新潟・胎内で 40.7 度、今年最高 猛暑日は 78 地点

台風 10 号から暖かく湿った空気が流れ込み、フェーン現象も加わった影響で、15 日は日本海側を中心に多くの地点で猛暑日(気温 35 度以上)となった。 新潟県胎内市で 40.7 度を観測し、今年の全国最高気温を更新。 新潟県内は 2 日連続の 40 度超えとなった。

気象庁によると、15 日は全国 926 カ所の観測地点のうち 78 地点で猛暑日となり、419 地点で真夏日(気温 30 度以上)となった。 新潟県長岡市で 40.6 度、山形県鶴岡市で 40.4 度、石川県志賀町で 40.1 度を観測。 いずれも観測史上最高を更新した。 台風が通過し、週末にかけて再び太平洋高気圧が日本列島を覆う見込みで、北海道と東北は 17 日から 19 日ごろにかけ、東日本と西日本は 17 日から 22 日ごろにかけて、気温 35 度以上を超える日が続くという。 (金山隆之介、asahi = 8-15-19)


ダム放水や「軍艦島」上陸 インフラ観光





ダムなどのインフラを観光資源に活用するインフラツーリズムが広がっている。 民間旅行会社のツアーが年々増加。普段は立ち入れない施設見学で人を呼び込み、地域活性化につなげる動きもある。 国交省のポータルサイトの掲載件数は 437 (2019 年 7 月)に上る。

「明治時代の戦争に備えた島が今も残っていたなんて」と驚きながら写真撮影を楽しむ人たち。 「東の軍艦島」とも呼ばれ長く立ち入り禁止だった「第二海堡(かいほう、千葉県富津市)」。 旧日本陸軍が東京湾に建設した人工島への上陸ツアーが今春から始まった。 現在は国土交通省が管理し灯台が設置され航路監視業務などに使われている。

岩手県西和賀町のダム湖「錦秋湖」では水位が低下する 7 月下旬にイベントを開催した。 町は大規模な投資をせずににぎわいを創出できると今年からライトアップに協力。 町内宿泊者には湖面をスタンドアップパドルボード (SUP) で巡るツアーも提供し、2 日間で町の人口に迫る約 5 千人が来場した。 豊平峡ダム(札幌市南区)では噴出口の間近まで近づいて放水を見学できるツアーを年 1 回実施。 道内外からのダムファンが集まった。

受け入れる施設側も工夫を凝らす。 「地下神殿」の愛称で人気の首都圏外郭放水路(埼玉県春日部市)。 地下の巨大空間は洪水対策のための調圧水槽だ。 見学時には見られない洪水時の様子を疑似体験できる AR (拡張現実)アプリを導入。 水がたまる様子が端末画面に映し出され、多言語で解説も読める。

インフラツーリズム自体の知名度は 16% (同省調査)とまだまだ。 今後は訪日客への対応、周辺地域への立ち寄りや宿泊にまで広げ、約 50 万人(17 年度)の年間来訪者数を 20 年度には倍増させる計画だ。(伊藤航、樋口慧、nikkei = 8-11-19)


展示中止言及「憲法違反が濃厚」 大村知事が河村氏批判

「表現の不自由展・その後」

愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ 2019(津田大介芸術監督)」の実行委員会が企画展「表現の不自由展・その後」を中止したことを受け、実行委会長の大村秀章・愛知県知事は 5 日の定例会見で、展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長らを「憲法違反の疑いが濃厚と思う」と批判した。

企画展は 1 日に始まり、慰安婦を表現した少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品など、各地の美術展で撤去されるなどした二十数点を展示。 河村氏は 2 日、「日本国民の心を踏みにじる行為」などとして、展示の中止を求める抗議文を大村氏に提出した。 また、日本維新の会の杉本和巳衆院議員(比例東海)も「公的な施設が公的支援に支えられて行う催事として極めて不適切」として、展示の中止を求める要望書を出していた。

大村氏は 5 日の会見で、こうした行為について「憲法 21 条で禁止された『検閲』ととられても仕方がない」と指摘。 「行政や役所など公的セクターこそ表現の自由を守らなければいけないのではないか。 自分の気に入らない表現でも、表現は表現として受け入れるべきだ。」と述べた。 企画展の費用は 420 万円で、全額寄付で対応するとした。 また大村氏は、中止を判断した理由について「安全安心を第一に考えた」と説明。 5 日朝にも「ガソリンを散布します」などと書かれた脅迫メールが県に届いたことを明らかにした。 警察と協議するという。 (佐藤英彬、asahi = 8-5-19)

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大村知事一問一答「行政がコミット、芸術祭でなくなる」

愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)で、実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事は3日、企画展「表現の不自由展・その後」の中止を発表した。記者会見の主な一問一答は次の通り。

