電機業界における中国勢のばく進はグローバルでもすでに始まっている。 例えば、コンシューマー・エレクトロニクスの中でも通信分野に強い Huawei が良い例だ。 1999 年にインドに子会社を設立した後、インドネシアやアフリカ市場へ展開を進めており、成功している。 同社はインドでは通信機器でのリーダーであり、セットトップボックスで 24% のシェアで 1 位、3G モデル市場では 65% のシェアで 1 位のポジションを確立している。 インドネシアとアフリカではスマフォ市場でそれぞれ 2 位と 1 位である。
Huawei のような中国企業の成長とグローバル展開の成功の背景には様々な要因が考えられる。 中国企業自身の中国市場におけるリーダーシップの形成、国内・海外市場の融合・グローバル化、中国以外の新興国市場の急成長、低コストを武器にした競争優位性の確立などだ。
これらに加え、大きな影響があるのは、中国政府の産業育成に対する政策である。 中国政府は、これまでの成長を支えてきた、労働集約産業から脱却するために、様々な産業育成に力をいれており、その中核となる中国企業を直接・間接的に支援している。 経済成長に伴う賃金上昇で他国との製造コスト上の優越性が少しずつ低下する中、早急に中国企業のグローバル化を急ぐ中国政府の焦りが見え隠れする。
実際に中国政府は、電機業界において中国企業の成長とグローバル展開を積極的に支援する方針を明言している。 指導部の明確な方針のもと、モバイル通信端末や家電産業では具体的な政策を打ち出し、中国企業の成長とグローバル化を後押ししている。 こうした状況の中、日系電機メーカーは中国市場でどのように戦い、どのように中国と付き合うべきであろうか。
日系企業が真っ向から中国市場で中国企業と勝負することはもちろん選択肢の一つとしてありえる。 しかし、よほどの競争優位性と真似されない・真似できない製品でもない限り、中国政府の支援を得た中国企業を圧倒し、そのポジションを維持することは容易ではない。
難しい中国市場をあきらめ、ネクスト・チャイナを狙うことも一つの選択肢ではある。 しかし、いずれ中国企業が力をつけ、低価格と世界の工場としての低コスト生産力を武器にグローバル進出することは目に見えている。 中国と向き合わずして日系電機メーカーが生き残れる道はない。 中国と共存共栄する道を選び、成功している企業事例を 2 つ紹介する。
事例 1 : 中国政府と中国企業を味方につけて成功し、グローバル市場を狙うダイキン
ダイキンは、日本のエアコン市場でシェア 1 位(インバータ型)を誇る日系企業である。 インバータ技術自体は 30 年以上も前に開発された成熟技術だが、グローバルでは価格が高いことがボトルネックとなり普及していない(特に家庭用)。 したがって、海外ではハイエンド市場において一部出回っている程度であり、いわゆる日本のガラパゴス市場で育った技術・製品であった。
ダイキンはインバータ型エアコンで中国の家庭用エアコン市場に参入したが、価格がボトルネックとなり成功しなかった。 中国市場は低価格なノン・インバータ型エアコンが主流であり、世界シェア 1 位を誇る格力電器が市場に君臨していた。 ガラパゴス製品で海外進出し、失敗する典型例である。 しかし、ダイキンは単独で家庭用エアコンを攻略することをあきらめ、中国企業と中国政府と協力する道を選んだ。 失敗を乗り越えたのだ。
ダイキンは、中国政府の思惑に応え、格力電器が抱える課題を共に解決する道を選択した。 具体的には、ダイキンのインバーター技術を格力電器に提供し、格力電器からは低価格な生産技術・ノウハウを得ることで低価格なインバータ型エアコンを共に販売するという提携を組んだ。 この提携により、高効率なインバーター型エアコンが普及し、中国政府が推進していた省エネ政策の実現をサポートした。 ダイキンは Win-Win-Win の関係を構築したのである。
ダイキンが市場に参入した当時、中国政府は省エネ推進策を打ち出し、高効率型エアコンの普及を推進していた。 中国政府は、低効率機種(多くの非インバータ型エアコンが該当)の販売停止や高効率機種への販売補助金支給などの政策を打ち始めていた。 しかし、中国政府は、実行面で大きな問題を抱えていた。 格力電器を含む中国企業の省エネ技術力は低く、成果が期待できなかったのである。 そこで同社は、中国政府に対して省エネにはインバータ技術が有用であることを積極的にロビーイング活動を行った。
ダイキンは、ロビーイング活動によって自社のインバータ技術の優位性を政府に説いたあと、格力電器と協業する道を選んだ。 格力電器が持つ部品調達力・生産力のスケールメリットを活かし、低価格なインバータ型エアコンの設計ノウハウを獲得し、金型を内製化することで大幅なコスト削減を実現した。 省エネ型のエアコンを持たない格力電器にとってダイキンと提携することで中国政府の面子をつぶさずに済んだだけでなく、格力電器の事業危機を回避することができたのである。
結果として、ダイキンは 3 つの成功を収めた。 1 つ目はシェアの大幅増。 これまで 1% 未満のシェアだった家庭用(普及クラス)エアコン市場で 10% 以上のシェアを獲得した(2012 年)。 もちろん、営業利益も黒字化した。 一部の消費者の間では、「格力製のエアコンだとしても『ダイキンが入っている』ことが重要」と言われるほどダイキンのインバータ技術は評価されている。
