がん細胞と正常な細胞でつくる量が異なることが分かっており、がん検診の目印になると期待されている。

エックス線画像や内視鏡など目視で識別する従来のがん検診では、「ステージ 0」といった初期のがんは腫瘍(しゅよう)が小さいために発見が難しい。 東芝が開発した技術では、肺がんや胃がん、大腸がんなど 13 種類のがんについて、高精度の検出が可能になったという。 従来のようにがんの種類ごとに検診方法を変える必要がなく、受診者の負担も少なくて済む。 ただ、13 種類のがんのいずれかにかかっているかは分かるが、どのがんを患っているかの特定はできないという。

実用化に向けては、より多くの検体で実験しても精度を下げないことが求められる。 国立がん研究センターの中山富雄検診研究部長は、「実現に期待はかかるが、他の研究でも費用の確保や検診方法の確立に苦しむ例は多い。 これからが正念場という段階にすぎない。」と指摘する。 東芝は自社の研究に先駆けて、14 年度から同センターや大学、東レなどとともに、がんとマイクロ RNA の関係性を調べる研究を進めてきた。 政府も 14 - 18 年度に約 80 億円の予算を計上し、この研究を後押ししている。

東レも、マイクロ RNA を使ったがん検診の研究を進めている。 東芝の技術とはマイクロ RNA の見つけ方が異なり、検査できるのは膵臓がんと胆道がんの 2 種類にとどまるという。 東芝は不正会計問題で経営危機に陥った際に、黒字だった医療機器子会社を売却した。 マイクロ RNA によるがん検診を含む「精密医療」分野を新規事業に位置づけ、収益拡大をねらう。 (小出大貴、asahi = 111-25-19)


腰痛ある 80 歳以上、認知症リスク半減 脳機能と関連か

80 歳以上で腰の痛みがある人は、認知症になるリスクが、痛みがない人に比べて半分になることが、大規模調査研究プロジェクト「日本老年学的評価研究 (JAGES))」のデータ解析でわかった。 80 歳以上で腰痛を感じること自体が、脳の機能を維持できていることを示す可能性がある。 英科学誌サイエンティフィック・リポーツに発表した。

2013 年に全国でひざや腰の痛みを調べた 65 歳以上の 1 万 4,627 人が、16 年までに認知症になったかどうかを追跡。 298 人が認知症になった。 年齢や痛みの部位に分けて解析したところ、65 - 79 歳でひざの痛みがある人は、痛みがない人に比べ、認知症のリスクが 1.7 倍高かった。 ひざの痛みがあり、毎日 30 分以上の歩行習慣がないと 1.9 倍になった。

一方、80 歳以上では、ひざの痛みがある人が認知症になるリスクは、痛みがない人に比べて統計的な差がなかったが、腰痛がある人が認知症になるリスクは 0.5 倍になった。 データを解析したカナダのマギル大学の山田恵子博士研究員は「80 歳以上で痛みがあることが良い、ということではない。 脳の機能が何らかの形で痛みと認知症を結びつけている可能性がある」という。 (瀬川茂子、asahi = 11-6-19)


心筋梗塞の治療助ける物質、京大が発見 動物実験で効果

心筋梗塞の治療後に起きる心臓細胞の損傷を抑える物質を、京都大の研究チームが発見した。 動物実験で効果を確認した。 29 日、米国の循環器専門誌に論文を発表する。 今後、人間に対する安全性や有効性を調べる治験の実施をめざす。 心筋梗塞は心臓の血管が詰まり、心筋が壊死して発症する。 国内の患者は年間約 7 万 5 千人。 患者の大半は血管にカテーテルを入れて詰まった部分を広げ、金属製の網で補強して血流を元通りにする治療を受ける。 だが、血流が再開すると細胞に大きなストレスがかかって損傷し、心臓が血液を送り出す機能が低下する心不全に陥ってしまう。

研究チームは、京大で開発された化学物質「KUS121」が、細胞の生存に必要なエネルギーの元となる分子の減少を食い止める作用があるのに着目。 心筋梗塞と同じ状態を再現したマウスやブタの実験で、血流を再開すると死んでしまう細胞がこの化学物質を与えると生き残り、血管の損傷を抑えられることを明らかにした。 細胞が生存に必要なエネルギーを保持し、機能を維持できたとみられる。 京大の尾野亘准教授(循環器内科)は「カテーテルを入れる際に併せて投与する治療法を開発したい」と話している。 (野中良祐、asahi = 10-29-19)