「トリエンナーレについては、(津田)監督の指揮のもと中身を決定した。 それを尊重したいと考えている。 そういう中で昨夜午後 10 時半ぐらいに、津田監督と話をして、今回の展示については、諸般の状況を総合的に考慮して、必要な対策を取るという観点から、(『表現の不自由展』そのものを)本日までにすると(決めた)。」 「これ以上、(抗議などが)エスカレートすると、安心して楽しくご覧になってもらうことが難しいと危惧。 円滑な運営を考えた。 昨日の朝には(美術館に)『撤去をしなければガソリン携行缶を持ってお邪魔する』という FAX もあった。 こうした卑劣な非人道的な FAX、メール、恫喝・脅迫の電話等で、事務局がまひしているのも事実だ。」

「私どもの考え方は、行政が展覧会の中身にコミットしてしまうのは、控えなければならない(というものだ)。 そうしないと、芸術祭じゃなくなる。 (今回の展示によって)『表現の自由の議論を』という趣旨は多くの人に届いた、ということで理解をもらいたい。」 「今回の予算は、基本的には愛知県の負担が約 6 億円、名古屋市が約 2 億円。事業全体で 12 億円ぐらい。 国からは、文化庁に審査をいただき、7,829 万円の交付金をいただいている。」

- - 展示室そのものは閉鎖か、撤去か。
「展示自体は本日まで。 明日以降は展示室には入れないようにする。 今後は、意見をうかがいながら進めていきたい。」

- - 展示の再開はありえるのか。
「展示は今日まで。 昨日今日の話なので、急いで話を進めてもしょうがない。」

- - 表現の不自由展に出品した作家の了承は得たのか。
「津田監督と話をして、今回の展示は今日までとすると合意した。 作者の思いはあると思うが、トリエンナーレ全体の円滑な運営、美術館を安全に運営するために、こういう判断をしたので、ぜひ理解してもらえるようにお願いをしたい。」

- - 愛知県が「脅迫に屈した」と受け止められるのではないか。
「いろんな考え方があると思う。 芸術祭を安全安心に楽しんでもらうという思いで判断した。 どう受け止めるかはお任せしたい。」

抗議の電話で回線がパンク

- - 抗議などが殺到するのは、事前に予測していたのか。
「(開幕した) 1 日にたくさん(抗議の電話が)あって、回線がパンク。 増強して、部屋を確保して、職員を集めて、ベテランに電話を取ってもらった。 電話には全て丁寧に対応した。 全力で事にあたったと思っている。」

- - 少女像については、いつ知ったのか。
「3 月 27 日にトリエンナーレのリリースがあり、大半の作家の作品が出ることを(知った)。 その中の一つとして、表現不自由があったが、内容は未定という話だった。 事務局が『こういう少女像がある』と知ったのは 4 月半ば。 私が報告を受けたのは 6 月半ば。 津田氏と会食しながら、報告を受けた。」

- - 河村たかし・名古屋市長や菅義偉・官房長官の発言は、中止の決定に影響したか。
「河村市長からは、昨日意見はちょうだいした。 各方面から意見をもらったが、そうした意見に特にコメントはない。 菅官房長官の発言については、色んな意見が寄せられていると思う。 我々としては、手順を踏んで粛々と対応していきたい。 それ以上は特にコメントはない。」

- - 政治家が「展示しないように」とコメントしていることについて、どう考えるのか。
「これはまさに表現の自由。 日本は言論の自由なので言ったことには責任が生じる。 誹謗中傷はダメだが、何を言っても自由。 いろんな意見があっても、それはそれ。 ただ、私は芸術祭において展覧会の中身に、(行政が)こうだああだとコミットするということになると、芸術祭ではなくなる。 過去のトリエンナーレも基本的に内容は芸術監督、キュレーターでチームを組み、作者と内容を決めている。」 (asahi = 8-3-19)

〈編者注〉 日本はもっと「大人の国」になっていると信じていた心が崩れました。 他の国と比べるのは失礼ですが、言動共に全く同じレベル! ごく普通の国になってしまった日本に、寂しい思いがつのります。


桜島から降灰 鹿児島空港、欠航相次ぐ

大阪航空局鹿児島空港事務所は 28 日、桜島の降灰によって鹿児島空港(鹿児島県霧島市)で同日午後 8 時半時点で計 27 便が欠航したと発表した。 全日空によると、桜島からの灰が滑走路に 0.1 - 0.2 ミリ降り積もったという。 このため、同日午後 7 時以降の羽田行き(東京)や伊丹行き(大阪)など計 4 便が欠航になった。 (稲野慎。asahi = 7-28-19)


築 89 年 名古屋の鋼製アーチ橋復活 地震に強く改築

中川運河の最下流にかかる中川橋(名古屋市港区)が、24 日から再び通行できるようになる。 地震対策や道路拡幅などのため、2011 年から改築工事が続いていた。 中川橋は 1930 年に完成した。 市内で数少ない鋼製のアーチ橋だ。 築 89 年が経過してもアーチなど橋桁には問題がなかったため、橋を支える橋台を造り直したが、橋桁は一部を補修しただけで、ほぼそのまま再利用したという。