2 つ目の成功はインバータ型エアコンの市場形成。 格力との提携以前はインバータ型は市場の 1 割にも満たなかったが、直近では市場の 6 割以上をインバータ型エアコンが占めるまでに普及した。 3 つ目は中国政府と中国企業を味方につけたことにより堂々と事業展開できるようになったことである。
しかしながら、ダイキンが取った選択でいくつかの疑問が存在する。 まず、なぜダイキンは単独で展開する道を選ばなかったのか。 中国政府が省エネ化を推進したことでインバータ型エアコンが普及することは見えており、インバータ技術を持たない格力電器等の中国勢に変わってトップシェアをとるチャンスがあったはずである。
だが、インバータ技術が 30 年以上も前の技術であり中国企業が開発して追いつくのは時間の問題であったことや中国政府と中国企業を敵に回すことで将来大きな問題に発展する可能性があることを踏まえ、単独での展開を選択しなかったと考えられる。 2 つ目の疑問は、なぜ格力電器との提携でコア技術であるインバータ技術を提供してしまったのか、である。 成熟した技術とはいえ、インバータ技術はダイキンにとってコア技術である。 そのコア技術を格力に提供してしまったことで技術を流出させてしまった、という懸念はある。
もちろんダイキンもむやみに技術提供したわけではない。 より高度な業務用インバータ技術は格力電器との提携内容には含めなかった。 また、格力電器に提供したインバータ装置は日本のダイキン工場で生産し、ブラックボックス化したモジュールとして提供したため、もっとも重要な電流制御プログラムの読み取りを防止する、といった策は打っている。
ダイキンは、2014 年からブラジルで生産を開始することを発表している。 南米もまた非インバーター型エアコンが主流の市場ではあるが、格力電器との協業で得た低価格インバータ型エアコンがブラジル市場に浸透するのは間違いない。 最後に、格力電器が合弁で生産した部品を使用する限りは、格力電器の輸出分についてもダイキンに配当収入が入ることを述べておく。 ダイキンのグローバル展開は始まったばかりである。
事例 2 : 中国パワーを使って一度は負けた技術を復活させたシーメンス
ドイツを代表する企業であるシーメンスが過去に力を入れていた技術で一般的に大失敗したと言われる技術がある。 携帯電話における無線通信方式の 3G 規格の争いで、W-CDMA (当時のエリクソンが主導)と CDMA2000 (クアルコムが主導)に破れた TD-CDMA (シーメンスが主導)である。
通信方式は規格モノなので敗れると普通は市場から消える。 次世代の DVD 規格として Blu-Ray と争って負けた HD DVD が良い例だ。 負けた HD-DVD は一瞬にして市場から消えた。 シーメンスは TD-CDMA の開発に相当な時間と資金をつぎ込んでいたため、この規格争いの敗北はシーメンスにとって大きな痛手であった。
しかし、TD-CDMA は市場から消えなかった。 TD-CDMA をベースとした携帯電話は存在するが、世の中の多くの国で使えない。 日本や米国をはじめ欧州のほとんどの国で採用されていない。 TD-CDMA が生き残ったのは中国市場である。 中国政府は、先進国の携帯電話網が 3G に移行するなか、独自 3G 規格の構築による自国産業の保護と育成を模索していた。 しかし、中国国内に 3G を開発し、事業化できる企業はいない上、技術が不足していた。
シーメンスは、TD-CDMA を中国の独自技術として改良し世の中に残した。 技術名は TD-SCDMA と改名されたが、中国の最大手キャリアである中国移動 (China Mobile) が採用し、今でも 1.2 億人を超える契約者が使っている。 この契約者数は、日本の全契約者数を越える規模であり、中国の半端ないスケールで展開すると、規格として成り立ってしまうことが証明された。 TD-SCDMA は現在では W-CDMA と CDMA2000 に次ぐ第三の無線通信方式として正式に承認されている。
シーメンスは TD-SCDMA の実現のために、Datang や Huawei などの通信機器メーカーに多くの技術を供与したと言われている。 ほぼ無償での技術提供だったといわれているが、なくなる運命にあった技術であったことを考えると、得られたものは大きい。
TD-SCDMA に関連した特許数でシーメンスはトップであり、携帯電話や基地局設備などが売れるごとにライセンス料が入る。 シーメンスが 3G の世界標準を夢見ていたころからすれば、事業規模は小さくなったものの、負けた技術がここまで普及したのは中国政府の思惑を理解し、うまく協業した結果である。 中国政府や中国企業を味方につけたことで、シーメンスの他事業での活動範囲も広がったといわれている。
TD-SCDMA はまだまだ生き続ける。 中国移動は、TD-SCDMA を軸にした 3.9G である TD-LTE を開発中である上、TD-SCDMA を使ってグローバル展開を始めている。 アフリカなど発展途上国の携帯通信網の構築を次々と提案しており、導入試験も始まっている。
どちらの事例も、中国政府や中国企業に「勝ち」を提供することによって自社も利益を獲得した例である。 また、中国市場が持つスケールを活かすことで、グローバル標準や規格を揺るがし、自分のものにすることも可能であることを証明している。 中国とうまく共存共栄する方法を選択したことで成功した事例である。