「暴走」細胞 → 暴走止める細胞に 京大など候補物質発見

体内で暴走して自己免疫性疾患やアレルギーを引き起こす免疫細胞を、暴走を食い止める「制御性 T 細胞」に変えて、病気の発症を抑える - - こんな薬の候補物質を、京都大とアステラス製薬(東京都中央区)の研究チームが発見した。 皮膚炎や 1 型糖尿病のマウスの症状を抑える効果があった。 今後、人での実用化を目指す。

病原体などを攻撃する免疫細胞の中には、暴走して過剰に反応したり、正常な組織を壊したりして病気を引き起こす細胞がある。 一方で、自分への攻撃を抑えるブレーキ役の「制御性 T 細胞」もあり、いずれも同じ胸腺で作られる「T 細胞」の仲間だ。 そこで研究チームは薬剤によって、病気の原因になる T 細胞を制御性 T 細胞に変化させやすい環境にできないかを探った。 アステラス製薬が持つ約 5 千種類の化合物のリストの中から、手作業での実験を繰り返し「A2863619」という化合物に、T 細胞が制御性 T 細胞へ変化するのを邪魔する分子を、止める働きがあることを突き止めた。

この化合物を皮膚炎や 1 型糖尿病、脳脊髄炎を引き起こすようにした特殊なマウスに与えたところ、発症を抑える効果があった。 研究成果は、米学術誌サイエンスイムノロジー(電子版)に掲載された。 研究チームの坂口志文・京都大客員教授は「今後、化合物が必要な場所にだけ働くようにして、アレルギーや自己免疫性疾患などに対する新しい治療法として人間も使えるようになればいい」と話している。 (鈴木智之、asahi = 10-26-19)


アルツハイマーのリスク、トランス脂肪酸含む食品で 75% 増大も

菓子パンやマーガリンなどの加工食品に含まれるトランス脂肪酸の血中濃度が高い人は、低い人に比べてアルツハイマー病や認知症を発症する確率が 50 - 75% 高くなる可能性があるという研究結果が、23 日の米神経学会誌に発表された。 アルツハイマー病に詳しい米神経学会の専門家はこの研究について、「トランス脂肪酸が多く含まれる食事に関連して、心血管系の影響に加えて脳や認知機能にも悪影響があることが裏付けられた」と評価している。 研究チームは認知症状のない日本人の男女 1,600 人あまりを 10 年間にわたって追跡調査して、調査開始時の血中トランス脂肪酸濃度を調べ、食生活を分析した。

高血圧や糖尿病、喫煙など認知症リスクに影響し得る他の要因を調整した結果、トランス脂肪酸の濃度が高かったグループは、濃度が低かったグループに比べて認知症を発症する確率が 52 - 74% 高いことが分かった。 この研究について、米ニューヨークにあるアルツハイマー予防クリニックの専門家は「これまで一般的だった食生活に関するアンケートではなく、血中濃度が使われていることから、科学的な信憑性が高い」と指摘する。 トランス脂肪酸はマーガリンやショートニングなどの加工食品に多く含まれる成分で、安上がりに生産でき、長期の保存が可能で、食品の味や食感が良くなることから食品業界が好んで使う。

揚げ物のほか、コーヒー用クリームやケーキ、パイ、冷凍ピザ、クッキーなどの加工食品にもトランス脂肪酸が多く含まれる。 日本の研究によれば、トランス脂肪酸の濃度を高める原因となった食品は菓子パン類を筆頭に、マーガリン、キャンディー、キャラメル、クロワッサン、非乳製品のクリーム、アイスクリーム、せんべい類の順だった。 米食品医薬品局 (FDA) は 2015 年にトランス脂肪酸を禁止している。 (CNN = 10-24-19)


災害時の医療情報の共有を目指す WHO が指針作成へ

世界保健機関 (WHO) は、自然災害の被災地や感染症の流行地で様々な団体が得た情報を、書式や言葉の定義などをそろえることなどで、国際的に共有しやすくするための指針をつくる。 兵庫県淡路市で指針を議論する初めての国際会議が開かれた。 阪神大震災をきっかけにつくられた WHO 健康開発総合研究センター(神戸市)を中心に議論を進め、2021 年の完成を目指す。 今回の会議には、WHO から同センターと本部ジュネーブ(スイス)、世界 6 地域の担当者や、研究者ら約 20 人が参加。 災害の頻度が少なく、備えが十分でない国に対して、他国の知見を提供できるようにするなど、国際的な連携を進める方法を話し合った。

災害や感染症などで、人々の命や健康が脅かされた場合、様々な団体が医療支援や研究にあたるが、これまではバラバラに報告書がつくられるなど、情報や教訓はあまり共有されてこなかった。 医療関係者が被災者を診て記入する健康情報の書式が、国や団体ごとに異なることもあった。 そのほか、災害が発生してからの期間として使う「短、中、長期」や、災害で直接犠牲にならなくても、避難生活で体調を崩すなどして亡くなる「災害関連死」といった、定義があいまいな言葉の問題などを議論。 より多くの研究者や行政関係者が情報共有しやすいような指針をつくることを決めた。