工事の途中には、重さ約 600 トンの橋を一時取り外し、上流側に移動させる作業もあった。 23 日夜に現在車が通行している仮橋から順次、切り替えられる。 2020 年度まで仮橋の撤去工事などが続く予定。 開通前の 19 日午前 9 時 - 正午には、橋を間近で見ることができる見学会が開かれる。 事前申し込みは不要。 駐車スペースは用意されていないという。 荒天時は中止。 問い合わせは市道路建設課 (052・972・2866)。 (戸村登、asahi = 7-18-19)


老舗百貨店が消える街 新幹線開業が阻んだバラ色の未来

東京で百貨店業界を取材していると、店内のにぎわいに「景気のよさ」を感じることが多い。 ところが今年の百貨店の閉店数は、リーマン・ショックの影響が色濃く出た 2010 年に肩を並べる。 その大半が地方の店という。 政権は「地方経済は明るくなった」とうたっていたはずだ。 何が起きているのだろうか。

北陸新幹線で 3 時間足らず。 富山県第 2 の都市、高岡市への東京からの「距離」は、駆け出しの記者時代、県内に赴任していた 15 年前より約 1 時間縮まった。 だが、久々に初任地に降りたって感じたのはそのころより人が少ない静かさだ。 JR 高岡駅から歩いて 5 分ほどにある地元唯一の百貨店、大和(だいわ)高岡店は 8 月下旬で 75 年間の営業を終える。 正面玄関には「閉店セール」の貼り紙。 「なんかさみしいやちゃね。 こんなものいっぱい貼られて。」 年配の女性客 2 人は、こう話しながら店を後にした。

地元では、「包装紙を持っていることがステータス」と言われた店は、17 年 2 月期から 3 期続けて赤字が続いていた。 教育熱の高い富山県。 進学を機に、大阪や東京に出た若者たちは戻らない。 残るお年寄りたちが集える場所が、この店だった。 買い物をしていた 70 代の女性は「大和がなくなると、私らみたいな高齢者がゆっくりできるところがなくなる」と話した。

「大規模店か、商店街か」という議論は過去のもののようだ。 いま地方で広がるのは、大型店の閉店につれて、商店街の活気も失われる「共倒れ」の事態だ。 総合スーパーが台頭した 1970 年代から、高岡にもユニー、ダイエー、サティが進出してきたが、既に相次いで撤退した。 大和高岡店のまわりを囲む商店街は、通りが清潔に保たれているが人通りもない。 シャッターが閉まっていたり、「テナント募集」の広告が張り出されたりする店が目立ち、まだ活気があった頃の記憶があるだけに「商店街をあげて休みなのか」とまで思った。

高岡商工会議所によると、かつて 250 ほどあった商店街の店舗は、この 10 年で半分近く減った。 柴田一則事務局長は「商店街は壊滅状態だ。 商業が集積して人も集まる大都市はますます活性化するが、地方は中心部の空洞化が進む一方だ。 手を尽くしてはいるが、有効な手立てはない。」と嘆く。 皮肉にも、空洞化を加速させ、大和高岡店の営業継続を断念させたきっかけは、地元「待望」の北陸新幹線だった。 市中心部から 1.5 キロほど離れた場所に 15 年春、「新高岡駅」が開業した。

もともとの中心部である高岡駅周辺は自治体主導で、新高岡駅周辺は民間主導で整備を進め、「二つの中心部」で人を呼び込む相乗効果を - -。 開業当時にはこんな「バラ色」の未来が地元で語られた。 だが、現実は厳しい。 新高岡駅の乗客数は 1 日 2 千人ほど。 あてにした観光客も多くはない。 高岡駅周辺には、高岡大仏や瑞龍寺などの名所もある。 移動するのにバスやタクシーが必要な新駅ではなく、高岡駅に新幹線駅を併設すれば、もう少しは観光客も呼び込めたかもしれない。 しかし、地権者からの用地取得が難航するなどで費用と時間がかかり、現駅併設はかなわなかった。

約 17 万人の高岡市全体の人口は毎年千人前後のペースで減り続け、「二つの中心部」を支える活力はない。 新高岡駅近くのイオンモールに人が集まるようになり、元の中心部は空洞化に拍車がかかった。 より行きやすくなった金沢市や首都圏へ人が流れ出す「ストロー現象」も起きたという。 新幹線建設そのものが優先で、地元が本当に潤うかは二の次。 費用と時間を優先させた妥協の産物だった「新駅」は、そんな全国の縮図にも見えた。

好況の都市部 波及みえぬ地方

高岡市から戻った後、改めて東京を歩いてみた。 銀座に 17 年春にオープンした「GINZA SIX (ギンザシックス)」は、開業 1 年で目標の来館者数 2 千万人、売上高 600 億円を達成した複合商業施設だ。 11 日の夕方、東京ドーム約 1 個分の広い売り場は、カップルから外国人観光客まで幅広い客層でにぎわっていた。 数百万円の高級時計や数十万円のバッグがそろい、セール品のワンピースには 10 万円の値札がつく。 高岡とのギャップの大きさをまざまざと感じた。

安倍政権の看板政策「アベノミクス」の分かりやすい成果は、株価の回復で富裕層の資産が増えたことや円安を追い風に外国人観光客を呼び込んだことだ。 そのお金は高級品のそろう都市部の百貨店に向かう。 第 2 次安倍政権の 6 年半、大半の大手百貨店の経営はおおむね好調だったと言える。 日本百貨店協会幹部は「株価が上がると、富裕層の消費意欲は高まり、百貨店経営も潤う」と話す。

だが、その効果が地方に広く波及するともくろんだ部分で、アベノミクスは明らかな「目詰まり」を起こしている。 日本百貨店協会などによると、今年の閉店数は 10 店となる見通しだ。 08 年のリーマン・ショックの影響を受けた 10 年の 10 店に並び、うち 8 店は地方だ。 大和高岡店のほかに、北九州市の井筒屋のコレット、岐阜県大垣市のヤナゲン大垣本店、甲府市の山交(やまこう)百貨店など全国各地にある。

百貨店の閉店数の推移

大丸と松坂屋を展開する J フロントリテイリングの山本良一社長は「人口減のなかで、この流れを民間企業や地方だけで食い止めるには限界がある」と話す。 政治も手をこまねいてきたわけではない。 安倍政権は地方創生を掲げ、「しごとをつくる」、「新しいひとの流れをつくる」など四つの基本目標を設け、地方の活性化に取り組んできた。 ただ、人口減が地方を襲うスピードの前には、無力にも映る。

富山市の信用調査会社関係者によると、高岡市の 18 年の倒産件数は 22 件で、前年の 6 件から急増した。 「政府の政策は抜本的な効果を生んでいない。 設備投資を増やすために地銀がもっと融資をするべきだけれど、その地銀も疲弊している。」と話す。 アベノミクス「1 本目の矢」となる日本銀行の「異次元金融緩和」による低金利で、地銀がお金を貸して得る利ざやが減っていることも背景にある。 人口減はあまりに大きな問題だ。 参院選の富山選挙区を争う 2 人の候補者の公約からも明確な「処方箋」は見えない。 せめて政治には、この問題に危機感をもって真正面から取り組む「覚悟」を見せてもらいたい。 (佐藤亜季、asahi = 7-13-19)


横浜銀と千葉銀が業務提携 人口減に危機感

地銀大手、コンコルディア・フィナンシャルグループ (FG) の横浜銀行と、同じく地銀大手の千葉銀行は 10 日、業務提携することで基本合意したと発表した。 「千葉・横浜パートナーシップ」と題した提携の枠組みでは、営業部門を中心に連携する。 法人部門では、取引先の中小企業が悩む後継者問題で、事業を承継してもらう企業のマッチングでの協力などを検討する。 個人部門では相続関連業務で協力する。 職員の人材育成では、研修の共同開催や人事交流を検討していく。

今後、さらに幅広い部門での連携も検討していくという。 国内の金融事業は、日本銀行の金融緩和による超低金利で、貸し出しや資金運用による収益は厳しく、人口減で貸出先自体も減っていく。 地銀でトップクラスの規模を誇る 2 行だが、今後の経営環境の厳しさを見据え、業務提携することになった。 横浜銀は貸出金残高が約 11 兆円、従業員数 4,622 人、212 店舗。 千葉銀は約 10 兆円、4,224 人、191 店舗(いずれも今年 3 月末時点)。 (asahi = 7-10-19)


鹿児島市全域、60 万人に避難指示 河川の氾濫迫る

鹿児島市は 3 日午前 9 時 35 分、大雨で土砂災害や河川の氾濫などの危険が迫っているとして、市内全域の 27 万 5,287 世帯、59 万 4,943 人に対し警戒レベル 4、避難指示(緊急)を発令した。 河川の近くや、土砂崩れの恐れのある地域などの住民にただちに避難するよう呼びかけている。 (asahi = 7-3-19)


神戸・三宮の車線、10 → 6 に減らす実験 行政の狙いは

神戸市と国土交通省兵庫国道事務所は 7 月、JR 三ノ宮駅南側の三宮交差点から中央区役所前交差点までの中央幹線(約 400 メートル)の車線数を 10 から 6 に減らすなどの交通社会実験をする。 三宮再整備の一環で、交通量や渋滞の状況を調べ、交通への影響を検証する。

市は将来的に、三宮交差点周辺を歩行者や公共交通機関が優先的に行き来できる駅前空間「三宮クロススクエア」として整備し、交通拠点としての機能や利便性を高める狙いがある。 現在 10 車線ある中央幹線を 2025 年ごろに 6 車線に、30 年ごろに 3 車線にする予定。 歩道を広げ、市民らが交流イベントなどの活動をできるようにする。 今回の実験の結果を設計に反映させるという。