同センターの茅野龍馬医官は「災害や保健医療の政策は、(各団体による情報などから得られる)科学的な証拠をもとに進めなければならない。 一つの国だけではなく、世界でスクラムを組んで発展させられるよう、指針をつくっていきたい。」と話した。 (鈴木智之、asahi = 10-21-19)


薬が効かない耐性菌で死者 1 千万人? 抗菌薬をどう使う

「風邪ですが念のため。」 こんなふうな抗菌薬の処方の仕方が、急速に見直されてきています。 抗菌薬は風邪に効かず、副作用のリスクがあります。 さらに、不適切な使い方が世界的な脅威となっている耐性菌を生み出し、増やすことにつながるためです。 細菌は、千分の 1 ミリほどの微生物です。 腸管出血性大腸菌やジフテリア菌のように毒素を出す有害な菌もあれば、口や腸の中、皮膚の上に普段は無害の常在菌もいます。 常在菌でも病気で抵抗力が落ちたり、けがや誤嚥で菌が別の場所に入り込んだりすると、重い感染症の原因になります。

20 世紀に続々と登場した抗菌薬で、感染症の治療は一変しました。 抗菌薬は高度医療の立役者にもなっています。 手術や、体に異物が入る人工心肺、カテーテルといった処置は、感染の危険と隣り合わせだからです。 風邪やインフルエンザを引き起こすウイルスと違い、ヒトも細菌も細胞からできた生き物です。 ヒトへの害を抑え、いかに高い効果で病原菌を倒せるかが抗菌薬のカギになります。 英国の医師、アレクサンダー・フレミングが 1928 年に発見したペニシリンは、細菌の細胞壁を標的にします。 細胞壁は網状に組まれた分子のあつまりで、ヒトにはありません。 ペニシリンの「βラクタム環」という部分が、細胞壁を作る分子にくっついて妨害し、細菌は壁を失って壊れます。

薬の開発と耐性菌「いたちごっこ」

ペニシリンの実用化は 40 年代。 しかし、この頃には耐性菌の存在が明らかになり、フレミングは 45 年のノーベル医学生理学賞受賞時に懸念を口にしていました。 耐性菌は、@ 抗菌薬の成分を壊す、A 薬が標的とする部分を変化させる、B 細菌の中に薬を入れない、C 薬を外へくみ出すといった能力を、もともと持っていたり、獲得したりしています。 抗菌薬には、使えば使うほど、抵抗力の強い菌が生き残って増えてしまうというジレンマがあり、国立感染症研究所の菅井基行・薬剤耐性研究センター長は「薬の開発と耐性菌の出現は、いたちごっこが続いてきた」と指摘します。

しかし、細菌との競争は、様相が変わりつつあります。 新薬の開発が先細る一方、ペニシリンだけでなく他のタイプの薬も効かない多剤耐性菌が現れ、病院などで集団感染する例が出ています。 特に、多剤耐性アシネトバクターや、抗菌薬の「最後の頼みの綱」とされるカルバペネムが効かない腸内細菌は、脅威とされます。

2014 年、経済学者ジム・オニール氏の報告書が、世界に衝撃を与えました。 がんによる死者 820 万人に対し、薬剤耐性による死者は現状では低く見積もって 70 万人。 しかし、何も対策をとらなければ、50 年には 1 千万人に達すると推計しました。 国立国際医療研究センターで、薬剤耐性問題に取り組む大曲貴夫・AMR 臨床リファレンスセンター長は「新たな耐性菌を新薬で治療しにくくなっている」と懸念します。

こうした中で、世界各国は対策を急ピッチで進めています。 日本も 16 年に、20 年までの行動計画をつくり、対策を強化しました。 国内では、カルバペネムが効かないといった最も問題のある耐性菌はまだ少ないものの、本来は必要ではない風邪などで多くの抗菌薬が使われてきました。 計画では、1 日あたりの使用量を 13 年の水準の 3 分の 2 に下げることも目標にしています。 「使わなくていいところで使わないようにする。 それが一番期待しうるやり方だと思います。」と大曲さんは指摘しています。

これから

厚生労働省の報告書によると、2016 年の抗菌薬の使用量は 1,804 トン。 ヒト用は 591 トンにとどまり、より多くが畜産や農業で動物に使われています。 家畜に使われたために、ヒトの治療で重要な薬に耐性菌が生じたとみられる例も過去にありました。 業界を越えた連携、対策の強化がさらに求められています。 (阿部彰芳、asahi = 10-13-19)