第 1 段階の実験として今回は 7 月いっぱい、三宮交差点から東に約 400 メートルの区間で車線を東向きは 3 から 2 に、西向きは 7 から 4 に減らす。 横断歩道を整備することを想定し、信号サイクルも変更する。 市によると、事前のシミュレーションでは大きな渋滞は発生しなかったという。 久元喜造・神戸市長は「快適で利便性の高い空間にしたい。 ご不便をかけるが、ご理解いただきながら実験を進めていきたい。」と話している。 実験についての問い合わせは、オリエンタルコンサルタンツ関西支社・三宮クロススクエア交通社会実験担当事務局 (0120・820・131)。 (川嶋かえ、asahi = 6-29-19)


新駅の名称は「令和コスタ行橋」 平成筑豊鉄道の無人駅

福岡県の行橋、田川、直方の各市などを結ぶ第三セクターの平成筑豊鉄道(本社・同県福智町)が 28 日、田川線の行橋 - 美夜古泉間で複合商業施設コスタ行橋隣接地に開設する新駅の名称を「令和コスタ行橋」とすると発表した。 8 月 24 日に開業する。 駅名は社内で検討。 コスタ行橋に隣接していることに加え、同社が調べたところ、令和時代になり開設される駅では国内初になることなどから決めたという。

駅舎は木造で地元産の筑豊杉、京築ヒノキをふんだんに使う。 デザインを、JR 九州の豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」などを手がけた工業デザイナーの水戸岡鋭治さんが担当した。 建設費は約 9,600 万円。 1 日 250 人の利用と年間約 1,700 万円の増収を見込む。 コスタ行橋の買い物客や従業員らの足となることが期待できるという。 河合賢一社長は会見で「無人駅だが、楽しいにぎわいのある駅を目指す」と話した。 (小浦雅和、asahi = 6-29-19)


平和願い、空に映される光の柱 沖縄はきょう慰霊の日

沖縄は 23 日、慰霊の日を迎える。 74 年前の太平洋戦争末期、壮絶な地上戦で県民の 4 人に 1 人が犠牲となった沖縄戦。 その慰霊の行事が各地で開かれる。 最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)にある平和祈念公園では県主催の沖縄全戦没者追悼式があり、玉城デニー知事が平和宣言を読み、安倍晋三首相も出席する。 22 日夜には、5 本のサーチライトが「平和の光の柱」として空に照射された。 (伊藤和行、asahi = 6-23-19)


名もなき池ドッとわく スマホに映る「名画」にうっとり

岐阜の山あいの池が突然名所になった。 一役買ったのはフランスの画家モネ。 印象派の巨匠の絵を連想させる風景が、人を呼ぶ。 スイレンの丸い葉が浮かび、淡いピンクの花が開いていた。 湧き水が流れ続けて水は透き通り、底の白い砂まで見通せる。

金色、銀色、紅白のまだら模様がよぎるのはニシキゴイだ。 雲を映した水面の下で水草の茎をよけて泳ぐ姿に見入っていると、コイが空を飛んでいるかと錯覚する。 岐阜県関市

「きれい」、「写した方がもっときれい」。 若い女性の 2 人連れがスマートフォンを見せ合ってはしゃいでいる。 確かに目の前の水と光と色彩がデジタル画面に切り取られて美しさを増し、立派な額縁の名画を連想するのもうなずける。 人出はスイレンが見頃の 6 月下旬から 7 月にピークを迎え、一日最大 5 千人になるという。 「10 年前ならありえなかった。 ガラケーではうまく写りませんから。」 池の横で観光農園「フラワーパーク板取」を営む小林佐富朗(さぶろう)さん (47) が言う。

もともと、どこにでもあるため池だった。 農園を始めた 20 年前、小林さんは「花でも咲かすか」と思い立つ。 池の水を抜き、地域の人たちとスイレンや小さな黄色い花をつけるコウホネを手植えした。 家で飼っていたコイを放つ人が現れ、写真愛好家が集まった。 全国区になったのは 4 年前、印象派の巨匠、モネの巡回展が始まった年だ。

池の様子が「モネの『睡蓮』のようだ」とネットに書き込まれて評判になり、テレビで紹介され、大型バスもやって来た。 観光案内が必要になったが、池には名前がない。 勝手にモネをうたうのもはばかられ、市は「名もなき池(通称モネの池)」と名付けた。 秋は紅葉、冬は雪景色。 スイレンの季節が終わっても、名もなき池は彩りを失わない。 (湯瀬里佐、asahi = 6-21-19)


丸み帯びたボディーにメロメロ 秘境の旅に訪日客続々

徳島県三好市の山奥でノスタルジックなボンネットバスが外国人らを楽しませている。 秘境を巡る、四国交通の定期観光バスだ。 平家の落人が隠れ住んだと伝わる徳島県三好市の秘境、祖谷渓(いやけい)。 険しいがけにへばりつくようにボンネットバスが走る。 前面の窓の下が突き出し、丸みを帯びたボディー。 半世紀前の 1966 年製だ。

「ハンドルが重くて難しい」と言いながら、運転士の古泉弘之さん (53) は大きなハンドルを巧みに操って、右へ左へとずんずん進んでいった。 四国交通の定期観光バスだ。 もはや部品は作られておらず、故障したら特別にあつらえたり、古い部品を取り寄せたりと手間がかかる。 それでも「風光明媚な地にノスタルジックな車両を」と、82 年の開業当初から定期観光バスとして利用を続けている。 車内にエアコンがないため、走るのは 3 月中旬 - 6 月の土日祝日(5 月は毎日)と 10、11 月の毎日(点検の日を除く)だけだ。

観光バスの行程には、名所のつり橋「かずら橋」や谷底を見下ろすように建つ銅像「小便小僧」の見学に加え、浸食された岩が美しい大歩危峡(おおぼけきょう)での遊覧船乗船などが盛り込まれている。 だが、「秘境の風景ととてもマッチしている」などと、このバス目当ての観光客も少なくないという。 昨年は乗客のうち約 4 割がアジアを中心とした外国人だった。

取材した 5 月下旬も半数以上が香港や台湾からの訪日客。 台湾から来た鍾知君さん (29) は「古いバスは特別でかわいい。」 母と訪れた横浜市の藤沢香さん (48) は「読んだ小説でボンネットバスの存在を知り、乗るのを楽しみにした。 車体の形に味があってすごく良かった。」と笑った。 同社営業部の原田佳彦さん (40) は「このバスを目的に来てくださる方もいるので整備のしがいがある。 長く運行していきたい。」と話した。 (鈴木智之、asahi = 6-14-19)


リニア「ルート静岡外して」 知事、JR 東海などに注文

リニア中央新幹線の静岡工区(11 キロ)が未着工のため、2027 年度の開業予定時期に遅れが出るとの懸念が他県の知事や JR 東海の金子慎社長から相次いだことについて、川勝平太静岡県知事は 11 日の定例会見で「我々が遅らせているとみるのはフェアじゃない。 自分の立てた計画を金科玉条のごとく相手に押しつけるのは無礼千万。」と JR 東海を批判した。

JR 東海の金子社長は先月 30 日の会見で「未着工の状態が続けば開業の時期に影響を及ぼしかねない」と発言。 今月 6 日に開かれた沿線 9 都府県によるリニア中央新幹線建設促進期成同盟会でも、他県の知事らから「未着工区間をなんとかしてほしい」との声が相次いだ。 愛知県の大村秀章知事は 10 日の会見で「JR 東海と静岡県だけの協議ではなく、国が前面に出て調整し、事業を前に進めていく責任がある」と述べた。

川勝知事は工事で重金属が出たり、水漏れや軟弱地盤にぶつかったりして開通が遅れた中部横断自動車道を引き合いに、「開業はさまざまな理由で遅れ得る。 早まることはない。 1 - 2 年遅れてもダメだということにはならないだろう。」と述べた。

また、静岡県が期成同盟会への入会を希望した理由について「同盟会は圧力団体。 途中駅は作らないはずが、同盟会の要求で 1 県 1 駅となり、建設費も JR 東海が全額負担する。 ところが、静岡の利益は皆無だ。」と述べ、「水の量、質、土砂の管理、(自然環境破壊への)代償措置。 生態系がやられるんだから数百万円ではすまない。 他県で地元の要求に応じて駅を作った費用の平均ぐらいが額としては目安になる。」と JR 東海に具体的な補償を求めていく考えを示した。

そのうえで、「もし同盟会に静岡県を入れないということであればルートから外してほしい。 急がば回れだ。」と主張した。 同盟会入りがかなえば、県と JR 東海のこれまでの協議内容などについて資料を公開し、他の都府県に理解を求めていく意向も示した。 (阿久沢悦子、asahi = 6-12-19)

〈編者注〉 長崎新幹線の佐賀県が抱える問題とよく似ています。 リニア新幹線ルートのわずか 11km、それも市街地から遠く離れた山間部! その上、環境の変化による実害を被ることにでもなれば、確かに踏んだり蹴ったりです。


手すき和紙業界に大打撃 トロロアオイ農家が生産中止へ

伝統的な手すき和紙づくりの存続が危機を迎えている。 生産に不可欠なトロロアオイを栽培する茨城県小美玉市の農家 5 戸が、来年で作付けをやめる方針を決めたからだ。 この 5 戸で全国生産の 7、8 割を占めており、和紙生産者には大打撃になりかねない。

「もう無理、割に合わない」

作付けをやめる最大の理由は高齢化だ。 5 戸の農家はいずれも 60 代 - 70 代半ば。 昨年、全員で協議のうえ「これ以上続けるのは難しい」と判断した。 昨秋の出荷の際、2020 年秋以降は生産できないと伝える文書を添えた。 最年少の田上進さん (63) と妻の敏枝さん (60) は、ジャガイモなどの野菜とともにトロロアオイを栽培する。 年齢もあり、最も多く作付けしていたときの半分の約 15 アールに減らした。 「要望があるので続けてきたが、もう無理。 体はきついし、(収入を考えると)割に合わない。」と心境を明かす。

トロロアオイはアオイ科の植物で、秋に収穫する。 根からつくる「ねり」は手すき和紙づくりに欠かせない。 日本特産農産物協会のまとめでは、16 年度の国内生産量の 87% (17 トン)、17 年度の同 67% (13 トン)を、小美玉市小川地区で栽培している。 栽培が大変なのは機械化が難しいからだ。 商品となる根の部分を太くするために新芽を摘み取る「芽かき」は、夏の炎天下に手作業で行う。 農薬に弱く除草剤が使えないため、草取りも手作業だ。 重労働が嫌われ、繁忙期のパート従業員を集めるのにも苦労しているという。

同市では約 30 年前、約 50 戸が栽培していたという。 その後減り続け、ここ数年は、和紙生産者の需要を満たせない状態が続いてきた。 以前から農協に苦境を訴えてきたが、国や県から補助金などの支援はないという。 田上さん夫妻は「買い取り価格が倍になったとしても、子どもの世代に続けてくれとは言えない。 和紙という伝統産業を守るのなら、支えている農家にも目を向けてほしい。」と話す。

職人が自前で栽培 … でも不安げ

トロロアオイが手すき和紙づくりに不可欠なのは、「ねり」が紙の厚さを調整する決め手だからだ。 和紙の原料のコウゾを水に溶いた段階では繊維はバラバラだが、粘性のあるねりを入れると繊維の分布が均等になり、漉(す)く回数で自在に厚さを変えられる。 化学薬品でも粘度調整はできるが、手すき和紙への利用は難しい。 全国手すき和紙連合会によると、重要文化財の絵や書などの修復では、薬品による影響の恐れを避けるため、天然素材でつくった和紙以外は使えないという。 生産者の多くは当面の必要量を保管しているとみられるが、不足するのは時間の問題だ。 同会は文化庁に支援を求めているが「具体的な対応はない。」という。

「自衛」の動きも出ている。 江戸時代に徳川光圀(みつくに)が命名した西ノ内紙の工房「紙のさと(茨城県常陸大宮市)」は、3 年前から近くの畑でトロロアオイを植え始めた。 ただ、工房 4 代目の菊池大輔さん (42) は「栽培は土地が肥えた平野部が適している。 山間部の工房周辺で収穫を続けられるかは分からない。」と不安げだ。 越前和紙の産地、福井県越前市内でも作付けを始める動きがあるという。 県和紙工業協同組合の山下泰央次長は「いい和紙をつくるには、質の高いトロロアオイが必要。 和紙業界全体を取り巻く問題として考えるべきだ。」と話す。 (重政紀元、asahi = 6-9-19)


韓国の青森ロケ番組、ネットで炎上 水産物禁輸が背景か

韓国のテレビ局 SBS が青森県内で刺し身などを食べる場面を放映したところ「不適切だ」、「社会的雰囲気を考慮すべきだ」といったインターネット上の書き込みで「炎上」する騒ぎがあった。 番組は 2 日に放映され、出演者が青森でブリの刺し身などを食べる場面があった。 ネット上には「あえて水産物禁止地域に行く必要があったのか」といった批判的な書き込みが相次いだ。 2011 年の福島第一原発の事故以降、韓国政府が青森県などからの水産物の輸入を禁止していることが背景にあるとみられる。

県によると、番組のロケは 5 月 19、20 日に県内で実施された。 出演者の一人で人気ドラマ「イ・サン」で主人公役を務めた俳優のイ・ソジンさんが、2010 年に一日県知事を務めたことなどから実現したという。 SBS によると 9 日にも続きが放送される予定だが、現時点では食事の場面は予定されていないという。 韓国の週刊誌「時事ジャーナル」のコン・ジャンヒョン氏は「韓国メディアも『物議』という言葉を使って番組を報じているが、番組は文化を取り上げたもので批判するものではない。」 県観光国際戦略局誘客交流課の宮古曉課長は「青森の観光資源や食を取り上げてくれて感謝している。 9 日の放送も見守りたい。」と話した。 (河野光汰、asahi = 6-8-19)


干上がる田んぼ、ダムは貯水量 0 東海地方の水不足深刻

例年にない早さで真夏の暑さになった東海地方で、水不足が深刻だ。 各地のダムの貯水量が減り、下流で給水制限が広がっている。 気象庁によると 6 月も少雨が続く見通しで、農業や暮らしへの影響が心配だ。

5 月 27 日、愛知県岡崎市・六ツ美地区の田んぼには水が張られていたものの、底にはひび割れが見え、稲の一部が枯れていた。 約 80 ヘクタールで稲作をする農業法人代表の加藤健一さん (50) によると、4 月下旬にコシヒカリを植えたが、水不足で一時干上がってしまったという。 秋の収穫量は例年より 1 割弱ほど減りそうだといい、「農業を始めて約 30 年、田植えでこんなに苦労するのは初めて。 これで空梅雨になったらどうなるのか、気が気じゃない。」

原因は、農業用水を供給する巴川の水源の羽布(はぶ)ダム(同県豊田市)の貯水量低下だ。 5 月 31 日現在で 44.7% と平年の半分ほどしかなく、管理する愛知県は 4 月から配水する地域を分け、3 日おきに交互に通水する対策を取る。 県西三河農林水産事務所の担当者は「厳しいが、地元農家と相談して当面は節水を続けることにしている」という。

愛知県東部に水を供給する豊川用水では、水源の一つの宇連(うれ)ダムで 5 月 19 日、1985 年以来となる貯水量ゼロを記録した。 同用水は現在も水道・農業・工業用水の 10% 節水が続いている。 ダムを管理する水資源機構によると、宇連ダム周辺では例年 3 月にまとまった雨が降るが、今年 3 月の降水量は 66 ミリと平年の 3 割にも満たなかった。

豊川用水から取った水道用水は、愛知県企業庁によって豊橋、豊川、新城、蒲郡、田原の 5 市に供給されている。 このうち蒲郡市は水道水の独自水源を持たず、100% を豊川用水に頼っている。 同市役所では節水のために新館 2 - 8 階の西側トイレの使用を中止。 市水道課の担当者は「古くからの市民は、豊川用水の重要性をよく知っている。 節水要請を切実に受け取って対応してくださっていると思う。」と話す。

国土交通省中部地方整備局によると、木曽川の愛知用水も水源の一つの牧尾ダム(長野県)で降水量が平年の 6 割ほどにとどまり、水道 10%、工業・農業用水 20% の節水をしている。 愛知用水を使う愛知県阿久比町の農業法人代表、都築興治さん (33) は「稲が育つ夏場の水不足は、収量や品質に直結する」と不安を隠せない。 三重県でも、宮川ダム(大台町)を水源とする宮川用水が農業用水で 35% 節水している。(柏樹利弘、宮沢崇志、asahi = 6-3-19)


標高 6m 「日本一低い自然の山」で山開き 30 歩で登頂

標高 6.1 メートルの「日本一低い自然の山」として知られる徳島市方上町弁財天の弁天山で 1 日、山開きがあり、家族連れら大勢の登山客でにぎわった。 標高にちなみ毎年 6 月 1 日に NPO 法人弁天山保存会が主催している。 近くの方上保育所の園児のダンスや三味線グループの弁天山音頭で開山を祝った。

参加者は神事の後でふもとの鳥居をくぐり、山頂の厳島神社を目指し登山を開始。 30 歩ほどの「日本一早い登山」を楽しんだ。 神社の宮司でもある保存会の山下釈道理事長は「歴史上、不明者や遭難者が出ていない安心安全の縁起の良い山。 令和の時代もたくさんの人が登りに来てほしい」と話した。 (佐藤常敬、asahi = 6-1-19)


海に沈む道、まるで「千と千尋」の世界 SNS で人気

熊本県宇土(うと)市に、海の中へ続く道がある。 海中から電柱が顔を出す幻想的な光景が評判だ。 いったい、どこへ続く道なのか。 熊本県宇土市の長部田海床路(ながべたかいしょうろ)は、有明海に続く海に向かってコンクリート製の道が延びる。 潮が満ちると道は沈み、海面に顔を出した電柱の列が沖へと続く。 対岸には長崎県の島原半島を望み、雲仙普賢岳がかすんでいた。

SNS では、映画「千と千尋の神隠し」の一場面のようだとして評判だ。 人気に火がついたきっかけは、あの CM でした。 5 月中旬の夕方。 どこからともなく十数人が集まり、カメラを構えた。 朱色から薄紫色へ、景色は刻々と表情を変える。 恋人と来た熊本市のフリーカメラマン椎葉優作さん (27) は「映画みたいな非日常の世界が撮れる場所。 何十回来てもいい。」と話した。

そもそも何のための道なのか。 干潮後に 1 キロほどの道を歩くと、約 20 隻の小舟が次々と戻ってきた。 漁師の女性は「胸まで海につかって、アサリやハマグリをとってきた」と、軽トラックに網いっぱいの収穫物をのせた。 管理する地元の住吉漁協によると、この道は 1979 年、干潮前後の船着き場として設置された。 ノリ養殖と貝採取が主産業で、繁忙期には 1 日約 60 台の車が道を使う。

2016 年の熊本地震と台風で約 20 本の電柱のうち半数以上が倒れたが、18 年夏に再建。 山本敬一組合長 (59) は「写真スポットとしても定着してきた。 波で崩れた道を直すなど、維持管理は大変だが、大事にしていかんと。」と語る。 人気に火を付けたのは、08 年に放映された大分麦焼酎「二階堂」のテレビ CM だ。 テーマは「道」。 長部田海床路はラストカットに使われ、「迷った道が、私の道です」とナレーションが重ねられた。

CM 制作会社の担当者は「潮の満ち引きで道が現れては消える。 はかなさがあって象徴的。」とロケ地に選んだ理由を振り返る。 物思いにふけりたいとき、ふらっと訪ねてみるのもいいかもしれない。 (一色涼、asahi = 6-1-19)